澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

《終わりにしよう天皇制 11・26大集会・デモ》

友人から、下記の集会・デモについてのご案内を受けた。

集会・デモの規模が本当に「大」の付くものであるかは知らない。しかし、社会的な圧力に屈することなく、このような集会やデモが果敢に行われていることが頼もしい。

なお、講演の吉澤文寿さん(新潟国際情報大学教授・一橋大学大学院地域社会研究専攻博士後期課程修了)は、朝鮮現代史・日朝関係史の若手専門家として注目されている人。おそらく、小池百合子の民族差別にも言及があるのではないか。そして、横田耕一さん(九州大学名誉教授)は、いまさら紹介の必要もない憲法学における天皇制研究の第一人者。

《終わりにしよう天皇制 11・26大集会・デモ》
日時:2017年11月26日(日) 13:00開場 13:15開始
会場:千駄ヶ谷区民会館 (JR原宿駅10分)
講演:吉澤文寿さん(朝鮮現代史)「植民地責任と象徴天皇制」
ビデオインタビュー:横田耕一さん(憲法学)「憲法と生前退位」
※コント、天皇制弾圧に関する映像、アピールなど盛りだくさん!予定
※集会後、4時過ぎよりデモあり
主催:終わりにしよう天皇制11・26集会実行委員会

【呼びかけ文】
あなたがもし、世襲の特権階級が無いことを望むなら、何をためらうことがある?
あなたがもし、歴史と責任を素通りする社会を嘆くなら、何をためらうことがある?
あなたがもし、民族や国籍で差別されない国を望むなら、
あなたがもし、「不敬」と名指され傷つけられた人々の身の上を想うなら、
あなたがもし、「正しい家族」「正しい日本人」の抑圧に窒息しそうなら、 何をためらうことがある?
「日本は決して美しい国ではない」と思うなら、ためらうな。
象徴のメッキを剥がすことを、偽りの統合を撃つことを、ためらうな。
天皇制反対!明仁を最後の天皇に!終わらせるのは、いまだ!
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私も、世襲の特権階級がなくなることを望む。それは人類の進歩が普遍的な常識と確認したところであり、日本国憲法14条によって宣言されてもいる。

私も、歴史の真実を重く受けとめ、痛みを伴うにせよ歴史が課した責任を素通りしてはならないと思う。その立場から今の社会を嘆かざるを得ない。

私は強く、民族や国籍で差別されない社会を望む。差別されたくもないし、けっして差別する側に与するまいと思う。

私は、国籍や民族を問わず「大逆」「不敬」と名指され傷つけられた多くの人々の痛苦を強い憤りをもって想起する。その家族や友人の深い嘆きを思う。

私は、「正しい家族」「正しい日本人」という、差し出がましい押しつけを受けいれない。日の丸・君が代を押しつける社会の抑圧に窒息感を覚える。

私も、アベ政権が君臨し、弱い者イジメやヘイトスピーチが横行し、ブラック企業がはびこるこの国を、「決して美しい国ではない」と強く思う。

だから、私も象徴のメッキを剥がし偽りの統合を廃するために、「天皇制反対!」と発することをためらわない。

来年(2018年)の末には、現天皇(明仁)が、自らの希望によって生前退位の運びとなる。なるほど、このときが天皇制を終わらせる、一つのチャンスとなりうるのかも知れない。
(2017年10月2日)

兵戈無用 ― 「不殺生戒」は平和憲法理念に通じる

昨日(9月1日)の都立横網町公園での朝鮮人犠牲者追悼式典では、実行委員長宮川泰彦さんの「開式のことば」と、韓国伝統舞踊家・金順子(キム・スンジャ)さんの「鎮魂の舞」が大きな話題となったが、開式のことばの直後には、「鎮魂の読経」が行われている。「日本宗教者平和協議会 浄土真宗本願寺派・僧侶」小山弘泉さんを導師とするもの。

普通、読経はサンスクリットの漢訳をそのまま音読するから、聞いていて意味はさっぱり分からない。「はんにゃはらみた」も、「ぎゃーてー、ぎゃーてー、はらぎゃてー」も、チンプンカンプン。本来が聴衆に聞かせて分からせるための読経ではないのだ。

ところが、小山弘泉さんの読経は、半分以上は日本語だった。聴いていて分かるのだ。大震災とその後の混乱の中で、朝鮮人と中国人と社会主義者や労働運動活動家が殺された経過と背景を語って、再びの悲劇を繰り返してはならないとする内容。これこそが、鎮魂の式典のあり方といえよう。

その読経の中で、「仏説無量寿経」の中のお釈迦様の言葉が紹介された。「兵戈無用(ひょうがむよう)」というのだ。

いうまでもなく、「兵」とは軍のこと、「戈」とは武器のことである。「兵戈無用」とは、軍隊も武器もまったく不要とする非武装平和主義、まさしく憲法9条の思想ではないか。

ネットで検索すると、出典は次の一節であるらしい。
『仏説無量寿経』
「天下和順 日月清明 風雨以時 災厲不起  国豊民安 兵戈無用」

読み下しは、
『仏説無量寿経(ぶっせつ むりょうじゅきょう)』
「天下和順(てんげわじゅん)し 日月清明(にちがつしょうみょう)なり 風雨ときをもってし 災厲(さいれい)起こらず 国豊かに民安くして兵戈(ひょうが)用いることなし」とのこと。

「み仏が歩み行かれるところは、世の中は平和に治まり、 太陽も月も明るく輝き、風もほどよく吹き、雨もほどよく降り、災害や疫病なども起こらず、国は豊かに、民衆は平穏に暮らし、武器をとって争うこともなくなる。」

お釈迦様が、悪を戒め信を勧められるところで語られることばで、その背景には「不殺生」という仏教の根本思想があるという。仏教は五戒を説くが、その筆頭は「不殺生戒(ふせっしょうかい)」である。大量の殺生である戦争は佛教徒の最も忌むべきものであろう。

民族差別、排外主義は、それ自体が殺生の原因となる。そして、戦争の温床となって、さらに大規模な殺生に至るのだ。

「今に生きる私たちは、そのような差別と憎しみを克服して、戦争のない平和な世界、民衆が国境を越えて仲良く豊かに平穏に暮らせる世の中を作ります。そのために、けっして武器をとって争うことをしません。」

小山弘泉さんは、宗教者として、参列者とともに、亡くなられた犠牲者にそう語りかけていたのだと思う。
(2017年9月2日)

女王さま、右耳だけが象の耳

9月1日である。この日を、私は個人的に「国恥の日」と呼ぶことにしている。

通例、外国から受けた恥辱を国民的に記憶して忘れてはならないとするのが「国恥の日」。かつて中華民国は、日本からの二十一箇条要求を承認した5月9日、あるいは柳条湖事件の9月18日を国恥紀念日として国民の団結心に訴えた。また、韓国民は、韓国併合条約発効の8月29日を庚戌国恥日として記憶している。

日本にとっての9月1日は、日本の民衆が、民族差別と排外主義とによって在日の朝鮮人・中国人を集団で大規模に虐殺したことを思い起こすべき日である。自らの民族がした蛮行を恥辱としてこれを記憶し、再びの過ちを繰り返してはならないと誓うべき日。

