澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

新体制のNHK経営委員会に、再度の意見と質問を申しあげる。

去る1月10日、NHK経営委員会に赴き、「新体制のNHK経営委員会に対する意見と質問」書を提出してきた。同書面は、同日付けの当ブログに掲載した。当然に、深い反省が求められる新体制のNHK経営委員会に、反省の姿勢が見られないのではないか、という危惧にもとづいてのことである。

「クローズアップ現代+」の制作フタッフは、郵政グループによるかんぽ生命不正販売の事実を生々しく暴いた。これを日本郵政の上級副社長鈴木康雄が、元総務次官の肩書にものを言わせてもみ消しに動いた。情けないことに、NHK経営委員会がこれに同調し、NHK会長がこれに屈した。この事件の後、かんぽ生命不正販売の事実は「クロ現+」の報道の通りであったことが確認され、2019年暮れに、日本郵政グル―プ3社の社長が引責辞任することとなり、更に鈴木康雄の辞任も発表された。また、NHK経営委員会も、石原経営委員長から森下俊三新委員長に交替した。この新体制の真摯な反省の有無が問題なのだ。

この質問に対して、1月29日付で、「回答」が寄せられた。しかし、その形式も内容も、およそ「回答」の名に値するものてははない。具体的な質問項目には「無回答」。「不真面目、不誠実な貴委員会の態度に失望と憤りを感じざるを得ません」と再質問せざるを得ない内容である。国会における安倍首相のはぐらかし答弁を彷彿とさせるもの。

昨日(2月15日)付で、あらためて最質問書を提出した。われわれは、主権者国民や視聴者を代表して、NHK経営委員会にその姿勢を問い、質問をしている。是非とも、誠実にこれに答えていただきたいと思う。公共放送事業の健全性は、国民の知る権利にも、日本の民主主義にも関わる重大問題なのだから。

以下に、本年1月10日付「質問書」、同月29日付「回答」、2月15日付「最質問書」を各掲載する。

なお、私は、「経営」と「制作」の分離は当然と考えている。分離とは、「制作」が「経営」の意向を気にすることなく、思う存分活動できること。そのためには、「経営」は、外部から制作への圧力を受けとめる防波堤でなければならない。
NHKにおけるコンプライアンスとは憲法と一体となった放送法の理念を忠実に守って、国民の知る権利に奉仕すること。ガバナンスとは、そのために必要な制度の運営に幹部が責任を果すべきことにほかならない。上命下服の経営秩序をコンプライアンスと言い、あるいはガバナンスと言って現場を締めつけているのなら、明らかに、そんなものはメディア本来のありかたには有害というしかない。
**************************************************************************

2020年1月10日

NHK経営委員長 森下俊三 様
同経営委員各位

「日本郵政と経営委首脳によるNHK攻撃の構図を考える
11. 5 シンポジウム」実行委員会

世話人:小林 緑(国立音楽大学名誉教授・元NHK経営委員)/澤藤統一郎(弁護士)/杉浦ひとみ(弁護士)/醍醐 聰(東京大学名誉教授・「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表)/田島泰彦(早稲田大学非常勤講師・元上智大学教授)/皆川 学(元NHKプロデューサー) 

新体制のNHK経営委員会に対する意見と質問

2019年12月27日、日本郵政グル―プ三社長が引責辞任し、更に鈴木康雄日本郵政上級副社長の辞任も発表されました。私たちは、鈴木副社長がNHK「クローズアップ現代+」の「かんぽ不正問題」続編放送に対し不当な圧力を掛け続けたことを批判してきましたが、それとともにNHK経営委員会が、副社長の「かんぽ不正」もみ消しに加担した責任は重いと考えます。
ところが、2018年9月25日、鈴木副社長と面会し、日本郵政からの抗議を経営委員会に取り次ぐなど続編の放送中止に加担した森下俊三氏が、あろうことか新しい経営委員長に選ばれました。しかも森下氏は、反省するどころか、今なお筋違いな「ガバナンス論」を盾に、上田NHK会長への厳重注意を正当化し続けています。森下氏は、12月24日の経営委員長就任記者会見で、次のように発言しました。「現場が”経営と制作は分離している”と認識しているとしたら、ガバナンス上の大変な問題である」。私たちはこの発言は重大な誤りであり、NHK経営委員長としての資格に欠けた認識であると考えます。
以下、私たちの見解を述べ、貴職と経営委員会の回答を求めます。

