澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「民意は海に埋められない」 ― 辺野古土砂投入に抗議する。

今日も、辺野古の海が泣いている。大浦湾に土砂が投入されたことの怒りがおさまらない。何もできなことがもどかしいが、せめて声を上げよう。「アベ・無法政権の暴走を糺弾する」と。

昨日(12月15日)、玉城知事は、就任後初めて辺野古のキャンプ・シュワブゲート前を訪問して、座り込みの人々を激励した。安倍政権による辺野古埋め立て土砂投入強行に対して、知事は「打つ手は必ずある。われわれのたたかいはとまりません」と力説。「国の暴挙に対して、本当の民主主義を求めるという私たちの思いは全国のみなさんも共感しています。そのことも確かめてがんばっていきましょう」「(政府との)対話の気持ちはこれからも継続していく。しかし、対抗すべき時は対抗していく」「われわれは決してあきらめない。勝つことはあきらめないことです」と呼びかけ、拍手に包まれたという。

ある報道では、知事は「勝つことは難しいかもしれないが、絶対に諦めない」とも述べたという。これは、示唆に深い。「勝てるから闘う」のではない。理不尽に、怒りを燃やして闘うのだ。相手は強く大きい。だから、「もしかしたら勝つことは難しいかもしれない」。しかし、「絶対に闘い抜く。諦めない」。「あきらめるとは、自ら勝利を放棄することだ」「あきらめることなく、できることはすべてやる」という闘いの決意なのだ。

本日(12月16日)、共同通信の世論調査結果が発表された。

辺野古の土砂投入、支持しないは56%。
共同通信の世論調査によると、政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先、名護市辺野古沿岸部への土砂投入を始めたことについて、移設を進める政府の姿勢を支持しないとの回答は56.5%だった。支持は35.3%。

私は、この調査の結果に頗る不満である。支持派の35%の諸君、恥を知れ。キミたちには、県民に寄り添うと言いながらこの暴挙に出た政権に対する怒りはないのか。沖縄が本土のための犠牲になり続けてきた歴史を知らないとでもいうのか。やっかいなものを沖縄に押しつけて安閑としていることを、やましいとも後ろめたいとも思わないのか。取り返しのつかない自然環境の破壊に心が痛まないのか。

ところで、闘争はときに名文句を生む。砂川では、「土地に杭は打たれても 心に杭は打たれない」が人々の口にのぼった。今度は、民意は海に埋められない」だ。期せずして、朝日・毎日・東京の各社説が似たフレーズを記事にした。

この件では、各紙の社説に情も熱もこもっているものが多い。
朝日と毎日とは、はからずもタイトルがそろった。朝日が「辺野古に土砂投入 民意も海に埋めるのか」とし、毎日が「辺野古の土砂投入始まる 民意は埋め立てられない」とした。両紙とも、ボルテージが高い。

朝日 「『辺野古ノー』の民意がはっきり示された県知事選から2カ月余。沖縄の過重な基地負担を減らす名目の下、新規に基地を建設するという理不尽を、政権は力ずくで推進している。」「政府の振る舞いはこの1年を見るだけでも異様だった。」「その首相をはじめ政権幹部が繰り返し口にするのが『沖縄の皆さんの心に寄り添う』と『辺野古が唯一の解決策』だ。本当にそうなのか。」
そして、本土の人々に「わがこと」として考えようと呼びかけ、最後をこう締め括っている。
「沖縄に対する政権のやり方が通用するのであれば、安全保障に関する施設はもちろん、『国策』や『国の専権事項』の名の下、たとえば原子力発電所や放射性廃棄物処理施設の立地・造営などをめぐっても、同じことができてしまうだろう。そんな国であっていいのか。苦難の歴史を背負う沖縄から、いま日本に住む一人ひとりに突きつけられている問いである。」

毎日 「わずか2カ月半前に示された民意を足蹴にするかのような政府の強権的姿勢に強く抗議する。米軍普天間飛行場の辺野古移設工事で、政府は埋め立て予定海域への土砂投入を開始した。埋め立てが進めば元の自然環境に戻すのは難しくなる。ただちに中止すべきだ。9月末の沖縄県知事選で玉城デニー氏が当選して以降、表向きは県側と対話するポーズをとりつつ、土砂投入の準備を性急に進めてきた政府の対応は不誠実というほかない。
……
 沖縄を敵に回しても政権は安泰だと高をくくっているのだとすれば、それを許している本土側の無関心も問われなければならない。仮に将来移設が実現したとしても、県民の憎悪と反感に囲まれた基地が安定的に運用できるのか。埋め立て工事は強行できても、民意までは埋め立てられない。」

東京新聞は、さらに厳しい。
「辺野古に土砂 民意も法理もなき暴走
群青の美(ちゅ)ら海とともに沖縄の民意が埋め立てられていく。辺野古で政権が進める米軍新基地建設は法理に反し、合理性も見いだせない。工事自体が目的化している。土砂投入着手はあまりに乱暴だ。
 重ねて言う。
 新基地建設は、法を守るべき政府が法をねじ曲げて進めている。なぜそこに新基地が必要か。大義も根底から揺らいでいる。直ちに土砂投入を中止し虚心に計画を見直す必要があろう。
これ以上の政権の暴走は、断じて許されない。」

これと対極にあるのが、言わずと知れた産経である。街頭右翼ががなり立てているあの大音量のスピーカーを聞かされている心地である。

「辺野古へ土砂投入 普天間返還に欠かせない
市街地に囲まれた普天間飛行場の危険を取り除くには、代替施設への移設による返還が欠かせない。日米両政府による普天間飛行場の返還合意から22年たつ。返還へつながる埋め立てを支持する。

翁長雄志前知事や玉城デニー知事らの反対や、「最低でも県外」と言った鳩山由紀夫首相(当時)による迷走が、返還に結びつく移設を妨げてきたのである。玉城知事は「激しい憤りを禁じ得ない。県民の怒りはますます燃え上がる」と土砂の投入に反発して、移設阻止に取り組む考えを示した。だが、知事は、移設が遅れるほど普天間飛行場周辺に暮らす宜野湾市民が危険にさらされ続ける問題を無視してはならない。

 沖縄の島である尖閣諸島(石垣市)を日本から奪おうとしている中国は、空母や航空戦力、上陸作戦を担う陸戦隊(海兵隊)などの増強を進めている。北朝鮮は核・ミサイルを放棄していない。沖縄の米海兵隊は、平和を守る抑止力として必要である。安倍晋三首相ら政府は反対派から厳しい批判を浴びても移設を進めている。県民を含む国民を守るため現実的な方策をとることが政府に課せられた重い責務だからだ。沖縄を軽んじているわけではない。

