澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「時はだれのものなのか」 ― 朝日「改元社説」を評価する

当ブログでは、元号・改元問題をたびたび取りあげてきた。既に20回を超えているだろう。いずれも、元号の存在自体を批判し、その使用強制をあってはならないとする内容のもの。元号を、天皇制による民衆の精神生活支配の小道具ととらえ、「元号は不要」「元号は有害」「改元というイベントに踊らされるな」「時代の区切りを天皇の在位と結びつけて考えてはならない」「こんな不便なものは廃絶せよ」「元号使用強制などとんでもない」と主張するものである。
最近の主なものは、下記のとおり。

この際、新元号の制定はやめよう。
http://article9.jp/wordpress/?p=8393
(2017年4月7日)

永年の読者の一人として「赤旗」に要望します。元号併記はおやめいただきたい。
http://article9.jp/wordpress/?p=8367
(2017年4月2日)

真正保守・村上正邦が教える「元号存続の意味」。
http://article9.jp/wordpress/?p=9691
(2017年12月30日)

元号に関する朝日社説を駁する。
http://article9.jp/wordpress/?p=8992
(2017年8月8日)

領土・人民だけでなく、天皇が時まで支配する元号制
http://article9.jp/wordpress/?p=8028
(2017年1月25日)

元号 ― ああ、この不便・不合理にして有害なるもの
http://article9.jp/wordpress/?p=10295
(2018年5月1日)

私の元号に関する言説は、突飛なものでも奇矯なものでも、もちろん過激なものでもない。人権原理と民主制を根本原理とするオーソドックスな憲法体系の理解からは、憲法体系の天皇の存在を可及的に小さなものとして取り扱うことが当然であり、天皇制を支える元号否定は、ごく自然な帰結である。

天皇を不可侵の神聖な存在とする一部の右翼や、いまだに國體の存在にこだわるアナクロ派、そしてこれらの連中を使嗾することで権力を維持している現政権には不愉快なのだろうが、それは、人権原理や民主主義への理解の浅薄なことを表白するに過ぎない。かつては、学術会議も元号廃止を提唱していた。

学術会議の「元号廃止 西暦採用について(申入)」決議の紹介
http://article9.jp/wordpress/?p=9609
(2017年12月16日)

ところが、いまメディアがはっきりものを言わない。菊タブーは健在で、天皇制批判はご法度のごとくである。だから、私のブログ程度の穏健な天皇制批判が、目立つようになってしまっている。

メディアの皇室報道は、舌を噛みそうな敬語を並べたてて、まったく見苦しくもあり聞き苦しくもある。「陛下」も「今上」も死語だと思っていたが、いつからか息を吹き返して至るところに跋扈している。そして、「平成最後の」という枕詞のオンパレード。社説も同じ。「国民生活の利便のために新元号の公表を早く」というのが精一杯で、天皇制と結びついた元号そのものの批判をしない。

下記は、地方紙には珍しく右翼的な論調で知られる北國新聞の本年1月1日号社説である。

 社説 「改元の年に 新しい時代に大きな夢を」
 新しい年が明け、平成最後の正月を迎えた。いつもの年の初めと違う特別な空気感があるのは、4カ月後に新天皇の即位と改元という、歴史の大きな節目が待ち受けているからだろう。
 一つの時代が終わる寂しさと惜別の思い。平成30年間のさまざまな出来事が脳裏を駆け巡る。そこに私たち自身の人生が重なり、懐かしい日々と新しい時代への期待が交錯する。

「平成30年間のさまざまな出来事が脳裏を駆け巡る。そこに私たち自身の人生が重な(る)」というのが、まさしく、天皇制と結びついた元号制の狙いそのものである。国民一人ひとりの人生の推移を、天皇の在位で区切ろうというのが、元号制の本質。これを肯定する右派言論に、リベラル派メディアが切り込んでいないことをもどかしく思っていた。

ようやくにして、昨日(3月21日)の朝日社説が、この点に触れたものとなった。 社説のタイトルは、「『改元』を考える 時はだれのものなのか」というもの。「時はだれのものなのか」とは、「天皇のものではない、自分自身のものだ」という含意。天皇の都合で、勝手に「時」を区切らせてはならない、ということなのだが、さすがに朝日。物言いの品が良い。そのようにはっきりとは言わない。

その全文は下記でご覧いただくとして、要約は下記のとおりである。      https://www.asahi.com/articles/DA3S13942702.html?

 もうすぐ新たな元号が発表される。
 朝日新聞を含む多くのメディアは「平成最後」や「平成30年間」といった表現をよく使っている。一つの時代が終わり、新しい時代が始まる、と感じる人も少なくないだろう。
 でも、ちょっと立ち止まって考えてみたい。「平成」といった元号による時の区切りに、どんな意味があるのだろうか。そもそも時とはいったい何なのか。誰かが時代を決める、あるいは、ある歳月に呼び名が付けられることを、どう受け止めればいいのだろうか。
 歴史を振り返れば、多くの権力は、時を「統治の道具」として利用してきた。
 日本の元号も、「皇帝が時を支配する」とした中国の思想に倣ったものである。
 元号には独特なところがある。「改元」という区切りがあるからだ。日本では明治以降、一代の天皇に一つの元号という「一世一元」の仕組みも出来た。天皇が即位することで、起点はその都度、変わる。
 1979年に現在の元号法が成立した際、元海軍兵士の作家、渡辺清は日記に書いた。
 「天皇の死によって時間が区切られる。時間の流れ、つまり日常生活のこまごましたところまで、われわれは天皇の支配下におかれたということになる」(『私の天皇観』)
 時の流れをどう名付け、区切るかは、個々人の自由の営みであり、あるいは世相が生み出す歴史の共有意識でもあろう。
 人生の節目から国や世界の歩みまで、どんな時の刻みを思い描くかは、その時その時の自らの思考や視野の範囲を調整する営みなのかもしれない。
 もちろん元号という日本独自の時の呼び方があってもいい。ただ同時に、多種多様な時の流れを心得る、しなやかで複眼的な思考を大切にしたい。
 時を過ごし、刻む自由はいつも、自分だけのものだから。

 もちろん(というべきだろう)、元号否定ではなく、元号に対する意識の相対化を論じるレベルのものだ。しかし、明らかに半歩の前進である。この論調を評価し歓迎する。
(2019年3月22日)

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