澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

憲法学者90名の疑惑隠し解散批判緊急声明

政治情勢の一寸先は闇、とはよく言ったもの。
9月1日の民進党臨時党大会における代表選挙が始まりだった。前原新代表の幹事長人事の不手際から、野党側の態勢不備とみての政権側からの解散風。まさかと思っているうちに解散が現実のものとなった。17日の朝刊が一斉に解散本決まりと報道し、総選挙は「アベ改憲政権」対「立憲野党連合」の対立構図かと思いきや、今週になって思いもかけない突風にかきまわされる政局模様。

これまで選挙共闘を目指してきた「市民と野党」を糾合する大義は、憲法擁護である。明文改憲阻止だけではなく、平和・民主主義・立憲主義の堅持でもある。具体的には、戦争法の廃止、共謀罪の廃止。アベ政権打倒は共通のスローガンではあつたが、けっしてこれを自己目的とするものではない。

誰もが改憲勢力と護憲勢力との壮大な選挙戦の構図を思い描いていた。当面は議席の3分の1の確保が現実的目標。小選挙区基調の現行制度でもそれは可能だと考えてきた。ところが、「リセット新党」の進出で民進党が事実上解党した今、「一寸先は闇」となった。

それでも、「市民+野党-民進」で、護憲勢力を糾合して選挙戦を闘うしかない。護憲勢力による、護憲のための、護憲選挙である。

小池新党とは何か、「保守+右翼」勢力であり、明らかな改憲勢力ではないか。これがアベ政権と張り合う実力を持つとすれば、改憲指向二大政党体制の出来となる。これは、現代版大政翼賛会の悪夢というほかはない。

護憲勢力は、地道に愚直に改憲阻止と、憲法理念の実現を訴え続けるしかない。幸いに、護憲の思想と運動は多くの無党派市民層に強固な支持基盤を持っている。選挙の主体は、「護憲政党+護憲市民」だ。

護憲派の闘う相手は二つ。一つは、「疑惑隠しおじさん」率いる旧改憲勢力。もう一つは「希望リセットおばさん」が君臨する新改憲勢力。両勢力との対決の中で、改憲を阻止するに足りる議会内勢力確保を目指さなければならない。

そんな事態の今日(9月28日)、衆議院が解散した。党利党略の疑惑隠し解散である。昨日、憲法学者90名が、「臨時国会冒頭解散に対する憲法研究者有志の緊急声明」を発表している。その全文をご紹介したい。

内閣総理大臣の「専権事項」論が誤りであることが中心だが、現情勢下の憲法論議のあり方や、森友加計隠し批判、メデイアへの注文などにも言及されていて、読み易く読み応えがある。

この層の厚い憲法学者たちも、護憲派の強い味方だ。

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臨時国会冒頭解散に対する憲法研究者有志の緊急声明
2017.9.27

1.安倍首相は、9月28日の臨時国会の冒頭に衆議院を解散すると表明した。この結果、10月22日に衆議院総選挙が行われることとなった。わたしたち憲法研究者有志は、この解散・総選挙にいたる手順が、憲法の規定する議会制民主主義の趣旨にまったくそぐわないものであること、今後の衆議院総選挙とその結果が、憲法と立憲主義を危機にさらすものであること、主権者がこの総選挙の意味を充分に認識し、メディアがそれを公正な立場から報道することが必要であること。以上の諸点に関して、ここに緊急声明を発表する。

2.臨時国会の召集請求が長く放置されてきたこと
今回の臨時国会の開催は、6月22日以来、野党が開催を求めていたものである。日本国憲法53条は「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と規定している。
しかしながら安倍内閣は、その要求を無視し、臨時国会の開催をいままで先送りしてきた。正当な理由なく臨時会の召集を決定しなかったことは、野党による国会開催の要求権を事実上奪うものであり、少数派の意見も反映させて国政を進めるという議会制民主主義の趣旨に反する。

3.森友・加計問題を国会の場で明らかにしない点について
政治の私物化が濃厚に疑われる森友・加計問題を国会で明らかにすることは、主権者国民の希望であり、野党の求めていたことである。しかし臨時国会冒頭で衆議院を解散し、野党からの質問もいっさい受けないという内閣の姿勢は、民主主義の名に値する議会運営とはまったくかけ離れたものとなっている。
内閣は、国会に対して連帯して責任を負う(憲法66条3項)という議院内閣制の原則からすれば、安倍内閣および与党は、森友・加計問題について、早急に国会に資料を提出し、参考人・証人の喚問に応じなければならないはずである。
今回の解散は、「丁寧に説明をする」という首相自身の声明にも反する。実質審議なしの冒頭解散は、首相が疑惑追及から逃げ切り、国民に対する自らの約束を公然と破る暴挙に出たと言わざるを得ない。

4.内閣の解散権の濫用について
日本国憲法の定める解散権の所在および憲法上の根拠については、衆議院が内閣不信任を議決した場合・信任を否決した場合の69条の場合に限るとする説と、内閣の裁量によって7条を根拠に解散を行いうるとする説がある。しかし7条根拠説であっても、内閣の解散権行使は重大な権力行使であるため、党利党略に基づく自由裁量であってはならず、一定の限界があるという点では一致している。
衆議院の解散は、重要な問題について国民の意思を問うための機会としてなされるべきであって、国民の意思表明を求める必要があり、また選挙を通してその意思表明が行われる条件が整った場合に限られるのである。
この点、今回の解散・総選挙では、解散を事実上決定したのちに選挙の争点を決めるといった、泥縄式に争点が設定されたものであり、国民は何を基準に投票を決めれば良いのかがわかりにくい。このような解散権行使は濫用であって、憲法7条の趣旨に違反するものである。首相の猛省を促したい。

5.内閣総理大臣の「専権事項」論が誤りであることについて
なお、内閣の衆議院の解散権については、内閣総理大臣の専権事項であるとして、安倍首相の意思を尊重すべきだという議論がある。しかし憲法7条に基づく解散は、内閣の助言と承認によって天皇が行う国事行為である。したがって解散の実質的決定権は,内閣総理大臣ではなく、あくまで内閣という合議体に帰属するものである。

6.改憲論議のあり方について
また、今回の解散を受けて始まる選挙においては、改憲問題が主な争点の一つになると伝えられている。近年、一部政治家などの間で、現在の政治、社会のさまざまな問題の原因をきわめて乱暴にあたかも憲法の規定するところに基づくものであるかのように描き、まるで、憲法を変えることで、人々の不安や不満を解決できるかのように煽るといった、ためにする改憲論、情緒的な改憲論が広がりつつある。そのような改憲論に対する理性的な検討や批判は、しばしば「現実を知らない理想論」「世間知らずの学者の議論」だと揶揄され罵倒されることも増えている。
このような傾向は未だ支配的ではない。しかしこれを放置することは憲法政治にとってのみならず、この国の自由で伸びやかな社会と平和の将来にとって極めて危険である。このたびの選挙において、そのような傾向が強まることを私たちは警戒し、こうした傾向や「流れ」に抗して、静かに、しかしきちんと私たち憲法研究者も声を挙げていきたいと思う。

7. 9条3項加憲論を選挙の公約に出してくること
安倍首相は、自民党の公約に、憲法9条3項に自衛隊を明記する規定を追加する改憲を掲げる予定と報じられている。わたしたちは、この改憲は日本国憲法の平和主義に対する大きな脅威であると考える。
同時に、このような公約が、与党内における充分な議論を経ず、文言の精査も行われないままで、国民の「判断」に付されようとしていることについて、立憲主義の立場からの危惧を覚えざるをえない。今後、数を頼りに憲法審査会での議論を強引にすすめ、本会議での乱暴な審議を経て、予定した時期までに国会による発議を成し遂げることに邁進するというのであれば、なおさらである。憲法は国の最高法規であり、その規定は、他の法律や命令などの在り方を規定するものである。改憲はそれをどうしても必要とする事実が存在し、また改憲によってその目的が達成される場合に限って行われるべきである。9条に3項を加える議論は、どのような目的で行われ、その結果どういったことが実現するのか。まったく議論されていない中での選挙における公約化は、憲法の重みをわきまえない、軽率な改憲ごっことでも評すべきものである。

8.ところで、いま日本のマスメディアが、現実に正面から向かいあって深く掘り下げることを曖昧にし、ただ目新しいものを追いかけ、それを無批判に報道する傾向を強めていることは、われわれ憲法研究者が憂慮するところである。しかし、そのような中にあっても多くのジャーナリストが批判的観点を忘れず、日々努力していることを私たちは知っている。今度の選挙にあたって、自由で闊達な報道がなされることを私たちは強く期待するものである。

