澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「法曹養成制度はこのままでよいのか」ー第46回司法制度研究集会報告

本日(10月31日)は日本民主法律家協会恒例の第46回司法制度研究集会。本日のテーマは、「日本の司法と大学を考える」。これに、「法曹養成と法学教育・研究の現状と課題」という副題がついている。

集会案内の問題意識は、以下のとおりである。
「わが国の法曹養成と法学教育・研究は、危機的状況にあります。
『文系学部廃止』を打ち出した6月8日付文部科学大臣通知は、国家による学術統制、大学の自治破壊ではないかと、社会に衝撃を与えました。法学部はどうなるのでしょうか。
 6月30日付法曹養成制度改革推進会議決定は、弁護士激増の弊害を顧みず司法試験合格者1500人以上とし、司法試験合格率の低い法科大学院は切り捨てて『合格率7〜8割』を実現し、上位の法科大学院だけを守ろうとしています。法曹志願者や法学部進学者は年々激減していますが、このような政策で法曹や法学部の魅力は取り戻せるでしょうか。
 いま大学・大学院・法曹界で何が起こっているのかを、研究者と弁護士が共有し、危機的状況をどのように克服していくべきかを共に考える場にしたいと思います。」

私の世代は、法曹養成は法曹界の役割と思ってきた。法曹各界の共同を前提としつつも、最高裁が責任を持つ体制が当然なのか、弁護士会がイニシャチブをとるべきなのか。大学が、従って文部行政が法曹養成に関与することは考えなかった。

大学の法学教育は、学生にリーガルマインドを身につけさせることを目的としてきた。法の支配が貫徹する建前のこの社会で、合理的な法的思考と行動ができる人材を育成することだ。人類の普遍的な知が積み重ねてきた法的教養の教授が大学の法学教育の目的と言ってよい。だから、法学部出身者は「つぶしがきく」人材として、社会の至るところで活躍の場を与えられてきた。その中の少数が研究者となり法曹を目指すとしても、大学教育が実務法律家を育成する法教育を意識することはない。法学教育を修了していることと司法試験受験資格のリンクはなく、大学の教養課程を終えている者には広く司法試験の門戸が開かれていた。

法曹養成は、法務省が実施する司法試験に合格した者に対して、最高裁が運営する司法研修所で行われてきた。ここでは、裁判所・検察庁・弁護士会の協力の下に、民事刑事の裁判実務、民事刑事の弁護実務、そして検察実務について、法曹としての基本技術を学ぶ。この修習期間の2年間は、将来の志望に関わりなく統一修習の理念が大切にされた。修習生は公務員に準じる地位にある者として修習専念義務が課せられ、給与が支給された。

この制度が、10年前にがらりと変えられた。法曹養成の根幹をなす機関として各大学に法科大学院(ロースクール)が創設され、法科大学院卒業が新司法試験の受験資格となった。司法試験合格後の司法修習は1年に短縮され、給費制ではなくなった。本日聞いた話では、かつての司法修習生への給費の財源の規模は、法科大学院への補助金財源とちょうど見合いになっている、という。

かつては、「法曹養成は司法の仕事」「法学教育・研究は大学の仕事」であった。制度変更後は、「日本の司法と大学」が法科大学院という新たな共通項をもつようになった。司法には司法官僚と法務官僚とが関与し、大学の運営には文科官僚が大きな影響力を持つ。そして、文科官僚には「永田町の先生方」が君臨している。

制度改変以来10年。その功罪が、司法界と大学の双方に何をもたらしているのかを検証しようというのが本日の司研集会のテーマである。意識されている最大の問題点は、法曹養成に文科省が強く関与するようになったことの弊害。ロースクール側から、文科省の見識に欠けた強権ぶりに振り回されている実態が報告された。

本日の集会の報告は3本。いずれも充実したものだった。
「大学政策と人文・社会科学─6.8文科相通知をめぐって」小森田秋夫(学術会議第1部会長)
「法曹養成制度改革の現状と問題点─弁護士激増の顛末と法科大学院の未来」森山文昭(弁護士、愛知大学法科大学院教授)
「孤独なひとり芝居から希望の持てる協働の場へ─ 自治の観点から考える」戒能通厚(名古屋大学・早稲田大学名誉教授)

