澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

上野東照宮の「広島・長崎の火」が、今はない。

(2021年2月21日)
かつて上野の山のほとんどは、徳川将軍家の菩提寺である東叡山寛永寺の境内だった。寺領1万2000石を拝領して権勢を誇った寛永寺だったが、幕末上野戦争で多くの伽藍を焼失し、明治政権に境内を取りあげられた。今その過半が都有地となり、公園や動物園、博物館・美術館の敷地になっている。

昔の権勢はないが、宗教法人寛永寺(天台宗)は今も健在である。そして、かつては東叡山寛永寺の一角にあった上野東照宮も、神社本庁に属する宗教法人となってこれも健在である。東照大権現徳川家康を神として祀った権現信仰は神仏習合の典型とされるが、明治政府は厳格な神仏分離令を発し、今も両者の法人格は独立している。

その上野東照宮の敷地の一角に、「広島・長崎の火」が灯されていた。《上野の森に「広島・長崎の火」を永遠に灯す会》の発案に、当時の宮司・嵯峨敞全(さがひろなり)氏が賛同して実現したことである。
http://uenomorinohi.com/yurai.html

この「火」には、以下のとおりの感動的な由緒を語る銘板が添えられていた。

「広島・長崎の火」の由来

昭和20年(1945)8月6日・9日、広島・長崎に人類最初の原子爆弾が米軍によって投下され、一瞬にして十数万人の尊い生命が奪われました。そして今も多くの被爆者が苦しんでいます。広島の惨禍を生き抜いた福岡県星野村の山本達雄さんは、叔父の家の廃墟に燃えていた原爆の火を故郷に持ち帰り、はじめは形見の火、恨みの火として密かに灯し続けました。しかし、長い年月の中で、核兵器をなくし、平和を願う火として灯すようになりました。

核兵器の使用は、人類の生存とすべての文明を破壊します。
核兵器を廃絶することは、全人類の死活にかかわる緊急のものとなっています。
第二のヒロシマを
第二のナガサキを
地球上のいずれの地にも出現させてはなりません。

これは「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」(1885年2月)の一節です。
昭和63年(1988)3,000万人のこのアピール署名と共に「広島の火」は長崎の原爆瓦からとった火と合わされて、ニューヨークの第3回国連軍縮特別総会に届けられました。
同年(1988)4月、「下町人間のつどい」の人々は、この火を首都東京上野東照宮境内に灯し続けることを提唱しました。上野東照宮嵯峨敞全(さがひろなり)宮司は、この提案に心から賛同され、モニュメントの設置と火の維持管理に協力することを約束されました。  

被爆45周年を迎えた1990年8月6日に星野村の「広島の火」が、8月9日に長崎の原爆瓦から採火した「長崎の火」が、このモニュメントに点火されました。

私たちは、この火を灯す運動が、国境を越えて今緊急にもとめられている核兵器廃絶、平和の世論を強める全世界の人々の運動の発展に貢献することを確信し、誓いの火を灯し続けます。

 1990年8月 上野東照宮に「広島・長崎の火」を灯す会

それから30年、いま、上野東照宮に「広島・長崎の火」のモニュメントは、あとかたもない。「火」のモニュメントは撤去され、原発事故の被災地である福島県双葉郡の楢葉町に移ることになっている。先に挙げたURLを開くと、「灯す会」からのメッセージがある。

「上野の森に「広島・長崎の火」を永遠に灯す会は、2021年3月11日をもって解散します。」
「上野東照宮境内の『広島・長崎の火』が移設され、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマを結ぶ『非核の火』として、2021年3月11日午後2時から、福島県楢葉町の宝鏡寺の境内に建設されるモニュメントに点火する式典が開催されます。
【宝鏡寺】
〒979-0605 福島県双葉郡楢葉町大字大谷字西代58-4」

何度も上野東照宮に足を運んで、その都度この「火」に感銘を受けてきた私としては、残念でならない。どういう事情なのだろうか。昨年7月の東京新聞は、こう伝えている。

「原爆の火」上野から福島に移設へ 「核」の惨禍でつながる

 核廃絶を願って30年間灯ともされてきた上野東照宮(東京都台東区)境内のモニュメント「広島・長崎の火」が年内に撤去され、来年春に福島県楢葉町に移設されることが分かった。社殿など国指定の重要文化財(重文)の防火対策のため、上野東照宮が長年移設を求め、楢葉町で原発避難者を支援する宝鏡寺が引き取ることになった。

◆重要文化財の前は「危険」と移設求められて…
…90年にモニュメントが完成。管理団体として、現在の「上野の森に『広島・長崎の火』を永遠に灯す会」が発足した。
 灯す会は毎年8月、被爆や戦争体験を語り継ぐ集会などを開いていたが、上野東照宮の宮司が代替わりしたこともあり、2006年から「重文の前で火が燃えているのは危険」と移設を求められてきた。会は台東区役所や区内の寺に移設を打診したが断られ、移設先探しは難航した。

◆原発事故10年の3・11に点火式
 弁護士で灯す会の小野寺利孝理事長(79)が、東京電力福島第1原発の避難者訴訟で原告団長を務める宝鏡寺の早川篤雄住職(80)に相談し、受け入れを快諾された。上野からモニュメントと種火を運んだ上で、原発事故から10年となる来年3月11日に点火式を行う計画という。

 小野寺さんは「移設は残念だが、今回を機に核兵器の惨禍と原発の被害をつなぐモニュメントにしたい。単に火を移すのではなく、核なき世界を目指す運動も引き継ぎたい」と話す。

 上野東照宮嵯峨敞全宮司は1924年生まれ。硬骨の革新派宗教人として知られ、皇国史観を批判する著作もある。この方の生前は、上野東照宮は神社庁に所属してはいなかった。嵯峨敞全宮司逝去の影響の大きさを無念と思わざるをえない。

上野の森から「広島・長崎の火」が消えることはさびしいが、新たな地で「核なき世界を目指す運動」の火として灯し継がれることを期待したい。

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Published in 日曜日, 2月 21st, 2021, at 20:37, and filed under 原発, 核廃絶.

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