澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

映画「主戦場」の異例のヒットを喜ぶ

私は未見なのだが、映画「主戦場」が大きな話題となっている。2019年4月20日公開で、その2か月後の興行成績を朝日新聞は、「東京の映画館では満席や立ち見状態になり、上映後には拍手が起きる『異例のヒット』」と報じている。全国各地に上映館が拡大している。この種の映画としては、紛れもない「最大級の異例のヒット」。世論への影響も小さくない。

テーマは慰安婦問題。劇映画ではなく、多数者へのインタビューを重ねた地味なドキュメンタリー。これがなぜ異例のヒットとなったか。何よりも、異例の宣伝が功を奏したからだ。出演者自らが勤勉な宣伝マンとなって話題作りに励み、この映画の題名や内容や評判を世に知らしめ、多くの人の鑑賞意欲を掻き立てたのだ。制作者の立場からは、こんなにありがたいことはなかろう。

5月30日、この映画の出演者の内の7人が、共同で上映中止を求める抗議声明を発表した。そのうち、3人が共同記者会見をしている。これが、この映画の存在と性格を世に知らしめる発端になった。言わば、これが話題作りパフォーマンスの発端。多くの人は、この記者会見で、こんな映画があり、こんな問題が生じていることを初めて知ることとなった。

「主戦場」を異例のヒットに導いた7人の宣伝マンの名を明記しておかなくてはならない。多くは、おなじみの名だ。ほかならぬこの7名が、映画の出演者として自らが出演した映画の上映中止を求めている。それだけで、映画の宣伝としての話題性は十分。この声明と記者会見で、この映画を観るに値すると考え、映画館に足を運ぼうと思いたった数多くの人がいたはずである。

    櫻井よしこ(ジャーナリスト)
    ケント・ギルバート(タレント)
    トニー・マラーノ(テキサス親父)
    加瀬英明(日本会議)
    山本優美子(なでしこアクション)
    藤岡信勝(新しい教科書をつくる会)
    藤木俊一(テキサス親父のマネージャー)

「共同声明」は、彼らが映画の上映中止を求める理由を7項目にわたって書いている。その7項目のタイトルが下記のとおり。
1、商業映画への「出演」は承諾していない
2、「大学に提出する学術研究」だから協力した
3、合意書の義務を履行せず
4、本質はグロテスクなプロパガンダ映画
5、ディベートの原則を完全に逸脱
6、目的は保守系論者の人格攻撃
7、出崎(監督のデザキ)と関係者の責任を問う

上映や出版の中止を求める場合、普通は「事実が歪曲されている」「事実無根の内容によって名誉と信用を毀損された」とする。表現の自由も、「事実を歪曲する自由」を含まないからだ。しかし、この7項目に、そのような主張は含まれていない。具体的に、真実と異なる表現を指摘できないと理解せざるを得ない。

毎日「夕刊ワイド」が詳細に報じているとおり、「『主戦場』は、出演者の発言と表情を克明に追う。抗議声明に名前を連ねているケント・ギルバート氏は3月の試写会鑑賞後、毎日新聞の取材に対し『取り上げる意味のない人物の発言を紹介している』と批判を加えた一方で、自身の発言部分については『まともに取り上げてくれています。それは大丈夫です』と話している。」というのだ。

藤岡信勝は「学術研究とは縁もゆかりもない、グロテスクなまでに一方的なプロパガンダ映画だった」と強調したというが、本来プロパガンダ映画作りも、表現の自由に属する。

その上、「商業映画への出演は承諾していない」「大学に提出する学術研究だから協力した」「合意書の義務を履行せず」の主張は、彼らにとって旗色が悪い。

一方、デザキ氏と『主戦場』配給会社の東風は6月3日、東京都内で記者会見した。デザキ氏は、出演者が「撮影、収録した映像、写真、音声などを私が自由に編集して利用することに合意する合意書、承諾書に署名した」と指摘した。藤岡氏ら2人については、公開前の確認を求めたため、昨年5月と9月に本人の発言部分の映像を送ったという。その後、連絡がなかったため大丈夫だと考えたという。デザキ氏は、出演者には「試写会」という形で一般公開される前に全編を見てもらう機会を与えたとも強調した。(週刊金曜日)

にもかかわらず、6月19日、この7人のうちの5人(ギルバート、マラーノ、山本、藤岡、藤木)が原告となって映画の上映差し止めと計1300万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。どういうわけか、櫻井よしこ、加瀬英明の二人は、提訴をしていない。

いずれにせよ、勝ち目を度外視したにぎやかな提訴がまたまた話題を呼び、この映画の社会的関心を盛り上げることに成功している。有能な宣伝マンたちの、献身的な行為と賞讃せざるを得ない。

なお、朝日の報道に、原告らは「映画で『歴史修正主義者』『性差別主義者』などのレッテルを貼られ、名誉を毀損(きそん)された」とある。

フーン。彼らにも、歴史修正主義者』『性差別主義者』などは、名誉を毀損する悪口だという認識があるのだ。

「歴史修正主義」とは、歴史的事実をありのままに見ようとせず、自らのイデオロギーに適うように歴史を歪めて見る立場をいう。イデオロギーに、事実を当てはめようという倒錯である。典型的には、「天皇の率いる日本軍が非人道的な行為をするはずがない」という信念から、「従軍慰安婦などはなかった」とする立場。あるいは、日本という国を美しいものでなくてはならないとする考え方から、日本の過去の行為はすべて美しいものであったという歴史観。原告ら5人は、この映画制作進行の過程で、こう指摘される結論に至ったのだ。その過程が示されていれば、名誉毀損にも侮辱にも当たらない。

また、「性差別主義者」についてである。「例えば、上映中止を求めている一人の藤木俊一氏。『フェミニズムを始めたのは不細工な人たち。誰にも相手にされないような女性。心も汚い、見た目も汚い』との内容を語る様子がスクリーンに映し出される。だが、記者会見でこの発言について確認を求められた藤木氏は『訂正の必要はない』と述べている。」(毎日・夕刊ワイド)

『主戦場』という映画のタイトルは、いまや日本でも韓国でもなく、当事国ではないアメリカこそが、この論争の主戦場になっているという、映画の中での右派の言葉からとったものだという。

あるいは、これまでの論争を総括し集約して、このスクリーンこそが従軍慰安婦問題の主戦場である、という主張なのかも知れない。いや、スクリーンにではなく現実の社会の論争喚起にこそ主戦場がある、との含意かも知れない。何しろ、安倍晋三を首相にしているこの日本の歴史認識状況なのだから。

