澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

大坂なおみが示した「日本人離れ」の、さわやかな個性

(2020年8月31日)
ナショナリズムとは、「内」と「外」とを分けるドグマ(教条)である。このドグマが教えるところは、単に「内」は味方で「外」は敵というにとどまらない。内は優れて外は劣る。内は正しく外は不正義という。ある種の人々にとっては、優越意識と排外主義のセットが心地よいのだ。しかし、さて問題は「内」と「外」とをどう分けるかである。国籍で? 人種で? 言語で? 信条で? 帰属意識で? 出自で? 体型で? 肌の色で? 目の色で? いずれもまことにバカげている。

この観点からは「内」の周縁に位置する人々に関心をもたざるを得ない。外国人力士、外国人労働者、在日コリアン、アイヌ、沖縄の人々。急速にふえつつある混血の人々。私だって、誇り高くまつろわぬ蝦夷の末裔だ。この人たちは、内なのか外なのか。タマネギの皮を剥き続けて、いったいどんな芯が残るというのだ。一見芯に見える天皇だって、百済からの帰化人の血を引いている。

大坂なおみというテニス選手、その風貌も言語習慣も「日本人離れ」の個性の持ち主。ハイチ系アメリカ人の父と日本人の母を持ち、日本で生まれてアメリカで育った。日米の二重国籍だったが、22歳になる際に日本国籍を選択したという。これまで、そのときどきで「内」にいれられたり「外」に弾かれたりという印象が否めない。

この人の意見や発言が、また「日本人離れ」して、すこぶる明快なのだ。力強い拳をあしらった図柄のMLB黒シャツ姿と、下記のツィッターが、いまさわやかな話題を振りまいている。

https://twitter.com/naomiosaka/status/1298785716487548928

こんにちは。多くの皆さんもご存じのように、私は明日(8月27日)の準決勝に出場する予定でした。しかし、私はアスリートである前に、一人の黒人女性です。黒人女性として、私のテニスを見てもらうよりも、今は注目しなければいけない大切な問題があると感じています。

私がプレーしないことで劇的に何かが起きるとは考えていませんが、白人が多い競技で議論を始めることができれば、正しい道へのステップになると思います。相次いで起きている警官による黒人の虐殺を見ていて、正直、腹の底から怒りが湧いています。数日おきに(被害を受けた人の名前の)新しいハッシュタグをつけ(SNSに投稿し)続ける状況に苦しみ、疲れています。

そして、同じ会話を何度も何度も繰り返すことにとても疲れてもいます。いったい、いつになったら終わるのでしょうか?

なお、ツィッターの原文には、英文と並んで日本語訳がある。日本語訳があることの意味は重要だと思うが、残念ながらこの日本語訳は日本語としてこなれたものではない。上記は朝日の訳を転載させていただいた。

この人は、自分を「アスリートである前に一人の黒人女性(a black woman)である」と躊躇なく言い切っている。そこがまことにさわやかなのだが、日本ナショナリズムは、自らを「一人の黒人女性(a black woman)」と自己認識する彼女を「内」の人と受け入れるだろうか。

私は、テニスという競技にはほとんど何の興味も知識もなく、「ウエスタン・アンド・サザン・オープン」の準決勝棄権というものの重みを実感できない。が、プロの選手が国際試合をボイコットしようというのだ。ウィスコンシン州で起きた黒人銃撃問題に抗議の意を示し問題提起のためとする、彼女の準決勝棄権の決意のほどは伝わってくる。立派なものだ。

その後、大会主催者は大坂の問題提起を受けとめた。8月27日に予定されていた全試合を28日に順延すると発表した。また、全米テニス協会も日程の順延について「テニスは、アメリカで再び起きた人種差別と社会の不公平に対し、結束して反対する」という声明を出したという。これも立派なものだ。おそらくは、大坂の問題提起を受けとめねばならないという空気が全米に満ちているのだろう。

さらには、Twitterでは「#大坂なおみさんを支持します」というハッシュタグが作られ日本のトレンドに入ったという。紹介されているものでは、「アスリートの鏡だと思う」「自身の影響力を社会のために使っている素晴らしい例」など大坂選手への応援の言葉が大半を占めたという。もちろん、右翼諸君の批判や疑問も多数にのぼるものだったともいう。

この大坂なおみ、『スポーツと政治を混同してはいけない』『アスリートの政治的発言はいかがなものか』という定番の批判にたじろぐところがない。今年(2020年)6月5日には、「スポーツと政治を混同させるな」の声に反論して、次のように発信している。

「アスリートは政治的に関わるな、ただ楽しませればよいという意見が大嫌い。第一にこれは人間の権利に関わる問題だから。そしてなぜあなたの意見の方が私より良いの? もしIKEAで働いていたら、IKEAのソファーの話しかしちゃいけないの?」

そのとおりだ。誰もがいかなる政治的テーマにも関わってよい。アスリートはその技倆で観衆を楽しませていればよく、その分を越えるべきではないというのは、アスリート蔑視であり不当な差別である。ましてや、重大な人権問題については、すべての人が関心をもち、発言しなければならない。それは、民主主義社会に生きるすべての人々の責務と言ってよい。

「政治に関わるな」「政治的発言は控えろ」「分を弁えておとなしくしておけ」という、社会の圧力に唯々諾々としたがっていたのでは、いつまでも社会から不合理がなくならない。民主主義とは、すべての人の発言を保障する社会のありかたである。多くの人々の意見の交換によってのみ、社会はより良い方向に進歩するという信念が基底にあるのだ。

ところで、日本のナショナリストたちには、日本女性の典型についてのイメージがあろう。おそらくは、男に寄り添う「たおやめ」であり、ひっそりと健気な「大和撫子」でないか。大坂なおみは、およそ正反対。これを「内」と「外」のどちらに分類するか、聞いてみたいもの。

人は、それぞれ多様な個性を持っている。大坂なおみは、飽くまで大坂なおみなのだ。「内」と「外」との分類におさまりようがない。そのことは、実はナショナリズムというドグマの不条理を物語っている。

関弁連から、アパホテル問題についての「公開質問状に対する回答」

(2020年8月30日)

関東弁護士会連合会が発行する、「関弁連だより」に掲載されたアパホテル専務インタビュー記事。何の問題意識もなく、あたかもアパホテルグループを普通の企業のように扱うその編集者の感覚に驚愕せざるを得ない。