94年前の関東大震災は、関東一帯に居住する住民に悲惨な犠牲を及ぼした自然災害であった。その犠牲者を追悼するとともに、再びの惨禍をなくす(あるいは軽減する)努力をなすべきは当然のことである。

ところが、別の問題が発生した。震災の直後に、自然災害ではない恐るべき非人道的な人災が生じたのだ。それが、日本人民衆による在日朝鮮人・中国人に対する虐殺である。自然災害による住民の犠牲と、民衆による他民族殺戮の二つは、質を異にするまったく別異の事件である。ことさらにこの両者を混同して論じる欺瞞は許されない。

虐殺には、軍と警察が深く関わっていたことが広く知られている。国の責任を論じるには、軍と警察の行為が重要になる。しかし、私には、自警団という名の民衆が武装して、朝鮮人狩をして、集団で撲殺し刺殺し、縛って川に投げ込むなどの蛮行におよんだことが衝撃である。私たちの父祖が、なぜこんなことを起こしたのか。正確に知り、記憶しなければならない。そのための、「国恥の日」である。

1923年の関東大震災から94年目となる今日(9月1日)、朝鮮人虐殺の犠牲者を追悼する式典が、東京都墨田区の都立横網町公園内の追悼碑の前で営まれた。これまで慣行として都知事から寄せられていた朝鮮人犠牲者に対する追悼文は、今年はなかった。

都知事小池百合子への批判の高まりを反映して、今年の追悼式参加者数は、昨年に倍する500人に上った。

追悼式実行委員長の宮川泰彦さんは、かつて同じ法律事務所で机をならべた私にとっては同僚弁護士。その怒りがよく伝わってくる。

式辞の中で彼は、小池百合子を厳しく批判した。
「都知事が追悼文をとりやめたことは到底容認できない。流言飛語による虐殺で命を奪われた犠牲者、遺族や関係者に寄り添う姿勢が全く見えない」「虐殺の歴史にあえて目を背けている」「都知事にはいま一度立ち止まって、参列者の声、多くの人の声に耳を傾けることを求める」「恐怖と混乱、そして差別意識によって過ちが引き起こされた。忘却は再び悪夢を生む。悲惨な出来事を忘れてはならない」

小池百合子の弁明はこうだ。
「大法要で犠牲となった全ての方々への追悼を行っていきたいという意味から、追悼文を出すことは控えさせてもらった」

これは、集団による他民族虐殺の犠牲を、ことさらに自然災害の犠牲と同列視して、意識的に自然災害死のなかに埋没させる悪質なレトリックと指摘しなければならない。小池百合子は、語り継がなければならない悲惨な行為と犠牲と責任とについて、語り継ぐことをやめたのだ。

小池百合子自身が排外主義的傾向あることは、周知の事実だった。前任の舛添要一は、当時の韓国大統領・朴槿恵との間に「韓国人学校用地としての都有地貸与」の合意を交わしていた。小池百合子は、就任直後にこの合意を白紙に戻して物議を醸している。

各紙の報じるところでは、「犠牲となった全ての方々に対する都慰霊堂大法要での都知事追悼文」(安藤立美副知事代読)に、朝鮮人犠牲者への言及はまったくなかったという。まさしく、小池百合子は、虐殺の歴史を直視することなく、これを自然災害犠牲者の中に埋没させたのだ。その罪は深い。歴史修正主義、排外主義の潮流に身を置くものと、近隣諸国や世界からも厳しい批判を受けざるを得ない。

94年を経てなお、歴史を直視することも、真摯な反省もできない。これをこそ、国恥というべきだあろう。

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むかし むかしのこと
どのくらい昔かというと、
まだ、みんしゅしゅぎという考え方のないほどの大昔

ある国に、すこしかわった女王さまがおりました
女王さまは こくみんが自分をどう見ているか
こくみんのなかでの 自分の人気を
たいそう気にするかたでした

ですから つねづね
「わたしは こくみん みんなの意見を よく聞きます」
「わたしくらい こくみんみんなの声に耳をかたむける 王さまはない」
といっていました

「わたしは耳をすまして たみの声を聞こう」とおっしゃるのですが
すこし変わった聞きかたをするのです

じぶんをほめるたみの声を聞くときには右の耳で聞くのです
じぶんと同じ意見を聞くときも右の耳なのです

じぶんをほめない きびしいたみの声を聞くときには
左の耳で聞きました
じぶんとちがう意見を聞くときも左の耳なのです

たみの声は女王さまにとって心地よいものばかりではありません
するとどうでしょう
だんだんと心地よいことを聞くための女王さまの右の耳だけが大きくなっていったのです
はんたいに 女王さまにとっては心地よくないことを聞く左の耳はだんだんと小さくなっていきました

そして、とうとう女王さまの右の耳は象の耳になりました
うちわよりももっとおおきな よく聞こえる象の耳
左の耳はあるかないかのカエルの耳になりました
小さいだけではなく ほとんど聞こえなくなったのです

こうして女王さまは
「わたしは耳をすまして たみの声を聞こう」とおっしゃるのですが
実のところは、
「じぶんとおなじいけんか、じぶんをほめるいけん」
だけしか聞こえなくなってしまったということです
どんとはれ
(2017年9月1日)

百合子さん、百合子さん、右のお耳がよろしいのね。そうよ、そっちの人だもの。

「小池都知事の英断に感謝します!」という、声明が現れた。もちろん右翼のもの。8月25日のことのようだ。
「私達は、この度の小池都知事の関東大震災朝鮮人慰霊式への追悼文送付を断るという大英断に、心より称賛の言葉を送りたいと存じます。
40年の長きに渡った、都の慣例を打ち破るという事がどれほど難しい選択だったか想像に難くありません。この横網町の碑の問題に取り組んできたそよ風としては感謝の言葉しか御座いません。
又、この問題を都議会で取り上げて下さった、自由民主党古賀俊昭議員の勇気ある質問がなければここまで来られなかったことは間違いありません。古賀議員の元には抗議が来ているそうですが、それでも毅然としていらっしゃる御姿はまさに日本を護る守護神のように思えてなりません。又、何より、これまでご支援下さった皆様、関心を持ち続けて下さった皆様に、御礼を申し上げます。
しかし、戦後自虐史観との闘いは緒に就いたばかりです。
今後とも、どうか宜しくお願い致します。
 そよ風代表  鈴木 由喜子  他一同 

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関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文送付の問題は、「戦後自虐史観との闘い」だという位置づけ。だから、追悼文送付の取りやめは大英断として小池百合子に感謝する、というのだ。右翼からの小池へのオマージュである。なるほど、あの極右・石原慎太郎もできなかったことを小池百合子がやってのけたのだから、感謝感激であり、心からの称賛ということになるわけだ。

「そよ風」とは、真正右翼の模様。こんな調子だ。
「マスコミの偏向報道、教育の場での自虐史観授業等に日本の危機を感じています。もう男性達だけには任せておけない!
日本を護る為に私たち女性は立ち上がります。先人達が命をかけて築きあげてきたこの素晴らしい国、日本を失わないために、今、私達が頑張らないといけないのではないでしょうか。
語るだけでは何も変わらない、私達は行動します。
そよ風は日本を愛する女性の会です。」

こういう歴史修正主義派の右翼連中が、小池百合子の本性を褒めそやしているのだ。

もっとも、小池自身はそう広言しているわけではない。いかにもポピュリストらしく、「これまでも都知事として関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表し、全ての方々への慰霊を行なってきました」「今回は全ての方々への法要を行いたいという意味から、特別な形での追悼文提出を控えた」というのだ。いかにも控えめ。

