NHK経営委員長・森下俊三とは、安倍政権から送り込まれたNHK支配の尖兵であった。ところが、あまりの無能さでオウンゴールをやらかした。おかげで、NHK経営委員会の醜態と悪質さのみならず、政権の邪悪さをも白日の下に晒すこととなった。その意味では、森下俊三の貢献度は、決して小さくはない。
(2024年3月15日)
NHKは、「国営放送」ではなく「公共放送」の事業体であるとされる。「国営放送」と揶揄的に呼称されることを極端に嫌って、NHK自身がこう言っている。
「(NHKは)いわゆる特殊法人とされていますが、NHKの行っている「公共放送」という仕事は、政府の仕事を代行しているわけではありません。「国営放送」でも、「半官半民」でもありません。
放送法は、NHKがその使命を他者、特に政府からの干渉を受けることなく自主的に達成できるよう、基本事項を定めています。その大きな特徴は、NHKの仕事と仕組みについて、NHKの自主性がきわめて入念に保障されていることです。」
キーワードは、「自主性」である。NHKの報道機関としての使命を全うするためには、国家・政権という権力機構による統制や掣肘を排除した「自主性」がなければならない。だが、本当に「NHKの自主性はきわめて入念に保障されている」だろうか。はたして、NHKの自主性を尊重する文化が育っているだろうか。
政権による特殊法人に対する支配と統制は、予算と人事を通じて貫徹される。NHKの財源は視聴者からの受信料であって、政府からの歳入はない。にもかかわらず、その予算と事業計画は、年度ごとに、国会の承認を受けなければならない(放送法 70条)。そして、NHKの会計については、会計検査院が検査する(同79条)。
この法の規定に則って、3月9日、NHKの新年度予算と事業計画が、松本総務大臣の意見とともに国会に提出され、衆議院総務委員会がNHKの予算審議が始まっている。この予算審議では、2月20日の「NHK情報開示請求訴訟判決」の内容が、話題とならざるをえない。この判決は、政権から送り込まれた森下俊三という経営委員長の違法を認定している。経営委員会と執行部、それぞれが判決の内容を自覚し、政権からの「自主性」の再確立について決意を述べなければならない。それが、唯一の国民からの信頼を再構築する唯一の方法である。
昨日(3月14日)の衆院総務委員会では、奥野総一郎議員(立憲)が判決について触れた質問をしている。なお、同議員は元郵政官僚である。
奥野総一郎
裁判の判決の受け止めは?稲葉延雄会長
判決の中で、現時点においても録音データを保有していると認められるという判断がなされて、こちらの主張が認められなかった、というふうに受け止めてございます。当時の録音データはすでに削除されたと私ども聞いておりますが、いずれにしても、本件の直接的な対応というのは、経営委員会の方の取り扱いということになるものであるために、執行部側としてはこれ以上申し上げることはできないと言うふうなかとで、この点ご了解いただきたいと思います。
奥野総一郎
会長にも連帯して開示の責任があった。一義的には経営委員会の議事録の作成・公開を義務付けられているのは経営委員長なんですが、審議委員会から受けた開示の義務は、連帯して会長も負っていると言うことなので、そこは全く知らないと言うことになるので、もう少し前向きな答弁をいただけると思ったんですが、経営委員会の対応、審議委員会の開示の決定を受けての対応については、会長からもっと踏み込んで、遺憾の意が表明されても良かったのではないかと思いますが?稲葉延雄会長
先ほど来申し上げました通り、この件につきましては経営委員会がどう考えるか、と言うことでございます。どう対応すべきであるか、と言うことでございまして、執行部としては、その結論を得た上で、あるいはその結論が了とされた中で、組織としてその結果について対応する、と言うことになると思いますので、私どもの方からはちょっとコメントができないと言うことでございます。奥野総一郎
経営委員長としてはこの判決をどう受け止めるか?古賀信行経営委員長
