澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

三題噺 ー 国葬・銃撃・そして安倍晋三

(2022年8月5日)
 突然に、沖縄タイムスからのメールが入ってきた。「安倍元首相の国葬に関するアンケ―ト」への協力依頼だという。下記の説明文が付されている。

 政府は、街頭演説中に銃撃され死去した安倍晋三元首相の国葬を9月に実施すると閣議決定しました。国葬に関する賛否と今回の銃撃事件について、みなさまのご意見をお聞かせください。締め切りは8月7日(日)とさせていただきます。なお、寄せられたご意見は、沖縄タイムスの紙面とウェブで掲載いたします。ご協力よろしくお願いいたします。

 慎重にバイアスを避けた文章である。そして、設問は下記のとおり。

① 安倍元首相の国葬を実施することについて、賛否をお聞かせください。
□賛成
□どちらかと言えば賛成
□反対
□どちらかと言えば反対
□どちらとも言えない

② ①の理由を教えてください。

③ 今回の銃撃事件について、あなたの率直な意見をお聞かせください。

④ 安倍元首相の評価について、お聞かせください。
□評価する
□どちらかと言えば評価する
□評価しない
□どちらかと言えば評価しない
□どちらとも言えない

⑤ ④の理由を教えてください。

 ⑥以下の設問は、回答者の属性を問うもので省略する。回答者の個人名も職業も聞いていない。個人の特定につながるような設問は一切ない。

 ものを考えさせてくれるせっかくの機会。しかも産経からではなく沖縄タイムスからの「協力依頼」。私は、真面目に回答した。そのうちの記述部分についての回答を再現してみたい。送信したものより、少しふくらましたところもあるかも知れないが。

《問② あなたが国葬に反対する理由を教えてください》
 国葬とは、国家が特定の死者への弔意を表明する儀式です。もとより、国家が弔意をもつはずはありませんから、国家は国民の総意に基づくとして弔意を表明することになります。しかし、この国民の総意はフィクションです。端的に言えば、ウソなのです。本来、葬儀は死者の近親者や知人が敬虔な弔意を献じる儀式ですが、それを超えて、一人の国民の死を国民全体が悼むなどということはあり得ません。
 それを承知で、国葬とは国民の総意を騙ることといわざるを得ません。必ず国民の総意の僭称を不本意とする国民に対しては、弔意の強制を伴います。これは国民一人ひとりの精神の自由を保障した日本国憲法に違反するものと考えざるを得ません。ましてや、毀誉褒貶激しい安倍晋三元首相の国葬ではありませんか。過半の国民の思想・良心を踏みにじるもの。
 
 また、安倍晋三元首相は、極端な右翼的政治思想の持ち主で、性急に改憲を事としてきた人物。政治を私物化してきた人物でもあります。言わば、最も国葬にふさわしからぬ人。そんな人の国葬は、安倍晋三の政治路線や姿勢を美化しようという思惑での、あからさまな政治家の死の政治利用というべきで、岸田首相の罪は重く、こんな前例をつくってはならないと考えます。

《問③ 今回の銃撃事件について、あなたの率直な意見をお聞かせください》
 いま巷には、「安倍晋三の死は自業自得」「岸信介以来安倍家三代にわたる統一教会との癒着・腐れ縁こそが、安倍を死に追いやった主原因」「銃撃犯は格差貧困の自己責任社会に反撃した。安倍晋三こそ、そのような社会を作った象徴的人物ではないか」という危うい言論が溢れています。ややもすると、安倍晋三がつくった矛盾に満ちた社会を変革するのに、面倒な民主主義的手続の尊重よりは、直接行動が効果的と言わんばかり。安倍晋三に対する否定的評価は当然としても、その銃撃を許容する社会の雰囲気を危険で警戒しなければならないと思います。 

《問⑤ あなたが安倍元首相を評価しない理由を教えてください》
 安倍晋三こそは、無為無策無能の政治家。内政外交、政治姿勢において評価できるものは皆無。遺したものは、醜悪な忖度の政治文化と未解決不祥事オンパレードの負のレガシーのみ。

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