澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

元第五福竜丸漁労長・見崎吉男さん逝く

被曝当時の第五福竜丸漁労長だった見崎吉男さんが亡くなられた。一昨日(3月17日)の夜分遅い時刻だったとのこと。1954年3月1日ビキニ環礁での米国の水爆実験によって被ばくしてから62年後の逝去。享年90。ご冥福をお祈りする。

お目にかかったことはない。しかし、第五福竜丸の乗組員23人のリーダーとして、かねてからお名前は伺っていた。漁労長とは、航行と漁労スケジュールの責任者である。ひとたび漁船が出港したあと、いつどこに船を廻しどこで網を下ろすか、その判断を委ねられている。一山当てるも大損するも、漁労長の腕と判断次第なのだ。

夢の島の第五福竜丸展示館には、彼自筆の「船内心得」が展示されている。元は船内の操舵室に貼ってあったもの。一部は剥落しているが、「新しき出発、新しき束縛」と表題した長文のこの掲示物は、筆跡といい、行き届いた文章といい、見事というほかはない。

ごく一部分だが、末尾の文章を抜粋する。
「協同生活に一番大事なことは、才能のある人とか立派な仕事をする人が大勢集まる事ではない。それよりもその人が加入する事によって協同生活が何らかの形でプラスになるような人を一番必要とする。
 そして、信頼と団結によって力強い誇り得る傳統を生み、愛する人々の期待にそむかない最良の航海を続けなければならない。」

次の箇条書きの心得もある。
「時間を厳守すること
 出航及作業前の飲酒を厳禁す
 船中の賭博行為を厳禁す
……
一々の事故に関しては今更説明を必要としない
各々立派な良心の所有者である故」

時に、見崎は28歳。驚くほかはない。なお、乗組員の最年長が無線通信士久保山愛吉の39歳。平均年齢は25歳であった。

被曝後、23人は急性放射線障害で、東大付属病院と東京国立第一病院(現国立国際医療センター)に分かれて入院する。見崎は東京国立第一病院入院中にも旺盛に手記を書いている。リーダーとして、他の乗組員を気遣っていることがよく分かる。展示館の所蔵物のなかに、デパートの包装紙をつなぎ合わせた3メートルもの巻紙に彼が書きつづったものが残されている。その抜粋の次の文章が、展示館が作成した図録に収録されている。
「…あらゆる言論機関はいっせいに立ち上がり、あらゆる角度からこの事件にメスを入れ、世界の世論は沸き立ち、当事者である私は事件のただならぬために苦悩の連日。嵐に飛ばされた木の葉のそんざいそのまま病院に収容され、暖かい日本中の人びとにまもられて日時を経過した。そして、水爆禁止が大きく叫ばれた。…事件以来の米国側の言明に対し無条件で私は叫ぶ。そして悲憤の涙を流す。乗組員の幾多の悲惨なる姿、ニュース、映画、雑誌に新聞はもちろん。私はたまらない、彼らの心中を思うと。我々は無関心ではない。名誉毀損、彼らの言明により全員に与えた心の動揺に対する償いを要求する。」

その見崎も、事件後しばらくは被曝体験を語っていない。「「第五福竜丸」が「ビキニ事件」による被ばくの象徴のように扱われ、船員に対する世間の偏見、無理解にも深く傷ついた。」(静岡新聞)からであろう。時を経て、「地元中学校から依頼を受けたことをきっかけに2002年からは市民や子供たちに自身の経験について語る活動を続けてきた」(同)という。また、「事件から50年となる2004年前後から被曝体験を公の場で語り始め、06年には被曝経験などを手記にまとめて自費出版した。講演などの活動を続けていた」(朝日)

「第五福竜丸展示館30年のあゆみ」に、見崎の次の談話が出ている。全文を掲載する。
「船が夢の島で発見されて保存庫とが話題になったときに夢の島に新聞社の人に連れられていったことがある。改装されていたけれど、まさしく福竜丸の面影は残っていた。しかし、ゴミのなかにもぐってしまって、こりゃ保存するといっても何年もかかるなあ。それだったら解体して海に沈めて最後はきれいにしなさい、私はその時はそう思ったね。
 よく展示館を作ったよね。焼津に保存してはどうか、とかいろんな意見があった。敷地もいるし金もかかる。よほど熱心に保存をすすめないと実現しない。当時いい人がたくさんいたよなあ。都では美濃部さん、保存に協力した。最初、静岡では、被爆者の会の杉山秀夫さんなどが保存の会をつくって尽力した。私も声を掛けられたよ。その当時の焼津のえらい人は、保存に関係したいと思ってなかったね。当時の市長も「焼津の市政と第五福竜丸は何ら関係ない」と市議会でも答弁した。静岡県でもやらない。
 ではどうするか、沈めるか、大平洋のど真ん中へ持ってって沖で放置すりゃ、流されてアメリカに着くか、潮流はそうなってるから。アメリカが拾ってくれりゃいいからね。黒潮へもっていって沈めよう、さっぱりしていいじゃないか。それが焼津の意見だったね。
 でも若い衆の新聞の投書とかあって、保存の運動になった。美濃部さんと部も協力したわけだね。平和運動は本来は国をあげてやるべきことだと思うね。部に「おまかせ」という感じだね。しかし、人に見てもらえるようにしたのは素晴らしい。保存した人たちに感謝したいね。第五指竜丸は一つの漁船にすぎないが、原水爆というのは人類の犯罪ですよ。これをやめようじゃないか、と訴えているその象徴になってる第五福竜丸、それを作った東京都と運営している平和協会の存在は大きいね。保存のだめに、展示館建設のために働いた大勢の人たち、日本全国の人たちが取り組んだね。それを伝えて、この歴史を大事にしていきたいよね。みんなの力、日本の宝だよね。これからも福竜丸が原水爆のことを伝えて、展示館が役割を果たしてくださるこを願ってます。」(
2005年12月4日談)

歴史は貴重な証人を失ったことになる。公益財団法人第五福竜丸平和協会からも、Eメールで見崎さんの訃報が届いた。その末尾に、「現在 元乗組員でご存命の方は5名となりました」とある。

この方たちの存命のうちに、原水爆の廃絶を実現し、核による放射線被害のない世界を到来させたいものと思う。
(2016年3月19日)

