澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

天皇誕生日とは、天皇制に対する批判の信念を確認すべき日である。

(2021年2月23日)
本日は、まだ国民の意識に定着してはいないが、天皇(徳仁)の誕生日である。祝日法第2条には、「天皇誕生日 二月二十三日 天皇の誕生日を祝う。」と意味不明の文章がある。分明ではないが、少なくとも「天皇の誕生日を祝え」「祝わねばならない」「祝うものとする」「祝うべき日」などと、国民に祝意を強制する文意ではない。

もちろん私は、天皇(徳仁)との面識はないし、この人の一族郎党とも何の交誼もない。本日が、格別にめでたいとも、祝うべき日であるとも思えない。天皇とその係累には、いささかの怨みこそあれ、その誕生日を祝う振りをする恩義も義理もない。

むしろ、主権者の一人として、「天皇誕生日」の正しい過ごし方は、社会の同調圧力に屈することなく、「天皇」や「天皇制」の過去の罪科をしっかりと見極め、その罪科が現在に通じていることを再確認することであろう。

そのような、本日の「正しい過ごし方」として、コロナ禍のさなかではあるが、「wamセミナー 天皇制を考える(3)」に出席した。「wam」とは、安倍晋三によって番組改竄されたNHK放映「女性国際戦犯法廷」の後継団体、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」のこと。この「戦犯法廷」では、「ヒロヒト有罪」の判決が言い渡されたが、放映はされなかった。当然に天皇制にも安倍晋三にも怨みは大きい。その「wam」のホームページの中に、次の印象的な言葉がある。

日本の近代は侵略と戦争の歴史でした。天皇は、軍の最高責任者・大元帥でしたが、敗戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)では免責されました。天皇の侵略・戦争責任を批判する声は、戦中は「大逆罪」「不敬罪」などで処罰され、戦後も暴力の対象となって不可視化されてきました。この小さな抗う民衆の声を伝えることからその忘却を問います。

「wamセミナー 天皇制を考える」連続セミナーの趣旨は、以下のように語られている。
「女性国際戦犯法廷」(2000年、東京)から20年の節目にあたって、天皇の戦争責任・植民地支配責任を問い続けるwamは、天皇由来の「祝日」のうち4日間を「祝わない」ために開館し、天皇制を維持してきた私たちの責任を見つめなおし、議論する場を作っていくことにしました。

天皇由来の4祝日とは、以下のものである。
 文化の日   11月3日 明治天皇(睦仁)の誕生日 
 建国記念の日 2月11日 初代・神武の即位の日
 天皇誕生日  2月23日 現天皇(徳仁)の誕生日
 昭和の日   4月29日 昭和天皇(裕仁)の誕生日

「wamセミナー 天皇制を考える(1)」は、2020年11月3日。講師は池田浩士さんで、テーマは「叙勲・お言葉・思いやり・・・天皇と「国民」を結ぶもの―『明治節』に考える―」
社会や文化、様々な視点から天皇制を研究してきた池田浩士さんをお招きし、明治憲法と戦後憲法とを貫く「象徴天皇制」に焦点を合わせて、天皇制国家の支配制度と「国民」のありかたを再考します。

同(2)は、石川逸子さん。
桜の国の悲しみ、菊の国への抗い―「紀元節」に伝えておきたいこと
石川逸子さんは2008年、明治天皇の父・孝明天皇に亡霊として語らせる『オサヒト覚え書き―亡霊が語る明治維新の影』という大著を上梓、2019年には台湾・朝鮮・琉球への追跡編も出版されています。日本の近代と天皇制を問い続ける石川逸子さんからお話を聞きます。

そして、本日が、歌人内野光子さんの「『歌会始』が強化する天皇制―序列化される文芸・文化」という講演。

「歌会始(うたかいはじめ)」とは、年始に皇居で開催される歌会(集まった人びとが共通の題で短歌を詠む会)で、あらかじめ天皇が出した題にそって「一般市民」が歌を送り、秀でた作品を詠んだ人びとが皇居に招かれる「儀礼」です。毎年テレビでも中継され、2万ほどの「詠進」(一般からの応募)された短歌から選ばれた10首、短歌を詠むために選ばれた「召人」の歌、短歌の「選者」に選ばれた歌人の歌、天皇皇后をはじめ皇族の歌が詠まれます。

内野さんの天皇制批判の立場は揺るぎがない。天皇制とは本質的に国民の自覚に敵対し、個人の思考を停止させるものという。その天皇と国民をつなぐものとしての短歌として、明治天皇(睦仁)、昭和天皇(裕仁)、平成時の天皇(明仁)・皇后(美智子)、現天皇(徳仁)らの短歌を85首抜き出し、そのいくつかを解説された。

印象に残るのは、明仁・美智子夫妻の11回の沖縄行で詠んだ歌。父親(裕仁)の沖縄に対する負の遺産を清算することに懸命になった夫妻の姿勢が窺える。そして、その試みはある程度の成功を納めたと評することができるだろう。実は、何の解決もないままの県民の慰撫。天皇制の、そして歌の作用の典型例と言えるのではないか。

内野さんの講演の主題は、象徴天皇制の「国民」への浸透の場としての「歌会始」の解説と批判である。

1947年に始まった「歌会始」は、当初応募歌数数千から1万程度と低迷していたが、1959年の「ミッチーブーム」を機に応募歌数が激増した。1964年には4万7000首にも達している。その後は、ほぼ2万首で推移しているが、選者の幅を拡げ、毎年10名の入選者に中高生を入れるなどの工夫を重ねてきている。

戦後の現代歌壇が持っていた、天皇制への拒絶の姿勢や雰囲気は、いつの間にか懐柔されて、現代歌壇全体が天皇制を受容している。「歌会始」の選者になることに、歌人の抵抗がなくなったどころか、選者になることを切っ掛けに、褒賞を授与され、芸術院会員となり、文化功労者となり、叙勲を受けている。

かつて、「歌会始」を痛烈に批判していた「前衛歌人」が歌会始の選者になっている。あるいは「歌会始」の選者が「赤旗」歌壇の選者を兼ねている例さえもある。

天皇制の陥穽におちいる「リベラル」派の例は短歌界に限らない。金子兜太、金子勝、内田樹、白井聡、落合惠子、石牟礼道子、長谷部恭男、木村草太、加藤陽子、原武史等々、程度の差こそあれ、「平和を求める天皇」「護憲の天皇」を容認する人々が多数いることに驚かざるをえない。

講演後に質疑応答があり、最後に「ではこれからどうすべきなのか」という問があった。これに、内野さんはこのような趣旨の回答をしている。

天皇制に関して昔とすこしも意見が変わらない私は、歌壇において、「非寛容」だとか「視野狭窄」だとさえ言われるようになっています。でも、自分の頭で考えた、自分の意見を語り続けることが大切なことだと考えています。それ以外の選択肢はありません。

この言葉を聞けたことだけで、本日は「天皇誕生日」にふさわしい有意義な日であったと思う。

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Published in 火曜日, 2月 23rd, 2021, at 23:44, and filed under 天皇制, 文化.

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