澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

憲法記念日に平和的生存権を語る

2018年5月3日。日本国憲法施行から71年目となる憲法記念日。アベ改憲策動のせめぎ合いの中でこの日を迎えている。改憲派・改憲阻止派ともボルテージは高いが、公平に見て改憲阻止派の勢いが圧していると言って差し支えなかろう。

本日の両勢力のメインとなる集会について、毎日新聞は次のように伝えている。
改憲を目指す「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のフォーラムには約1200人(主催者発表)が参加。安倍晋三首相のビデオメッセージが流され、気象予報士でタレントの半井小絵氏が「北朝鮮の核・ミサイル開発など危機的な状況にもかかわらず、国会では大切な議論が行われていない」と述べた。

改憲反対の署名活動を展開する護憲団体などの集会では、野党4党トップも演説。約6万人(主催者発表)が参加して安倍政権退陣を訴え、和光大の竹信三恵子教授は「平和ぼけという言葉があるが、憲法のありがたみが分からなくなっている」と警鐘を鳴らした。

本日の朝刊各紙の社説のタイトルを並べてみよう。
朝日新聞 「安倍政権と憲法 改憲を語る資格あるのか」
毎日新聞 「引き継ぐべき憲法秩序 首相権力の統制が先決だ」
日本経済新聞 「改憲の実現にはまず環境整備を」
読売新聞 「憲法記念日 自衛隊違憲論の払拭を図れ」
産経新聞 「憲法施行71年 『9条』では国民守れない 平和構築へ自衛隊明記せよ」
東京新聞には本日社説の掲載はない。が、一面トップの大見出しが「9条 世界の宝」である。社会がもっている各紙のイメージどおりの内容の社説となっている。

朝日・毎日・共同の各世論調査が、いずれも安倍政権下での改憲には、過半数が反対している。そして、安倍政権がなくなれば、改憲は遠のくことになる。「アベのいるうち、各院に3分の2の改憲議席があるうち」。これが、千載一遇の改憲のチャンスなのだ。

昨日(5月2日)発表の朝日の調査の一節。
今回の憲法に関する全国世論調査(郵送)では、2020年までの改憲をめざす安倍晋三首相と国民との隔たりがはっきり表れた。国民が求める政策優先度でも「憲法改正」は最下位。安倍首相は「新しい時代への希望を生み出すような憲法を」と語るが、その意気込みは国民に広く伝わっていない。
◆次の政治課題の中で、あなたが安倍首相に優先的に取り組んでほしいものに、いくつでもマルをつけてください。
景気・雇用      60
高齢者向けの社会保障 56
教育・子育て支援   50
財政再建       38
震災復興       34
外交         23
安全保障       32
原子力発電・エネルギー16
憲法改正       11
その他・答えない    4

朝日が9項目上げた政治課題の中での最低の数字。しかも、「いくつでもマルを付けてください」に、わずか11%の選択。「景気・雇用」「 高齢者向けの社会保障」「教育・子育て支援」が国民にとっての最優先課題であるのに比して、「憲法改正」は最劣後課題と言ってよい。「アベのいるうち」でなくては、改憲問題が喫緊の政治課題になるはずはないのだ。

また、産経新聞・阿比留瑠比(論説委員兼政治部編集委員)の署名記事が興味深い。「国会は国民の権利を奪うのか 憲法改正の時機を失っては悔やみきれない」と題するもの。

同記事は、こう言う。

「そもそも、国会でかつてなく改憲派・改憲容認派の議員が多い今は、千載一遇のチャンスである。与党内からは『国民世論が盛り上がっていない』という声も聞くが、国会が論議をリードしなければ、世論が高まるきっかけも生まれない。」「ポスト安倍候補に挙げられる政治家の中に、安倍首相ほど憲法改正に意欲を示す者はいない。安倍政権のうちにやらなければ、もう憲法改正はずっとできないというのは、衆目の一致するところである。この機を逃して、自民党はいつ『党の使命』を果たすつもりなのか。今やらなければ、長年にわたり、『やるやる詐欺』で有権者をたばかってきたといわれても仕方がないだろう。」「もちろん、改憲を使命とする自民党と長く連立を組んできた公明党にも、議論を前に進める義務と責任があるのは言うまでもない。」

 「現行憲法は施行71年を迎えたが、この間、国会は一度も改正の発議をしていない。従って国民は、憲法に関して意思表示をする機会を、今まで全く与えられてこなかった。憲法は改正条項(96条)を備えており、社会の必要や時代の要請に応じた改正を当然の前提としている。そして国会が発議した改憲案に対し、是非の意思表示をするのは国民の権利であり、その機会はつくられてしかるべきだ。憲法改正の国民投票が実施されれば、独立後初めてのことであり、画期的な意義を持つ。」「自民党をはじめとする国会の不作為でその時機を失うことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。」

「アベのいるうち、3分の2の議席があるうち」が千載一遇のチャンスとの認識のもと、改憲世論が盛り上がらないことを焦りもし、嘆いてもいるのだ。

私には、「他人の嘆きは蜜の味」という趣味はない。が、産経の焦りや嘆きを、人権や平和への朗報と認識する理性は持ち合わせている。

本日は、有明に参集の6万人の内の1人にはならなかった。 立川の柴崎学習館で行われた憲法集会に招かれた。「やめよう改憲 生かそう平和憲法」というメインタイトル。例年続けて、32回目となる地域の「手作り憲法集会」。参加者は200人弱といったところ。熱気のあふれる立派な集会だった。

私は、求められたタイトル「憲法を支える平和的生存権」での2時間余の講演。いささかくたびれた。
以下は、レジメの一部
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第1 憲法記念日にちなんで
1 日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正手続によって成立している。
主権者が、国民投票という形での直接の関与をしていない。
2 第90帝国議会が日本国憲法の制憲議会となった。貴衆両院の審議を経て46年10月29日枢密院が「修正帝国憲法改正案」を可決。同日、天皇がこれを裁可した。その後、11月3日(明治節)を選んで、国民主権を明記した日本国憲法を、旧主権者である天皇が公布した。
その日天皇(と妻)が出席した「日本国憲法公布記念祝賀都民大会」開催。
3 その6か月後の47年5月3日、日本国憲法施行。皇居前広場で「日本国憲法施行記念式典」開催(天皇出席)。官民あげての祝賀ムード。翌年から5月3日は国民の祝日・憲法記念日(「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」)とされている。
4 戦後の「逆コース」以来、政権を担う陣営が憲法に冷淡で「改憲」を掲げ、野党陣営が「改憲阻止」「護憲」のスローガンを掲げる図式が定着。改憲(阻止)問題は、一貫して、最大級の政治課題となってきた。
5 天皇制の残滓が染みついている憲法だが、まぎれもなく人権尊重・国民主権・平和主義に立脚した普遍性をもつ現代憲法。これを後退させてはならない。
6 日本国憲法は「勝ち取った憲法」と「与えられた憲法」の両側面がある。権力側からの改憲策動に抵抗する国民運動の積み重ねが、徐々に日本国憲法の「勝ち取った憲法」としての側面を拡大しつつある。