しかし、本当にこれが小池の本心なら、右翼が「大英断」などと持ち上げようはずもない。ここは、想田和弘(米国在住)が、下記のごとく言うとおりではないか。

「政治性を排除することが、極めて政治的であることの好例。『震災の犠牲者すべてを追悼する』という一見中立的・公平にみえる言説が、朝鮮人に対する暴力を隠蔽する。実は全く中立でも公平でもない。最近、こういうことがあちこちで起きている。」

そのそよ風が、朝鮮人犠牲者慰霊式の場所と時間に合わせて、カウンターの行事を行うという。下記のとおり。

9月1日午前11時より私達の悲願であった都立横網町公園・真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭ですが、都立公園での開催申請が受け付けられましたのでご報告申し上げます。
真実の慰霊祭を執り行いますので皆様ぜひご参集下さいませ。
 日時 平成27年9月1日午前11時より
 場所 都立横網町公園関東大震災石原町慰霊碑前

同じ公園内の目と鼻の先の距離で、対抗集会を開こうというのだ。「虐殺犠牲者の縁故の者が慰霊・追悼の儀式を行う」ということはわかりやすい。しかし、右翼の連中は「虐殺はでっち上げだとして『真実の慰霊祭』を執り行う」という。これは極めて分かりにくい。なんでもアンチの右翼が、ことを起こそうとしている可能性を否定し得ない。無用な衝突なく、充実した行事が平穏に運ぶように、朝鮮人犠牲者追悼式典に圧倒的な多数者が参列することを期待する。両国駅下車の横網町公園、午前11時である。

ところで、TBSラジオ「荻上チキSession22」に、加藤直樹が出演した「小池都知事・関東大震災朝鮮人犠牲者への追悼文送付取りやめを語る」。
https://www.tbsradio.jp/177037
下記では読むことができる。
http://miyearnzzlabo.com/archives/44795

たいへん分かり易く、貴重な意見を語っている。以下だけを引用する。
「(加藤直樹)焦点になっているのは追悼碑だと思うんですけど、もともとこの追悼碑は1973年に民間で作られたものなんですけど、ただ非常に広範な人々の協力でできたんですね。(当時の)美濃部都知事を筆頭に、当時の自民党の各区の区議団や共産党、社会党は当然としても公明党、民社党も含めて地域レベルでは協力する。そして寺院とか学者、学術団体、病院、労働組合。そういった幅広い人たち。数えてみたら個人で約600人。団体で240団体が協力者に名を連ねる形で当時作られたんですね。

(荻上チキ)ええ、ええ。

(加藤直樹)それは東京で起きたそういう事件を……要するに、民族差別によって殺してしまうという事件を二度と起こしてはいけないという思いがあったからだと思うんです。だからこそ、歴代の都知事はメッセージを送ってきたと思うんですね。それを取りやめるということは、歴史的な教訓を忘れるということですから。要するに、東京はいつ大地震が起きるかもわからない都市ですし、また非常に多民族的な都市なんですよね。そういう都市で「民族差別による暴力は許さないんだ」っていうメッセージが非常に後退してしまうんじゃないか?っていう気はしますよね。」

小池百合子には、耳に痛い言葉ではないか。とりわけ、右耳に。

また、「関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会」のホームページが以下のとおり。
https://www.shinsai-toukai.com/
「関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会」(以下、「問う会」)は、虐殺された犠牲者を悼み、真相を究明してきた地域の市民と研究者により、2010年9月に発足しました。日本政府が流言の流布と虐殺に主体的に関与したことを認めて遺族に謝罪し、真相究明の調査を行なうこと、そして資料の恒久的な公開と保存を求めています。

「問う会」役員(共同代表)
石田貞(埼玉県朝鮮人強制連行真相調査団顧問)
石橋正夫(日朝協会会長)
姜徳相(滋賀県立大学名誉教授、在日韓人歴史資料館館長)
山田昭次(立教大学名誉教授)
吉川清(千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼・調査実行委員会代表)

このサイトに、次の一文がある。
1923年9月1日、関東地方をマグニチュード7.9の大地震が襲いました(関東大震災)。この時、朝鮮人や社会主義者が暴動を起こす等の流言が流され、多くの朝鮮人や中国人、そして日本人が殺されました。なかでも朝鮮人については各地で広範囲に、多くの犠牲者が出ました。
 流言を流したのは、国家と民衆でした。また、国家と民衆双方が朝鮮人を虐殺しています。とりわけ国家は、地方行政機関や無電を使うなど、組織的・広範囲に流言を流布し、軍隊による多数の朝鮮人の虐殺事件を引き起こしました。
 しかし、当時の日本政府は自らの責任を回避するために事件を隠蔽し、遺族に対する謝罪も真相を明らかにすることもしませんでした。今なお、朝鮮人犠牲者数も多くの犠牲者の名前も不明のままです。

 本来犠牲者の調査は、当時の日本政府が責任を持ってなすべきことでした。ところが、政府は調査を行なうどころか遺体の損壊を始めとした隠蔽工作を行ない、事件直後の朝鮮人による調査や追悼の妨害まで行ないました。
朝鮮人虐殺の問題については、日本弁護士連合会が調査を行ないました。同会は震災から80 年目の2003 年に『関東大震災人権救済申立事件調査報告書』を作成し、小泉首相に対して国家責任を認めて遺族に謝罪し、真相調査を行なうよう勧告しました。しかし、政府はこれを無視たまま現在に至っています。
以上のような状況を変えようと、これまで各地で追悼・調査に携わってきた市民が連帯して地域を越えた大きな枠組みによる会を作ろうという気運が高まりました。こうして2010年、「関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会」(以下、「問う会」)が生まれました。

歴史の闇に光を。ぜひとも邪悪な妨害をはねのけて。切にそう思う。
(2017年8月28日)

工藤(美代子)がつき古賀(俊昭)がこねしヘイト餅 座りしままに食うは小池百合子

9月1日都立横網町公園における関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式。昨年までは、毎年恒例となっていた歴代の都知事の朝鮮人犠牲者への追悼文の送付が、今年は小池百合子の意識的な決断によってなくなった。

豊洲か築地か、優柔不断で決められない都知事と揶揄されたポピュリスト小池である。日本人の対朝鮮人虐殺問題では決然とレイシストの立場を鮮明にしたのだ。これは、小池都政の評価に決定的な重大事といわねばならない。この追悼文送付の有無は、日本人の恥ずべき歴史の汚点を事実と認めてこれに真摯に向きあうか、それとも歴史を都合よく修正するかの姿勢を公的に問うものだからである。

この小池の決断を促したのが、自民党都議団の中での最右翼と言われる古賀俊昭。右翼レイシスト集団の先頭にあって、自警団という名の日本人民衆が、無辜の朝鮮人に対して行った戦慄すべき残虐行為を認めるべきでないとの主張者である。

私が古賀を知ったのは、悪名高い石原都政での「10・23通達」発出直後のこと。この通達を援護して、都立校に日の丸・君が代強制秩序を押しつけようという都議会内勢力の尖兵として、である。

