澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

9歳女児の国歌斉唱拒否に脱帽 ― オーストラリア国歌の先住民差別に抗議

アメリカではなく、オーストラリア国歌の斉唱拒否が話題となっている。拒否者が9歳の女児だということと、これに保守派の政治家が大仰に噛みついたことで、大きなニュースになった。いろんなことを考えさせられるし、考えなければならない。

知らなかったが、オーストラリア国歌の題名は、『Advance Australia Fair (アドヴァンス・オーストラリア・フェア)』というのだそうだ。「進め 美しきオーストラリア」などと訳されるようだ。中国国歌の「前進!前進!前進!進!」を想起させる。一般に、国家は「Advance」や「前進!」が大好きなのだ。

ネットで、幾つかの訳詞を見ることができる。以下はその一つ。

オーストラリアの同胞たちよ
喜ぼうではないか 我々は若くて自由だ
苦労して手に入れた黄金の地と富
海に囲まれた我が国に与えられた
美しく豊富で貴重な自然の恵み
歴史の中でとこしえに歩まん
進め 美しきオーストラリアよ!
喜びのメロディにのせて歌おう
進め 美しきオーストラリアよ!

輝きを放つ南十字星の下で
我が国の名を世界中に知らしめるため
我々は誠実に努力を続けよう
海を渡りて来たりし者達のため
限りなく広がる平原を分かち合おう
勇気を持ちて団結しよう
進め 美しきオーストラリアよ!
喜びのメロディにのせて歌おう
進め 美しきオーストラリアよ!

この訳詞の印象として直接には、自国第一主義も、排外主義も、独善も、宗教色も、王も君主も出てこない。原詩のニュアンスは私にはよく分からないが、国歌の歌詞としては平凡で無難な内容に思える。しかし、この歌詞に問題ありとして、斉唱を拒否された。9歳の少女によって。「問題あり」との指摘を念頭にこの歌詞を読み直すと、なるほど、大いに問題はありそうだ。

CNNが国際ニュースとして配信した記事のヘッドラインは、「国歌斉唱の起立拒んだ9歳女児、政治家が集中非難 オーストラリア」というもの。リードは次のとおり。
「オーストラリア東部クィーンズランド州の公立学校に通う9歳の女子児童が、先住民に敬意を表して国歌斉唱時の起立を拒み、大物政治家らの集中非難を浴びている」

渦中の生徒、ハーパー・ニールセンさん(9)はCNN系列局ナインニュースの取材に対し、「オーストラリア先住民に対して礼を欠くとの考えから、国歌斉唱の際に起立しなかった」と説明したという。同国の国歌「アドバンス・オーストラリア・フェア」には、「オーストラリア国民よ、皆で喜ぼう、我々は若く、自由なのだから」という一節がある。この点を、ニールセンさんは、「我々は若い、という一節は、私たちより前に5万年もこの地にいた先住民のオーストラリア人(アボリジニ)を完全に無視している」と訴えている。また、「国歌のアドバンス(「前進」)は白人のこと」だとも。

過激な発言で知られる右派のポーリン・ハンソン上院議員は、12日にビデオ声明を発表し、学校が子どもたちを「洗脳している」と主張。ニールセンさんを学校から「追い出せ」とかみついた。クィーンズランド州の影の内閣の教育大臣でもある自由国民のジャロッド・ブリージー議員は、ニールセンさんを「悪がき」呼ばわりし、両親にも矛先を向けた。また、トニー・アボット元首相はシドニーのラジオ局2GBに対して11日、「国歌斉唱の際に起立するのはマナーの良さと礼儀の表れ」とコメントしたという。

こうした批判に対し、父のマーク・ニールセンさんは、娘の行動を「非常に勇敢」と評価。学校長と面談したが、まだ合意には至っていないと話している。

9月12日のAFP記事で事実関係を補う。ハーパー・ニールセンさん(9)は先週、国歌「進め、美しのオーストラリア(Advance Australia Fair)」斉唱の際に起立を拒否し処罰された、という。

この一件が12日に地元メディアで報じられた後、ハーパーさんは豪ABC放送に対し「最初にこの曲が書かれたとき、『進め、美しのオーストラリア』の意味は、オーストラリアの白人よ進めという意味でした」「それに『私たちは若い』という歌詞は、私たちよりも前からここにいたオーストラリアの先住民を完全に無視しています」と語った。

クイーンズランド州の教育局によると、学校長は別の抗議方法がないかを話し合うために、ハーパーさんおよび両親と面談したという。同局の報道官は「学校は児童の希望を尊重しており、ホールの外に出るか、国歌が流れている間は歌わずにいるといった別の方法を提案した」と述べた。

国歌に対するハーパーさんの態度は、米ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の選手たちが膝をついて行った抗議同様、オーストラリアで最も著名な保守派の人物らをいら立たせている。

豪ラグビー代表の元コーチで、ラジオの過激なディスクジョッキーに転身したアラン・ジョーンズ氏は、「規則」に異論があるならば、ハーパーさんの両親には学校をやめるよう言うべきだと発言。

また、こうした論争を呼ぶ問題に乗じて発言し、キャリアを築いてきた政治家のポーリーン・ハンソン氏(64)はハーパーさんを「ガキ」呼ばわりし、「ここに洗脳された子どもがいる。こういう子には尻に蹴りを入れてやろう」と語る動画をフェイスブックに投稿した。

ポーリーン・ハンソンなるお粗末な「政治家」に問いたい。
ハーパーさんを「洗脳された子ども」と決め付ける根拠を聞かせてもらいたい。どうして、国旗に敬礼する子どもには「洗脳された」と言わないのかも。あなたが、国旗国歌に敬意を表明しなければならないとする理由も教えてもらいたい。そして、あなたがニールセンさんを学校から「追い出せ」と叫ぶ権利の根拠についても。さらには、先住民差別を不当とする価値判断よりも、国歌に敬意を表明する愛国心の高揚が優越するという理由についも。

実は、あなたの方こそ、洗脳されて寛容さを失っているのではないか。愛国心とは本当に道徳上の徳目なのか。国家とは、こんなにも硬直に人の考え方を縛ってよいものなのか。すべての価値に絶対的な優劣の序列はなく、価値の多様性を認め合うことこそが民主主義社会の基本原則ではなかったか。

保守派のデスクジョッキーだというアラン・ジョーンズにも聞きたい。
「規則に異論があるならば、学校をやめろ」とは、聞き捨てならない。人と規則とどちらが大事なのか。どんな不当な規則にも異論を述べてはならないのか。どんな不当な規則も人を縛るのか。起立して国歌を斉唱せよという規則の合理性は、いったいどこにあるのか。人種差別する国家は敬意を表するに値する存在なのか。そもそもこの国歌がいう「We」とは、だれを指しだれを除外しているのか。だれであれ、真面目に考えての結論が「起立・斉唱の拒否」であれば、規則に異論を言うべきが当然でと思わないか。オーストラリアとは、それをも許さない非寛容な社会なのか。

私はハーパー・ニールセンさんに脱帽し、敬意を表する。先住民に対する差別の存在を国歌の歌詞に読みとった、その共感能力と鋭敏さとに。そしてなによりも、差別を許さないとする信念を貫き通すその毅然とした姿勢に。

形式的な愛国よりも、差別を許せないとすることが遙かに重要だとするあなたの価値判断を私は支持する。そして、あなたの姿勢に学びたいと思う。

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http://article9.jp/wordpress/?p=11058

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http://article9.jp/wordpress/?p=11073

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9月10日に開始して、賛同者は本日(14日)6000筆を上回っています。

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(2018年9月14日・連続更新1993日)

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