この映画と映画をめぐる諸事件が、従軍慰安婦問題論争に火をつけ、活発なメディアの発言が続いていることを、歴史修正主義派を糾弾する立場から歓迎したい。
(2019年6月21日)

安倍イラン外交の成果なし ー 「手みやげなく手ぶらの使いが、成功するわけはない」

安倍晋三がイランを訪問した。アメリカとイランの緊張が高まっている中での注目の外交ではあった。タイミングとしては上々の舞台設定。衆目の一致するところ、安倍はトランプの使いっ走りではあるが、それなるがゆえの期待もあった。

安倍とその取り巻きは、本日(6月14日)の各紙トップに、アベ外交成果の記事が躍っていることを夢みていたのかも知れない。アメリカとイラン、その間を取りもって平和的な解決への道筋をつけることができれば、それは明らかに評価に値する。しかし、夢は所詮夢でしかなかったようだ。本日の大ニュースは、むしろホルムズ海峡でのタンカー攻撃と被災だった。「首相訪問に冷や水」(産経)の文脈での報道。

トランプの、イラン核合意からの一方的な離脱と経済制裁は不可解千万。誰が見ても、真っ当な国のすることではない。イランの怒りはもっともというほかはない。ところが関係国のどこにも、アメリカをたしなめる権威がない。イラン核合意の当事国とは、P5(米・英・仏・露・中)と、ドイツ・EUである。このズラリ並んだ世界の大国が、トランプという粗暴な人物の粗暴な振る舞いを静止できないのだ。

そこで、関係国でない日本の、トランプの使いっ走りに期待が集まった。溺れる者にとってのワラの一本である。「もしかしたら、トランプは振り上げた拳の下ろしどころに苦慮しているのではないか」「面子を保ちつつ、イランとの関係修復の路を安倍に託したのではないか」という期待である。

しかし、この期待は空振りだった。仲介者が交渉をまとめるためには、交渉材料の仕込みが肝要である。反米感情沸騰のイランの指導者を宥めるだけの交渉材料。その「手みやげ」を秘めての外交ではないかとの期待だったが、裏切られた。安倍がトランプから、事前に何らかの譲歩の提示を託されたとは見えない。

アベに提灯の常連を除いては、安倍外交の成果についての大方の見方は厳しい。「失敗」「成果ゼロ」「いつもの、やってる振り」というあたりが常識的な見方。

毎日の評価は、「日本は対話の糸口を探ったが、『仲介』に向けた戦略は練り直しを迫られている。」 というもの。このあたりが穏当なところだろうが、実は練り直すべき、もともとの「戦略」があったとは考え難い。無手勝流で、取りあえず交渉してみたが、なんの成果もなく、初めて「戦略が必要」なことを悟った、というところではないか。要するに、手みやげなく、手ぶらの使いだったわけだ。

安倍の立場は、トランプのメッセンジャーボーイであって、それ以上でも以下でもない。安倍は、トランプと対決してトランプを説得しようとの気概はない。日本の首相の権威のないことを嘆かずにはおられない。

仮に、日本が真の平和国家としての信任を各国から得ていたとしたら…、いかなる国とも平等対等の平和外交を貫いていたとしたら…。日本の外交力は、もっと強力なものとなっていたはずではないか。

田中浩一郎・慶応大大学院教授(政策・メディア研究科)が、イランの期待に応えずとして、毎日紙上に解説している。分かり易く、納得できる内容。とりわけ、イラン側からの見方が鮮明である。部分的に引用して、ご紹介しておきたい。

「イランは米国による経済制裁の影響で国内経済が厳しい状況に置かれており、日本に対して主要財源である原油の輸出を可能にしてほしいと期待していた。しかし、首脳会談後、記者発表をするロウハニ大統領の表情は硬く、事態が大きく動くようなことはなかったと思う。安倍首相も用意された文書通りに話している印象だった。」

「イランからすれば、勝手に核合意から離脱し国際秩序を乱しているのは米国だ。米国の言う通りの形で直接対話に応じることはない。しかし、経済的には苦境が続く。そうした状況下で得た機会が、今回の安倍首相の訪問だった。」

「根本的な問題に対処するなら、日本が米国との仲介役として、イラン側にも信頼を得ることだ。そのためには米国に核合意復帰を約束させることだが、それができない以上、米国が禁じたイラン原油の輸入を日本が続けることを通じ、日本の中立的な立場を明確にする必要がある。だが、今回、日本はそこまで踏み込めなかった。」

「もともと米国に対して厳しい姿勢を示しているハメネイ師を、日本が『手ぶら』で翻意させるのは無理だ。米国が一方的に振る舞っているのに、なぜそれに従わなければならないのかと思うのは、主権国家として当然だ。」

「日本の外交努力が今回限りではなく、継続するプロセスであることを示しておく必要がある。トランプ米政権の中でも特に強硬なボルトン大統領補佐官らに、『日本のようなイランと特別な関係を持つ国まで乗り出してきたのに、イランは交渉に応じなかった。外交の季節は終わり』と、軍事的な対応を始めるアリバイ作りに使われる危険があるからだ。」

一々、もっともである。「トランプと親密で、トランプと価値観を同じくし、トランプの手先に甘んじる外交」の功罪を、もっとリアルに見つめ直さねばならない。政権も、国民も。やがて、トランプが世界から指弾されて失脚する日が必ず来る。そのとき、日本もトランプの同類として指弾の対象とされてはならないのだから。
(2019年6月14日)

お遊びとお食事に、遠路はるばるようこそ。

トランプが日本列島に不快な熱波を運んできた。暑苦しくて寝苦しくて鬱陶しくて、不愉快極まりない。

私は、長くアメリカの民主主義の伝統には、深甚の敬意を惜しまなかった。さまざまの欠点はあっても、学ぶべきところの多い国。近年その敬意は次第にしぼんではきたものの、オバマの時代まではかろうじて持ちこたえた。が、トランプの出現によって、アメリカに対する敬意はまったく消え失せた。こんな、知性を欠いた、自分勝手で粗暴な男が、世界の大国の大統領だという。危険極まりない。

日本はアベ。アメリカはトランプ。兄たりがたく、弟たりがたし。民主主義そのものに、懐疑的とならざるを得ない。

一昨日(5月25日)、江川昭子さんが「明日の国技館、せめて心ある相撲ファンの方による、短くていいから、力強い『Boo!』の一声が出るように祈りたい。」とツィートして、話題になっている。アベご一統は別にして、心ある人なら皆同じ思いだろう。

