澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

ウッドワード・オバマ・ムーアらの「言葉」は、トランプの岩盤支持層に届くだろうか。

ドナルド・トランプは、御難続きである。すべては身から出た錆であり、因果応報として甘受せざるを得ないところ。

ボブ・ウッドワードの内幕本「Fear」では「小学5、6年の理解力しかない」と秘密を暴かれ匿名の政府高官によるニューヨーク・タイムズ紙への寄稿でも厳しく批判された。大統領の人格と政策を「衝動的かつ敵対的、狭量で効果がない」という政権内にいる多数の高官がトランプ大統領の言動の危うさを認識し、大統領が掲げる政策について実現を阻止しようと政権内で画策してきた、ともいうのだからトランプが怒るわけだ。

これまで発言を控えてきたオバマが、これに追い打ちをかけている。「トランプは、敵意と恐怖で国民をあおっている。トランプの下で「健全な民主体制」を支える三権分立が機能しなくなっている。世界の国で唯一、パリ協定から脱退した」、などと批判し、「トランプ擁護の共和党はもはや保守とはいえない。過激派だ」とまで言ったのだから、よほどの覚悟。

そして、本命は、常に話題作を提供するマイケル・ムーアの最新作だ。原題「Fahrenheit 11/9」。これが、邦題「華氏119」として11月に全国で放映される。これが見物だ。中間選挙を前に、トランプに頭の痛い作品。

ムーアの2004年作品が、「Fahrenheit 9/11」。これが「華氏911」の邦題になった前例を踏襲しての「華氏119」。「華氏911」は、9・11同時多発テロをきっかけにしたイラク戦争の批判だが、ブッシュ(子)政権に対する痛烈な批判でもある。今度の「華氏119」は、それ以上に徹底したドナルド・トランプ批判だという。

「華氏119」の「華氏」は、ブラッドリーの小説「華氏451度」からのイメージ借用。書物の燃え上がる温度だという、デストピアの暗喩。「119」は、トランプが大統領選で勝利宣言をした2016年11月9日を意味している。この日が、知性も理性も燃え尽くすデストピアの始まりという意味なのだろう。

そういえば思い出す。あの大統領選のさなか、ムーアは大手メディアの予想を真っ向から否定して、「残念ながらトランプが勝つ」と言っていた。

ムーアによれば、「トランプは“悪の天才”。感心するほどの狡猾さを持っていて、トランプを笑う私たちでさえ彼の術中にはめられている」という。彼は、本作でそのトランプを当選させたアメリカ社会に斬り込むとの前評判

キャッチコピーは、次のようなもの。
2016年11月9日、トランプは米国大統領選の勝利を宣言―その日、米国ひいては世界の終りは始まった?! なぜこうなった?どうしたら止められる?ムーア節炸裂! 宿命の戦いに手に汗にぎるリアル・エンターテイメント!

これが、第43回トロント国際映画祭ドキュメンタリー部門オープニング作品として現地時間9月6日夜に初上映された。話題性十分で、11月中間選挙の結果をも左右しかねない。

しかし、あんなトランプをホワイトハウスの主たらしめているのは、実はアメリカ国民の支持である。彼の明らかな失策にも揺るぎを見せない岩盤支持層あればこそである。まさしく、こんなアベ政権を続けさせている我が国の不幸な事態とまったく同様の構造なのだ。

さて、どうしたら、オバマのいう「健全な民主体制」を取り戻すことができるのだろうか。到底楽観し得ない。トランプやアベを支持する国民層に届く言葉を発し続ける工夫と努力を継続するしかないが、今のところ、われわれはその成功の展望を見出し得ない。「トランプやアベを支持する国民層に届く言葉」を探しあぐねている段階ではないか。ウッドワード・オバマ・ムーアらの「言葉」は、そのような観点から、有効なものとなりうるだろうか。
(2018年9月9日)

トランプと「カジノ王」肝いりのカジノ法案

「盗人にも三分の理」という。この「盗人」の読みは、貧者から盗む奴には怒りと侮蔑の念を込めて「盗人(ぬすっと)」と読まねばならず、金持ちからの窃盗犯には穏やかに「盗人(ぬすびと)」と読むべきだろう。「盗人(ぬすっと)」と「盗人(ぬすびと)」、それぞれの「三分の理」の内容には自ずから異なるものがある。大金持ち専門の盗賊は「義賊」ともなる。この世に格差がある限り、「盗人の理」も永遠不滅と言わざるを得ない。落語「花色木綿」に出てくる「貧の末の出来心」というあの言い訳。

「盗人に三分の理」とは、「三分しか言い訳できない」ことでもある。この点は、博打も同様。確率から言えば、必ず損をするのが博打。その点憐れではあるが、相手の懐にある金を我がものにしようという点では、盗人と変わるところはない。博打を賭博と言っても賭け事と言っても、あるいはカタカナ語でカジノと言い換えてもまったく本質は同じこと。

賭場では、お互いに他人のカネをむしり合う。このむしり合いを煽り高みで眺めながら、テラ銭を稼ぐのが胴元。リスクなく利益だけをむさぼるという点で、割のよい商売だが、それだけにタチが悪い。刑法では、賭博場開張罪として重く罰せられる。歴とした犯罪者である。
「賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する。」(刑法186条2項)