浮き足立つことなく、こんなときこそ憲法9条。

私は怒りに震えている。北朝鮮が4度目の核実験をしたという、その報せにである。原爆・水爆・放射能・被曝などという言葉は、私にとって生理的に受け容れがたいもの。

少し気持ちを落ち着けて、北朝鮮政府の声明文を読んでみた。
やや長文だが、以下のくだりに留意せざるを得ない。対決すべき思考の構造が見えている。

「わが共和国が行った水爆実験は、米国をはじめとする敵対勢力の日を追って増大する核脅威と恐喝から国の自主権と民族の生存権を徹底的に守り、朝鮮半島の平和と地域の安全を頼もしく保証するための自衛的措置である。

思想と制度が異なり、自分らの侵略野望に屈従しないとして千秋に許せない前代未聞の政治的孤立と経済的封鎖、軍事的圧迫を加えたあげく、核惨禍まで浴びせようと狂奔する残虐な白昼強盗の群れがまさに、米国である。

米帝侵略軍の原子力空母打撃集団と核戦略飛行隊を含むすべての核打撃手段が絶え間なく投入されている朝鮮半島とその周辺は、世界最大のホットスポット、核戦争の発火点になっている。

米国は、敵対勢力を糾合して各種の対朝鮮経済制裁と謀略的な「人権」騒動に執着してわれわれの強盛国家の建設と人民の生活向上を阻み、「体制崩壊」を実現しようとやっきになって狂奔している。

膨大な各種の核殺人兵器でわが共和国を虎視眈々と狙っている侵略の元凶である米国と立ち向かっているわが共和国が正義の水爆を保有したのは、主権国家の合法的な自衛的権利であり、誰もけなせない正々堂々たる措置となる。

真の平和と安全は、いかなる屈辱的な請託や妥協的な会談のテーブルで成し遂げられない。こんにちの厳しい現実は、自分の運命はもっぱら自力で守らなければならないという鉄の真理を再度明白に実証している。恐ろしく襲いかかるオオカミの群れの前で猟銃を手放すことほど、愚かな行動はないであろう。

朝鮮民主主義人民共和国は米国の凶悪な核戦争の企図を粉砕し、朝鮮半島の平和と地域の安全を保障するために努力の限りを尽くしている真の平和愛護国家である。

わが共和国は、責任ある核保有国として侵略的な敵対勢力がわれわれの自主権を侵害しない限り、すでに闡明した通りに先に核兵器を使用しないであろうし、いかなる場合にも関連手段と技術を移転することはないであろう。

米国の極悪非道な対朝鮮敵視政策が根絶されない限り、われわれの核開発の中断や核放棄はどんなことがあっても絶対にあり得ない。」(朝鮮中央通信配信記事からの抜粋)

つまりは、水爆を保有することが「自国と国民の平和と安全を邪悪な敵から防衛するための正義の自衛的措置」だというのだ。その前提として、「自国こそが平和愛好国家であり、他は虎視眈々と自国を脅かす凶悪な敵」との断定がある。抑止論者にこれを嗤う資格はない。北朝鮮こそは、抑止有効の論理が自国の軍事力の際限の無い拡大要求に帰結する見本ではないか。

「我が国に対する中国や北朝鮮の脅威が根絶されない限り、日本の自衛力の質的・量的な拡大を中断することはあり得ない。日米軍事同盟の強化を継続し続ける以外の方策はない。」これが、安倍政権の危険なホンネではないか。

さらに、「日本の平和と安全を確保するための軍事的抑止力は、可及的に質的・量的に強力であることが望ましい。通常兵器を有するだけでなく、核兵器を持つことがより我が国の安全を高める。また、現実に敵の侵略が生じてからの自衛の措置では遅きに失することが明らかなのだから、先制的な自衛の措置が執れるだけの攻撃力を完備する必要がある」となり、究極的には「われわれの核開発の中断や核放棄はどんなことがあっても絶対にあり得ない」に至ることになるのだ。

改めて、憲法9条の理念を思い起こそう。浮き足だって、我が国にも軍事的対抗措置が必要だなどと言う愚論を制しなければならない。問われているのは、「オオカミの群れの前で猟銃を手放すことほど、愚かな行動はない」との行動原理と、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する」理念に立つかの選択である。愚かな抑止力拡大競争の連鎖を絶対に阻止しなければならない。

そのために、まずは北朝鮮に今回の核実験に踏み切ったことを、大きな間違いだったと悟らせなければならない。国際的威信を確立するどころか、結局は国際的孤立化を深め、経済的な窮乏化を招き、国の存立すら危うくする愚挙であることを思い知らねばならない。

この日の北朝鮮は、1941年12月8日の日本に似ている。あの太平洋戦争開戦の日、日本の指導者もメディアも国民も、これが希望の幕開けだと錯覚させた奇襲の成功に熱狂した。しかし、実はあの日こそ、破局への幕開けの日だったのだ。この教訓を思い起こそう。北朝鮮に、核実験の成功体験をさせてはならない。日本国内の抑止論者を勢いづけさせないためにも、である。
(2016年1月7日)

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なお、3度目の核実験(2013年2月12日)の当時には、私の「憲法日記」はまだ日民協のホームページに間借りしていたが、当日と翌日にブログの記事にした。今読み返して、今の私の気持ちと変わらない。これを再録しておきたい。

朝鮮の核実験に抗議する 2013年02月12日(火)

北朝鮮が3度目の地下核実験を行った。昨日には、米・中両国への事前通告があったとのことだから間違いなかろう。満身の怒りをもって抗議する。

私の抗議は、「北朝鮮の核実験だから」ではない。米・露・英・仏・中の5大国にも、印・パ両国にも、そして核を外交カードに使おうとするイラン・イスラエルにも、改めて抗議する。人類は核と共存し得ない。核をもてあそぶ者は、人類の存亡をもてあそぶ者だ。

かつて、「いかなる国の・論争」があった。私には、そのような論争の存在自体が信じがたく、「いかなる国の核実験にも反対」は自明だと思っていた。その私を、理論派の友人が説得にかかった。

「いかなる国の核実験にも反対という論法は、問題を核兵器と人類との対立という誤った構造に陥らせる」「戦争も核兵器も、人がつくり出す。社会の構造が生み出すものだという社会科学的な視点が必要だ」「戦争や核兵器廃絶のためには、それを生み出す体制の矛盾をこそ見据えなければならない」「世界の情勢を体制間の対抗関係として見れば、問題の本質が核そのものではなく、核の背後にある体制の問題であることが見えてくるはず」「いかなる国の核実験にも反対というのは、そのような問題の根本を見誤らせる間違ったスローガンだ」

