澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「これからは、2度と日章旗の下では走るまい」- 孫基禎、金メダルを得ての思い

昨日(5月25日)、ちきゅう座総会に参加した際に、社会評論社の松田健二さんから「評伝 孫基禎」(寺島善一著)をいただいて、興味深く読んだ。著者の立場は公平である。オリンピックやスポーツだけを切りとるのではなく、日本の朝鮮に対する植民地支配の歴史に目を配っている。それだけに読後感はやはり重い。日本人の朝鮮に対する差別意識の底流が露わになっている今だけに、なおさらである。

著者は、近代オリンピズムの崇高さを強調し、孫と同時代アスリートとの交流を「スポーツで築き上げた友情は、国境を越えていつまでも不変」と讃えている。大島謙吉、オーエンス、ハーパー(英・孫に続いてマラソン2位)らとの交流は確かに感動的なのだが、現実の厳しさの方に圧倒される。

国威発揚のナショナリズム、人種差別、そして商業主義の跋扈というオリンピック事情は、1936年当時も現在も、さして大きな変化はないのではないか。

来年(2020年)の五輪は、歴史修正主義者が首相を務める国の、民族差別主義者が知事の座にある首都で、開催される。本当に、東京五輪開催の積極的意味はあるのだろうか。

プロ・アマを問わずスポーツ隆盛の今、若者たちに訴えたい。かつて理不尽な仕打ちを受けていた朝鮮人アスリートがいたことを。日本が朝鮮を植民地としていたが故の悲劇である。その代表的な人物が、孫基禎なのだ。

孫基禎(ソン・キジョ)、1919年8月の生まれ。当時、既に朝鮮は日本の植民地とされていた。貧苦の中で走り続けて、ランナーとして頭角を表し、世界記録保持者として、1936年8月9日ベルリンオリンピックのマラソンに挑んで、金メダルに輝く。当時のオリンピック新記録。なお、このとき朝鮮人南昇竜も銅メダルを獲得している。

その表彰式では、「日の丸」が掲揚され「君が代」が演奏された。これは、孫には耐えがたい屈辱だった。後年、彼自身がこう語っている。

「優勝の表彰台で、ポールにはためく日章旗を眺めながら、『君が代』を耳にすることはたえられない侮辱であった。…果たして私が日本の国民なのか? だとすれば、日本人の朝鮮同胞に対する虐待はいったい何を意味するのだ? 私はつまるところ、日本人ではあり得ないのだ。日本人にはなれないのだ。私自身の為、そして圧政に呻吟する同胞のために走ったというのが本心だ…。これからは、2度と日章旗の下では走るまい。この苦衷をより多くの同胞に知ってもらわなければならない」

孫も南も、表彰式では陰鬱な表情をしてうつむいている。孫は、ユニフォームの胸に付けていた日の丸を勝者に与えられた月桂樹で隠している。表彰式での真正面からの写真では、胸の日の丸が見えない。しかし、斜めからの撮影では日の丸が映ってしまう。この日の丸を消した写真を掲載したのが、8月25日付東亜日報だった。よく知られている「消えた日の丸」事件である。

現地の日本軍20師団司令部が激怒し、直ちに総督府と警察に関係者の緊急逮捕を命じた。こうして、5人の関係者が逮捕され、40日余の残酷な拷問が行われた。その上で、東亜日報は無期限発行停止処分、5人は言論界から永久追放となった。

ところで、孫と南の表彰式の後、日本選手団本部は選手村で祝賀パーティを開いたが、両名とも出席しなかった。「差別と蔑視故の抗議であったろう」という。その時刻両名はどこにいたか。ベルリン在住の安鳳根(アン・ボングン)という人物を訪問していたという。あの安重根(アン・ジュングン)の従兄弟である。

孫は、このとき安鳳根の書斎で、生まれて初めて「太極旗」と対面したのだという。

「これが太極旗なのだ。わが祖国の国旗なのだ。そう思うと感電でもしたように、熱いものが身体を流れていった。太極旗がこうして息づいているように、わが民族も生きているのだという確信が沸き起こってきた」

これが、彼の自伝「ああ月桂冠に涙ー孫基禎自伝」(講談社・1985年)の一節。
その後、孫は徹底して警察からマークされる。到底、金メダリストの扱いではない。彼が日の丸を背負って走ることは2度となかった。指導者たらんと東京高等師範と早稲田の入学を志すが、受験を拒否されている。明治大学だけが、暖かく迎え入れたが、当局はこれを許可するに際して条件を付けた。「再び陸上をやらないこと。人の集まりに顔を出さないこと。できる限り静かにしていること」だという。

明治大学は、箱根駅伝で彼を走らせようとしたが、かなわなかった。息子・孫正寅の語るところでは、2002年臨終の際に残した言葉が、根駅伝を走りたかった」だった。

言うまでもなくマラソンは、オリンピックの華である。必ず最終日に行われる最終種目。この特別の競技の勝者には、特別の敬意が捧げられる。1936年ベルリンオリンピックで、10万の観衆が待ち受けるスタジアムに先頭で姿を現し、最後の100メートルを12秒台で走り抜けたスーパーヒーロー。それが、日本人として登録された朝鮮人・孫基禎だった。

孫は朝鮮民族の英雄となった。民族の団結や連帯の要となり得る立場に立った。日本の当局は、その言動を制約せざるを得ないと考えたのだ。孫に、朝鮮人の民族的な自覚や矜持を鼓舞する言動があるのではないかと危惧したのだ。

明治大学名誉教授である著者は、孫基禎と明治大学の親密な結び付きを誇りとして書いている。慶應も早稲田も東京高師も、この明治の姿勢に敬意を表さねばなるまい。

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(2019年5月26日)

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