南京大虐殺はなかったという歴史修正主義、そして改憲論、また非核三原則の否定や核武装推進論の姿勢においても、アパホテルグループは余りにも突出した存在である。とうてい、弁護士会がまともに相手にできる代物ではない。弁護士会が、こんな企業を他と同様に扱ってはならない。それこそ、弁護士の社会的信用に傷が付くことになる。

この問題について、関弁連管内弁護士の有志65名が連名で、関弁連宛に公開質問状を出した。8月17日のことである。弁護士会は、日本国憲法を擁護し憲法理念を大切にしようとする姿勢のはず。アパホテルのような反憲法的信条を露わにしている企業を無批判に取りあげることは、弁連の姿勢に悖るものではないか。弁護士会の使命から問題ではないか、弁護士会の信用を傷つけるものではないか、という問いかけ。

公開質問状の内容は、下記のURLを参照されたい。

アパホテル記事について、関弁連に対する公開質問状。
http://article9.jp/wordpress/?p=15444

不見識きわまれり、弁護士会広報紙にアパホテルの提灯記事。
http://article9.jp/wordpress/?p=15193

関弁連から、これに対する8月28日付回答を昨日(8月29日)受領した。下記のとおり、「2020年8月17日付け公開質問状に対する回答」と表題されたもので、個別の質問事項への回答はないが、「当該記事の掲載を継続することは適切ではない」との判断は示されている。これから、この回答の評価を検討することになる。

なお、弁護士会の在り方は、決して私事ではない。弁護士会の中での出来事や意見交換の在り方は、できるだけ広く市民に知ってもらうことが望ましいと思う。常に市民からの批判の目のあることが、弁護士会にあるべき姿勢を堅持させることになる。そのことは、弁護士自治の保障にも重要な役割を果たすことになるだろう。

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2020年8月17日付け公開質問状に対する回答

2020年8月28日

質問者65名代表者
弁護士 澤 藤 統一郎 様

関東弁護士会連合会
理事長 伊 藤 茂 昭

 日頃より,関東弁護士会連合会の活動にご助力・ご理解を賜りありがとうございます。貴職らよりいただきました2020年8月17日付け公開質問状に対して,以下のとおり回答いたします。

当連合会は,「2020年度関弁連の重点課題と施策」において,「立憲主義の尊重と行政権に対するその遵守の要請」「司法の独立の堅持」を掲げ,憲法問題に関しては「立憲主義を堅持し,恒久平和主義を擁護する立場」を鮮明にしています。このような当連合会の重点施策に基づく理事長声明などの活動について,貴職らからいただいた力強いご支持について,こころより御礼申し上げるとともに,今後も一層のご支援をお願いする次第です。

一方,当連合会の本年6月30日付け「関弁連だより」における冒頭記事 「関弁連がゆく」に取り上げたアパホテル株式会社代表取締役専務に対するインタビュー記事については,責職らの本公開質問状以外にも,この掲載自体を問題視する意見が寄せられ,執行部としては,弁護士法に基づく公的法人である構成弁護士会の連合会として,この記事の掲載を継続することは適切ではないと判断し,7月10日をもって当連合会ホームページから当該記事を削除いたしました。

そして,そのホームページからの削除については,理事長名において,アパホテル株式会社に対しても文書にて責任ある説明を行い,常務理事会にもその旨報告してご了承を得たところです。

また,当連合会内において,会報広報委員会及び常務理事会においても,本件の経営者一族の思想信条は関弁連の基本方針ととは異なるものの,何らその点には触れておらず,記事そのものについては問題ない以上,掲載を続けるべきであるとの意見もございました。そのような経緯ですが,本件については,執行部の判断で上記措置を執ることについての了解を得た次第です。

なお,今回の件を受けて,インタビュー記事において私企業の経営者を取り上げることについて,執行部と会報広報委員会の協議の上,編集方針を一部変更いたしました。インタビュー記事については,「関弁連がゆく」とのタイトルと併せて,その記事の内容を超えて,その私企業の経営者の思想信条を支持するかのような誤解を与える可能性があり,さらに,当該私企業が,公的団体のインタビュー記事があるという事実を広告宣伝に過度に利用する危険性も存することから,私企業の経営者のインタビュー記事は,当連合会の記事としては適切でない場合もありうるということで,8月12日には,ひとまず,過去の掲載記事の内,14の記事について当連合会ホームページから削除いたしました。

以上が,本件について当連合会執行部が執った結論であります。
当連合会執行部としては,今後は,会員の皆様からインタビュー記事について,疑義が述べられるような事態が発生しないよう,人選,記事内容について,慎重に取り組む方向で,執行部と会報広報委員会で引き続き協議を尽くす所存です。

以上の措置の御報告により,質問の各項目に対する回答に替えさせていただき,個別の各項目についての回答は,省略させていただきます。

併せて今回は,質問者の先生方をはじめ,多くの会員の方々に多大なご心配をおかけいたしました。こころよりお詫び申し上げるとともに,今後もよりよい「関弁連だより」の作成に努力する所存です。

当連合会が永続的かつ安定的に発展できるために,今後も力をお貸しいただきたいということをお願いし結びといたします。

私が生まれたのは、戦時中だった。

(2020年8月29日)
本日は私の誕生日。私は、1943年の今日(8月29日)盛岡で生まれた。その日、母が龍を呑んだ夢を見たとか、白虹が日を貫いたとかの奇瑞はまったく生じていない。ごく普通の暑い日だったようだ。

言うまでもなく、戦時中のことである。母が繰り返し語ったのは、終戦の年(1945年)の夏のこと。盛岡にも空襲があり、炎天下2歳に満たない私を負ぶって何度も防空壕に駆け込んだという。そのとき、私はハシカがひどくて泣き止まず、母の方が心細くて泣きたい思いだったと聞かされた。

戦争が終わってその年(45年)の秋に父は帰宅している。が、さて私が生まれた43年8月に、父は私という長男の誕生に立ち会っているのだろうか。

先日、この点について従兄弟の澤藤範次郎(金ケ崎在住)から、私の父(澤藤盛祐)が書き残したもののなかに、次の記録があると教えられた。私は散逸してしまったものである。

昭和14年5月に召集。弘前歩兵隊に入隊。幹部候補生に採用されたものの、駆足すれば落伍する、足首を捻挫するで、候補生仲間の世話になる。乙種で軍曹に任官。
 
昭和16年8月、弘前の部隊あげて満州国黒河省璦琿に駐屯、演習につぐ演習、行軍に強くなる。銃剣術大会のとき、ひとのみちの教えのことを思いだし、中隊優勝の因をつくったという武勇伝あり。タライのように大きい中秋の名月を二度見、零下45度の極寒を体験。ソ連が攻めてきたらひとたまりもないなあと思いながら、17年末召集解除。

