澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「浜の一揆」訴訟結審の法廷での意見陳述ー漁業の「民主化」こそが指導理念だ

本日は、盛岡地裁「浜の一揆」訴訟第10回の法廷。最終準備書面の交換があって結審した。その結審の法廷で、原告側が最終準備書面を要約した下記の意見陳述を行った。

判決言い渡しは2018年3月23日(金)15時と指定された。手応え十分とは思うが、判決は言い渡しあるまで分からない。しばらくは、まな板の上の鯉にも似た心境である。

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原告ら訴訟復代理人の澤藤大河から、訴訟の終結に際して、貴裁判所にご理解いただきたいことを、要約して陳述いたします。

原告らは、本件訴訟を「浜の一揆」と呼んでまいりました。ご存じのとおり、旧南部藩は、大規模な一揆が頻発したことで知られています。一揆は、藩政に対する領民の抵抗であり、藩政に癒着した豪農や網元あるいは大商人への抵抗にほかなりません。
原告らは、現在の県の水産行政を、一揆を招いた藩政や領内の身分支配の秩序と変わるところがないではないかと批判し抗議しているのです。
一揆の原因には、まずは生活の困窮がありました。それに藩政の非道への怒りが重なって決死の決起となったのです。本件浜の一揆も事情は同様です。今のままの漁業では食っていけない。後継者も育たない。廃業者が続出している。とりわけ3・11後は切実な状況になっている。これが、提訴の原因となっています。
さらに、どうして浜の有力者と漁協だけにサケ漁を独占させて、零細漁民には一切獲らせないというのだ。こんな不公平は許せない。という理不尽に対する怒りが、漁民100人に提訴を決意させたのです。この原告らの心情と、原告らをこのような心情に至らしめた事情について、十分なご理解を戴きたいと存じます。

 本件における原告らの請求は、憲法上の権利としての「営業の自由」を根拠とするものです。
三陸沿岸を回遊するサケは無主の動産です。井田齊証言にあったとおり、大いなる北太平洋の恵みが育てたものであって、誰のものでもありません。養殖による漁獲物とは決定的に異なるものとして、そもそも誰が採るのも自由。これが大原則であり、議論の出発点です。

 漁民が生計を維持するために継続的にサケを捕獲することは、本来憲法22条1項において基本権とされている、営業の自由として保障されなければなりません。

もちろん、憲法上の権利としての営業の自由も無制限ではあり得ません。合理性・必要性に支えられたもっともな理由があれば、その制約も可能ではあります。その反面、合理性・必要性に支えられた理由がない限り、軽々に基本権の制約はできないということになります。

 この憲法上の権利を制約するための、合理性・必要性に支えられた理由を、法は2要件に限定しています。漁業法65条1項の「漁業調整の必要あれば」ということと、水産資源保護法4条1項の「水産資源の保護培養の必要あれば」という、2要件です。
その場合に限って、特定の魚種について、特定の漁法による漁を、「県知事の許可を受けなければならない」と定めることができるとしているのです。

この法律を具体化した岩手県漁業調整規則は、サケの刺し網漁には知事の許可を要すると定めたうえ、「知事は、『漁業調整』又は『水産資源の保護培養』のため必要があると認める場合は、漁業の許可をしない。」と定めています。

ということは、申請があれば許可が原則で、不許可には、県知事が「漁業調整」または「水産資源の保護培養」の必要性の具体的な事由を提示し根拠を立証しなければなりません。

 したがって、キーワードは「漁業調整の必要」と「水産資源の保護培養の必要」となります。行政の側がこれあることを挙証できた場合に、不許可処分が適法なものとなり、できなければ不許可処分違法として取り消されなければならず、同時に、許可が義務付けられることにもなります。

このうち、「水産資源の保護培養の必要」は比較的明確な概念で、井田齊証人の解説で、この理由がないことは明確になっています。サケ資源の保護培養のためには、河川親魚の確保さえできればよく、原告らに対する本件許可がそれに影響を与えることはあり得ないからです。

なお、被告は原告らが年間10トンの上限を設けて申請していることについて、「そのような上限が守られるはずはない」と、原告らに対する不必要な不信と憎悪をむき出しにしています。しかし、生業を成り立たせ、後継者を育てるために、資源の確保にもっとも切実な関心をもっているのが、原告ら漁民自身であることは、原告尋問の結果から、ご理解いただけるところです。

一方、「漁業調整の必要」は、はなはだ曖昧な概念ですが、これを行政が曖昧ゆえに恣意的に基本権制約の根拠とすることは許されません。

 お考えいただきたいのです。現状が、極端に不公平ではありませんか。「調整」を要する一方、すなわち大規模な定置網業者がサケ漁を独占しています。一方、原告ら零細漁民には、過酷な罰則をもって、サケ漁が禁止されています。原告らは、定置網漁を禁止せよなどと言っていません。ほんの少し、自分たちにも獲らせてくれと言っているだけではありませんか。どうして頑なに、現状に固執しなければならないのか。これに対する原告らの不信がまさしく、「浜の一揆」の原因となっています。

「漁業調整」の本来の指導理念は、漁業法第1条に、「この法律は…漁業の民主化を図ることを目的とする」という、法が特別に明記した「民主化」でなくてはなりません。経済的強者に資源の独占を許し、零細漁民に漁を禁止することが、「民主化」の視点から、許されることでしょうか。

また、本件では、定置網漁業者の過半を占める漁協の経済的存立のために漁民のサケ漁を禁止することの正当性が問われています。いったい、漁協優先主義が漁民の利益を制約しうるのでしょうか。

 水産業協同組合法第4条は、「組合(漁協)は、その行う事業によつてその組合員又は会員のために直接の奉仕をすることを目的とする」。これが漁協本来の役割です。漁民のために直接奉仕するどころか、漁協の自営定置を優先して、漁民のサケ漁禁止の理由とする、これは法の理念に真っ向から反することではありませんか。

 弱い立場の、零細漁民の立場に配慮することこそが「漁業の民主化」であって、漁協の利益確保のために、漁民の営業を圧迫することは、明らかに「民主化」への逆行と言わざるを得ません。言うまでもなく、「漁民あっての漁協」であって、「漁協あっての漁民」ではありません。

貴裁判所が「漁協栄えて漁民が亡ぶ」という倒錯した被告県側の主張に与することなく、一揆の心意気で本提訴に踏み切った原告らの思いに応える判決を言い渡されるよう、お願いして、代理人陳述といたします。

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閉廷後の報告集会に、当ブログを見て参加という方が現れて驚いた。毎日書いている苦労が報われる思い。

昨日も、「「憲法日記」読んでいます」という方にお目にかかった。そのあとに、「長い文章で読むのがたいへんだけど」と付け加えられた。そうなのだ。短く、的確な表現は難しいのだ。そんな難しい技をこなせるようになるには、あと10年もかかるのではないだろうか。
(2017年12月1日)

憲法日記・連続更新第1600回に靖国を論じる。

毎日の更新を続けている当ブログは、本日で連続第1600回となった。

休眠していていた「憲法日記」を再開したのは、2013年1月1日。その前年12年12月総選挙での第2次安倍政権発足が暮れの26日、これに危機感を抱いてのことだ。

安倍晋三という右翼の歴史修正主義者が、「戦後レジームからの脱却」、「日本を取り戻す」などというスローガンを掲げて政権に返り咲いた。支持勢力は、保守ではない。明らかに右翼ではないか。

あの第1次政権投げ出しの経過が印象に強かった。この上なくぶざまでみっともない本性をさらけ出したひ弱な政治家。誰も、彼がすぐれた政治理念をもつカリスマ的な指導者だとは思ってはいない。むしろ、愚かで浅薄な人物というのが定評。その愚かで浅薄な安倍晋三が、右翼勢力の支持で再びの政権に就いた。時代の風が、右から吹いていることをいやでも意識せざるを得ない。

彼は、右翼を糾合してこれをコアな地盤とし、保守派と「下駄の雪・公明」を巻き込んだ勢力で、戦後営々と築き上げられてきた民主主義の破壊を目論んだ。戦後的なるものを総否定した戦前回帰の復古主義である。そのことは、日本国憲法の否定と、限りなく大日本帝国憲法に近似する自民党改憲草案に象徴的に表れていた。

こうして、平和や民主主義や人権を大切に思う側の国民による、総力をあげての安倍政権との闘いが始まったのだ。私もできることをしなければならない。それが、2013年1月1日からの当「憲法日記」である。書き始めた当時は、日民協の軒先を借りてのことだった。自前のサイトに移って、思うがままに書けるようになったのが、2013年4月1日。この日のブログを第1回と数えて、本日が1日の途切れもなく第1600回となった。