とは言え、レイシストでも粗暴でも国賓ではある。大国の現職大統領には違いない。それなりに、応接しなければならないという意見もあろう。その際には、面従腹背で行くしかない。たとえば、次のようにご挨拶を。

 この度、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ閣下が、令夫人と共に、我が国を御訪問になりましたことを心から歓迎申し上げます。今宵、大統領御夫妻をこの晩餐会の席にお迎えすることができ、たいへん嬉しく思います。

 つらつら思えば、我が国が、鎖国を終えて国際社会に足を踏み出したきっかけは、今から166年前の1853年、貴国の軍艦4隻が浦賀に来航して、いわゆる砲艦外交の威嚇をもって、開国・開港を迫ったからにほかなりません。

 300年の平和を満喫していた我が国の民は、サスケハナを旗艦とする4隻の「黒船」の武力を恐れ、貴国をはじめとする世界の列強に屈しました。こうして、まずは翌年の1854年に、貴国との間で日米和親条約を締結し、次いで通商条約を締結しました。それ以来、我が国は、長く列強との不平等条約の撤廃に苦難の道を歩まざるを得ませんでした。

しかし、我が国は貴国から受けた仕打ちを教訓とし、立場を代えて近隣諸国に同様の仕打ちをすることに成功いたしました。こうして、我が国は世界の列強の仲間入りをするまでになりました。

これを快しとされない貴国とは、ついに戦火を交える関係となり、日本にも責任があるとは言え、貴国は日本の各都市に容赦ない空襲を重ねて国民を殺傷し、沖縄地上戦では10数万に及ぶ現地住民の犠牲を余儀なくさせ、さらには広島と長崎に史上初めての原爆投下までされました。

しかし、戦後、日米両国とその国民は、様々な困難を乗り越え、相互理解と信頼を育み、今や太平洋を隔てて接する極めて親しい隣国として、強い親分・子分関係の信頼の絆で結ばれております。

たとえば、一夜にして10万人の焼死者を出した1945年3月10日の東京大空襲。無辜の東京市民を徹底して焼き尽くす計画を練り上げた、カーチス・ルメイ将軍に対して、戦後の日本は最高の名誉ある勲章を差し上げて、その功績をねぎらっています。

日米の友好関係は、今や最高潮に達していると言って過言でありません。その象徴が、沖縄の辺野古新基地建設問題。地元の沖縄県民が、どんなに反対しようとも、日米両政府は固い結束のもと徹底して馬耳東風。いささかの痛痒もなく、動揺もありません。日本国政府が責任をもって貴国の軍事基地建設に余念がないのです。

このような関係を築いて参りました貴国に、私どもは、懐かしさと共に、特別の親しみを感じています。とりわけ、トランプ大統領と安倍首相。ともに、凡庸で国民からの信頼や尊敬とはほど遠い人物でも、現に一国のリーダーが務まるのだという実例をお示しになられて、多くの人たちに希望と親しみを感じさせていらっしゃいます。まことに慶賀なことと存じます。

日本は、今、緑の美しい季節を迎えています。もっとも、大統領御夫妻の御滞在の期間だけが、過去に例のない5月の熱波のようでございます。それでも、おやりになることは、ゴルフと相撲に炉端焼き。お遊びに来られご様子ですから、せいぜい楽しくやってください。

なお、まだ我が国にはカジノはございません。次回お越しの際には、良識ある国民の反対運動を蹴散らして、トランプ大統領に巨額の献金をされているあの業者のカジノができているかも知れません。それをお楽しみに、またぜひお越しください。

では、日米両国における似た者どおしの政権が一日も長からんことを祈念して杯を挙げたく思います。
(2019年5月27日)

「華氏119」が語りかける重い課題 ― 「民主主義は再生できるか」

話題の一作、マイケル・ムーアの『華氏119』を観てきた。日本での公開が今月(11月)2日だから、比較的早い時期の観客となったわけだ。旧作『華氏911』は、「9・11後」のアメリカを描いて話題になっが、今回の題名の「119」は、トランプ当選の2016年11月9日後の、分断され荒廃したアメリカを描いたもの。事態はさらに深刻になっている。

中間選挙を目前の封切りは、一見「トランプ弾劾・民主党支持」キャンペーンの意図を感じさせるが、その程度の軽い内容ではない。これは、一面本質的に資本主義の本質を抉る過激な主張がなされていると同時に、民主主義に未来はあるのか、という深刻な問いかけがなされている。いや、既にトランプとその支持者は民主主義を破壊した。正確には、「民主主義は再生できるか」と言うべきだろう。絶望が主調で気が滅入るが、希望の芽を若い世代と女性の行動に見出そうとしている。

最後に印象的なナレーションがある。「ここまで事態を悪化させたのは『希望』だ。憲法があるのだから『希望』はある。選挙に事態を改善する『希望』がある。民主党に、オバマに、司法に、民意に、理性に、文明に、まだ事態を改善する『希望』が残されている。人々が、こう考えている内に、事態は後戻りできない寸前まで悪化してしまっている。今求められているのは、『希望』を語ることではない。『行動』を起こすことだ」という。正確な言葉の再現はできないが、趣旨はそういうことだ。

この映画は訴える力を持っている。このように編集されて事実を突きつけられれば、トランプという存在が、邪悪そのものであることが深い確信にまで至ることになる。しかし、その邪悪は、「11・9」に突然躍り出たものではない。それが、マイケル・ムーアの主張となっている。

トランプ前のミニ・トランプとして、オバマ政権時代のスナイダー・ミシガン州知事の邪悪ぶりが取りあげられている。その典型が、GEの城下街フリントでの水道管鉛中毒事件。(フリントはマイケル・ムーアの出身地でもある)。そのウソとごまかし・隠蔽体質は、アベ政権もかくやと思わせる悪辣さ。住民の抗議が高まるなか、大統領オバマが現地に入る。住民は、ヒーローが住民を助けに駆けつけにきたと涙の大歓迎をするが、…彼は窮地の知事の側に立って住民を宥めるだけ。鉛入りの水道水をほんの少し舐めるだけの演技をしてみせだけで、結局何もしない。オバマが、住民に与えたものは、無力感と政治への絶望とだった。