賭場開帳者と言っても、カジノ経営者と言っても同じこと。人の不幸を作り出してテラ銭を掠めとる蔑むべき犯罪者。やっていることは本来的悪行である。こんな輩に、「一分の理」も語らせてはならない。

本日(7月6日)、参院でカジノ法案が審議入りした。そして、その前提としてのギャンブル依存症対策法が成立した。何ともヘンな話しだ。「食中毒にならないように腐った物の客への提供を禁止する」のではなく、「客の方に、腐った物への耐性をつけさせよう」という法案なのだ。自民・公明・維新が提案者。これを記憶に留めておこう。罪の深いことといわなければならない。

「盗人猛々しい」という言葉さながらに、アベがバクチ解禁の「一分の理」を趣旨説明した。「経済振興」というのだ。バクチで経済振興。博打で観光客誘致。これがまともな政府の言うことか。さすが、戦後民主主義を否定して戦前日本へ回帰のアベ政治。植民地や占領地にアヘンを売りさばいて戦時財政の原資を捻出した没義道国家の再生ではないか。

本日(7月6日)の東京新聞一面トップに、「カジノ法案にトランプ氏の影 きょう参院審議入り」の大見出し。「カジノ解禁を安倍政権が急ぐ背景には、米カジノ業界から支援を受けるトランプ米大統領の影が見え隠れする。ギャンブル依存症の増加など多くの懸念が指摘される法案は結果的に、日本参入を目指す米側の要求が反映された。」という内容。

トランプの有力支持者として、「カジノ王」シェルドン・アデルソンの名が出て来る。「カジノの経営者」だから、わが国の刑法から見れば歴とした犯罪者。「カジノ王」というぐらいだから、多くの博打打ちから莫大なテラ銭を掠めとって来た人物。人の不幸で大儲けをし、さらに儲けようと虎視眈々。

こんな輩が、「大統領選で40億円近い資金援助をし、今秋の中間選挙でも共和党に資金提供を約束していると報じられる。政権の政策にも大きな影響力を持つ。イスラエルのネタニヤフ首相の支援者でもあるユダヤ系で、米大使館のエルサレム移転を歓迎し、費用の寄付も申し出ている。」という。トランプ陣営の何たる醜悪。

17年2月訪米したアベは、「朝食会でアデルソン氏らを前に、前年12月に公明党幹部の反対を押し切って強硬に成立させたカジノを含むIR整備推進法が施行されたことを『手土産』にアピールした。」という。トランプに輪をかけたさらなるアベの醜悪さ。

アデルソンは日本でのカジノ運営に関して、「客への金融サービス実施や面積規制の緩和も求めた。」と口を出した。その後、「政府案に当初盛り込まれていた面積の上限の数値は消え、カジノ事業者が顧客に賭け金を貸し出すことも認めた。米側の要求と一致したと国会でも指摘されたが、政府は日本の政策判断だと強調する。」

カジノで大儲けできるように、掛け金の貸し付けまでやらせようというのだ。こんな法案が国会通るのなら世も末ではないか。

東京新聞の記事は、最後をこう結んでいる。
「立憲民主党の枝野幸男代表は『米国カジノ業者が子会社をつくり運営し、日本人がギャンブルで損した金を米国に貢ぐ。国を売る話だ』と厳しく批判している。」

はて? アベシンゾーとは、真正の売国奴であったか?
(2018年7月6日)

米朝首脳会談の成果を大いに評価する。

6月12日米朝首脳会談は、大仰な「史上初」の「歴史的」セレモニーだった。私は、トランプや金正恩の個人的資質に関する否定的見解を変えるつもりはまったくないが、この会談の成果には評価を惜しまない。そして、この成果を第一歩として、朝鮮半島の非核化が実現し、さらには北東アジアの軍事緊張緩和が進展して真の平和に至ることを切望する。

しかし、アメリカでも日本でも、メディアには辛口の論評があふれている。北朝鮮悪玉論の枠組みからの視点を維持したまま、アメリカの北朝鮮への縛りが不十分ではないか、という論調である。流行り言葉になった「CVID」が盛りこまれていないのは失敗だった、北朝鮮にしてやられた、というわけだ。

本日の主要紙社説はおしなべて、その論調となっている。
朝日が、こう言っている。「その歴史的な進展に世界が注目したのは当然だったが、2人が交わした合意は画期的と言うには程遠い薄弱な内容だった。」「最大の焦点である非核化問題について、具体的な範囲も、工程も、時期もない。一方の北朝鮮は、体制の保証という念願の一筆を米大統領から得た。」「署名された共同声明をみる限りでは、米国が会談を急ぐ必要があったのか大いに疑問が残る。」

読売社説の小見出しをひろうと、「「和平」ムード先行を警戒したい」「合意は具体性に欠ける」「圧力の維持が必要だ」。

産経は、「米朝首脳会談 不完全な合意を危惧する」「真の核放棄につながるのか」「歴史的会談は、大きな成果を得られないまま終わった」「共同声明にCVIDの言葉が入らなかった点について、トランプ氏は「時間がなかった」と言い訳した。交渉能力を疑われよう」という。