別の市民団体が2019年10月15日に、石原NHK経営委員長(当時。以下、同じ)、森下委員長職務代行者(同上)、経営委員各位に提出した質問書、「日本郵政によるNHKの番組制作への介入に係る経営委員会の対応に関する質問」に対して、石原経営委員長と貴委員会は10月29日、回答をされました。そこでは、経営委員会は、NHKの自主自律を損なった事実はないとして、次のように表明されています。
「去年9月25日に森下委員長職務代行者が鈴木副社長と面会した後、経営委員会は、昨年10月に郵政3社から書状を受理し、10月9日、23日に経営委員で情報共有および意見交換を行った結果、経営委員会の総意として、ガバナンスの観点から、会長に注意を申し入れました。 なお、放送法第32条の規定のとおり、経営委員会が番組の編集に関与できないことは十分認識しており、自主自律や番組の編集の自由を損なう事実はございません。」
この回答に対する私たちの見解は以下のとおりです。

森下職務代行者は、日本郵政三社の社長が連名で経営委員会あてに文書を送った10日前に日本郵政鈴木康雄上級副社長と個別に面会し、NHKへの不信を聞き取り、正式に経営委員会に申し入れるよう伝えたとされています。こうした行為は、経営委員が、自社商品の不正販売が社会的に大きな問題となり、当該問題を取り上げたNHK番組の取材対象となった法人の首脳と非公式に面会し、そこで聞き取ったクレームを経営委員会に取り次ぎ、続編の放送計画に影響を与えた行為ですから、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることはない」と定めた「放送法」第3条に抵触します。また、NHKの全役職員は「放送の自主・自律の堅持が信頼される公共放送の生命線であるとの認識に基づき、全ての業務にあたる」と定めた「NHK放送ガイドライン2015」に明確に違反しています。
「ガバナンスの観点」とは、当初当該番組幹部が郵政に出向いて「番組制作と経営は分離し、会長は番組制作に関与しない」と発言したことを批判してのことと思われますが、放送法第51条は、「会長は協会を代表し、・・・業務を総理する」とあって、これはいわゆる「編集権」が意味する番組内容に関する決定権が会長にあることは意味していません。実際の業務の運営は、放送総局長に分掌され、その上で個別の番組については、番組担当セクションが責任を持って取材・編集に当たっています。
「経営と制作の分離」とは、個別の番組に対して経営者が介入し、政治的判断でゆがめることのないよう、長い言論の歴史の中で培われてきた不文律で、一部の独裁的国家を除いて、世界のジャーナリズムではスタンダードのシステムです。経営委員会が放送法で個別番組への介入を禁じられているのも同様の所以です。
森下俊三新経営委員長は、職務代行者時代、「ガバナンスの強化」を理由とすれば、行政や企業が経営委員会を通して放送に介入できる回路を作ってしまいました。また経営委員会は「総意」としてそれを追認してしまいました、「コンプライアンスの徹底」が求められるのは、経営委員会自身だと考えます。そこで質問です。

[質問―1] 今後も、個別の番組について、「ガバナンスの問題」として申し入れることはあり得ますか?