邪悪なトランプの登場を準備したのが、ビル・クリントンであり、オバマであり、ヒラリーであった。これがこの映画の筋立てである。言わば、トランプこそが邪悪のスーパースター、大悪魔。それと対立するように見えながらも、同じ魔界に、民主党も、ビル・クリントンも、オバマも、ヒラリーもいる。これまでは、小悪魔どもが跳梁していたが、いよいよ邪悪の権化である大悪魔が登場してきたのだ。

邪悪の本質は、飽くなき利潤追求を是認し、巨大企業や大富豪がさらに肥え太る基盤整備を最優先して、圧倒的多数者の貧困も環境破壊も人権も意に介さないということにある。この点において、民主党もトランプと変わりがないではないかという、厳しい批判がなされている。

もう一つの邪悪は、多数派の人々の中にある差別や偏見に自制を求めるのではなく、これを煽り、自らもその先頭に立つことによって支持と票を獲得し、政治的基盤を築こうという手法。トランプは、徹頭徹尾この手口で今のところ成功してきた。民主主義の負の側面を見せつけられる思いである。

マイケル・ムーアの観る社会と政治の構造はこうなっているに違いない。
一方の極に、一握りの大企業・大富豪がいる。他極に圧倒的多数の民衆がいる。そして、その間に今は少数となった中間層がある。格差は無限に広がりつつあり、大企業・大富豪の富の蓄積は経済的・社会的・政治的支配力となっている。中間層は、富豪層に取り入った下僕として民衆支配の道具になり下がり、圧倒的多数の民衆の生活状況は極端に追い詰められている。

この三極の構造を頭に置いて、民主党の立場とは、誰の利益の代弁者であるか。明らかに大富豪層の利益を代弁してきたではないか。クリントンも、オバマも、ヒラリーも、ウォール街から巨額の献金をえて、その見返りの政策を実行してきたではないか。これがこの映画の最も言いたいこと。だからヒラリーは選挙に負けた、だけでなくトランプ登場の舞台を掃き清めたのだ。トランプは、ヒラリーを「ウォール街の代弁者」と攻撃して、票を積み上げたのだから。

ナレーションに幾度となく、「リベラル」が出て来る。あるいは、「既成のリベラル派」。否定的な存在として語られている。ニューヨークタイムズもCBSも、である。所詮、民主党を支持しトランプの野蛮を批判していた彼らも、富豪層に取り入った民衆支配の道具ではないか。

共和党も民主党もトランプも、大多数の民衆の代弁者となっていない。マイケル・ムーアの希望は、予備選でヒラリーに勝っていたはずの、サンダース支持層に向けられる。これまで無名の市井の人が、中間選挙に立候補を表明して素人っぽく、政治活動を始めた姿が映し出される。彼ら彼女ら(多くは女性)が、「民主党を乗っ取る」という姿勢が好もしい。

マイケル・ムーアは、「この国(アメリカ)は本来左派の国」だという。一般の民衆の意見は、すべてのテーマについて、圧倒的に「民主社会主義」的だとも。ところが、議会がそうなっていないのは、選挙制度の問題と、人々のあきらめが問題だという。「『希望』を語るのではなく、行動を」。財界からカネをもらわない、民主党内の新興勢力に温かい目が注がれている。

もう一つの希望は、若者たちである。銃規制に立ち上がった高校生の運動は、本来政治的なものではなく、政治思想とも無縁だ。しかし、彼らは同級生が銃で殺されたことから、行動に立ち上がり多くのことを学んだ。「デモを止めて学校に戻りなさい」という校長の言い分に何の根拠もないこと。「校則違反というけど、全員退学なんてできっこないでしょう」という勇気を。そして、この銃規制が実は政治問題であることも。

彼らはよく分かっているのだ。政治が、多額の献金をしている全米ライフル協会の意向で動いていることを。共和党の議員が、その手先となっていることも。その行動力が、明日への希望である。

マイケル・ムーアは、最後に過去のナチスの画像を映し出して、ヒトラーとトランプとを重ねている。何とまあ、よく似た主張、よく似た政治手法。「最も先進的なドイツ。最も民主的で文化的で科学的なその国で、ファシズムが成立した」「誰もが、その直前まで、そんなことは予想もしなかった」という警告が耳に残る。

若者よ。学生よ。高校生よ。ぜひとも、あなた方にこの映画を観ていただきたい。強くお薦めする。この映画を観て、思うところを語り合ってもいただきたい。この映画に、民主主義先進国アメリカの実態が映し出されている。なぜこうなっているのか。日本とは、どこが同じでどこが違うのか。ナチスドイツが、国会議事堂放火の謀略で緊急事態を自ら作り出し、共産党を弾圧して独裁を達成したことが語られている。米・日とも、そのような事態への警戒は不要だろうか。なによりも、民主主義は正常に機能しているだろうか。漫然と投票しているだけで、よりよい社会が作られていくだろうか。民主主義を健全に機能させる条件とはなんだろうか。いま、トランプのアメリカにも、アベ政治の日本にも、その条件が欠けてはいないだろうか。

トランプの差別容認に苦しめられている人々は、「憲法があるのに負けた」と語っている。憲法はあるだけでは紙に書いた文字に過ぎない。この理念を活かす行動が必要ではないか。この映画に出て来る、「行動に立ち上がった」人々のなんと生き生きとした表情。マイケル・ムーアは、素晴らしい映画を作った。もちろん、「民主主義を再生する」ために、である。
(2018年11月4日)

アメリカの若者に社会主義旋風。さて、わが国では?

昨日(9月25日)の赤旗、1面左肩に「米 若者が社会主義旋風」「格差問い予備選で番狂わせ次々」と大きな見出し。さらに3面にも大きな見出しの大型記事が続いている。「社会主義旋風起こす米国の青年」「わたしたちは資本主義の失敗をこの身で知った」「学生ローンに就職難、二大政党制への怒り…。」「国民の声を聞け」「多額の企業献金、ゆがむ政治」。そして、「『共産主義=悪』は古い価値観」。見出しを読むだけで、ほぼ内容かつかめそう。

アメリカ国内で若者の間に社会主義への共感が広がっていることは、以前から話題になっていた。民主党予備選でクリントンを激しく追い上げたサンダースの活躍が実に印象的だった。その「サンダース現象」は一過性のものではなく、2年を経て、11月中間選挙で再び旋風を起こすことになりそうというのだ。あの「サンダース現象」を担った多くの若者たちによって。
赤旗の記事は、現地特派員の記事。その一部を抜粋する。