毎日も同様だ。「非核化の担保が不十分」「トランプ流の危うさ」として、「注目されたのはトランプ氏が北朝鮮への軍事オプションを封印したと思えることだ。北朝鮮が合意を破った時は軍事行動も考えるかと聞かれたトランプ氏は、韓国などへの甚大な影響を考えれば軍事行動は非現実的との認識を示した。」「米韓軍事演習も北朝鮮の対応次第では中止する考えを示し、在韓米軍縮小にも前向きな態度を見せた。この辺は大きな路線転換と言うべきで、北朝鮮への軍事行動は不可能と判断してきた米国の歴代政権に、トランプ氏も同調したように映る。」と非難がましい。

砂漠で出会った水瓶に半分の水があったとする。瓶に半分の水の存在を歓喜をもってありがたいと思うか、それとも、瓶一杯に満たない水の量の少なさを嘆くか。

米朝間の軍事緊張が悪化の一途をたどって、「もしや開戦も」と深刻化していた事態が一変したのだ。軍事衝突の危険度進行のベクトルが緊張緩和と平和のベクトルへと向きを変えた。一触即発とさえいわれたチキンゲームからの解放こそが、この会談の評価すべき本質である。足りないところは、非本質的で副次的なものというべきだろう。

往々にして「予言は自己実現する」。この会談の成果を評価する国際世論は、平和の実現に寄与することになるだろうし、この会談を否定的にしか評価しない国際世論が主流となるなら、朝鮮半島の非核化も危うい。

「過去何度も北には欺され煮え湯を飲まされてきた」は、決して公平な見方ではない。見方を変えればお互いさまなのだ。そして、常に強大な側に寛容が求められよう。その意味では、米韓合同演習中止は素晴らしいことだ。これまでは、この軍事演習こそが、強大な側による弱小の側に対する一方的な威迫行為として、典型的な挑発だったのだから。

問題は、相互信頼から出発するのか、それとも相互不信からか、なのだ。これまでは相互不信のエスカレーションが暴発ぎりぎりのところまで進行した。核のボタンの大きさを競い合っていた愚かな2人が、10秒を超える握手をして、米朝両国関係を「敵対から友好へと転換させるために努力することで合意した」のだ。この第一歩に祝意を表するとともに、この偉大な一歩を後戻りさせることなく、歩ませ続ける国際世論の喚起に努めたいものと思う。

以下が 米朝共同声明の全文である。相互信頼の歩みの第一歩として、立派な成果ではないか。

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米朝共同声明全文(NHK訳)

トランプ大統領とキム委員長は、2018年6月12日に、シンガポールで、史上初めてとなる歴史的なサミットを開催した。トランプ大統領とキム委員長は、新たな米朝関係や、朝鮮半島における永続的で安定した平和の体制を構築するため、包括的で深く誠実に協議を行った。トランプ大統領は北朝鮮に体制の保証を提供する約束をし、キム委員長は朝鮮半島の完全な非核化について断固として揺るがない決意を確認した。

新たな米朝関係の構築が朝鮮半島のみならず、世界の平和と繁栄に貢献することを信じ、また、両国の信頼関係の構築によって、朝鮮半島の非核化を進めることができることを認識し、トランプ大統領とキム委員長は以下の通り、宣言する。

1・アメリカと北朝鮮は、平和と繁栄に向けた両国国民の願いに基づいて、新しい関係を樹立するために取り組んでいくことを約束する。

2・アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島に、永続的で安定した平和の体制を構築するため、共に努力する。

3・2018年4月27日のパンムンジョム宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むことを約束する。

4・アメリカと北朝鮮は、朝鮮戦争中の捕虜や・行方不明の兵士の遺骨の回収に取り組むとともに、すでに身元が判明したものについては、返還することを約束する。

史上初となる、アメリカと北朝鮮の首脳会談が、この数十年にわたった緊張と敵対関係を乗り越え、新しい未来を切り開く大きな転換点であることを確認し、トランプ大統領とキム委員長は、この共同声明での内容を、完全かつ迅速に実行に移すことを約束する。

アメリカと北朝鮮は、首脳会談の成果を実行に移すため、可能な限りすみやかに、アメリカのポンペイオ国務長官と北朝鮮の高官による交渉を行うことを約束した。アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は、新たな米朝関係の発展と、朝鮮半島と世界の平和や繁栄、そして安全のために、協力していくことを約束する。

ドナルド・トランプ 米合衆国大統領

金正恩 朝鮮民主主義人民共和国国務委員長

2018年6月12日
セントーサ島 シンガポール

(2018/06/13・毎日連続更新1900日)

朝鮮半島の平和は困る ― 9条改憲の好機を逃してしまいそう

最近、鏡に映る自分の姿がどうもはっきりしない。後ろの壁がぼんやりと透けて見えるんだ。久しぶりに陽の当たる道を歩いてみたら、自分の影だけが妙に薄いことに気がついた。こんなこと、以前にもあったっけ。そうだ、2007年夏に第1次アベ政権が崩壊したあのあたりのことだ。また胃が痛い。いや腸がキリキリと痛んできた。

内政外交とも八方ふさがりだ。森友・加計・南スーダンだけでない。イラク日報、財務省セクハラ問題で、内政は最悪だ。嘘つき内閣・改ざん政権・公私混同首相・行政私物化総理とさんざんだ。「アベ・やめろ」とうるさくてならない。こんなにまで言われる私には人権はないとでもいうのだろうか。とりわけ、右腕と便りにしてきた麻生さんが、セクハラ次官をかばって火だるまだ。それに、元首相秘書官だった柳瀬が国会で洗いざらいしゃべったら私はいったいどうなることか。どちらも気が気でない。