第2 日本国憲法が危ない(改憲スケジュールの現段階)
1 これまでも、憲法の危機は何度もあった。
憲法敵視の保守政権が続く限り、革新派が「護憲派」となる「奇妙な」構図。
(自民党は、立党以来「自主憲法の制定」を党是としている)
そのたびに、国民は改憲を阻止することで、憲法を自らの血肉としてきた。
(日本国民は、日本国憲法制定に際して国民投票をしていないが、権力に抗して、70年余これを守り抜くことで、日々、自らの憲法として獲得してきた)
2 今回の「安倍改憲」は、前例のない具体的スケジュールをもっての改憲案。
◎手続的法制が整備されている。国民投票法・国会法の改正済み。
⇒参照・別添資料Ⅰ 「改憲手続き法(概要)」
同   Ⅱ 「改憲手続き概要図」
◎両院とも「改憲派」の議席が、3分の2を超えている。
◎「アベのいるうち」、「3分の2の議席あるうち」が千載一遇のチャンス。
(つまり、「アベの退陣」「国政選挙の護憲派勝利」が改憲を阻止する鍵)
3 経過
※2017年5月3日 右翼改憲集会へのビデオ・メッセージと読売紙面
「アベ9条改憲」提案 9条1項2項は残して、自衛隊を憲法に明記。
その種本は、日本会議の伊藤哲夫「明日への選択」論文。
「力関係の現状」からの現実性ある提案というでなく、
意識的に「護憲勢力の分断」を狙う戦略的立場を明言している。
「自衛隊違憲論派」と「自衛隊合憲(専守防衛)派」の共闘に楔を。
実質的に「自衛隊違憲論派の孤立化」が狙われており、警戒を要する。
※同年12月20日 自民党 憲法改正推進本部とりまとめ
改憲4項目 「9条改憲」「緊急事態」「参院合区解消」「教育の充実」
⇒参照・別添資料Ⅲ 「法律家6団体声明(抜粋)」
※自民党憲法改正推進本部・3月14日役員会
細田博之本部長は9条2項(戦力不保持)を維持、削除・改正する七つの条文案を提示。
▼現行9条
1項 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄
2項 陸海空軍その他の戦力を保持しない。国の交戦権を認めない
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▽2項削除案
(1)総理を最高指揮官とする国防軍を保持(9条の2)
(2)陸海空自衛隊を保持(9条2項)
▽2項維持案(自衛隊を明記)
(3)必要最小限度の実力組織として、自衛隊を保持(9条の2)
(4)前条の範囲内で、行政各部の一として自衛隊を保持(9条の2)
(5)前条の規定は、自衛隊を保持することを妨げない(9条の2)
▽2項維持案(自衛権を明記)
(6)前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない(9条3項)
(7)前2項の規定は、国の自衛権の行使を妨げず、そのための実力組織を      保持できる(9条3項)
※以上の(3)案が最有力とされたが、この日細田本部長一任取り付けに至らず。3月22日までに、(3)から、「必要最小限度の実力組織として」を削除した案で一任取り付けとの報道。しかし、党大会での発表に至らず。
※予定では、3月25日自民党大会までに「改正原案」自民案を党内一本化
その後に、改憲諸政党(公・維・希)と摺り合わせ  →改正原案作成
今通常国会(6月20日まで)に原案発議⇒18年末までに改正案発議。
⇒19年春国民投票⇒20年のオリンピック開会までに改正憲法施行。
※改憲派の思惑のとおりには、進行していない。
アベの求心力弱体化で、3月25日自民党大会条文化は不発。
※国会での手順は、
衆院に『改正原案』発議→本会議→衆院・憲法審査会(過半数で可決)
→本会議(3分の2で可決)→参院送付→同じ手続で可決になると
『改正案』を国民投票に発議することになる。
60~180日の国民投票運動期間を経て、国民投票に。
国民投票運動は原則自由。テレビコマーシャルも自由。
有効投票の過半数で可決。
※19年の政治日程は詰まっている。
統一地方選挙・元号発表・天皇退位・次期天皇の即位の礼・大嘗祭
・参院選(7月)・消費税値上げ。
※今が、勝敗を分ける運動のときだと思う。
19年4月までに国民投票を実施させないためには、3000万署名の成否が鍵。そして、参院選に護憲野党の選挙共闘が3分の1を超す議席を獲得すれば、アベ改憲の当面の危機は乗り切ることになる。

第3 憲法記念日に平和的生存権を語る
1 日本国憲法は平和憲法である。
9条だけではなく、前文から本文・補則の103条まで、丸ごと平和憲法である。過ぐる大戦における惨禍を繰り返さないという決意から生まれた。加害・被害両面の責任の自覚と反省から、戦争と軍備を放棄しようと決意した。
再び負けない強い国家を作ろうという「反省」ではない。
「平和を望むなら戦争の準備をせよ」という思想をとっていない。
2 日本国憲法の構造は、人権保障を基軸に組み立てられている。
近代憲法は「人権宣言(人権カタログ)」の章と「統治機構(制度)」から成る。人権こそが根源的な目的的価値であり、その他は手段・手段的価値と言ってよい。個人の尊厳を価値の根源とし、国家の制度は人権侵害のないよう設計されている。(個人主義・自由主義が根幹で、国家主義・全体主義を排斥している。)
※三権分立とは権力の集中強大化を防止して人権侵害を予防する基本原則。
※信教の自由という人権を保障するために、政教分離という制度がある。
※学問の自由という人権を保障するために、大学の自治という制度がある。
※言論の自由という人権保障のために、検閲の禁止という権力への命令がある。
3 平和も手段的価値であって、人権としての平和的生存権こそが目的価値ではないか。
平和を制度の問題ととらえるのではなく、国民一人ひとりが、平和のうちに生きる権利をもっていると人権保障の問題として再確認する。
※前文第2段落末尾に、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とある。これを人権保障規定として読み直そうという、先進的憲法学者からの提案。
4 平和を制度の問題とすれば民主的手続によって具体化すべき課題となり、国民個人は選挙を通じた間接民主主義の土俵でしか、関与し得ないことになる。しかし、平和を人権の問題とすれば、民主的手続(≒多数決)によって個人の平和に生きる権利を侵害することは許されない。
5 平和的生存権の、主体、客体、内容、外延はいまだ定まっておらず、生成途上の基本権と言ってよい。これを裁判規範として活用し、政府の戦争政策を法廷活動でストップさせようという試みが、果敢に繰り返されている。
⇒参照・別添資料Ⅳ 「イラク訴訟名古屋高裁判決(抜粋)」
類似のものとして、首相の靖国参拝や、公的行事としての大嘗祭を差し止めの根拠として、宗教的人格権の構想が用いられている。

第4 「ピースナウ・市民平和訴訟」の経験
1「湾岸戦争」への日本の加担と平和訴訟の概略
1991年1月17日、アメリカを中心とする多国籍軍はイラク軍に対する攻撃を開始した。「砂漠の剣」作戦と名付けられた爆撃と地上戦。これが「湾岸戦争」の始まりとなった。
日本はこの戦争に戦費負担で加担した。90億ドル(当時のレートで約1兆1700億円)の支出は多国籍軍総戦費の2割に当たる巨額。次いで現地への自衛隊機派遣の動きが報じられ、戦闘終熄後にはペルシャ湾まで自衛隊掃海部隊を派遣した。
アメリカが主導する戦争への事実上の参戦である。平和憲法のもとでは許されるはずのない政府の行為を「平和的生存権」を根拠に、訴訟で阻止したいと考える人々が各地で原告団を作り、その総数は3000人を超えた。その中で、最も大きなものが「戦争に税金は使わせない・ピースナウ市民平和訴訟」グループで、東京(原告1067人)・大阪(原告420人)・名古屋(原告542人)・鹿児島(原告2人・本人訴訟)の5地裁に「ピースナウ市民平和訴訟」を提起し訴訟と運動を連携しながら進行した。私は、東京地裁提訴事件の弁護団事務局長を務めた。その他のグループとして、大阪地裁「掃海艇派遣違憲訴訟」(原告212人)、福岡地裁「掃海艇入港住民訴訟」の本訴があり、これとは別に各地に差し止め仮処分の申立があった。
その後、この一連の訴訟を担った人々が「カンボジア派遣違憲訴訟」(大阪)、「PKO違憲訴訟」(東京・名古屋)、「ゴラン高原PKF違憲訴訟」(東京・大阪)、「思いやり予算違憲訴訟」(東京・大阪)、「テロ特措法違憲訴訟」(さいたま)などを提起した。さらに、イラク戦争開戦時には各地でイラク派兵差止訴訟が提起され、名古屋高裁が傍論ではあるが違憲の判断をした(2008年4月17日)ことが記憶に新しい。
さらにいま、全国各地(24地裁)に安保法制違憲訴訟が提起されて、平和的生存権活用の動きが継承されている。

