澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「NO WAR IN UKRAINE」「NO WAR IN THE WORLD」「FUNDAMENTAL RIGHT IN CHINA」

(2022年2月14日)
 北京オリンピックで大きく印象に残るものといえば、中国当局の強権的姿勢、それに対する各国の宥和的態度、不公正な審判、ドーピング等々、白けることばかり。人権を無視したこの国でのこんなオリンピック、どこにやる意味があるのか。何ともつまらぬと思っているところに、たった一つだけ興味のある「事件」が生じた。

 2月11日のスケルトン男子に出場したウラジスラフ・ヘラスケビッチ(ウクライナ)が3回戦のレース後、「NO WAR IN UKRAINE(ウクライナに戦争はいらない)」と英語で書いたプラスターをテレビカメラに向けた。ロイター通信などによると、2度目の五輪となる23歳のヘラスケビッチは「私は戦争を望んでいない。母国と世界の平和を願っている。それが私の立場だ」と訴えたという。

 言うまでもなく、ウクライナはロシア軍による軍事侵攻の危険に曝されており、米国のサリバン大統領補佐官は、「五輪期間中にもロシア軍による侵攻が始まる可能性がある」と表明している。その危機のさなかでの、「NO WAR IN UKRAINE」である。インパクトは大きい。

 五輪憲章第50条は、「政治、宗教、人種的な意思表示」を禁じている。が、昨夏の東京五輪では、試合前や選手紹介中などであれば、節度ある範囲での行為は容認する方針に変わったとされる。東京五輪では、サッカー女子の試合開始前に人種差別に抗議するために片ひざをつく所作(ニーダウン)が見られた。

 ヘラスケビッチのこの日の行動について、「IOCは『選手とこの件について話し合った。一般的な平和への願いなので、この件は決着した』としている」(朝日)。あるいは、「『平和を求める一般的な呼びかけだ』として、処分の対象にはならないという見解を示したということです」(NHK)と報じられている。

 平和を求めることを「政治的意思表示」というだろうか。さすがにIOCも『平和を求める一般的な呼びかけ』を「政治的意思表示」として禁止するとは言えなかった。その意味するところは大きい。

 「NO WAR IN UKRAINE」が許されるのだから、「NO WAR IN THE WORLD」が許されないはずはない。平和を求める一般的な呼びかけだけでなく、自由や人権や人種間の平等という普遍的な価値を求める一般的な呼びかけが、許されないはずはない。

 オリンピックは世界から切り離された特殊な空間ではない。ここでも、人間の尊厳が確保され、人権が尊重され、差別が禁止され、そして表現の自由が保障されてしかるべきではないか。

 とすれば、「世界に基本的人権を」「中国に表現の自由を」「新疆ウイグル自治区になきなき民族間の平等を」などというスローガンの意思表示が禁止されてはならない。

北京「オミクリンピック」始まる。

(2022年2月4日)
 本日、北京オリンピック開会式。覇権主義中華人民共和国の、一党独裁中国共産党による、専制君主習近平のための、これ以上はない政治イベントである。1936年ベルリン大会でのドイツ・ナチス・ヒトラーを彷彿させる。

 習近平の盟友になっているのが、政治的にはプーチンであり、商業的にはボッタクリ・バッハ。彼らの手駒に使われているのが、羊のごときアスリートたち。この構図を支えているのが、メディアとメディアに煽られた民衆である。

 北京の光は、ウィグル・チベット・内モンゴル・香港そして台湾に暗い影を落としている。華麗な北京オリンピックのパフォーマンスは、多くの人々が流した涙の上に浮かんでいる。

 コロナ禍のさなかの北京オリンピックは、ひたすらに国家と党と習近平の利益のための無理に無理を重ねた奇矯な演し物となってしまった。しかし、習近平の威信を賭けた五輪強行の目は、吉と出るか凶に終わるか。中国共産党はいまウィルスと闘っている。まさしくこのイベントは、「オミクリンピック」と呼ぶべきものなのだ。

 不遜なことに、ウィルスは党中央の命令を聞かない。オミクロンは習近平に忖度しない。にもかかわらず、敢えて国家と党の威信を賭けてのゼロコロナ作戦。本日から17日間、果たしてバブルの中での平穏を保つことができるだろうか。

 既に本日の報道では、「中国への入国時やその後の検査で、選手団9人を含む21人の陽性がきのう(2月3日)確認され、先月(1月)23日から集計した感染者の合計は308人となった。これまでに選手団の感染は、あわせて111人となっていて、影響が広がっている」という。こうまでして、オリンピック開催を強行する意味がどこにあるのだろうか。

 本来、オリンピックは平和の祭典である。オリンピック憲章が想定するとおりに挙行されば、意味のないはずはない。各国のアスリートやアーチストや民衆の交流は貴重な平和に資するものとなる。しかし、国威発揚や為政者の野心のためのオリンピックでは、メリットを凌駕するデメリットを指摘せざるを得ない。無理に無理を重ねた「オミクリンピック」は、そのデメリットの象徴というべきであろう。

NHKの「字幕捏造」は、「五輪翼賛番組」作成姿勢の故なのだ。

(2022年2月3日)
 NHK・OBの皆川学さんから、下記のご意見を添付したメールをを頂戴した。皆川さんとは、NHKに対する要請や抗議の行動を重ねるなかで知り合った。お話しを聞けば現職の時代はNHKのエライさんだったのだが、そのような素振りは見せない。

 いま、市民運動の一端をになって、「真っ当なNHKたれ」と古巣NHKに対する厳しい批判を絶やさない。真っ当でないことが多すぎるのだ。叱責が続くことはやむを得ない。そして最近もう一つ、叱責せざるを得ないことが重なった。あの河瀨直美が絡んだ、オリンピック反対デモに対する侮蔑字幕問題である。