これまでは、内政の失敗を外交で挽回してきた。安倍得意の外交とさえ言われてきたが、そのメッキが完全に剥げ落ちてしまった。北朝鮮問題こそが私の独壇場だった。トランプ政権と一緒に、ヒトツオボエで「圧力・圧力」「最後までアツリョク」と言ってりゃよかったのだから、楽なもんだった。それで、選挙に勝てたのだから、北朝鮮様々だ。南の文政権に出過ぎたことをするなと釘を刺す役を馬鹿正直に務めていたんだ。

ところが、なんてこった。トランプの奴め、こっそり北と水面下の対話を進めていたんだ。アベの面子など眼中になく、「国際信義よりは中間選挙ファースト」と言うことだった。これまでトランプを「一貫して支持」し、「日米は100%共にある」と繰り返してきたことが、われながら情けなくも恥ずかしい。トランプも金正恩も馬鹿ではなかった。馬鹿を見たのは、私ばかり。今や、トランプが上機嫌で、「南北対話を100%支持する」「アメリカとそのすべての国民は今、朝鮮半島で起きていることをとても誇りに思う」なんて言っている。文在寅の株が大いに上がった。トランプは抜け目なく、習近平まで持ち上げている。私の面目は丸つぶれじゃないか。

さりとて、スネ夫の宿命としてジャイアンには逆らえない。トランプには「拉致問題をよろしく」って、辞を低くしてお願いするしかない。そのお願いはトランプにだけじゃない。南北会談の設定で意気揚々の文在寅にも、頭を下げるしかない。これまで、「最終的かつ不可逆的な合意と言ったろう」などと居丈高な物言いをしてきたように思うんだが、あれは夢の中のことだったのか。

トランプには、頻繁に電話をして日米の緊密をアピールするしかないが、奴はその電話の最中に、ツイートを発信していることがあとになって分かった。私だって、一国の首相だ。あまりに無礼な態度だとは思うが、抗議もできないことがなんとも歯がゆい。

そんなことから、南北会談の前には、「拉致問題が前進するよう、私が司令塔となって全力で取り組む」と言ってみたし、事後には「南北首脳会談はわれわれが決めていたラインにのっとって行われたことが確認できた」と虚勢をはってもみたんだ。こう言わざるを得ない私の立場は、支持者の右翼の諸君には理解も同情もしてもらえるだろうという読みでの発言。右翼以外の「あんな人たち」や「こんな人たち」には、さぞやバカにされることになるんだろうな。だから、キリキリと腸が痛い。

関係国は、みんなそれぞれ主体的に問題に関わっている。中朝首脳会談を皮切りに、南北会談、そしてもうすぐ米朝会談だ。日本だけが蚊帳の外。私の影がうすーくなっている。何とか蚊帳の中に入れてくださいと言わなきゃならないのが癪のタネ。拉致問題の解決には、ピョンヤンに行かねばならないのだが、気が重い。腰も重くなる。うまく行くだろうか。なんと言っても、植民地支配の清算ができていない相手だ。どんな条件を持ち出されることになろうやら。「最終的かつ不可逆的」などと一方的に言って通じる相手ではなさそうだ。

何よりも、思惑外れは北の核やミサイルについての態度の豹変だ。これには心底困った。昨年10月の総選挙は、「国難選挙」と名付けて闘うことができた。与党が勝てたのは、核やミサイルで挑発的な姿勢をとり続けた北朝鮮のお陰だ。Jアラートは頼もしい武器になった。ところがどうしたことだ。南北会談で一気の平和ムードだ。これでは、軍拡の口実もなくなる。防衛予算の拡大もできない。9条改憲進展も棚上げになってしまうではないか。下手をすると、国民世論は、「安倍こそ国難」と盛り上がりかねない。

今こそ、自衛隊増強と改憲の絶好の機会だったはずではないか。「アベのいるうち」「両院の改憲派議席が3分の2あるうち」が千載一遇のチャンスだったはず。このままでは、みすみすとその好機を逃してしまいそうだ。何とかしなければならないが…、よい考えも浮かばない。ああ、腸がキリキリ痛むばかりだ。これが、断腸の思いというものだろうか。
(2018年4月30日)

ありがとう。みんなあなたのおかげです。

叩かれ続けて逃げまくり
それでも選挙に勝てたのは
北朝鮮のおかげです
核とミサイルぶっ放す
金正恩さんよありがとう

改憲発議の議席数
危ない選挙でとれたのは
北朝鮮のおかげです
核とミサイルもてあそぶ
金正恩さんよありがとう。

防衛予算を拡充し
兵器をたくさん買えるのも
北朝鮮のおかげです
核とミサイル大好きな
金正恩さんありがとう

憲法9条改正し
ああ堂々の自衛隊
国防軍にもできるのは
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

大浦湾を埋め立てて
辺野古の新基地作るため
デモ隊弾圧できるのも
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

ホントは誰が悪いのか
ホントは誰のおかげやら
かんがえ出すと難しい
それでもこの際
当てつけに
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

甘い日本だけでなく
渋い韓国ともどもに
兵器買わせてボロ儲け
こんな商売できるのも
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