9.安倍内閣は、秘密保護法・安保法・共謀罪法などの重要法案において、憲法違反の疑いが指摘されていたにもかかわらず、前例のない乱暴な国会運営によって、それらを成立させてきた。また自衛隊PKO日誌問題や森友・加計事件などにおいては、国会と国民に情報を適切に提供することや、公開の場で真実を究明することを妨げてきた。
今回の選挙は、憲法政治をさらに危険な状況に陥らせるおそれがある。しかし、それと同時に、市民の努力によって憲法政治を立て直す大きな可能性をもつものでもある。その意味では、主権者としての見識と力量を発揮するチャンスが到来したというべきである。
憲法を擁護するため、わたしたち国民に、「不断の努力」(憲法12条)、「自由獲得の努力」(憲法97条)が、いまほど強く求められたことはない。しかしその「努力」は必ずや実を結ぶであろう。そのことは歴史的事実であり、また私たちはそのことを信じている。

以上
憲法研究者有志一同(あいうえお順) 総数90名(2017.9.27現在)
愛敬 浩二(名古屋大学)
青井 未帆(学習院大学)
青木 宏治(高知大学名誉教授)
浅野 宜之(関西大学)
麻生 多聞(鳴門教育大学)
足立 英郎(大阪電気通信大学名誉教授)
飯島 滋明(名古屋学院大学)
井口 秀作(愛媛大学)
石川 多加子(金沢大学)
石川 裕一郎(聖学院大学)
石村 修(専修大学名誉教授)
稲 正樹(元国際基督教大学)
植野 妙実子(中央大学)
植松 健一(立命館大学)
植村 勝慶(國學院大學)
浦田 一郎(一橋大学名誉教授)
浦田 賢治(早稲田大学名誉教授)
榎澤 幸広(名古屋学院大学)
江原 勝行(岩手大学)
大内 憲昭(関東学院大学)
大久保 史郎(立命館大学名誉教授)
大津 浩(明治大学)
大野 友也(鹿児島大学)
大藤 紀子(獨協大学)
岡田 健一郎(高知大学)
岡田 信弘(北海学園大学)
奥野 恒久(龍谷大学)
小栗 実(鹿児島大学名誉教授)
小沢 隆一(慈恵医科大学)
押久保 倫夫(東海大学)
柏﨑 敏義(東京理科大学)
金子 勝(立正大学名誉教授)
上脇 博之(神戸学院大学)
河合 正雄(弘前大学)
河上 暁弘(広島市立大学)
菊地 洋(岩手大学)
北川 善英(横浜国立大学名誉教授)
君島 東彦(立命館大学)
清末 愛砂(室蘭工業大学)
倉持 孝司(南山大学)
後藤 光男(早稲田大学)
小林 武(沖縄大学)
小林 直樹(姫路獨協大学)
小林 直三(名古屋市立大学)
小松 浩(立命館大学)
笹沼 弘志(静岡大学)
澤野 義一(大阪経済法科大学)
志田 陽子(武蔵野美術大学)
清水 雅彦(日本体育大学)
菅原 真(南山大学)
杉原 泰雄(一橋大学名誉教授)
高佐 智美(青山学院大学)
高橋 利安(広島修道大学)
高橋 洋(愛知学院大学)
竹森 正孝(岐阜大学名誉教授)
多田 一路(立命館大学)
建石 真公子(法政大学)
千國 亮介(岩手県立大学)
塚田 哲之(神戸学院大学)
寺川 史朗(龍谷大学)
長岡 徹(関西学院大学)
中川 律(埼玉大学)
中里見 博(大阪電気通信大学)
長峯 信彦(愛知大学)
永山 茂樹(東海大学)
成澤 孝人(信州大学)
成嶋 隆(獨協大学)
西原 博史(早稲田大学)
丹羽 徹(龍谷大学)
根森 健(新潟大学フェロ-、神奈川大学)
藤井 正希(群馬大学)
藤野 美都子(福島県立医科大学)
前原 清隆(日本福祉大学)
松原 幸恵(山口大学)
宮井 清暢(富山大学)
三宅 裕一郎(三重短期大学)
三輪 隆(埼玉大学名誉教授)
村上 博(広島修道大学)
村田 尚紀(関西大学)
本 秀紀(名古屋大学)
元山 健(龍谷大学名誉教授)
森 英樹(名古屋大学名誉教授)
山内 敏弘(一橋大学名誉教授)
横尾 日出雄(中京大学)
横田 力(都留文科大学)
吉田 栄司(関西大学)
吉田 善明(明治大学名誉教授)
若尾 典子(佛教大学)
和田 進(神戸大学名誉教授)
渡邊 弘(鹿児島大学)

天皇制との対峙なくして主体性の確立はない

天皇制に関する書物にはしっかり目を通したいと思いつつ、なかなか思うとおりにはならない。ようやく、話題の阿満利麿「日本精神史: 自然宗教の逆襲」(筑摩書房・2017年2月刊)を一読した。広告文の「渾身の書き下ろし」はまさしくそのとおり。しかも、書名の硬さには似ない読みやすい文体。

問題意識が鮮明で、その問題に肉薄して、解決策を探るという構成。
全7章のうちの問題提起部分が、第1章「無常観とニヒリズム―日本人の歴史意識」と第2章「人間宣言―日本人と天皇」。この本の書き始めが天皇についての叙述。天皇を描いて、これを奉っている日本人の精神構造が問題視される。

第1章第1節の表題が「天皇の責任」。ここで、天皇の無責任が語られる。同時に、天皇の無責任を許容している日本人の精神性があぶり出される。素材として取り上げられているのは、写真で有名な、東京大空襲で被災した深川地域を視察する昭和天皇である。堀田善衛は、富岡八幡宮の近くで、たまたまこのときの光景を目撃して衝撃を受ける。彼が目撃したのは、天皇だけでなく、天皇に接した被災者民衆でもあった。

やや長いが、どうしても引用しておきたい。「日本精神史」と表題する本書の冒頭を飾るにふさわしい、奇っ怪きわまる異常事なのだから。

「茫然とあたりをさまよった堀田が、ふたたび富岡八幡宮へ戻ったところ、わずかの間に焼け跡が整理され、憲兵が随所に立っている。やがて、外車の列が永代橋の方角からあらわれて、近くに止まった。車のなかから天皇がおりてきた。自動車も彼の履く長靴もピカピカに磨き上げられており、天皇は『大きな勲章』もぶらさげていた。役人や軍人が入れ代わり立ち代わり最敬礼をして、報告か説明をくり返している。
 堀田は記す。『それはまったく奇怪な、現実の猛火とも焼け跡とも何の関係もない、一種異様な儀式……と私に思われた』、と。それだけではなかった。この『儀式』の周りに集まってきたかなりの人々が、思いもかけない行動を起こしたのだ。
 彼らは、それぞれが持っていた鳶口やシャベルを前において『しめった灰のなかに土下座をした…(そして)涙を流しながら、陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざと焼いてしまいました、まことに申訳ない次第でございます、生命をささげまして…』と口々に小声でつぶやいていた、というのである。

 私は本当におどろいてしまった。私はピカピカ光る小豆色の自動車と、ピカピカ光る長靴とをちらちらと眺めながら、こういうことになってしまった責任を、いったいどうしてとるものなのだろう、と考えていたのである。
 こいつらのぜーんぶを海のなかへ放り込む方法はないものか、と考えていた。ところが責任は、原因を作った方にはなくて、結果を、つまりは焼かれてしまい、身内の多くを殺されてしまった者の方にあることになる! そんな法外なことがどこにある! こういう奇怪な逆転がどうしていったい起り得るのか!