来年2月24日には辺野古移設の是非を問う県民投票が予定されている。普天間返還に逆行し、国と県や県民同士の対立感情を煽(あお)るだけだ。撤回してもらいたい。

おそらくは、この産経社説の論調がアベ政権のホンネ。アベ政権のホンネをあからさまに語る論説として貴重なのだ。恐るべきかな産経、恐るべきかなアベ政権。
(2018年12月16日)

関弁連「こども憲法川柳」入選作紹介

ご存じのとおり、弁護士会は弁護士法にもとづく公法人であり、全弁護士が会員となる強制加入団体である。どの国家機関からも統制を受けることのない自治組織であることを特徴としている。個別の弁護士は、その業務の遂行に関しては弁護士会からのみ指導監督を受け、最高裁からも官邸からも法務省からも容喙されることはない。全国に、52単位弁護士会があり、これを統括する日弁連がある。

余り知られていないが、単位会と日弁連との間に「中2階」の組織がある。通例「弁連」というようだが、全国8高裁の管轄内単位弁護士会の連合体である。

北から順次、北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州の各「弁護士会連合会」。その8弁連のうち最大の規模をもつのが、関東弁護士「会」連合会、略称「関弁連」である。東京高等裁判所管内13弁護士会によって構成されている。分かりにくいが、東京の三弁護士会(東京・第一東京・第二東京)と、神奈川県・埼玉・千葉県・茨城県・栃木県・群馬・山梨県・・長野県・新潟県・静岡県の各弁護士会の連合組織。

関弁連のホームページには、「関弁連に所属する弁護士の数は約2万人で,日本の弁護士の約60%が関弁連に属しています。」とある。

普段は目立たぬ関弁連だが、昨年(2017年)から「こども憲法川柳」の募集と入選作の発表を行っている。先日届いた「関弁連だより・2018年12月号」に、その入賞作品が発表されている。これがなかなかに面白いので、ご紹介したい。

(最優秀賞 1作品)

 改憲の前に議員よ開瞼(かいけん)を!   (山梨県 高校1年)

作品に込められた思い 「よく国会で、腕組みをしてうつむいて目を閉じている議員の方々をテレビで観ますが、憲法改正という国家の方向性を決める大事な議論をする時は、せめて目を開けていて欲しいという願いを込めました。」

(優秀賞 3作品)

 憲法を 知らないこわさに 気が付いて   (東京都 小学5年)

作品に込められた思い「知らないうちに憲法が変わっていって戦争にならないようにしなければならないと思って作りました。」

 校則に 子どもの人権 ありますか          (埼玉県 小学6年)
作品に込められた思い「進学予定の中学校の校則には理不尽
に思える内容が多かったので書きました。」

 無関心 私の未来 守れない                 (新潟県 高校3年)
作品に込められた思い「私達が、憲法について関心があると、もし憲法が変わるとなった場合、賛成や反対ができ、私達の求めるすばらしい未来になると思います。無関心で人任せだと、私達一人一人が納得いく日本はこないと思います。」

(佳作 5作品)
 分からない その一言で 終わらせない         (東京都中学3年)
(日本みんながしっかり憲法を理解して、考えてほしい。)

 憲法を みてみぬふりは いけんよ             (東京都中学3年)
(「いけん」はダメという意味と、「違憲」をかけました。)

 考えて 歴史と未未 つなぐ道                    (静岡県小学6年)
(時代の変化で新しいことを取り入れることも大事だけど、過去の経験と思いも忘れてはいけないという思い。)

 103の 先人の思い 変わらずに              (新潟県高校2年)
(憲法の改正はしてはいけない事だと思うので変わらずそのままつないでいきたい。)

 改正案 日本の未来 快晴か                      (山梨県高校1年)
(憲法9条の改正案が出されていてもし9条が改正された場合これからの日本の未来は本当に大丈夫なのが快晴になるのがという不安の思いを込めています。)

 

昨年(2017年)の第1回受賞作は、最優秀賞1点、優秀賞3点のほか、佳作13点となっている。

 考えろ 見るだけ聴くだけ もう終わり   (最優秀・群馬県 中3)

 軽はずみ 一字変換 戻せない              (優秀・群馬県 中3)
(これは、少し変えただけも、大きく変わってしまうことを表しています。)

 政治家よ 主権は国民 忘れるな      (優秀・東京都 中3)

 男女差別 憲法あっても 残ってる            (優秀・千葉県 高2)

佳作の中から、いくつかを

 改正は すればいいって もんじゃない

 憲法は 平和な募らしの 道しるべ

 国民の 2分の1が 決める国 (投票率の低さを指摘)

 伝えたい 世界に向けた 平和主義

なお、全句が憲法礼賛というわけではない。次の句も入選作。これもまた、結構ではないか。

 考えよう 時代に合った 憲法を

 我が国は 護憲で動けん 窮状だ

(2018年12月15日)

「辺野古の海を壊すな」「平和を壊すな」「民主主義を壊すな」「決してあきらめない」 ― 辺野古土砂投入に抗議する。

本日(12月14日)、アベ政権は辺野古新基地建設のための大浦湾埋立工事を強行して、護岸から海中に土砂の投入を開始した。

土砂投入が始まったのは本日午前11時ごろ。名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブの南側で、護岸からダンプカーが土砂を下ろし、その土砂をブルドーザーが海へ押し出した。工事は午後も続き、埋め立ての土砂が次々と運び込まれた。(朝日デジタル)

緊急に辺野古で1000人の抗議集会が組まれた。「埋め立てやめろ」だけでなく、「あきらめない」がスローガンになっていたという。

政権は、沖縄県民の、そして全国の平和を願う人々の「あきらめ」を狙っている。それが、人々の共通認識だ。だから、今、「あきらめることなく、抗議の声をあげ続けること」それが最も大切なことではないか。

玉城知事は県庁で緊急記者会見を開き、「法をねじ曲げ、民意をないがしろにして工事を進めるのは、法治国家、民主主義国家としてあるまじき行為だ」と厳しく批判。「国は一刻も早く工事を進めて既成事実を積み重ねて県民を諦めさせようと躍起だが、工事を強行すればするほど県民の怒りは燃え上がる」と指摘し、移設阻止のために「あらゆる手段を講じる」と強調した。 (毎日)

朝日は、稲嶺進・名護前市長の声をこう紹介している。

「沖縄に『もう引き返せない』という空気を作りたいのだろうが、あまりに乱暴だ。移設工事が進んでいると見せるための、国民と米国に向けたパフォーマンスでしかない」。
「沖縄は戦後ずっと民主主義も地方自治もない、憲法の『番外地』だった。その上、さらに「新たな基地」を受け入れることはできない」。
「2010年の初当選後、政府から市への米軍再編交付金が打ち切られ、中学校体育館の建て替え事業など市の13事業が宙に浮いた。むき出しの「アメとムチ」を肌身で感じた。」
「政府が悪いことをした時、止める方法がこの国にはない。無人のダンプカーが暴走するようだ」
「あきらめはない。土砂投入が始まったといっても、私たちは何も変わらないですよ」