理論派ならざる私は上手に反論できなかったが、この「理論」には胡散臭さを感じて、結局説得はされなかった。いまにして私の方が正しかったと思う。どこの国の核であろうとも、米国に対する「自衛的核抑止力」であろうとも、核保有国が増え、核技術が拡散することは絶対に容認し得ない。

アメリカとの間にオスプレイ問題があり、中国とは尖閣問題、韓国とは竹島、ロシアとは北方4島、そして北朝鮮とは拉致問題に核実験。日本は、周囲の各国と軋んだ関係を余儀なくされている。このようなときこそ、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という憲法9条を思い起こさねばならない。冷静で賢い対応が求められている。武力による威嚇のエスカレートを許してはならない。

いかなる口実をつけようとも、北朝鮮の核実験も、それへの対抗措置としての我が国の軍備の増強も、「ならぬことはならぬもの」なのだ。

北朝鮮の核実験に、再度抗議する。2013年02月13日(水)

私は、1945年8月6日午前8時15分をもって、人類史を2分する。人類が自死の能力を明確に自覚する以前と以後とにである。そう考えさせる事件後の爆心地近くで、私は小学校に入校した。広島市立幟町(のぼりちょう)小学校というその学校の担任の女性教師の顔面にはケロイドの痕が生々しかった。広島の街は、まだ片づけられない瓦礫が残っており、原爆ドームも子どもの遊び場となっていた。そこで、地元の人のピカに対する怨念を心に刻んで育った。

1954年3月焼津に第五福竜丸が寄港したころ、私は清水の小学校の5年生だった。「放射能の雨」に戸惑ったことをよく記憶している。そして、今は公益財団法人第五福竜丸平和協会の監事を務めている。核兵器に対しても、被曝についても、徹底したアレルギー体質となっている。

もっとも、広島の原爆投下が核爆発の第1号ではない。悪名高いマンハッタン計画の「成果」として、人類最初の核実験(プルトニウム型)が1945年7月16日にアメリカ・ニューメキシコ州アラモゴードで秘密裡に行なわれている。「核の時代」の幕開けはこのトリニティ実験をもって始まる。

以来、昨日の北朝鮮地下核実験は2054回目の核爆発だという。
これまで、アメリカは1030回、旧ソ連が715回、フランス210回、イギリス45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回、そして北朝鮮3回の核実験が大気圏で、地下で行われてきた(外務省データによる。イスラエルの実験は未確認として含まれていない)。

その間、原爆は水爆となり、爆発力を示すキロトン(TNT火薬換算)はメガトンの単位となった。なによりも運搬手段の発達がその脅威を増強している。

制憲国会で、幣原喜重郎は憲法9条の論議に関して次のように答弁している。
「一度び戦争が起これば人道は無視され、個人の尊厳と基本的人権は蹂躙され、文明は抹殺されてしまう。ここに於て本章(日本国憲法第2章「戦争の放棄」)の有する重大な積極的意義を知るのである」「原子爆弾の出現によって、文明と戦争は両立しえなくなった。文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺する」

改めて、北朝鮮に抗議し要請する。いかなる理由に基づくものであろうとも、核兵器を廃棄していただきたい。文明と核兵器とは両立しえない。文明が核兵器を抹殺しなければ、やがて核兵器が文明の全体を抹殺するのだから。

核廃絶の遅々たるを嘆く

放射能とはやっかいなものだ。
放射性物質を、
叩こうが砕こうが、
粉々にしてローラーで押し潰しても、
ダイナマイトで吹き飛ばしても…、
煮ても焼いても、
バーナーで熱処理しても…、
酸をかけてもアルカリでも、
いかなる化学処理も…、
放射能の毒性を稀薄化することは、
寸毫もできない。

除染とは、
散らばっている放射線物質の分布を、
多少拡散したり、位置を動かしたりする
それだけのことなのだ。

かつて地上に充満していた自然放射線が、
万年・億年単位の半減期を繰り返して、
ようやく生物の生存に適するまでに低減してきたのに、
なんと愚かな人間たちよ、
今またこの放射線値を上げているのだ。

放射能とはやっかいなものだ。
放射性物質を管理する職場では労働災害をもたらす。
外に漏洩すれば、環境を汚染して深刻な公害を引き起こす。
汚染された環境下の材料が加工されて商品となれば消費者被害だ。
いや、並みの労災、並みの公害、並みの消費者被害ではない。
生物の生存環境を根こそぎ奪いかねない被害の質と知るべきなのだ。

その放射能の恐怖を骨身に沁みて味わったのが、
1945年の8月6日と9日の以後のこと。
1954年3月1日にこれを繰り返し、
さらに2011年3月11日、3度目のこととしてしまった。

その福島第1原発事故による放射線被曝の恐怖が癒えぬうちに、
各地の原発は次々と再稼働される勢いだ。
核廃棄物の捨て場さえないのに
プルトニウムの増殖さえたくらんでいる。
人類が安全に生存する環境を破壊してまで、
目先の経済的な豊かさを追求しようという、
これも愚かな人間の性。

しかも、である。
本来廃棄しなければならない戦争のための武器として
放射性物質を大量にため込んで、
その暴発と漏洩の恐怖の中に人類が生存している。
これこそ人間の愚劣愚昧の象徴。

東京にもっとも近い放射線物質漏洩危険の場所は、
東海村でも、浜岡でもない。横須賀なのだ。

空母ロナルドレーガンが登載した原子炉2基の出力は120万キロワット。
津波がきたら、この原子炉がトーキョーとヨコハマをフクシマと化す。
原爆と水爆と、そして原発事故の三重苦を味わった日本。
4度目こそは、絶対にご免。ご免なのだが…。

核廃絶を求める国民世論は、かつて3000万筆の署名に結実した。
その核廃絶を願う国民が作ったはずの日本の政府は、何をしている。

国連総会は11月2日、
核兵器の非人道性を強調し、核廃絶への法的枠組みの強化を求める「人道の誓約」決議を、加盟193か国中の賛成128で採択した。
「唯一の被爆国」を称する日本は、どうしたか。
提案国にもならず、賛成票を投じることもなく、
棄権したのだ。なんたることか。

やっかいなのは放射能ではなく、
実は、人間の愚昧と、
政権の愚劣なのかも知れない。
嗚呼。
(2015年11月9日・連続第953回)

「自衛隊が他国の領土で核兵器を輸送することは法理上許容される」という首相答弁の重大性

8月7日の衆議院予算委員会の詳細メモを目にした。民主党山井和則議員の質問に対する安倍首相の答弁に唖然とする。これはダメだ。こんな人物に一国の舵取りを任せてはおられない。