2 「市民平和訴訟・東京」経過の概要
全訴訟の中心となった東京訴訟は、1991年3月4日原告571名が第一次提訴をした。弁護団は88名を数えた。当初通常部の民事13部に配点され、民事2部(行政部・涌井紀夫裁判長)へ回付された。
請求の趣旨は下記のとおりで、国を被告とする民事訴訟としての、「自衛隊機の派遣」差し止め(但し、結局派遣は回避された)請求と国家賠償請求訴訟であって、行政訴訟ではない。
「1 被告国は、湾岸協力会議に設けられた湾岸平和協力基金に対し90億ドル(金1兆1700億円)を支出してはならない。
2 被告国は、「湾岸危機に伴う避難民の輸送に関する暫定措置に関する政令」に基づいて自衛隊機及び自衛隊員を派遣してはならない。
3 被告国は、原告らそれぞれに対し各金1万円を支払え。」
同年4月23日の第二次提訴(原告277名)で、「掃海部隊派遣差止等請求」事件となった。請求の趣旨の概要は以下とおりで、行政訴訟ではない。
「1 掃海部隊派遣差し止め
2 原告一人につき1万円の慰謝料請求」
第三次、第四次提訴は、国家賠償請求だけ、全部併合されて原告総数1067名になった。
差し止め対象の戦費支出が完了し、掃海部隊が派遣先から帰国した後、請求の趣旨を変更して、請求は次の二項目になっている。
1 90億ドルの支出と掃海部隊派遣の違憲違法確認請求
2 一人1万円の損害賠償請求
計20回の弁論を経て、しかるべき証人調べも原告本人尋問も行ったが、敵性証人の採用はなかった。96年5月10日に判決が言い渡され、違憲違法確認請求は却下(門前払い)。国家賠償請求は棄却された。
これを不服として控訴したが97年7月15日控訴棄却の判決となった。
上告の是非については意見が分かれ、多くは断念したが、56名が上告。98年11月26日上告棄却の判決があって、事件は全部終了した。

3 訴額問題「3兆4千億円の印紙を貼れ」
本件では、提訴後第1回弁論以前に、訴額と印紙問題が大きな話題となった。
訴状には、裁判所を利用する手数料として、訴額に応じて所定の印紙を貼付しなければならない。担当裁判所から弁護団に訴額についての意見照会があった。弁護団から、裁判所の意向を打診すると驚くべき回答があった。
裁判所は自らの見解を表明して、訴額は「原告各自について90億ドル」、全体は「その合算額」(90億ドル×571人分)と言った。原告571人の訴額合計を、なんと685兆円とし、訴状に貼付すべき印紙額は3兆4260億円とすべきではないか、としたのだ。
司法の年間総予算が2500億円の規模であった当時のこと。試算してみたら、10万円の最高額印紙を東京ドームの屋根全面に貼り尽くして、まだ面積が足りない額なのだ。これは格好のマスコミネタとなった。
厳しい世論からの批判を受けて、裁判所は態度を軟化。大幅に譲歩して、267万9000円の印紙の追貼命令を出した。差し止めの訴額については、算定不能の場合に当たるとして一人90万円とし、これに原告数を乗じての計算。弁護団は予定の対応として、前記一次訴訟の請求の趣旨1・2項の差し止めにつき二名だけを残して、その余の原告は差し止めを取り下げた。二名を除く他の原告は国家賠償請求だけにしたわけだ。これは必要に迫られて編み出した現場の知恵で、「代表訴訟方式」などと呼んだ。
結局、この対応で印紙の追貼納付は、4000円だけでことが収まった。3兆円から4千円に、壮大なダンピングだった。第二次訴訟についても差し止め請求は二人だけ、あとは国家賠償請求と、同様の手続きとした。
この件は、その後の司法改革論議の中でも話題となっている。

4 後日韓国憲法裁判所訪問の際に、類似の訴訟提起がなされたことを知った。10万人を超す原告数で手数料は無料という。事情を説明した最高裁の判事が、「原告たちは違憲の行政を正そうという有益な行為を行っているのですから」と言ったのが印象的だった。
なお、当時韓国でも平和的生存権の思想と実務での活用があることを知った。「9条をもたない韓国憲法」下の平和的生存権は、個人の尊厳条項から導かれており、一部認容されている判決もあるとのことだった。

5 平和的生存権の構成
※裁判規範性有無の論争
長沼ナイキ訴訟一審判決が訴えの利益の根拠として裁判規範性を認めた。
その後は、2008年4月27日、名古屋高裁民事3部(青山邦夫裁判長)において、
個人的には極めて貴重な経験だった。9条についても、平和的生存権についても、三権分立の構造についても、考えさせられた。法廷と運動の結合、毎回の法廷をどう演出するか、平和的生存権とは何か、三権分立の理念、素晴らしい証人尋問・原告本人尋問…。
しかし、その限界についても考えざるをえなかった。

6 内部的議論の数々
☆原理的に司法で解決すべき問題か。あるいは、司法解決に馴染む問題か。
☆請求権は何か。
平和的生存権とは、具体的な給付請求権たりうるのか。
人格権で政府に対する作為・不作為の請求が可能か。
☆違憲国賠訴訟の共通の悩み→主として宗教的人格権
法的保護に値する利益の侵害があったといえるか
☆現職自衛隊員が原告となった安保法制違憲訴訟(自衛隊員の「予防訴訟」)における控訴審で訴の利益を認めた東京高裁第12民事部の判断。
(2018年5月3日)

都教委よ、裁判官よ、教員の良心の叫びを聞け。

3月15日の東京地裁527号法廷で、東京「君が代」裁判第4次訴訟の第15回口頭弁論。この日の法廷で弁論は終結し、判決言い渡しは9月15日午後1時10分と指定された。この日、一審最後の法廷で、二人の原告が結審にあたっての思いの丈を、裁判官に語った。

今月15日の当ブロクで、渡辺厚子さんの陳述はご紹介した。
http://article9.jp/wordpress/?p=8281
本日は、もうひとりの原告である現役教員の意見陳述をご紹介する。

その陳述内容は、教師として徹頭徹尾生徒の立場を慮ったものである。教員の良心において生徒の思想信条の自由を擁護しなければならないという真摯さに貫かれたもの。私たちの社会は、このような良心的で良質の教員を受容し得ない狭量なものに変質してしまっているのだろうか。国旗・国歌(日の丸・君が代)強制の可否は、社会の寛容の程度である。表現を変えれば、社会の柔らかさ、生き易さのバロメータではないか。

そのような目で、この陳述書をお読みいただきたい。そして、そのような思いで、東京地裁民事11部の9月15日判決を注視していただきたい。
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  東京「君が代」裁判四次訴訟  最終意見陳述  2017.3.15

原告のKSです。第1回口頭弁論でも意見陳述しました。今回は現職の都立高校の教員として、原告らを代表して、10.23通達による生徒の被害について陳述します。

10.23通達のターゲットが生徒であるということがはっきりわかる出来事が今年ありました。都立高校では卒業式の3週間前までに卒業式の実施要項や式の進行表を都教委に提出しなければなりません。2008年から多くの学校で、進行表に「不起立の生徒がいたら司会が起立を促す」という文言が入れられるようになったのですが、これまではその文言がなくても都教委は受け取っていました。しかし今年から、進行表に生徒の不起立に対する対応が書かれていないと「司会は、生徒の不起立者多数の場合『ご起立ください』という」との文言を入れるよう、都教委から強い指導を受けるようになったのです。これは生徒への強制以外の何物でもありません。

10.23通達以前は、開式前に「内心の自由の説明」がありました。「内心の自由の説明を聞いて、安心して座ることができた」と喜んでいる生徒もいました。しかし、10.23通達以降は、内心の自由の説明をすることはできなくなりました。さらに都教委は2006年に「3.13通達」を出し、「適正に児童・生徒を指導することを、教職員に徹底するよう」通達しました。この通達は、教員が生徒に内心の自由の説明をすることを禁じたものです。