天皇という、戦争を引き起こした責任者を前にして、その被害者である人民たちがどうして天皇に謝らねばならないのか。しかも、その謝り方は『生命をささげ』てというのである。それを聞いた堀田は、『ただ一夜の空襲で10万人を越える死傷者を出しながら、それでいてなお生きる方のことを考えないで、死ぬことばかりを考え、死の方へのみ傾いて行こうとするとは、これはいったいどういうことなのか? 人は、生きている間はひたすら生きるためのものなのであって、死ぬために生きているのではない。なぜいったい、死が生の中軸でなければならないようなふうに政治は事を運ぶのか?」、と憤る。

この「天皇にかしずく精神」が、アキラメ主義、事大主義、附和雷同、長いものには巻かれろ、社会的同調圧力、非国民などの言葉で語られる。「どうやら、天皇信仰を生み出す分厚い土壌が日本人の精神には堆積しているのではないか。その分厚い土壌を明らかにしないと、いつまでたっても、天皇信仰は存続し、事大主義は生きながらえ、主体性の確立など夢のまた夢といわざるを得ない」。この、天皇制を生み出し、天皇制を支える精神を、筆者は「自然宗教」という言葉で説明している。そして「自然宗教」に対置されるのが、「普遍宗教」である。

通例、宗教は「民族宗教」と「創唱宗教」とに分類される。「自然宗教」と「普遍宗教」との対置に似てはいるが、「創唱宗教」がすべからく「普遍宗教」ではない。普遍宗教とは、すべての民衆を貴賤男女の差別なく平等に救うことを明確に意識している宗教であり、その宗教は必然的に俗世の権威を否定することになる。そして、普遍宗教こそが、国家や集団の宗教ではなく純粋に個人の宗教である。そのような宗教こそが、個を重んじ、主体性の確立につながるという。有り体に言えば、普遍宗教こそが天皇制に屈しない国民精神の主体性を形づくる。少なくも、天皇に代表される現世の支配者の権威を相対化する精神となる。

はたしてそのような宗教がかつて日本にあったか。筆者は「あった」という。名を挙げられるのが、法然であり、浄土宗である。最近、法然が注目されているようだ。9条の精神の体現者としてだけでなく、徹底した差別否定論者で、天皇の権威と無縁だった人としてということらしい。

法然以前の仏教教団はすべて、天皇の裁可によって成立したものだという。仏教とは、伝来以来鎮護国家の宗教であり、国家の民衆に対する権威的精神統治に一役買う存在でもあった。仏教と国家との紐帯の象徴が天皇の裁可であったが、法然は朝廷を無視して、「浄土宗」を一方的に宣言した。民衆の側に立った法然には朝廷の権威は目に入らなかったのだろう。これが、既成教団からの反発を買い、朝廷からの大弾圧を受けることとなった。名高い「承元の法難」である。

しかし、結局は、普遍宗教は育たなかった。「浄土宗」も、法然亡き後は権力に屈して既成教団化していく。筆者の立場からは自然宗教だけが残ったということになる。日本の歴史では、「法然以来100年」が普遍宗教成立のチャンスだった。それが潰えてからは、形だけの創唱宗教は残ったが、その実質は祖先崇拝であったり、現世利益であったり、共同体信仰であり、血筋(貴種)信仰であって、天皇を神とすることに抵抗の無い「自然宗教」であったという。

だから今なお、天皇を神と観念する日本人の精神構造は健在なのだ。これを払拭せずして、日本国憲法が想定する主権者たる国民の創出はないだろう。国民主権あるいは民主主義と、天皇制との角逐を意識せざるを得ない。「普遍宗教」に代わって、「近代立憲主義」を徹底する必要があるだろう。多様性を尊ぶ教育によって理性にもとづく自立した主体性を確立した個人を育てよう。天皇に「申し訳ありません」などと言う国民を、再びつくり出さないために。
(2017年8月22日)

「改めて憲法の意義を確認し、立憲主義を堅持しよう。」ー日弁連定期総会宣言案

5月26日、日本弁護士連合会は2017年度の定期総会を開催する。以下が、その総会で付議され採択予定の宣言案である。「改めて憲法の意義を確認し、立憲主義を堅持する」との表題が付せられている。

「日本国憲法が施行されて、今年で70年を迎えた。今日、国家による自由への介入の強化、恒久平和主義に反する集団的自衛権の行使を可能とした安保法制など立憲主義の危機ともいえる状況が生じている。今こそ、70年の歴史を振り返り、また、人権侵害と戦争をもたらした戦前への深い反省の下、この憲法が、近代立憲主義を継承し、先駆的な規定を設けたことの意義と、市民の取組のよりどころとしての役割を果たしてきたことを、未来に向けての指針として、この危機を乗り越えていくことが求められている。

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものであり、私たち一人ひとりが、不断の努力により自由と権利を保持し、立憲主義を堅持する責務を負っていることを確認することが、何よりも重要である。

当連合会は、改めて基本原理である基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義と、それらを支える理念である立憲主義の意義を確認し堅持するため、今後も市民と共にたゆまぬ努力を続ける決意である。」

実は、昨年(2016年)10月の人権擁護大会でも、日弁連は「憲法の恒久平和主義を堅持し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」を採択している。2005年の同大会でも、「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」である。このところ、「立憲主義の堅持ないし回復」が重ねての意見表明を必要とする大きな課題として意識されている。「立憲主義」が揺らいでいる。あるいは危機が忍びよっているということなのだ。

堅持あるいは回復の宣言を重ねなければならない「立憲主義」とは何であるか。その説明を日弁連自身が次のように述べている。
「国民が制定した憲法によって国家権力を制限し、人権保障をはかることを『立憲主義』といい、憲法について最も基本的で大切な考え方です。」

したがって、立憲主義が揺らいでいる、あるいは危機にあるということは、憲法によって制限されているはずの国家権力が制約から外れて暴走しているということだ。憲法が、国家権力を縛りつけておく力量を喪失しつつあると危惧せざるを得ない事態なのだ。

その傾向は、安倍政権誕生以来著しい。あるいは、立憲主義が危うくなる時代状況が安倍政権を生み出したのかも知れない。いずれにせよ、安倍内閣と立憲主義は、相容れない関係にある。したがって本来は、暴走する安倍政権に警告を発すべきが筋である。あるいは、安倍政権を支えている諸勢力に、立憲主義尊重を突きつけなければならない。

しかし、弁護士全員の強制加盟団体である日弁連である。まさか安倍退陣を迫るなどできようはずもない。結局のところ宣言は、「私たち一人ひとりが、不断の努力により自由と権利を保持し、立憲主義を堅持する責務を負っていることを確認する」「当連合会は、改めて立憲主義の意義を確認し堅持するため、今後も市民と共にたゆまぬ努力を続ける決意である」として、「私たち一人ひとり」と「当連合会の努力」の課題にとどめている。

とはいえ、宣言案には、職能集団である日弁連の危機意識も相当強く滲み出ている。
「今日、国家による自由への介入の強化、恒久平和主義に反する集団的自衛権の行使を可能とした安保法制など立憲主義の危機ともいえる状況が生じている。」というのだ。

「国家による自由への介入の強化」の最たるものが、共謀罪創設のたくらみであろう。特定秘密保護法もしかり。総務大臣の電波メディアへの「停波恫喝」もしかり。沖縄での平和運動への暴力的介入もしかりである。

「恒久平和主義に反する集団的自衛権の行使を可能とした安保法制」も、立憲主義危機の顕著な徴表である。何しろ、憲法に縛られるはずの内閣が、「気に入らない憲法だから、解釈を変えてしまえ」と、閣議決定で憲法解釈を覆してしまったのだ。明文改憲ができないから、閣議決定で「壊憲」に及んだというべき事態である。

「今こそ、人権侵害と戦争をもたらした戦前への深い反省の下」も、含蓄が深い。対峙しているのが、「戦後レジームからの脱却」を呼号し、「(伝統の)日本を取り戻す」とスローガンを掲げる現政権なのだから。

「この憲法を…未来に向けての指針として、この危機を乗り越えていくことが求められている。」というのは、断固現行憲法を擁護するという宣言である。私は、その点でこの宣言案を支持する。

「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものであり、私たち一人ひとりが、不断の努力により自由と権利を保持し、立憲主義を堅持する責務を負っていることを確認することが、何よりも重要である。」は、明らかに憲法97条を下敷きにした文章。周知のとおり、自民党の改憲草案は同条の全文削除を提案している。ここにも、日弁連の日本国憲法堅持の姿勢を見て取ることができる。

権力には絶えざる批判が必要である。しかし、権力は、批判をきらい、社会の全てを支配し膝下におこうという衝動を常にもつ。そのような権力に、一歩も引くことなく対峙すべきことを使命とする幾つかの部門がある。ジャーナリズムがそうであり、大学がそうだ。けっして権力の支配に組み込まれてはならず、権力から距離を持ち、独立していなければならない。司法もそうだ。とりわけ、在野法曹は権力から独立し、必要な批判を怠ってはならない。今こそ、在野性に徹した権力批判が必要なときなのだ。
(2017年5月16日)