私(澤藤)は、今年(2018年)5月、辺野古でグラスボートに乗り、1時間近く、辺野古近海海底の珊瑚礁を目にした。あの美ら海が壊されるのかと思うと、胸が痛む。毎日夕刊は、「大浦湾には、生物5806種の生物が確認され、うち262種が絶滅危惧種」と報じている。世界遺産となった屋久島や小笠原諸島よりも多いのだという。「『やめろ』美ら海に叫び」という見出しが痛々しい。

アベ政権が押し通そうとしている「辺野古の海を壊す」ことは、「平和を壊す」ことでもあり、「沖縄県民の民意を蹂躙する」ことでもあり、そして「民主主義を壊す」ことでもある。まだまだ闘う手段は残されている。決してあきらめることなく、声をあげ続けたい。

下記は、昨日付の自由法曹団の声明である。私の気持ちにピッタリなので、これを転載しておきたい。
(2018年12月14日)
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 日本政府の辺野古海域への土砂投入方針の撤回を求める声明

今年9月に行われた沖縄県知事選挙で、辺野古新基地建設反対を掲げ、「オール沖縄」の支援を受けた玉城デニー現沖縄県知事が、安倍政権の全面支援を受けた佐喜真淳候補に8万票以上の圧倒的大差をつけて勝利した。辺野古新基地建設反対は圧倒的多数の沖縄県民の意思である。

 しかし、日本政府は、行政不服審査法を悪用して、埋め立て承認撤回の効力を停止させた上、12月14日にも辺野古新基地建設に伴う埋め立て土砂の投入を強行しようとしている。こうした日本政府の方針は、沖縄県知事選挙で示された沖縄県民の意思を真っ向から踏みにじるものであり、断じて許されない。

 しかも、日本政府は、土砂投入のため、12月3日に名護市安和にある民間桟橋から土砂搬出作業を開始したが、同桟橋は沖縄県規則で定められている桟橋設置工事の完了届がなされておらず、桟橋内の堆積場についても沖縄県赤土等流出等防止条例で必要とされている届出がなされてないなど、違法に違法を重ねている。

 また、今回計画されている土砂投入は、埋め立てに必要な2100㎥のうち、辺野古側の約129㎥分にすぎない。地盤の強さを示すN値がゼロという”マヨネーズ並み”の軟弱地盤が大浦湾側の護岸の建設予定地で見つかっているところ、軟弱地盤の改良には公有水面埋立法に基づき沖縄県に届け出ている設計概要の変更と玉城デニー沖縄県知事の承認が必要であり、かかる承認がなければ日本政府は大浦湾側で埋め立て工事を進めていくことはできない。

 このように埋め立て工事を進めていく展望が全くないにもかかわらず、日本政府があえて土砂投入にこだわるのは、来年2月24日に予定されている辺野古新基地建設の是非を問う県民投票、3月以降に予定されている衆議院沖縄3区補選の前に、少しでも土砂を投入したことを見せつけて埋め立てを既成事実化し、新基地建設に反対する沖縄県民を諦めさせることを狙っているからである。

 自由法曹団は、二重三重に沖縄県民の意思を踏みにじる土砂投入の強行を許さず、日本政府に対して、土砂投入方針の撤回を強く求めるものである。
  2018年12月13日 自由法曹団 団長・船尾徹

あたらしい憲法のはなし 『戰爭の放棄』を読む

「あたらしい憲法のはなし」は、青空文庫で読むことができる。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html

これに目を通して驚いた。底本が、日本平和委員会発行のものだという。この底本平和委員会版「あたらしい憲法のはなし」は、1972年11月3日初版発行で、2004年1月までに、なんと38版を重ねている。確かに、ロングセラーなのだ。日本平和委員会発行ということは、日本の正統護憲勢力からお墨付きを得ていると言ってよい。何を隠そう、私も日本平和委員会の末端会員である。

護憲勢力から最も評価されたのが、「第6章 戰爭の放棄」であろう。確かに、ここは違和感なく読める。まず、全文を掲出しよう。

六 戰爭の放棄
  みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

 そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
  もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
  みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。

いくつも、心に留めなければならないフレーズがある。

こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。

戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。

(戰力の放棄に関し)みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

立派な文章だと思う。しかし、どうしても手放しでの賛美はできない。この文章の足らざるところに、やはり批判が必要だ。

まず何よりも、ここには被害感情と厭戦の気分は書き込まれているが、加害責任については、まったく触れられていない。

この一文は「こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。」から始まっている。そのとおり、「日本は兵隊を戦地に送り出した」のだ。だから、戦争とは長く、「外地」でのできごとだった。その「外地」に、兵隊として「送りだされたおとうさんやにいさんたち」は何をしたか。もちろん、侵略者として闘ったのだ。明らかな加害者だった。

「こんなおそろしい、かなしい思い」は、実は皇軍に蹂躙された近隣諸国の民衆が真っ先に味わったことなのだ。その加害の責任に、この書が言及するところはない。

もう一つ。戦争の加害責任に触れないだけでなく、日本の植民地支配にも触れていない。台湾・朝鮮・満州などの支配について、「いったい、日本はこれまでどんなことをしてきたのでしょうか」と反省を述べるところが皆無なのだ。

また、「どうして戦争が起きたのでしょうか」「誰に責任があったのでしょうか」と考えさせる視点もない。国民を戦争に駆りたてた、教育や言論統制や国民監視体制や、思想統制についての反省も皆無である。

戦争を命じた天皇の責任、「上官の命令は天皇の命令」として軍を統帥した天皇の責任、戦争を煽る道具としてこの上なく便利な役割を果たした神なる天皇についても一言も書かれていない。

この教科書をつくる過程で、どのような綱引きが行われたのだろうか。次の文章には、筆者が言いたいことが押さえつけられたような印象をもたざるを得ない。
「だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。」
これは、日本としての反省を文章化したものだろうか。

終わりは、「あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように」で文章を終わらせず、「戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。」と結んである。

戦争は、自然災害ではない。「二度とおこらないように」祈るだけではなく、「二度とおこさないようにいたしましょう」と、やや主体性ある姿勢を見せているのだ。さらに、「おこさせないようにいたしましょう」だと、天皇や財閥や保守政治家に釘を刺す内容となったはずなのだが。

ところで、「護衛艦『いずも』の空母化」や、「政府 F35戦闘機を105機購入へ」と話題となる時代が到来している。

「ほかの國よりさきに、正しいことを行ったはずの日本」が、今や「正しくないこと」に手を染めている。まこと、「世の中に正しいことぐらい強いものはなく、正しくないことぐらい弱いものはありません」。だから、われわれは、いま、安倍政権のもとで、心ぼそい思いをしなければならないのだ。