2005年の卒業式の前に、こんなことを作文に書いた生徒がいました。「間違っていることを『間違っている』と言えずに、従わざるを得ない先生たちは、どれだけ辛いだろうと思う。しかも間違っていると思うことを指導しなければならないのは、とても苦しいことだと思う。自分が通っている学校で、そんな風に間違ったことが行われ、そしてそれによって辛い思いをしている先生がいることが、私はとても悲しい。」
10.23通達発出当時、多くの生徒が教員に出された命令を「間違っている」と感じ、様々な形でその意思を表明しました。教員が苦しんでいる姿に接して、生徒たちも辛い思いをしていたのです。

「『君が代』を聞くと苦しくなる」と私に訴えてきた生徒がいました。彼は在日韓国人で、差別されているという思いを強く持っていました。私は彼の担任でもなく、特に私になついていたわけでもないのに、どうしてそんなことを私に訴えてきたのかわかりませんが、その気持ちには重いものがあると感じました。職員会議で、校長に「内心の自由の説明をしてほしい」と頼んだ時、この生徒のことも話しました。校長は「辛い思いをする生徒も実際にいるでしょう。けれど我慢してもらうしかないですね。」と答えました。生徒の入学や卒業を祝う喜ばしいはずの式で、その主人公の生徒が、どうして、何のために、苦しまなければならないのでしょうか。かけがえのない存在である一人一人の生徒を大切にし、一人一人の心の痛みに寄り添い、切り捨てないことが教育、特に公教育では重要です。毎年卒業式・入学式のたびに内心の自由を踏みにじられる生徒が確実にいるということを私たちは忘れてはならないと思います。

10.23通達は教職員に起立斉唱を命じるものですが、教職員が全員起立することは、生徒への圧力になります。先日、ある保護者が「子どもの入学式に参列し、国歌斉唱の時座ったが、周りは教員も含めてみんな立っていた。先生の中の一人でも座っている人がいたら、これからの学校生活にどれだけ希望が持てただろう」と話しているのを聞きました。内心の自由の説明もなく、会場にいる人全員が起立する中で立たないでいるのはとても難しいことです。それでもどうしても立てずに座っている生徒に対して司会が「ご起立ください」と言ったとしたら、その生徒は自分自身の思想信条の自由を守れなくなってしまうのではないでしょうか。起立するにしても座っているにしても、とても苦しい思いをするに違いありません。卒業式の進行表の問題は、生徒への強制がエスカレートしていること、10.23通達の目的が、教員に強制することを通して、生徒に強制することだということを示しているのです。

都立高校の生徒は自分たちの卒業式をとても大切にしています。10.23通達前は生徒たちは卒業式対策委員会を組織して、自分達の卒業式をどのように行うのか話し合って決めていました。卒業生と保護者が向かい合って座る「フロア形式」の式が行われたり、思い出のビデオを上映したり、5、6人の生徒が次々に自分たちの思いを語ったりと、生徒は自分たちの一生に一度の高校の卒業式を思い出深いものにしたいと一生懸命に考えて企画していました。けれど、10.23通達後は、こうした自由で創造的な卒業式は実施できなくなりました。画一的な卒業式しか許されなくなり、生徒が自分たちで決められることといったら、式歌を何にするかぐらいになったのです。

数年前に、式の最後にクラス代表の生徒たちで卒業式を感動的なものにするための企画を実施したいと生徒が言い出したことがありました。生徒の願いを叶えたいと思った担任は何度も何度も校長に交渉しましたが、校長は「厳粛な式にはふさわしくない」の一点張りで、生徒の願いをかなえることはできませんでした。一体卒業式は誰のためのものなのでしょう。10.23通達によって、画一的な式が押し付けられ、卒業式は卒業生のためのものではなくなったのです。

私は2007年卒業式の代表生徒の言葉が忘れられません。彼は「何かを大切に思う気持ち、愛する気持ちは自然にわき上がってくるものです。誰かにこれを大切にしなさい愛しなさいと強制されても心から大切にしたり愛したりすることはできません。」と語りました。愛する気持ちや敬意は自然にわき上がってくるもので、他から押しつけられるものではありません。

昨年アメリカではNFLのコリン・キャパニック選手が「人種差別がまかり通る国に敬意は払えない」として、試合前の国歌斉唱時に起立を拒否して話題になりました。オバマ大統領は、キャパニック選手は憲法で保障する意見表明の自由を行使しただけだと擁護し、「脇でただ座って何も気にかけないでいるよりも、若い人がもっと民主的手続きに則り議論に参加した方がいい」と述べました。

何かに対する敬意は強制すべきものではありません。敬意を表明したいと思えば表明すればいいし、敬意を表明できないと思えば表明しなくていい、それが許されるのが民主的な国家だと思います。有無を言わせず強制することよりも、生徒が自分の頭で考え、議論し、自分で判断すること、様々な考え方があることを知ること、異なる意見を認め合い尊重することを学ぶことの方が、教育の場では必要なのです。

国旗国歌に対する敬意は、生徒に対して強制できないのはもちろんですが、教員に対しても強制することは間違っています。都立高校の教員は公務員であり全体の奉仕者だから、上司の命令には従わなければならないと、再発防止研修では講義されましたが、私は全体の奉仕者だからこそ、間違った命令には従ってはいけないと考えています。教員には生徒の内心の自由を守る義務があるのです。また私は、生徒が主人公だったかつての都立高校の卒業式を取り戻すことも、教員の責務だと感じています。

10.23通達は、教育の自由や生徒の権利を守ろうとする教員を学校現場から排除するためのものです。物言わぬ教員を作るため、思考停止した教員を作るためのものです。物言わぬ教員、思考停止した教員は、物言わぬ生徒、思考停止した生徒を作り出します。10.23通達のターゲットは生徒なのです。10.23通達は、自分の頭で考えない、権力の言うなりになる生徒を作るためのものなのです。

裁判所におかれましては、どうか、10.23通達が生徒を苦しめていること、10.23通達を撤回することが日本のより良い未来につながっていることをご理解ください。そして、公正な判断をお願いします。
(2017年3月23日)

自衛隊員よ。危険を背負わされて、南スーダンに行くなかれ。

アベ政権は、アフリカ・南スーダンPKO(国連平和維持活動)に派遣予定の陸上自衛隊部隊に「駆けつけ警護」と「共同防護」の任務を付与しようとしている。今月(11月)15日にも閣議決定の予定と報道されている。大統領派と副大統領派の戦闘の現実を、「戦闘ではない、衝突に過ぎない」と無責任なレトリックで、危険な地域に危険な任務を背負わしての自衛隊派遣である。これは、海外派兵と紙一重。

これまで派遣されていたのは「南スーダン派遣施設隊」の名称のとおり、施設科(工兵)が主体。道路修復などもっぱらインフラ整備を主任務としてきた。今度は、普通科(歩兵)だ。危険を認識し覚悟しての自衛隊派遣。派遣される自衛隊員も危ないし、自衛隊員の武器使用による死傷者の出ることも予想されている。

アベ政権が、危険を承知で新任務の自衛隊派遣を強行しようというのは、憲法を壊したいからだ。憲法の平和主義を少しずつ侵蝕して、改憲の既成事実を積み上げたい。いつの日にか、「巨大な既成事実が憲法の理念を押さえ込む」ことを夢みているのだ。

1992年6月成立のPKO協力法(正式には、「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」)審議は、国論を二分するものだった。牛歩の抵抗を強行採決で押し切って、にようやくの成立となった。もちろん、憲法との整合性が最大の問題だった。

そもそも1954年成立の自衛隊法による自衛隊の存在自体が憲法違反ではないか。これを、与党は「自衛権行使の範囲を超えない実力は戦力にあたらない」として乗り切った。そのため、参議院では全員一致で「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」をしている。