[質問―2] 森下氏は、経営委員会の席上で、「ネットで情報を集める取材方法がそもそもおかしい。非はNHKにある」と発言しました。しかし、ネットで情報提供を呼び掛けることは「オープンジャーナリズム」の名で放送業界では広く定着している手法です。森下氏は今も「非はNHKにある」と考えていますか。
 また、取材も番組編集の一環ですから、上記のような森下氏の言動は、「放送法」が禁じたNHKの番組編集への経営委員の干渉に当たると私たちは考えます。森下氏の見解をお聞かせ下さい。

[質問―3] 今回経営委員として異例ともいえる三選をされた長谷川三千子氏は、「2012年安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」の代表幹事に名前を連ね、経営委員就任時に自らを「安倍氏の応援団」と公言されました。政治的公平が求められる経営委員として、真に適格性があるとお考えですか。
「経営委員会委員の服務に関する準則」は不偏不党の立場に立つことを謳い(第2条)、「経営委員会委員は、日本放送協会の信用を損なうような行為をしてはならない」(第5条)と定めていますが、上記のような発言を公開の場で行うのはNHKの不偏不党、政治からの自律に対する視聴者の信頼を失墜させるものだと私たちは考えます。長谷川委員の見解をお聞かせ下さい。

以上の質問に別紙住所宛に、1月23日までに各項目に沿ってご回答下さるようお願いします。誠実な回答をお待ちします。

以上

**************************************************************************

2020年1月29日

 貴会より、経営委員長、経営委員宛てにいただいた質問書に対し、森下経営委員長の指示を受け、以下のとおり回答させていただきます。
 本件は、郵政3社からの書状に、「クローズアップ現代+」のチーフ・プロデューサーの発言として「番組制作と経営は分離しているため番組制作について会長は関与しない」とあり、ガバナンスの問題についての指摘があったため、あくまでガバナンスの問題として検討、対応したものです。放送法32条の規定のとおり、経営委員会が番組の編集に関与できないことは十分認識しており、自主自律や番組の編集の自由を損なう事実はありません。
 なお、経営委員は、放送法31条で、「公共の福祉に関し公正な判断をすることができ」ることが、その資質として求められており、経営委員会は、放送が公正、不偏不党な立場に立って国民文化の向上と健全な民主主義の発達に資するべきであるという考えにおいて一致しており、各委員ともさまざまな課題に対して、公正に判断していると認識しております。

以上

日本放送協会経営委員会事務局

**************************************************************************

2020年2月15日

NHK経営委員長 森下俊三 様
同経営委員各位

「日本郵政と経営委首脳によるNHK攻撃の構図を考える
11. 5 シンポジウム」実行委員会

世話人:小林 緑(国立音楽大学名誉教授・元NHK経営委員)/澤藤統一郎(弁護士)/杉浦ひとみ(弁護士)/醍醐 聰(東京大学名誉教授・「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表)/田島泰彦(早稲田大学非常勤講師・元上智大学教授)/皆川 学(元NHKプロデューサー)

1月29日回答への私たちの意見表明と再質問

1月29日付けの貴委員会からの回答を拝見しましたが、私たちが提出した3項目の質問には「無回答」です。こうした不真面目、不誠実な貴委員会の態度に失望と憤りを感じざるを得ません。

私たちは、1月10日付の「意見と質問」で、「経営と番組制作の分離」は、長い言論の歴史の中で培われてきた不文律で、世界のジャーナリズムではスタンダードの原理であることを指摘しました。さらに、貴委員会が「ガバナンスの強化」を理由に「制作」に介入できる前例を作ったことを批判しました。
ところが貴委員会の回答では、「経営と制作の分離」原則は認めていながら、貴委員会の森下職務代行者(当時)が、「クローズアップ現代+」の取材対象者である日本郵政副社長(当時)の鈴木康雄副社長の求めに応じて同氏と個別に面会し、鈴木氏の意向を取り次いで、当該放送番組の続編放送の見合わせを図った行為に対して、「ガバナンスの問題として検討、対応したもの」と論点をすり替えています。これは「ガバナンス」を口実にした制作現場への介入行為を追認したものです。

私たちは、現実に起きた続編番組の「放送見合わせ」が、貴経営委員会が「ガバナンスの問題として検討」した結果で起きたことと回答されたことに注目します。
「ガバナンス」とは、株主や経営者による企業統治の手法です。自主・自律を旨とする放送事業体に適用するものでは本来ありません。2006年8月3日、貴委員会が公表された「NHKのガバナンスの在り方」についての見解でも、「民間営利企業と公共放送事業を同列に位置付けて論じることには違和感がある」と記されています。ジャーナリズムの現場では、その記事や放送が、時には「社論」や「経営方針」と対立することがしばしば起こりえます。その時に優先されるものこそ、現場の記事や放送なのです(1970年山陽新聞地位保全仮処分訴訟)。公共放送としての使命を託されているNHKでは、政権や行政との距離を保つため、特にこのことが求められます。