「憲法とはなんぞや」「日本国憲法とはなんぞや」

労働者学習センターが発行する「ひろばユニオン」という労働組合運動誌がある。月刊で、一冊490円(税込み)の定価。1962年4月に第3種認可取得とされているから、55年の歴史をもっていることになる。さすがに連合系組合からの寄稿が多いが、特定のスポンサーなしで運営を続けているという。労働運動低迷と言われる今日、貴重な出版物というべきだろう。

その「ひろばユニオン」に、12回連載の予定で、「施行70年 暮らしと憲法」のシリーズの執筆を引き受けた。この4月号からのこと。その書き出しが、以下のとおりだ。

「今月号から1年間、12回連載で本誌に憲法をテーマに執筆することになりました。各号ごとに、身近なトピックを取り上げて憲法を語り、12回を通じて憲法の全体像が把握できるようにする、そんな試みの連載です。」

そんなに、うまく行くかどうか。やってみなければ分からないが、できるだけのことをやってみよう。毎号4000字。写真をいれて、4ページ分。

連載初回の4月号では、森友学園問題で話題となった教育勅語を取り上げた。この勅語に、大日本帝国憲法の精神がよく表われている。こうして叩き込まれた臣民根性の残滓が今なお、払拭しきれずに残ってはいないか。国民主権の日本国憲法下、主権者の自立が必要というテーマ。

第2回の5月号では、「平和憲法70歳 あせぬ輝き」と題して、憲法の平和主義と、70年間国民が憲法を守り抜いてきたことによって、この憲法を国民自身のものとして定着させてきたことの意義を書いた。

そして、連休明けまでに第3回の6月号の記事を送稿しなければならない。原稿依頼を受けることは珍しくないが、毎月の連載は意外に重荷だ。なお、季刊の「フラタニティ」に、「私が関わった裁判闘争」を連載して、既に第6回分を送稿済み。このように課題を与えてもらわないとまとったものを書くはずはないのだから、原稿の依頼を受けることはありがたいのだが、文筆を生業としている身ではないので、ときに本業との時間の配分に苦しむことになる。

12回の構想は、「憲法とはなんぞや」「日本国憲法とはなんぞや」という根本理念に関するテーマで3回、人権論に5回(労働基本権を手厚く)、統治機構に3回(立法・行政・司法)、憲法改正手続と緊急事態に各1回というところ。

予定ではもうできているはずの、立憲主義をテーマにした、「憲法とはなんぞや」という原稿が本日まだ完成しない。

トピックとしては、来年(2018年)の「明治150年」を機に、「明治の日」を作ろうという運動。「昭和の日」の右派の集会での、自民党の青山繁晴参議院議員の「私たちの憲法は古代の十七条の憲法に始まり、それが近代化されたのは明治憲法ではなく、本来は五箇条の御誓文。御誓文こそ、私たちの本来の憲法だ。『明治の日』が制定されれば、そういう根幹に立ち返ることを子どもたちに話すこともできるのではないか。」を取り上げた。

「十七条の憲法」も「五箇条のご誓文」も憲法ではない。では、憲法とは何か。近代憲法の典型は、民衆が王政を倒した市民革命後のフランスに見ることができる。憲法とはなにかという有名な定式として、フランス人権宣言(1789年)16条は、「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。」と言っている。

(1)「権利の保障の確保」と、
(2)「権力の分立の定め」とが必要。
(1) が目的、(2) は手段の関係。

個人の人権と国家の権力との対立構造を明確に意識して、強い国家権力が、国民の人権を侵害することのないよう、権力を集中させずに分立した権力が互いに牽制しあう仕組みを作らなければならない、ということ。

この定式のもと、憲法の構成は、人権宣言(人権のカタログ)の部分と、国家の仕組みを形づくる部分(統治機構)とに大別されている。なによりも人権の保障が大切で、これを守るための国家の仕組みが工夫されている。

日本国憲法は、市民革命後の近代憲法のあり方の正統な承継者として、徹底した人権尊重の立場を貫いている。これは個人を価値の出発点とする個人主義であり、国家を人権と対立する危険な存在と考える自由主義を大原則としているということ。国家や社会よりも、国民個人が大切という考え方で、国家主義や全体主義はとらないということなのだ。

この大原則において、日本国憲法は、天皇あっての臣民、国家あっての個人という、戦前体制とは理念を異にしている。

こんな趣旨だが、これだけでは面白みに欠ける。どうすれば面白く読んでもらうことができるか、もう少し考えてみよう。
(2017年5月6日・連続第1497回)

「ナンチャッテ大統領」(so-called President)の裁判官攻撃

権力は有用なものだが、同時にこの上なく危険なものでもある。権力の暴走を許さぬために、法の支配の大原則があり、権力の分立がある。

「法の支配」確立の歴史ににおいては、イングランドの法律家エドワード・コーク(コークは、クックとも表記される)の名が語られる。

暴政で名高い国王ジェームズ1世が王権神授説をもって国王主権の絶対を主張したのに対して、コークは「王権も法の下にある。王の判断が法律家の判断に優先することはない」と説いた。これを快しとしない王が「王である余が法の下にあるとの発言は反逆罪にあたる」と詰問したのに対し、コークは、次の法諺を引用して王を諫めたという。

「国王は、何人の下にもあるべきではない。しかし、国王といえども神と法の下にあるべきである。なぜなら、法が王を作るからである」

これが1606年のできこと。国王の権力と言えども法の下にあり、法律家の判断に従わざるを得ないとされたのは、400年も昔からのことなのだ。

なお、コークが引用した法諺は13世紀のローマ法学者ヘンリー・ブラクトンの言とのことである。つまり、国王も法に従うべきとする思想は、800年も前に遡ることになるのだ。

さて、問題は21世紀の「so-called President」ドナルド・トランプである。「so-called President」の適訳は、「ナンチャッテ大統領」あるいは「大統領もどき」ということになろう。その彼に権力を与えたのはアメリカ合衆国憲法なのだから、これに逆らうのは背理である。その憲法の解釈の権限は裁判所が担っている。コークの言葉を借りれば、「大統領も法の下にある。大統領の判断が裁判官の判断に優先することはない」のだ。

アメリカ合衆国憲法に限らず、近代憲法は法の支配という大原則のもと、立法府と、法の執行機関と、法のチェック機構である司法との三権が分立している。大統領は、連邦議会がつくった法に縛られ、司法のチェックには服さなければならない。当然のことだ。

トランプなる「ナンチャッテ大統領」は、このことがお分かりでないようだ。もしかしたら、分からないふりをしているのかも知れないし、分かりたくないのかも知れない。中東・アフリカ7カ国の国民の入国を一時禁止した米大統領令をめぐる裁判の仮処分事件で、敗訴となるやワシントン連邦地裁の裁判官に毒づいた。

曰く、「法の執行をこの国から根本的に取り上げる、いわゆる裁判官のこの意見はばかげている。覆されるだろう!」。あるいは、「入国禁止令は裁判官によって解除されたので、多くの非常に悪い危険な人々が私たちの国に押し寄せるかもしれない。ひどい決定だ」。

さらに、昨日(2月9日)には、連邦第9控訴裁判所(カリフォルニア州・サンフランシスコ)で敗訴を重ねると、往生際悪く「法廷で会おう。我が国の安全保障が危機にひんしている!」とツィートで発信した。米メディアによると、「政治的な決定だ。我々はこの法廷案件に勝利する」とも語っている。

もとより、裁判所も権力の一部である。その判決を批判することは、国民の権利でもあり責務と言ってもよい。しかし、権力の他の機構、とりわけ行政府がこのようなかたちで、司法に圧力をかけてはならない。飽くまでも、裁判官は他の権力機構から独立して、法と良心に従っての判断が保障されなければならない。「ナンチャッテ大統領」が裁判所に圧力をかけることは許されないのだ。

こんな人物をそのまま大統領職におくことは、米国民の恥ではないか。また、こんな人物に、喜々として参勤交替する日本の首相も情けない。ジェームズ1世は自らの王権の正統性を神から授けられたものと主張した。さすがに、「ナンチャッテ大統領」も400年前の言葉を繰りかえしはしない。代わっての説明が選挙の勝利である。人民の意思にもとづく権力の万能を信じている如くである。

彼は、こう言いたいのだ。「選挙に勝利を収めた以上は、私の言こそ人民の意思」「大統領である私が、法の下にあるとは民主主義に反する」「私に逆らう裁判官は人民の意思に逆らっているのだ」。

これこそ、法の支配の大原則を枉げ、権力を集中し、独裁者として権力の暴走をたくらむ権力者の許されぬたわごとである。こういう、専制君主並みの暴君で、無知蒙昧な人物を「ナンチャッテ大統領」あるいは「大統領もどき」というのだ。

