「国家機密法案」を廃案にした教訓
国家秘密を保護する立法の企ては初めてのことではない。1985年6月にも、議員立法としての「スパイ防止法案」が第102通常国会に提案された。第2次中曽根内閣の当時のこと。与党内に谷垣禎一議員らの反対もあり、言論界の評判も悪く、閣法としての上程ではなかった。それでも、自民党は数で押しきることができる状勢ではあったが野党が猛反発した。社会党・公明党・民社党・共産党・社民連がこぞって反対。審議拒否なども重なり、102国会では継続審議、103臨時国会の終了の同年12月21日審議未了で廃案となった。
この法案のフルネームは、「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」。これを政府与党側は「スパイ防止法」と略称したが、マスコミの多くは「国家秘密法」と言い、運動側の多くは「国家機密法」と呼んだ。提案者の側は法案の趣旨を「スパイ天国・日本の不正常を正して、国の安全をはかる法律」と強調し、マスコミや運動側はスパイ行為の処罰に限らない広範な国家秘密保護が必然的に国民の知る権利を侵害する則面を重視したのだ。
公務員に秘密厳守を要求するのなら、公務員法や自衛隊法の守秘条項の手直しで足りる。別の立法が必要というのは、民間人の処罰を狙っているからだ。具体的にはメディアが狙われている。メディアが萎縮すれば、もっとも知らねばならなことが、隠される。そのことによって主権者が適切に主権を行使できなくなる。これは、民主々義の危機ではないか。到底黙ってはおられない。
当時私は岩手弁護士会の中堅弁護士で、この地での反対運動に参加した。運動の中心勢力は、地元のメディアと大学人と弁護士会と労働組合だった。「言論の自由を守れ」「国民の知る権利を侵害してはならない」「戦前の弾圧体制の再来を許さない」という訴えは、市民の理解を得て浸透した。
私が参加した岩手の運動において、中心のそのまた中心に位置したのが地元紙の第一線の記者たちだった。その反応のみごとさに、心強さを感じた。若手だけではない。老舗地方紙の幹部も、ジャーナリストとしての気骨を示した。紙面に「国家秘密法反対」の論陣が張られ、反対の意見広告が掲載された。この社の労組を中心に他の労組、他のマスコミ各社にも運動は波及した。
マスコミ・大学・弁護士会などをつないで、「国家秘密法に反対する県民の会」がつくられ、いくつもの企画を行った。弁護士と新聞記者とは、共同して国家秘密法に反対する演劇を行った。北上山中に米軍機が墜落しその取材の過程で重要な防衛秘密が明らかになる。果敢にこれを報道した記者が逮捕され‥、という筋書き。大ホールを大入り満席にして、盛岡と一関で2公演した。私も新聞社のデスク役で出演した。「国家秘密法に反対する歌」がつくられて集会で歌われ、録音テープも売られた。
私は、岩手弁護士会の担当委員として何度も上京し、日弁連の会議に参加し、国会議員周りもした。なかなか議員本人とは会えなかったが、地元の議員あるいは秘書には、良く耳を傾けていただいた印象がある。小沢一郎氏ひとりを除いては。
もっともアクチブに運動に参加した記者のひとりから、聞かされたことがある。「たまたま、ボクが日常目を通している新聞の中に赤旗がありましてね。その中の国家秘密法に関する記事や論説には、共感できるものがあった。ボクが比較的早くこの問題の危険性を認識したのは赤旗からですね」
確かに、赤旗はいち早く警鐘を鳴らし、その報道や論評は的確で圧倒的な分量でもあった。私の方は赤旗に加えて、日弁連と自由法曹団からのニュースや資料の提供があり、全国の弁護士の意見に接することもできた。私は貴重な立ち場にあったことになる。責任も感じた。
日弁連、赤旗や自由法曹団が問題を提起し、ジャーナリスト、学界などがこれに続く。マスメディアが動き、市民運動、大衆運動が盛りあがり、そして政党が動く。国会の内外で与党を包囲して、「こうなってしまってはゴリ押ししない方が得策」と思わせる状況をつくり出したときに、法案が廃案になった。
85年当時と比較して、国会内の議席分布では今回は格段に不利ではある。野党の力量の不足は覆いがたい。しかし、与党盤石ということではない。いくつもの分野で安倍自民の政策を批判する国民運動が起きつつある。
今しばらくは国政選挙の機会がない。このことが、政権を強気にさせていると言われる。しかし、いくつもの地方選挙で自民党は顔色を失っている。たとえば川崎市長選。たとえば神戸市長選。あるいは岡山市長選。自民・公明・民主3党推薦候補圧勝の思惑が、接戦にもつれ込み、あるいは無所属候補に敗れている。昨日の「毎日」社説は、この選挙結果を「消費増税の使途の説明不足や特定秘密保護法案への対応など危うさをのぞかせている」と説明している。政権安泰どころではない。安倍自民は薄氷を踏む事態というのが実態なのだ。
今回の法案は、その危険性が見え見えなのが最大の弱点だ。明文改憲、集団的自衛権行使の憲法解釈変更、NSC法、国家安全保障基本法、防衛大綱見直し、自衛隊に海兵隊機能・敵基地攻撃機能などと、パッケージとなった特定秘密保護法案である。そのきな臭い危険性は誰の目にも明らかではないか。さらに、消費増税、福祉の切り捨て、TPPと問題山積の中の問題法案である。運動の盛り上がりによって政権へダメージを与えること、そして85年当時のように、この法案を廃案に追い込むことは可能だと、私は考えている。
(2013年10月30日)