澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

102歳の治安維持法犠牲者が語る共謀罪の危険性

日本国民救援会の「救援新聞」(月3回刊)が、共謀罪の問題点を衝く記事で充実している。

最近の4月15日号(通算1853号)の一面に、シリーズ「私も反対です『共謀罪』」として、治安維持法犠牲者杉浦正男さんのインタビュー記事がある。同氏は、2014年生まれの102歳。改正治安維持法5条の目的遂行罪で、1942年に検挙され、懲役3年の実刑判決を受けて敗戦後の45年10月に釈放されている。下獄中に、「私の妻は3月10日の東京大空襲で爆死したと聞かされ、房で大声をあげて泣きました」という体験をもった方。

「特高警官5人が竹刀手にリンチ」という小見出しで、逮捕された際の体験が、次のように綴られている。
「『貴様ら、共産主義運動をやりやがって、日本を赤化しようなんて大それたことをやらかすとは、どういうことだ。戦地では兵隊さんがお国を守るために必死に戦っているんだぞ。国賊め、貴様らの一人や二人殺しても、誰のとがめも受けないんだ。たたき殺してやる』
 横浜の警察の道場に連れて行かれ、竹刀や樫の棒を持った警官5人が代わる代わるメッタ打ちにし、髪をつかんで引きずり回し、樫の棒で膝を、竹刀で頭を打ち、正座させては膝の上に何人もが乗り、飛び跳ね、蹴飛ばすなど、凄惨なリンチを受けました。」

おそらく、何の誇張もない証言。「国賊め、貴様らの一人や二人殺しても、誰のとがめも受けないんだ」とは、特高の本心だったろう。治安維持法がこの世にあった20年間(1925年~45年)に、送検された者7万5681人だが、現実に特高の手で「たたき殺された」犠牲者は90人。拷問、虐待などによる獄死者1600人余とされている(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟調べ)。

杉浦さんは、実刑を受けた受刑者5162人の一人。リンチで殺された90人にも、拷問虐待死者1600人余にもはいらなかったが、同様の手荒い扱いは受けたわけだ。戦前の野蛮きわまる天皇制のもとでの狂気の振る舞い、というほかはない。

しかし、こんなことをした特高は、実は鬼でも蛇でもない。おそらくは仕事が終われば妻と花見もし、子連れで花火の見物もする実直な下級公務員であったろう。むしろ、「父母ニ孝ニ、兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信シ」という徳目の実践者であったとも考えられる。天皇に逆らう非国民・国賊を痛い目に遭わせることは、「君のため、国のため」の正義の鉄槌だと本気で信じていたに違いない。3・1万歳事件や南京事件で他国の民を虐殺した皇軍兵士も同様だ。これが、人間の恐いところ。教育勅語に象徴される戦前の教育(というよりは洗脳)を受けて作りあげられた人格の現実の姿を冷静に見据えなければならない。

「1925年に制定された治安維持法は、天皇制と資本主義を否定する結社とその活動を取り締まることが目的で、制定の3年後には最高刑を死刑に引きあげ、目的遂行罪が導入され、これが猛威をふるいました。禁止されている結社に加入していなくても、その結社の目的を助けたと警察が判断すれば検挙されたのです。」

実は、杉浦さん自身には、治安維持法が禁止する天皇制と資本主義を否定するという考えはなく、共産党員でもなかった。
「私はただ、悲惨な印刷出版労働者の現状を何とかしたいと思って活動していたら、特高警察に共産主義を信奉して、大衆を集めて教育した犯罪者にされてしまった」という労働運動活動家であった。これが、天皇制政府の戦争遂行政策に邪魔者とされたのだ。

そのような体験を振り返って、杉浦さんがこう語っている。
「『共謀罪の中身を見ると、これは治安維持法と同じだと思います。警察が目を付けた人間を監視し、話している内容を知ろうと捜査する。いったん、法律ができてしまうと、治安維持法と同じく、拡大解釈されたり、改悪される可能性は大きいのです』
杉浦さんは噛みしめるように訴えます。
『私は、治安維持法の恐ろしさを知っている生き証人として訴えます。共謀罪は間違いなく、戦前の治安維持法と同じ、国民の話し合いの自由を奪うものです。必ず、廃案にさせましょう』」

共謀罪の恐ろしさは、構成要件が曖昧なことだ。犯罪実行行為着手のずっと手前で、「資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の…準備行為」の段階で共謀参加者を一網打尽にしようというのだから、当然に曖昧となる。ことさらに曖昧なことが政権にとっての使い勝手の良さなのである。物の購入や金銭の出し入れなど、普通の人の日常の行動を犯罪にすることができるのだ。

これが、改正治安維持法第5条「(結社)ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ1年以上10年以下ノ懲役ニ処ス」の、「目的遂行のためにする行為」という、何でもしょっ引ける構成要件と瓜二つなのだ。

治安維持法が猛威を振るったことに関して、内田博文・九州大学名誉教授が、その拡大解釈を許した法曹の責任を「治安維持法の育ての親」と厳しく問うている。その責任を負うべき「天皇の裁判所」の裁判官たちは、追放されることなく戦後新憲法の司法を受け継いだ。いま、忖度の流行る世の中。裁判官も例外ではない。「信頼できる裁判所があるから大丈夫」などとノーテンキなことを言っていてはならない。102歳翁の「共謀罪必ず、廃案にさせましょう。」の訴えを噛みしめたい。
(2017年4月18日)

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