 これはいったいどんな問題なのだろうと思っていたところに、皆川さんが「正解」を提示してくれたというスッキリ感がある。なるほど、この「字幕捏造問題」と呼ぶべき事態には、こんな理由があったのだ。

「表現の自由を市民の手に 全国ネットワーク」ニュースレター第8号

NHKはなぜ字幕を捏造したのか 

                 皆川学(表現ネット共同代表 NHK・OB)

 「デモ参加者には、日当が出ている」といった情報は、古くは60年安保の頃から、近くは沖縄基地反対運動に対する「ニュース女子」番組まで繰り返し流布されている典型的なデマである。これをまともに取り上げるメディアなどあろうはずがない。ところが昨年12月26日に放送されたNHK「BSスペシャル 河瀨直美が見つめた東京五輪」では、顔にモザイクをかけられた匿名の男性が「実はお金をもらって動員されている」との字幕テロップ付きで紹介されていた。
 不審に思った多くの視聴者からの問い合わせで、NHKが内部調査をしたところ、男性の証言は確認されたものではないことが判明し、NHKは謝罪放送を行った。 NHKは「担当者の取材不足が原因で、捏造の意図はない」と弁明しているが、本当にそうだろうか。担当ディレクターが経験不足であったとしても、局内で幾重にも繰り返される試写の段階で、チェックを担当する上部管理職がこの低劣な定番デマ情報をそのまま見逃したとは考え難い。事件は局内手続きにあったのではなく、もっと深いところから発したと思われる。
 この番組には、そのほかに看過できない問題シーンがある。コロナ渦での児童の五輪観戦動員などに反対して、教育関係者で構成される「都教委包囲・首都圏ネット」が昨年5月にJOC前で反対行動を行った場面が紹介された。そこでは河瀨直美氏が柱の陰で恐る恐るのぞき見しているシーンがあり、その直後に河瀬氏の「五輪は私たちが招致したもの」「オリンピックに関わっている人がそこで一生懸命にやっている。その人に寄り添うことは人間として当たり前」というコメントが入っている。まるで「オリンピック反対は人間のすることではない」との印象を与えるような構成である(首都圏包囲ネットは、この件で1月18日にNHKへの抗議を行い、その模様は包囲ネットとレイバーネットのHPで視聴可能)。
 当該番組はいわゆる「メイキング物」で、表現活動やイベントの完成される過程を追うスタイルをとるが、取材対象者から特段に許された条件で撮影するため、対象者との距離を取ることが難しく、往々にして「ヨイショ」番組に堕すことがある。コロナ禍での五輪開催には、国民の6~8割の人々が反対していた。そのなかで「関わっている人々に寄り添」っている河瀬氏の活動を称賛するためには、一方で反対している入る人々を否定的に描くシーンがあったほうが効果的だ。そのような構成上の必要から、上記の二つのシーンが番組に埋め込まれたものと推測する。取材対象者との距離が取られていない。
 本ニュースレター前号で田島泰彦氏も指摘していたように、大手メディアがオフィシャルパートナーとして五輪開催に構造的に組み込まれて五輪翼賛報道に終始し、NHKも五輪開催の是非をめぐる「NHKスペシャル」の放送延期、長野県で行われたトーチリレー(「聖火リレー」とはいわない)での沿道からの五輪反対の音声の30秒カットなど、五輪反対の声が電波に載らないよう腐心していた。
 謝罪放送後の記者会見でも、正籬副会長は「不確かな内容の字幕を出していたことは間違いない」が、「全くそうした事実がなかったのかということについてははっきりしない」と、金で動員されていた可能性はまだありうると、担当ディレクターをかばっている。現場ディレクターからNHKトップまで、「金をもらってのデモ神話」を信じているおぞましさ。組織を挙げた確信犯的番組だったのではないだろうか。少なくとも、オリ・パラを推進・翼賛する組織方針の延長上にこの事件は起きた。「五輪翼賛番組」の「五輪」が、「戦争」という言葉に置き換えられた時のことを思うと慄然とする。

 私(澤藤)も、「都教委包囲・首都圏ネット」のデモには何度か参加したことがある。一見して、「実はお金をもらって動員されている」デモではあり得ない。「そこでは河瀨直美氏が柱の陰で恐る恐るのぞき見しているシーンがあり、その直後に河瀬氏の『五輪は私たちが招致したもの』『オリンピックに関わっている人がそこで一生懸命にやっている。その人に寄り添うことは人間として当たり前』というコメントは噴飯物である。これが、オリンピックという化け物の正体であり、この化け物に取り込まれたのが河瀬でありNHKなのだ。その最後をリフレインしておきたい。NHKよ、襟を正して聞け。

 現場ディレクターからNHKトップまで、「金をもらってのデモ神話」を信じているおぞましさ。組織を挙げた確信犯的番組だったのではないだろうか。少なくとも、オリ・パラを推進・翼賛する組織方針の延長上にこの事件は起きた。「五輪翼賛番組」の「五輪」が、「戦争」という言葉に置き換えられた時のことを思うと慄然とする。

北京では上がらない、「ワクチン接種強制はファシズム」の声。

(2022年1月26日)
 昨日(1月25日)、習近平とトーマス・バッハが北京(釣魚台国賓館)で会談したという。かたや権力欲の巨魁、こなた商業主義の権化。それぞれが腹に一物の醜悪な相寄る魂。その両者が五輪利用の思惑では一致しての、持ちつ持たれつ。

 習近平にとっては「中華人民共和国の、中国共産党による、習近平自身のための北京五輪」であり、ボッタクリ・バッハにとっては「カネの、カネによる、さらなる儲けのための北京五輪」なのだ。民衆は、脇役としてさえ出る幕がない。