今度は横須賀海軍工廠造兵部へ徴用されました。18年9月。浦郷寄宿舎の寮長となる。海軍工廠の弁論大会で優勝したことと、15歳の少年工員が脳脊髄膜炎を患った折、ひとのみちの話をしてあげ、奇跡的に全快したのが思い出。胃潰瘍を患い、20日ほど入院。

19年7月、二度目の召集で弘前へ。曹長となる。青森県三本木に駐屯。急性肺炎にかかり、危うく命を取りとめる。夏終戦。秋帰宅。足掛け7年のうち、家にいたのは十か月。

そうなのか。父は、私の出生時には家族とともにいたのだ。そして、8月29日に生まれた嬰児と妻を残して、翌9月には横須賀に出立せざるを得なかったのか。「お国のため」に勇躍して出かけたはずはない。生まれたばかりの我が子と出産直後の妻を気遣って、後ろ髪を引かれる思いであったろう。が、父の生前その思いを聞かされたことはない。それにしても「足掛け7年のうち、家にいたのは十か月」というのが、戦争適応世代であった大正生まれの貧乏くじだったのだ。

母は、自説を押し通すというタイプではなかったが、「戦争だけは絶対にイヤだ。あんな目には二度と遭いたくない」と、この点は断固として譲らず、揺るがなかった。夫のいない心細さだけでなく、子育ての苦労は一入だったのだろう。語らない苦労も多くあったに違いない。この母の思いは、私が受け継いでいる。

母の妹は、東京日本橋で恵まれた結婚生活を送っていたが、夫が戦争の最終局面で遅い招集となり戦死した。サイパン行きの輸送船とともに爆沈されたという。妹の悲しみも、母が「戦争だけは絶対にイヤ」という大きな理由だった。

母が語る銃後の戦争と、上記の父が兵歴を語るトーンには明らかなズレがある。幸いに実戦に遭遇する機会なく無事帰還した父には、兵役や徴用は「貴重な思い出」でもあったようなのだ。戦後、「戦友」との友情を暖めてもいた。もちろん、「戦争は絶対に繰り返してはいけない」とは言っていたが、その言葉に母ほどの迫力は感じられなかった。戦後の国民感情における反戦・厭戦意識の濃淡の差を考えさせられる。

陸軍の旧軍人軍属の兵籍は、本人の本籍地のある都道府県庁が保管して照会に応じている。海軍の方は、厚労省だという。この際、父の軍歴を徹底して調べてみようと思う。一人の日本国民と家族に、徴兵や徴用がどれほど負担だったかという視点をもって。

ところで、8月29日とは、夏の盛りを過ぎたころで秋未満である。活動的な夏のスケジュールが終わって一息の頃で、秋はまだ始まっいない頃。子どもにとってはもうすぐ夏休みも終わろうというころだが、二学期はまだ始まっていない。そんな中途半端な夏と秋との端境期。だから、私の誕生日に関心をもつ人は、昔も今も殆どない。

が、今日は特別だった。夕餉に鯛の煮付けが出た。

突然の安倍退陣 ー 負のレガシー払拭の課題は今後も続く

(2020年8月28日)
 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

 遠く異朝を訪ひ近く本朝を窺ふに、猛き者も奢れる者もとりどりにこそあれ、諫めをも思ひ入れず天下の乱れん事を悟らずして民間の嘆く所を知らざりしかば、久しからずして亡じにし者少なからず。間近くは、安倍晋三内閣総理大臣と申しける人の有様、憲法の定めにも従わず、政権を私物化し、嘘とごまかしで固め、数々の不祥事を重ねて、コロナ禍の裡に民の憂ふる所を知らざりしかば、何の誇り得る業績もないままに、再度にわたる政権投げ出しに至りしとぞ伝へ承るこそ心も詞も及ばれね。

本日(8月28日)午後2時頃、ネットのニュース速報で、「安倍晋三辞意表明」を知った。さしたる感慨はない。間もなくの3時前ころに、東京新聞の記者から電話がかかってきた。「安倍辞任の感想を聞きたい」と言う。まとまりなく、次のようなことを、話した…はずである。

長すぎた政権でした。そして、国民にとっては迷惑な政権国政を私物化し、嘘とごまかしと忖度の、負のレガシーで固められた政権。この政権の終焉はもちろん歓迎しますが、本来は選挙による国民の審判でこの政権に国民からの縁切り状を突きつけるべきところ。それがきちんとできなかったことが残念と言わざるを得ません。

しかし、彼が必死の執念を燃やした憲法改正は、国民の改憲阻止の世論と運動が阻止し得た。このことは、まことに喜ばしいと思います。おそらくは、「安倍のいるうちが、千載一遇の改憲のチャンス」。改憲派はそう思っていたはずです。その与望を担った安倍政権が改憲の糸口にも至らずに崩壊したことの意味は大きい。ここしばらくは、改憲の見通しは立たないでしょう。

それにしても、不祥事続きの腐敗政権でした。モリ・カケ・サクラ、カジノに河井。忖度文化の醸成、公文書管理の意識的放棄。説明責任のネグレクト、食言の数々は、長すぎた政権の腐敗の典型でもあり、安倍晋三自身の品性の問題でもあったと思います。

あらためて、この政権には何の業績もなかったことに愕然とします。この政権が存続していた間に、日本の経済力も、国際的なプレステージも、科学的な競争力も軒並み下がってしまった。北方領土問題を解決して日露間の関係改善を実現することも、拉致問題を解決して北東アジアに平和な国際関係を築くこともできなかった。ウソをついてまでして東京五輪を招致したけれどコロナによって開催の実現を阻まれた。

また、何としても歴史的な汚点は、集団的自衛権行使容認の戦争法(安保法制)を強行成立させたこと。その法律の廃止を含めて、数々の負のレガシーを払拭する努力をこれからも続けていかなくてはなりません。誰が後継首相となったとしても。

中国の圧力による香港教科書の改悪ー「愛国教育」とは政権に従順たれと教え込むこと

(2020年8月27日)

 香港教育当局が「愛国教育」を重視する中国の習近平指導部の意向を受け、学校で使う教科書への管理を強化している。今年の検定では複数の出版社が当局の修正要求を受け、香港に「三権分立」の仕組みがあるとの記述や、民主化運動に関する写真などを削除した。香港各紙が18日に報じた。民主派は「教科書を通じて『親中国政府』の考え方を浸透させる狙いだ」と強く反発している。(毎日)