ところが、まだ、安倍政権が続いている。気息奄々の安倍晋三が、いまだに憲法を変えたいと執念を見せている。だから、私も、この日記を書き続けなくてはならない。憲法の安泰を見届けるまでは。

これまでの1600日。ブログのテーマに困ったことはほとんどない。私には手に余る大きなテーマで書き始めてとてもまとまらず、さて困ったとなって代わりに何を書こうか。と思案することは少なくない。そういうときは、産経の社説に目を通すのだ。困ったときの産経頼み。産経こそがこコアな安倍支持勢力の代弁者。もちろん読売も安倍的右翼勢力だが、産経の方がものの言い方がはるかにストレートで分かり易い。だから、産経社説はありがたい。本日も、批判の対象としてご登場いただく。

昨日(8月16日)の産経社説は、「戦後72年の靖国、いったい誰に『申し訳ない』のか 首相も閣僚も直接参拝せず」というタイトルだった。言い古された、陳腐きわまる靖国擁護論である。その全文を太字で記して、批判を試みたい。もっとも、批判も陳腐なものとならざるを得ないのだが。

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 戦後72年の終戦の日、靖国の杜には雨にもかかわらず、多くの参拝者が訪れた。国に命をささげた人々の御霊に改めて哀悼の意を表したい。
・宗教観念や信仰の内容を他者が批判する筋合いは毫もない。亡くなった人の霊がこの世に残るという信仰を持ち、特定の宗教施設に亡き人の霊が宿っているとして、霊が祀られている施設への参拝者が訪れることを非難する者はなかろう。憲法20条で保障される信教の自由を尊重すべきが、常識的な姿勢。戦没者遺族の心情は自ずと尊重されるべきである。
・但し、「国に命をささげた」人々の意味は定かではない。まさか、戦没者のすべてが、喜んで「国に命をささげた」と言っているわけではなかろうが、戦没者を一括りにして、意味づけをすることは慎まなければならない。
・なお、今年(2017年)の8月15日靖国参拝者数は、雨がたたってかいつになく少数で静謐であったというのが、各紙の報道である。産経社説だけが、「靖国の杜には雨にもかかわらず、多くの参拝者が訪れた。」と書いている。現実ではなく、願望を優先せざるを得ないのだろう。

 東京・九段の靖国神社は、わが国の戦没者追悼の中心施設である。幕末以降、国に殉じた246万余柱の御霊がまつられている。うち213万余柱は先の大戦の戦没者だ。終戦の日に参拝する意義は大きい。
・靖国神社が、わが国の戦没者追悼の中心施設であったことは歴史的事実ではある。しかし、今は、「一宗教法人であって、それ以上のものではない」ことを明確にしなければならない。
・「国に殉じた246万余柱の御霊」の表現はいけない。膨大な戦没者とその遺族のなかには、「国に殉じた」気持をもち、靖国の顕彰や奉祀を感謝の念をもって受け容れている人もいるだろう。しかし、遺族が合祀されていることを徹底して嫌忌している人もいる。「国に殉じた」のではなく、「国に命を奪われた」と考えている人たちも少なくないのだ。
・「終戦の日に参拝する意義は大きい。」とは、なんとも無内容な一文。もし、「終戦の日に参拝する意義」が、今次の大戦において「国に殉じた」人々を顕彰することにある、というのなら、それは余りに偏った独善的イデオロギーの表白である。

 靖国は静かな追悼の場である。その国の伝統文化に従い戦没者の霊をまつり、祈りをささげることはどの国も行っていることだ。
・「靖国は静かな追悼の場である」。それだけのことなら、なんの問題もない。この宗教施設が戦没者を偲ぶ場としてふさわしいと考えている個人が、それぞれの思いで追悼の場とすればそれでよい。ところが、それではもの足りぬという人々がいる。国の関わりが必要という思惑をもつ人々が、靖国を静かな追悼の場でなくしているのだ。
・「その国の伝統文化に従い戦没者の霊をまつり、祈りをささげることはどの国も行っていることだ。」
これは、ずるい文章だ。文脈からすると、「どの国も行っていること」が述語なのだから、これが主要な命題との印象を受ける。本当に、戦没者に対する靖国的祭祀が国際的な普遍性を持っているのかを吟味しようとすると、「その国の伝統文化に従い」という特殊性に逃げられる。いったいどっちなんだ、と言いたくなる文章。
・実は、どっちでもないのだ。靖国とは、国際的な普遍性を持っていないことは当然として、日本固有の伝統文化に従った戦没者の霊のまつり方でもない。近代天皇制政府が拵え上げた似非伝統なのだ。

 とりわけ国の指導者が、国民を代表して哀悼の意を表することは、当然の行いだ。それが堂々と行われないのはなぜなのか。
・国が全戦没者を追悼する式典は、「全国戦没者追悼式」として毎年8月15日に挙行されている。その問題性なきにしもあらずだが、産経が、「国の指導者が、国民を代表して堂々と戦没者に哀悼の意を表することを行わないのはなぜか」というのは間違っている。
・宗教法人靖国神社が、国家行事を行うにふさわしからざる場であることは、自明であって、ここで「国の指導者が、国民を代表して哀悼の意を表する」などは絶対にあってはならない。もちろん、明確に違憲な行為でもある。

 安倍晋三首相は自民党総裁として玉串料を納めたが、直接参拝しないのはやはり残念である。
 この日の閣僚の参拝は一人もいなかった。寂しい限りである。
・はたして、安倍晋三首相の玉串料奉納は私人としての行為であったか。極めて疑問であるが、参拝はできなかった。内閣総理大臣としての玉串料奉納もしないポーズはとらざるを得ない。乱暴な安倍晋三も、憲法を守らざるを得ないと、ようやくにして理解してきた。その限りでけっこうなことだった。
・一般論だが、産経が「残念」「寂しい」と表白する事態は、憲法に笑顔をもたらすものである。

 かつて首相が閣僚を率いて参拝するのは、普通の姿だった。中国が干渉するようになったのは、中曽根康弘首相が公式参拝した昭和60年8月以降である。
 長期政権を築いた小泉純一郎首相は平成13年から18年まで年1回の靖国参拝を続けたものの、多くの首相が参拝を見送っている。いわれなき非難を行う中国や韓国への過度の配慮からだ。それがさらなる干渉を招いてきた。
 安倍首相も25年12月に参拝した後、参拝を控えている。
・首相や天皇の公式参拝(公的資格による参拝)は、憲法20条3項の政教分離原則が禁じるところである。わが国は、主権者の意思として、国家がすべての宗教との関わりを持つことを禁じた。その宗教とは憲法に明示されていないが、なによりも天皇を神の子孫であり現人神とする国家神道(=天皇教)であった。なかでも、国家神道の中の軍国主義側面を司る靖国神社である。
・また、日本国憲法はアジア諸国に対する侵略戦争を反省する不戦の誓いとしての性格を有している。だから、日本国憲法の理念は、日本一国だけのものではなく、アジア諸国全体のものとも言える。わが国は、憲法の運用において独善に陥ることなく、近隣諸国の声に耳を傾けなければならない。

 首相はこの日、名代の柴山昌彦総裁特別補佐に「参拝に行けずに申し訳ない」と託したという。だれに対して申し訳ないのか。英霊の前で平和と国の守りをしっかりと誓うべきである。
・安倍晋三は、「参拝に行けずに申し訳ない」という必要はない。「国家を代表する立場でありながら、特定宗教団体に玉串料など奉納し特別の関わりを作ってしまい、申し訳ない」と日本国憲法と憲法制定権力者である国民に詫びなければならない。
・靖国は、平和を誓うにふさわしい場所ではない。神も神社もいろいろだ。学問の神に商売繁盛を願うのも、地獄の神にこの世の栄達を願うのも筋違い。宗教的軍事施設である靖国は、平和を祈る場ではない。もともとが戦死者に向かって、「あなたの死を無駄にしない。次の戦いでは必ず勝って見せる」と誓う儀式の場なのだから。

 春秋の例大祭など機会を捉え、参拝してもらいたい。
 靖国の社頭では、戦没者の遺書や書簡が月替わりに紹介、配布され手に取る人も多かった。8月のこの日の文は、24歳の若さで西太平洋のトラック諸島で戦死した陸軍中尉が「父上様」と記し、「墓標は、つとめて小たるべし」と自身のことをわずかに、国を守る思いがつづられていた。
 海外の激戦地には、いまなお多くの遺骨が眠っていることも忘れてはならない。
 戦没者の孫、ひ孫世代の子を連れた人も目立った。国や故郷、家族を思って逝った尊い犠牲のうえに国が築かれてきた歴史を改めて知る日としたい。
・戦争を忘れてはならない。とりわけ、戦争で悲惨な死を遂げた若者たちの苦悩と悲惨を忘れてはならない。そのことに、異存のあろうはずはない。
・引っかかるのは、産経が繰り返す「国のため」「国を守る」「国を思い」「その犠牲の上の国」である。
産経社説には右翼言論の常として、「わが国」だけがあって、戦った相手国がない。相手国の国民がないのだ。あたかも、戦争で悲惨な死を遂げた若者たちの苦悩と悲惨は、わが国特有のものだったごとくではないか。中国をはじめとするアジア諸国民の若者たちにも、英・米・蘭・ソの連合国の兵士たちも、まったく同様であった。過酷な植民地支配をうけた朝鮮もである。
・にもかかわらず、靖国神社は、けっして1931年以来の戦争が侵略戦争であったことを語らない。また、けっして皇軍の蛮行を語らない。ひたすらに戦争を正当化し、戦死を美化するのみである。