平和な世界は儲からぬ
緊張緩和は儲からぬ
テロがなくては儲からぬ
儲けのタネをばらまいた
北朝鮮よありがとう
金正恩さんありがとう
ホントにホントに
ありがとう。

なにをおっしゃるトランプさん
それにくっつくシンゾーさん
平和でこまるはお互いさまよ
緊張あるから国がもつ
緊張あればの権力安泰
お二人さんには大感謝
トランプさんよありがとう
シンゾーさんもありがとう
ホントにホントに
ありがとう。
(2017年11月9日)

トランプを歓迎した日本政府と、トランプに抗議する韓国の民衆。

歓迎すべからざる不作法な人物が、慌ただしく東から来て、名残惜しげに西に去った。
ほぼ48時間の滞日中のなんとも不躾な振る舞いは、とうてい大国の大統領とは思えない。どう見ても、ふてぶてしい殺戮兵器の悪徳商法セールスマン。自分で戦争の緊張を煽っておいて、心配だろうから際限なく武器を買えという、この上ない厚かましさ。

この厚かましい悪徳セールスマンに、プライドを捨てて腰をかがめ、にやけた表情を崩さなかった情けない男が、我が国の首相である。これまた、一独立国のトップの姿とは思えない。まことに、ジャイアンとスネ夫の関係を彷彿とさせる。

イバンカ、トランプ、メラニーのもてなしぶりは、屈辱以外の形容をもたない。日本国民として赤面せざるを得ない。

そのトランプの世論調査による支持率について、米紙ワシントン・ポストが5日伝えるところでは、「過去70年で最低 支持率37%」だという。「就任から同時期の過去約70年の歴代大統領で最低の37%だとする世論調査結果を発表した。不支持率は59%だった。」「35%が業績を高く評価すると答えたが、65%は否定的な見解を示した。前政権が導入した医療保険制度(オバマケア)の見直しなど重要公約が軒並み停滞していることが主因。北朝鮮対応で、51%がトランプ氏を『全く信用できない』とした。」

アメリカ国民の過半が『全く信用できない』というトランプとの会見の結果が、以下のとおりである。
「この2日間にわたり、ドナルドと国際社会の直面する様々な課題について、非常に深い議論を行うことができました。その中でも圧倒的な重要性を占めたのは北朝鮮の問題です。十分な時間を掛けて北朝鮮の最新の情勢を分析し、今後とるべき方策について、完全に見解の一致を見ました。
日本は、全ての選択肢がテーブルの上にあるとのトランプ大統領の立場を一貫して支持しています。2日間にわたる話合いを通じ、改めて、日米が100%共にあることを力強く確認しました。」(官邸の公式ホームページから)

トランプは、「北朝鮮との戦争を選択肢として排除しない」と明言し、アベは、戦争という選択肢を含んで、「100%共にあることを力強く確認」したというのだ。かたや、なんたる醜悪。そして、こなた、なんたる邪悪。

悪徳セールスマンの本領は、日本に米国製の防衛装備品をさらに購入していくことの押しつけに表れた。トランプはアベに、「非常に重要なのは、日本が膨大な兵器を追加で買うことだ」と具体的な武器の名を挙げてたたみ込み、「そのことが米国での雇用拡大と日本の安全保障環境の強化につながる」とのセールストークを続けた。これにアベは何と答えたか。「日本の防衛力を質的に、量的に拡充していかなければならない」としたのだ。いったい誰の金を使って、誰の命を奪おうというのか。

史上最低支持率大統領を、過剰なオモテナシで歓待したのが日本政府であり、彼にふさわしい対応をしようとしているのが、韓国の民衆である。220余りに上るいわゆる市民運動を糾合して結成された「NOトランプ共同行動」が、7~8日に大々的な反トランプ都心集会を相次いで開催するという。光化門広場-青瓦台周辺-宿泊予定地を動線に合わせてついて行き反米・反戦を叫ぶ計画という。「トランプ国会演説阻止行動」まで予告し警察は最高非常体制となっており、集会の届け出はすでに100件を超えているという。そのスローガンは、「ノー・ウォー、ノー・トランプ」だ。

「戦争反対・トランプ出ていけ」「我々は戦争に反対だ。だから、戦争の危険を煽っているトランプに抗議する」「トランプよ、おまえの存在こそが戦争への危機だ」という含意。

韓国には、1年前に朴槿恵を退陣に追い込んだ「路上の民主主義」が根付いている。その草の根民主主義が、トランプに「ノー・ウォー、ノー・トランプ」を突きつけているのだ。

トランプが日本では歓待受けて居心地よく、韓国では抗議の針のムシロということのようだ。韓国の民主運動の高揚と、日本の民主運動の低迷を思うとき、韓国の民衆に敬意を表するのみである。
(2017年11月7日)

邪悪と醜悪との邂逅ー両悪を育てた両国民の責任を思う

邪悪と醜悪とは、肝胆相照らす仲。その邪悪と醜悪とが、今相まみえて親しげにゴルフに興じ夕食をともにしている。いかなる悪だくみを重ねようとしてのことか。

邪悪とはアベ晋三。日本の平和と民主主義を敵視して数々の壊憲法を積み重ね、いまや明文改憲に乗り出さんとする。

醜悪とは、ドナルド・トランプ。典型的なポピュリスト。理念も理想もなく、権力欲と利潤追求至上主義の権化。

類は友を呼ぶ。邪悪も醜悪も、理性や道理の対極にある。歴史を正視せず、民主主義を票数主義としか理解しようとしない。ともに後ろ暗い疑惑を抱え、真実の光を恐れて暗闇を好む身。でありながら、手を携えて危機を煽って武器商人に儲けの種を播き、その実を刈り取って政権の基盤の強化に使おうととする、その手管相等しく、両悪相い似たり。