こんな人物がまだこの世にいるのかと驚いたのは、2005年12年8日の都議会本会議での彼の質問。冒頭に「大詔渙発」が出てきたことである。

議事録を見ると以下のとおりである。
「本日は、大東亜戦争開戦の大詔渙発より六十四周年に当たります。さらにことしは、日露戦勝から百年の節目であると同時に、日本文化史上最大級の事業である我が国最初の勅撰和歌集「古今和歌集」が成立して千百年になります。それまでの漢詩文偏重に終止符を打ち、和歌を日本文化のかなめにしたこの平安朝時代に編さんされた「古今集」の祝賀の歌の初めに、詠み人知らずとして、国歌君が代の原歌があります。本日は、そうした国史の意義を踏まえながら、一般質問を行います。初めに、学校式典における国旗・国歌の適正な取り扱いと、それに関連する特殊法人NHKの報道について問題点を指摘し、同時に所見を伺います。…」

「大詔」も「渙発」も、今や完全な死語である。米英に対する宣戦布告を国民に広報する、「大東亜戦争開戦の大詔渙発」は結構長い。その冒頭は次のようなもの。

「天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ、昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス。朕茲ニ米國及英國ニ対シテ戰ヲ宣ス。朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ、朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ、朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ、億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ」(原文に句読点はない)

天皇が勝手に戦争を始めたのだ。「もう戦争を始めちゃったから、みんながんばれよ」という、上から目線の代物。そのおかげで、東京も、沖縄も、広島も長崎も、日本中の国民がたいへんな被害にあった。戦争を仕掛けられた相手国にもこの上ない惨禍をもたらし、何百万人もの犠牲者を出したのだ。

大詔渙発とは、国内外に惨劇をもたらした償いようもない重大な責任をともなう天皇の過誤。ところが、古賀はまったくあの戦争を反省していないのだ。歴史に学ぶところのない、典型的な歴史修正主義者。

その古賀が、本年(2017年)3月2日の東京都議会本会議において、工藤美代子著「関東大震災 朝鮮人虐殺の真実」を論拠に、朝鮮人犠牲者の数がこんなに多いはずはないとして、次のように知事に質問した。

○都内墨田区に所在する東京都立横網町公園に建つ朝鮮人犠牲者追悼碑などの問題について質問を行います。
本年は、十万人余が犠牲となった大正十二年の関東大震災から九十四年になります。この震災の混乱の中での不幸な事件により生じたのが、朝鮮人犠牲者であります。
 横網町公園内に朝鮮人犠牲者を追悼する施設を設けることに、もとより異論はありませんが、そこに事実に反する一方的な政治的主張と文言を刻むことは、むしろ日本及び日本人に対する主権及び人権侵害が生じる可能性があり、今日的に表現すれば、ヘイトスピーチであって、到底容認できるものではありません。
追悼碑には、誤った策動と流言飛語のため六千余名に上る朝鮮人がとうとい生命を奪われましたと記されています。この碑は、昭和四十八年、共産党の美濃部都知事時代に、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼行事実行委員会が建てて、東京都に寄附したものでありますから、現在、碑文については東京都に全責任があります。
本来は、当時、都が受領に際し、六千余名、あるいは流言飛語などの表記、主張に対しては、公的資料などによる根拠を求めるべきでありましたが、何せ共産党を中核とする革新都政でありましたから、相手のいうがままであったと思われます。
私は、小池知事にぜひ目を通してほしい本があります。ノンフィクション作家の工藤美代子さんの「関東大震災 朝鮮人虐殺の真実」であります。工藤さんは、警察、消防、公的機関に保管されている資料を詳細に調べ、震災での死者、行方不明者は二千七百人、そのうち不法行為を働いた朝鮮独立運動家と、彼らに扇動されて追従したために殺害されたと思われる朝鮮人は約八百人、また、過剰防衛により誤って殺害されたと考えられている朝鮮人は二百三十三人だと調べ上げています。この書籍は「SAPIO」に連載され、現在、産経新聞から単行本として出版されています。
(略)
 流言飛語に関しても、当時の我が国の治安状況を知るべきであり、震災の四年前に朝鮮半島で勃発した三・一独立運動に関与した朝鮮人活動家が多数日本に来て、ソビエトや日本人無政府主義者の支援を受けて頻繁に事件を起こしていたことは、現存する当時の新聞記事からも確認できるのであります。
 また、彼らは、当時皇太子殿下であった後の昭和天皇のご成婚に合わせての危害行動を準備していました。そのほか、現に震災に乗じて凶悪犯罪が引き起こされたことは、具体的に事件としてたくさん報道されています。
 こうした世相と治安状況の中で、日本人自警団が過敏になり、無関係の朝鮮人まで巻き添えになって殺害された旨の文言こそ、公平、中立な立場を保つべき東京都の姿勢ではないでしょうか。
(略)
 歴史の事実と異なる数字や記述を東京都の公共施設に設置、展示すべきではなく、撤去を含む改善策を講ずるべきと考えますが、知事の所見を伺います。
 また、小池知事は、昨年九月一日、同公園で行われた日朝協会が事務局を務める関東大震災犠牲者追悼式典に追悼の辞を寄せています。当組織の案内状には、六千余名、虐殺の文言があります。東京都を代表する知事が歴史をゆがめる行為に加担することになりかねず、今後は追悼の辞の発信を再考すべきと考えますが、所見を伺います。
(以下略)

古賀の追悼行事攻撃は、右翼ジャーナリストとして知られる工藤美代子本を援用して、朝鮮人虐殺犠牲者の数を過小に見積もり、否定し得ないところは、「それなりの理由があった」とするものなのだ。南京大虐殺は正確な犠牲者数が分からないのだからなかったも同然という論法に酷似している。

ネット上で、この工藤美代子本を検証するサイトが充実している。
その筆頭に挙げるべきが、《「朝鮮人虐殺はなかった」はなぜデタラメか一関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定するネット上の流言を検証する―》という下記URL。
http://01sep1923.tokyo/

「20分でわかる『虐殺否定論』のウソ」や、「虐殺問題関連資料庫」に掲載の、黒澤明や清川虹子の生々しくも貴重な証言をぜひお読みいただきたい。リンク先も充実している。

中に、「工藤美代子/加藤康男『虐殺否定』本を検証する」というページがある。下記ブログを引用するページ。
http://kudokenshou.blogspot.jp/

「このブログは、工藤美代子/加藤康男による『関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する本』を検証するために、『民族差別への抗議行動・知らせ隊+チーム1923』が作成するものです。」とされているが、具体的で説得力がある。

朝鮮人虐殺を否定する怪しげな工藤美代子本を手にかざして、小池百合子に対して、朝鮮人虐殺への追悼文は送るなと働きかけたのが右翼古賀。。小池百合子の耳は、右側の耳だけがとてもよく聞こえるようである。工藤や古賀の言には、聞き分けがよいのだ。

どう考えてもおかしい。納得しがたい。
(2017年8月27日)

大阪地裁、朝鮮学校への差別行政を糺す!