 会談で、習は「コロナ対応の徹底ぶりをアピール。選手や関係者の健康を守ることに自信を示した」と報じられている。コロナ対応現場の担当者はさぞや気の重いことだろう。バッハは、習におもねって、「北京五輪は幅広い支持を十分に得ている。国際社会もスポーツの政治化には反対している」と述べたそうだ。

 そりゃ間違いだ。正しくは「北京五輪にたいする国際世論の風当たりが厳しいが、我々の権力とカネの力とを共同すれば恐くない。お互い、がんばって世論の批判をはねのけよう」と言うべきだった。そして、「この際、国際世論には『スポーツの政治化反対』と悪罵を投げつけ、実のところは徹底したスポーツの政治化で、北京オリンピックを権力浮揚と金儲けのイベントとして成功させよう」が正しい言葉づかいだ。

 その北京五輪開幕まで、あと9日。大会関係者は、コロナ対策に懸命のご様子。なにせ、ゼロコロナの成功に党と習との威信がかかっているのだ。失敗すると、秋の党大会での習の3期目が吹き飛ぶ。

 昨日(1月25日)APが現地から伝えるところでは、

「北京市内で新型コロナウイルスの新規感染者が確認されたため、該当する行政区に住む約200万人全員にPCR検査が命じられた。豊台区で25例、その他の区で14例の新規感染者が確認されたことを受けて、北京市当局は、感染リスクが高いと思われる行政区の全住民に対して、首都を離れないよう命じた。
 2月4日に迫った北京五輪の開幕を前に、中国共産党は感染者全員の隔離を目指して、「感染者ゼロ」対策の実施をさらに強化。そのため、冬季五輪はアスリート、スタッフ、報道関係者など全員を住民から隔離する厳格な管理下で開催され、選手全員は入国時にワクチン接種を受けるか、隔離されることになる。」

 そんなにまでしての五輪、どこにやる意味があるというのか。すっぱりと、やめた方が良かろう。選手役員をバブルに詰め込み、習近平もお一人用のバブルに閉じ込めての、長丁場のオリパラ。いつ、どこで、どんなことが起きるやら。

 共産党政権によるゼロコロナ政策の強権的な押し付けに、中国の民衆は唯々諾々と従っているかのようだ。傍目には痛々しく映るばかり。これに対して、欧米ではワクチン強制反対運動が活発化している。

 ワクチン強制反対派の主張の根拠は、自己決定権にある。いかなる医療を受けるか、あるいは拒否するか、その可否を決定する主体は自己以外にはなく、権力的強制を受ける筋合いはない、というシンプルなもの。

 これに対して、自己決定権も公共の利益に譲らなければならないとするのが、ワクチン強制許容派の言い分となる。説得による同意が得られない場合、強制ができるか。微妙な問題となる。

 最初に目立った動きが出たのは、オーストリアだった。先月(12月)9日、オーストリア政府はワクチン接種の義務化に関する法案を発表した。妊婦などの例外を除く14歳以上の全国民に、ワクチン接種を義務付け、違反者には罰金を科すというもの。

 この法案に対して、同月11日には、首都ウィーンの道路を埋め尽くすほどの人々が抗議デモを行ったという。その数、およそ4万4000人。プラカードに書かれたスローガンは、「強制接種はファシズム」だった。

 今年にはいってからは、米連邦最高裁の「企業へワクチン接種義務化措置差し止め命令」が話題となった。バイデン政権が、企業に新型コロナウイルスワクチンの接種を義務化した措置について、各州政府からの違憲を根拠とする差し止めの訴えが提起され、今月13日連邦最高裁判所は、連邦政府の機関の権限を逸脱しているとして、差し止めを命じている。これは、バイデン政権にとって、大きな痛手と報じられている。
 
 そして、欧州連合(EU)が本部を置くベルギー・ブリュッセルで23日、新型コロナウイルスのワクチン接種の強制やこれに伴う規制に抗議する約5万人(警察推定)のデモが行われた。

 さらにフランスである。1月24日の月曜日から、フランスでは「ワクチンパス」が施行されることとなった。これが、実質的なワクチン接種強制であるとして、5万を超える人々が抗議と反対の意思を示すデモに参加した。

 問われているのは、徹底した個人主義の当否である。自分の主人公は自分自身であって、自分が納得できることには従うが、他から強制されて納得できない薬物を自身の体内に注入させるようなことは絶対にあり得ない、という強烈な個人主義。

 個人主義の対義語は、いうまでもなく「全体主義」である。だからこそ、ワクチン強制反対派のスローガンが「強制接種はファシズム」となる。私は、このワクチン強制反対派の心情や主張に首肯するところ大きいが、断乎北京五輪成功に突っ走っている中国共産党には聞く耳はないだろう。今なお、習近平共産党を支持している人々にも。

国威発揚目的の北京冬季五輪自体が「スポーツの政治利用」である。中国は、平和のイベント開催国にふさわしくない。

(2022年1月20日)
 間もなく、北京冬季五輪が始まる。けっして世界から歓迎され祝福されるスポーツ大会ではない。露骨な国威発揚と習近平政権賛仰の政治イベントとなるだろう。とりわけ、中国から弾圧の対象とされている人々からは、「中国での五輪開催、本当にそれでいいのか」という声が上がっている。

 本日の毎日新聞朝刊の《北京2022》という特集連載に、「揺れる五輪 『平和の祭典、人権守れ』 在日ウイグル人『中国で開催、いいのか』」という記事が掲載されている。取材の対象は日本ウイグル協会副会長のハリマト・ローズさん(48)。日本への留学生だったが、戻った故国は変わっていた。兄から、「捕まる可能性がある。日本に帰りなさい」と諭されて、現在は千葉県内で飲食業を営んでいるという。素顔と実名を明かして、講演や街頭デモで中国の人権弾圧に抗議してきたという。その訴えに胸が痛む。