「今中間選の新たな象徴は、28歳女性の「民主的社会主義者」です。2年前、サンダース氏の選挙運動に参加していた新人アレクサンドリア・オカシオコルテス氏は、6月26日、東部ニューヨーク州の下院予備選挙で、10期にわたり議席を保持し、民主党の次期下院トップと目されてきたベテラン現職を破りましだ。選挙戦で同氏は公立大学・学校の授業料無料化、国民皆保険制度の実現など、労働者目線の政策を訴え、36ポイント差で圧倒的劣勢とみられていた情勢を13ポイントの差をつけ逆転。予想外の勝利で政界に衝撃を与得ました。」

産経も引用しておこう。今年(18年)7月12日の「ウエートレスだった『非エリート』が現職を破った! 『怒り』の代弁者の勝利は続く」というタイトルの記事。

「お目当ては中間選挙に向けたニューヨーク州の民主党予備選(6月26日)で、重鎮の現職下院議員を破ったアレクサンドリア・オカシオコルテスさんだ。1年前までウエートレスとして働いていたヒスパニック系の28歳の女性が演じた大番狂わせは全国区のニュースとなり、時の人となった。
選挙から数日後、同地区にある小さな選挙事務所を訪れると、オカシオコルテスさん本人がいた。「日本の記者です」と自己紹介すると、気さくな笑顔で迎え入れてくれた。取材は「時間が取れない」とNGだったが、チャーミングでカリスマ性のある雰囲気に、一瞬にして引きつけられた。
急進左派の政策を掲げるオカシオコルテスさんは、自らを労働者層の擁護者と位置づけ、エリート層の現職候補との対決を「人々とお金の戦い」との構図を描き、勝利をものにした。
「移民・税関捜査局(ICE)の廃止」を訴え、トランプ大統領への批判も容赦ないが、皮肉なことに、2人には共通点も少なくない。反エリート主義で支持を伸ばし、大口献金に頼らない選挙戦を展開した。
米国人は「怒り」を抱え、その代弁者が勝利する。大統領選からの潮流は変わらない。(上塚真由)」

この記事を書いた産経記者は、アメリカ社会の「非エリート対エリート」の対決構図を描き、「非エリートの怒り」が彼女の勝利を支えたとみた。さすがに産経の記事には、社会主義は出てこない。しかし、赤旗の見方は異なる。若者たちの不満が資本主義そのものの批判に向けられているという報道である。

最も大きな活字の見出しは、「わたしたちは資本主義の失敗をこの身で知った」というもの。「資本主義の失敗」には、やや違和感がある。資本主義とは人の手によって設計されたものではなく、歴史的なある段階で生成した経済構造の現実である。その欠陥はだれかの「失敗」に帰せられるものではなかろう。が、「私たちの世代は、資本主義の失敗を、身をもって経験している」と、若い活動家が言えば、まことに説得力のある言葉となっている。そうだ。資本主義は失敗したのだ。いまや、これに代わるものが必要なのだ。

赤旗は、アメリカ最大の社会主義組織DSA(「米国民主的社会主義者」)の紹介に紙幅を割いている。16年秋には8500人だったこの組織が、この9月に会員が5万人を突破したという。そして、サンダース旋風以来、DSAを物足りないとする若者のアメリカ共産党入党が増加しているという。

今年(2018年)8月のギャラップの調査では、資本主義を好ましいとした若者(18~29歳)45%に対して、社会主義を好ましいとした者が51%にのぼっているという。これは、驚くべきことではないだろうか。

アメリカの若者は怒り、『共産主義=悪』の古い価値観に縛られずに社会主義運動に参加しつつあるのだという。その動きが、今、中間選挙を変えようといている。

さて、ひるがえって日本の若者はどうだろうか。アベに安全パイと思われているようでは情けない。ネトウヨが跋扈し、嫌韓・反中誌やアベヨイショ本が店頭に氾濫する現象は、アベ支持の国民が作り出したものだ。若者の投票行動が保守化著しいとされるのは、いったい何が原因なのだろうか。

若者よ、せめてだ。君の親くらいには社会に怒れ。国政を私物しているアベを批判せよ。社会主義・共産主義を好ましいとまでは言わずとも。

(2018年9月26日)

ウッドワード・オバマ・ムーアらの「言葉」は、トランプの岩盤支持層に届くだろうか。

ドナルド・トランプは、御難続きである。すべては身から出た錆であり、因果応報として甘受せざるを得ないところ。

ボブ・ウッドワードの内幕本「Fear」では「小学5、6年の理解力しかない」と秘密を暴かれ匿名の政府高官によるニューヨーク・タイムズ紙への寄稿でも厳しく批判された。大統領の人格と政策を「衝動的かつ敵対的、狭量で効果がない」という政権内にいる多数の高官がトランプ大統領の言動の危うさを認識し、大統領が掲げる政策について実現を阻止しようと政権内で画策してきた、ともいうのだからトランプが怒るわけだ。

これまで発言を控えてきたオバマが、これに追い打ちをかけている。「トランプは、敵意と恐怖で国民をあおっている。トランプの下で「健全な民主体制」を支える三権分立が機能しなくなっている。世界の国で唯一、パリ協定から脱退した」、などと批判し、「トランプ擁護の共和党はもはや保守とはいえない。過激派だ」とまで言ったのだから、よほどの覚悟。

そして、本命は、常に話題作を提供するマイケル・ムーアの最新作だ。原題「Fahrenheit 11/9」。これが、邦題「華氏119」として11月に全国で放映される。これが見物だ。中間選挙を前に、トランプに頭の痛い作品。

ムーアの2004年作品が、「Fahrenheit 9/11」。これが「華氏911」の邦題になった前例を踏襲しての「華氏119」。「華氏911」は、9・11同時多発テロをきっかけにしたイラク戦争の批判だが、ブッシュ(子)政権に対する痛烈な批判でもある。今度の「華氏119」は、それ以上に徹底したドナルド・トランプ批判だという。

「華氏119」の「華氏」は、ブラッドリーの小説「華氏451度」からのイメージ借用。書物の燃え上がる温度だという、デストピアの暗喩。「119」は、トランプが大統領選で勝利宣言をした2016年11月9日を意味している。この日が、知性も理性も燃え尽くすデストピアの始まりという意味なのだろう。

そういえば思い出す。あの大統領選のさなか、ムーアは大手メディアの予想を真っ向から否定して、「残念ながらトランプが勝つ」と言っていた。

ムーアによれば、「トランプは“悪の天才”。感心するほどの狡猾さを持っていて、トランプを笑う私たちでさえ彼の術中にはめられている」という。彼は、本作でそのトランプを当選させたアメリカ社会に斬り込むとの前評判

キャッチコピーは、次のようなもの。
2016年11月9日、トランプは米国大統領選の勝利を宣言―その日、米国ひいては世界の終りは始まった?! なぜこうなった?どうしたら止められる?ムーア節炸裂! 宿命の戦いに手に汗にぎるリアル・エンターテイメント!