醜悪が来日して横田でこう述べ、邪悪がこれに迎合している。
「米軍と自衛隊が肩を並べ、自信に満ち、結びつき、これまでにないほどの能力を持ち、ここに立っている。我々、同盟国の心に自信を吹き込み、同時に、敵の心に恐怖心を食らわす。こうあるべきだと思わないか」

こうあるべきだと思うわけがない。日本は立憲主義の国家だ。邪悪から攻撃されつつも、憲法9条は健在なのだ。その日本で、軍事同盟を吹聴してはならない。仮想敵国を作って、「敵の心に恐怖心を食らわす」などと言ってはならない。そのことを無知な醜悪に教えなければならない。

「敵の心に恐怖心」発言の後がゴルフだとはよい身分。アベ晋三は、腹心の友・加計孝太郎とのゴルフ仲間。ゴルフ場は、悪だくみの舞台としての汚名を雪ぐ間もないまま、今また、ゴルフ場で薄汚い友情が培われようとしている。紳士の競技と言われたゴルフが泣いている。あるいは、ゴルフ場とは、所詮腹黒い紳士淑女の謀議の場か。

しかし、邪悪と醜悪とをここまで大きく育てたのは、日米両国の国民にほかならない。史上最低にして最悪の日米両首脳。その得意げな姿を見せつけられて、心底慚じいるしかない。

ああ
怒りのにがさ また青さ
まことの言葉はここになく
唾し はぎしりゆききする
修羅のなみだはつちにふる
(2017年11月5日)

オーイ、藤原くん。アベ晋三じゃダメだ。

藤原寛一君は、小・中・高を通じて一緒に育った友人。学校生活だけでなく寮生活もともにした仲。高校時代は同じクラブ活動の仲間でもあった。とはいえ、同じ境遇で育って、同じ時代を生きてきても人は同じようにはならないのが面白い。彼からは、ときどき私のアベ批判の口調のとげとげしさをたしなめるメールを頂戴する。彼は、私と違ってアウトドア派の趣味人である。山や花や小鳥の四季をみごとに切りとった写真をネットに掲載し続けている。以下が、彼の自己紹介。

自然が大好きな自由人。山野草の撮影にドップリ。蝶ならぬ私が、花から花へカメラを手に飛び回っています。ホームグラウンドは大阪府・奈良県をまたぐ「金剛山」(1125㍍)。日本100高山のうち39座に登っています。

https://botibotihuu.jimdo.com/

http://kkfuji.exblog.jp/

http://www.h6.dion.ne.jp/~kk-fuji/

その彼が、定年以来、「人生下り坂。どこに向かうもとても楽」と言い続けている。なるほど、「とても楽」が自由人の心境なのだ。うらやましい限りである。

ところで、「人生下り坂」と観念すれば、「とても楽」であると同時に、いまが一番高みにあることにもなる。いまが、できることが多いのだから、今のうちにやっておこうということになるのではなかろうか。

風情のない話に転じるが、おそらくはアベ晋三も「下り坂」の心境なのだろう。もう少し正確に言えば、「ジリ貧」の認識。ジリ貧なら、早いうちにできることはやっておこう。いまの解散が、傷を最小にとどめる良策だとなる。

野党の態勢の不備を見すかし、これに付け込んで、「いまがチャンス」と見たのだろう。公平で正確な主権者の判断を仰ごうという謙虚さは微塵もない。選挙民の判断材料を隠して、とにもかくにも選挙に勝つこと最優先。勝ちさえすれば官軍でいられるというゲスの根性。その人柄がとうてい信用できないということそれ自身を神無月総選挙の重要な判断材料としなければならない。

一方、トランプも同じではないか。アメリカが北朝鮮に対して、軍事的な絶対優位にあることは疑うべくもない。しかし、相対的な優位度はいま縮まりつつある。これも、トランプの目からは、「下り坂=ジリ貧」と見えているに違いない。

危険なのは、「開戦するなら早ければ早いほど有利」「開戦の機は、相対的優位が最大のいま」という判断になりかねないということだ。

軍事力においては、ドーベルマンとチワワにたとえられる両国の関係。チワワがどう吠えようとも、ドーベルマンに噛みつくまですることはあり得ない。しかし、アメリカが「いまのうちに北朝鮮をたたきつぶしておこう」と考える余地あることは否定し得ない。いまなら、北は米本土への核報復の能力を持っていない。「叩くなら、今のうち」ということはありえない判断ではない。

もちろん、北朝鮮は韓国に対する瞬時の報復能力を持っている。日本国内の米軍基地に対してもだ。楽観的に、アメリカが同盟国を火の海にしかねない危ない選択をするはずはない、と信頼してよいだろうか。もしやアメリカは、「いまなら、戦争の火の粉は、同盟国に降りかかっても、アメリカ本土は安全」「ならば、いまこそ行動の時」と考えはしまいか。