本日(7月28日)午前。大阪地裁の門前に二つの幡(はた)が躍った。一つは「勝訴」。そしてもう一つは、「行政の差別を司法が糺す!」。大阪地裁は、司法本来の使命をよくぞ果たした。裁判所にも、この裁判を支えた原告側の関係者にも敬意を表したい。

この裁判は、2013年1月24日の提訴。原告は、東大阪市で大阪朝鮮高級学校などを運営する学校法人「大阪朝鮮学園」。被告は、国。朝鮮学校を無償化の対象から外した国の「不指定処分」の取消を求める取消請求と、指定の義務付け請求の訴訟。今月19日の、同種訴訟での広島地裁判決が原告敗訴だっただけに、本日の判決はとりわけの感動をもって受けとめられた。原告弁護団の丹羽雅雄団長は、「裁判所は良心と法の支配のもとで適正な事実認定、判断を下した。我々の全面勝訴だ」とコメントしている。

高校の授業料の無償化(就学支援金支給)制度は2010年、民主党政権時代に導入された。この制度から、朝鮮学校だけを対象から外したのが、第2次安倍政権。ブラジル学校、中華学校、韓国学校、インターナショナルスクールなど、39校の外国人学校が文部科学大臣の指定を受けているが、朝鮮学校10校だけが除外されているという。「拉致問題の進展がない」「朝鮮総連との密接な関係から国民の理解を得られない」ことを理由とするもの。高校生に何の責任もないこと。

この制度で、外国人学校が無償化(就学支援金支給)の対象となるには文部科学大臣の指定を受ける必要があり、すべての朝鮮学校がその申請をしたが、2013年2月に申請拒否の処分となった。本日の判決は、原告の請求を認容して、国の「就学支援金の不支給処分を取り消す」とともに、被告国に対して「就学支援金の支給処分をせよ」と命じた。これは、安倍内閣の民族差別政策に対する断罪でもある。

同種訴訟は全国5地裁に係属している。請求内容は、「不支給処分取消」「支給処分義務付」、そして「国家賠償」の各請求である。提訴順に以下のとおり。

2013年1月24日
大阪地裁 原告 大阪朝鮮学園 処分取消・支給義務付

2013年1月24日
名古屋地裁 原告 生徒・卒業生10名 国家賠償

2013年8月1日
広島地裁 原告 広島朝鮮学園 処分取消・支給義務付
      原告 生徒・卒業生110名 国家賠償

2013年12月19日
福岡地裁 原告 生徒・卒業生68名 国家賠償

2014年2月17日
東京地裁 原告 生徒・卒業生62名 国家賠償

このうち、広島と大阪が判決に至った。残る3件が審理続行中だが、東京訴訟が結審し、9月13日判決の予定である。

この種の訴訟は、行政裁量との闘いである。裁判所は民主的な手続で運営されている(はずの)行政の裁量を大幅に認める。法の趣旨や理念から大きく外れる場合に限って、処分が違法となる。裁判所は民主的な手続によって構成されない。その裁判所の行政への介入は最小限度であるべきという司法消極主義が、わが国の伝統となっているのだ。広島地裁判決は、このハードルを越えられないものだった。

しかし、本日の判決は、軽々とこのハードルを越えた。原告側の主張は、「北朝鮮との外交問題を理由に不利益を与えるのは差別意識を助長し違法」という平等権(憲法14条)を骨子とするもの。本日の大阪地裁(西田隆裕裁判長)判決は、「無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは、『拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られない』という外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ」「教育の機会均等とは無関係の外交的、政治的意見に基づく処分で違法、無効」と指摘して、国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じた、と報じられている。

いま、安倍内閣が揺らいでいる。安倍内閣の憲法無視の姿勢がようやくににして批判の対象になってきているということであり、近隣諸国民や在日に対する敵意涵養政策が揺らいでいるということでもある。民族差別や憎悪を助長する政策頓挫の意味は大きい。次は、9月13日の東京地裁判決に注目するとともに、支援の声を送りつつ期待したい。
(2017年7月28日)

つぶやきームンフバト・ダバジャルガル青年の深刻な悩み

私、ムンフバト・ダバジャルガル。通称はダヴァ。32歳。職業は日本のプロ相撲選手。こちらでは、大相撲の力士と言うんだ。力士としての登録名は、「白鵬」。「鵬」は中国の古典に出て来るとてつもなく大きな伝説の鳥だ。一昔前に「大鵬」という強い力士がいて、それにあやかったネーミング。15歳でモンゴルのウランバートルから東京に来て、心細い思いをしながらも、我ながらよく頑張った。グランドチャンピオン(横綱)に上り詰めただけでなく、とうとう昨日(7月21日)通算1048勝という大相撲史上の新記録を樹立した。名力士「大鵬」さんもできなかったことだ。これまでの苦労を思えば、感慨一入。涙も出る。

記録達成後のインタビューの様子を、メディアは、「目を閉じて数秒間の沈黙の後に、『言葉にならないね』と喜びをかみ締めた。胸に去来するのは、努力を重ねて地位を築いた土俵人生。そして、将来の夢だ。」などと報じている。「喜びをかみ締めた」は嘘ではない。しかし、思いはもう少し複雑で微妙なんだ。

私は社会人としては若いが、現役の力士としては盛りを過ぎている。引退は先のことではない。その後は、大相撲協会の役員となり、自分の経験を生かして後輩を育成したい。そう、次の舞台の人生を描いている。日本人力士にとっては、なんの問題もないことだが、私の場合には国籍という壁が立ちはだかっている。日本相撲協会の役員として残るには、日本に帰化して日本国籍を取らねばならないとされている。しかし、日本国籍を取るということは、モンゴルの国籍を捨てるということだ。これが悩みなんだ。

私の父、ムンフバト・ジジト(76才)はモンゴル相撲の大横綱で、モンゴル人初の五輪メダリスト(1968年メキシコ五輪レスリング銀メダル)という母国の国民的英雄なんだ。その子の私にも、モンゴル民族の期待は大きい。これまで熱狂的な声援を受けてきた。私も母国の声援に応えようと、努力を重ねてきた。モンゴル国籍の離脱は、母国を裏切るものととらえられかねない。だから、かねてから父は私の帰化には反対してきた。作今、その父の体調がすぐれない。日本国籍を取得して引退に備える、という気持にはなかなかなれない。

国籍問題さえクリヤーできれば実績に文句のつけようはない。「白鵬」の名のまま相撲協会に残って、後進を指導する「年寄」になれる。そう、みんなに言っていただいている。

しかし、公益財団法人日本相撲協会の規則には、「年寄名跡の襲名は日本国籍を有する者に限る」と明示されている。現在の八角理事長(元横綱・北勝海)は「白鵬だから例外ということはない」と言っているそうだ。

私は、自分に流れるモンゴル民族の血にも、栄誉ある父の子であることにも、誇りをもっている。モンゴルの人々のこれまでの恩義も大切にしたい。モンゴルの国籍を捨てるようなことはしたくない。

また、私を育ててくれた日本という国も、大相撲も大好きだ。妻も日本人で、引退後の人生は大相撲の「年寄」として、「白鵬部屋」から立派な力士を輩出する夢を描いている。

できれば帰化などせずに、モンゴルの国籍をもったまま、「白鵬部屋」の年寄りになりたい。そう願って、この問題を考え続けてきた。

問題はふたつあると思う。一つは、大相撲協会の規則。どうして、「年寄」(親方)の資格を国籍で縛ろうというのだろうか。聞くところでは、「日本の伝統文化である以上、(規定を)変えることはありません」ということのようだが、正直のところよく分からない。伝統文化を支えているのはむしろ力士ではないだろうか。力士については日本国籍であることを要求されていない。力士として日本の伝統文化を支えた人が、年寄りになろうとすると、どうして日本の国籍が必要となるのだろうか。私の、これまでの日本の伝統や文化との関わり方を見ないで、帰化するかどうかだけが「日本の伝統文化」を大切にすることの証しなのだろうか。