この立場に与するのが産経新聞であり、産経が支持するのが、安倍政権である。その安倍政権が、いまだに生き延びている。嗚呼、しばらくブログは続けざるを得ない。

(2017年8月17日・毎日連続更新第1600回)

今村復興大臣辞任をめぐってー「失言・放言・暴言・妄言」再論

2011年3月。私は、故郷岩手の3・11被害に驚愕し動顚し、うろたえてもいた。その心理状態で、石原慎太郎の「震災・津波は天罰」という発言に接して文字通り激怒した。「石原慎太郎天罰発言」批判のブログ連載はその怒りのほとばしりである。4年後の3月11日に、そのダイジェストをアーカイブとして当ブログに掲載している。再度、お読みいただけたらありがたい。
http://article9.jp/wordpress/?p=4563

その中の一文が、「失言・放言・暴言・妄言」(2011年3月31日)という以下のもの。本日なればこそ、再掲したい。

石原の「津波をうまく利用して『我欲』を洗い落とす必要がある」「これはやっぱり天罰」とは失言であろうか。
失言とは、「不注意に本音を漏らす」 こと。つまりは、本来本音をもらしてはならないとされる場面で、うっかり本音をさらけ出してしまうことをいう。
しかし、問題のこの発言、けっして口を滑らしてのものではない。発言者には、「自分の本音を口にしてはならない場面」という認識が決定的に欠けていた。日常の用語法において、このような場合には、「うっかり本音をさらけ出した」とも、「不注意に本音を漏らした」とも言わない。傍若無人に自分の見解を述べたに過ぎないのだ。失言というよりは、放言というべきであろう。「うっかり言ってしまった」のではなく、確信犯としての発言なのだから。

彼には、自分の発言が死者を冒涜したこと、被災者に配慮を欠いたこと、言ってはならないことを言ってしまったことについての自覚がない。むしろ、エラそうに浅薄で危険な文明観のお説教を垂れたのだ。記者から「被災者に配慮を欠いた発言では」と指摘を受けて直ちには撤回も謝罪もしなかったのはその故である。

翌日、発言を撤回し謝罪したのは、ひとえに選挙対策として。そうしておいた方が選挙に有利とアドバイスを受けた結果であることが透けて見えている。

放言が、傍に人無きがごとしという域を超え、人の心を直接に傷つけるに至った場合を暴言と呼ぶ。今回の彼の「天罰発言」はまさしく暴言というにふさわしい。あるいは、妄言というべきであろう。

失言においても、一度露わになった本音は、撤回しても謝罪しても、それこそが発言者の本心であり本性である以上、消し去ることはできない。むろん、放言でも暴言でも妄言でも事情は変わらない。

思えば彼は、これまでも数々の暴言や妄言を重ねてきた。社会の片隅で、威張り散らすのはまだ罪が軽い。天下に露わとなったこの本性のまま、責任ある地位で権力をふるうことは、もう、いい加減にしていただきたい。

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以上の拙文の、「津波をうまく利用して『我欲』を洗い落とす必要がある」「これはやっぱり天罰」という発言内容を、「これはまだ東北でですね、あっちの方だったから良かった」「自主避難者が帰還するかどうかは自己責任。裁判でもなんでもやればいい」に置き換えれば、そのまま昨日(2017年4月25日)の今村復興相発言批判に通用する。石原慎太郎と今村雅弘とは、似た者同士で同罪相哀れむの仲。いずれも、問題は失言にではなく、彼らが抱えているホンネにあるのだ。今村だけではない。イナダ以下の閣僚皆がそうではないか。

そしてアベ本人には、「失言・放言・暴言・妄言」以外に、「呆言(ほうげん)」というものがある。呆は痴呆の「呆」。官僚が書いた原稿の「云々」を、自信たっぷりに「でんでん」と読む、あの手の「呆言」。これが、日本国民にふさわしい内閣なのか。

なお、執拗に繰り返されたイマムラ放言には、被災者切り捨ての方針を打診する意図があったのではないか。批判がなければ確実に東北の切り捨てが進行したと思う。イマムラにもアベにも、厳しい批判が必要なのだ。
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そして、同アーカイブから、もう一つの記事(2011年04月04日)を。

ばちあたり

「なんてかなしいこと」というと
「なに、てんばつさ」という。

「ほんとにてんばつ?」ときくと
「ほんとにてんばつさ」という。

「ほんとにほんと?」と、ねんをおすと
「てっかいしてしゃざいする」という。

そうして、あとでもういちど
「ほんとにしゃざいしたの?」ってきくと
「せんきょがちかいからね」って、小さい声でいう。

こだまでしょうか、
いいえ、あのひと。

「天罰」はだれにも見えないけれど
「天罰」と口にする人の品性はだれにもよく見える
「天罰」は本当はないのだけれど
「天罰という人の罪」は深い

これも、「天罰」を「自己責任」に、「しゃざい」を「辞任」に、「あのひと」をアベあるいはイマムラに置き換えてお読みいただきたい。
(2017年4月26日)

「憲法日記」 本日連載第1400回

当ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」が、日民協ホームページの軒先間借りから独立して、新装開店したのが2013年4月1日。以来、毎日一本の記事を途切れることなく掲載し続けて、およそ3年と10か月。本日で連続1400回となった。何がメデタイのか判然とはしないが、ともかく一人で祝うことにしよう。

1400日前の、連載第一回冒頭の記述を引用する。
春。新しい出発のとき。引越の季節でもある。
本「憲法日記」は、4月1日の本日、これまで長く間借りしていた日民協ホームページから引越をして、本サイトにての新装開店である。独立を宣言する心意気なのだが、これまでと何がどう違うことになるのかは、まだよく分からない。少なくとも、大家に気兼ねすることなく、独立自尊、のびのびと、言わねばならぬことを言いたいように言えることになる。もの言わぬは腹ふくるる業とか。恐いものなし。なんでも言うことにしよう。

以来今日まで、第一回で宣言したとおり、「なんでも言うことにし」てきた。「言わねばならぬことを言いたいように言ってきた」とも思う。

私の当ブログ執筆の基本姿勢は以下の如きものだ。
当たり障りのないことは、わざわざ時間をかけて書くに値しない。すべからく、「当たり障りのある」ことだけを記事にしなければならない。

「当たり障りのある」記事とは、直接間接に誰かにとって不愉快であり感情を害するもの。あるいはそれにとどまらず、場合によっては、対象人物の社会的評価を低下させる内容を含むものである。

通常、他人を批判することは避けたいとするのが人情。私もその例に漏れない。しかも私は、もともとが文系の人となり。どちらかといえば、花鳥風月や歴史をひもとくことが好み。そんな文章を書いている限り、舌禍も筆禍もないのだ。

当然のことながら、他人への批判には反論が待っている。反論や反批判の繰りかえしというしんどい作業を覚悟しなければ、「当たり障りのある」記事を書くことはできない。それでも私は、1400日前に、そのような覚悟をもって「当たり障りのある」ブログ記事を書き続けることを宣言したのだ。もちろん、アベ政権の憲法破壊の動きに、少しでも抵抗が必要だと考えてのことである。

表現の自由とは、だれをも傷つけない、毒にも薬にもならない内容の言論が保障されていることではない。権力と権威あるものを対象に、これに打撃を与え、「毒」になる内容の言論が保障されているということでなくてはならない。権力と権威は得てして暴走する、これを是正するのが批判の言論である。権力と権威の腐敗防止の役割も批判の言論が担う。そのことが、多くの人にとっての「薬」になる。当ブログは、そのような役割の一端を担いたい。

まずは、内閣、省庁、国会、裁判所、地方自治体などの権力機構やこれを担う官僚・公務員に対する批判の言論が徹底して保障されなければならない。とりわけ、政治家に対する批判の自由は格別に重要な意味を持つ。

次いで、天皇や天皇にまつわる制度を批判する言論の自由が保障されなければならない。天皇や皇族の行状、その経済的優遇措置、天皇の神聖性や文化的権威の維持に資する一切の思惑や賛美の意見や行事などを批判する言論が最大限に手厚く保障されなければならない。天皇こそが、歴史的に国民主権の敵対物であり、主権者意識確立を妨害する存在だからである。