テーマは、非核3原則との関わりで、戦争法案の定める後方支援の範囲如何。「核兵器も『弾薬』として自衛隊による輸送が許されるか」という大問題である。

安倍は、「法的には可能だが、政策的にあり得ない想定」と、議論そのものを受け付けないという姿勢。これに、山井議員が執拗に食い下がっている。以下重要部分を抜粋する。

○山井
私の知り合いの広島の方からも、非核三原則に安倍総理が式典で触れられなかったことにショックで涙がとまらなかったということをおっしゃっておられました。唯一の被爆国である日本が、世界に核廃絶をアピールする一番重要な場じゃないですか。なぜ、懇談会で言うのであれば挨拶から抜いたんですか。歴代の総理大臣がずっと入れてきた、御自分も、去年、おととし入れてきた。おっしゃったように国是じゃないですか。なぜ国是を抜かれたんですか、広島だけ。国是を、あなたは、わざと意図的に抜いたんですよ。世界が、非核三原則の堅持を日本はやめるのかと思うのが当たり前じゃないですか。被爆者の方々は、もう本当にあきれられ、失望されておられます。
○安倍 (略)
○山井
そのことと関連するんではないかと思いますが、おととい、中谷大臣は、今回の安保法案の中で、結局、弾薬とみなされて、核弾頭つきの核ミサイルは、法律上は自衛隊が輸送することからは排除されないという答弁をされました。岸田外務大臣も、そのとおりだと認められました。
純粋法理上、核兵器を自衛隊が輸送することは除外されているのか、されていないのか、イエス、ノーで、安倍総理、お答えください。
○安倍
それは、そもそも、政策的選択肢としてないものをどうだという議論をすること自体が私は意味がない、このように思います。
○山井委員
全く答弁されませんね、先ほどの非核三原則にしても。国民の方は、これじゃ理解できませんよ。私たちが今審議しているのは安全保障法案という法律なんですから、法律上は、今回の安保法案で自衛隊が核兵器を輸送することは排除されているんですか、されていないんですか。イエス、ノーでお答えください。
○安倍
そもそも、政策上、これはあり得ない話であります。いわば政策的な判断をする私が、あり得ない話について、政策的な判断をする私が答えることは、まさに政策的な判断をしているという誤解を与えさせようと山井さんは考えておられるんだろうと思いますが、これは政策的には全くあり得ない話であります。そして、純粋に法理上ということではありますが、これは、事実上、政策的にはあり得ないんですから、まさに机上の空論と言えます。机上の空論ではありますが、中谷大臣がまさに純粋法理上は答弁したとおりであります。しかし、まさに私は政策的な判断をする立場の行政府の長でありますが、その長にそういう答えをさせて、それがあり得るかのごとくの印象を与えようとする議論は、私はそれは真摯な議論とは言えないのではないか、このように思います。
○山井
中谷大臣が答弁されたとおりだと、法理上は核兵器を自衛隊が今回の安全保障法案で輸送することは排除されていないということをお認めになりました。これは非常に大きなことであります。昨日も、「核兵器を輸送することを認めるということは使用することも容認するということにつながりかねない。そんなことはあり得ない」ということを被爆者団体の方々もおっしゃっておられます。法律上核兵器を自衛隊が他国の領土で輸送できるようにする、そんな危険な法律が許されるはずがないじゃないですか。
○安倍
先ほども申し上げたとおり、これは法理上の話であって、本来、法理上の話ではなくて、政策上あり得ないと私は言っているじゃないですか。政策上あり得ないということは、それは起こり得ないんですよ。起こり得ない。起こり得ないことをまるで起こるかのごとくそういう議論をするのは間違っていると、私が何回も申し上げているとおりであります。
そもそも、そんな、弾頭自体を日本に運んでくれと米国が言うこと自体は一二〇%あり得ませんよ。そして、日本側が、一二〇%ないということを前提に、頼まれたとしても、それは絶対にやりませんよ。それは当たり前ではありませんか、非核三原則もあるんですから。
○山井
安倍総理の答弁はおかしいと思いますよ。私たちが今、国会で議論しているのは法律ですよ。この法律は、五年、十年、二十年、三十年、将来の日本の国を左右するんですよ。今の政権が政策判断で核兵器は輸送しませんと、そんな答弁じゃ、全く安心も納得もできるはずないじゃないですか。法律的に可能だったら、次の政権が違法じゃないから核兵器を運びますと言えば、違法じゃないんですよ。絶対にあり得ないというならば、安倍総理、今回の法案の中で核兵器は除外するとしっかり明記してください。そうしないと納得できません。
○安倍
私は総理大臣として、あり得ない、こう言っているんですから、間違いありませんよ、それは。総理大臣としてそれは間違いないということを言っているわけですから。これはそもそもあり得ないということについて、それはまるで政策的にあり得るかのごとく議論することは間違っているということを申し上げているわけであります。
○山井
憲法を解釈変更して、憲法違反の安保法案を出している安倍総理があり得ないと言っても、国民は信用しませんよ。あり得ないことをやろうとしているから、国民は不安に思っているんじゃないですか。五年、十年、次の政権あるいはその次の政権が、もし政策的判断で核兵器を輸送すると判断した場合、この核兵器を輸送するということは違法になるんですか、違法でないんですか。
○安倍
核弾頭云々かんぬんという話をされましたが、そもそも日本側にそれを頼むということは一二〇%ありませんが、しかもそれを運ぶという能力を我々は持っておりませんが、その上においてそれを運ぶということはもちろんあり得ないわけでありまして、それは当然断る。しかし、それはそもそも全くない話でありまして、ですから、これはまさに、ほとんどここで政策論として議論する意味はないわけであります。
まさに法理上の話については答弁しているわけでありますが、しかし、政策論としてはこれは一二〇%あり得ないわけであります。
○山井
あり得ない、あり得ないとおっしゃるんだったら、政策判断であり得ないんじゃなくて、安倍総理のあり得ないという言葉ほど説得力のないものはないんですよ、法律で、安倍総理の言葉じゃなくて。私たち政治家は、後世の子供や孫たちの時代にも戦争のない、核兵器を絶対に輸送もしない、そういう日本を残す責任があるんですよ。その担保は、安倍総理の答弁ではだめです。法律にしっかり書いてください。核兵器、毒ガス、大量破壊兵器、それは絶対に弾薬に含まれない、そのことを法律に書いてください。書けない理由は何ですか。
○安倍
国是として非核三原則を我々は既に述べているわけでありますし、はっきりと表明をしております。それを例えば全ての法律に落としているかといえば、それはそうではないわけでありまして、国是は国是として確立をしているわけでありますが、この国是の上に法律を運用していくのは当然のことであろう、このように思うところでございます。
○山井
その国是を、きのうの平和式典で非核三原則、国是を言わなかったのはあなたじゃないですか。その前日に中谷大臣は、法律上、核兵器を輸送できると国会で答弁しているんですよ。日本だけじゃなくて世界じゅうの方々が、核兵器をもしかしたら持つかもしれない、そういう議論を始めるんじゃないかと不安に思うのはごく自然だと思いますよ。
「安倍総理は、今までの国是であった平和憲法、専守防衛、そういうものを壊そうとしているんじゃないか」「最近の政府の施策には被爆者の願いに反するものがあり、危惧と懸念を禁じ得ない、その最たるものが安保法案だ」と被爆者の代表の方々もおっしゃっておられます。
きょう安倍総理が認められたように、法律上、核兵器を自衛隊が輸送できるようにする、こんな危険な法律を日本の国で成立させることはできません。その撤回を求めます。安倍総理、最後に答弁をお願いします。
○安倍
山井委員が前提としていることは、全て間違っています。
○山井
法律的にはそのとおりじゃないですか。国民が議論するのは法律ですから。
以上で質問を終わります。