なお、戒能氏の論題中の「孤独なひとり芝居の場」とは、法科大学院の現状を揶揄した表現。これを「希望の持てる協働の場」へ変革するにはどうすればよいかという問いかけである。司法の理念に従った法曹養成としても、また、大学の法学教育の質の点においても、現行制度は失敗だったという悲観論がメインのトーンとなった。フロアーの発言では、「法科大学院は、大学の自治・学問の自由破壊のために送り込まれたトロイの木馬ではないか」という意見さえ飛び出している。その詳細は、「法と民主主義」の12月号に掲載される。読み応え十分なものとなるはず。

冒頭の森英樹日民協理事長の開会の挨拶、そのあとの3本の報告と質疑応答意見交換、そして新屋達之(日民協司法制度委員会副委員長)の「まとめと閉会の挨拶」まで、一貫して底通するものは、反知性主義批判であったように印象を受けた。

本来、司法も大学も専門知に裏付けられ高い倫理に支えられた分野である。日本においては、両者ともにルーツは支配の道具であったにせよ、理念においては政権や財界の思惑による介入を許してはならない。いま、政権の反知性主義が乱暴に両分野に介入を試みている。

学問の基底にある知は、法や法学の核をなす知と同質のものであるはず。ところが、司法試験や法科大学院の授業が、学問から離れた法的スキルの錬磨だけを目的とし、その習得に終始しているのではないか。学問や知性・論理から遊離した場で、養成された法曹が憲法の想定する人権の擁護者たりうるだろうか。

また、政権の学問の府への攻撃が激しい。人類の叡智が積み上げてきた知性や論理や理念は、政権には邪魔な存在としか映らない。経済優先の社会に、文系の学問は不要との6.8通知は政権のホンネをよく語るものなのだ。

明るい展望を示す集会とはならずに、厳しい現状の問題点を確認する集会となった。おそらくは、司法や大学だけでなく現在のあらゆる分野が同質の問題を抱えているのだろう。厳しくとも、よりよい司法制度を作っていく課題に邁進しなければならない。
(2015年10月31日・連続944回)

祝・「法と民主主義」創刊500号

日本民主法律家協会の機関誌「法と民主主義」創刊500号の記念誌が発刊となった。いまは、佐藤むつみさんに編集長をお任せして楽をさせてもらっているが、私も5年ほど編集長を務めている。そんなことで、500号のリードは、私が書いた。本日のブログはこれを転載して宣伝としたい。
 ご注文は、下記のURLから。
   http://www.jdla.jp/

 「法と民主主義」500号の記念特集号をお届けする。
 創刊号から、ほぼ毎月一号ずつを積み重ねての500号到達である。この間半世紀余。編集に携わった者には、いささかの感慨を禁じ得ない。
 本誌は、この間半世紀余の法律家運動を紙面に反映させ続けてきた。積み重ねられた500号は、60年代以後の「平和と民主主義と人権」を目指した闘争の集大成である。それゆえ、本記念号は半世紀を振り返っての民主的諸運動について、とりわけ法律家が何をなしてきたかについての総括という壮大な特集となっている。

 本誌の創刊号発行は、1962年1月である。その前年61年10月に結成された日本民主法律家協会の機関誌として、当時の誌名は組織名そのものの「日本民法協」であった。また、当時は隔月の発行であった。本誌が、単なる機関誌を脱皮したのが第46号(1970年4月号)以後のことである。誌名が改題されて、理念を冠した現題名となった。その新誌名第一号の巻頭には「『法と民主主義』創刊の辞」が掲載されている。以来年10回刊が定着して現在に至っている。今号は、通算しての500号となった。

 よく知られているとおり、日本民主法律家協会は、歴史的な60年安保闘争の昂揚の中から生まれた。安保改定に反対した壮大な国民運動の一翼を担った「安保改定阻止法律家会議」が協会の前身である。当時、戦争の記憶は多くの人々に鮮明で、新たな日米軍事同盟の締結が憲法9条の理念を否定して、再びの戦争の惨禍を日本にもたらす危惧が多くの人に共有された。日本国憲法の理念と日米安保条約の論理との矛盾は、そのまま保守と革新、平和勢力と戦争推進勢力との拮抗を意味するものと認識された。