これが、第43回トロント国際映画祭ドキュメンタリー部門オープニング作品として現地時間9月6日夜に初上映された。話題性十分で、11月中間選挙の結果をも左右しかねない。

しかし、あんなトランプをホワイトハウスの主たらしめているのは、実はアメリカ国民の支持である。彼の明らかな失策にも揺るぎを見せない岩盤支持層あればこそである。まさしく、こんなアベ政権を続けさせている我が国の不幸な事態とまったく同様の構造なのだ。

さて、どうしたら、オバマのいう「健全な民主体制」を取り戻すことができるのだろうか。到底楽観し得ない。トランプやアベを支持する国民層に届く言葉を発し続ける工夫と努力を継続するしかないが、今のところ、われわれはその成功の展望を見出し得ない。「トランプやアベを支持する国民層に届く言葉」を探しあぐねている段階ではないか。ウッドワード・オバマ・ムーアらの「言葉」は、そのような観点から、有効なものとなりうるだろうか。
(2018年9月9日)

トランプと「カジノ王」肝いりのカジノ法案

「盗人にも三分の理」という。この「盗人」の読みは、貧者から盗む奴には怒りと侮蔑の念を込めて「盗人(ぬすっと)」と読まねばならず、金持ちからの窃盗犯には穏やかに「盗人(ぬすびと)」と読むべきだろう。「盗人(ぬすっと)」と「盗人(ぬすびと)」、それぞれの「三分の理」の内容には自ずから異なるものがある。大金持ち専門の盗賊は「義賊」ともなる。この世に格差がある限り、「盗人の理」も永遠不滅と言わざるを得ない。落語「花色木綿」に出てくる「貧の末の出来心」というあの言い訳。

「盗人に三分の理」とは、「三分しか言い訳できない」ことでもある。この点は、博打も同様。確率から言えば、必ず損をするのが博打。その点憐れではあるが、相手の懐にある金を我がものにしようという点では、盗人と変わるところはない。博打を賭博と言っても賭け事と言っても、あるいはカタカナ語でカジノと言い換えてもまったく本質は同じこと。

賭場では、お互いに他人のカネをむしり合う。このむしり合いを煽り高みで眺めながら、テラ銭を稼ぐのが胴元。リスクなく利益だけをむさぼるという点で、割のよい商売だが、それだけにタチが悪い。刑法では、賭博場開張罪として重く罰せられる。歴とした犯罪者である。
「賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する。」(刑法186条2項)

賭場開帳者と言っても、カジノ経営者と言っても同じこと。人の不幸を作り出してテラ銭を掠めとる蔑むべき犯罪者。やっていることは本来的悪行である。こんな輩に、「一分の理」も語らせてはならない。

本日(7月6日)、参院でカジノ法案が審議入りした。そして、その前提としてのギャンブル依存症対策法が成立した。何ともヘンな話しだ。「食中毒にならないように腐った物の客への提供を禁止する」のではなく、「客の方に、腐った物への耐性をつけさせよう」という法案なのだ。自民・公明・維新が提案者。これを記憶に留めておこう。罪の深いことといわなければならない。

「盗人猛々しい」という言葉さながらに、アベがバクチ解禁の「一分の理」を趣旨説明した。「経済振興」というのだ。バクチで経済振興。博打で観光客誘致。これがまともな政府の言うことか。さすが、戦後民主主義を否定して戦前日本へ回帰のアベ政治。植民地や占領地にアヘンを売りさばいて戦時財政の原資を捻出した没義道国家の再生ではないか。

本日(7月6日)の東京新聞一面トップに、「カジノ法案にトランプ氏の影 きょう参院審議入り」の大見出し。「カジノ解禁を安倍政権が急ぐ背景には、米カジノ業界から支援を受けるトランプ米大統領の影が見え隠れする。ギャンブル依存症の増加など多くの懸念が指摘される法案は結果的に、日本参入を目指す米側の要求が反映された。」という内容。

トランプの有力支持者として、「カジノ王」シェルドン・アデルソンの名が出て来る。「カジノの経営者」だから、わが国の刑法から見れば歴とした犯罪者。「カジノ王」というぐらいだから、多くの博打打ちから莫大なテラ銭を掠めとって来た人物。人の不幸で大儲けをし、さらに儲けようと虎視眈々。

こんな輩が、「大統領選で40億円近い資金援助をし、今秋の中間選挙でも共和党に資金提供を約束していると報じられる。政権の政策にも大きな影響力を持つ。イスラエルのネタニヤフ首相の支援者でもあるユダヤ系で、米大使館のエルサレム移転を歓迎し、費用の寄付も申し出ている。」という。トランプ陣営の何たる醜悪。

17年2月訪米したアベは、「朝食会でアデルソン氏らを前に、前年12月に公明党幹部の反対を押し切って強硬に成立させたカジノを含むIR整備推進法が施行されたことを『手土産』にアピールした。」という。トランプに輪をかけたさらなるアベの醜悪さ。

アデルソンは日本でのカジノ運営に関して、「客への金融サービス実施や面積規制の緩和も求めた。」と口を出した。その後、「政府案に当初盛り込まれていた面積の上限の数値は消え、カジノ事業者が顧客に賭け金を貸し出すことも認めた。米側の要求と一致したと国会でも指摘されたが、政府は日本の政策判断だと強調する。」

カジノで大儲けできるように、掛け金の貸し付けまでやらせようというのだ。こんな法案が国会通るのなら世も末ではないか。

東京新聞の記事は、最後をこう結んでいる。
「立憲民主党の枝野幸男代表は『米国カジノ業者が子会社をつくり運営し、日本人がギャンブルで損した金を米国に貢ぐ。国を売る話だ』と厳しく批判している。」

はて? アベシンゾーとは、真正の売国奴であったか?
(2018年7月6日)

米朝首脳会談の成果を大いに評価する。

6月12日米朝首脳会談は、大仰な「史上初」の「歴史的」セレモニーだった。私は、トランプや金正恩の個人的資質に関する否定的見解を変えるつもりはまったくないが、この会談の成果には評価を惜しまない。そして、この成果を第一歩として、朝鮮半島の非核化が実現し、さらには北東アジアの軍事緊張緩和が進展して真の平和に至ることを切望する。