人民支配の鉄則は「アメとムチ」…だが、それだけでは十分でない。全人民にムチすることは現実には不可能であり何より非効率で愚策である。ムチよりはアメが先行するが、アメの量は常に限られている。のみならず、人民は必ずしもアメのみにて生きるものではない。アメとムチ以外に、人民の精神を自発的服従に仕向ける工夫が必要なのだ。

それを「マインドコントロール」と言っても、「洗脳」と言ってもよい。あるいは、端的にダマシとか、イデオロギー支配、共同幻想、ナショナリズム喚起とでも。その結果としての、国家ないし権力への忠誠心の醸成、少なくとも意識的な抵抗心の放棄がなければ、安定した人民支配はできない。そのために、手垢のついた愛国心が持ち出される。

国家の経営者は、国民に経済的利益を与えることに腐心し、権力にまつろわぬ者には刑罰を与えるだけでなく、当該の国家や権力を正義とするマインドコントロールに知恵を絞る。その知恵の働かせどころは、まずは教育であり、次いでメディアである。情報と考え方をコントロールして、権力に好都合なことだけにバルブを開き、不都合なことはシャットアウトするのだ。

だから、国家や権力に絡めとられぬように、教育もメディアも、権力から独立して自由でなければならない。これが、市民革命を経た近代社会の常識であり、約束ごとである。もちろん、前近代の天皇制国家は、教育にもメディアにも徹底して介入を試みた。今なお日本の現実は、この弊風を払拭しきれていない。

が、中国の香港教育への介入のこの露骨さは驚くべきものだ。あらためて、中国には、民主主義思想も人権思想もなく、一党独裁あるのみと確認するほかはない。「党は正しい方針を持っている。だから近視眼的な批判は慎むべきだ」という思想と対決しなければならないと思う。

香港は、中国とはまったく別のリベラルな教育制度を運用してきた。その象徴が、「通識」という科目だという。日本の公民に近いものだろうか。日本でも一時流行った「リベラルアーツ」教育のようでもある。《幅広い社会問題を学んで批判的精神や多様な見方を育てる》というのが科目の目標で、高校の必修科目となっている。これが、中国から危険視の対象となった。

この「通識」が、香港の若者の民主的な思考や態度を養ってきたと言われ、2019年6月に本格化した政府への抗議デモでは、高校生らが校舎前で手をつないで政府に抗議の意思を示す「人間の鎖」が各地で繰り返し見られた。

中国にしてみれば、これを何とかしなければならない。《絶対であるべき党のものの見方を相対化して、幅広く社会問題を学び、批判的精神や多様な見方を育てる》ことは危険視されるのだ。中国政府は昨年来、この通識を「愛国心ではなく、批判的思考を育んでいる」として非難してきた経緯があるという。

中国政府はよく分かっている。《批判的な精神》と《愛国の精神》とは、真っ向から対立する理念なのだ。香港に対する統制を強化する「香港国家安全維持法」(国安法)が6月に施行されたことを踏まえ、香港当局は中国の意を受けて愛国教育を徹底する方針を打ち出した。まずやり玉に上げられたのが、通識教育である。

「通識」の教科書の書き換えが要求された。「香港教育図書社」の教科書の例では、「香港の法制度の特徴として『三権分立の原則に従い、個人の自由と権利、財産の保障を極めて重視する』との記述があった。だが検定後は削除され、代わりに『デモで違法行為をした場合、関連の刑事責任を負う』との記述が加えられた。」(香港明報)という。他の三つの出版社でも「香港では三権分立の制度が取られている」との表記が削除された。

 なるほど、中国には権力分立の観念はない。立法・行政・司法の各権力の上に、党という「権威兼権力」が君臨している構造なのだ。あたかも、大日本帝国憲法において、議会と内閣と司法の上に、天皇という「権威兼権力」が君臨していたごとくに。

 この他にも教科書の検定では、14年の民主化要求デモ「雨傘運動」の現場や政府への抗議メッセージを記した付箋が貼られた壁を撮影した写真や、19年の政府への抗議デモに関して「警察がデモを禁止したことで市民の自由が侵害された」「政府が経済、政治、生活に関する市民の要求に応じなかったことも一因」などの記述が削除された。いずれも民主派の抑え込みを図る当局の意向が反映されたとみられる。(毎日)

 香港では19年、抗議活動に関連して18歳以下の学生約1600人や19歳以上の学生約2000人、教職員100人以上が拘束された。中国政府は教育現場への締め付けを強めるため、国安法で学校に対して「宣伝、指導、監督および管理を強化する」と明記し「国家安全教育」を進めると盛り込んだ。香港当局は6月、教育現場で国歌斉唱などを義務づける「国歌条例」も施行。教育現場への締め付けは着実に強まっている。(毎日)

1989年の天安門事件や2014年の雨傘運動など民主化デモに関する記述の削除・削減が加速した。教師ら学校関係者は21日、「洗脳教育を断固拒否する」との声明を発表、反発を強めている。(産経)

 また、ある教科書では「私は香港人だ」と記された旗を持つデモ参加者のイラストが、「中国の経済発展の成果を享受できて、私は中国人であることが誇らしい」と説明されたイラストなどに差し替えられた。(産経)

 中国国営新華社通信は21日、「通識科の『消毒』は、香港の教育が正しい道に進む第一歩だ」と題する論評を配信し、教科書改訂を歓迎しました。ある在日香港人は本紙に「今回の改訂は、政権に従順な新しい世代をつくり出すための第一歩だ」と警戒感を示しました。(赤旗)

これは一陣の涼風。教科書採択にアベ政権没落のご託宣。

(2020年8月26日)
今年の夏は常の夏ではない。コロナの夏であり、異常な猛暑の夏。そして首相引きこもりのなんとも冴えない鬱陶しい夏である。そこに、思いがけない一陣の涼風が吹き込んできた。教科書採択の成果である。端的に言えば、全国的規模での、育鵬社教科書(歴史・公民)不採択の涼風なのだ。

育鵬社教科書とは何であるか。2015年9月17日付けで、「★育鵬社教科書採択570校一覧(9月17日現在)」という、勇ましいネット記事が残されている。冒頭にこうある。