一方、大統領令の無効を求める訴えの原告となったワシントン州のファーガソン司法長官は意気軒昂。9日の記者会見で「この国は法律の国で、大統領を含めてみな法律に従わなければならない」と語ったと報じられている。このたびは、彼が立憲主義を代表する栄えある立役者になった。

愚かでお騒がせな「ナンチャッテ大統領」を選んだのもアメリカ。三権分立と司法の独立を貫徹したのもアメリカ。日本の司法もアメリカ並みに政権に毅然としてもらいたいもの。いずれにせよ、アメリカは奥が深い。
(2017年2月10日)

アベシンゾウ施政方針演説のホンネ

アベシンゾウでございます。
昨日(1月20日)、第193通常国会における内閣総理大臣としての施政方針演説を行ったのですが、世の注目度がイマイチで面白くありません。あの乱暴者ドナルド・トランプにお株を奪われて、ワタクシ影がすっかり薄くなってしまったわけでございます。

皆さまご存じのとおり、ワタクシとドナルドは、政治上の価値観を同じくするリーダーであります。二人とも、強固な差別主義者で排外主義者であり、過去の国家の栄光を回復しようという守旧派でもあり、軍備増強主義者でもあります。反知性で、オバマ前大統領のような教養に欠けていることにコンプレックスを感じていることでも似た者どうし。

ワタクシも、トランプと同じように言いたいことを言えれば、どんなにか溜飲の下がることかと思うのですが、それは言えません。ホンネを言った途端に、政権はもたない。そのことはよく心得ているのです。言わば、小出しに、ダマシダマシの演説をするしかないのです。それでも、ある程度は、施政方針演説の中に秘められている私の本音を読み取っていただきたいと思うのでございます。

さて、昨年末、オバマ大統領と共に、真珠湾の地に立ち、先の大戦で犠牲となった全ての御霊に、哀悼の誠を捧げました。「全ての」とは、「日米の」という意味で、中国や朝鮮・韓国、シンガポール、マレーシャ、フィリピン、ミャンマー、インド、インドネシア、イギリス、オランダ、オーストラリア等々の旧敵国の犠牲者については、除かれているものであることを、私の強固な支持基盤である右翼の皆さまのために強調しておきたいと思います。

我が国では、300万余の同胞が失われました。数多の若者たちが命を落とし、英霊となったのです。ご存じのとおり、英霊とは、旧帝国陸海軍の軍人軍属の戦死者の霊を、天皇への忠死として美化するための造語です。皇軍の軍人軍属の死者は、敵国の死者や民間人の死者と区別して、美称をもって褒め称えなければならないのです。

真珠湾に同行したイナダ防衛大臣は、ワタクシと右翼的歴史認識を同じくし、軍国主義的な志をともにする同志でありますが、真珠湾からの帰国の翌日に、英霊をお祀りする靖國神社に参拝しています。もちろん、私の承諾なくしてなし得ることではありません。このあたりに、ワタクシのホンネを察していただきたいのです。

かつて敵として熾烈に戦った日本と米国は、米国の圧倒的な軍事的支配が貫徹し、強い主従の関係で結ばれた従属的同盟国となりました。しかし、日本が最も長く闘い最大の犠牲を強いた中国や、長い間過酷な植民地支配を続けて恨みを買った朝鮮・韓国とは、関係が冷え切ったままです。実は、それこそが我が政権の望むところなのですが…。

世界では今なお争いが絶えません。憎しみの連鎖に多くの人々が苦しんでいます。その憎しみの連鎖を断ち切る思想が、憲法9条なのでしょうが、憲法9条こそはワタクシの最も忌むところです。非戦の思想に代えて、私は「寛容の大切さ」を提案します。中国も韓国も、北朝鮮も、そして日本の侵略的行為によって辛酸を嘗めた諸国民の全てが、日本に対して「寛容」を示さなければなりません。それこそが、未来を見据えた平和の第一歩なのです。

これまでも、今も、そしてこれからも、日米同盟こそが我が国の外交・安全保障政策の基軸であります。日本の米国への従属こそが不変の原則であり、両国の絆の基本です。トランプ新大統領はワタクシの面子などお構いなしにTPP離脱を表明しましたが、なんとか翻意してもらえるよう、おすがりするために早期の直訴訪米をしなければなりません。聞き入れてもらうのは難しかろうとは思うのですが、それでも参勤交代の責務を果たして、臣下としての立場を更に明確化する考えであります。

ワタクシの政策は、ドナルドと同一で「アメリカ・ファースト」であります。「アメリカ・ファースト」とは「沖縄県民ラースト」ということです。辺野古・高江などの新基地建設については、最も大切な友人に迷惑をかけるようなことがあってはなりません。ワタクシは、オスプレイが墜落しようと、基地内の米兵の不祥事が続こうと、何が何でもオール沖縄の県民意思を踏みつぶし、全国の警察力や海保の実力を総動員し、沖縄の自然を破壊して断固基地建設に邁進することを、この場を借りてドナルドにお約束いたします。

かつて、民主党政権は、「最低でも県外」と言ったことすら実現せず、失望だけが残りました。威勢のよい言葉だけを並べても、現実は一ミリも変わりません。必要なことは、実行です。結果を出すことであります。アベ内閣は、沖縄の平和運動を弾圧して、米国との信頼関係の下、抑止力を維持しながら、辺野古・高江の新基地建設を強行し、南西諸島の自衛隊基地を強化して、一つひとつ着実に結果を出していく決意であります。

南スーダンでは、明日にも何があるか分からない状勢です。それでも、駆けつけ警護の任務を帯びた自衛隊派兵の実績作りが大切なのです。今こそ、「積極的平和主義」という名で、軍事重視の旗を高く掲げ、能う限りの軍事的貢献をしていこうではありませんか。

経済政策は完全に失敗しました。アベノミクスは破綻しました。しかし、それを認めてしまってはおしまいです。数字の操作によって幻想を並べ立て、国民を煙に巻かねばなりません。ワタクシの経済ブレインのその悪知恵と厚かましさには、ワタクシ自身が驚き感服しているところです。経済政策については長々とお話申しあげますが、言ってるワタクシが気恥ずかしくなる始末。あまり、突っ込んでくださいますな。

憲法施行七十年の節目に当たり、日本国憲法をますます輝かしいものとして国政に生かしていこうと言いたい人もいるようではありますが、ワタクシは敢えて反対を申しあげます。ワタクシは、日本国憲法が嫌いなのです。ですから、憲法のどこでもよい、どんな理由でもよい、とにかく、1ミリでも憲法を変えたいのです。

確かに、強引に解釈改憲をして戦争法を成立させ、曲がりなりにも集団的自衛権行使ができるようにはなりました。しかし、憲法の制約がある限り、あの法律では思う存分の戦闘も戦争もできません。国民の皆さまには、少しずつ憲法改正に慣れていただき、最後は憲法9条を改正して、政府の判断で自由に勇ましく戦争のできる国にしたいのです。また、核武装の選択肢は残しておかねばなりませんから、原発再稼働は譲れません。

とはいえ、なかなかあからさまに、思うことが言えません。いま言えることは、「日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めようではありませんか」。という程度。悔しいけれど、これが精一杯。

この次の機会には、もう少し踏み込んで、テーマを絞り込んだ具体的な憲法改正の提案をしなければならないと思っています。なかなか進展しないことに、正直のところ焦りもあります。国民の皆さまには、是非ともできるだけ早期に、できるだけ上手に、ワタクシに欺されていただくようお願い申しあげます。
(2017年1月21日)

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     「DHCスラップ」勝利報告集会は1週間後の土曜日
弁護士 澤藤統一郎
私自身が訴えられ、6000万円を請求された「DHCスラップ訴訟」。
その勝訴確定報告集会が1週間後に迫りました。
この問題と勝訴の意義を確認するとともに、攻守ところを変えた反撃訴訟の出発点ともいたします。ぜひ、集会にご参加ください。

日程と場所は以下のとおりです。
☆時 2017年1月28日(土)午後(1時30分~4時)
☆所 日比谷公園内の「千代田区立日比谷図書文化館」4階
 「スタジオプラス小ホール」
☆進行
弁護団長挨拶
田島泰彦先生記念講演(「言論の自由」の今日的意義)
常任弁護団員からの解説
テーマは、
「名誉毀損訴訟の構造」
「サプリメントの消費者問題」
「反撃訴訟の内容」
☆会場発言(スラップ被害経験者+支援者)
☆澤藤挨拶
・資料集を配布いたします。反撃訴訟の訴状案も用意いたします。
・資料代500円をお願いいたします。
言論の自由の大切さと思われる皆さまに、集会へのご参加と、ご発言をお願いいたします。