さらに、社会的な強者としての財界、企業、事業者に対する批判においても躊躇さするところがあってはならない。

そして、メディアや、政党、大学や研究機関、あるいは巨大宗教団体など、社会的な権威や権力を持つ組織やそれを担う人物に対しても、批判の言論が保障されなければならない。

すべからく、権威や権力を持つ者は、その権威や権力の程度に応じて、批判に寛容でなくてはならない。

昨日の「DHCスラップ訴訟・勝利報告集会」で、田島泰彦教授が「国際動向のなかの名誉毀損法改革とスラップ訴訟」というタイトルでの記念講演があった。表現の自由を定めた、国連の「自由権規約(B規約)19条」の公的解釈とも言うべき「名誉毀損法の国際ガイドライン」が、いま大きく変更されようとしており、数ヶ月以内に発表があるはずとのこと。

その中で注目されるものは、「公人(あるいは公的人物)に対する批判の言論」を手厚く保障するという枠組みから、もっと広く「公共の関心事に関する言論」を手厚く保障するという枠組みになるはず、ということだった。「自由権規約(B規約)」は国内法としての効力を持つことになるのだから、心強い限りである。

今日までの1400回のブログでは、アベ政権・自公与党による明文改憲・解釈改憲の動きを批判し続けてきた。その同盟者としての橋下・維新もである。都政や歴史修正主義、諸悪法制定の動きにも警鐘を鳴らしてきた。

天皇や天皇制、天皇制にまつわる元号、祝日、叙位叙勲、公的行為を批判してきた。また、消費者の立場から企業や規制緩和論者を批判してもきた。全ては、弱者の側からの、強者に対する批判のオンパレードである。「宇都宮君立候補をおやめなさい」シリーズも、「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズも、弱い立場の人権に敵対する強者への挑戦の言論となっているはずである。

さて、1400回。もちろん、通過点に過ぎない。次は、満4年の記念日があり、1500回があり、さらに5年となる。改憲阻止を目指して、毎日コツコツと書き続けていくことになるだろう。2000回を迎えたときには、いったい何が主要なテーマとなっているのだろうか。
(2017年1月29日)

2016年の暮れに思う

大晦日である。間もなく今年も暮れてゆく。世のならいにしたがって、2016年を振り返ってみたい。

私は、古い人間だから、修身・斉家・治国・平天下の順に、つまりは個人・家族・国内情勢・国際情勢の順に、感想を略記する。

個人的には今年も大過なく健康で過ごせた。そのおかげで、ブログは366日一度も途切れることなく書き続けることがてきた。本日で、3年と9か月、1371日の連続更新となる。それなりに、毎日意味のある情報や見解を発信し得ているつもりだ。拙いブログも、継続することで真摯さをアピールし、それなりの社会への発信力を獲得しているものと自負している。

もっとも、かつては「憲法」キーワードでのグーグル検索で、「澤藤統一郎の憲法日記」はトップページに位置していた。順位一ケタだったのだ。ところが、次第に後退して、今は9~10頁目に落ちついている。そんなものだろう。ことさらに目立ちたがらず、「二ケタ台」の順位をキープしていることに満足したい。

今年特筆すべきは、DHCスラップ訴訟勝利の年となったこと。バカバカしい訴訟の被告とされて以来、こんないい加減な訴訟での敗訴はあり得ないと思いつつも、6000万円請求の被告とされていることの心理的負担は小さくはなかった。弁護士である私にしてこうなのだから、スラップ訴訟による言論萎縮効果は看過しえない。被告として請求棄却判決を得ただけでは、まだなすべきことをはたしてはいない。来年は、DHCと吉田嘉明らに反撃の提訴をすることになる。「言論の自由」という大義の旗を掲げての訴訟の原告となって、新たな判例を作りたい。

家族も息災に元気で過ごせた。何よりの家内安全である。

国内情勢としては、相も変わらぬアベ一強政治が続いていることが不思議でもあり、残念でもある。アベ政治の継続の中で、戦前を知る人々の多くが、「今は戦争直前の空気に似ている」「意識的に政権に対峙しないと、いつの間にか再びの過ちを繰り返しかねない」と警告を発するようになった。この点に心したい。

戦争に突入する前の、ドイツと日本の歴史を再確認しなければならない。戦争は、ヒトラーだけで、あるいはヒロヒトだけでなし得たことではない。程度の差こそあれ、多くの国民が、戦争を支持し加担したのだ。

たとえば、教育者もである。高知で国民学校の教師をしていた竹本源治は戦後「戦死せる教え子よ」と痛恨の詩を遺している。

逝いて還らぬ教え子よ
私の手は血まみれだ!
君を縊ったその綱の
端を私は持っていた
しかも人の師の名において
嗚呼!
慙愧 悔恨 懺悔を重ねても、
それが何の償いになろう。
逝った君はもう還らない

慙愧 悔恨 懺悔を重ねても、それが何の償いになろう」という慨嘆は重く深い。アベやイナダや維新への批判に手を抜いて、その結果としての「慙愧 悔恨 懺悔」の事態を招いてはならない、と痛切に思う。

都政では、思いもかけぬ舛添バッシングと小池劇場を見せつけられた。舛添を支持するつもりはさらさらないが、あのバッシングのボルテージは違和感つきまとうものだった。私も舛添批判はしたが、今になってみれば、小池百合子を都知事に据える藪蛇の結果となったのは、恐いことだと思う。

明らかに、舛添よりは小池の方が数段危険度の高い存在である。小池流のパフォーマンスを「都民寄り」などと持ち上げて、小池の影響力を高めることに手を貸してはならない。その右翼的な危険な本質を見失ってはならない。

そして、憂うべきは世界である。トランプ、プーチン、ドゥテルテなどの言動を見れば、明らかに民主主義がその本来の機能を果たしていない。熟議のない政治、少数意見を切り捨てる政治、人権を無視しし理性を欠いた、正常ならざる事態が進行するのではないか。仮に、この流れにヨーロッパが続くようなことがあれば危機的状況といわねばならない。

この民主主義の危機的状況は国内でも、アベ、橋下現象として先行している。理性を備えた自立した市民を担い手と想定する民主主義が、その主体を欠いて機能不全を起こしていることをまず認識しなければならない。

もっとも、すべてが悪いことばかりではない。各地で、市民と野党との共闘の動きは進んでいる。沖縄は、米軍とアベ政権に抗して頑張り続けている。両院の憲法審査会の実質審議は進展していない。今夏の参院選で、衆参両院とも改憲勢力の議席数が3分の2に達し、自民党議席が過半数に達したにもかかわらず、である。籾井は、NHK会長職を辞せざるを得なくなった。政権側の思惑も、なかなか実現してはいないのだ。

「理性を備えた自立した市民」育成の鍵は、教育とメディアにある。これをどう権力の恣意から防衛するか。長いスパンでの努力を積み重ねなければならない。

そのような思いのうちに、今年が去年になる。この1年、「憲法日記」お付き合いいただ読者に心から御礼を申し上げて、行く年のご挨拶といたします。御身大切に、よいお歳をお迎えください。

そして、来たる年もよろしくお願いします。
(2016年12月31日)

近ごろ気になることー「天皇を護憲の守護神のごとく見てよいのか」

「憲法日記」と題した当ブログ。本日で連続更新1256回となる。3年5か月と7日。毎回が何の節目でもない積み重ねの一コマ。毎日途切れることなく、飽きることなくよく続くものと、自分でも感心している。

ときおり、読者から励ましの言葉をいただく。
励まし方には二とおりある。名誉毀損であるとして高額損害賠償請求訴訟の被告とされることも、「不敬言動調査会」などの「警告」も、私には発憤の材料である。そのたびに、「萎縮してはならない」と自分に言い聞かせる。嬉しくはないが、非難も罵倒も恫喝も励ましには違いない。誰にも心地よく、毒にも薬にもならない無難な内容のブログなら、時間と労力をかけて書き続ける意味はない。

他方、本当の意味での暖かい励ましの言葉をいただくと本当に嬉しい。私の意見は、常に少数派のもの。その少数派の人たちに、「同感し、励まされます」と言っていただくと、書き続けることの意義を再確認して、また書き続けようという意欲が湧いてくる。偶然だろうか、最近は出版関係の0Bの方から、そのような励ましをいただくことが多い。