大相撲は、いち早く尺貫法を捨ててメートル法に切り替えたり、伝統の四本柱をなくして釣り天井にしたり。外国人力士を受け入れたり。伝統文化を大切にしながらも、合理性は取り入れてきたと聞いている。私が帰化しさえすれば、「日本の伝統文化」が保たれたことになるというのだろうか。

私は心の底から思うのだが、私にモンゴル籍のまま力士として活躍の場を与えてくれた相撲協会のあり方こそが「日本の伝統文化」というものではないだろうか。年寄籍問題についても、もっと大らかで解放的に考えていただくことこそが「日本の伝統文化」の立場ではないだろうか。

もう一つは、法律の問題だ。私は、モンゴルの国民でありたい。しかし、場合によっては日本の国籍を取得しなければならない。そのとき、どうしてモンゴルの国籍を捨てなければならないのだろうか。どうして、両方の国籍を取得してはならないのだろうか。必ず、どちらか一つだけを選ばなければならないというのは、私の場合とても難しくつらいことだ。日本とモンゴル、どちらか一方を捨てろという選択を強いられることは、私の心を裂くに等しい。本当に何とかならないものだろうか。
(2017年7月22日)

国籍による差別を容認してはならない

昨日(7月18日)、民進党の蓮舫代表が自身の戸籍謄本の一部を公開して、二重国籍を否定した。右翼ジャーナリズムと党内右派の悪意ある攻撃に晒されて釈明を余儀なくされてのことだ。まさかそこまですることもあるまいと思い込んでいるうちのできごと。蓮舫支持の声が弱かったことが悔やまれる。

蓮舫代表の戸籍謄本の一部公開に先だって、昨日の午前中に、民族差別問題に関わる弁護士と著名大学人の10名が、連名で「蓮舫代表のいわゆる“国籍問題”に関する民進党への申し入れ」と表題する文書を民進党に提出して、戸籍公開に反対する申し入れを行った。この申し入れに賛意と敬意を表するとともに、その全文を紹介しておきたい。

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 2017年7月18日

 「蓮舫代表のいわゆる“国籍問題”に関する民進党への申し入れ」
民進党・蓮舫代表は、このたびの都議選を総括する党内論議の中で「代表の二重国籍問題が最大の障害」との一部の議員の指摘を受けて、台湾籍を離脱したことを証明する資料を18日に公表する方針を示しています。

 蓮舫代表は、参議院選挙に立候補した時点で戸籍謄本により日本国籍を有していることが確認されており、何の違法行為も行っておりません。一部の党内議論とごく一部の報道やネット世論が問題視している「二重国籍」なる問題ですが、そもそも、本当に「二重国籍」なのか、という点をまず問われなければなりません。

日本の国籍法はかつて父系血統主義を取っていたため、台湾籍の父を持つ蓮舫代表は出生時において選択の余地もなく台湾籍を持つことになりました。ところが、その後、1972年の日中国交正常化により、日本政府は中華人民共和国政府のみを唯一の政府であると認め、今日まで台湾(中華民国)政府を承認していません。そのため、蓮舫代表も中国籍とされたのです。その後、1985年に国籍法が改正され、蓮舫代表は経過措置による届け出により日本国籍を取得しました。日本政府の、中華人民共和国を正式な唯一の中国政府とする立場からすれば、日本国籍を取得した時点で中国の国籍法により自動的に中国国籍が喪失されることになります。すると、蓮舫代表についてそもそも二重国籍という問題は生じないことになります。

他方で、台湾の国籍法は外国籍の取得に伴う台湾国籍の自動的喪失を認めないため、国籍の得喪につき台湾の国籍法を適用すれば、二重国籍の問題が生じえます。ただ、台湾当局において台湾国籍の喪失手続きを行ったとしても、その喪失の効果を認めるか否かは日本政府の行政運用の問題であって、蓮舫代表個人の問題ではありません。

日本政府は、蓮舫代表の台湾籍の国籍喪失届を不受理にする一方で、台湾籍の放棄を宣言することによって行う国籍選択を行政指導したといいます(注1)。それ自体、矛盾した態度であると言わざるを得ません。また、仮に「二重国籍」であることを前提としても、国籍選択については、あくまでも法的拘束力のない「努力義務」にとどめており、これまで法務省自身が催告を行ったことがないことを認めています。そもそも、国籍選択制度自体、今日の国際色豊かな多様な社会状況からすれば、その有用性は大きな疑問です。

このように、国籍は複数の国の法制度が絡み合えば個人の意思に関わらず複雑な問題が生じ、しかも、未承認国家の国籍については、日本政府がどのような立場、対応をとるのか、ということが問題となるのです。

さらに、重国籍者の被選挙権についてもかつて国会で議論され(注2)、その被選挙権を制限する理由はないという結論が出ています。

つまり、蓮舫代表は自身の国籍に関して戸籍を含む個人情報を公開するなんらの義務も必要もありません。それにもかかわらず蓮舫代表に個人情報の開示を求めることは、出自による差別を禁じている憲法第14条(注3)及び人種差別撤廃条約の趣旨に反する行為と考えられます。

これまで日本には、戸籍に記された個人情報が差別や排除の目的で利用されてきた歴史がありました。被差別部落に出自を持つ人たちを雇用や結婚で差別するために作られた1975年の「部落地名総鑑事件」の教訓をもとに、企業による採用選考の場で応募者に戸籍謄本の提出を求めることは禁じられるようになりましたが、同様の差別がさまざまな形で残っていることは、各種調査でも明らかです。

また、日本には多くの日本生まれの外国籍者や、外国から日本に移動してきて暮らす外国籍者がいます。1万人を超える無戸籍者もおり、非嫡出子など出自にかかわるさまざまな事情を抱えた人もおります。アイヌは、明治32年に制定された北海道旧土人保護法により、日本の戸籍に編入されながら「旧土人」と分類され続けてきました。日本社会の近代化の歴史は、人権に目覚め、その尊重を訴える人たちと、差別・排除に固執する人たちとのせめぎ合いの歴史だったと言っても過言ではないでしょう。その中で、今回、蓮舫代表が戸籍開示を迫られ、その記載内容によって何らかの判断を下されるというのは、まさに上記の憲法14条違反であり、日本の人権をめぐる歴史の時計の針を100年、巻き戻そうとする愚挙でしかありません。

とりわけ近年は、路上あるいはネットでのヘイトスピーチ、沖縄での機動隊員での「土人」発言や保守を名乗る政治家による排外主義的発言の横行を見てもわかるように、特定の人種、民族、国籍などの属性に基づくマイノリティ差別が酷くなる傾向にあります。民進党はこれまで、共生社会と多様性の実現を政策理念として掲げてきました。政策集の中には、目指されるべきは「一人ひとりの基本的人権をさらに尊重する社会、多様な個性や価値観が認められる人権尊重社会」とはっきり記されています。にもかかわらず、上記の一部の風潮に同調するように党内からも蓮舫代表に「日本人であること」の証明を求める声が出るというのは、憂うべき事態と言わざるをえません。