「正統保守の敵『つくる会』一部首脳を追撃します。『新しい歴史教科書をつくる会』が自由社から出した教科書は反日自虐。」「教科書改善の会のメンバーが執筆した フジサンケイグループ育鵬社こそが正統保守教科書です。」

継続採択も含め私立中の採択は24校です。公立中は約550校(特別支援学校で該当生徒のいる校数が確定しないため、正確な数はまだ分かりません)で、合計約570校の生徒が育鵬社の教科書で学ぶことになりました。
 
採択冊数は、歴史が7万2000~7万3000冊(シェア6.2~6.3%)、公民が6万6000~6万7000冊(シェア5.7%前後)と推定されます。

つまり、「フジサンケイグループ育鵬社(扶桑社の100%子会社)の教科書こそが、正統保守教科書です。」というのだ。ここでいう「正統保守」とは、歴史修正主義・国家主義・排外主義・権威主義を指す。まさしく、安倍晋三を行政トップに押し上げた勢力の歴史観・政治観をいう。その立場は明らかに、《反日本国憲法》であり、同時に《親大日本帝国憲法》でもある。

そんな教科書で、毎年7万2000~7万3000人もの中学生が歴史を学んできた。これが今年度(2020年度)までの現実である。

今年は、通常4年ごとに行われる教科書採択の年。「つくる会」系教科書採択の消長は、わが国の民主主義度のバロメータともなっている。「フジサンケイグループ育鵬社の正統保守教科書」の採択状況に衆目が集まる。そして、ほぼその結果が出てきた。まさしく、一陣の涼風である。日本の民主主義勢力決して先細りではない。

「子どもと教科書全国ネット21」の集計では、公立学校での育鵬社の歴史教科書採択冊数を71,510冊、公民教科書冊数を65,480冊と報告している。

それが今回の採択では、注目すべき大型採択地域で軒並み育鵬社は敗退した。前回育鵬社を採択して、今回は逆転不採択となったのは、確認できる範囲で以下のとおりである。
 横浜市(146校) 歴史2万7000冊、公民2万7000冊
 大阪市(130校) 歴史1万8500冊、公民1万8500冊
 東大阪市(26校)            公民4200冊
 松山市(29校)   歴史4200冊
 藤沢市(19校)   歴史3500冊、  公民3500冊
 呉市(26校)    歴史1900冊、  公民1900冊
 東京都立中(10校) 歴史1400冊、  公民1400冊
 新居浜市(11校)  歴史1100冊
 四国中央市(7校)  歴史 800冊、  公民 800冊
 泉佐野市(5校)   歴史1000冊、  
 河内長野市(7校)            公民 900冊
 武蔵村山市(5校)  歴史 700冊、  公民 700冊
 四條畷市(4校)   歴史 600冊、  公民 600冊
 愛媛県立中(3校)  歴史 480冊、  公民 480冊
 東京都立特別支援学校(10校)歴史100冊、公民100冊

以上で、歴史教科書の削減冊数は61,000冊を超え、公民は60,000冊を超える。来年(2021年)度からの育鵬社版教科書の使用冊数は、歴史は1万冊を割り、公民は5000冊に届かない。

この成果を切り拓いたものは何か。もちろん、自然にこうなったわけではない。右翼の運動に抗して各地で起こった市民運動の成果なのだ。歴史修正主義や憲法を軽んじる歴史や公民の教科書を我が子には使わせないという地道な市民運動が結実したものである。その具体的な運動のあり方は、追々語られることになるだろう。横浜・大阪だけではなく、全国至るところで教育運動が盛り上がったことの意味は大きい。

もう一つの感想がある。5年前育鵬社教科書が採択数で伸びた時期は、安倍政権の勢いがまだ安泰だった。右翼も威勢を張っていたということである。森友学園事件は、まだ世に明るみに出ていない。安倍政権をバックとして、「フジサンケイグループ育鵬社の正統保守教科書」の採択は順調だったと言えよう。しかし、今年の夏、安倍政権のたそがれが誰の目にも明らかだ。右派勢力がアベ晋三に期待した憲法改正などできっこないと認めざるを得ない。

「つくる会」系の右翼偏向教科書の採択状況は、右翼勢力の力量消長のバロメータでもあり、右翼を背景とするアベ政権の盛衰のバロメータでもある。この真夏に、そのバロメーターが示したアベ没落のご託宣はまことに目出度い。まさしく、猛暑のなかの一陣の涼風である。

天皇批判言論についての「法的自由」と「現実の不自由」の落差

(2020年8月25日)
一昨日(8月23日)、私のブログに醍醐聰さんから、「苦言」をいただいた。私のブログに目を通していただき、わざわざコメントをいただいたことをありがたいと思う。が、一言釈明をしておかねばならないし、敷衍して述べておきたいこともある。

当ブログは8月22日付で伊藤詩織さんの民事訴訟提起を肯定的に取りあげ、「『リツィート』も『いいね』も法的責任追及の対象となる。ネトウヨ諸君、中傷誹謗は慎まれよ。」と表題する記事を掲載した。私は、その末尾にこう書いた。

 匿名に隠れて誹謗中傷をこととするネトウヨ界の住人諸君。他人の人格の侵害には、責任が問われることを知らねばならない。たとえ、「リツィート」であっても、「いいね」でさえも。
 もっとも、天皇などの社会的権威や、安倍晋三などの政治的権力者に対する批判の言論については自由度が高い。しかし、弱い立場にある者への寄ってたかっての攻撃は許される余地がない。心していただきたい。

醍醐さんのツィッターでの「苦言」は、以下のとおりである。

私も澤藤統一郎さんと同様、泣き寝入りを拒否して2次、3次被害の加害者の責任も追及するために提訴した伊藤詩織さんに敬意を表する。
ただし、「天皇などの社会的権威に対する批判の言論については自由度が高い」という澤藤さんの意見には賛同しない。自由度は極めて低い。

醍醐さんがこういうのだから、私の表現が意を尽くしていない。意とするところが正確に伝わるように、文章を練らなければならないと思う。私は、最近この種の「苦言」を受けることが多い。心しなければならないと思う。

確かに、天皇批判の言論に対しては、この社会は非寛容である。自由にのびのびと、気軽に気楽に、天皇批判を展開できる状況にはない。むしろ、天皇を語る際には敬称と敬語が必要との思い込みは社会に浸透している。そのようにすることが無難という一般常識がある。なかには、舌を噛みそうな慣れない敬語を使う滑稽な人々もいる。そんな社会においては、天皇批判はまことに口にしにくい。顕名で天皇批判の文章を残すなど、敢えて面倒のタネを播いて育てることに等しい。確かに、社会的な圧力が人々に天皇についての批判を控えさせている。醍醐さんの言われるとおり、現実には「天皇批判の自由度は極めて低い」。まったく同感である。