       「DHCスラップ訴訟」とは
私は、ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」を毎日連載しています。既に、連続1400日になろうとしています。
そのブログに、DHC・吉田嘉明を批判する記事を3本載せました。「カネで政治を操ろうとした」ことに対する政治的批判の記事です。
DHC・吉田はこれを「名誉毀損」として、私を被告とする2000万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。2014年4月のことです。
私は、この提訴をスラップ訴訟として違法だとブログに掲載しました。「DHCスラップ訴訟を許さない」とするテーマでの掲載は既に、90回を超します。そうしたら、私に対する損害賠償請求額が6000万円に跳ね上がりました。
この訴訟は、いったい何だったのでしょうか。その提訴と応訴が応訴が持つ意味は、次のように整理できると思います。
1 言論の自由に対する攻撃とその反撃であった。
2 とりわけ政治的言論(攻撃されたものは「政治とカネ」に関わる政治的言論)の自由をめぐる攻防であった。
3 またすぐれて消費者問題であった。(攻撃されたものは「消費者利益を目的とする行政規制」)
4 さらに、民事訴訟の訴権濫用の問題であった。

私は、言論萎縮を狙ったスラップ訴訟の悪辣さ、その害悪を身をもって体験しました。「これは自分一人の問題ではない」「自分が萎縮すれば、多くの人の言論の自由が損なわれることになる」「不当な攻撃とは闘わなければならない」「闘いを放棄すれば、DHC・吉田の思う壺ではないか」「私は弁護士だ。自分の権利も擁護できないで、依頼者の人権を守ることはできない」。そう思い、自分を励ましながらの応訴でした。
スラップ常習者と言って差し支えないDHC・吉田には、反撃訴訟が必要だと思います。引き続いてのご支援をお願いいたします。

明けましておめでとうございますー「目出度さもちう位也この春は」

あらたまの年の初めである。目出度くないはずはない。街は静かで人は穏やかである。誰もが、今年こそはという希望をもっている。欠乏や飢餓や恐怖は、見えるところにはない。が、その目出度さも、「ちう位」というしかない。

今年(2017年)の5月3日に、日本国憲法は施行70周年の記念日を迎える。この70年は、私の人生と重なる。振り返れば、その70年の過半は、希望とともにあった。漠然したものではあれ、昨日よりは今日、今日よりは明日が、よりよくなるという信念に支えられていた。「よりよくなる」とは、すべての人の生活が豊かになること、人が拘束から逃れて自由になること、そして貧困が克服されて格差のない平等が実現し、人が個性を育み自己実現ができること、その土台としての平和が保たれることであった。

敗戦ですべてを失った戦後の歩みは、平和を守りつつ豊かさを取り戻す過程であった。自由や平等や人権保障の不足は、「戦前の遅れた意識」のなせる業で、いずれは克服されるだろうと考えられていた。楽観的な未来像を描ける時代が長く続いた。しかし、明らかに今は違う。今日よりも明日がよりよくなり、上の世代よりも若い世代が、よりよい社会を享受するだろうとは思えない。いつから、どうしてこうなったのだろうか。

私が物心ついて以来、民主主義信仰というものがあった。戦前の誤りは、一握りの、皇族や軍部、藩閥政治家や財閥、大地主たちに政治をまかせていたからである。完全な普通選挙を実施したからには、同じ過ちが繰り返されるはずはない、というもの。天皇を頂点とする差別の構造も、官僚や資本の横暴も、民主主義の政治過程が深化する中でやがてはなくなる、そう考えていた。

しかし、経済格差のない男女平等の普通選挙制度が実現して久しい今も、多くの人が政権や天皇批判の言動を躊躇している。官僚や資本の横暴もなくなりそうもない。それどころか、平和さえ危うくなってきた。民主主義信仰は破綻した。少なくとも、懐疑なしに民主主義を語ることはできなくなった。

政治や制度が多数派国民の意思に支えられていることを民主主義と定義すれば、民主主義的な搾取や収奪の進行も、民主主義的な戦争もあり得るのだ。人種差別も思想差別も優生思想もなんでも「民主主義」とは両立する。トランプの登場やアベの政治は、そのことに警鐘を鳴らしている。

格差と貧困が拡がり深まる社会にあって、「お目出度とう」とは言いがたい。国民一人ひとりの尊厳が大切にされて、こころから「おめでとう」と言い合える、「ちう位」ではない目出度い正月をいつの日にかは迎えたいと思う。

立憲主義大嫌いのアベ政権である。今年の憲法記念日に、憲法施行70年を盛大に祝うとは到底思えない。このことは、一面「怪しからん」ことではあるが、権力によって嫌われる憲法の面目躍如でもある。日本国憲法は、政権から嫌われ、ないがしろにされ、改悪をたくらまれていればこそ、民衆の側が護るに値する憲法なのだ。

今年も、憲法改悪を阻止と、憲法の理念を実現する運動の進展を願う。その運動の進展自身が、民主主義を支える自立した市民を育むことになる。微力ではあるが、当ブログもその運動の一翼を担いたいと思う。
(2017年1月1日・元旦)

ブルキニ禁止条例の効力を停止した、フランス立憲主義事情

フランスの憲法事情や司法制度には馴染みが薄い。戦前はドイツ法、戦後はアメリカ法を受継したとされる我が国の法制度には、フランス法の影が薄いということなのだろう。しかし、リベラルの本場であり、元祖市民革命の祖国フランスである。1789年人権宣言だけが教科書に引用ではすこし淋しい。ニュースに「ライシテ」(政教分離)やコンセイユ・デタ(国務院)が出てくると、呑み込むまでに一苦労することになるが、できるだけ理解の努力をしてみたい。

昨日(8月27日)の時事配信記事がこう伝えている。
【マルセイユAFP=時事】イスラム教徒女性向けの全身を覆う水着「ブルキニ」(全身を覆う女性イスラム教徒の衣装「ブルカ」と水着の「ビキニ」を掛け合わせた造語)をめぐり、フランスの行政裁判で最高裁に当たる国務院は26日、南部の町ビルヌーブルベが出したビーチでの着用禁止令を無効とする判決を下した。

 これを受け、保養地のニースやカンヌなど約30の自治体による同様の禁止令も、無効となる見通し。

 国務院は判決で、当局が個人の自由を制約するのは公共の秩序への危険が証明された場合に限られるが、ブルキニ着用にそのような危険は認められないと指摘。禁止令について「基本的自由に対する深刻かつ明白な侵害だ」と断じた。」

先月には、「『イスラム水着』リゾート地禁止 人権団体反発」との見出しで、「地中海に面するカンヌのリナール市長は7月28日、『衛生上、好ましくない』として、ブルキニ着用の禁止を発表した。また、『公共の秩序を危険にさらす可能性がある』ことも理由に挙げた。」と報道されていた。

私の理解の限りだが、イスラム世界には女性は他人に肌を露出してはならないとする戒律がある。この戒律に従う女性が海水浴をしようとすれば、ブルキニを着用せざるを得ない。ところが、フランスの30もの自治体が、条例でブルキニ着用を禁止した。違反者には、カンヌの場合38ユーロ(4300円)の罰金だという。罰金だけでなく、警察官が脱衣をするよう現場で強制までしている。常軌を逸しているとしか思えない。

ブルキニ禁止の理由として、「衛生上、好ましくない」「公共の秩序を危険にさらす可能性がある」があげられているが、いずれも根拠は薄弱。実は、イスラム過激派による相次ぐテロを受けて蔓延した反イスラム感情のなせる業だろう。驚くべきは、下級審の判断ではこの条例が有効とされたことだ。このほどようやく最高裁に相当するコンセイユ・デタ(国務院)で効力凍結となったというのだ。

フランスでは、2004年の「スカーフ禁止法」があり、2011年には「ブルカ禁止法」が成立している。公共の場でブルカを着用することは禁じられているのだ。違反すれば、着用者本人には罰金150ユーロ(約1万7千円)か、フランス市民教育の受講を義務づけられる。更に、女性が着用を夫や父親に強制されていたとすれば、強制した夫などには最高で禁固1年か罰金3万ユーロが科せられるという。こちらは、条例ではない。サルコジ政権下で成立した歴とした法律である。