 自身や日本で暮らす多くの同胞がウィグル現地の家族と連絡が取れなくなっているとして、彼はこう言う。「中国が平和の象徴であるオリンピックをやっていいのか、考えるべきだ」。おそらく中国は、国威と中国共産党の威信を発揚することだけを目的としてオリンピックを開こうとしている。それでよいはずはなかろう。

 現地の状況が悪化したのは17年ごろだという。中国政府が「再教育」を名目にウイグルの人らを収容所に入れる政策を始め、在日ウイグル人にも家族と連絡が取れなくなるケースが相次いだ。彼は、日本社会に訴えるため、18年から街頭などで中国への抗議活動を始めた。故郷に住む家族に危害が及ぶのを恐れ、重要なとき以外は連絡を取らないようにと決めたという。以下の彼の記者への話が生々しい。

 20年5月、唐突に自治区に住む兄から「話がしたい」と連絡が来た。翌日、兄とビデオ電話で話し始めて10分ほどが経過したとき、兄の横から見知らぬ男性が現れた。男性は中国の当局者を名乗り、在日ウイグル人に関する情報提供を要求。「協力してくれればお兄さんと家族の安全は守る」と続けた。

 8人兄弟で早くに父親を亡くした自身にとって、兄は税務署で働きながら家族を養ってくれた恩人だ。要求への回答を避けて通話を終えたが、「兄の命が危ない」と頭の中はパニックを起こした。

 1カ月後、再び兄から連絡があり電話で話した。前回と同じ男性に身分証を見せるよう求めたところ、中国の情報機関「国家安全省」とみられる「国安」と書かれた手帳のようなものを示した。最後まで要求には応じず、以降、家族と連絡が取れなくなった。

 ローズさんから見れば、家族が人質とされた状況。在日の彼は、黙ることで家族の安全を図るべきなのだろうか。それとも、彼が国際世論に訴えることで中国の人権状況を改善する努力を継続すべきなのだろうか。非情な権力に翻弄される悲劇というしかない。

 この記事で、深く頷けるところがある。米国などが表明した北京五輪への『外交的ボイコット』について、中国は「スポーツの政治利用だ」と強く反発しているが、ローズさんはこう反論している。

 「中国は国民に自分の国が世界のトップだとアピールするために五輪を開催している。五輪を政治利用しているのは中国の方だ」「五輪は平和のイベント。中国が開催したら意味が変わってしまう。IOCは人権を大切にする国を開催都市に選んでほしい」

 そのとおり「五輪を政治利用しているのは中国の方」であろう。その北京冬季五輪を何の批判もせず、何の異議もとどめず、粛々とその進行に協力することは、中国による「五輪の政治利用」に加担することではないか。せめて、『外交的ボイコット』を試みることで、「中国によるスポーツの政治利用」の成功度を幾分なりとも、弱めることができるだろう。

今年は、DHCスラップ訴訟の顛末を書物にして刊行したい ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第197弾

(2022年1月4日)
 暮に所用あって上野に一度、銀座に一度外出の機会があった。驚いたのは、そのときの人混み。どこもかしこもマスクをした人々の、密・密・密である。怖じ気づいて、正月三が日はこもりっきりであった。これから来るであろう第6波が恐ろしい。

 それでも、正月である。人並みに、今年の希望や抱負も語らねばならないところだが、さして元気が出ない。弁護士として受任した仕事を、丁寧に誠実にやり遂げること、という当たり前のこと以上にはさしたるものはない。

 強いて抱負らしいものを挙げれば、DHCスラップ訴訟の顛末を書物にして刊行したい。スラップというものの害悪と、この害悪をもたらした者の責任を明確にし、スラップを警戒する世論を高めるとともに、スラップ防止の方策までを考えたい。これは、私の責務である。

 そして、当ブログを書き続ける。来年の3月末で、このブログは連載開始以来満10年となる。2023年3月31日に「自分で祝する、10年間毎日連続更新達成」の表題で記事を掲載するまで多分書き続ける。これは執念である。

 DHC・吉田嘉明以外にも、このブログにはこれまで複数のクレームを経験している。当ブログに市井の庶民からの苦情はあり得ないが、私の批判が目障り耳障りという様々な人はいるのだ。そのためにこそ、このブロクを書き続ける意味はある。

 もっとも、毎回長文に過ぎるという批判を頂戴し続けてきた。今年こそは、短く読み易く、分かり易く、鋭い記事を書きたいもの。

 今年のブログのテーマは、何よりも国会内外における改憲策動と阻止運動の動きが中心とならざるを得ないが、その次には沖縄に注目したい。復帰50年である。そして知事選。辺野古新基地建設継続の可否も正念場となろう。既に、米軍基地からのコロナ感染が話題となっている。その県民の怒りの中での名護市長選が間近である。今年の沖縄には目が離せない。
 
 そして中国である。2月には北京冬季五輪が開催される。ナチス・ドイツ以来の大々的な国威発揚オリンピックとなることだろう。そして、IOCが商業主義の立場からこれに迎合する醜悪な事態となることが予想される。

 今秋には、「中国共産党第20回大会」が開催される。党結成100周年で20回目となる。党規約上5年に1度の党大会だが、文革期には13年も開催されなかったこともあるという。今回の党大会が注目されるのは、習近平独裁体制の確立という点である。

 「18年の憲法改正で、2期10年までとされていた国家主席の任期制限を撤廃。総書記に任期制限はないため、不文律の「68歳定年」さえ破れば、習氏は来年以降も最高指導者の地位を保つことができる。(時事)」というのが、メディアの解説。習はこの大会で、異例の総書記三選を果たすことになるだろうというのが、報じられているところ。この独裁、ブレーキの利かないものになりはしまいか。