下記は、そのような励ましのお手紙に添えられた、「職域関係会報に載せた」というご意見の抜き刷り。ご紹介して是非お読みいただきたい。筆者は戦中派の年代の方。

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近ごろ気になること(2016・4・24)
 2月27日の朝日歌壇に《フィリピンで果てにし父よ両陛下慰霊で供花す暑さの中を》など、天皇訪比を称える歌3首が載っていた。
同じ選者が選んだものだ。選者は「評」の中で「両陛下のフィリピン慰霊の旅、日比両国民に犠牲を強いたあの戦争を忘れてはならぬというお言葉に共感を示す歌が多く寄せられた」と書いている。3月26日の東京新聞「平和の俳句」には「今現に九条貫く天皇あり」という句が選ぱれ、選者は「潔い句だ。作者の気持ちの込め方も、その対象の天皇のお姿も言動も、まことに潔い。今次大戦を深く悔いて、平和を願う天皇皇后」と述べていた。
 安倍暴走の中、時おり見せる平和主義的言動のゆえに天皇を護憲の守護神のように見なす傾向が強まっている。ある元外交官は「大御心」という古語を使って礼賛し、ある政治学者は九条の会関係の講演で「お言葉」「お立場」「おっしやいました」を連発して感激している。
 しかし、天皇はこうした護憲的イメージと裏腹な言動を見せることもある。昨年4月パラオ慰霊の旅への出発時には「祖国を守るべく戦地に赴き、帰らぬ身となった人々」云々と述べた。右側の人たちは歓喜した。その一例《ご出発に当ってのお言葉に、「祖国を守るべく戦地に赴き」との一節。一見、何気ないご表現に見えるかも知れない。しかしこれは、戦役者への「顕彰」に他ならない。わざわざ「祖国を守る」為と明言されているのだから。[略] これらは紛れもなく、ご嘉賞(お褒め)のお言葉と拝すべきだ。それらの戦地で斃れた英霊たちを、ひたすら″気の毒な″被害者、犠牲者と見るようなお態度では、全くない》(新しい歴史教科書をつくる会副会長のブログ)。このブログの言う通り、天皇は、この時、戦死者を顕彰すべき英霊として捉え、あの戦争は祖国防衛戦争であって侵略戦争などではないと言っていたに等しい。
 また、2006年12月には、イラクに派遣された自衛隊員約180名を皇居に招き、「ブッシュの戦争」と呼ばれる露骨な侵略戦争に関わった武装組織の労をねぎらった。この4月には「神武天皇没後2600年」という驚くべき行事に出席している(この行為には憲法20条3違反の疑いもある)。こうした言動に対してマスメディアは勿論、護憲派諸組織も、疑念や懸念を表明したことはない。
 現在の日本において天皇は至高の存在だ。メディアで報じる時は必ず最大級の敬語を用いなければならない。右のような言動についてもその評価を自由に論じることなど事実上許されていない。そんな状況の中で、民主主義と自由を希求する護憲派が、いかに安倍政治に対抗するためとはいえ、賛美する一方で良いのだろうか。戦時中「天皇陛下のおんために死ねと教えた父母の」などと歌わされ、先生の訓示の中で「天皇陛下」という語が出てくるつど全員さっと直立不動の姿勢をとらされた経験を持つ人間としては、どうも気になるところだ。

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まったく同感である。天皇を護憲の守護神のごとくたてまつってはならない。憲法が厳しく限定した枠を超えて天皇の言動を許してはならない。また、天皇の個性は偶然のことがらで、天皇制の持つ意味は必然のことである。この両者の区別を意識しなければならず、混同してはならない。

私の拙いブログが、このような意見を持つ方たちと励まし合う関係になるのなら、欣快の至り。「憲法日記」ずっと書き続けなければならない、と思う。
(2016年9月7日)

ネトウヨ諸君、匿名でも探し出される。インターネットの誹謗中傷に高額賠償判決。

本日(8月3日)東京地裁民事第24部で、注目すべき判決が出た。新しい法解釈を含むところはまったくないが、インターネット上に氾濫する匿名言論の誹謗中傷記事に歯止めが掛かることを期待させる判決である。

在特会の京都朝鮮学校襲撃事件や徳島教組威力妨害事件では、首謀者だけでなく、付和雷同した参加者も有罪となり高額損害賠償責任を負担した。今度は、ネットだ。匿名に隠れての言いたい放題は通じない。ヘイト記事はなおさらのこと。本人は匿名に隠れて安全地帯にいるつもりでも、探し出せるのだ。住所氏名が割り出せれば、あとは簡単。本日のような判決になる。そして、弁護団は判決認容の170万円とほぼ1割の遅延損害金を厳しく取り立てるはずだ。

原告は女子高生。卑劣なネトウヨ君は、葛飾区四つ木の住人。このネトウヨ君が何をしたのか。判決から要約引用すれば、「被告は,平成26年9月8日,インターネット上のサービスであるツイッターにおいて,原告の写真を掲載し,『原告が,高校生平和大使に選ばれた。詐欺師の祖母,反日韓国人の母親,反日捏造工作員の父親に育てられた超反日サラブレッド。将来必ず日本に仇なす存在になるだろう。』との投稿をした。これは,原告の社会的評価を低下させ,原告の名誉権を侵害するものである。さらに,本件投稿は,原告の肖像権を侵害する。」

ネトウヨ諸君、原告の請求が満額認容されて、このツイッター1通が170万円だ。君も、「反日韓国人」「反日捏造工作員」などと書いてはいないか。口は災いの元、筆は損害賠償の源だ。悪いことは言わない。今後は慎んだ方がよい。君も、被告となり得るのだから。

興味深いのは損害論だ。170万円の内訳は以下のとおり。
ア 精神的損害に対する慰謝料 100万円
イ 調査費用 
  発信者情報開示の仮処分に関する弁護士費用20万円
  発信者情報開示の仮処分に関する翻訳費用20万円
  経由プロバイダに対する発信者情報開示手続に関する弁護士費用20万円
ウ 本件訴訟の弁護士費用10万円

実は、裁判所は判決理由の中で、「本件の慰謝料額は200万円が相当」と意見を述べている。しかし、原告が100万円しか請求していないから、その上限の判決となった。実質的に本件は270万円の判決と理解しなければならない。

匿名を暴くのには手間暇かかる。そのための手続費用が加算されることになる。これも教訓として世のネトウヨ諸君に知ってもらわねばならない。

本件の被告ネトウヨ君は、ネトウヨ族の代表として、貴重な体験をした。身をもって「匿名に隠れての言いたい放題は、実は真っ当な社会では通用しないことなのだ。」「調子に乗ってバカ言ってると、手痛い損害賠償の判決を喰うことになる」ことを学んだ。その学習費が170万円だ。世のネトウヨ諸君も貴重な教訓として、我が身を糺してほしい。

以下はNHKの報道。
「判決のあと、元記者の長女(原告)は、弁護士を通じてコメントを出しました。
この中で、当時の気持ちについて『ひぼう中傷の言葉が大量に書き込まれた時、私は「怖い」と感じました。匿名の不特定多数からのいわれのないひぼう中傷はまるで、計り知れない「闇」のようなものでした」と振り返っています。
 その上で『今回の判決がこうした不当な攻撃をやめさせるための契機や、健全なインターネットの利用とは何かについて考える機会になってほしいと思います』と訴えています」

この言は立派なものだ。原告は「将来必ずや日韓の平和に貢献する存在」になるものと思わせる。
(2016年8月3日)

鳥越俊太郎都知事候補の公約について

Blog「みずき」の東本高志さんから、ブログで私を名指した問題提起を受けた。昨日(7月15日)のことだ。野党共闘のあり方についての醍醐聰さんのご指摘をもっともであるとし、私のブログでのこの点についての応接を、「重要な問題提起をスルー」して、いかにも「もの足りない弁明」とされる。ご指摘は下記のとおりだ。

澤藤さん。「告示日が迫る中、大詰めの段階で鳥越氏が野党統一候補者となったことも理解できる。しかし、それで、胸をなでおろし、あとは鳥越氏勝利のために頑張ろう、では都民不在である。それでは、判官びいきではなく、『知名度頼み、政策不在の候補者選び』という宇都宮氏の批判に一理がある。(略)こうした都民に向ける政策、公約が告示日の前日になっても不在のまま、4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である」という醍醐聰さん(東大名誉教授)の指摘も私は同様に重要な問題提起だろうと思います。「4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である」という醍醐さんの指摘は本来の野党共闘はどうあるべきかという根底的な問題提起です。この重要な問題提起をスルーして「4野党が責任もって推薦しているのだ」というだけではこれもいかにも「もの足りない」弁明というべきです。醍醐さんの指摘に本格的に応じてみよう、という気はありませんか?(東本高志 2016/07/15)

私は、Blog「みずき」には関心をもって目を通しているつもりだが、昨日(7月15日)はまったく気付かなかった。今日(16日)、日民協の総会と懇親会を終えて夜帰宅し、パソコンを開いてはじめて気が付いた。私のブログの拙文に、こんなに関心をもっていただいたことをまことにありがたいと思う。