しかし、私は天皇批判言論の難易に関する社会の現実を「自由度が高い」と言ったのではない。当該のブログ記事は、言論に対する法的責任追及の可否を論じるものである。「他人の人格を侵害する表現は、法的責任が問われる」「もっとも、天皇などの社会的権威や、安倍晋三などの政治的権力者に対する批判の言論については、自由度が高い。」という文脈は、表現の法的責任の有無・程度について述べたもの。

一般人を対象にその人格を否定し侵害する言論は、刑事民事の法的責任が問われる。これにくらべて、天皇や安倍晋三など、権威や権力者を対象とする批判の言論については、格段に「批判の言論の自由度が高い」。即ち法的に免責される可能性が高い。端的に言えば、天皇批判の言論には、手厚い法の保護が与えられるのだ。

言論の自由は、高い憲法価値をもつ。ということは、他の憲法価値と衝突する局面で優越する地位を獲得しうることを意味する。典型的には、言論が他人の名誉や信用を傷つけることが許容されるということなのだ。

天皇賛美や政権忖度の提灯言論は、他人の人権と衝突しない。この種の言論について言論の「自由」や「権利」を論じる意味はない。「陛下おいたわしや」「総理ご立派」などの言論が自由にできることをもって、言論の自由が保障されている社会とは言わない。

言論が特定の人格と衝突して、その人の名誉や信用や名誉感情を傷つけるときに、言論の自由という憲法価値と、人格権あるいは名誉・信用という憲法価値を衡量して、言論の自由に軍配があがる場合にはじめて言論の自由は意味をもつ。とりわけ、批判しにくい天皇や首相の名誉を侵害する批判の言論を許容することにおいて言論の自由はいみをもつ。

しかし、言論の自由も無敵ではなく、当然に限界をもっている。他の人権との衝突の場面で、しかるべき調整原理に従わなければならず、場合によっては優越的地位を譲らなければならないこともある。

そのような調整原理として、日本の判例に定着しているとされるものが、「公正な論評の法理」といわれるもの。公正な論評の法理においては、言論を、「論評」と「事実の摘示」とに分類し、「論評」には「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱」しない限り大幅な自由が認められる。また、「事実の摘示」については、その言論の公共性・公然性・真実性(または真実と信じたことについての相当性)があれば、他人の名誉を毀損しても違法性はないとされる。

さらに、アメリカ合衆国連邦最高裁判所の判例は、「現実的な悪意の法理」を採用している。まずは、「公人」概念を確立し、公人に対する名誉毀損表現を最大限許容する。その表現がたとえ真実性を欠く場合であっても、公人側が、表現者の『現実的な悪意』を立証できない限り敗訴となる。『現実的な悪意』とは分かりにくい訳語だが、「表現にかかる事実が真実に反し虚偽であることを知りながらその行為に及んだこと、又は、虚偽であるか否かを無謀にも無視して表現行為に踏み切ったこと」という。『自分の言論が虚偽であることを知っていたか、知らないことに重過失があった場合』と要約してよいだろう。これを批判された公人の側が証明しなければならない。アメリカの法廷では、公人が提起した名誉毀損訴訟は、ほぼ勝ち目がないと言われている。

日本の判例はそこまでは踏み切っていないが、言論の重要性が、権威や権力に対する批判を保障するところにあることには異論がない。アメリカの判例における公人とは、権威者あるいは権力者のことである。日本の判例でも、公共性や公益性の概念を通じて、権威や権力をもつ者に対する批判の言論は、違法性を阻却して法的に許容される結論に通じることになる。わが国における権威・権力のトップが、天皇と首相である。だから、「天皇に対する批判の言論については自由度が高い」のだ。

天皇も一人の人間である以上、種々の制約はありつつも人権を有している。その人権の一部である名誉や信用も、天皇や天皇制批判の言論による侵害を甘受せざるを得ないということなのだ。

なお、天皇が人権を享有していることを強調することは、ほとんど意味をもたない。むしろ、天皇の人権は一般国民以上のものではないことが強調されねばならない。ちょうど、「BLM(ブラック・ライブズ・マター)」が、黒人の人権が白人以下のものではないことを強調しているごとくに。

我が家にもあった 戦地からの便り ー「軍事郵便」

(2020年8月24日)
8月の終わらぬうちに、戦争にまつわる記憶を書き留めておきたい。1943年生まれの私は、むろん直接には戦争を知らない。知っているのは、「戦後」の社会と大人たちから聞かされる戦争の辛さである。どの家族にも召集令状が届き、縁者に戦死者のない人はいなかった。

私が子どもの頃、大人とは戦争体験者であった。学校の先生も八百屋のオジさんも豆腐屋の兄さんも、男たちは皆鉄砲担いだ兵隊の経験をもっていた。なかには「敵」に実弾を発射した人もいただろうし、南方のジャングルからの帰還兵もいただろう。女性は銃後を護っていた人たち。そういう目で大人を見ていた。

私の父は招集されて関東軍の兵となり、ソ満国境の守備隊に駐屯した。愛琿の近くという以外に、その場所がどこかは正確には知らない。ノモンハン事件の前に曹長として召集解除となって帰郷し、その後2度内地で応召して、終戦は弘前で迎えている。

父は兵役にあって、好運にも「敵」との遭遇の機会はなく、まったく実戦を経験せぬまま除隊となったと言っていた。たった一度、「明日にも、敵がソ満国境を越えて来襲するという情報がある。戦闘態勢につけ」という通知をもらったことがあるという。中隊本部でその通知を受け、自分の兵舎に着くまでさほど遠くない帰途で、緊張の余り3度の排尿をしたという。結局、その情報は誤りで敵との遭遇はなく安堵したと繰り返し語った。

その父が、戦地から新婚の妻(私の母)の許に、こまめに絵入りのハガキを書き続けていた。父は器用な人で、絵も書もよくした。墨の濃淡を描き分けて、現地の風景や人物、兵隊の暮らしぶりを描いていた。その絵には「俱運壮」という落款があった。軍曹をもじってのことだが、好運を身につけたいという願望の表れであったろう。「軍事郵便」として届いたそのハガキを母は大切に保存していた。

