澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

憲法と落語(その7) ― 「淀五郎」が問いかける忠臣蔵イデオロギー

忠臣蔵を扱った落語の演目の著名なものとしては、「淀五郎」「中村仲蔵」「庫丁稚(四段目)」「七段目」「九段目」…、あたりだろうか。いずれも、討ち入りの事件を直接の素材にしたものではなく、仮名手本忠臣蔵という芝居がテーマであり、芸談でもある。

抜きん出て知られるものが「淀五郎」であろう。昔は名人圓喬の持ちネタだったというがレコードに残る時代のことではない。録音が残る時代となってからは、「淀五郎」と言えば六代目圓生。特に圓生百席の「淀五郎」が極め付けか。また、正蔵の「淀五郎」も捨てがたく、さすがに芝居話として聞かせる。歌舞伎を知らない世代に、仮名手本忠臣蔵を上手に解説して,この点は親切で分かり易い。

よくできた芸談だが、忠臣蔵のイデオロギーを当然の前提としている点に注目せざるを得ない。正蔵の淀五郎が、大序「鶴が岡兜改めの段」の語りを述べる。これが、忠臣蔵イデオロギーの解説。

嘉肴(かこう)ありといへども食せざればその味を知らずとは。国治まつてよき武士の忠も武勇も隠るゝに、たとへば星の昼見えず夜は乱れて現はるゝ、ためしをこゝに仮名書の…

よき武士とは、忠と武勇とを備えた者。乱世には、忠と武勇は自ずと目立つことになるが、泰平の世では目立つ機会がない。しかし、忠勇の武士は昼は見えない星のごとく、隠れてはいるがなくなったのではない。いったんことあれば夜に輝く星のごとくに現われて、褒むべき活躍をする。まさしくそれが、赤穂浪士の討ち入り、というわけだ。

身分制社会の支配者の側が、被支配者の側に求めるものが忠義・忠節という徳目。支配を力で押し付けるだけでなく、支配される側がこれを倫理上の徳目として受け入れてくれれば、こんなに都合のよいことはない。

武士階級だけでなく町民までもが、忠義という徳目を価値あるものと受容していた。だからこその討ち入り賛美である。それ故に、町人文化において、仮名手本忠臣蔵が名作とはやされ、落語「淀五郎」も成立しているのだ。

淀五郎が演ずる塩谷判官は、どうひいき目に見ても短慮のバカ殿以外のなにものでもない。法に反して殿中で抜刀し老人に斬りつけたのだ。切腹は自業自得としても、お家断絶は傍迷惑な話。大企業が突然破産するに等しく、夥しい数の従業員や関連下請け業者の失業者を生み、その家族を路頭に迷わせる。

四段目の腹切りの場面では、判官は「由良助はまだか」と死に際に焦る。家臣団を代表する筆頭家老に詫びをしたいというのではない。自分の引き起こした不始末の事後処理を委託するというでもない。ようやく間に合った由良助に、この九寸五分は汝へ形見。我が鬱憤を晴らさせよ」というのだ。さらに一騒動起こせと、テロを教唆して死ぬ。

こうして、47人のテロ集団が平和な江戸を騒がせることになる。ひとえに、バカ殿のせいである。ところが、芝居の見物人は「忠義なサムライの武勇談」として喝采を送る。座頭の団蔵は淀五郎に、忠臣由良助が主君の近くに擦り寄りたい心境を述べつつ、5万3千石の大名の風格の演技ができなければ、近寄ろうにも近寄れない、という。

演者も聴衆も、この支配者側のイデオロギーである忠義を当然の美徳として了解していればこその話の運びなのだ。ところで、圓喬も圓生も正蔵も、江戸時代の人物ではない。忠義・忠節のイデオロギーは、近世から近代にみごとに受け継がれた。それが、一君万民、すべての民草の天皇への忠誠と形を変えてのことである。

教育勅語では我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ」「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と教えられ、軍人勅諭では「軍人は忠節を尽すを本分とすへし 」「只々一途に己か本分の忠節を守り義は山岳よりも重く死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ」と叩き込まれた。

忠臣蔵に喝采した町人階級の無自覚な精神が、天皇制をも支えることとなったのだ。そして、天皇の代替わりを無自覚に慶事と受容する現代の国民の精神構造は、淀五郎の時代と基本的な変化がない。

淀五郎のオチは、「待ちかねたあ~」である。由良助の着到ではなく、忠義などという支配のイデオロギーの払拭についてこそ、待ち侘びねばならない。
(2019年10月26日)

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Published in 土曜日, 10月 26th, 2019, at 20:35, and filed under 天皇制, 教育.

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