常々、醍醐さんが言っている。「議論が足りない」「意見の異なる人との真摯な議論が必要なのにできていない」「リベラル側の議論の意欲も説得の能力も不十分だ」と。幾分かは、私に言われているように思う。せっかくの東本さんからの議論をうながすご質問。しかも、醍醐さんの指摘を引用してのものだ。「本格的に」はともかく、応じなければならない。

私の「弁明」をまとめれば、次のようになろうか。
 (1) 不十分だが緊急避難としてこの際やむを得ない
 (2) それでも候補者選定の最低限情報は提供できている
 (3) 公約の細目は追完される
 (4) 候補者選定の枠組みを作ったのは市民だという大義がある

私は革新陣営の共闘を願う立場で一貫してきた。政党が、自らの理念や政策を大切にして他党と支持を競い合うのが本来の姿であるが、政策が近似する友党との共闘が大義となって、個別政党の共闘拒否がエゴとなる局面がある。保革で一議席を争う首長選挙がその典型であろうし、喫緊の重要課題についての共闘の成否が革新陣営全体あるいは野党全体の死活に関わる問題という局面では、国政選挙でも共闘が大義となるだろう。

私の革新共闘の原イメージは、70年代初頭の革新自治体を誕生させた運動だった。社・共の両政党を当時は強力だった総評が間に立って結びつける。そのような共闘のお膳立てを文化人が準備した。東京・大阪・京都・福岡・愛知などに、そのような形での革新知事が誕生して、国政にも大きなインパクトを与えた。今でも、美濃部革新都政のレガシーには大きなものがある。とりわけ、福祉や公害対策の分野において。

しかし、60年安保闘争後の高揚した雰囲気の中から生まれた革新自治体運動はやがてしぼんだ。共闘の主役だった社会党はその座を降り、労働運動はかつての力を失った。革新共闘そのものが困難な時代となった。東京都知事選挙にもその影は深く、極右の知事に対抗すべき革新統一もならない事態が続いた。

石原の中央政界転身による2012年都知事選での革新共闘は、市民運動が主導して、各政党が候補者を個別に支持する形のものであった。「この指止まれ方式」と言われた。政党は、候補者の出馬宣言に賛同を表明する形で共闘に参加し、けっして政党間の事前の政策協定あっての共闘ではなかった。それでも、これまでにない共闘が成立したことを大いに評価すべきものといえよう。具体的な政策は、選対に参加した学者を中心に立派なものができあがった。共闘参加者全体に違和感のないものとしてである。このとき、政策作りに候補者本人はほとんど関与していないが、それでよい。選挙は陣営としてするもので、候補者も政策に縛られるのだから。

要するに、「市民運動+共産・社民」の範囲を「革新共闘」として、ようやくにして成立に漕ぎつけた。共闘の要は、候補者であった。特定の政党や勢力に偏らない人物が名乗りを上げたからこそ、共闘の枠組みができた。それでも、選挙結果は記録的な大敗を喫した。候補者の魅力に欠けていたこと、選挙実務ができていないことが最大の要因であったろう。

14年都知事選においては、革新側(ないしは野党側)は分裂選挙となった。およそ最初から勝てる見込みある選挙ではなかった。結果は、分裂した両候補の票を合計しても、自公の候補に届かなかった。革新の側は、本気で勝つためには、共闘の幅は拡げなくてはならないこと、分裂選挙してはならないことを学んだ。候補者の選定は、この教訓から出発しなければならない。

16年都知事選は、様相を異にする。これまでと違って、政党間の共闘合意が先行したのだ。しかも、民進・生活を含む4野党共闘の枠組みである。この枠組みで推すことのできる候補者がどうしても必要だったのだ。前回・前々回の候補者では、4野党共闘の枠組みにふさわしからぬことは自明のことであった。候補者個人は、3回目の立候補ともなれば都政の細目に詳しくはなるだろうが、それはさしたる重要事ではない。市民が後押ししてようやくにして作り上げた4野党共闘である。これを生かす候補者の選定が大義なのだ。共闘参加のすべての政党が推せる候補者でなくてはならない。当然のこととして共闘の最大政党である民進の意向も無視し得ない。今回の参院選東京選挙区での民進票は170万なのだ。

せっかくの4野党共闘による知事選の枠組みが人選で難航しているときに、告示間際となって鳥越候補が出現した。政策は共闘成立に必要な大綱でよい。私は、出馬会見で彼が語った第3項目は、実質的に「ストップ・アベ暴走」であったと思う。あるいは、「首都東京から改憲阻止のうねりを」というもの。語られた中身は、改憲阻止であり、戦争法廃止である。歴史を学んだ者として、アベ政権の歴史修正主義を許せないという趣旨の発言もあった。都政に憲法を生かすとの政策と受け止めることができる。これだけでも十分ではないか。もちろん、今回知事選の争点となる知事としての金の使い方、透明性の確保についても語られている。

果たして、細目の公約がなく都民不在であるか。もちろん、時間的余裕があってきちんとした公約を掲げての立候補が望ましい。今回の経緯では不十分であることは明らかだが、「都民不在」とまでいう指摘は当たらないものと思う。

その理由の一つは、候補者の経歴がよく知られていることにある。候補者の政治的スタンスと人間性の判断は十分に可能であろう。出馬会見はそれを裏書きする誠実なものであった。都知事としての資質と覚悟を窺うに十分なものであった。

また、4野党共闘の枠組みは広く知られているところである。立憲主義の回復であり、民主主義と平和の確立であり、戦争法の廃止であり、改憲阻止である。4野党と市民が納得して、この枠組みに乗せられる人であることが都民に示されたのだ。「候補者+4党+支持する市民」がこれから練り上げる具体的な都政の政策をしっかりと見ていこうと思う。それでも、けっして遅すぎることにはならない。

事前の政策協定ができればそれに越したことはないが、ようやくにして成立した4党共闘の枠組みである。これを強く望みつくったのは市民である。これに乗る魅力的な候補者が見つかったのだ。現実に革新の側(反自公の側)が勝てるチャンスなのだ。既に多くの市民団体が鳥越支持の声を上げている。各勝手連も動き出している。政策は、おいおい素晴らしいものが体系化されるだろう。もとより理想的な展開ではないが、今回はやむを得ない。判断材料としての最低限の情報提供はなされており、さらに十分なものが追加されるはずである。傍観者的に都民不在と言わずに、4党枠組みを望んだ市民の一人としてこの知事選に関わっていきたいと思う。
(2016年7月16日・17日加筆)

醍醐聡さんの「安倍政治批判、野党共闘」ブログに思うこと

下記は、醍醐聰さんの昨日(7月4日)付ブログ。タイトルが、「安倍政治批判、野党共闘、日本共産党の政治姿勢について」というのだから、話はこの上なく大きい。
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-e4ee.html

冒頭に、「(以下は昨夜、Aさんに送ったEメールである。このブログへの転載に当たっては一部、表現を加除した)」とある。この「メールの送り先のAさん」が私だ。醍醐さんのブログは私信ではなくなったのだから、返信ではなく、ブログへの感想を書きたい。

メールをいただいたのは、「昨夜」(3日夜)ではなく、7月4日未明の4時40分のこと。この時刻のメールには、さすがに驚く。「馬力の違いを痛感」せざるを得ない。

私は、ブログ「憲法日記」を毎日書き続けている。第2次安倍内閣存立の時期と重なるこの3年余。醍醐さんご指摘のとおり、「護憲への熱意と安倍政治への徹底した批判」で貫かれているはず。そして最近は、参院選に焦点を当てている。今が、日本国憲法試練の時と意識してのこと。市民運動が背中を押してできた野党共闘を評価し、明文改憲を阻止して「立憲主義を取り戻す」運動に賛同してエールを送る立場を明確にしている。

その毎日の私のブログを丁寧に読んでいただいての醍醐さんのご意見である。私のブログに対する「異論」の提起であるとともに、護憲・リベラル派の言論への物足りなさや、危惧の表明ともなっている。そして革新運動の体質や姿勢についての問題提起でもある。

私信としてのメールでは小見出しはなかったが、醍醐ブログでは、次の小見出しが付いていて、全体の文意を把握しやすい。
 有権者はなぜ安倍政治を支持し続けるのか?
 「野党共闘」の内実を問う
 日本共産党の中途半端な自衛隊論
 内実が伴わない「立憲主義を取り戻す」の公約
 異論と真摯に向き合う姿勢こそ