 中国共産党政治理論誌「求是」が新年に、昨年11月の習近平演説の内容を明らかにした。習は、1989年の天安門事件について「深刻な政治的動乱に対する断固たる措置で党と国家の生死と存亡がかかる戦いに勝利した」と評価し、天安門事件を朝鮮戦争と同じ国家の危機だったとして事態を収拾できなければ「中華民族の偉大な復興の過程も絶たれていた」とまで述べたという。

 この演説は天安門上から、広場の群衆を見下ろす形で行われた。30年前に、民主化を求める多くの人々が犠牲になった場所である。そこで、習は民主主義を求める民衆への弾圧を「戦いに勝利」と言ったのだ。「戦い」の相手は丸腰だ。武器を持たない、市民と学生。これに銃を向け発砲したことを、「やむを得なかった」「忸怩たる思い」「胸が痛む」と言わずに、「戦いの偉大な成果」としてあらためて誇った。

 偉大な党の統制に服さない市民には同様に銃を向けるという宣言以外のなにものでもない。恐るべき大国の恐るべき指導者による、恐るべき姿勢。これが、当分続くことになるのだ。

悪魔が来たりて笛を吹いた ー 祭りのあとの感染爆発

(2021年8月13日)
 本日の新規コロナ感染者数、東京都が過去最多の5773人、重症患者も最多227人となった。全国では20293人と初めての2万人の大台超え。感染者の暗数は分からない。率直な感想として、この事態は恐ろしい。そして、こうまで事態をこじらせた政権や都政の無能に憤らずにはおられない。

 腹の立つ名を順に挙げれば、安倍晋三・菅義偉・小池百合子、そしてトーマス・バッハである。私はこれまでバッハのことを疫病神と言ってきたが、今日からは呼び名を変更しよう。悪魔だ。尻尾のあるあの邪悪の象徴。

 この悪魔が、祭の東京に来て笛を吹いた。政権も都政も制御できなかった。笛の音に合わせて、コロナが踊り出し蔓延し跋扈した。そして、祭が終わった今、東京5000、全国2万の新規感染者である。いったい誰だ、こんな愚劣な祭をやったのは。悪魔を呼び寄せたのは。悪魔に笛を吹かせたのは。

 バッハの嫌われっぷりが凄まじい。分に過ぎたホテルに泊まっていると叩かれ、広島に行って嫌われ、挨拶が長いと嫌われ、広島原爆投下の日に選手の黙祷を要望されて拒否したと嫌われ、銀座をうろついてたたかれ、何をしても嫌われっぱなし、叩かれっぱなし。いまは、広島訪問「警備費」を県と市に押し付けたとして、国民的な悪役となり、悪罵を受け続けている。

 念の入ったことに、丸川珠代が、五輪担当相として『銀ブラ・バッハ』擁護を呟いて大炎上とのことである。なにせ、「不要不急か否かはご本人が判断」との発言。国民の怒りが爆発するのは当然であろう。傲慢なバッハを嫌う国民感情は健全なものだ。そのバッハ擁護論へのバッシングも健全なものではないか。

 それだけでない。この悪魔は笛を吹いて、アルファ株だけでなく、デルタ株を呼び寄せた。祭のさなかに、東京の感染は爆発し医療は着実に崩壊し続けた。さらに、国内初のラムダ株にまで、出番を与えた。さすが、悪魔の笛である。

 ペルーに滞在歴があった大会関係者の女性(30代)が、7月20日に羽田空港に到着して、新型コロナウイルスの変異株で南米ペルー由来とされる「ラムダ株」の初感染者と確認された。ところが、その事実が一部メデイアに報道されたのが、8月6日のこと。それまで伏せられていたのだ。しかも、当人が大会関係者と発表されたのは、本日8月13日になってからのこと。

 ラムダ株は致死率が高いとされている。2週間も報告しなかったのは、オリンピックの閉幕まで伏せていたのではないかとの疑惑がつきまとう。自民党外交部会長の佐藤正久は、テレビ番組で「もっと早く問い合わせがあれば答えた」と釈明したという。

 すべては、祭のさなかに吹き続けられていた悪魔の笛の調べのなせる業。再びの祭はごめんだ。再びの悪魔も、その笛も。

愚劣で危険な東京オリンピックが終わる。

(2021年8月8日)
 東京オリンピックが本日で終わる。コロナ禍の中での五輪禍。あらためて、オリンピックというものの愚劣と危険が浮き彫りになった。中止に追い込むことができなかったことが残念の限り。

 東京オリンピックとアスリートの愚劣を象徴する事件が、「豪選手団が帰国便で大騒ぎ ー 泥酔しマスク拒否」と報道されたもの。

 「オーストラリアの東京五輪代表選手らが、帰りの日本航空(JAL)機内で泥酔してマスクを拒否するなどの騒ぎを起こした。騒ぎを起こしたのは、サッカーと7人制ラグビーの男子代表選手ら。選手らが搭乗した日本航空の飛行機は、2021年7月29日に羽田空港を出発し、約10時間のフライトを経て、翌30日朝に豪シドニーに到着した。選手らは機内で、酒を飲んで歌い始め、客室乗務員がマスク着用や着席を求めても拒否した。しかも、機内に保管してあった酒類を勝手に持ち出し、乗務員らが止めても応じなかったという。また、トイレで嘔吐して床などを汚し、トイレが使えなくなったケースもあった。機内には、一般客も搭乗しており、選手らの行為は迷惑だったとメディアの取材に話したという。」

 取り立ててオーストラリア選手のモラルが低いということはありえない。これがオリンピック選手の平均レベルだろう。スポーツが人間性を育てるなどというのは、真っ赤なウソ。むしろ、一流と言われるアスリートの特権意識が鼻持ちならない。