「経営と制作の分離」でいえば、「経営」こそが、外部からの「制作」への圧力を受け止める防波堤でなければなりません。あえてNHKにとっての「コンプライアンス」とは何かといえば、「憲法と一体である放送法の理念を忠実に守り、国民の知る権利に奉仕すること」、ガバナンスとは「そのために必要な制度の運営に、幹部が責任を果たすこと」です。上命下服の民間営利企業の経営秩序をコンプライアンスといい、ガバナンスと称して番組制作現場を締め付けるのなら、そのような統治・統制はメディアの世界では有害以外の何ものでもありません。
戦前の社団法人日本放送協会が大本営放送局として、どれほどの日本人とアジアの人々を無惨な死に追いやったか。その反省の上に戦後のNHKは特殊法人としてスタートを切ったことをNHK経営委員会は肝に銘ずべきと考えます。

2019年12月9日の記者会見で、石原進経営委員長(当時)は、NHK会長を上田良一氏から前田晃伸氏に交代させる理由として「かんぽ報道」についての「ガバナンス問題」があったことをあげ、次期会長には「ガバナンス強化に期待が持てる」と述べました。私たちは、5代続けて財界出身者がNHK会長に就任するという事態に危惧を覚えます。「ガバナンス強化」を名目に、放送現場を監視し、「ボルトとナットで締め付ける」ことを期待されるような営利企業出身の会長、経営委員長は公共放送にとって有害でしかありません。
昨年、貴委員会は、「かんぽ不正問題」をいち早く報道した番組について、郵政三社の意を受け、続編放送の見送りを図るという戦後放送史上恥ずべき背信行為を行いました。私たちの「意見と質問」に対しても、「経営と制作の分離」原則を認めながら、「ガバナンス」を理由とした介入行為を追認しています。2重基準です。

改めてそれぞれの質問項目(下記)を提出しますので、誠実な回答を求めます。
書面によるご回答の締め切り日は3月5日でお願いいたします。

<記>

【質問?1】「ガバナンスの問題」の共通理解について
公共放送としてのNHKは、「憲法と一体である放送法の理念を忠実に守り、国民の知る権利に奉仕すること」こそがその使命であり、ガバナンスとは「そのために必要な制度の運営に、幹部が責任を果たすこと」、つまり、外部からの「制作」への圧力を受け止め3
る防波堤であることがその中心であると考えますが、貴委員会のお考えは異なりますか。異なる場合にはどう異なるのかをお答えください。

【質問―2】今後も、本件同様の個別の番組について、「ガバナンスの問題」として申し入れることはあり得ますか?

【質問―3】森下氏は、経営委員会の席上で、「ネットで情報を集める取材方法がそもそもおかしい。非はNHKにある」と発言しました。しかし、ネットで情報提供を呼び掛けることは「オープンジャーナリズム」の名で放送業界では広く定着している手法です。森下氏は今も「非はNHKにある」とのご発言を維持されていますか。
また、取材も番組編集の一環ですから、上記のような森下氏の言動は、「放送法」が禁じたNHKの番組編集への経営委員の干渉に当たると私たちは考えます。森下氏の見解をお聞かせ下さい。

【質問―4】今回経営委員として異例ともいえる三選をされた長谷川三千子氏は、「2012年安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」の代表幹事に名前を連ね、経営委員就任時に自らを「安倍氏の応援団」と公言されました。
政治の各分野の人事で首相との距離が問われていますが、政治的公平が求められる経営委員として、真に適格性があるとお考えですか。

以上

(2020/02/16)

 

Comments are closed.

澤藤統一郎の憲法日記 © 2020. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.