トランプの昨日(9月19日)の国連演説。「米国は大いなる強さと忍耐力があるが、米国と同盟国を守らなければならない時、北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢はない」「米国はその準備ができているが、できれば(軍事的行動は)必要でないことを望む」という一節は不気味この上ない。

トランプのテーブルにあらゆる選択肢があるわけではない。軍事オプションは、韓国の国民、日本の国民が許容するところではない。まずは、ドーベルマンに対して、「チワワに噛みついてはならない」と国際世論を喚起しなければならない。窮鼠でさえ猫を噛む危険な存在。噛みつかれたチワワも、近隣諸国民には危険この上ないのだ。

その上で、北朝鮮の瀬戸際政策をも強く批判しなければならない。そうして、国際世論の圧倒的な圧力によって、当事国双方を、時の氏神や近隣諸国をまじえて対話のテーブルに着ける以外にこの危機を解決する方法はない。

トランプに続いて、アベ晋三も国連で対北朝鮮政策を演説するという。伝えられるところでは、トランプへの全面追随で、北朝鮮に対する制裁圧力一辺倒の内容だとか。彼の眼中には、ご主人様トランプ政権だけがあって、韓国や日本の国民の安全はないのではないか。

オーイ、藤原くん。アベ晋三じゃダメだ。安心して「花から花へカメラを手に飛び回って」おられるように、もう少しマシな政権に取り換えようぜ。
(2017年9月20日)

臍を噛むまい。「憂しと見し世も 今は恋しき」と。

永らへば またこの頃や しのばれむ
 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

百人一首でおなじみの藤原清輔の詠。『新古今集』から採られているそうだが、これは恐い歌だ。希望のない、絶望の歌。この頃そう思う。

この先もっと長く生きていて、憲法の理念が輝く民主的な時代を見ることは、どうやらできそうもないようだ。改憲を唱える反動勢力が跳梁するひどい時代と思っている今日この頃だが、この先になって思い返してみると今の時代が懐かしく思い出されてくることになってしまうのだろう。「ああ、あのときはまだマシだった」と。いま、振り返ってみれば、あのときにはムチャクチャだったと思っていた昔の日々も、今に較べればまだマシだったと恋しいほどに思い出されるのだから。きっと同じことが繰り返されるに違いないのだ。

この歌に貫かれているのは徹底した厭世観だ。世の中、今日より明日がよくなるはずがない。これまでも、どんどん悪くなるばかりだったのだから。一昔前に比べて今はなんとひどいことになっているのだろうか。何年か経って、一昔前となったこの頃を振り返ってみても、今よりよくなっていようはずはない。

驚いたのは、ブッシュ大統領親子が共同して、トランプ批判の声明を出したことだ。トランプのやり方が生温いというのではない。その人種差別主義の言動を真っ向から批判している。あのブッシュ親子にさえ、乱暴で非人権的と批判されているのが超大国アメリカの現政権なのだ。悪しきポピュリズム、反知性主義、排外主義、アメリカの独善。あの当時には、「ひどい」、「最悪」と思われたブッシュでさえ、「今は恋しき」対象なのだ。

アメリカだけではない。日本も同様なのだ。55年体制確立以来、自民党政権は長期低落傾向にあった。弥縫を重ね公明党を抱き込み、何とか延命を重ねた自民党。長く、事実上は改憲をあきらめていた。それがどうだ。安倍晋三という、改憲執念勢力の代表各が首相におさまっている。あの当時は、金権、反動、最悪と思われた田中角栄も、中曽根康弘も、「今は恋しき」ではないか。

そして都政だ。石原慎太郎時代には、こんな保守反動の知事は空前であるばかりでなく絶後だろう、と思ったものだ。しかし、どうもそうではなさそうだ。小池百合子都政は、明らかに猪瀬・舛添時代以下だ。もしかしたら、石原時代よりもひどいことにもなりかねない。その理由は、知事子飼いの政党が議会の第一党になっているからだ。それだけではない。石原慎太郎が筋金入りの右翼で、排外主義者で、差別主義者だったことは天下周知のことだった。ところが、小池百合子がなにものであるかについては、よく知られていないという事情もある。

ようやく、大手メディアが小池批判をするようになってきた。本日(8月21日)の毎日「<政治団体>日本「ファースト」どこへ 米国第一のコピペ?」という記事はその典型だろう。

記事の書き出しは、「小池百合子東京都知事の側近、若狭勝衆院議員が設立した政治団体『日本(にっぽん)ファーストの会』が揺れている」というもの。
識者のコメントを連ねる手法で、「『アメリカ・ファースト』とうり二つ 排外主義連想の指摘も」とし、「東京都議選で都民ファーストはいきなり第1党に躍り出た。」「利益誘導型の旧来の自民党政治が顔を出して無党派層の不満が高まるなか、小池氏はポピュリズムをうまく利用し、民進党に代わって『受け皿』になった」「日本ファーストは近隣諸国からどうみられるか。排外主義を連想するなという方が無理だ」「政策決定者である私が決めた。文書としては残していない。『情報公開は東京大改革の一丁目一番地』と言いながら、結局は『自分ファースト』だった」。若狭氏は7月9日の報道番組で新党のスタンスとして「憲法改正が必要というのは共通している。安倍さんとあえて対立構図を作ることはない」と述べた。「自民党との本質的な違いは見えにくい」。