 スポーツを嗜む人と無縁な人。それぞれのグループに人格者もいれば、非人格者もいる。「健全なる精神は健全なる身体に宿る」は、罪の深い迷信である。私は、アスリートに対する敬意の念を持ち合わせていない。むしろ、「体育系」といわれる人々の精神構造に嫌悪感をもち続けてきた。

 「昔軍隊、今体育系」は至言である。日本の「体育」は軍事訓練のルーツをもっている。ご先祖様である天皇の軍隊と同様、体育系は不合理の巣窟。イジメ・暴力・体罰・私的制裁・上命下服・精神主義・面従腹背・勝利至上主義・非科学性、非知性、権威主義・ナショナリズム…。個人主義よりは全体主義に親和性を持ち、同調圧力に弱い。人権思想や民主主義感覚との対極にある。体育系は批判精神に乏しく盲目的に指導者に従う。

 だから、体育系の精神構造は企業には歓迎される。親はそれを知っているから、子どもにスポーツをやらせる。そんな風に育つ子どもたちのトップエリートとしてオリンピック選手が生まれるのだ。格別にアスリートに敬意をもつべき理由とてあり得ない。

 オリンピックとは、「体育系」精神の集大成としての興行である。本質において偉大なる愚劣と言うべきであろう。ところが、この愚劣なイベントが、きらびやかな装いをもって多くの人々の関心を惹き付ける。それ故に無視し得ない危険をはらむものとなっている。

 東京オリンピック開催強行は、人々のコロナへの関心を相対的に稀薄化し対策を弱体化して、既に感染爆発を招いている。しかしこれでは終わらない。このさきの潜伏期間経過後に、さらなる感染拡大を覚悟しなければならない。「メダルラッシュ」「感動の大安売り」の代価はとてつもなく高価なのだ。

 オリンピックは、それだけではない危険をはらんでいる。あの安倍晋三が、得々とそのオリンピックの危険性を説明してくれている。「月刊Hanada」(飛鳥新社)8月号に掲載された、櫻井よしことの対談。そこで安倍晋三は、東京五輪開催に反対する世論を「反日的」と攻撃しているのだ。なるほど、そうすると私も「反日」なんだ。

 安倍晋三・櫻井よしこという極右コンビとオリンピックとは、とても相性がよいのだ。この右翼政治家は、オリンピックを自分に親しいものとして、こう語っている。

「この『共有する』、つまり国民が同じ想い出を作ることはとても大切なんです。同じ感動をしたり、同じ体験をしていることは、自分たちがアイデンティティに向き合ったり、日本人としての誇りを形成していくうえでも欠かすことのできない大変重要な要素です」「日本人選手がメダルをとれば嬉しいですし、たとえメダルをとれなくてもその頑張りに感動し、勇気をもらえる。その感動を共有することは、日本人同士の絆を確かめ合うことになると思うのです」「(前回の東京五輪では)日本再デビューの雰囲気を国民が一体となって感じていたのだと思います」

 自身が繰り返してきた「復興五輪」「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、完全な形で、東京オリンピック・パラリンピックを開催する」などのフレーズはどこへやら。要するに、安倍晋三にとって東京五輪の開催は「日本人としての誇りを形成」「日本人同士の絆を確かめ合う」「日本再デビュー」などという全体主義、国粋主義鼓吹の道具なのだ。おそらくは、これが本音である。

 確認しておこう。安倍や櫻井にとって最も重要なのは、「親日」か「反日」かの分類である。東京オリンピック開催に賛成するのが「親日」、反対意見は「反日」なのだ。その理由は、オリンピックというイベントを通じて、ナショナリズムの喚起が可能となるからだ。安倍晋三の言うとおり、これがオリンピック危険の本質なのだ。

言うなれば 汝人民家で死ね

(2021年8月7日)

 表題の句、残念ながら私の作ではない。朝日川柳欄に掲載の一句。作者は兵庫県・大西哲生、これは秀逸だ。
 五輪・コロナ・バッハ・菅が、今の新聞時事川柳の主要ネタである。魂胆ありげな安倍も案外多く、小池は精彩を欠いて少ない。それぞれのネタが、深刻ではあるが、いかにも川柳的なのだ。掲載句はさすがにどれも達者、とうてい真似できない。

 テーマが重複し分類は難しいが、このところの毎日仲畑万能川柳と朝日川柳とから、いくつかを並べてみた。

✦ まずは東京五輪を詠んだ句。東京五輪を手放しで肯定する駄句はない。東京五輪開催強行を問題にする句が主流だが、始まれば興味をそそられるというアンビバレントな心情が句になっている。

 スローガンコロコロ替わる五輪です 本庄 支持拾六

 五輪後は他国のコロナ置き土産 東京 小政

 ゴリ押しは「五輪押し」と書くこれからは 栃木 風倒人

 感動や興奮よりもホッとしたい 山口 葉と根

 反発と祈りが交差する五輪 下野 咲弥アン子

 国のためじゃなくて走れキミのため 鴻巣 雷作

 国別のメダル数より感染者 福島 烏賊人参

 コロナから菅とバッハに菌メダル 静岡 ミノチャン

 見なくても非国民ではない五輪 駒ケ根 早次郎

 テレビでは五輪とコロナもう飽きた 下関 畠中英樹

 開催後東京誤輪なりそうね 北九州 皿倉さくら

 皆の者そこのけそこのけ五輪が通る 茅ケ崎 ゴト師妻

 無観客体力測定みたいだな 和泉 今倉大

 間際まで命と金のせめぎ合い 東京 カズーリ

 五者協議つまりはやりたい人で決め 東京 立肥

 悪いことしているような聖火リレー 草加 石川和巳

 2020撤去忘れのよな看板 熊本 ピロリ金太

 夢・希望・感動押しつけられ苦痛 八王子 テイク5

 お祭りはみなの笑顔があってこそ 北九州 半腐亭

 金メダル選挙前だよ栄誉賞 鳴門 かわやん

 単純にコロッと感動するんだろ 札幌 紅帽子

 オリパラのテレビ意地でも見るものか 豊田 けにち

 「中止しろ」聖火が来たら「がんばれ~」 伊豆 シロくん

 流行語「安心安全」入りそう 西条 ヒロユキン

 感動も二つ三つほどが良い(岐阜県 中野和彦)
 