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安倍の頭の中では、憲法・法律・政策の各レベルの整理ができていない。

行政府が行う政策は法にもとづいて行われなけばならない。その法は、憲法と法律という2層の構造でできている。憲法は硬く強固な枠組みである。軽々に変更はできない。その憲法が許容する限りの内容で、議会が必要に応じて法律を制定する。行政の政策は、その法律が許す範囲で選択肢を持つことになる。これが法の支配(この場合、法治主義と言ってもよい)の基本構造である。

今、戦争法という法律を作ろうと政府が提案し国会での法案審議が進行している。国会の審議では、その法が行政にどれだけの政策上の選択肢を与えるものであるか、(裁量を許容するか)が吟味されなければならない。そのときには、「純法理的に政府に政策上の選択肢としてどの範囲の行為をなしうるかの権限を付与したのか」は、まさに本質的な質問であって、行政府が政策として実行する意思がないとして答弁を拒否することは許されない。仮に、法律的には可能だが、けっして政策的に採用することがないというのなら、その部分については法律を作る必要性(立法事実)を欠くことになり、そのような法律の制定は不必要故に許されないことになる。

法案が許容する「米軍への弾薬の輸送」の中に、核兵器の輸送も含まれ、米軍の要請次第で自衛隊がなし得るものであるとしたら、国民の圧倒的な多数が、この法案に反対することになるだろう。「政策的にあり得ない」という答弁は、質問への回答を拒否する理由にならないし、「今のところは政策的に採りにくいから、法律的に可能としたことだけで満足」「こうしておけば、状況次第で政策を変更し、いつでも核兵器の輸送ができることになる」との意味を含むと読まねばならない。

また、この安倍答弁には別の角度からの問題もある。
健全な民主主義とは民衆の権力に対する猜疑によって保たれる。民衆が権力を信頼することは独裁を生む危険行為なのだ。民主的な手続を経て形成された政治権力も、民衆の批判なくしては容易に腐敗するものと考えねばならない。ましてや、安倍政権である。その傲慢・暴走ぶりは、戦後保守政治の中でも、最悪のものではないか。

「私は総理大臣として、あり得ない、こう言っているんですから、間違いありませんよ、それは。総理大臣としてそれは間違いないということを言っているわけですから。これはそもそもあり得ないということについて、それはまるで政策的にあり得るかのごとく議論することは間違っているということを申し上げているわけであります。」
この安倍答弁は、法の支配の構造について理解ない点でも、権力を持つ者が「私を信頼すればよいだけのこと」という傲りとしても、徹底して批判されなければならない。

そして、恐るべきは安倍政権の核政策のホンネである。国民に少しずつ、核に対する慣れを植えつけようとしているとしか思えない。戦争法案は、自衛隊と核との接触を可能とするものだということをよく認識しよう。
(2015年8月10日)

安倍晋三 ヒロシマの憂鬱

1945年8月6日午前8時15分。広島に投下された原子爆弾が炸裂したそのとき。その時刻こそが人類史を二つに分ける瞬間である。これこそが人類史上最大の衝撃の事件。悲惨きわまりない大量殺戮。人類は、核エネルギーという、自らを滅ぼすに足りる手段を獲得したことを自らに証明したのだ。

その大事件から、今日がちょうど70年。広島の平和記念式典には55000人が参列した。海外からの参加も、過去最多の100か国を超えるものだった。

松井市長が核兵器を「絶対悪」と呼んでその廃絶を訴えた。
「人間は、国籍や民族、宗教、言語などの違いを乗り越え、同じ地球に暮らし一度きりの人生を懸命に生きるのです。私たちは『共に生きる』ために、『非人道性の極み』、『絶対悪』である核兵器の廃絶を目指さなければなりません。」

さらに注目すべきは次の一節である。
「今、各国の為政者に求められているのは、『人類愛』と『寛容』を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。」

最前列に位置していた、安倍晋三の耳にはこう聞こえたのではないだろうか。
「今、日本の首相に求められているのは、『人類愛』と『寛容』を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。けっしてナショナリズムの鼓舞でも近隣諸国の危険をあげつらう煽動でもありません。近隣諸国の為政者と顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。けっして、武力に基づく積極的平和主義の鼓吹や、切れ目のない防衛体制の構築の宣伝ではないはずです。日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが切実に求められています。憲法の平和主義を蹂躙して集団的自衛権の行使を可能とする戦争法案を制定するなどは、戦争で亡くなった多くの人たちやそのご遺族の平和への願いを踏みにじる暴挙ではありませんか」

安倍晋三という人物、とてつもなく心臓が強い人なのだろう。それにしても居心地が悪かったに違いない。6月23日の沖縄全戦没者慰霊祭と同様、多くの参列者からの敵意を感じたことだろう。あのときには「何しに来たか」「戦争屋」「帰れ、帰れ」という罵声が浴びせられたことが話題となった。おそらく今日も同様の罵声を覚悟での式典参列だったろう。どのくらいの野次や罵声があったかはよく分からない。「戦争法案反対」「安倍内閣打倒」のスローガンを叫んだデモの洗礼は受けたようだ。