たまたま本日(12月13日)、日中戦争での日本軍南京入城の日。
(2018年12月13日)

先天性心疾患(総肺静脈還流異常症)で亡くなったSちゃんの願い

今、取り組んでいる医療過誤訴訟を紹介したい。

Sちゃんは、生後46日で短い命を落した。そのことに、どうしても納得できないお父さんとお母さんが原告となって、診療を担当した病院に対して、損害賠償請求の訴訟を提起した。提訴の動機は、同じ病の子を救いたい、自分たちのような悲劇を繰り返させたくない、という思いからだ。

Sちゃんの死亡原因は、先天性の心疾患で「総肺静脈還流異常症」という。心臓と連結する血管の正常な構造においては、左右の各肺から各2本計4本の肺静脈が左房に接続しているところ、総肺静脈還流異常症においては先天的にその接続が欠けている。

本来、体内の血液循環過程において肺胞でガス交換を終えて十分な酸素の供給を得た高酸素飽和濃度血は、肺静脈を経て左房に流入し、左房から左室を経て拍動しつつ大動脈に流出して全身の細胞に酸素を供給することになる。つまり、肺静脈は高酸素飽和濃度血(体循環における動脈血)の心臓への流入口である。ところが、総肺静脈還流異常症においては、肺静脈を経ての左房への酸素血の流入がないため、胎児期はともかく、出生後の生存は極めて困難となる重篤な心疾患なのだ。

この先天性心疾患は、Sちゃんの出生当時、その機序も診断方法も臨床に知られており、胎児期にも、出生直後にも、退院時にも、そして1か月健診時にも、その特異的、非特異的な症状が児に表れ、その児に表れた症状を的確に把握することによる診断が可能だった。さらに、同疾患の心臓外科手術による治療方法は確立していて、胎児期、あるいは出生直後に診断さえできれば救命可能であったことは当事者間に争いはない。

その診断ができずに看過されれば、総肺静脈還流異常症患児は、出生後ほぼ確実に死に至る。ちょうど、Sちゃんのように。

その疾病の機序と生命に関わる重篤性とがよく知られ、かつその疾病の診断が可能である以上は、人の生命と健康に携わる医師・医療機関には、患者との診療契約において負担する「最善の注意義務」の具体的内容として、これを診察し診断する義務があった。それが、最高裁判例の立場だ。そう、原告側は主張している。

Sちゃんは、胎児期に胎児エコー専門医の胎児心エコー検査を受けている。そのとき、カラードプラに切り替えて心臓を見てもらえば、おそらくは肺静脈が左房に接続していないことが確認できたはずなのだ。ところが、専門医は、モノクロモードだけで心臓を診て、心臓が終わってからカラードプラに切り替えている。お父さんとお母さんにしてみれば残念でならない。

被告側の主張は、「医師の診断マニュアルでは、肺静脈の接続まで確認せよとされていない。だから診断しなかったのはミスとは言えない」という。

総肺静脈還流異常症は、患者の数が少ないから、手間暇かけて診てはおられない、そこまで診断する義務はない、というのが医療現場のホンネのところ。しかし、その手間は、妊娠期間中1回か2回ルーチンの胎児心エコー検査の際に、数十秒ないし2分の検査で済むのだ。もちろん、全例診断を尽くしている病院や医師もある。アメリカのマニュアルでは診断せよとなっている。中国の大病院も悉皆検査をしていると報告している。本件の担当医も、「本件事故以後は全例肺静脈の正常な接続を確認することとしている」と法廷で証言している。

医療過誤訴訟では、医師が依拠すべき医療水準が常に問題となる。判例は、この医療水準を客観的に定まる規範としての規準であると言い、現実の医療慣行を規準としてはならないという。患者の人権を重視し、医療の改善につながる医療水準論でなくてはならないと思う。

先天性心疾患は、新生児100人に約1人の割合で認められるという。そして、総肺静脈還流異常症は、先天性心疾患児100人に約1~2人の確率で発生するとされる。つまり、1万人の新生児出生に対して、約1~2人の割合で総肺静脈還流異常症が発症していることになる。
毎年日本では約100万人の新生児が誕生しているのであるから、毎年約100人~200人の総肺静脈還流異常症罹患の新生児が誕生している。総肺静脈還流異常症は、診断さえできれば、外科手術によってほぼ確実に救命できる。しかし、診断できなければ、死亡に至る可能性が極めて高い。現実に、総肺静脈還流異常症と診断されて、専門病院に搬送されて救命されるのは好運な事例で、多くは診断されることなく死亡に至っている。

産科・新生児科の医師に総肺静脈還流異常症の診断の義務がないとすれば、今後も毎年100人~200人の新生児の疾患が見逃され、せっかく得た尊い生命が失われる悲劇の現状が続くことになる。判決が、総肺静脈還流異常症の診断義務を認めるとすれば、今後、毎年100~200名の新生児の命が救われ、同数の悲劇が歓喜に変わることになる。
確実に一定の割合で生じる将来の患児の生命が、救われるか見捨てられるか。Sちゃんも見守っている。

(2018年12月12日)

あたらしい憲法のはなし 『憲法』を読む

11月8日「あたらしい憲法のはなし 『天皇陛下』を読む」
http://article9.jp/wordpress/?p=11417

12月10日「『新しい憲法のはなし』のはなし」

http://article9.jp/wordpress/?p=11686

の続編である。

前回も書いたが、第5章『天皇陛下』の内容は余りにひどい。次いで第1章『憲法』である。やや長いが、まず、全文を掲記しておきたい。

 みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和22年5月3日から、私たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心をなさいました。ところでみなさんは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかゝわりのないことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまちがいです。

 國の仕事は、一日も休むことはできません。また、國を治めてゆく仕事のやりかたは、はっきりときめておかなければなりません。そのためには、いろいろ規則がいるのです。この規則はたくさんありますが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法です。

 國をどういうふうに治め、國の仕事をどういうふうにやってゆくかということをきめた、いちばん根本になっている規則が憲法です。もしみなさんの家の柱がなくなったとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま國を家にたとえると、ちょうど柱にあたるものが憲法です。もし憲法がなければ、國の中におゝぜいの人がいても、どうして國を治めてゆくかということがわかりません。それでどこの國でも、憲法をいちばん大事な規則として、これをたいせつに守ってゆくのです。國でいちばん大事な規則は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則ですから、これを國の「最高法規」というのです。