 煮沸して天日干しする金メダル(宮城県 田所純一)

 表敬は金メダルチョコ代用し(東京都 堀江昌代)

 日本では寝込んだ時分(ころ)の聖火かな(京都府 藪内直)

 反対とあれほど嫌った五輪見る(茨城県 加納楯夫)

 アスリート私たちよりどこ偉い(東京都 古賀雅文)

 金メダル タイタニックに積み上げて(広島県 高橋滋)

 ニュース読むアナウンサーに顔二つ(愛媛県 吉岡健児)

 この博打(ばくち)やればやるほど負けが込み(埼玉県 西村健児)

 喰(く)えぬ子を余所(よそ)に弁当ドッと捨て(神奈川県 朝広三猫子)

 そしてコロナを詠んだ句。コロナそのものについてではなく、コロナを巡る政権の無為無策無能に目が向けられている。

 ついに出たコロナ在宅死の勧め(愛媛県 木村瞳)

 歓喜の畳 辛苦のベッド(茨城県 五社蘭平)

 2回目の前に勧める3回目(宮城県 鈴木正)

 アナウンサー飛沫(ひまつ)の量は増すばかり(大阪府 玉田一成)

 若者の怖くないよに怖くなり(群馬県 樺澤信雄)

 現実に引き戻される過去最多(徳島県 井村晃)

 知りました政治無力で人が死ぬ 埼玉 孫六

 もしかして「安心・安全」おまじない? 伊勢原 大原龍志

 ワクチンの在庫も見ずに百万回 群馬 からっ風

 GoToをせずにワクチンやってれば 東京 寿々姫

 首長が競わされてる接種率 川西 水明

 ウイルスが教える日本途上国 田川 下降の天使

 まん延をしてから防止するコロナ 福岡 朝川渡

 最初から「人の流れ」と言えばどう? 富士見 不美子

 挨拶は「予約取れたか」「うん取れた」 東京 ほろりん

 来週に打つこと決まりワクワクチン 沼津 まさみ

 副反応報告しあう接種後(あと) 川崎 さくらの妻

 接種日に出会った人と一期二会(神奈川県 田中ゆう子)

 第5波も6波もきっとやって来る 大阪 ナナチワワ

 援助せず酒は出すなよ金貸すな 鎌倉 狩野稔

 息できる人は自宅の恐ろしさ(東京都 内田昌廣)

 言うなれば汝(なんじ)人民家で死ね(兵庫県 大西哲生)

 Amazonに酸素ボンベはあるのかな(埼玉県 田口尚孝)

 崩壊を自宅療養と言い逃れ(東京都 村田正世)

 鉄面皮患者切り捨ての策に出る(神奈川県 大坪智)

 罹(かか)っても自助です五輪は続けます(東京都 土屋進一)

 言っとくよ 自宅療養 あなたもよ(大阪府 緒方よしこ)

✦ 次いで、IOCのバッハ。こんなにも短期間で評価が下がった人物も珍しい。これまでは、ベールの彼方にその姿がよく見えなかった。今回よく見えるようになったら、なんというお粗末なお人柄。贅沢極まる金銭感覚と意識だけは貴族趣味の奇妙な香具師。

 バッハ出て風呂から出たらまだバッハ(神奈川県 細田幸代)

 民宿でいいよ言わないバッハさん 別府 タッポンZ

 スイートに泊まるらしいねIOC 幸手 百爺

 IOC東京終わればハイ次と 東近江 佐太坊

 おもてなしIOC(あっち)が主賓だったのね 春日部 猫文庫

✦ 国内の人物では、当然ながら菅義偉。この人のやることなすこと、ひねりの必要なくそのまま川柳なのだ。こんな人は、却って句にしにくいのではないか。

 テロップがついて行けない読み飛ばし(三重県 山本武夫)

 式典で上告下げたを自賛する(埼玉県 渡辺梢)

「これまでに経験のない」無策かな(千葉県 高師幸広)

 難しいことは地方へ投げてやる(栃木県 井原研吾)

 総理即自宅療養させなさい(奈良県 横井正弘)

 菅総理目耳口頭もうあかん(福島県 菅野はるか)

 女房がしゃしゃり出ぬのがマシなだけ(福岡県 河原公輔)

 ガースーのそばだけ人が減っており(神奈川県 みわみつる)

 人流が減ったと見える不思議な眼(め)(兵庫県 河野敦)

 支持率が落ちたので止(や)む黒い雨(大阪府 首藤媾平)

 人心を摑めず人事掌握し 桶川 句意なし

 うけ狙い外す総理と似た自分 相模原 せきぼー

 今回も説明せずになし崩し 札幌 ヨーちゃん

 質問を聞かずに食べる山羊総理 東大阪 きくさん

 菅総理きっとくしゃみも「ワックチン」 府中 火星人

 先手だとおっしゃいますが後手後手ヨ 佐倉 桜人

 かみ合わぬ受け答え引き継ぐ総理 今治 てんまり

 打ち勝った証どころか宣言下 京都 みぞれ

 質問の前に答弁始めてる 別府 タッポンZ

 メモなしの球児宣誓観る総理 大津 石倉よしを

✦ この時期に安倍晋三に言及している句が少なくない。物欲しそうな風情が見えるからなのだろう。

 反安倍が反日だとは限らない 福岡 朝川渡

 安倍流で言えば6割反日に 東京 三神玲子

 耳打ちすアベちゃん逃げた日もうすぐよ(岡山県 木田昌)