PKO協力法は、その自衛隊を海外に派遣しようというもの。明らかに違憲ではないかという見解を、法に「PKO参加五原則」を埋め込むことで、「戦闘に参加する恐れはない。巻き込まれることもない」として、乗り切ったのだ。

そして今度は、「駆けつけ警護」と「宿営地の共同防護」だ。場合によっては、積極的に武器使用を辞さない覚悟をもっての自衛隊派遣を許容する法が成立し、運用されようとしている。これを許せば、いつたい次はどうなることやら。

下記は、10月27日付けの法律家6団体による「南スーダン・PKO自衛隊派遣に反対する声明」である。さすがに問題点をよくとらえている。

 安倍政権は、多くの市民の反対の声を無視して、2015年9月に「戦争法」(いわゆる「安保関連法」)の制定を強行し、この中で「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(いわゆる「PKO法」)も改正された。施行された改正PKO法によって、今年11月には、南スーダンへ「派遣」される青森駐屯地の陸上自衛隊第9師団第5普通科連隊を中心とした部隊に、他国PKO要員などの救出を行う「駆け付け警護」と国連施設などを他国軍と共に守る「宿営地の共同防護」の任務を付与しようとしている。
 そもそも、1992年にPKO法が制定された時、PKO活動の変質(米ソ冷戦前は北欧やカナダなどが原則非武装で、派遣国の停戦・受入合意がある場合にPKO活動を行っていたが、米ソ冷戦後は時にアメリカなどの大国が重武装で、しかも派遣国の停戦・受入合意がない場合でもPKO活動を実施するようになった)と憲法との関係(自衛隊をPKO活動に「派遣」するのは憲法9条違反ではないかという議論)から、当時の野党は国会で牛歩戦術まで使って抵抗したほど議論があった。
 そのため、政府・与党もPKO法を制定したものの、PKO法に基づく参加に当たっての基本方針として5原則(①紛争当事者間での停戦合意の成立、②紛争当事者のPKO活動と日本のPKO活動への参加の同意、③中立的立場の厳守、④上記原則が満たされない場合の部隊撤収、⑤武器使用は要員の生命等の防護のために必要最小限のものに限られること)を定め、自衛隊のPKO活動はあくまで復興支援が中心で、武器使用は原則として自己及び自己の管理に入った者に限定し、派遣部隊も施設部隊が中心であった。
 しかし、南スーダンでは、今年4月に大統領派と反政府勢力の前第1副大統領派とが統一の暫定政府を立ち上げたが、今年7月に両派で大規模な戦闘が発生し、この戦闘ではPKO部隊に対する攻撃も発生し、中国のPKO隊員と国連職員が死亡している。国連安保理は、今年8月にアメリカ主導で南スーダン政府を含めたいかなる相手に対しても武力行使を認める権限を付与した4000人の地域防衛部隊の追加派遣をする決議案を採択したが、この決議には南スーダンの代表自体が主要な紛争当事者の同意というPKOの原則に反しているという理由で反対し、ロシアや中国なども棄権している。今月も大統領派と前第1副大統領派との間での戦闘が拡大し、1週間で60人もの死者を出している。この状況はとてもPKO参加5原則を満たしている状況とはいえない。そして、政府が今後予定しているのは、施設部隊に加えて普通科部隊や、さらに中央即応集団の部隊も派遣される可能性があり、他国部隊を守るために武器使用に踏み切るならば、憲法9条で否定された武力行使にあたることになる。
 私たち改憲問題対策法律家6団体連絡会は、憲法違反の「戦争法」(いわゆる「安保関連法」)の廃止を引き続き求めていくとともに、かかる状況の下での自衛隊の南スーダンへの派遣と新任務の付与に断固として反対するものである。
  2016年10月27日
改憲問題対策法律家6団体連絡会
 社会文化法律センター 代表理事 宮里邦雄
 自由法曹団 団長 荒井新二
 青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 原和良
 日本国際法律家協会 会長 大熊政一
 日本反核法律家協会 会長 佐々木猛也
 日本民主法律家協会 理事長 森英樹

その後さらに、事態は悪化している。国連南スーダン派遣団(UNMISS(アンミス))参加国の撤退が相次いでいるからだ。

ケニア政府は11月3日、現地部隊にUNMISSからの即時撤退を命じた。同国は南スーダンの隣国、1230人を派遣してUNMISS総人員約1万3000人の主力をなし、UNMISSの司令官を出す地位にあった。ところが、潘基文国連事務総長はこのオンディエキ司令官を解任した。同国部隊が撤退した事情は、「今年7月首都ジュバで発生した政府軍と反政府勢力との戦闘のなか、政府軍の攻撃で多くの住民が死傷し、海外の援助関係者がレイプなどの被害に遭ったにもかかわらず、UNMISSの歩兵は動かなかった」「このため、国連は1日公表の報告書で、文民保護に失敗したと断定。司令官だったオンディエキ氏はその責任を追及されたとみられる」と報じられている。

文民警察を派遣していた英国、ドイツ、スウェーデン、ヨルダンなども、7月の戦闘を契機に「安全確保」などの理由で文民警官を国外に退避させている。新たな任務を帯びた自衛隊は、そんなところに行くのだ。

UNMISSの一員としての自衛隊は、その任務遂行のためには南スーダン政府軍との交戦が避けられない。既に、PKO参加五原則の要件は崩壊している。敢えての自衛隊派遣と駆けつけ警護等による武器使用は、憲法の許すところではない。

自衛隊員よ。南スーダンに行くなかれ。
(2016年11月7日)

稲田朋美核容認防衛大臣誕生の悪夢

都知事選の敗北を引きずっての8月である。脱力感が抜けないまま、はや原爆忌。この間、内閣改造があって、えっ? 稲田朋美が防衛大臣だと?。悪い冗談はほどほどに、と言わざるを得ないできごと。共和党の大統領候補となったトランプ同様の悪夢。と言うよりはリアリティのないマンガ的なできごとではないか。とはいえ、小池百合子都知事同様、イナダ防衛大臣が現実となっている。そもそもアベ政権の存在が、既に悪夢であり、信じがたいマンガ的できごとであり、冗談のはずの現実なのだ。

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8月3日深夜のイナダ就任記者会見は、さすがにご祝儀会見とはならなかった。記者諸君のツッコミはなかなかのもの。防衛省のホームページに防衛大臣臨時記者会見概要として掲載されている。
    http://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2016/08/04a.html

見出しをつけ、多少質疑の順番を入れ替えて整理してみた。少し長いがイナダなるものがよく分かる。ぜひ目を通していただきたい。イナダが、防衛大臣として不適任なこと明々白々ではないか。こんな人物を物騒な地位に就けては、日本の安全にもアジアの平和にも有害だ。もっとも、外の省庁なら適任という意味ではない。この人、過去の自分の発言に無責任だ。質問に噛み合った答弁の能力がない。言っていることが論理的整合性に乏しい。上手に切り返す政治的センスがない。答弁に余裕もユーモアもない。要するに政治家としてはまったくダメということだ。

イナダの歴史認識を問う
Q:大臣は、日中戦争から第2次世界大戦にいたる戦争は、侵略戦争だと思いますか。自衛のための戦争だと思いますか。アジア解放のための戦争だと思いますか。
A:歴史認識に関する政府の見解は、総理、官房長官にお尋ねいただきたいと思います。防衛大臣として、私個人の歴史認識について、お答えする立場ではありません。

Q:防衛大臣としての見解を伺いたい。
A:防衛大臣として、お答えする立場にはないと考えております。

Q:大臣の就任が決まってから、中国やフランスのメディアなどが、右翼政治家と指摘していたと思うのですけれども、大臣のそれについての御見解と、自分をどういう政治家だと。
A:多分、弁護士時代に関わっていた裁判などを捉えられたりされているのではないかというふうに思っておりますけれども、私自身は、歴史認識の問題について、様々な評価はあるでしょうけれども、一番重要なことは客観的な事実が何かということだと思います。私自身の歴史認識に関する考え方も、一面的なものではなくて、やはり客観的事実が何かということを追求してきたつもりであります。その上で、私は、やはり先ほども申し上げましたように、東アジア太平洋地域の平和と安定、そしてそのためには、中国、韓国との協力的な関係を築いていくということは不可欠だろうというふうに思っております。いつでも、私は、交流というか、話し合いの場を自分から設けていきたい。そして、議論することによって、私に対する誤解も、多分払拭されていくのではないかというふうに思っております。

