澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「浜の一揆」訴訟、仙台高裁の法廷で ― 「漁業の民主化」とは何か

控訴人ら訴訟代理人弁護士澤藤大河から口頭で意見を申しあげます。

本日陳述の準備書面(1)は、本件の主たる争点である漁業調整のあり方に関して下記4点の主張を行うものです。
第1 漁業調整の基本理念は漁業法の目的規定にある「漁業の民主化」にこそあって、「漁業民主化」の観点から適切な漁業調整が行われるべきであること。
第2 漁協の立場には、対外的に行政や大企業などの強者と対峙する側面と、対内的に弱者である組合員に対する側面との二面性があって、本件は後者の局面における問題として、弱者である零細漁民保護の漁業調整が行われるべきであること。
第3 漁業統計は、岩手県内の個人漁業が崩壊の危機にあることを示しており、控訴人らの本件サケ刺し網漁許可の必要性は喫緊の切実なものであること。
第4 公開されている限りでの県水産行政幹部職員の県内漁業団体への天下りの実情。

第1 アジア太平洋戦争の敗戦は、わが国の制度と文化を根底から変革しました。大日本帝国憲法時代の「旧体制」は崩壊し、あらゆる分野の「民主化」が進展しました。漁業法も戦後改革立法のひとつとして、民主化を高く掲げたものです。
その第1条は、「漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。」と定めています。周知のとおり、終戦直後GHQは日本政府に対して、わが国の民主化のための5大改革指令を発しました。そのなかに「経済の民主化」があり、財閥解体と農地解放が断行され、続いて漁業の民主化が実行されました。
「経済民主化」とは、政治的社会的強者の利益独占を許さぬことであり、利益の平等配分を意味しています。零細漁民にも、漁獲による生計の維持を保障することこそが、権利の実質的平等に支えられた「民主化」の理念にほかなりません。漁業調整とはこのような漁業者相互間の権利関係の調整の理念なのです。そのことが甲21の漁業法法案審議における農林大臣の答弁によく表れています。
また、漁業経済学者である二平章氏の意見書(甲22)では、漁業調整の具体的理念として、「弱小漁民の保護」の原則が強調されています。強大な事業者と零細な漁民の軋轢があれば、零細漁民を優先することが想定されているのです。これは、戦後の一時期の特別な政策ではなく、近時国連が積極的に押し進めている「家族農漁業の保護」「小規模伝統漁業の保護」など、零細漁民の経営の保護は今日的な世界の潮流でもあります。
いま、岩手県のサケ漁は、大規模定置網漁業者に独占され、零細漁民が排除されています。強者の利益を全面的に擁護して弱者の側を切り捨てた現状。法的正義が要求する「漁業の民主化」という視点からは、倒錯した漁業調整の現状というほかありません。

第2 次に漁協の二面性について述べ、ご理解をいただきたいと思います。
岩手県内の定置網漁の過半が漁協の経営するものです。したがって、漁民と漁協との漁業調整が問題とならざるを得ません。もちろん、漁協は保護しなければならない大切な組織です。しかし漁協が大切なのは、漁民の利益を実現するための自主組織であるからであって、漁民の利益と相反する局面で漁民に優越して保護を受けるべき立場にはありません。
漁協の根拠法である水産業協同組合法第4条は、「組合は、その行う事業によってその組合員のために直接の奉仕をすることを目的とする」と定めています。水協法は、漁業法とともに漁業民主化を担う法律ですが、その法案審議における水産庁の法案の趣旨説明が、甲23の衆議院水産委員会議事録です。「協同組合というものは、その組合員が組合の経営に参加をし、組合員がその組合の営む事業から直接に便宜を受けるような組織、それが協同組合の本質であります」と解説しています。
また、二平章氏の意見書(甲22)は次のように「漁協の二面性」を強調しています。
「漁協には二面性があります。漁民が、国家や自治体と対峙する局面では、個々の漁民は無力です。多くの漁民が漁協に結集することで要求を実現させることができるのです。また、公害を垂れ流す企業や、資源を取り尽くす巨大事業者と対峙する場合にも、漁協や漁連は、漁民にとって頼りになる存在です。しかし、中間団体の常として、構成員に対しては権力的な側面があります。漁協も漁民と対立する存在となり得るのです」「組合員の漁業を直接侵害する自営事業を行うことは、法的な目的に反するというほかありません」
漁協の自営定置漁の漁獲高を確保するために、組合員の刺し網漁を禁止するなどは、法の想定するところではなく、本末転倒も甚だしいと言わざるを得ません。

第3 次に、漁業統計から見た、岩手県沿岸漁業の実態について述べます。
「2013年漁業センサス(岩手県分)」(甲20)によれば、2013年の県内個人経営漁業者数は2008年に比較して、実数にして1926人の減、減少率37%となっています。さらに注目すべきは、県内漁業者の高齢化と後継者不足の実態です。20代の個人漁業者は全県でわずかに24人。0.7%に過ぎません。70歳以上が28.6%、60代が33.6%。県内漁民の62.2%が60歳以上なのです。しかも、高齢化している漁業者に後継者がありません。調査に後継者なしと回答した者が76.7%です。
その原因となっているのが、漁民の低所得です。漁獲物・収穫物の販売金額の規模別調査の結果では、年間売上高100万円以下が46.6%。また、売上高500万円?1000万円の中堅クラスに当たる漁民層が、2008年の989人から2013年には325人と、実数にして664人、率にして67%も激減しています。岩手県の沿岸漁業崩壊の危機を物語る数値と言わざるをえません。
この事態を打開する最も有効で現実的な危機回避策が、サケの固定式刺し網漁の許可にほかなりません。これは、漁業調整判断の重要な公益的要素であって、岩手県は、控訴人ら零細漁民の本件許可申請に対しては、積極的に許可をしなければなりません。大規模定置網漁者の操業を禁止するのではありません。まさしく、利害の「調整」なのです。

第4 最後に岩手県水産行政幹部職員の、県内漁業団体への天下りについて述べます。
大規模な定置網漁によるサケ漁の独占こそが、県漁業界最大の権益です。零細漁民をサケ漁から閉め出して、合法的にその利益を独占するには県政の協力が不可欠であるところ、長年の業界と県政との癒着がこれを可能としたものと指摘せざるを得ません。
岩手県内の漁業界と県水産行政との癒着を象徴する事象が、水産行政幹部職員の県内各漁業関係団体の要職への天下りです。岩手県水産行政のトップが、農林水産部・水産振興課総括課長職です。昨年3月末までその職にあった職員は同年6月岩手県内水面漁業協同組合連合会の専務理事に天下りしています。その前任者は、2013年3月末に総括課長の職を辞して同年5月社団法人岩手県漁港漁村協会の専務理事に就任し、さらにその2年後の2015年5月には、社団法人岩手県さけ・ます増殖協会の専務理事となって現在に至っています。なお、両氏とも、県漁連理事または監事を経験しています。
その余については、控訴人らにおいては調査しがたいので、最近5名の元総括課長について、県職員を離職後の職歴について明らかにするよう、被控訴人に求めます。

以上です。

(2018年10月2日)

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Published in 火曜日, 10月 2nd, 2018, at 20:00, and filed under 浜の一揆.

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