一見、フランスは女性の服装にまで非寛容な、人権後進国かと見えるが、実は事態はそれほど単純ではない。ことは、フランス流の政教分離原則「ライシテ」の理解にかかわる。

ライシテとは、「私的な場」と「公共の場」とを峻別し、私的な場での信仰の自由を厚く保障するとともに、公共の場では徹底して宗教性を排除して世俗化しようとする原則、と言ってよいだろう。

このライシテは、共和政治から、フランスに根強くあったカソリックの影響を排除する憲法原理として、厳格に適用された。カソリックという強大な多数派との闘いの武器が、少数派イスラム教徒にも同じように向けられたとき、当然に疑問が生じることとなった。

その最初の軋轢が、1989年パリ郊外の公立学校で起こった「スカーフ事件」である。イスラム系女生徒がスカーフを被ったまま公立学校に登校することの是非をめぐって、「ライシテ原理強硬派」と「多文化主義寛容派」が激しく争ったのだ。

樋口陽一著「憲法と国家」に、この間の事情と法的解説が手際よくまとめられている。
事件の経過
「パリ近郊のある公立中学校で、イスラム系住民の3人の女生徒が、ヴェール(チャドル)をまとったままで授業に出席した。女性はヴェールで顔を蔽わなければならぬ、というイスラム教の戒律のシンボルを公教育の場にもちこむことの是非が、こうして問題となった。校長はその行為をやめさせようとし、女生徒と親は強く反撥した。
 これまでの、政教分離という共和主義理念からすれば、校長の措置は当然であった。フランス社会で圧倒的な多数を占めるカトリック教の影響力をも、執拗に公的空間から排除しようとしてきたからである。しかし、当時の社会党政権の内部では、異文化への寛容のほうを重んずべきだという主張が出てきた。国際人権擁護の運動家であるダニエル・ミッテラン夫人の立場は、そうだった。それに対しては、やはり同じ運動のなかから、「SOSラシスム」(人種差別SOS)のように、ヴェール着用の戒律こそ、一夫多妻制や女性の社会進出を許さない、差別のシンボルではないか、という再反論が返ってくる。」

コンセイユ・デタの「意見」
「当時文相をつとめていたジョスパン(後に首相)は、コンセイユ・デタ(国務院)の法的見解を求め、諮問に答えた同院の意見(1989年11月27日)は、ライシテ(政教分離)の原則と、各人の信条の尊重および良心の自由とがともに憲法価値を持つものであることを、条文上の根拠をあげてのべたうえで、こう言う。―「学校施設の内部で、ある宗教への帰属を示そうとするための標識を生徒が着用することは、宗数的信条の表明の自由の行使をなす限度において、そのこと自体でライシテ原則と両立しないものではない」。
この「意見」は、それにつづけて、「この自由」の限界を画す一般論をのべ、「具体的事件での標識着用がそのような限界をこえているかどうかは、裁量権を持つ校長の認定により、その認定は事後に行政裁判所のコントロールに服する」、とつけくわえている。

コンセイユ・デタの「判決」
 「意見」が一般論をのべたうえで想定していた問題処理の手順は、そのとおり現実のものとなる。3年あと、行政最高裁判所として判決を書くことが、コンセイユ・デタに求められたからである。同院は、1989年に「意見」のかたちで示した原則的見解を確認したうえで、同種の具体的事案について、女生徒を退校させた処分を取り消した(1992年)。
 校長の処分の根拠となった校則は、「衣服またはその他の形での、宗教的、政治的または哲学的性質を持つ目立つ標識の着用は、厳格に禁止される」、と定めていた。判決は、この規定を、「その一般性のゆえに、中立性と政教分離の限界内で生徒に承認される表現の自由…を侵害する一般的かつ絶対的な禁止を定めている」から無効だとし、「ヴェール着用の状況が…圧力、挑発、入信勧誘、宣伝…の行為という性格を持つこと」を処分者側は立証していないと指摘して、処分を取り消したのである。

樋口解説
 ここではまず、一方で政教分離、他方で信条・良心の自由という、ともに憲法価値をもつ二つの要素が対抗関係に立つという論理が、前提にされている。日本でのこれまでの圧倒的に多くの事例は、「信教の自由をまもるための政教分離」という図式で説明できるようなものだった。しかし、もともとライシテは、カトリック教会、およびそれと一体化した親たちが自分たちの信仰に従って子どもを教育しようとする「自由」の主張に対抗して、公教育の非宗教性を国家が強行する、というかたちで確立してきたのである。
 政教分離の貫徹よりも「寛容」と「相違への権利」を、という方向は、時代の流れではある。アメリカ合衆国では、「生徒と教師のいずれもが、校門に入るや憲法上の表現の自由を放棄したと論ずるのは不当」という判断を、生徒のヴェトナム反戦の言動に関して、最高裁がのべていた(1969)。

フランス共和制の大原則であるライシテは、強大なカトリックの支配から、あらゆる少数派信仰(無宗教者を含む)の自由を防衛する役割を果たした。ところが今、そのライシテが、多数派国民による民族的少数派への偏見を正当化する道具とされている。これに対抗する「寛容」「多様性」の価値を重んじるべきが当然と思うのだが、衡量論を超えた原理的な考察については整理しかねる。

とはいえ、ブルキニ禁止条例に関する、今回のコンセイユ・デタの「意見」は至極真っ当なものと言えよう。「ヴェール着用禁止が正当化されるためには、その状況が…圧力、挑発、入信勧誘、宣伝…の行為という性格を持つこと」という1992年判決踏襲の当然の結論でもある。反イスラム感情に駆られた多数派が民族差別的な人権規制をするとき、これに歯止めをかけたのだから、彼の国では立憲主義が正常に機能しているのだ。

振り返って日本ではどうだろう。違憲の戦争法が成立し施行となり、今や運用に至ろうとしている。これは立憲主義が正常に機能していないことを表している。嗚呼。
(2016年8月28日)

街頭宣伝活動での選挙総括

本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま、ご近所の皆さま。こちらは地元の「本郷・湯島九条の会」です。私たちは、憲法を守ろう、憲法を大切しよう、とりわけ平和を守ろう。絶対に戦争は繰り返してはいけない。アベ自民党政権の危険な暴走を食い止めなければならない。そういう思いから、訴えを続けています。

あなたが政治に関心をもたなくても、政治の方はけっしてあなたに無関心ではいない。あなたが平和と戦争の問題に無関心でも、戦争は必ずあなたを追いかけてきます。けっして見逃がしてはくれません。少しの時間、お耳を貸してください。

一昨日の7月10日が第24回参院選投開票で、既にご存じのとおりの開票結果となりました。今回選挙の最大の焦点は、紛れもなく憲法改正問題でした。より正確には、アベ政治が投げ捨てた立憲主義の政治を取り戻すことができるか否か。憲法を大切にし、政治も行政も憲法に従って行うという当たり前の大原則を、きちんと政権に守らせる勢力の議席を増やすことができるか。あるいは、憲法をないがしろにして、あわよくば明文改憲を実現したいという勢力の議席を増やしてしまうか。

一方に憲法を護ろうという野党4党と市民運動のグループがあり、もう一方に改憲を掲げるアベ自民党とこれに擦り寄る公明・維新・こころの合計4党があります。この「立憲4党+市民」と「壊憲4党」の憲法をめぐる争いでした。おそらくは、この構図がこれからしばらく続くものと思います。

「壊憲4党」の側は徹底して争点を隠し、争点を外し、はぐらしました。それでもなお、客観的にこの選挙は改憲をめぐる選挙であり、選挙結果は壊憲4党に参院の3分の2の議席を与えるものとなりました。これは恐るべき事態と言わねばなりません。

改憲発議の権利は、今やアベ自民とこれに擦り寄る勢力の手中にあることを自覚しなければなりません。到底安閑としておられる状況ではない。憲法は明らかにこれまでとは違った危機のレベルにある、危険水域に達していることを心しなければならないと思います。

では、国民の多くが憲法改正を望んでいるのか。いえ、けっしてそんなことはありません。参院選投票時に何社かのメディアが出口調査をしていますが、その出口調査では有権者の憲法改正についての意見を聞いています。共同通信の調査も、時事通信もNHKも、いずれも「憲法改正の必要がある」という意見は少数なのです。「改憲の必要はない」という意見が多数です。これを9条改憲の是非に絞って意見を聞けば、さらに改憲賛成は少なくなります。「安倍政権下での9条改憲」の是非を聞けば、さらに改憲反対派が改憲賛成派を圧倒するはず。