Q:それに関連して、前の大臣、中谷さんは、訪中についてかなり追求されていたと思うのですけれども、大臣、先ほどの質問で聞かせていただいたのですが、訪中に関する考え方を教えて下さい。
A:機会があれば、訪中したいというふうに思っております。

Q:海外メディアは、大臣の歴史問題に関しまして、南京事件について御見解がいろいろあると思うのですが、聞きたいということと、防衛省の正式な見解では、非戦闘員の殺害、略奪行為をやったことは否定できないと。正しいか、いろいろな説はあるのでどれかとは整理はできませんとあるのですけれども、この見解についてはどう御覧になられますか。
A:私が、弁護士時代取組んでいたのは、南京大虐殺の象徴的な事件といわれている百人切りがあったか、なかったか。私は、これはなかったと思っておりますが、そういったことを裁判として取り上げたわけであります。それ以上の歴史認識については、ここでお答えすることは差し控えたいと思います。

Q:外務省の方の見解は、これは政府としての正式な見解ではないと思うのですけれども、どうお考えですか。
A:外務省の見解を申し上げていただけますか。

Q:南京入城の時に、非戦闘員が殺害、略奪行為があったことは否定できないと思われていますと。具体的なニュースについては、諸説あるので政府はどれが正しいか言えませんと。歴史のQ&Aのホームページ、外務省に書いてあるのですけれども、これはいかがでしょうか。
A:それは、三十万人、四十万人という数が、南京大虐殺の数として指摘をされています。そういった点については、私は、やはり研究も進んでいることですので、何度も言いますけれども、歴史的事実については、私は、客観的事実が何かということが最も重要だろうというふうに思います。

Q:この見解については、虐殺があったと。略奪行為。民間人の虐殺であったと。数は分からないと。この認識だと思うのですけど。これはお認めになるのですか。
A:数はどうであったかということは、私は重要なことだというふうに思っております。それ以上に、この問題について、お答えする立場にはないというふうに思っています。

Q:例えば秦郁彦なんて、ああいった右の方だと思うのですが、日本軍の陣中日記ですとか、その作戦の照合とか御覧になって、捕虜になって捕まった人は、正式な軍事裁判にかけられずに殺されていると。これは、民間人ではないし、虐殺に当たる。虐殺というか、不法な殺害に当たるので、そういう意味では数万の殺害は認めざるを得ないと。これは、かなりコンセンサス的にできあがっているところだと思うのですけれども、戦闘詳報とか、先ほど「事実が大切」と仰いましたが、日本側の残した正式な記録に残る少なくとも数万の殺害というのは、認められるのかどうかというのをぜひお伺いしたいのですが。
A:秦先生を含め、様々な見解が出ていいます。何が客観的事実かどうか、しっかりと見極めていくことが重要で、それ以上について、私がお答えできる立場にはないと思います。

Q:外務省の見解についてはどうなのですか。ホームページに載っているのですけれども。外務省と防衛省、見解が違ったら困ると思うのですが。
A:外務省の見解が、政府の見解と反するということではない、当たり前のことですけれども。

Q:大臣もこの見解をとられると、従うということですか。
A:大臣もというか、私は、歴史的な問題については客観的事実が全てであり、数は関係ないという御意見もありますけれども、数を含めて客観的事実が何かということを、しっかりと検証していくことが重要だというふうに思っています。

Q:その点でのポイントというのは、ここ20年ぐらいは議論が進んでいなくて、歴史家でこれに挑戦する人ってあまりいないのですけれども、大臣、そこら辺は、事実、事実と仰られますが、この点についても、捕虜の殺害、この点、疑義があられるということなのでしょうか。
A:私がここで秦先生の見解について、何かコメントをする立場にはありません。

イナダの靖国参拝の意向について問う
Q:大臣は、靖国の参拝を心の問題だとおっしゃったけれども、かつて小泉内閣時代に、総理は堂々と靖国に公式参拝するべきだとおっしゃられていました。それが、なぜ今、防衛大臣になられて、公式参拝をするとも、しないとも言えないのですか。
A:私は、靖国神社に参拝するか、しないか、これは、私は、心の問題であるというふうに感じております。そして、それぞれ一人一人の心の問題について、行くべきであるとか、行かないべきであるとか、また、行くか、行かないか、防衛大臣として、行くか、行かないかを含めて、申し上げるべきではないと考えております。

Q:かつて、総理大臣が一国のリーダーとして、堂々と公式参拝するべきだというふうにおっしゃっていましたけれども、それとは考え方が変わったということですか。
A:変わったというより、本質は心の問題であるというふうに感じております。

Q:そのときには、総理大臣は行くべきだというふうにおっしゃっていた訳ではないですか。心の問題だというふうにおっしゃっていないではないですか。
A:そのときの私の考えを、ここで申し上げるべきではないというふうに思います。また、一貫して、行政改革担当大臣、さらには政調会長、もうずっとこの問題は心の問題であって、行くとか、行かないとかは、お話しはしませんけれども、安倍内閣の一員として適切に判断をして行動してまいりたいと思っております。

Q:行政改革担当大臣としては行かれた。防衛大臣としては、なぜ行くとも行かないとも言わないのですか。
A:行政改革担当大臣の時代にも、何度も予算委員会、それから様々な記者会見でもお尋ねを受けました。その際にも私は、心の問題であり、靖国に参拝するとか、しないとか、すべきであるとか、すべきでないとか、申し上げませんということを一貫して申し上げてきたとおりです。

Q:一国の総理大臣は、公式参拝すべきだと言っているではないですか。べきだと、「べきだ論」を言っているではないですか。
A:私は、これの本質は心の問題だというふうに感じております。

イナダの従軍慰安婦問題の認識を問う
Q:慰安婦問題に関して聞きたいのですけれども、2007年に、事実委員会が、報告をアメリカの新聞に出したのですけれど、そのときは、大臣は賛同者として名前をつけたのですけれども、慰安婦は、強制性はなかったとコメントもあったので、今の考え方は変わっていますか。
A:慰安婦制度に関しては、私は女性の人権と尊厳を傷つけるものであるというふうに認識をいたしております。今、そのワシントンポストの意見公告についてでありますが、その公告は、強制連行して、若い女性を20万人強制連行して、性奴隷にして虐殺をしたというような、そういった米国の簡易決議に関連してなされたものだというふうに思っております。いずれにいたしましても、8月14日、総理談話で述べられているように、戦場の影に深く名誉と尊厳を傷つけられた女性達がいたことを忘れてはならず、20世紀において、戦時下、多くの女性達の尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を胸に刻みつけて、21世紀は女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしていくという、その決意であります。

Q:強制性はあったということですか。
A:そういうことではありません。そういうことを言っているのではありません。

イナダの沖縄・辺野古政策を問う
Q:別件になるのですけれども、先ほど沖縄の件で、大臣は辺野古が唯一の解決策だというふうに従来の政府の見解を示されました。ただ、なかなか移設は進んでいない状況があると、この根本的な原因はどこにあるとお考えでしょうか。
A:まずは、普天間の辺野古移設が決められた経緯でありますけれども、この問題の本質は、普天間飛行場が世界一危険な飛行場と言われ、まさしく市の中心部、ど真ん中、小学校のすぐ近くにあるということだというふうに思っております。そういったこの問題の本質を、やはり住民の皆様方にしっかりと説明をしていくということが必要であろうと思っております。そして、大きな議論の末に、裁判所で国と県が和解をして、和解条項が成立したわけでありますので、その和解条項に基づいて、今、国も提訴し、さらには協議も進めて行くのだということも説明した上で、誠実に対処していく必要がある、引き続き粘り強く取組んでいく必要があるというふうに思っております。