被爆者らが式典後の安倍晋三と面談した。被爆者側が、戦争法案について、「憲法違反であることが明白」「長年の被爆者の願いに反する最たるもの」として撤回を要望した。これに対して、首相は「不戦の誓いを守り抜き、紛争を未然に防ぐものであり、国民の平和を守り抜くためには必要である」と述べたと報道されている。また、首相はここでも「国民の皆さんの意見に真摯に耳を傾けながら、分かりやすい説明をしていく」と応えたという。

問題点が明確になってきた。松井市長が平和宣言の中で述べた「武力に依存しない安全保障」の考え方と、安倍首相のいう「専守防衛を越えた切れ目のない防衛力の整備こそが抑止力となって平和をもたらす」という倒錯した思考とのコントラストである。安倍流抑止論は、自国の軍事力は強ければ強いほど抑止力になって平和をもたらす。この考え方は、核こそが最大の抑止力であり、最大の平和の担保だとなりかねない。

あ?あ、ホントはボク、ちやほやされるのが大好きなんだ。無視されたり、罵声を浴びせられたり、「カエレ、カエレ」とやられるのは、相当にこたえる。そりゃボク戦争は好きだよ、だけど「戦争屋」って言われるのは明らかに悪口だから面白くはない。何しに来たかって? 職務上来ないわけには行かないんだ。部下の書いた原稿を読みに来ただけさ。あの原稿の中でボクの意見が反映されているのは非核三原則の言葉をはぶいたことくらい。核こそ究極の抑止力だもの。日本人の核アレルギーを少しずつ正常化しておかなきゃならない。少しずつ国民をならしていかなとね。でも、職務を離れたら二度とこんなところには来たくない。ホントは右翼の集会に行きたいんだ。そこなら、みんな仲間として温かく迎えてくれる。ちやほやしてくれるもんね。

東京に帰ってきたら、もひとつ、イヤなことが待っていた。ボクが見つくろって人選した「戦後70年談話・有識者懇談会」の報告書だ。ボクが本心大嫌いなことは知っているくせに、「侵略」や「植民地支配」なんて言葉が並んでいる。なんのための諮問なのか、あの連中わからんのかね。以心伝心とか、アウンの呼吸とか。分かりそうに思ったんだけど。もしかしたら、沈みそうな船に見切りをつけて、みんなボクの船から逃げだそうとしているのかな。なんだか、トモダチがだんだん減っていきて、淋しいし心細い。

ようやく広島の6日が終わったら、次は9日の長崎が待っている。少し前までは、「怒りのヒロシマ」「祈りのナガサキ」といわれたものだが、最近の長崎は遠慮がない。また何か言われるんだろうから、ホントは行きたくない。でも、行かないともっともっと叩かれる。ほんに、総理も楽じゃない。
(2015年8月6日)

「NPT会議はけっして失敗ではなかった」ー第五福竜丸平和協会評議員会にて

公益財団法人第五福竜丸平和協会の定款は、その目的を次のとおり定めている。
「1954(昭和29)年3月1日ビキニ水爆実験の被災船第五福竜丸を記念し、原水爆被害の諸資料を収集・保管・展示することにより、都民をはじめ広く国民の核兵器禁止・平和思想の育成に寄与することを目的とする」
協会は、この目的のとおりに、「夢の島」展示館での第五福竜丸船体の保管・展示を通じて、「国民の核兵器禁止・平和思想の育成に寄与」する諸活動を行っている。

本日は、その第五福竜丸平和協会の評議員会。2014年度の事業報告と決算の承認。それに新年度の理事の選任が主な議題。私は、監事として参加する立場。

評議員は、平和運動や原水爆禁止運動に携わってきた活動家が主だが、他にも多彩な顔ぶれ。物理学者やジャーナリスト、平和学や文化財保存や船の専門家なども加わっている。各分野の人々の発言が楽しい。今日も、NPT再検討会議参加者の報告があって盛りあがった。

昨年(2014年)度は、第五福竜丸がビキニで被爆してから60周年の節目。この1年の来館者は、104,745人と報告された。そのうち団体見学者が約3万人だが、事務局から「小学生の団体来館者が激減していることが心配」とのコメントがあった。本年の小学校の団体来館は92校、5,673名。この数字は10年前の約半数でしかない。どうしてこんなことになっているのだろうか。もちろん、小学生は圧倒的に都内学校。その来館者の減少は、学校や教員の姿勢の変化かと気になるところ。

来館者には、ボランティアの説明員が丁寧に説明をしてくれる。特に小学生は大歓迎。是非、多くの学校からのご参加をお願いしたい。核の恐ろしさ、平和の大切さについての貴重な学習の機会。核実験で死の灰を被った船体の存在感は大きい。この船で、人類最初の水爆実験被害の死者が出た。そのことの印象は強く、得るものは多いはずだ。問合せは、下記のURLを参照いただきたい。
  http://d5f.org/top.htm

また、昨年の来館者のうち確認できる外国籍として、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国・台湾・韓国・シンガポール・インドネシア・ドイツ・オランダ・デンマーク・マーシャル諸島などが報告された。大使館員であったり、ジャーナリストであったり、国際平和団体や教育者、そして留学生や観光旅行者も。

無名の多くの来館者が大切なことは言うまでもない。しかし、できれば各国の元首級や高官の来館も欲しいところ。今次のNPT会議再検討会議では、「被爆70周年の節目の今年。各国の指導者は広島・長崎に足を運んで、被爆の実相を知るべきだ」という決議案が話題となった。原爆の被害を知るための地といえば、広島・長崎だが、水爆の被害を知るための場は第五福竜丸である。各国の要人に、こちらにも足を運んでもらいたいものと思う。広島・長崎は、東京からは遠い。第五福竜丸展示館は都内(江東区・夢の島)で、来やすいはずだ。

ところで、我が国の閣僚や都知事も来館の経験はあるのだろうか。是非とも一度は来館し、船体と展示物を見ながら、充実した説明に耳を傾けてもらいたい。

なお、第五福竜丸の船体も展示館も、東京都が所有している。公益財団法人第五福竜丸平和協会が、東京都から委託を受けて船と建物を管理し、展示の事業を行っている。もちろん入館料は無料で、毎年東京都からの委託料を受領している。石原慎太郎知事時代、この委託料がどうなるかが心配だった。少しずつ、減額され続けたが、「財政難の折からのことで、他の同種事業も同じ」との説明だった。