しかし、アメリカでも日本でも、メディアには辛口の論評があふれている。北朝鮮悪玉論の枠組みからの視点を維持したまま、アメリカの北朝鮮への縛りが不十分ではないか、という論調である。流行り言葉になった「CVID」が盛りこまれていないのは失敗だった、北朝鮮にしてやられた、というわけだ。

本日の主要紙社説はおしなべて、その論調となっている。
朝日が、こう言っている。「その歴史的な進展に世界が注目したのは当然だったが、2人が交わした合意は画期的と言うには程遠い薄弱な内容だった。」「最大の焦点である非核化問題について、具体的な範囲も、工程も、時期もない。一方の北朝鮮は、体制の保証という念願の一筆を米大統領から得た。」「署名された共同声明をみる限りでは、米国が会談を急ぐ必要があったのか大いに疑問が残る。」

読売社説の小見出しをひろうと、「「和平」ムード先行を警戒したい」「合意は具体性に欠ける」「圧力の維持が必要だ」。

産経は、「米朝首脳会談 不完全な合意を危惧する」「真の核放棄につながるのか」「歴史的会談は、大きな成果を得られないまま終わった」「共同声明にCVIDの言葉が入らなかった点について、トランプ氏は「時間がなかった」と言い訳した。交渉能力を疑われよう」という。

毎日も同様だ。「非核化の担保が不十分」「トランプ流の危うさ」として、「注目されたのはトランプ氏が北朝鮮への軍事オプションを封印したと思えることだ。北朝鮮が合意を破った時は軍事行動も考えるかと聞かれたトランプ氏は、韓国などへの甚大な影響を考えれば軍事行動は非現実的との認識を示した。」「米韓軍事演習も北朝鮮の対応次第では中止する考えを示し、在韓米軍縮小にも前向きな態度を見せた。この辺は大きな路線転換と言うべきで、北朝鮮への軍事行動は不可能と判断してきた米国の歴代政権に、トランプ氏も同調したように映る。」と非難がましい。

砂漠で出会った水瓶に半分の水があったとする。瓶に半分の水の存在を歓喜をもってありがたいと思うか、それとも、瓶一杯に満たない水の量の少なさを嘆くか。

米朝間の軍事緊張が悪化の一途をたどって、「もしや開戦も」と深刻化していた事態が一変したのだ。軍事衝突の危険度進行のベクトルが緊張緩和と平和のベクトルへと向きを変えた。一触即発とさえいわれたチキンゲームからの解放こそが、この会談の評価すべき本質である。足りないところは、非本質的で副次的なものというべきだろう。

往々にして「予言は自己実現する」。この会談の成果を評価する国際世論は、平和の実現に寄与することになるだろうし、この会談を否定的にしか評価しない国際世論が主流となるなら、朝鮮半島の非核化も危うい。

「過去何度も北には欺され煮え湯を飲まされてきた」は、決して公平な見方ではない。見方を変えればお互いさまなのだ。そして、常に強大な側に寛容が求められよう。その意味では、米韓合同演習中止は素晴らしいことだ。これまでは、この軍事演習こそが、強大な側による弱小の側に対する一方的な威迫行為として、典型的な挑発だったのだから。

問題は、相互信頼から出発するのか、それとも相互不信からか、なのだ。これまでは相互不信のエスカレーションが暴発ぎりぎりのところまで進行した。核のボタンの大きさを競い合っていた愚かな2人が、10秒を超える握手をして、米朝両国関係を「敵対から友好へと転換させるために努力することで合意した」のだ。この第一歩に祝意を表するとともに、この偉大な一歩を後戻りさせることなく、歩ませ続ける国際世論の喚起に努めたいものと思う。

以下が 米朝共同声明の全文である。相互信頼の歩みの第一歩として、立派な成果ではないか。

**************************************************************************
米朝共同声明全文(NHK訳)

トランプ大統領とキム委員長は、2018年6月12日に、シンガポールで、史上初めてとなる歴史的なサミットを開催した。トランプ大統領とキム委員長は、新たな米朝関係や、朝鮮半島における永続的で安定した平和の体制を構築するため、包括的で深く誠実に協議を行った。トランプ大統領は北朝鮮に体制の保証を提供する約束をし、キム委員長は朝鮮半島の完全な非核化について断固として揺るがない決意を確認した。

新たな米朝関係の構築が朝鮮半島のみならず、世界の平和と繁栄に貢献することを信じ、また、両国の信頼関係の構築によって、朝鮮半島の非核化を進めることができることを認識し、トランプ大統領とキム委員長は以下の通り、宣言する。

1・アメリカと北朝鮮は、平和と繁栄に向けた両国国民の願いに基づいて、新しい関係を樹立するために取り組んでいくことを約束する。

2・アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島に、永続的で安定した平和の体制を構築するため、共に努力する。

3・2018年4月27日のパンムンジョム宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むことを約束する。

4・アメリカと北朝鮮は、朝鮮戦争中の捕虜や・行方不明の兵士の遺骨の回収に取り組むとともに、すでに身元が判明したものについては、返還することを約束する。

史上初となる、アメリカと北朝鮮の首脳会談が、この数十年にわたった緊張と敵対関係を乗り越え、新しい未来を切り開く大きな転換点であることを確認し、トランプ大統領とキム委員長は、この共同声明での内容を、完全かつ迅速に実行に移すことを約束する。

アメリカと北朝鮮は、首脳会談の成果を実行に移すため、可能な限りすみやかに、アメリカのポンペイオ国務長官と北朝鮮の高官による交渉を行うことを約束した。アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は、新たな米朝関係の発展と、朝鮮半島と世界の平和や繁栄、そして安全のために、協力していくことを約束する。

ドナルド・トランプ 米合衆国大統領

金正恩 朝鮮民主主義人民共和国国務委員長

2018年6月12日
セントーサ島 シンガポール

(2018/06/13・毎日連続更新1900日)

朝鮮半島の平和は困る ― 9条改憲の好機を逃してしまいそう

最近、鏡に映る自分の姿がどうもはっきりしない。後ろの壁がぼんやりと透けて見えるんだ。久しぶりに陽の当たる道を歩いてみたら、自分の影だけが妙に薄いことに気がついた。こんなこと、以前にもあったっけ。そうだ、2007年夏に第1次アベ政権が崩壊したあのあたりのことだ。また胃が痛い。いや腸がキリキリと痛んできた。