Q:住民に説明するのが必要と仰いましたけれども、防衛大臣になられて、自ら沖縄に訪問する、行きたいというお考えはありますか。
A:この問題については、しっかりと知事や県民の皆様方にも、御説明をする必要があるというふうに思っています。今、具体的にスケジュール的なものを検討しているわけではありませんけれども、その必要があるというふうに考えております。

Q:今日、午前の菅官房長官の会見で、基地問題と振興策がリンクしている部分があるのではないかという懸念が出ました。大臣御自身は、沖縄の基地問題、現在の辺野古移設とか止まっていますが、これが進まない段階では、振興策は減らすべきだとお考えですか。
A:振興策を減らすとはどういうことでしょうか。

Q:沖縄の振興予算を減額すべきだとお考えでしょうか。
A:私は、沖縄の基地移転、そしてその負担軽減、これは、政府を上げて安倍政権が出来ることは全て行い、また、目に見える形で実施するという基本方針の基で、在日米軍の再編を初めとした施策を着実に進めて行きたいというふうに思っております。その上で、振興策について、防衛省として、お答えする立場にはないというふうに思います。また、基地問題と沖縄振興をリンクさせることについては、本日午前の官房長官会見において、菅長官が述べられたとおりだと承知いたしております。

防衛費について問う
Q:防衛費についてお聞かせください。一時的な例外を除いて、日本の防衛費はGDPの1%以下に抑えられていたという整理だったと思うのですけれども、事実として、1%に抑えられてきたと、それが意識されていたという経緯もあるかと思うのですけれども、そういった防衛費の扱い方というのは、適正かどうかというのを、大臣、どのようにお考えでしょうか。

A:予算の中で防衛費がどうあるべきか、日本の安全を守るためにどれぐらいの防衛予算が必要か、非常に重要な問題だと思います。そういった点を踏まえて、中期防も計画を立てているわけでありますので、その中で着実に、必要な防衛費ということは、つけていくということだというふうに思います。

Q:必要があれば、1%を超えることも、躊躇するべきではないというふうに、大臣、お考えでしょうか。
A:しっかりと、いろいろなことを勘案して計画は立てております。そして、その結果が防衛予算、それが必要なものを積み上げたものであるというふうに、私は認識をいたしております。

北朝鮮弾道ミサイル発射に関して
Q:別件で大変恐縮なのですけれども、北朝鮮の弾道ミサイル、発射されたものについて、回収作業というのは、現在、どのような感じで進んでらっしゃるのか。一部報道で、打ち切ったということも報じられているのですけれども、大臣としては、どのように認識されていますか。

A:昨日から今朝にかけて、弾道ミサイル、あるいは、その一部が落下したと推定される海域において、自衛隊のP-3Cや護衛艦、海上保安庁の航空機や巡視船による捜索を実施し、発見した漂流物を回収しているところであります。他方、現在までに回収した漂流物の中に、弾道ミサイル、あるいは、その一部と判断できるようなものは確認されておりません。引き続き、自衛隊の護衛艦や艦載ヘリによる捜索を実施し、仮に、弾道ミサイル、あるいは、その一部と判断できるような物体を発見できれば、それを回収し、分析することを考えております。

自衛隊員の戦死の持つ意味について問う
Q:戦死ということについてお伺いしたいのですけれども、国民国家においては日本に限らず、戦死ということに様々な意味が付与されてきたと思います。現在、自衛隊員を預かる防衛大臣として、戦死、戦争で亡くなるということに対して、どういうふうなお考えを持つのか、戦死という言葉が持つ意味についての御認識をお聞かせ下さい。
A:憲法上、日本は戦争を放棄いたしております。ただ、憲法ができた時には9条があるので、攻めてこられたとしても、白旗を揚げて自衛権も行使しないというのが解釈だったわけですけれども、1954年に解釈を変えて、そして、日本も主権国家であるので、自衛隊は憲法違反ではない、合憲である。そして、自衛権の行使も、必要最小限度の行使を可能であるということを解釈上決め、また、それは最高裁でもそのような解釈にあるわけであります。自衛権の行使の過程において、犠牲者が出る事も、考えておかなきゃいけないことだろうとは思います。非常に、重たい問題だと思います。

重ねて歴史認識を問う。先の戦争は侵略戦争ではないのか。
Q:先ほどお答えいただけなかったので、もう一回聞きますけれども、軍事的組織の自衛隊のトップとしての防衛大臣に伺いますが、日中戦争から第二次世界大戦にいたる戦争は侵略戦争ですか、自衛のための戦争ですか、アジア解放のための戦争ですか、見解を教えてください。
A:政府の見解は、総理、官房長官に聞いていただきたいと思います。私は、昨年総理が出された談話、これが政府の見解だと認識しております。

Q:大臣自身の見解もそのとおりですか。異論はないのですか。
A:昨年の総理が出された談話に異論はありません。

Q:侵略戦争ですか。
A:侵略か侵略でないかというのは、評価の問題であって、それは一概に言えないし、70年談話でも、そのことについて言及をしているというふうには認識していません。

Q:大臣は侵略戦争だというふうに思いますか、思いませんか。
A:私の個人的な見解をここで述べるべきではないと思います。

Q:防衛大臣として極めて重要な問いかけだと思うので答えてください。答えられないのであれば、その理由を言って下さい。
A:防衛大臣として、その問題についてここで答える必要はないのではないでしょうか。

Q:軍事的組織のトップですよ。自衛隊のトップですよ。その人が過去の戦争について、直近の戦争について、それは侵略だったのか、侵略じゃないか答える必要はあるのではないですか。何故、答えられないのですか。
A:何度も言いますけども、歴史認識において、最も重要な事は、私は、客観的事実が何かということだと思います。

Q:侵略だと思うか、思わないかということを聞いているわけです。
A:侵略か侵略でないかは事実ではなく、それは評価の問題でそれぞれの方々が、それぞれの認識を持たれるでしょうし、私は歴史認識において最も重要なことは客観的事実であって、そして、この場で私の個人的な見解を述べる立場にはありません。

Q:防衛大臣としての見解ですよ。
A:防衛大臣として、今の御質問について、答える立場にはありません。

Q:では、関連ですけれども、日中戦争と太平洋戦争は若干違うと思うのですが、日中戦争の前、日本は、あの時は南満州鉄道あたりしか駐留する権利はなかったわけですね、軍隊を。そこからはみ出して、傀儡国家を打ち立てて、満州国を作ったと。これ侵略じゃないのですか。普通の常識から言って、いろいろ議論はあるのでしょうけれど、太平洋戦争は議論があるとしても、満州国を作るときの経緯というのは、どういう法律に基づいたのか、しかも、あのとき陸軍は、天皇の統帥権を最後無視して、暴走して、拡大して、後から認めた件はありますけれども、それが日本にとって最大の軍事的な教訓なわけですよね。日中戦争、あるいは、その満州国の作り方について、評価できないというのは、国のリーダーとして、いかがなものかと思いますけれど、この2点いかがですか。
A:私は、安倍内閣の一員として、政府の大臣として、この場におります。私の個人的な見解や、また、この場は、歴史論争をする場ではないと思います。政府の一員として、私は、政府の見解、これは昨年の70年談話において総理が示されたとおりだというふうに認識をいたしております。

Q:別に歴史認識(論争)をしたいわけではなくて、これはリアルな、過去をどう捉えて、軍をどうコントロールするか、あるいは、今の近隣諸国とどう仲良くやっていくか、今のリアルの問題と繋がっているからお聞きしているので、別に学者的な論争をしたいわけではないのですけど。日中戦争の、特に満州国の作るときの過程というのは、これは侵略じゃないと、歴史学者は、普通、侵略と言うと思うのですけれども、国際法の専門家の議論はあると思うのですけれども、国民感情からして、歴史学者は、普通、侵略というのは、一般の常識じゃないかと思うのですけれども、そういった一般の、例えば世界中の人々に受け止め方ですね。これ、侵略じゃないと言い切って、どこの欧米の方でもリーダーとして議論されたらいいと思うのですけれども、まともに議論できるとお思いなのでしょうか。
A:私は、歴史認識において、最も重要なのは、客観的事実が何かということだと思います。また、昨年の70年談話でも示されたように、我が国は、過去の歩みをしっかり反省をして、戦後、しっかりと憲法の下で、法律を守り、法の支配の下で、どこの国を侵略することも、また、戦争することもなく、70年の平和な歩みを続けてきたこの歩みを続けていくということだと思っております。