ですから、明らかに、国民の憲法意識と国会の政党議席分布にはねじれが生じています。大きな隔たりがあると言わなければなりません。にもかかわらず、改憲勢力は今改憲の発議の内容とタイミングを決する権限を手に入れてしまったのです。

今回選挙のこのねじれを生じた原因は、ひとつは改憲派の徹底した争点隠しですが、それだけでなく選挙区制のマジックの問題もあります。改憲派と野党との得票数は、けっして、獲得議席ほどには差は大きくありません。

たとえば、立憲4党は、今回選挙で32ある一人区のすべてで統一候補を立てて改憲派候補と一騎打ちの闘いをしました。その結果、11の選挙区で勝利しました。
 青森・岩手・山形・福島・宮城・新潟・長野・山梨・三重・大分そして沖縄です。
他の県は敗れたとはいえ、前回は31の一人区で、自民党は29勝したのですから、これと比較して共闘の成果は大きかったといわねばなりません。それだけでなく、この一人区一騎打ちの票数合計は2000万票でした。その2000万票が、立憲派に900万票、自公の壊憲派に1100万票と振り分けられました。議席だけを見ると11対21ですが、得票数では9対11の僅差。実力差はこんなものというべきなのです。

それでも、議席を争った選挙での負けは負け。長く続いた平和が危うい事態と言わざるを得ません。既に日本は、1954年以来、憲法9条2項の戦力不保持の定めに反して、自衛隊という軍事組織を持つ国になってきています。しかし、長い間、自衛隊は専守防衛のための最小限の実力組織だから戦力に当たらない、だから自衛隊は違憲の存在ではない、と言い続けてきました。

ところが、一昨年(2014年)7月1日アベ政権は、閣議決定で専守防衛路線を投げ捨てました。個別的自衛権だけでなく、集団的自衛権の行使を容認して、憲法上の問題はない、と憲法の解釈を変えたのです。憲法が邪魔なら憲法を変えたい。しかし、改憲手続きのハードルが高いから憲法解釈を変えてしまえというのが、アベ政権のやり方なのです。こうして、集団的自衛権の行使を容認して、自衛隊が海外で戦争をすることができるという戦争法を強行成立させました。

自国が攻撃されてもいないのに、一定の条件があれば海外に派兵された自衛隊が、世界中のどこででも戦争ができるという内容の法律ですから、「戦争法」。日本は、自衛のためでなくても戦争ができる国になってしまいました。この戦争法を廃止することが、喫緊のおおきな政治課題となっています。

今、このように憲法がないがしろにされているこのときにこそ、全力を上げて憲法を守れ、立憲主義を守れ、憲法の内実である、平和と人権と民主主義を守れ、と一層大きく声を上げなければならない事態ではないでしょうか。

本当に、今、声を上げなければ大変なことになりかねません。でも、声を上げれば、もう少しで国会の議席配分を逆転することも可能なのです。このことを訴えて、宣伝活動を終わります。ご静聴ありがとうございました。
(2016年7月12日)

「立憲4党」にイエス。「壊憲4党」にはノーの意思表示を。

あと3日。参院選最終盤に至って、憲法問題の争点化が浸透してきた。
私は、先に今回参院選の勢力関係の骨格を、「右翼アベ自民とこれを支持する公明が改憲勢力を形づくり、左翼リベラル4野党連合が反改憲でこれに対峙する。この両陣営対決のはざまに、おおさか維新という夾雑物が存在するという2極(+α)構造」と描いた。これをもっと単純化すれば、「立憲4党」対「壊憲4党」の争いともいえるのではないか。

「立憲4党」は中野晃一さんのネーミング。なるほど、民進・共産・社民・生活の4党共闘の核になっているものは、明文改憲阻止というよりは立憲主義の回復というべきではないか。アベ政治は既に立憲主義を破壊しつつある。この現実を糺し修復しなければならないという喫緊の課題での共闘。このネーミングの方が緊迫感ないし切実感がある。

これに対する自民・公明・おおさか維新・こころの4党を、大手メディアが「改憲4党」と呼ぶようになっている。「改憲4党は、非改選議席と併せて参院の3分の2の議席がとれるだろうか」との関心の寄せ方。しかし、実は「これから憲法に手を付けます」ではなく、既に憲法の一部を壊しているのだ。その意味では、「改憲」よりは「壊憲4党」と呼ぶのにふさわしい。

大日本帝国憲法下での立憲主義と日本国憲法の下での立憲主義とは大きく異なる。この違いは、権力からの個人の自由をメインの理念とする「近代憲法」と、資本主義の矛盾を克服する福祉国家理念をもつ「現代憲法」との違いに対応したもの。権力が護るべきとされるものの中に、平和主義・民主主義・法律の留保なき人権・社会権・参政権の保障を含むか否かなのだ。

憲法を頂点とする法体系の保護がなければ、強い者勝ちになる不公正に歯止めをかけ、弱い者の立場を護る思想に貫かれているのが、現代憲法としての「日本国憲法」である。改憲を阻止する、憲法を護る、憲法を活かす、立憲主義を取り戻すとは、結局のところ、法の保護なくば弱い側の立場を守ろうということなのだ。「立憲」4党の「立憲」は、この立場を指す。

既に壊されている憲法の理念は、まずは平和である。その最大のテーマは戦争法(安保関連法)であり、次いで表現の自由などの精神的自由権。そして、労働や福祉、さらには教育も民主主義もある。

この二つのブロックの中の各政党の個性はひとまず措いて、「立憲ブロック」と「壊憲ブロック」のどちらに投票すべきか。立場によって分かれる。分かり易いではないか。迷う必要はなさそうだ。

もし、あなたがこの社会の強者の側にあるなら、つまりは大企業の経営者側で、労働者をできるだけ安く使うことを望んでおり、労働者の首切りは自由な方がありがたいと思う立場であるなら、また株や債権の売買でぼろ儲けをしていて、軍事緊張が高まれば武器が売れて景気がよくなるとほくそ笑む立場にあるなら、所得税も法人税も相続税もできるだけ小さくして、累進性をなくし、福祉も教育も自己負担で自助努力が原則の国を望むなら、堂々と壊憲4党に投票すればよい。

しかし、あなたが働く者として首切り自由はとんでもないとし、時間外手当のカットも不当と考えるなら。また、軍事緊張も戦争もゴメンだというのなら。所得税や相続税は累進性を強化すべきが実質的公平に合致すると考え、福祉も教育も本来は国が負担すべきが望ましいとお考えなら、壊憲4党に投票してはならない。農業や漁業の従事者も、中小零細企業家も同じだ。うっかり自公への一票は、自分の首を絞めることとなる。

さらに、仮にあなたがこの格差社会の不合理を身をもって体験している立場にあるなら、あなたの一票は特別な意味を持つ。政治とは、誰の立場にたって政策を進めるかのせめぎあいだ。この社会は利害対立するグループで成り立っている。総じて、強い立場の者と弱い立場の者。強い者は、自分たちが支配する現行の体制を維持し続けようと試み、支配を受けている者がこれに抵抗を試みているのだ。税金のとりかたも使い方も、「強い者・富める者」と「弱い者、貧しき者」との綱引きの結果として決まっている。実は、万人に利益となる政治は幻想であって、どちらの層の利益になるかが、熾烈に争われているのだ。

日本国憲法は、「強い者・富める者」の利益を抑制して、「弱い立場の者、貧しき者」の利益を擁護すべきとする理念を掲げている。飽くまで理念に過ぎない「弱い立場の者、貧しき者」の利益を実現する政治は、選挙によって初めて形づくられる。理念を眠り込ませることなく現実化するのが選挙という機会である。

政治を変えようと切実な声が選挙に結実すれば、医療も教育も、介護も保育も福祉も、すべてを国の負担で行う制度の実現が可能なのだ。格差と貧困を克服する社会の実現は、たとえ時間はかかろうとも、けっして夢物語ではない。その高みに至る道は、陰謀や血なまぐさい暴力によって切り開かれるのではない。あなたのもっている選挙権が唯一の武器だ。言論による説得と、自覚的な一票の積み重ねによって、もっと住みやすい社会を実現できる。アベ政治の継続で利益を得ている者たちに欺されてはならない。

まずは、立憲4党を勝たせることだ。憲法改正を阻止するだけでなく、既に損なわれている憲法の理念を修復して、弱い者に暖かい手を差し伸べる政治を実現しなければならない。壊憲4党に、分けてもアベ自民に投票してはならない。
(2016年7月7日)

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