 ところがこの憲法には、いまおはなししたように、國の仕事のやりかたのほかに、もう一つ大事なことが書いてあるのです。それは國民の権利のことです。この権利のことは、あとでくわしくおはなししますから、こゝではたゞ、なぜそれが、國の仕事のやりかたをきめた規則と同じように大事であるか、ということだけをおはなししておきましょう。

 みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民のひとりひとりが、かしこくなり、強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力のもとは、ひとりひとりの國民にあります。そこで國は、この國民のひとりひとりの力をはっきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとりひとりに、いろいろ大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。

 そこでもういちど、憲法とはどういうものであるかということを申しておきます。憲法とは、國でいちばん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中には、だいたい二つのことが記されています。その一つは、國の治めかた、國の仕事のやりかたをきめた規則です。もう一つは、國民のいちばん大事な権利、すなわち「基本的人権」をきめた規則です。このほかにまた憲法は、その必要により、いろいろのことをきめることがあります。こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これからは戰爭をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています。

 これまであった憲法は、明治22年にできたもので、これは明治天皇がおつくりになって、國民にあたえられたものです。しかし、こんどのあたらしい憲法は、日本國民がじぶんでつくったもので、日本國民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであります。この國民ぜんたいの意見を知るために、昭和21年4月10日に総選挙が行われ、あたらしい國民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法をつくったのです。それで、あたらしい憲法は、國民ぜんたいでつくったということになるのです。

 みなさんも日本國民のひとりです。そうすれば、この憲法は、みなさんのつくったものです。みなさんは、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。こんどの憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたいのつくったものであり、國でいちばん大事な規則であるとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。

 みなさんが、何かゲームのために規則のようなものをきめるときに、みんないっしょに書いてしまっては、わかりにくいでしょう。國の規則もそれと同じで、一つひとつ事柄にしたがって分けて書き、それに番号をつけて、第何條、第何條というように順々に記します。こんどの憲法は、第1條から第103條まであります。そうしてそのほかに、前書が、いちばんはじめにつけてあります。これを「前文」といいます。
 この前文には、だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法の規則ができているかということなどが記されています。この前文というものは、二つのはたらきをするのです。その一つは、みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろうとするときに、手びきになることです。つまりこんどの憲法は、この前文に記されたような考えからできたものですから、前文にある考えと、ちがったふうに考えてはならないということです。もう一つのはたらきは、これからさき、この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないということです。
 それなら、この前文の考えというのはなんでしょう。いちばん大事な考えが三つあります。それは、「民主主義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」です。「主義」という言葉をつかうと、なんだかむずかしくきこえますけれども、少しもむずかしく考えることはありません。主義というのは、正しいと思う、もののやりかたのことです。それでみなさんは、この三つのことを知らなければなりません。まず「民主主義」からおはなししましょう。

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以上の文章を、違和感なく読み進むことができるだろうか。私は冒頭から引っかかり、ほぼ全文に違和感を禁じえない。何よりも、憲法の解説として不可欠な歴史的背景が語られていないのがもどかしい。「あたらしい憲法」がなぜ必要になったのか。旧憲法のどこが批判の対象なのか。旧憲法から新憲法に、どのような原理的転換が遂げられたのか。新憲法において、権力と人権とはどのような対抗関係ととらえられているのか。市民社会の公理である個人主義とは何か、自由主義とは何か。中学生の理解力の問題ではない。書かねばならないことが書かれていないのだ。

 「みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和22年5月3日から、私たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。」

 この冒頭の一文から、バカげている。「みなさん、憲法ができました。そうして明治23年11月29日から、私たち日本國民は、この大日本帝国憲法を守ってゆくことになりました。」と置き換えて違和感がない。この一文の筆者は、大日本帝国憲法から日本国憲法への原理的転換の内容を理解していない。あるいは、子供たちに理解させたくないのだ。

ここで言うこの憲法を守ってゆくは、「根強い保守勢力の大日本帝国復古の動きに抗して、憲法典や解釈を変えさせないように護る」という意味での「守る」ではない。「憲法が命ずるところを遵守してゆく」という意味の「守る」なのだ。あろうことか、国民に「憲法を守る」よう呼びかけ、天皇や公務員に「憲法を守らせよう」という観点はない。立憲主義的な憲法の理解が抜けているのだ。そもそも、その根底にあるべき権力と国民(人権)の対抗観念がない。

以下、ほぼ全文に引っかかるが、顕著なところだけを抜き出してみたい。

 國を治めてゆく仕事のやりかたは、はっきりときめておかなければなりません。そのためには、いろいろ規則がいるのです。この規則はたくさんありますが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法です。
  國をどういうふうに治め、國の仕事をどういうふうにやってゆくかということをきめた、いちばん根本になっている規則が憲法です。もしみなさんの家の柱がなくなったとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま國を家にたとえると、ちょうど柱にあたるものが憲法です。

 憲法を「たくさんある規則のうちのいちばん大事な規則」という平板なとらえ方を不正確と言ってはならない。これは明らかな、ミスリードなのだ。憲法とは、国家権力を規制することによって国民の権利を守ろうという原則を定めたもの。国家権力の規制という視点を抜いた憲法解説は、大日本帝国憲法時代のものと変わらないこととなる。

 この憲法には、國の仕事のやりかたのほかに、もう一つ大事なことが書いてあるのです。それは國民の権利のことです。

憲法が、「人権規範」部分と「統治機構」部分の2部門からなることは、常識的な考え方である。しかし、この二つの関連をを平板に形式的にとらえてはならない。個人の「人権」こそが目的的な価値で、国の「統治機構」は人権を侵すことのないように組み立てられている。その解説こそが重要なのに、「国民の権利は、國の仕事のやりかたをきめた規則と同じように大事である」という倒錯を語ってはならない。

それだけではない。人権がなぜ大事なのか。その理由をこう言うのだ。

 「國民のひとりひとりが、かしこくなり、強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力のもとは、ひとりひとりの國民にあります。そこで國は、この國民のひとりひとりの力をはっきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとりひとりに、いろいろ大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。」

 これは謬論である。これを時代の限界などと看過してはならない。人権は「國の力のもと」ではない。「國の力」を強くするために、人権が認められているのではない。日本の民衆には自由民権の時代から、脈々たる人権思想があった。この筆者には、その思想がない。人権を語る情熱もない。

 みなさんも日本國民のひとりです。そうすれば、この憲法は、みなさんのつくったものです。みなさんは、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。こんどの憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたいのつくったものであり、國でいちばん大事な規則であるとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。

欽定憲法から民定憲法への原理的転換を、国民の憲法遵守義務の根拠にすりかえ封じ込めようという企み、というしかない。憲法が変わっても、臣民が国民と言い換えられても、飽くまでも政府は、「憲法を拳拳服膺する」従順で自律しない国民を望んでいるのだ。