内政外交とも八方ふさがりだ。森友・加計・南スーダンだけでない。イラク日報、財務省セクハラ問題で、内政は最悪だ。嘘つき内閣・改ざん政権・公私混同首相・行政私物化総理とさんざんだ。「アベ・やめろ」とうるさくてならない。こんなにまで言われる私には人権はないとでもいうのだろうか。とりわけ、右腕と便りにしてきた麻生さんが、セクハラ次官をかばって火だるまだ。それに、元首相秘書官だった柳瀬が国会で洗いざらいしゃべったら私はいったいどうなることか。どちらも気が気でない。

これまでは、内政の失敗を外交で挽回してきた。安倍得意の外交とさえ言われてきたが、そのメッキが完全に剥げ落ちてしまった。北朝鮮問題こそが私の独壇場だった。トランプ政権と一緒に、ヒトツオボエで「圧力・圧力」「最後までアツリョク」と言ってりゃよかったのだから、楽なもんだった。それで、選挙に勝てたのだから、北朝鮮様々だ。南の文政権に出過ぎたことをするなと釘を刺す役を馬鹿正直に務めていたんだ。

ところが、なんてこった。トランプの奴め、こっそり北と水面下の対話を進めていたんだ。アベの面子など眼中になく、「国際信義よりは中間選挙ファースト」と言うことだった。これまでトランプを「一貫して支持」し、「日米は100%共にある」と繰り返してきたことが、われながら情けなくも恥ずかしい。トランプも金正恩も馬鹿ではなかった。馬鹿を見たのは、私ばかり。今や、トランプが上機嫌で、「南北対話を100%支持する」「アメリカとそのすべての国民は今、朝鮮半島で起きていることをとても誇りに思う」なんて言っている。文在寅の株が大いに上がった。トランプは抜け目なく、習近平まで持ち上げている。私の面目は丸つぶれじゃないか。

さりとて、スネ夫の宿命としてジャイアンには逆らえない。トランプには「拉致問題をよろしく」って、辞を低くしてお願いするしかない。そのお願いはトランプにだけじゃない。南北会談の設定で意気揚々の文在寅にも、頭を下げるしかない。これまで、「最終的かつ不可逆的な合意と言ったろう」などと居丈高な物言いをしてきたように思うんだが、あれは夢の中のことだったのか。

トランプには、頻繁に電話をして日米の緊密をアピールするしかないが、奴はその電話の最中に、ツイートを発信していることがあとになって分かった。私だって、一国の首相だ。あまりに無礼な態度だとは思うが、抗議もできないことがなんとも歯がゆい。

そんなことから、南北会談の前には、「拉致問題が前進するよう、私が司令塔となって全力で取り組む」と言ってみたし、事後には「南北首脳会談はわれわれが決めていたラインにのっとって行われたことが確認できた」と虚勢をはってもみたんだ。こう言わざるを得ない私の立場は、支持者の右翼の諸君には理解も同情もしてもらえるだろうという読みでの発言。右翼以外の「あんな人たち」や「こんな人たち」には、さぞやバカにされることになるんだろうな。だから、キリキリと腸が痛い。

関係国は、みんなそれぞれ主体的に問題に関わっている。中朝首脳会談を皮切りに、南北会談、そしてもうすぐ米朝会談だ。日本だけが蚊帳の外。私の影がうすーくなっている。何とか蚊帳の中に入れてくださいと言わなきゃならないのが癪のタネ。拉致問題の解決には、ピョンヤンに行かねばならないのだが、気が重い。腰も重くなる。うまく行くだろうか。なんと言っても、植民地支配の清算ができていない相手だ。どんな条件を持ち出されることになろうやら。「最終的かつ不可逆的」などと一方的に言って通じる相手ではなさそうだ。

何よりも、思惑外れは北の核やミサイルについての態度の豹変だ。これには心底困った。昨年10月の総選挙は、「国難選挙」と名付けて闘うことができた。与党が勝てたのは、核やミサイルで挑発的な姿勢をとり続けた北朝鮮のお陰だ。Jアラートは頼もしい武器になった。ところがどうしたことだ。南北会談で一気の平和ムードだ。これでは、軍拡の口実もなくなる。防衛予算の拡大もできない。9条改憲進展も棚上げになってしまうではないか。下手をすると、国民世論は、「安倍こそ国難」と盛り上がりかねない。

今こそ、自衛隊増強と改憲の絶好の機会だったはずではないか。「アベのいるうち」「両院の改憲派議席が3分の2あるうち」が千載一遇のチャンスだったはず。このままでは、みすみすとその好機を逃してしまいそうだ。何とかしなければならないが…、よい考えも浮かばない。ああ、腸がキリキリ痛むばかりだ。これが、断腸の思いというものだろうか。
(2018年4月30日)

ありがとう。みんなあなたのおかげです。

叩かれ続けて逃げまくり
それでも選挙に勝てたのは
北朝鮮のおかげです
核とミサイルぶっ放す
金正恩さんよありがとう

改憲発議の議席数
危ない選挙でとれたのは
北朝鮮のおかげです
核とミサイルもてあそぶ
金正恩さんよありがとう。

防衛予算を拡充し
兵器をたくさん買えるのも
北朝鮮のおかげです
核とミサイル大好きな
金正恩さんありがとう

憲法9条改正し
ああ堂々の自衛隊
国防軍にもできるのは
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

大浦湾を埋め立てて
辺野古の新基地作るため
デモ隊弾圧できるのも
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

ホントは誰が悪いのか
ホントは誰のおかげやら
かんがえ出すと難しい
それでもこの際
当てつけに
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

甘い日本だけでなく
渋い韓国ともどもに
兵器買わせてボロ儲け
こんな商売できるのも
北朝鮮のおかげです
金正恩さんありがとう

平和な世界は儲からぬ
緊張緩和は儲からぬ
テロがなくては儲からぬ
儲けのタネをばらまいた
北朝鮮よありがとう
金正恩さんありがとう
ホントにホントに
ありがとう。

なにをおっしゃるトランプさん
それにくっつくシンゾーさん
平和でこまるはお互いさまよ
緊張あるから国がもつ
緊張あればの権力安泰
お二人さんには大感謝
トランプさんよありがとう
シンゾーさんもありがとう
ホントにホントに
ありがとう。
(2017年11月9日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2017. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.