同知事とその後継が退任し、現知事になってから1年余。昨年度と今年度、減額され続けてきた委託料が久々に増額に転じた。増額と知事の交替との因果関係は明確には分からない。しかし、久々に明るい雰囲気。

NPT再検討会議に参加していた評議員のお一人から、興味深い報告があった。
「日本のマスコミ報道は、最終合意案採択に至らなかったことの評価が否定的に過ぎるのではないか。中東問題が躓きの石となって最終合意に至らなかったことは残念ではあるが、この障害はNPT固有の問題ではなく、これまでの核軍縮の議論が後退したというものではない。会議進行の透明性は格段に進み、どこまでの合意ができていたかは明確になっている。「核兵器の非人道性」がキーフレーズで、この会議で核保有国を圧倒して核兵器を非人道的なものとする合意は形成されつつあるという印象だった。その点、今回の会議には、それなりの意義があったと考えてよいと思う。けっして、落胆するにはあたらない。」

本日の会合で、協会の5人の理事が再任された。評議員会後に新理事会が開かれ、川崎昭一郎理事長(千葉大学名誉教授・物理学)を選任した。労多くしておよそ役得はない。もちろん報酬もない。報いられることはない役職にご苦労様ですと申しあげるしかない。多くの活動が、このようなボランティアによって支えられている。

「原水爆の被害者は私を最後にして欲しい」というのが、亡くなった久保山愛吉さんの遺言だった。第五福竜丸がビキニで被爆し久保山さんが亡くなってから昨年で60周年。今年は61年目となっている。第五福竜丸船体の保存を通じて、反核・平和の世論を喚起し、久保山さんの遺志に応えることが私たちの責務である。

60周年記念事業の一つとして出版した記録集のタイトルが「第五福竜丸は航海中」だった。まだまだその航海は終わらない。受け継ぐ人のバトンをつなぎながら、今後も長く続けなければならない。
(2015年5月24日)

核をもてあそぶプーチンに無数の抗議の声を

ロシアのプーチンが、1年前、クリミア半島併合の際に核兵器の使用準備を検討していた、と自ら明らかにした。米国を中心とする北大西洋条約機構(NATO)との対決に備えての核兵器の使用準備であったという。おぞましくも戦慄すべき発言。身の毛がよだつ。満身の怒りをもって抗議しなければならない。

人類は核と共存し得ない。核をもてあそぶ者は、人類の存亡をもてあそぶ者だ。誰にせよ、核をもてあそぶことはけっして許されない。ましてや、威嚇の手段にすることなど、狂気の沙汰だ。

核の脅しは、その対抗措置としての核の脅しの連鎖となり、その連鎖が核兵器の実戦使用となりかねない。核兵器の実戦使用は、対抗措置としての核兵器使用の連鎖となって、人類を滅亡に導きかねない。プーチン発言は、人類が許してはならないものなのだ。

「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という憲法9条を思い起こさねばならない。ましてや、核兵器による威嚇や行使があってはならない。

昨日(3月16日)の朝日川柳に、次の1句。
  戦闘に歯止めがあると人の言ふ(三重県 大西裕美子)

自衛隊による集団的自衛権行使やグレーゾーンでの戦闘を念頭においての句ではあろうが、歯止めの掛からぬ戦闘の究極の到達点が核戦争である。

私は、戦後間もないころに、広島の爆心地近くの小学校に入校した。幟町(のぼりちょう)小学校というその学校の担任の女性教師の顔面にはケロイドの痕が生々しかった。広島の街は、まだ片づけられない瓦礫が残っており、原爆ドームも子どもの遊び場となっていた。そこで、地元の人のピカに対する怨念を心に刻んで育った。

1954年3月焼津に第五福竜丸が寄港したころ、私は清水の小学校の5年生だった。「放射能の雨」「原爆マグロ」「ガイガー計数管」などに戸惑ったことをよく記憶している。そして、今は公益財団法人第五福竜丸平和協会の監事を務めている。核兵器も被曝も、絶対悪として廃絶しなければならないと、骨の髄まで身に沁みている。

現行日本国憲法を採択した制憲国会において、当時の首相・幣原喜重郎は憲法9条の論議に関して次のように答弁している。
「原子爆弾の出現によって、文明と戦争は両立しえなくなった。文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺する」「一度び戦争が起これば人道は無視され、個人の尊厳と基本的人権は蹂躙され、文明は抹殺されてしまう。ここに於て本章(日本国憲法第2章「戦争の放棄」)の有する重大な積極的意義を知るのである」

プーチンが準備したという核兵器は、その破壊力において、広島・長崎に投下された原爆の比ではなかろう。その核兵器の使用の結果には勝者も敗者もない。人類を滅亡にいざなう破壊がもたらされるだけだ。

いかなる理由をこじつけようと、文明と核兵器とは両立しえない。文明が核兵器を抹殺しなければ、やがて核兵器が文明の全体を抹殺するのだから。

本日(3月17日)の朝日と毎日が、この問題を社説で取り上げている。
毎日の結びはこうなっている。
来月には核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が開かれる。非核保有国の核保有国に対する視線は厳しい。核削減への努力が求められる中で、核の威力を誇示して自国の主張を通そうとする姿勢は国際社会への背信行為である。」

朝日はこうだ。
「力による国境の変更に加え、核による挑発。プーチン氏の行動は、前時代的な大国意識の表れではないか。これ以上、国際秩序に挑むような言動は慎むべきだ。国際社会のロシアへの警戒心は極度に深まっている。」

両紙のいうとおりだ。プーチンは「核の威力を誇示」し、「核による挑発」をおこなっているのだ。国際的に批判されるべきは当然である。くわえて、私たちも小さくても、無数の声を上げねばならない。核兵器に文明を抹殺されることなど、絶対にあってはならないのだから。
(2015年3月17日)

核兵器廃絶への、消費者運動とSRI(社会的責任投資)

今年は、戦後70年。ということは、広島・長崎の被爆から70周年の節目の年でもある。被爆体験を風化させることなく、核廃絶の運動を大きくしていきたいものと思う。

昨年暮れの共同配信記事が、新しい形の核廃絶運動を紹介している。オランダの国際平和団体「PAX」(「平和」)は、核兵器の開発や製造に携わる「核兵器関連企業」28社を抽出し、これと取引のある企業を調べあげて、411社のリストを公表した。核兵器が「絶対悪」である以上は、「核兵器関連企業」28社は、「絶対悪」を業務とする「絶対悪企業」である。核爆弾とその運搬手段の開発・製造・管理に直接携わる企業である。ロッキード・マーチン、バブコック&ウィルコックス、ボーイング、ベクテル…など名だたる軍産複合体の中核企業の名がならぶ。死の産業の死の商人たち。これは分かり易い。