この小見出しをつなぐ、ご意見の骨格は次のようなもの。
「有権者はなぜ安倍政治を支持し続けるのか?」についての分析が不十分ではないか。だから、的確な運動論が展開できていない。「野党共闘」に対する手放しの評価はできないし、共闘の中心に位置する日本共産党のポピュリズムにも危惧を覚える。とりわけ、共闘の共通目標とされている「立憲主義を取り戻す」というスローガンは無内容きわまるものではないか。このような事態で、どうしてもっと異論が出てこないのだろうか。湧き起こらねならない多様な論争が起こらないこの状態こそが何よりも問題ではないか。」

おそらく、醍醐さんがもっとも言いたいのは、次のことだ。
「今の野党共闘陣営(日本共産党も含め)には、借り物ではない、自分の言葉で、意見が異なる人々と対話する能力が決定的に欠けていると日々、感じています。」「私が指摘したような疑問、異論が政党内や支持者内から全くといってよいほど聞こえてこないことに大きな疑問、気味悪さを感じています。」「異論、批判に真摯に向き合わない体質が国民と溝を作る要因であることに、なぜ気づかないのでしょうか?」

私のブログの論調に、「意見が異なる人々と真摯に対話し説得しようとする」姿勢と能力の欠如を感じてのご指摘。これが、私だけでなく野党共闘陣営全体の欠点となっているのではないか。そのことが、護憲や革新の運動が大きくならない最大の原因であろうとのご意見なのだ。思い当たり、肯くべきところが多々ある。
以下に、醍醐さんに触発された何点かについて、私見を述べておきたい。

醍醐さんは、「安倍批判の言葉の強さではなく、多くの人の心のうちに届く言葉を選ぶことが大切だ」と示唆する。そして、多くの人の心のうちに届いて説得力を持つ言葉を選ぶためには、「有権者はなぜ安倍政治を支持し続けるのか?」をしっかり把握する必要があるとされる。民主主義がポピュリズムに堕しているから、国民が愚昧だから、という切り捨ては解答にならず、問題解決の道は見えてこない。

醍醐さんはこう言う。
「消極的な安倍支持者の主な支持の理由は、次の2つではないかと思います。
 ①安倍(自民党)政権に代わり得る受け皿が見当たらない。
 ②安倍政治に幻想を持っている。」

確かに、「安保法、憲法改定、消費税増税、原発再稼働、沖縄基地問題など、どれをとっても過半の有権者は安倍政権の中核的政策を支持していない」。にもかかわらず、内閣支持率は落ちない。それは、安倍政権への主な支持の理由が、「②安倍政治に幻想を持っている」よりは、「①安倍(自民党)政権に代わり得る受け皿が見当たらない」にあるからと言わざるを得ない。

2009年の民主党政権誕生は圧倒的な民意に支えられた画期的な展開だったが、その失敗の印象が大きい。「自民党政権はあれよりマシ」、「もう、チェンジのリスクをとりたくない」というのが、「ポスト民主党政権」のトラウマとして国民意識に定着している。だから、現政権への国民の支持は消極的なものだが、それにも拘わらず現政権に代わるべき受け皿としての認知されることへのハードルは高い。果たして、現在の「野党共闘」はそのような内実をもったものになっているか。

醍醐さんは、端的に「冷めた見方」だという。私も、野党の共闘は緒についたばかり、政権を担う受け皿としての成熟度が十分とまでは思わない。しかし、改憲阻止という喫緊の課題における現実的な対応としてはこれ以外にはなく、また大きな役割を期待できるとも思っている。裏切られる可能性もなくはないが、このたびの野党共闘は幅の広い市民運動が土台にあってつくり出された側面が大きい。今後とも、市民運動が政党を後押ししながら「野党+市民」の運動が展開される展望をもつことができる。野党の一部が裏切るか否か、それは国会内外の運動の進展如何にかかっていると思う。

なお、正直言って、立ち止まって考えている余裕はないのではないか。今回選挙に、市民主導で野党共闘が実現したことは、「ようやく間に合ってよかった」と、明文改憲阻止のために積極評価したいと思う。醍醐さんが提唱される「市民が主体的に無党派の候補者を擁立し、それを既存の野党も共同推薦するという形」は、やや違和感を否めない。市民と政党を、あまりに開きすぎた距離ある存在ととらえている印象。また、私は小林節グループの運動には批判的な意見をもっている。

日本共産党の自衛隊論については、醍醐さんのご指摘は、かつては常識的なものだったと思う。「ポピュリズムが透けて見えます」というのは、そのとおり。しかし、選挙は勝たねば意味がないという面を否定し得ない。私は自衛隊違憲論だし、共産党もそのはず。それでも、「安保関連法の違憲性を主張しながら、法を施行する際に武力行使の中核を担う自衛隊の違憲性は棚上げするという議論」は、あり得ると思う。現に、昨年の安保法(戦争法)案反対運動は、「自衛隊違憲論者」と「専守防衛に徹する限り自衛隊合憲」論者の共闘として発展した。

私は、個人崇拝も党崇拝もしないが、「共産党の理性はどこまで劣化するのか、計りかねます」というほどには悲観的でない。党の内外からの批判の言論が大切なのだと思う。その意味では、醍醐さんのご意見は、私にではなくむしろ日本共産党に向けられたものとして貴重なものでないか。

醍醐さんのブログの最後は、次のとおりの、革新派の体質問題である。
「上のような疑問を向けると、必ずと言ってよいほど『利敵行為論』が返ってきます。宇都宮選挙の時も体験しました。しかし、異論、批判に真摯に向き合わない体質が国民と溝を作る要因であることに、なぜ気づかないのでしょうか?「今は○○が大事だから」という物言いで、組織の根深い体質にかかわる問題や自らの政策に宿る未熟な部分を直視しない態度を、いつまでとり続けるのでしょうか?」

これは、一面は私への苦言である。私は、「改憲派に議席の3分の2をとられかねない緊急事態なのだから、明文改憲阻止勢力の共闘が大義」と言っているのだから。しかし、その私も、宇都宮選挙を担った「市民グループ」の質の悪さや未熟さと、これを推した日本共産党の無責任を身をもって経験している。

「大所高所」論やら、「大の虫・小の虫」論、「利敵行為」論、さらには「今は○○が大事だから」論のいやらしさは身にしみている。「組織の根深い体質にかかわる問題」や「自らの政策に宿る未熟な部分」を直視してもらいたいという願望は人一倍強い。その私も、場面場面でのご都合主義に流されかねない。

醍醐さんは、類い希なる原則主義者として、その私のご都合主義に警鐘を鳴らしているのだ。こういう人の身近な存在は、得がたい好運というほかはない。

「改憲派に議席の3分の2をとられかねない緊急事態なのだから、明文改憲阻止勢力の共闘が大義」と今の私は考えているが、「今は○○が大事だから」論のご都合主義に毒されているのかも知れない。選挙の結果が出たあとも、秋の臨時国会も、このあとに続く改憲派と護憲派のせめぎあいを、醍醐さんの指摘の視点をもって見続けたい。
(2016年7月5日)

橋下徹対野田正彰訴訟判決再論ー「専門家に表現の自由などない」という投稿に接して

「ちきゅう座」という規模の大きな「ブログ集積サイト」がある。11年前に開設されたものだそうたが、編集委員会が運営している。編集委員会の眼鏡にかなった投稿を掲載し、またブログを転載している。
  http://chikyuza.net/

設立の趣旨を、「今の世界や日本が極めて危うい方向に進んでいるという認識の下に、それぞれの分野の専門家や実践家の眼を通じた、確かな情報、問題の本質に迫る分析などを提供し、また共同の討論の場を作ることを志しています。」と言っている。

なにがきっかけか知らないが、昨年(2015年)の秋ころに編集委員長から丁寧な問合せがあり、以来このサイトが当ブログを毎日転載してくれている。1日の途切れもなく毎回の「憲法日記」を紹介していただいていることをありがたいと思う。

その「ちきゅう座」に [交流の広場]というコーナーがある。4月28日その広場に、「専門家に表現の自由などない / 野田医師の裁判について弁護士さんの安堵に日本社会将来不安。」という投稿が掲載された。投稿者は、「札幌のサル」というペンネームを使っている。

このタイトルの、「弁護士さん」とは、私のことと思い当たる。私は、当ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」に、「野田正彰医師記事に違法性はないー大阪高裁・橋下徹(元知事)逆転敗訴の意味」の記事を書いた。4月23日のこと。「札幌のサル」氏には、この記事がお気に召さなかったようだ。明らかに、私のブログに対する批判の投稿。

私も、他人を批判する。但し、権力や権威を有する者、あるいは権力や権威を笠に着る者に限ってのこと。それ以外を批判の対象とすることはあり得ない。

私も、他人から批判される。私には権力も権威もないが、批判するに値すると認めていただいたことをありがたいと思う。拙文をお読みいただき、何らかの反応を示していただいた方にはひとしく感謝申しあげたい。それが、論理的な批判であっても非論理的な批判であっても、である。