 安保闘争が、平和と民主主義を求める統一戦線的国民運動であったことの反映として、日本民主法律家協会は多様な法律家運動の統一体となった。こうして発足した協会は、「独立と平和と民主主義を確立し、人権の擁護伸長をはかる」という目的のもと、運動団体であるとともに、運動に資する法的理論団体ともなった。そのことから、「法と民主主義」は、単なる機関誌であることを越えて、運動と法理論を結ぶ、他にない特徴を持つ定期刊行物となった。特に近年は、毎号特集テーマをもつ理論誌として定着している。

 60年安保の国民運動の中で生まれた日民協の機関誌が、創刊55年を経たいま、安保関連法(戦争法)案の廃案を求める国民的運動の昂揚の中で、500号を迎えた。安保に始まり今の安保に至るこの半世紀余。本誌が、この半世紀を「独立と平和と民主主義」を掲げて歩んできたことの意義をあらためて本号で再確認したい。

 本記念号の総合タイトルを「憲法の危機に抗し続けて」とした。改憲を党是とする保守政党による長期政権下、日本国憲法は危機にあり続けた。平和も、民主主義も危機の連続であり、私たちはこの危機に抗してのたたかいを続ける中で、日本国憲法やその理念を私たち自身のものとしてきた。そのようなたたかいの意義と誇りを込めてのメッセージである。

 本号は3部構成となっている。
 第1部「日本国憲法をめぐるたたかいと私たちの課題」は、500号記念誌を飾るにふさわしい3本の論文から成っている。巻頭論文にあたるものが、森英樹理事長の「日民協の『原点』と『現点』」。本誌500号時点に立って、日民協発足の理念とこれまでの法律家運動を振り返って、「原点」と「現点」に通底するものを見極めようとするもの。次いで、渡辺治前理事長の「日本国憲法をめぐる攻防の70年と現在」。法律家の役割に目配りの重点を置いて、日本国憲法の誕生から今日までの憲法運動を概観するもの。そして永く憲法裁判実務に携わってきた新井章弁護士「戦後70年・憲法裁判と私」である。この貴重な3本の論文を通じて、当協会発足の原点となった砂川闘争から60年安保、そしてその後の半世紀を通じた国民運動の中での法律家の役割を確認することができるだろう。

 本号のメインとなるものが、第2部の企画「平和・民主主義・人権のバトンを引き継いで」である。
 民主的な法律家運動の経験交流と意見交換、そしてその運動の記録による承継と発展こそが「法と民主主義」の関心事であり使命である。この半世紀、500号の紙面の積み重ねの中から重要テーマを選定して、バトンを引き渡す者と引き継ぐ者とに登場していただいた。具体的な諸課題について、かつてはどのようにたたかわれ、そしていまどのように承継され、発展したかの検証である。各課題について、先輩法律家がかつての経験を語り、そのバトンを受け継いだ若手が生き生きと現在の活動を語っている。
 選定したテーマは、平和的生存権・核廃絶・基地撤去・歴史認識・国家秘密・表現の自由・子どもの権利・公務員の政治活動・教育の自由・生存権・労働基本権・労災職業病・女性差別・公害・薬害・消費者・納税者の権利、そして司法の独立等々。日本の民主的運動の中での法律家の役割が具体的に語られている。地域を越え、世代を越えての運動の交流と承継の成果を確認したい。

 そして、第3部。貴重な資料や連帯のメッセージにも、目を通していただきたい。

 本記念号は、安保関連法案(戦争法案)反対運動の盛り上がりの中で編集され発刊された。その運動の結果を盛り込むことはできていない。500号、飽くまで通過点である。今後の運動の糧にご利用いただきたい。(編集委員会・澤藤統一郎)

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戦争法案採決の不存在を主張し審議の続行を申し入れる緊急のメール署名は、醍醐聰さんが提唱し、一昨日の当ブログでも拡散を呼びかけたもの。
   http://form1.fc2.com/form/?id=009b762e6f4b570b
署名数は昨日(9月23日)の24時00分現在で24,081筆となったとの報告である。23日の1日で7,256筆増えたことになるという。
   http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-bd74.html
「あんな採決は認めない」という市民の怒りの声を参院議長と特別委委員長に届けたい。未署名の方は、ぜひ緊急にお願いしたい。
(2015年9月23日・連続906回)              

東アジアの平和における憲法9条の役割

本日は日本民主法律家協会の第52回定時総会。かつてない改憲の危機の存在を共通認識として、国民的な改憲阻止運動の必要と、その運動における法律家の役割、日民協の担うべき任務を確認した。そのうえで、この大切な時期の理事長として渡辺治さんの留任が決まった。