よく記憶しているのは、隊内の演芸会で演じた自身の「ガマの油」の口上の図。袴に襷掛けの自画像を巧みに描いていた。草原で寝転ぶとその音が聞こえるという、草にとまって鳴く小さな蝉。ノロという現地の小型の鹿。荷を牽くロバ、防具を着けた銃剣術稽古の兵…。

中で忘れられないのは、自分の手と指の写生。それに、いろいろと説明を書き加えている。妻に、自分をよく知って欲しいという気持の表れだったろう。あの絵入りの便りは、いかにも古代中国風の砦を表紙にあしらった一冊のアルバムに入っていた。そのアルバムは、いま九州の次弟の許にある、はず。

父は、運良く召集解除となって満州から帰宅し、戦後を永らえた。しかし、ノモンハン事件(1939年)のあと、関東軍の主力は南進に転じ、戦友の多くは南方に送られて戦死したという。

一昨日(8月22日)の毎日新聞朝刊に、軍事郵便の記事があった。「戦後75年 家族の手元に祖父の愛400通 沖縄で戦死」「孫、足跡追う」の記事。リードは、以下のとおり。

「太平洋戦争末期、32歳の若さで沖縄で戦死した伊藤半次さんが、福岡市で暮らす家族に送った絵手紙など約400通が残っている。ほとんどは長く出征していた旧満州(現中国東北部)からで、転戦した沖縄からも3通が届いた。『祖父の最期を知りたい』。同市早良区の会社役員で孫の博文さん(51)はこの数年、家族への愛がにじむ手紙を頼りに、祖父の足跡をたどり続けてきた。」

伊藤さんが、旧満州から家族に宛てた絵手紙2点が掲載されている。職人として日本画を学んだ人の立派なもの。この絵手紙を描いた伊藤さんは、ノモンハン事件後の41年にソ満国境の警備に配属され、その後44年10月に沖縄に転戦、45年6月に糸満で戦死されたという。

その記事の最後が孫の言葉として、こう結ばれている。

「家族を残して戦地に行ったのは祖父だけではない。『会いたい』『帰りたい』と素直につづれなかった時代があったことを、祖父の手紙を通じて多くの人に伝えたい」

私の父は、好運と倶に旧満州から内地に帰還した。しかし、父の多くの戦友は南方に送られて命を失った。伊藤さんは沖縄で散った。さぞかし無念であったろう。8月、それぞれの戦争との関わりを思い起こし、戦争の悲惨と愚かを確認しよう。

「政権長きが故に貴からず」ー 無能な政権の長きを以て迷惑と為す

(2020年8月23日・連続更新1701日)

通俗道徳を説く『実語教』の冒頭に、

 山高きが故に貴からず 樹有るを以て貴しと為す
 人肥えたるが故に貴からず 智有るを以て貴しと為す

とある。これに、以下のように続けよう。

 政権長きが故に貴からず 実績有るを以て貴しと為す
 総理その座の故に貴からず 国民奉仕を以て貴しと為す
 総理看板の枚数故に貴からず 実行有るを以て貴しと為す
 総理原稿読む故に貴からず 意欲と能力を以て貴しと為す
 トランプとの誼故に貴からず 己に如かざる者を友とするなかれ

何の実績もなく忖度とオトモダチ優遇に明け暮れた安倍第2次政権が、2012年12月26日発足以来本日(8月23日)で2798日となるという。馬齢を重ねると言えば、馬に失礼になろう。これで佐藤栄作の連続在任日数に並び、明日には歴代最長となるそうだ。

佐藤政権も、ろくでもない印象しか残していないが、安倍政権ほどひどくはなかった。嘘つき、ゴマカシ、権力の私物化と、こうも国民から胡散臭いとおもわれる政権は希だろう。それが、歴代最長の政権になるというのだから情けない。

ところで、当ブログの連載開始は、安倍政権の改憲策動に危機感をもったことに始まり、昨日のブログが連続更新2700日となっている。日本の右翼・改憲派が、穏健保守を押しのけて作りあげたアベ政権である。アベで改憲ができなければ、近い将来に改憲の望みはない。靖国参拝も、拉致問題も、北方領土も、保守勢力の懸案解決の切り札としての政権。しかも、民主党の政権運営失敗からの揺り戻しの国民意識を背景に、なんでもできるのではないか。そんな時代の雰囲気の危うさに抗して、アベ政権を批判し、改憲を阻止する力の一端を担おうと書き始めたのだ。

「憲法日記」との標題でのブログの初回は政権発足直後の2013年1月1日である。しかし、今の形で、今のURLでの書き始めは、同年の4月1日。毎日更新を宣言して、2700回を超えた。当時、こんなにアベ政権が続くとは夢にも思わなかった。

安倍内閣は確かに長く続いたが、国民の批判は予想以上に強く、右派勢力が思うような政権運営はできなかった。ときに、突出した強行姿勢を見せても、常に揺り戻しが大きく、決して右翼勢力の期待は実を結ぶに至っていない。

アベは、レガシーを意識しているという。しかし、悲願であった憲法「改正」はもう無理だ。近い将来、改憲は不可能という情勢を作り出したという点において、アベはレガシーを残したと言えるかも知れない。拉致被害問題も、北方領土問題も、1ミリの進展もない。イラン問題での仲介もできなかった。経済の再生もできないまま、確実に格差貧困だけは拡大している。花道と考えられた東京五輪・パラリンピックもアベの在職中にはもう無理だろう。

世界の首脳の中でたったひとりトランプとは良好な関係を結んでいるようだが、それはアメリカとの関係良好を意味しない。大胆な無法者と臆病な無法者との誼に過ぎないが、果たしてそれが我が国民の利益となるのかどうか。

負のレガシーはいくらでもある。見えるものとして国民の記憶に新しいのは、466億円を投じてのアベノマスク配布である。これこそ政権の無能と無為無策の象徴、アベの愚策として永遠に歴史と国民の記憶に残るだろう。

直接には見えないが、最大のものは公務員の忖度文化の育成であろうか。安倍政権時代の7年で、公務員は、国民のためにではなく、上を眺めて上にへつらうことで出世競争をするようになった。そして、適正な公文書管理の忌避。検察の独立性への不信。総理の国会発言の言葉の軽さ。上の責任を下に下ろして、末端職員を自殺にまで追い込む行政組織のありかた。

さらに、絶えず何かに取り組んでいる振りの「やってる感」演出文化。思い出してみれば、「デフレ脱却」「三本の矢」「女性活躍」「地方創生」「一億総活躍」「働き方改革」「人生100年構想」「人づくり革命」等々。掛け替えた看板の数だけは、比類のないもの。