古賀でございます。今ご質問がありました、その件の経緯そのものについては、正直わきまえておりません。したがって、ここで、それに関してどうすべきかだと言う意見は持ち合わせておりません。係争中でもありますし、その推移を見ながらしか判断できないと思っております。ただ、やっぱり放送法が規定する開示義務と言うのはあるわけでございますので、開示義務につきましては、今後につきましては、私、就任いたしましたので、どうあるべきか、ということにつきましては、もう一回しっかり考え直して対応して参りたいと考えております。ぜひご理解ください。
多少の感想を述べておきたい。奥野議員の質問は、とてもありがたい。が、必ずしも的を射たものとなっていない。「的」は、録音データの存否にあるのではなく、正式の議事録を作成しなかった森下俊三の法的責任にあり、これを3期にわたって経営委員として選任し経営委員長ともした、安倍・菅政権の任命責任にある。
そしてもう一つの「的」が、森下俊三の違法な議事録隠しの動機の明確化である。誰が考えても、日本郵政グループの上級副社長・鈴木康雄と一体となって、かんぽ生命保険の不正販売問題を抉り出した、「クローズアップ現代+」の続編番組制作の妨害(放送法32条隠蔽)のための『会長厳重注意』を隠蔽するためであったことは明々白々ではないか。
さらにもう一つの「的」を挙げるとすれば、提訴直後に、「会長厳重注意」を含む議事の「粗起こし」文書として原告らには開示されながら、NHKのホームページには未掲載のまま公表されていない、この貴重な文書を、そのまま正式な議事録に作成して、NHKのホームページにおける経営委員会議事録欄に、誰でも閲覧できるように掲載すべきことを追求していただきたい。
奥野議員のいう「会長にも連帯して開示の責任があった」との言葉遣いには、NHKの制度に対する理解の不足がうかがえる。
まず、「情報公開」の手法には、特定の視聴者からの求めに応じた「文書の開示」と、視聴者すべてに対する「情報の公表」との二通りがある。
NHKに対して視聴者から「文書の開示の求め」がなされた場合の義務主体はNHK(代表者は会長)である。経営委員会議事録について、「NHK個人情報保護・情報公開審議委員会」からの開示を相当とする答申を受けた場合も、開示を求めた視聴者に対する開示義務者はNHK(会長が代表者)であって、経営委員長ではない。経営委員会も経営委員長も、対内的には絶大な権限をもっているが、対外的にはNHKという法人の機関に過ぎず、独立した権利義務の主体でない。
なお、放送法41条は、経営委員会委員長に会議の議事録作成と公表の義務を負わせている。議事録公表には一定の例外的免除規定があるが、議事録の作成には一切の免除規定は認められていない。今回の訴訟においては、「2018年10月23日の経営委員会議事録を開示せよ」という原告の請求に対して、判決は「当該議事録は存在しない」として原告らの開示請求を棄却した。「録音データから『粗起こし』した議事録のようなもの」は提訴直後に裁判所に提出されてはいるが、経営委員会が「これは、正式の議事録ではない」と明示している代物。
すると、放送法41条が経営委員会委員長に作成を義務付けている経営委員会議事録は存在しないことになる。法定作成義務の対象文書の不存在が司法判断となったということなのだ。判決主文の「録音データの開示命令」よりも、経営委員会委員長森下俊三の遵法精神の欠如を明示した「議事録開示請求棄却」の方が遙かに意味は重大である。
NHK予算審議は、来週も続く。野党議員の皆様には、政権と直接つながる新経営委員会委員長を厳しく追及していただきたい。「新任で事情がつかめていない」「係争中だから答弁できない」は、経営委員長としての不適格を自白するに等しい。
NHKの自主性の確保は、日本の民主主義にとっての重大事である。安倍政権は経営委員人事を通じてNHKの支配をたくらんだ。13年11月。第2次安倍政権は、NHK経営委員(定員12人)に安倍首相と近い、百田尚樹や長谷川三千子やアベトモの面々を送り込んだ。この「アベ経営委員会」は、新会長に籾井勝人を選んでいる。「政府が『右』と言っているのに、『左』と言うわけにはいかない」と発言した、例のあの会長である。
森下俊三は、安倍晋三政権から送り込まれた、NHK支配の尖兵であった。が、あまりの無能を曝け出して、オウンゴールを入れた。それが、今回の判決の本質である。NHK予算審議の中で、この安倍・菅政権から送り込まれた経営委員会委員長の悪辣さを徹底して明らかにしていただきたい。報道の自由のために。日本の民主主義のために。