しかし、この核兵器関連企業に融資をしたり、関連企業の株式を保有する形で、これを支えている企業となると外からは見えにくい。PAXの調査による提携411社のリスト公表はこれを見える形にしたものとしてインパクトが大きい。

この公開されたリスト411社の中に、日本企業が6社ある。
  三菱UFJフィナンシャル・グループ
  三井住友フィナンシャル・グループ
  みずほフィナンシャル・グループ
  オリックス
  三井住友トラスト・ホールディングス
  千葉銀行

これは、貴重な情報だ。市民は直接の接触の可能性あるこの6社に対して、何らかの形で、核廃絶のメッセージを送りうるからだ。核廃絶運動が、消費者運動や市場を通じてのSRI(社会的責任投資)運動と交錯する分野が生まれた。

核廃絶運動と消費者運動との交錯とはこんなイメージだ。
あなたが、この6社のどこかに預金口座をもっていたとする。その預金の運用先としてロッキード社があるということは、あなたの預金が、銀行口座を通じて核ミサイル製造に使われているということなのだ。あなたの預金先がこの6社のどこかに限られる理由がなければ、このような銀行との取引は避けるに越したことはない。住宅ローンやら消費者ローンなど融資を受けるのも似たようなもの。利息を支払ってこのような銀行を太らせれば、核兵器企業に回す金が増えることになるだろう。

賢い消費者行動とは、安価に商品やサービスの提供を受けることだけを求めるものではない。環境やフェアトレードや労働基準や、種々のコンプライアンスに配慮した企業との取引を意識的に選択することによって、企業活動を適切にコントロールし、社会の健全化をはかることなのだ。核兵器関連企業と提携する企業6社との取引をボイコットすることは、消費者としての積極行動を通じての核廃絶運動へ寄与することになる。

核廃絶運動とSRI(社会的責任投資:Socially responsible investment)との交錯とはこんなことだ。
どの上場企業も、証券市場から資金を集めるために株主の意向を尊重しなければならない。大衆投資家やその資金を束ねたファンドが、株式の収益性だけでなく、企業倫理や企業の社会的責任のあり方を基準に投資活動をするようになれば…、企業は環境や資源保護や福祉や人権や平和などに配慮の姿勢を採らざるを得なくなる。SRIとは投資を通じて企業倫理(CE)や企業の社会的責任(SCR)を追求する運動である。投票行動とは別次元での市民による社会参加であり、企業統制でもある。

核兵器に関与する会社の株などは買うまい、買っていたら引き上げよう。あるいは株主として会社に、核兵器企業とは縁を切るよう働きかけよう、というのがSRI活用の核兵器廃絶運動形態である。(もう少し用語を整理して、使いやすくならないものか)

ところで、共同通信は、国内6社に直接取材をしているようだ。どの社も、けっして開き直りの態度はない。核兵器関連企業と取引あることの公開を好ましからざることと受け止めてはいるようだ。

三井住友トラストは報告書について「個別取引については答えられない」としている。千葉銀は「核兵器関連企業と認識しての融資ではない。いまは融資していない」という。また、オリックスは「当社が90%の株式を保有するオランダの資産運用会社の金融商品に、指摘された会社が入っていると思われる」(広報担当者)と説明。資金を直接提供しているわけではないと話している、などの反応だ。このような社会的雰囲気がある限り、「核兵器廃絶を目指す消費者運動とSRI」は成功しうる土壌をもっている。

また、共同はSRIの実践者として筑紫みずえ氏のコメントを紹介している。
「大変意義がある情報だ。マララ・ユスフザイさんがノーベル平和賞受賞のスピーチで『戦車を造るのは易しいのに、なぜ学校を建てるのは難しいのか』と問いかけたが、それは私たちのお金が学校より戦車や核兵器に使われているからだ。企業も個人もこうした情報を生かして、それぞれの価値観に沿った投資をするべきだろう。」

このコメントは舌足らずで、どうしても補っておかなければならない。

問題は、「なぜ、私たちのお金が学校より戦車や核兵器に使われているか」であり、「企業も個人も、それぞれの価値観に沿った投資をするべきだ」が当たり前のことととされる資本主義社会で、投資の方向をどうしたら「核兵器から、学校へ」切り替えることができるだろうか、ということにある。

「なぜ、私たちのお金が学校より戦車や核兵器に使われているか」
その問に対する答は簡単である。その方が儲かるからなのだ。資本の論理が貫徹する社会では、集積された資金は最大利潤を求めてうごめくのだ。

だから、「企業も個人も、それぞれの価値観に沿った投資をするべきだ」と傍観していたのでは、けっして問題解決には至らない。どうすれば「核兵器から学校へ」と投資のトレンドを変えていくことができるのか、と問題を立てなければならない。個人もファンドも、そして企業も、利潤追求の価値観が支配する資本主義原則とは別の次元で、投資先を選択する文化を創っていかねばならない。どんなに効率よく儲けることができても、兵器や麻薬への投資は社会の恐怖や病理として結実することにしかならない。

消費者運動もSRIも資本主義の枠内での運動である。しかも、民主主義的政治過程を利用しての権力的規制ではなく、市場原理に基づいた取引ルールを使っての企業統制の試みである。いまは、消費者運動もSRIも、経済社会のメイントレンドではなく、核兵器を廃絶する力をもたない。しかし、将来は未知数である。三菱や三井の企業グループが、「これまでは兵器産業は儲けが大きいと考えていたが、グループ内に軍事企業を抱えているとイメージが極端に悪くなる。消費者は商品を買ってくれないし、個人投資家やファンドは株も社債も買ってくれない。核関連産業と手を切らないと、商品は売れないし株は下がりっぱなしだし…。結局儲からない」と思わせられるところまで社会の成熟があれば、企業を核兵器関連事業から離脱させることができることになる。欧米では、これを夢物語とは言わせない運動があるという。

消費者運動とSRI。市民による資本主義的経済合理性を逆手にとっての企業統制の手法である。体制内運動として、その限界を論じることはたやすい。しかし、その可能性を追求すること、その可能性を核廃絶に結びつけること、すこぶるロマンに満ちているではないか。
(2015年1月8日)

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