蓮舫代表が、自身がおっしゃるように「多様性の象徴」であることは、肯定的に評価されこそすれ、いささかも批判されるものではないと考えます。

民進党が共生社会を求める市民に支持される公党たるべく、みずからの政策理念をあらためて確認されることを願うとともに、蓮舫代表には、ご自身のルーツや生きてきた道に堂々と胸を張り、不要な個人情報の開示要求は毅然として拒み、一人ひとりが大切にされる社会の実現のために力を尽くしてくださることを願ってやみません。」

佐藤学(学習院大学)、西谷修(立教大学)、山口二郎(法政大学)、中野晃一(上智大学)、香山リカ(立教大学)、伊藤和子(NGOヒューマンライツ・ナウ)、神原元(神奈川弁護士会)、原田學植(第一東京弁護士会)、小田川綾音(第一東京弁護士会、全国難民弁護団連絡会議)、金竜介(東京弁護士会、在日コリアン弁護士協会)

注1 国籍法第14条2項
日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによつてする。

注2 昭和59年5月2日、8月2日の参議院法務委員会における飯田忠夫参議院議員(公明党)と関守・内閣法制局第二部長、枇杷田泰助・法務省民事局長らとの議論

注3 日本国憲法14条
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

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この長い文章の眼目は、「日本社会の近代化の歴史は、人権に目覚め、その尊重を訴える人たちと、差別・排除に固執する人たちとのせめぎ合いの歴史だったと言っても過言ではないでしょう。」「今回、蓮舫代表が戸籍開示を迫られ、その記載内容によって何らかの判断を下されるというのは、まさに憲法14条違反であり、日本の人権をめぐる歴史の時計の針を100年、巻き戻そうとする愚挙でしかありません。」というところにある。

そして、「蓮舫代表が、自身がおっしゃるように『多様性の象徴』であることは、肯定的に評価されこそすれ、いささかも批判されるものではないと考えます。」が、受け容れられない社会へのもどかしさが伝わってくる。

本来は被選挙権の有無だけが問題で、氏が被選挙権を有することには一点の曇りもない。二重国籍であろうとなかろうと、なんの問題があろうか。むしろ、氏は「蓮舫」という、自己の出自を表す姓名を堂々と名乗ってこれまで選挙民の審判を受けてきたではないか。

この申入書の前半はやや煩瑣にまで、二重国籍を否定する論拠に割かれている。そうせざるを得ない現実があるのだ。

つまらんことだ。国籍や人種や民族や宗教の別にこだわることはもうやめたい。愛国心や国旗や国歌をありがたがるのも、実は差別の裏返しだ。一人ひとりを、個性を持った人間として尊重すべきだけが大切なことではないか。

ヒトの年齢を聞くことが失礼な時代にはなっている。国籍を問題することも恥ずべきことなのだ。「私の国籍がどうだって? 失礼なことを聞くもんじゃないよ」「二重国籍? それがどうした?」と言える、差別否定の常識が通用する社会でなくてはならないと思う。
(2017年7月19日)

小池都知事に問います。あなたは「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」への追悼文奉呈を辞めるつもりではないでしようね。

両国駅にほど近い墨田区横網に、横網町公園がある。関東大震災(1922年)の頃は陸軍被服廠跡地として空き地であったが、震災に伴う火災でここに避難した3万8000人が焼け死んだ傷ましい大災害の現場として記憶されている。

今は、公益財団法人東京都慰霊協会が管理する東京都慰霊堂や復興記念館がある。震災・戦災の犠牲者追悼の場となっているのだ。

その公園の一角に、「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」がある。
横網町公園を管理する公益財団法人東京都慰霊協会は、この碑を「関東大震災時の混乱のなかで、あやまった策動と流言ひ語により尊い命を奪われた多くの朝鮮人を追悼し、二度とこのような不幸な歴史を繰り返さないことを願い、震災50周年を記念して昭和48年(1973)に「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼行事実行委員会」により立てられた碑です。」と紹介している。

追悼碑には
次の碑文が刻されている。
「この歴史
永遠に忘れず
在日朝鮮人と固く
手を握り
日朝親善
アジア平和を
打ちたてん
藤森成吉」

また、追悼碑建立の経過が次のとおり、書かれている。
「1923年9月に発生した関東大震災の混乱のなかであやまった策動と流言蜚語のため6千余名にのぽる朝鮮人が尊い生命を奪われました。私たちは、震災50周年をむかえ、朝鮮人犠牲者を心から追悼します。この事件の真実を知ることは不幸な歴史をくりかえさず民族差別を無くし人権を尊重し、善隣友好と平和の大道を拓く礎となると信じます。思想・信条の相違を越えてこの碑の建設に寄せられた日本人の誠意と献身が、日本と朝鮮両民族の永遠の親善の力となることを期待します。
1973年9月 関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑建立実行委員会」

毎年9月1日に、この碑の前で関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典が行われる。日朝協会都連が事務局を務めてのもの。これに都知事からの追悼の辞の奉呈が慣例となっている。私も、昨年は参列した。今年も参加したいと思っている。

日本の植民地支配は歴史の汚点として率直に認め謝罪すべきが当然である。関東大震災時の軍民による朝鮮人に対する虐殺行為は、とりわけ恥ずべき歴史の1ページであるが、この事実を覆い隠そうとすることはさらに恥ずべき行為となる。まずは事実を知ることが繰り返さない第一歩。吉村昭『関東大震災』(文春文庫)と姜徳相著『関東大震災』(中公新書)の両書は日本人必読の書である。

右翼レイシストは、このときの自警団という名の日本人民衆が、無辜の朝鮮人(と中国人)に対して行った戦慄すべき残虐行為を認めたくない。その先頭に立っているのが、自民党の都議古賀俊昭。

本年(2017年)3月2日の東京都議会本会議において、古賀は、工藤美代子著「関東大震災 朝鮮人虐殺の真実」を論拠に、朝鮮人犠牲者の数がこんなに多いはずはないとして、次のように知事に質問した。

「小池知事は、昨年九月一日、同公園で行われた日朝協会が事務局を務める関東大震災犠牲者追悼式典に追悼の辞を寄せています。当組織の案内状には、六千余名、虐殺の文言があります。なお、この団体は、昨年は申請したようでありますけれども、過去、公園占用許可申請書を一度も提出することもなく公園を使用していたほか、都立公園条例で行為の制限条項により、改めて知事の許可を必要とする広告宣伝、物品販売を堂々と行っていました。
東京都を代表する知事が歴史をゆがめる行為に加担することになりかねず、今後は追悼の辞の発信を再考すべきと考えますが、所見を伺います。」「歴史の事実と異なる数字を記述した碑を、東京都の公共施設に設置・展示すべきではなく、撤去を含む改善策を講ずるべきと考えますが、知事の所見を伺います。」

これに対する小池の知事答弁は、次のとおり、かなり危ういものである。
「都立横網町公園におけます関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑についてのご質問でございます。この追悼碑は、ご指摘のように、昭和四十八年、民間の団体が資金を募集し、作成したものを受け入れる形で、犠牲者の追悼を目的に設置したものと聞いております。
大震災の際に、大きな混乱の中で犠牲者が出たことは、大変不幸な出来事でございます。そして、追悼碑にある犠牲者数などについては、さまざまなご意見があることも承知はいたしております。
都政におけますこれまでの経緯なども踏まえて、適切に対応したいと考えます。
そして、この追悼文についてでありますけれども、これまで毎年、慣例的に送付してきたものであり、昨年も事務方において、例に従って送付したとの報告を受けております。
今後につきましては、私自身がよく目を通した上で、適切に判断をいたします。」