総会記念のシンポジウム「東アジアの平和と日本国憲法の可能性」が、有益だった。パネラーは、中国事情報告の王雲海さん(一橋大学教授)と、韓国の事情を語った李京柱さん(仁荷大学教授)。お二人とも、達者な日本語で余人では語り得ない貴重な発言だった。その詳細は、「法と民主主義」に掲載になるが、印象に残ったことを摘記する。

王さんは、中国人の歴史観からお話を始めた。「近代中国の歴史はアヘン戦争に始まる」というのが共通認識。以来、帝国主義的な外国の侵略からの独立が至上命題であり続けている。だから、中国における「平和」とは、侵略を防いで独立を擁護することを意味している。改革開放路線も、「外国に立ち後れたらまた撃たれる」という認識を基礎とした、中国なりの「平和主義」のあらわれ。

1972年の国交回復後しばらくは、「日中蜜月」の時代だった。9条を持つ日本の平和主義への疑いはなく、日本の非平和主義の側面は米国の強要によるものという理解だった。それが、90年代半ばから、日本自身の非平和主義的側面を意識せざるをえなくなり、「尖閣国有化」以後は、「核武装して再び中国を侵略する国となるのではないか」という懐疑が蔓延している。一方、日本は予想を遙かに超えた経済発展の中国に対して、「中華帝国化」「海洋覇権」と非難している。

今、日中相互不信の危険な悪循環を断たねばならない。民主々義は衆愚政治に陥りやすい。ナショナリズムを煽る政治家やそれに煽動される民衆の意思の尊重ではなく、憲法原則としての平和主義が良薬となる。民主主義の尊重よりは、立憲主義を基礎とした平和主義の構築こそが重要な局面。「市民」ではなく、法律家や良識人の出番であり、その発言と民意の啓蒙が必要だと思う。

李さんは、「たまたま本日(7月27日)が朝鮮戦争停戦協定締結60周年にあたる」ことから話を始めた。朝鮮戦争当時南北合計の人口はおよそ3000万人。朝鮮戦争での戦争犠牲者は、南北の兵士・非戦闘員・国連軍・中国軍のすべて含んで630万余名。産業も民生も徹底して破壊された。当時マッカーサーは、「回復には100年以上かかるだろう」と言っている。朝鮮半島の平和の構築は、このような現実から出発しなければならなかった。

それでも、南北の平和への努力は営々と積みかさねられ、貴重な成果の結実もある。南北間には、1991年の「南北基本合意書」の締結があり、南北の和解の進展や不可侵、交流協力について合意形成ができている。92年には「韓半島非核化に関する共同宣言」もせいりつしている。そして、国際的な合意としては、2005年第4次6者会談における「9月19日共同声明」がある。ここでは、非核化と平和協定締結に向けての並行推進が合意されている。一時は、この合意に基づいた具体的な行動プログラムの実行もあった。

しかし、今、南北の関係は冷え切ったどん底にある。平和への道は、9・19共同声明と南北基本合意書の精神に戻ることだが、それは日本国憲法の平和主義を基軸とする「東アジアにおける平和的な国際関係構築の実践過程」である。その観点からは、日本における9条改憲と集団的自衛権容認の動きは、朝鮮半島の平和に悪影響を及ぼす。

王さんも李さんも、日本国憲法9条の平和主義にもとづく外交の重要性を語った。平和主義外交とは、相互不信ではなく、相互の信頼に基づく外交と言い換えてもよいだろう。会場から、浦田賢治さん(早稲田大学名誉教授)の発言があり、「日本外交の基本路線は、アメリカ追随の路線ではなく、独自の軍事力増強路線でもなく、憲法9条を基軸とした平和主義に徹した第3の路線であるべき」と指摘された。

中・南・北・日のすべての関係国が、「他国からの加害によって自国が被害を受けるおそれがある」と思い込む状況が進展している。ここから負のスパイラルが始まる。これを断ち切る「信頼関係の醸成」が不可欠なのだ。憲法9条墨守は、そのための貴重な役割を果たすことになるだろう。9条の明文改憲も、国家安全保障基本法による立法改憲も、そして集団的自衛権行使を認める解釈改憲も、東アジアの国際平和に逆行する極めて危険な行為であることを実感できたシンポジウムであった。
(2013年7月27日)

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