「札幌のサル」氏の投稿が、 [交流の広場]に掲載されたということは、おそらく私の再反論が期待されているということなのだろう。投稿の最後の結びも、私への問いかけとなっている。無視していては失礼にもなりかねない。また、野田正彰医師の名誉にも関わるところがある。逐語的にコメントしておきたい。

まず、投稿の全文は以下のとおり。
「専門家に表現の自由などない / 野田医師の裁判について弁護士さんの安堵に日本社会将来不安。」
医師の橋下診断の可否は、その専門性において厳格に問われるべきで、表現の自由などということで正当化されたら、市民やその代表者はたまったものではない。精神病という専門医師の根拠さだか〈な〉らぬ診断で病院や強制収容所送りになったソ連邦を想起させる。野田医師は反権力といわれるが、このたびは弁護士権力に依存しているだけ。医師の橋本〈下〉診断自体がその成否を問われるべきで、専門家には表現の自由などないことを知るべきだ。また自由に表現されたからと言って、その専門性の正しさが担保されるものでもない。野田君(というのはわたしはかれと旧知なので)は何度も無責任な専門家発言をして平気でいられる人物であることを知らない者がいるか。専門性の責任が問われている時代に、専門家の無責任かもしれない表現の自由をよく擁護できたもんです。黒を白ということが仕事?の弁護士さんならではの専門性ゆえですか。<札幌のサル>

投稿のメインタイトル「専門家に表現の自由などない」は、明らかな誤りである。むしろ、「専門家には、その専門分野における意見表明の社会的責務がある」というべきであろう。仮に責務の有無については見解の相違としても、すべての人に保障されている「表現の自由」が、専門家だけには保障されないということはあり得ない。

投稿者は、野田医師の論評の内容を批判する根拠を具体的に指摘し得ず、専門家一般についていかなる表現の自由もない、と極論してしまったのものと推察する。

あるいは、野田医師ではなく、弁護士である私のブログでの記事について、「専門家に表現の自由などない」のだから「表現をやめよ」、と言ったのかも知れない。しかし、私は私の「表現の自由」を絶対に譲らない。「専門家だからものが言えない」とすれば、社会は有益な知見を失うことになる。知る権利が大いに傷つけられることになろう。

投稿のサブタイトル「野田医師の裁判について弁護士さんの安堵に日本社会将来不安」も、あまりに具体性に乏しい一般論での語り口で、それゆえ有益な議論の深まりが期待できない。

橋下対野田訴訟において、なにが争われたか。橋下に対する野田診断の医学的正確性ではない。橋下の過去の言動から推認される橋下の公人としての適性に関する野田医師の見解の表明として、「新潮45+」掲載記事の表現が許容されるか否かが争われたのだ。

原告橋下側は「『新潮45+』記事は原告の名誉(社会的評価)を傷つけるものとして違法」と主張し、被告野田・新潮側は「表現の自由が保障される範囲内の言論として違法性はない」と争った。実質的に、訴訟は「橋下(当時は知事)の名誉と、表現の自由の角逐」の場であった。あるいは「個人の名誉と、国民の知る権利の衡量」の場であったといってもよい。

当然のことながら、橋下個人も人権主体である。その社会的な名誉も名誉感情も尊重されてしかるべきだ。しかし、公人となり、強大な権力をもつ地位に就いた以上、批判の言論を甘受せざるを得ない立場に立ったのだ。

民主主義社会は、自由な言論の交換によって成り立つ。もちろん、自由な言論も無制限ではありえなく、他人の名誉を毀損する言論には一定の限界がある。その限界を狭く解釈したのでは、政治的言論は成り立たない。憲法が「表現の自由を保障する」としているのは、権力者や公人の論評に関しては、その社会的評価を傷つける表現をも許容するものでなくては意味がない。

今回の野田医師逆転勝訴判決は、その理を認めた。「橋下個人の外部的名誉や名誉感情という個人的価値」を凌駕する、野田医師の「表現の自由の価値、その自由に連なる社会の知る権利の価値の優越」を認めたのだ。

私は、「権力者や公人・政治家を批判する言論の自由」をこの上なく尊重する立場であるから、この逆転勝訴を望ましい結果として評価した。これが、投稿者の「弁護士さんの安堵」と言う表現となっている。しかし、そのことが「日本社会将来不安」につながるというのは、荒唐無稽というほかはない。

野田医師の誌上診断ないし見解も、私の野田医師擁護論も、それが大阪府知事という、公人・政治家を対象とした批判の言論であることが大前提である。市井の人物や、体制批判者を指弾する言論と混同してはならない。

現在判例が採用している「公共性・公益性・真実(相当)性」という、違法性阻却要件は相当に厳格である。大阪高裁判決は、野田医師の「誌上診断」は、橋下の社会的評価を低下せしめるものではあるが、その記述は公共的な事項にかかるもので、もっぱら公益目的に出たものであり、かつ野田医師において記事の基礎とした事実を真実と信じるについて相当な理由があったと認め、記事の違法性はないとした。橋下知事(当時)の名誉毀損はあっても、野田医師の表現の自由の価値を優越するものとして、橋下はこれを甘受しなければならないとしたのだ。この違法性阻却のハードルの高さは、けっして言論の自由の濫用による「日本社会将来不安」につながる恐れを生じるものではない。

むしろ、このハードルの高さが政治家批判の言論を違法として封じ、あるいは批判の言論を萎縮させている。この現状こそが、権力者には居心地がよく、民衆には将来不安というべきではないだろうか。

投稿記事本文の「医師の橋下診断の可否は、その専門性において厳格に問われるべきで、表現の自由などということで正当化されたら、市民やその代表者はたまったものではない。」は、必ずしも文意明確ではない。

仮に、「医師の診断が正確であるか否かは、その専門性にふさわしく厳格に問われるべきで、不正確な診断が『表現の自由』ということで正当化されるようなことがあつてはならない」という主旨であれば、その限りにおいて異論があろうはずはない。しかし、訴訟がそのような問題を争って行われたものでないことは既述のとおりである。

「精神病という専門医師の根拠さだか〈な〉らぬ診断で病院や強制収容所送りになったソ連邦を想起させる。」と、問題になりえようもない極論をあげつらうことは無意味である。おそらくは、反権力の精神科医は、敢然として「病院や強制収容所送りとされた側」に立って、体制側の似非医学を反駁することになろう。

「野田医師は反権力といわれるが、このたびは弁護士権力に依存しているだけ。」
これは文意を解しがたい。裁判所や検察は権力だが、弁護士は権力ではない。「弁護士権力に依存」とは、訴訟において訴訟代理人として弁護士を依頼したことをいうのだろうか。それとも、私がブログで判決を肯定的に論評したことを指すのだろうか。どちらにしても、それが「権力に依存した」と論難される筋合いのものではない。

「自由に表現されたからと言って、その専門性の正しさが担保されるものでもない。」は、当然のこと。「表現の自由の範囲内の言論」として違法性を欠くことと、言論の内容である誌上診断の正確性とは、まったくの別問題である。だから、何の批判にもなっていない。

仮に、橋下が野田医師の患者であったとすれば、野田医師には橋下の症状や診療経過について、医師としての職業上の守秘義務(刑法134条)が課せられる。今回のように、医師が誌上で、ある人物の症状や疾患について直接本人に対する診察を経ることなく見解を述べるのは、普通の読者の普通の注意による読み方をすれば、厳密な確定的医学診断ではありえない。飽くまでも仮説的意見ないし論評に過ぎない。そのような意見・論評は、公人についてのものである限り許されるのだ。もとより、疾患診断の正確性とは別問題である。

「野田君(というのはわたしはかれと旧知なので)は何度も無責任な専門家発言をして平気でいられる人物であることを知らない者がいるか。」という表現は、事実を摘示することにより野田医師の名誉を毀損するものである。「札幌のサル」氏が、野田医師に訴えられたとすれば、氏の側で、その表現の公共性・公益性・真実(相当)性を立証しなければならない。野田医師は、橋下から訴えられ、その面倒なことをして勝訴した。

「専門性の責任が問われている時代に、専門家の無責任かもしれない表現の自由をよく擁護できたもんです。」
もし、この議論が通用するなら、医師や弁護士や会計士や技術士や、ありとあらゆる学問の研究者の権力批判の言論を封じることになり、権力批判の言論を擁護することもできなくなる。具体論なしで、ある側面を極限まで一般化する論理の過ちの典型と指摘せざるを得ない。

弁護士は、「黒を白という専門職」ではない。しかし、黒と白とをしっかりと見極めるべき専門職ではある。そして、権力と対峙する人権の側に立つべき専門職でもあると理解している。私のブログ記事に、批判さるべきところは、いささかもない。
(2016年5月5日)

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