この前文には、だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法の規則ができているかということなどが記されています。それなら、この前文の考えというのはなんでしょう。いちばん大事な考えが三つあります。それは、「民主主義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」です。みなさんは、この三つのことを知らなければなりません。

こういうスッキリしない話しぶりにモヤモヤ感を払拭できない。あの、躍動するような日本国憲法前文を、「だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法の規則ができているかということなどが記されています。」と無感動にまとめているのは一種の才能というべきなのだろう。

(2018年12月11日)

「新しい憲法のはなし」のはなし

11月8日当ブログに「あたらしい憲法のはなし 『天皇陛下』を読む」を掲載した。
http://article9.jp/wordpress/?p=11417

私の問題意識は「ときに礼賛の対象とされてきた『あたらしい憲法のはなし』だが、今見直して、その内容は時代の制約を受けたものと言わざるを得ない。とりわけ、天皇に関する解説は、萎縮して何を言っているのかよく分からない。こんなものを戦後民主主義の申し子のごとく、褒めそやしてはならない」というところにある。

『天皇陛下』の章を批判した文章の末尾は次のようにまとめた。

「非論理的で出来の悪い文章。当時の文部省のお役人は、こんな程度だったのでしょうかね。もしかしたら、結論が先に決まっていたのかも知れません。『ですから私たちは、天皇陛下を私たちのまん中にしっかりとお置きして、國を治めてゆくについてごくろうのないようにしなければなりません』とする必要があったのでしょうね。また、もしかしたら…、わざわざヘンな文章をこしらえて、子供たちに天皇の存在に対する疑問を醸成するよう深謀遠慮があったのかも。これも文部官僚による面従腹背の伝統だと思えば、当時の文部省のお役人の優秀さがよく分かります。

この記事について、浪本勝年さん(立正大学名誉教授)から、ありがたいご指摘をいただいた。

「(ブログ記事では)『あたらしい憲法のはなし』の執筆者が文部官僚のように読み取れるのですが、奥付にもある通り、執筆は浅井清のようです(添付ファイル参照)」とのこと。

これまで気付かなかったが奥付をよく見ると、なるほど「この本は浅井清その他の人々の盡力でできました」との記載がある。

そして、メールに添付されていたのは、1994年5月2日「朝日新聞」の切り抜き。憲法記念日の前日に、こんなリードだ。

 日本国憲法ができたころ、文部省がつくり、数年間だけ中学で使われた憲法の教科書があった。『あたらしい憲法のはなし』。これから自分たちが国をつくる、二度ど戦争はしない、その中心が憲法だ―。平明で強い語り口と絵で、生徒をとらえ、のちに、いろんな人の手で復刻版が出されたひそかなロングセラーだ。いま再び教科書に引用され、じわり復活している。3日は47回目の憲法記念日。

記事の中心は、「制定時の思い伝え復活」との見出しのとおり、教科書に再登場しているとの内容。

 今春から使われ始めた高校の政治・経済の教科書で、新たに2冊が『あたらしい憲法のはなし』の絵や文を引用している。これで、載っているのは小学校の社会1冊、中学校の社会1冊、高校の政治・経済3冊になった。
小中の教科書は、1980年代初めから、憲法の内容の説明に、戦車や大砲などの武器を溶かす「戦争放棄」の挿絵などを入れていた。…

「戦争放棄」と書かれた炉の口から、戦車や戦闘機、砲・弾などの武器が投げ込まれ、下からは、鉄道・客船・ビル・自動車などに変身して現れる。この絵のインパクトが強い。

その執筆者について、朝日記事はこう述べている。

 文部省著作だが、実際には慶応大教授だった浅井清氏(79年死去)が一人で書きあげたと、当時教科書局にいた木田宏・元事務次宮(72)は言う。

浅井清とは何ものか。ウィキペディアによると、「1929年慶応大教授」「1946年に貴族院議員に勅撰され交友倶楽部に所属。1948年GHQの登用方針の下、臨時人事委員会委員長(委員会が人事院に改組された際は初代総裁)に就任した。『あたらしい憲法のはなし』編纂に当たっての中心メンバーであった。」とある。

戦争放棄の章では立派な論をなした浅井も、天皇を語るときには、恐懼して支離滅裂の文章しか書けていない。まことに天皇制恐るべし。

浅井清が、憲法研究者として当時どれだけの権威をもっていた人物かは知らない。しかし、彼の象徴天皇制の解説を読む限り、到底敬すべき研究者とは考え難い。

この「新しい憲法のはなし」は、15章からなっている。「憲法」「民主主義とは」「國際平和主義」「主権在民主義」「天皇陛下」「戰爭の放棄」「基本的人権」「國会」「政党」「内閣」「司法」「財政」「地方自治」「改正」「最高法規」の順。

このうち第1章の「憲法」が、「憲法とは何か」「その制定経過」「基本理念」についてのやや長い解説になっている。これが、第5章「天皇陛下」に次いで、できがよくない。この浅井の文章からは、「これから民主的で平和な新生日本をつくっていく」というワクワクした感動が伝わってこない。朝日のリードのような感想を私は持てない。

戦時中は天皇制に弾圧されてものが言えなかった。ようやく、あたまの上の重しが取れて、はっきりと自分の意見が言えるようになったという研究者もジャーナリストも多くいたはず。そのような人々の躍動感に溢れた教科書執筆はできなかった。終戦直後も、この程度の教科書しか作れなかったということを、冷静に見つめなければならない。そして冷戦下、「この程度の教科書」すらも生き残れず姿を消したのだ。

次回「新しい憲法のはなし・第1章『憲法』」に触れたい。
(2018年12月10日)

あべさんあぶないアイウエオ

「発音練習・エクササイズ」なるものが我が家の壁に貼ってある。
滑舌をよくする訓練のためのもののようだが、これが実によくできていてたのしい。

ありさんあつまれアエイウエオア
かにさんかさこそカケキクケコカ
さかだちさかさまサセシスセソサ
たのしいたこあげタテチツテトタ
ならんでなわとびナネニヌネノナ
はなたばはなびらハヘヒフヘホハ
まえよりまじめにマメミムメモマ
やっぱりやさしいヤエイユエヨヤ
らくだいライオンラレリルレロラ
わんぱくわいわいワエイウエオワ
がまんだがんばれガゲギグゲゴガ
ざわざわざぶざぶザゼジズゼゾザ
だんだんだぶだぶダデヂヅデドダ
ばんごうばらばらバベビブベボバ
パラソルぱらぱらパペピプペポパ

「らくだいライオンラリルレロ」「わんぱくわいわいワイウエオ」など、ステキなフレーズではないか。
最初読んだとき、反射的に「アベさんらくだいラリルレロ」と口を突いて出た。
余り楽しい気分にはならないが、私も「憲法日記」風に真似してみよう。