アベとアベ政権が引き起こした数々の醜聞も忘れまい。モリ・カケ・桜、カジノに河井。情報隠して、格差を広げ、政治も行政もウソをつく。

いま、既にアベ政権はレームダック状態である。改憲の旗振りなんぞ今ごろできるわけがない。首相の体調の異変も報じられている。首相がいなくても行政は動くのだ。「悪さ」や「おいた」をすることなく、アベが黙っているだなら、もうしばらくアベ政権が続いてもよい。

アベは原稿読むだけの総理でよい。改憲発議せぬだけを以て貴しと為す。

当ブログは、安倍晋三の在任が続く限り、改憲問題・改憲阻止をメインテーマに書き続ける。ご愛読をお願いしたい。

「リツィート」も「いいね」も法的責任追及の対象となる。ネトウヨ諸君、中傷誹謗は慎まれよ。

(2020年8月22日)
伊藤詩織さんの大逆襲が始まった。私は、その勇気を称え、その行動を強く支持する。

弱い立場の者が被害に遭ったとき、泣き寝入りをしてはならない。泣き寝入りは破廉恥な加害者を図に乗らせることになる。社会に同種の被害を繰り返させることにもなる。被害者は泣くよりも怒りもて立ち上がらねばならない。

とは言うものの、実はそれはたいへんに困難なことなのだ。被害を受けた者に冷酷なのがこの社会の現実である。被害者の「落ち度」を意識的にあげつらう心ない言葉が、2次被害、3次被害を生み出す。ネット社会では、その被害がたちまちにして巨大なものにふくれあがる。被害者は、直接の加害者に対する責任追及だけでなく、2次被害、3次被害の加害者の責任をも追及しなければならない。その困難を覚悟で、泣き寝入りを拒否して、立ち上がる人に敬意を表せざるを得ない。

伊藤詩織さんは、明らかに刑事事件の被害者である。しかし、官邸に近いとされる加害者は、逮捕もされず起訴も免れた。その不自然な経緯は、官邸の守護神たちが加害者を擁護したとの説を大いに頷けるところとしている。そこで、やむを得ず民事的な手続による反撃を選択せざるを得なくなった。

2017年9月、加害者山口敬之を被告として1100万円の損害賠償を求める民事訴訟を提起したのに対して、山口は2019年2月慰謝料1億3000万円を求める反訴を提起した。

東京地裁〈鈴木昭洋裁判長〉は2019年12月18日、伊藤側主張のとおりの事実認定にもとづき、本訴請求を330万円の限度で認容。山口の反訴請求を全部棄却した。認容額には不満はあっても、紛れもなく伊藤側の勝訴である。山口側からの控訴があって、現在その控訴審が東京高裁に係属中である。

続いて、伊藤詩織さんは2次被害の克服にも着手した。実名で被害を名乗り出て以来、ネットの書き込みによる中傷は目に余る事態となっている。伊藤弁護団からの依頼で、荻上チキをリーダーとするチームが調査したところ、この件に関わる書き込み総件数は70万件に上っていたという。そのうち、名誉毀損相当のものだけでも3万件と報告されている。

最初に手を付けたのが、今年(2020年)6月8日に、漫画家はすみとしこに対する東京地裁への提訴である。虚偽の内容のイラストと文言で違法に名誉を毀損したという請求原因。損害賠償請求額は330万円である。

注目すべきは、同時に、はすみの名誉毀損表現を「リツイート」(転載)したとして男性2人を被告とする訴訟を併せて提起していることである。うち、1人は医師であるという。はすみとしこの名誉毀損行為を2次被害とすれば、この2人のリツィートは3次被害を生じたこととなる。こちらの請求額は、各110万円である。

そして一昨日(8月20日)、自民党の杉田水脈衆院議員に対する220万円の損害賠償請求訴訟の東京地裁への提訴となった。今度は、中傷ツイートに「いいね」ボタンを押すことの法的責任を問うている。弁護団は「何とか誹謗中傷の連鎖を止めたいと思って起こしたアクション」と説明しているという。

杉田が相次いで「いいね」を押したという第三者による中傷ツイートは下記のようなものである。

「枕営業の失敗ですよね。」
「娘いますが、顔を出して告発する時点で胡散臭いです。」
「自称#伊藤詩織は、そもそもレイプの事実関係が怪しすぎる。」
「お前は本当のキチガイか?」
「こいつ詩織が被害者だってマジで思ってんのかな?馬鹿じゃねえの?」
「なんだこいつ 品性ねえのはあんただ」
「確信犯…彼女がハニートラップを仕掛けて、結果が伴わなかったから被害者として考え変えて、そこにマスコミがつけこんだ!」
「ニコニコ顔で自分のレイプ体験を語るヤツが被害者って変だと思わないのかなぁ!?」

ほかにも、伊藤擁護のツイッターアカウントに対する「キチガイ」「見苦しい」「品性ねーよ」などのリプライ(返信)にも「いいね」を押していたという。

表現の自由の限界をめぐっては、常に論争が生じる。「いいね」といえども表現の一態様であって言論の自由の保護を受けてしかるべきだという立論は当然にあり得よう。しかし、そんな一般論ではなく、具体的な場と文言を見なければならない。杉田が「いいね」を押した表現の内容が、明らかに犯罪被害者の心情を傷つけるものであり、国会議員としての影響力をもっ杉田が「いいね」ボタンを押して中傷に同意することで、傷口を広げ深くして痛みを大きくしているのだ。「リツィート」のみならず、「いいね」もまた、2次被害、3次被害を生じさせていることが明らかではないか。

なお、前同日、伊藤詩織さんは、元東大特任准教授の大沢昇平に対しても、ツイートで名誉を傷つけられたとして110万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴している。
大沢は、「刑事裁判でレイプが認められなかったにもかかわらず、その後の民事裁判の結果をレイプを関連付けている」などと投稿。また、破産事件に関する官報の一部と思われる写真とともに「伊藤詩織って偽名じゃねーか!」とツイートした。

匿名に隠れて誹謗中傷をこととするネトウヨ界の住人諸君。他人の人格の侵害には、責任が問われることを知らねばならない。たとえ、「リツィート」であっても、「いいね」でさえも。

もっとも、天皇などの社会的権威や、安倍晋三などの政治的権力者に対する批判の言論については自由度が高い。しかし、弱い立場にある者への寄ってたかっての攻撃は許される余地がない。心していただきたい。

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