慎重な言い回しだが、「小池百合子を警戒せよ」「小池百合子にだまされるな」という警告である。安倍晋三、橋下徹、小池百合子などのポピュリストに警戒せよ、だまされるな、ということでもある。

私は、心底心配せざるを得ないのだ。安倍晋三のごとき知性に欠けた反文明人の利己主義者を長く首相に据えておく、「この頃」の世の雰囲気についてである。民主主義運用の難しさについてということでもある。もう少し先になって、「素晴らしい憲法だったと悔やむ日が」(8月21日万能川柳欄・浜松よんぼ)としてはならない。「あの頃に世を憂しと見しは、杞憂なりしか」と詠う日が来なければならない。漫然と待つのではなく、その日が来るように努力を重ねなければならない。それは、可能なはずなのだから。
(2017年8月21日)

国際紛争の解決は、武力の威嚇によってではなく、対話によって。

人と人とが争いなく共存することはこんなにも難しいことなのだろうか。

有史以来、人と人とは、あるいは集団と集団とは、生命と種を維持すべく、本能の命じるままのあらゆる欲望の衝突の場面で過酷に争ってきた。が、また一面、人と人とは、生命と種を維持すべく共同体を形成して支えあってもきた。

文明の進歩とは、人と人との争いの契機を小さくし、やがてはなくすこと。これに代わって共同の契機に基づく社会を形成していくこと。そうには違いないのだが、問題は、このあるべき進歩がけっして必然とは言い難いことなのだ。

人は、食料を求め、土地を求め、生産手段を求めて争い、富と財貨を奪い合い、互いに権力的支配を争奪し、信じる神の正統性でも、正義の解釈でも争ってきた。その争いの究極の形が戦争である。戦争の規模とその残酷さは、歴史を経るにしたがって大きくなり、今や人類を滅ぼそうとさえしている。

近代の人間の理性と叡智は戦争を違法化する試みを営々と続け、大戦間の国際連盟や不戦条約、そして第二次大戦後の国際連合を生み出した。さらに、わが国は、15年にもおよんだアジア太平洋戦争の惨禍に対する真摯な反省と不戦の決意の中から日本国憲法を生み出した。日本国民は、戦争による廃墟のなかから、人類の叡智の正統なる承継者として、今後いかなる局面になろうとも、再びの戦争を避け、武力の行使や威嚇を紛争解決の手段とはしない旨を宣言したのだ。

いつ、いかなるときも、この恒久平和の理念を揺るがせにしてはならない。とりわけ好戦的な政府が戦争や軍備への誘惑を語るとき、国民は断固として平和の声を上げなければならない。

国防の必要は、常に邪悪な敵を想定して煽られてきた。かつては、暴支膺懲であり鬼畜米英がスローガンであった。手前勝手に、他国の領土を日本の生命線などと称して、これを守るための自存自衛の戦争の必要が語られた。

戦後は、長く暗黒のソ連や共産中国が仮想敵国であった。そして今、その地位は北朝鮮が担っている。北への不安や恐怖の煽動に乗せられて、恒久平和主義を揺るがせにしてはならない。このようなときにこそ、軍備もその行使も、紛争解決の手段とはなり得ないことを冷静に再確認すべきではないか。

日本国憲法前文は、こう宣言した。「日本国民は、…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。決意した、とは中途半端な言葉ではない。あらゆる知恵を使い、勇気をもって、武力によらない平和の追求に徹するとの国家方針を決断したのだ。今ごろになって、オタオタしたり、びくびくすることはない。

子どものケンカも、暴力団の抗争も、国家間の諍いも、基本の構図においてさしたる変わりはない。口ゲンカの応酬が殴り合いになることも、小競り合いが不測の本格的な衝突に発展することもある。見栄を張っての強がりが引っ込みつかなくなって乱闘になることもありがちだ。金正恩とトランプの舌戦も、危険なことに間違いはない。

現実的な選択肢として、わが国のなし得ることとして武力の威嚇も行使もあり得ない。なによりも、米朝両国の危険なチキンゲームをやめさせなければならない。紛争当事者同士が話し合うのが解決の手段だが、なかなか当事者だけではできない。こういうときに、時の氏神としての仲裁者の登場が期待される。

仲介者たりうるのは、国際機関であるか、当事者双方に信頼と敬意をもたれる第三国である。仮に、日本が憲法を忠実に守って自衛隊も安保もない戦後を経験していたとすれば、そのような権威があったろう。しかし、まことに残念ながら日本にはそのような資格がない。国連か、ヨーロッパのどこかか、あるいはロシヤか中国か。対話の仲介に名乗りを上げたらどうだ。

報道によれば、ドイツのメルケル首相が、ドイツの役割について「軍事的な分野ではないところで、ドイツも問題の解決に向けて積極的に関わっていく」と述べている。アメリカ国内でも、米朝2国間の直接対話を望む多くの声があがっている。

日本国内でも、「軍事的対決を避けて対話を」「2国間の直接対話を」「対話の仲介者よ、出でよ」という世論を喚起すべきだ。わが国の政府は、アメリカの傘の下にあって、トランプの威を借りることしか能がない。いたずらに、「北朝鮮=挑発者」の構図から一歩も出ることが出来ない。だから、政府ではなく、憲法九条を持つ国の国民こそが、武力に拠らない紛争の解決に声を上げようではないか。
(2017年8月14日・連続第1597回)

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