あべさんあぶないアエイウエオア
かくりょうかねかねカケキクケコカ
さつきはさんざんサセシスセソサ
たろうのたちわるタテチツテトタ
なんくるないさーナネニヌネノナ
はいきだはいろだハヘヒフヘホハ
まじめにまなぼうマメミムメモマ
やとうはやるきだヤエイユエヨヤ
らいねんらくせんラレリルレロラ
わしらはわかいぞワエイウエオワ
がんこにガツンとガゲギグゲゴガ
ざるほうざせつだザゼジズゼゾザ
だんごうだんぱんダデヂヅデドダ
ばんみんばんざいバベビブベボバ
パワーだパンチだパペピプペポパ

もう、一つ。

あべさんあかんよアイウエオ
あべさんかいけんカキクケコ
あべさんさよならサシスセソ
あべさんたいじんタチツテト
あべさんなくなくナニヌネノ
あべさんはんせいハヒフヘホ
あべさんまじめにマミムメモ
あべさんやりすぎヤイユエヨ
あべさんらくだいラリルレロ
あべさんわるずれワイウエオ
あべさんがっかりガギグゲゴ
あべさんざんげをザジズゼゾ
あべさんダウンだダヂヅデド
あべさんばったりバビブベボ
あべさんパンチだパピプペポ

(2018/12/09)

「1941年12月8日未明」と、「2018年12月8日未明」と。

12月8日である。1941年の本日早朝、全国民がNHKの臨時ニュースに驚愕した。「大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」というのだ。

77年後の本日未明、幸いにして大本営発表はない。代わって報じられたものは、本8日未明における参院本会議での諸悪法案の可決成立である。国会前に集まった抗議の人々のプラカードの中に、「審議が足りない」「議論を尽くせ」「数の暴力を許すな」「生煮え法案反対」という文字が躍っている。哀しい事態と言わざるを得ない。議会制民主主義が壊れかかっている。

1941年の今日、天皇制日本は自滅への行動を開始した。恥ずべき奇襲攻撃をもって英米に対する戦争を開始したのだ。この日、多くの日本人は不安を抱えつつも昂揚した気分に包まれていたという。いま、歴史は繰り返さないと自信をもって言える事態だろうか。

本日、大本営発表はない。しかし近い将来の12月8日に、再びの悪夢はめぐってこないだろうか。また、本日が大本営発表の日の前年、あるいは前々年の12月8日と近似しているとは言えないだろうか。大本営が発表した開戦と、審議らしい審議のない議会制民主主義の実質的破壊との間に、どれだけの距離があるだろうか。

確認しておこう。満州事変にせよ、日中戦争にせよ、そして英領マレー奇襲も真珠湾攻撃も、すべて日本の方から仕掛けていることだ。日本は、けっして「やられたから、やむなく反撃した」のではない。常に征戦したのだ。だから、戦争の最終盤まで、戦地とは外地のことだった。近隣諸国が、いまだに日本の好戦性を危惧することには、歴史的に拭いがたい根拠があるのだ。

もう一つ。天皇制軍国主義における軍部の専横は、議会制民主主義の衰退と裏腹であった。議会制民主主義が国民の支持を失ったとき、天皇制とは軍国主義・侵略主義と同義になった。当時の政党政治がいかに未熟なものであれ、軍部の跳梁に対抗しうる貴重な機構だった。だが、議会制民主主義が自壊した。国民とメディアが議会を見限った。学校教育もである。こうして、軍部専横が、敗戦まで続くことになる。

2018年の12月8日。暗澹たる気持で、わが国の議会制民主主義の現状を見ざるを得ない。何たる自民・公明の体たらく、そしてこれに追随した維新。この3党の醜態と責任とを忘れてはならない。

ことの重大性は、入管法・水道法・漁業法・日欧EPA等の個別悪法の内容の問題だけではない。いつの間にかここまで忍び寄っている、議会制民主主義形骸化の恐怖である。

何年かあとに、「1941年12月8日未明」と同じニュアンスをもって、「2018年12月8日未明」が語られる日の来ることを恐れる。
(2018年12月8日)

漁業法大改悪の日に ― 「浜の一揆」訴訟第3回法廷

本日、浜の一揆訴訟第3回法廷。仙台高裁401号室での本日の弁論テーマは、「漁業の民主化」や「漁業調整のあり方」、あるいは「漁協の組合員に対する責務」などという抽象的なものではない。非常に具体的な、「延縄漁」と「刺し網漁」の比較の問題。

三陸沿岸の漁民は、サケ漁を禁止されているが、釣り針にエサを付けた延縄漁でならサケを獲ってよいことになっている。それなら、延縄で漁をすればよいじゃないか。刺し網漁の許可は必要ないことにならないか。そのような観点からの「延縄」と「刺し網」の比較。

下記が法廷での代理人陳述要旨。その後の進行協議の場では、「延縄」と「刺し網」の実物を持ち込んで、原告漁師が裁判官に雄弁に説明をした。裁判官諸氏は、興味深そうによく話しを聞いてくれた。これだけのことで、原告たちの裁判所に対する信頼感が醸成される。

その後、仙台弁護士会の会議室を借りて2時間余。具体的な話題になると、原告らの発言が実に活発になる。「延縄」はコストに見合った漁獲を見込めず経済的にペイしないことが縷々語られた。「なぜ、一部のものにせよ、延縄での出漁をする者がいるのか」という問に、いくつもの答が返ってきた。

「数値を見ればバカげた漁のように見えるが、それは結果論」「出漁するときは、今日こそは大漁になるかも知れないと思うのが漁師なんだ」「他の漁師はダメでも、自分だけはうまく行くと考える」「漁師は博打打ちみたいなもので、一山当てたいのさ」「当たれば、うんと獲れることもある」「過去の栄光の経験が忘れられない」「過去の夢もあり、将来の夢も見るのが漁師」「その時期、ほかの漁ができないからやらざるを得ない」「おれは、延縄なんかやらない」「いまごろ、延縄やっている者の気が知れない」「どうしても刺し網でなくてはダメだ」

出漁日数がどうなるか、どんなに家族労働に頼っているか、油代が幾らかかるか、魚価がどうなるか、水揚げに対して各種付加金がどうなるか…。話は尽きない。

そして、他の漁師の寄り合いと違うのは、漁業法改正問題の国会審議が話題になること。「県漁連会長が、おれは個人的には賛成だと」「なんでだ。県漁連会長が漁協潰しになぜ賛成する」「反対してもダメだ。いずれ企業参入の流れができている、っていうことらしい」「企業を入れて、その売り上げから漁連が口銭を取れると思っているんじゃないのか」「漁協の頭越しに、知事から企業に許可が行くのだから、漁連は口銭取れないだろう」「すっかり欺されているんじゃないのか」「全漁連の会長もおんなじだ」「漁協の将来はどうなるだろう」