「私自身がよく目を通して適切に判断」に注目せざるを得ない。これまでの慣例により毎年送付し続けてきた追悼文である。この慣例は、鈴木俊一も、青島幸男も石原慎太郎も、猪瀬直樹も舛添要一も従ってきたもの。

小池は、本来こう言うべきだった。
「犠牲者数についての議論は本質的なものではありません。傷ましい朝鮮人の犠牲があったことは確かなのですから、これを歴史の闇に葬ってはならないとするのが小池都政の基本方針です」。あるいは「これまで永年にわたって都民を代表する立場で継続してきた朝鮮人犠牲者への追悼文です。今さらこれをやめることは、却って大きな逆のメッセージを発信することになります。軽々にやめるわけにはいかないことをご了承ください。」

こう言わない小池答弁には、これまでの慣例見直しのニュアンスを含むものというほかはない。右翼勢力にも秋波を送って追悼文不送付もあり得るとのメッセージ。

いまや、小池百合子の一挙手一投足が問われている。その本質を問い質すとともに、大いに警戒しなければならない。
(2017年7月5日)

「保育園落ちた日本死ね!!!」の表現を擁護する

あの怒りのブログから1年。また、「保育園落ちた」の季節となった。「保活」(保育園就園活動)という言葉が定着しているそうだが、さて、深刻な保活事情は改善されているのだろうか。

毎日新聞はこう報じている。
「『日本死ね!!!』から1年 1年後も『待機ゼロ』無理 目標達成、首相『厳しい』」
「昨年2月に「保育園落ちた。日本死ね!!!」と窮状を訴える匿名ブログが共感を集めて社会問題化して1年。(2月)17日の衆院予算委員会で待機児童問題が取り上げられた。安倍晋三首相は「保育の受け皿は増やした」としつつ、政府が掲げる2017年度末の待機児童ゼロの目標達成は困難だとの見通しを示した。今年4月の入所を目指して落選した親たちには失望が広がっている。」

「保育園落ちた日本死ね!!!」という、このブログの衝撃は大きかった。意図したかどうかはともかく、市井の人の言語的表現がこれほどの社会的インパクトを獲得し、政権をうろたえさせた例は稀だろう。

当「憲法日記」では、昨年(2016年)3月15日に、「『保育園落ちた日本死ね』怒りのブログに、曾野綾子の『大きなお世話』」を書いた。今読み直してみて、書き換えなければならないところはない。目を通していただけたら、ありがたい。
http://article9.jp/wordpress/?p=6578

当時、「日本死ね!!!」という表現に違和感をもつという意見があった。いまだに散見される。「『死ね』は、人格否定の最たる表現」「いかなる場合にも禁句」という批判である。

だが、「日本死ね!!」の表現がなければ、このブログがこれほどのインパクトを持つことはなかった。そして、私自身は、「日本死ね!!」にさしたる違和感をもたなかった。このブログが大きな共感を呼んだのは、私のように違和感をもたなかった読み手が多かったからに違いない。むしろ、「日本死ね!!」という表現の過激に藉口した「日本」「国家」への批判抑制の論調の方に違和感をもった。自分の感性が鈍麻しているのかとも思ったが、そうではなさそうだ。

何よりも、このブログは弱者の悲鳴である。通常の言葉遣いでは到底気持が通じないという切羽詰まった状況が、このような強い言葉を選ばせている。強者が弱者に対して放つ、人格否定の文脈ではない。

しかも、日本人が日本人を対象に、自分も属している日本という国家の政策批判を展開しているというシチュエーションが重要なのだ。他者、他国、他グループに対する悪罵とは決定的に違っている。

他国に対する批判も、自国に対する批判も、表現の自由の範疇として保障の対象になることは当然である。当然ではあるが、自国に対する批判の方が、遠慮は要らない。他国に対する批判の言論には、慎重な配慮が必要との立論にはそれなりの理があろうかと思う。刑法は、第4章「国交に関する罪」の中に、第92条「外国国旗損壊罪」を設けている。「外国に対して侮辱を加える目的で、国旗を損壊する」ことが犯罪とされ、自国の国旗についての損壊を犯罪とはしていない(器物損壊が成立しうることは別として)。

また、「死ね」と言葉を投げつけられたのは、「日本」である。「日本」という国家は、組織であり機構であり制度であって、死ぬことはない。しかも、公権力の主体として最も辛らつな国民からの批判に晒されるべき存在といわねばならない。そのうえ、国家は人権享有主体ではない。「日本死ね」は、飽くまで、制度の不合理に対する怒りの比喩的な表現に過ぎないことが、一見明瞭なのだ。

仮に、このブログの表現が、「日本人死ね」であったとしたら、印象は相当に変わっていたはずである。私も違和感をもったかもしれない。さらに、特定の人名を出しての「○○死ね!!」であったら、このブログがこれほどの共感をもって受けとめられることはなかったに違いない。

昨年5月、在日への差別的表現を禁止した、ヘイトスピーチ対策法(フルネームは、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」)が成立し、6月施行となった。同法第2条は、ヘイトスピーチを「差別的意識を助長・誘発する目的で、生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加えると告げることや、著しく侮蔑するなどして、地域社会からの排除をあおる差別的言動」と定義している。同法は、差別解消のための努力を国の責務とし、自治体にも同様の努力義務を課している。

法の定義だけでは分かりにくいとして、法務省人権擁護局は、各自治体にヘイトスピーチの典型を例示した文書を提供している。そのヘイトスピーチの典型例が、許されない他への打撃的言論の限界を考察するための参考になりそうである。

報道によると、その「典型例」はヘイトスピーチ対策法の定義規定(第2条)の条文から、差別的言動を下記の3種に分けている。
①「生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加えると告げるもの」
②「著しく侮蔑するもの」
③「地域社会からの排除をあおるもの」

①の脅迫的言動としては、「〇〇人は殺せ」「〇〇人を海に投げ入れろ」といった殺害を含め、危害を加えることの扇動に当たるもの。
②の著しく侮蔑する言動としては、特定の人種、民族、出身国・地域の人について『ゴキブリ』などの虫、動物、物に例えることや隠語や略語を用いたり一部伏せ字にして罵るパターンも含まれる。
③の地域社会からの排除を扇動する言動としては、「〇〇人を叩き出せ」「〇〇人は国へ帰れ」「〇〇人を強制送還しろ」など、日本もしくは地域からの排除の扇動。
というものである。

ひるがえって、日本人による「日本死ね」発言。対外的には、国交に関する「差別的意識を助長・誘発する目的」もなければ、外国への侮辱にもあたらない。対内的にも、だれに対する関係でも危害の煽動になっていない。侮蔑の意味もなく、誰かを排除する意図もない。「被害」は、日本ないし国家という抽象的存在に限定されて、人権享有主体のだれをも傷つけてはいない。

「日本死ね」の表現はことさらに非難をするにはあたらない。これを非難することが結局は政権や国策の擁護になっていることに留意されなければならない。
(2017年2月19日)

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