 尻尾無いトカゲ見つけて調査中(福岡県 西野豊)

 安倍マリオ ヒラだ今度は公平に(山形県 渡部米助)

 沈む船マリオ船長どこ行った(神奈川県 一柳直貴)

 重い腰軽い責任無い記録 大分 赤峰ユキ

✦ 対して小池百合子の句は少ない。もう、旬の人ではなくなったようだ。

 サル山に天井無かった雌のボス(富山県 中居純)

 菅さんに ねえ立たないのと小池さん(愛知県 牛田正行)

直ちに「聖火」を消せ。《コロナに打ち負かされた証しとしての東京五輪》を中止せよ。

(2021年8月4日)
 かつて政権は、東京五輪開催の意義を「人類が新型コロナに打ち勝った証し」とノーテンキに説明した。コロナには勝てそうもないと分かってからはこの開催意義の看板は引っ込められたが、コロナ禍を顧みない無謀な五輪の開催には固執し続けた。五輪開催の意義なんぞ所詮はお飾り、どうでもよいことなのだ。そして、東京五輪開催強行の今、「政権がコロナに打ち負かされた、無能の証しとしての東京五輪」が現実化しつつある。

 また、菅は何度も、「安全安心な東京五輪」を強調してきた。「国民の命と健康を守るのは私の責務で、五輪開催を優先させることはない」とも言っている。しかし今、感染爆発のコロナ禍の実態は、東京五輪を「安全安心」の対極のものとしている。取り返しのつかない事態となる前に、直ちに聖火を消せ。《コロナに打ち負かされた証しとしての東京五輪》を中止せよ。

 政権も都知事も、そしてバッハも組織委員会も、コロナに打ち負かされたことを潔く認めなければならない。その上で、多くの人の命と健康を守るために、聖火を消して速やかに東京オリンピックを中止し、円滑な事後処理に移行しなければならない。

 コロナに負けたことは、バブルの外側でも内側でも顕著である。一昨日以来の、「重症入院患者以外は原則自宅療養」という政府と都の方針変更が、事実上の敗北宣言にほかならない。医療態勢逼迫を超えて、医療崩壊を自白したに等しい。我が国の医療態勢はかくも脆弱だったのだ。

 そして、本日の新規感染者数である。東京4166人、全国1万4207人と過去最高になった。これでも第5波のピークは見えていない。本日の閉会中審査・衆院厚生労働委員会で、政府のコロナ対策分科会会長尾身茂は、東京都の新型コロナ感染症の新規感染者数が1日1万人を超える可能性を肯定している。

 東京都を中心に医療状況の深刻さは新規感染者数に表れているばかりではない。都内の入院患者数はすでに3351人(3日時点)まで増え、過去最多だった1月12日の3427人に迫りつつある。都で感染拡大時に最大で確保できる病床6406床に対する病床の使用率は2日時点で50%と、最も深刻な「ステージ4」(感染爆発段階)に達した。

 また、1週間平均の1日当たり新規感染者数は3337人(3日時点)と過去最多を更新し続けており、入院者数が急増する懸念が生じている。療養者数も2万7千人を超え、自宅療養者数は1万4千人を上回っている。

 この事態に、世論の反発は強い。国民は、やる気のない無能な、この政権・この都政を継続させ続ける限りは、自分たちの命と健康が危ないことに気付き始めているのだ。

 一方、バブルの内側も、危うい。まずは、「選手村の敷地内で飲酒し騒ぎ」「選手ら複数人か 警察官が出動」という話題。

 31日午前2時と言えば、深夜である。東京五輪選手村の警備関係者から「選手村の敷地内で飲酒して騒いでいる人がいる」と、警視庁月島署に連絡があった。屋外の共有スペースで大人数の選手らが、マスクを外し酒を飲みながら騒いでいたという。署員が駆けつけた時にはそれらしい人たちの姿はなく、騒ぎを聞きつけた関係者数十人が現場に集まっていたという。負傷者がいるとの情報もあるが、被害届は出ていない。
 なお、選手村では新型コロナウイルス対策で、大勢が利用する共用スペースでの飲酒は禁じられている。違反した場合は競技への出場可否に影響する可能性がある。

 この騒ぎで、昨日(8月3日)「組織委員会が、関連する7~8の各国・地域オリンピック委員会(NOC)に注意喚起した」「組織委は、非常に目に余る状況としてNOCに注意をした」と報道されている。具体的なNOC名は明かされていない。騒ぎを主導した選手の所属NOCから謝罪があり、既に競技を終えている対象選手については今大会の離村ルールである「競技後48時間」を待たずに“強制帰国”させる措置を取ったという。また、他にも飲酒騒ぎがあったとする報道が出ている。

 さらに本日、「選手村で初クラスター」「ギリシャ、5人陽性」と報じられている。
 東京五輪・パラリンピック組織委員会は4日、ギリシャのアーティスティックスイミングの選手4人と関係者1人が新型コロナウイルス検査で陽性が確認されたと発表し、併せて「クラスター(感染者集団)と言わざるを得ない」との見方を示している。5人は東京・晴海の選手村に滞在しており、選手村でのクラスター発生は初となる。これまでの五輪関係者の累計陽性者数は300人を超えた。

 バブル方式とは、選手が国外から持ち込んだウイルスを閉じ込め外の世界への感染を防止する狙いだけでなく、反対に外からの選手への感染を防止する効果もあるだろう。しかし、既にバブルの内も外も清浄ではない。日本社会も国際社会も、そして五輪そのものも、完全にコロナに負けているのだ。

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