これからの漁業はどうなる? 漁業者の誰もが不安を持つ漁業法大改悪が、今日にも国会で成立しそうである。

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意 見 陳 述 要 旨

仙台高等裁判所第1民事部 御中

控訴人ら訴訟代理人弁護士  澤 藤 大 河

※本日陳述の準備書面(2)は、裁判所から求釈明のありました「延縄漁と刺し網漁の比較」について回答するものです。
おそらく、裁判所はこうお考えなのでしょう。
「控訴人らは、サケ刺し網漁の許可を求めているが、必ずしも刺し網ではなく、延縄でもサケはとれるのではないか。延縄でのサケ漁の許可が取れるのなら、刺し網許可の必要性は低いのではないか」。「岩手県漁業調整規則3条1項にいう、漁業許可申請に対する不許可要件としての『漁業調整の必要』の有無を判断するに際しては、延縄が許可される方針だということも考慮に入れる必要があるのではないか」。

※もし、「サケ延縄漁」が「サケ刺し網漁」に代わるものとして十分な内容をもつ漁法であるとすれば、特にサケ刺し網漁を許可する必要性は希薄となります。しかし、それなら、控訴人ら漁民が、サケ刺し網漁の許可を求める必要もないことになります。
結論から言えば、両漁法に互換性も代替性もありません。サケ延縄漁が許可されることをもってサケ刺し網漁を不許可とする根拠とはなり得ないのです。
被控訴人岩手県の水産行政と県内大規模定置網業者とが、サケ刺し網漁を許可できないとしてきたのは、サケ刺し網漁が定置網漁と競合して、定置漁の漁獲量を減殺させるというものでした。この主張が、サケ延縄漁に向けられることはありません。サケ延縄漁は定置網漁の漁獲に影響を与えるほどの漁獲がありえないからです。控訴人らが求めているものは、収益性の低いサケ延縄漁ではなく、飽くまでも刺し網漁の許可なのです。

※延縄漁は「釣り漁法」の1種であり、刺し網漁は「網漁法」の1種です。
一般に、漁獲効率の比較において、「釣り漁法」は「網漁法」に劣ります。岩手沿岸におけるサケ延縄漁の効率はサケ刺し網漁の効率に数段劣ります。
それだけでなく、それぞれの漁を実施できる海域も時期も異なります。延縄漁は、海面付近で行う漁であって、海面付近での魚が餌に食いつかなくては成立しません。サケ延縄においても海面付近でサケが餌に食いつく活発さが必要であるところ、その活発さは海水の温度に依拠することが知られており、その海水温の適温はおよそ14度です。つまり、海面付近の海水温が    14度程度になっていなくては延縄漁を行うことはできません。
近年の地球温暖化の影響で、海面の温度は上昇しており、サケ漁の適期にサケ延縄漁が可能であるのは岩手県では県北部に限られています。県南部では「秋サケ」の適漁期に海面付近の水温が高すぎるため、延縄漁はできないのです。
もちろん、真冬ともなれば、県南でも海面水温は下がってきますが、そのころには、サケが沿岸で回遊する漁の適期は過ぎています。とりわけ、サケの人工増殖事業は、シーズン初期のサケの漁獲を重視し、その時期の採卵を繰り返してきたため、サケ回帰の早期化が進んでいます。このことは原審に提出した井田齊意見書に詳しく述べられていいます。
これに対して、固定式刺し網漁は、海底付近にサケがいれば実施することができます。 海底においてサケが好む水温となるような水深の場所を選ぶことによって、固定式刺し網漁は、より広範な水域で、延縄漁に比較して時期も長く実施できることになります。

※延縄漁は、1本の幹縄に多数の枝縄をつけ、枝縄の先端に付けられた一つ一つの針に餌をつけて魚を釣る漁法です。漁の準備には、針の一つ一つに餌をつけていく必要があります。サケ延縄漁の場合、体長7cm程度の鰯を餌として使用します。餌付けは出漁の前日などに漁師の家族総出で行います。この労働は漁家の家族労働として金銭対価なく行われてきました。一回の操業は、潮の変わり目の魚が活発な時間帯を狙って行われます。
潮の変わり目にサケの行動は活発になり、その時間帶はわずか20分程度です。この時間帯の見極めが肝要で、これを逃すと漁果皆無となります。
サケ漁の漁期は、10月中旬からから1月中旬までの約3ヶ月90日間程度です。そのうち気象条件と準備が整って出漁可能なのは半分程度、年間45日が標準的なものです。
巻き上げられた幹縄の約7割は再利用ができません。海流や潮の満ち引きで揉まれた延縄は、ひどく絡まるからです。特に、他の漁船が敷設した延縄と絡まると、切断するしかないこともあります。ひどい絡まりようになると、幹縄とナイロンテグスが絡まった団子状態になり、漁民の家の庭先に山となって積まれることになります。サケ延縄漁を行っている漁師の家族は、これを延々とほどき続けるのです。

※サケ延縄は、効率が悪く高コストで収益性が低く、その上苛酷で無償の家族労働なしでは成り立たない漁法です。経済的にはおよそペイしない漁法と言わざるを得ません。
準備書面に詳述していますが、サケ延縄漁を開始する場合、船を別として初期費用として560万円ほどが必要です。次年度以後は毎年400万円あまりの経費が必要となります。また、金額に見積もれない労働と労働の過酷さも考えなくてはなりません。
生産地におけるサケのキログラムあたりの単価は平均すると400円程度なので、年間3.4トンの水揚げを想定すれば、136万円程度の収入となります。しかし、合理的な試算では年間コストが387万円にもなります。到底経済的になりたつ漁業ではありません。

※刺し網漁の網の価格は標準的なもので76万円。巻き上げ機は120万円から200万円程度。船を別にすれば、初期費用は安ければ200万円程度で可能です。
また、刺し網漁は、サケ以外の魚種に広く行われている漁法であるため、現役の小型漁船漁師の多くは、既に刺し網を所有しています。現在、刺し網漁許可を有している漁師は当然刺し網を所有しているし、刺し網漁の許可を受けていなくとも、過去に刺し網漁をしていたり、廃業した仲間から譲り受けて、刺し網を所有している者は多いのです。
燃料費は、延縄漁の1/3程度です。長大な縄を投入するために走り回る必要がないからです。仮に10tの水揚げがあれば、400万円の収入を得ることができます。
操業コストの年間支出は43万5000円程度であり、300万円台の収入が見込めることになり、十分に経済的に成り立つ漁法となります。

※以上のとおり、サケ延縄漁の許可が可能とされていることを、サケ刺し網漁申請の不許可理由として考慮する合理性は皆無なのです。十分なご理解をいただきたいと思います。

(2018年12月7日)

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