Q:これから、例えば、中国、韓国のリーダーとか、欧米のリーダーと会うときに、あの戦争、太平洋戦争はいろいろ議論があるかもしれませんが、日中戦争に関しても、侵略かどうか、私、言えませんというふうにおっしゃって議論されるわけですね。
A:そういう単純な質問はないと思うのですね。

Q:でも、報道関係、みんなに見られているからですね。欧米のメディアは、そこに歴史認識を集中しているわけですよ。単純と言われようがそういう具合に、この人こういう歴史認識を持っているのではないかとみんな懸念しているわけですよ。別に、単純に議論を私がふっかけるのではなくて、割と世界中のメディアがそういう懸念を持って、書いていると。それに対して答える影響というのは、我々国民なのですから、説明責任はあると思うのですが、いかがですか。
A:私は、昨年、総理が出された70年談話、この認識と一致いたしております。

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イナダは、2011年3月号の雑誌「正論」の対談で、「長期的には日本独自の核保有を単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないでしょうか」と発言していた。小池百合子と同類。軽佻浮薄の極みというべきだろう。

昨日(8月5日)の記者会見で、この点を記者から突っ込まれて、「憲法上、我が国がもてるとされる必要最小限度(の武力)がどのような兵器であるかということに限定がない」と述べ、憲法9条で禁止しているわけではないとする従来の政府見解に沿って説明した。ただ、「現時点で核保有はあり得ない」としつつ、「未来のことは申し上げる立場にない」とも語った。

イナダが述べたことは、「我が国が核武装することは憲法上は許されることだ」。だが、「現時点では諸般の事情に鑑み、政策として核保有はあり得ない」。もっとも、政策の問題だから、状況次第で未来の核政策はどうなるか分からない。未来とは過去と現在を除くすべて、つまりは明日からのこと」と理解すべきなのだ。

その発言の翌日に当たる今日(8月6日)が、71年めの広島平和記念式典。松井一実市長は平和宣言で、「今こそ『絶対悪』を消し去る道筋をつけるために連帯し、行動を」と呼びかけた。核は、絶対悪なのだ。絶対悪の廃絶こそが平和への道であり、国内外の世論ではないか。

状況次第で核保有が許される、核政策がころころ変わるようなことを許してはならない。「日本独自の核保有を単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべき」などとは、悪魔の言と言わねばならない。

アベ首相は、6日、広島市内で記者会見し、イナダの発言を「我が国は核兵器を保有することはありえず、保有を検討することもありえない。稲田防衛大臣の発言はこのような政府の方針と矛盾するものではない」と擁護したという。これも同罪なのだ。都知事選敗北の脱力感は払拭し得ないが、早く悪魔が跳梁するこの悪夢を終わらせないと、世界が滅びてしまうことにもなりかねない。
(2016年8月6日)

子も親も妻も、自衛隊員が災害救助に専念することを望みます。

ボクのお父さんは、じえいたいのたいいんです。
いま、熊本で大じしんのひがいでこまっている人たちを助けるために、いっしょうけんめいはたらいています。いぜんには、大つなみの岩手にはけんされました。

お父さんは、ゆくえふめいの人をさがしたり、こわれた道をなおしたり、食べ物をくばったり、お風呂をわかしてはいってもらったり、みんなにとってもよろこんでもらえるおしごとをしています。

ボクはそんなお父さんが、とてもりっぱだと思います。

でも、友だちからきかれました。つなみもじしんもないときには、なにをしているのって。ボクにはよく分かりません。お父さんにきくと、くんれんをしているんだよ、といっていました。くんれんって、どんなことをするんだろう。

お父さんが、いつもいつも日本じゅうのこまっているひとを助けるおしごとをしていると、ボクもうれしいし友だちにもじまんできます。お父さん、いつも、こまっている人をさがして助けてあげてください。

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私の子供は、陸上自衛隊の隊員です。
今は、熊本に派遣されて、現地で被災者の救援活動に携わっています。東日本大震災の際には、岩手県の三陸に派遣されて、死者の捜索や瓦礫の撤去、道路の修復などの作業を担当しました。

子供は、津波や地震の救援活動をとてもやりがいのあることと考えて、生き生きと任務に当たっています。「被害者や地域の住民と直接に接して、自分が役に立っていることを実感できる」と言っています。

被災地への救援の任務については生きがいを感じる、という子供の言を裏返せば、それ以外の自衛隊員としての通常任務では、生きがいを感じてはいないのかも知れません。少なくとも、「自分が役に立っていることを実感できる」状態ではないようです。

私は、自分の父から先の戦争での辛い体験を聞かされて育った世代です。自衛隊の存在や活動にいろいろな意見があることも知っています。でも、子供が自衛隊員として被災地の救援活動をしているときには、自衛隊にも子供にも誇りを感じます。

できれば、自衛隊の中に、災害救助の専門部隊ができればよいと考えています。そうすれば、子供はきっと真っ先に配属を希望するでしょう。射撃や格技の訓練ではなく、災害救助の専門部隊としての訓練を重ね、国内だけでなく海外にも、人命救助や被災地の復興のための活躍の場を与えられたら、子供はどんなにか張り切ってはたらくことでしょう。

私の子供だけでなく、多くの自衛隊員がそう思っているのかも知れません。それならば、災害救助の専門チームをどんどん大きく増やしていって、自衛隊の名前も災害救助隊と変えてはどうでしょうか。被災地では、迷彩服ではなく、被害者からもっとよく目立つ服装に変えた方がよいと思います。そして、予算もオスプレイやヘリ空母や爆弾に使うのではなく、人命救助やインフラ復旧のための機材や資材の購入に切り替えてはどうでしょうか。

そうすればきっと、私の子供も生きがいを獲得できますし、多くの国民が自衛隊(名前を変えた災害救助隊)を大切に思うようになることでしょう。

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私の夫は、自衛隊員です。今は、熊本で災害援助に当たっています。東日本大震災の際には、三陸の大槌町に派遣されていました。普段は、肩身が狭いような気持になることもすくなくないのですが、テレビで、被災地の自衛隊の活躍を見ると、とても誇らしい気持になります。

夫も、派遣された被災地での災害救助活動には、身が入っている様子です。夫の本来の任務が救援の活動であればよいと思い続けています。

私には、自衛隊という存在が平和のための抑止力になっているのか、それとも近隣の国々への脅威となっているのか、判断はいたしかねます。ただ、一ついえることは、夫の自衛隊員としての奉職は専守防衛のためと信じてのことです。防衛の任務が、国内だけでなく、海外であり得るとは長く考えたこともありませんでした。

ところが、最近急に風向きが変わってきて、心配でなりません。昨年9月には戦争法とも言われる安保関連法が、大きな反対運動を押し切る形で成立しました。難しくてよく理解できない「存立危機事態」には、海外にも防衛出動ができるようになって、夫にも派兵の出動命令が出されるかも知れません。それだけでなく、海外での後方支援活動でも戦闘行為があり得るというのです。

自衛隊は軍隊ではない、国防軍でもない。だから、けっして海外で戦争することはないと考えていたのですが、話しが大きく食い違ってきています。

夫は、人のために黙々とはたらくことが大好きな好人物です。被災地で、被災者のためにはたらくことを厭うはずはありません。そんな夫が、海外で戦闘に巻き込まれるような危険な任務を与えられぬよう、祈るばかりです。
(2016年4月21日)

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