東京高裁「君が代不起立」処分取り消しの逆転判決
一昨日(3月25日)、東京高裁(第9民事部・小川秀樹裁判長)で「河原井・根津09年停職事件」の控訴審判決言い渡しがあった。同判決は、東京地裁判決を主要な部分で変更し、根津公子さんに対する停職6月の懲戒処分を取り消す旨の「逆転勝訴」となった。
2009年3月、都立学校の教員だった河原井さん・根津さんは、ともに卒業式での「君が代・不起立」を理由に、東京都教育委員会から停職6月の懲戒処分を受け、その処分取り消しを求めて人事委員会審査を経て、提訴していた。原審東京地裁判決は河原井さんの処分を取り消したが、根津さんの処分取消請求を棄却した。これを不服とした根津さんの控訴審で、小川秀樹判決は処分を取り消したもの。河原井純子さんの一審判決勝訴の部分は既に確定済みで、河原井さん・根津さん揃っての勝訴がほぼ確実となった。もっとも、まだ都教委側の上告受理申立はあり得ないではない。
なんとなく、安倍政権の天が下どこもかしこも忖度だらけとの印象が強いが、まだマシな裁判官も健在なのだ。まずは、めでたい。
とは言え、小川秀樹裁判長がリベラルで憲法の理念に親和的な立派な裁判官かと言えば、そうとも言いがたい。ちょうど1か月前の2月26日、夫婦同姓の強制は違憲との主張を斥けて、現行制度を合憲とした判決を言い渡したのが、同じ小川秀樹コートなのだ。
この根津さんの事件は、東京「君が代」弁護団の受任事件ではなく、私は関与していない。河原井さん・根津さんは、信頼する弁護士・弁護団を選んで、訴訟を追行し成果を上げた。根津さんを支える運動体によれば、根津さんの最近の「君が代」不起立に対する処分と判決は以下のとおりだという。
・2006年3月卒業式の不起立に、3か月の停職処分
?処分取消請求棄却の敗訴
・2007年3月卒業式の不起立に、6か月の停職処分
?処分取消請求に一審は棄却、東京高裁で逆転勝訴(須藤判決)
?最高裁で確定
・2008年3月の卒業式不起立に、6か月の停職処分
?ゼッケン着用などを理由に取り消されず
・2009年3月の卒業式不起立に、6か月の停職処分(本件処分)
?地裁は、処分取消請求を棄却(敗訴)
同判決主文の主要部分は、以下のとおりである。
1 原判決主文第2項のうち,控訴人根津の請求に係る部分を次のとおり変更する。
(1) 東京都教育委員会が平成21年3月31日付けで控訴人根津に対してした懲戒処分を取り消す。
(2) 控訴人根津のその余の請求を棄却する。
根津さんが求めたのは、停職6か月の懲戒処分の取消しと、慰謝料の支払いとである。慰謝料の支払いは棄却されたが、この判決で懲戒処分の取消支払い認められた。最高裁が、これを覆すことは考え難い。
同判決理由の主要部分は、以下のとおり。
原審(東京地裁判決)は,控訴人ら(河原井・根津)の憲法及び教育基本法違反の主張を排斥する一方で,本件河原井懲戒処分については,懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱してされた違法なものであるとして,同処分を取り消し,本件根津懲戒処分については,社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず,停職期間も裁量権の範囲内ということができ,適法であるとして,同処分の取消しの請求を棄却し,損害賠償請求については,本件根津懲戒処分は違法とはいえず,本件河原井懲戒処分については国賠法上の過失は認められないなどとして,控訴人らの請求をいずれも棄却する旨の判決をした。
しかし、「本件根津懲戒処分」については控訴審判決の判断は地裁判決とは違った。
…停職期間を6月とする停職処分を科すことは十分な根拠をもって慎重に行わなければならないものというべきであるところ,控訴人根津の過去の懲戒処分等の対象となったいくつかの行為は平成18年(06年)の懲戒処分において考慮され,その後同種の非違行為が繰り返されて懲戒処分を受けてはいないこと,本件根津不起立は,それ以前のような積極的な式典の妨害行為ではなく,控訴人河原井と同様の国歌斉唱時に起立しなかったという消極的行為であること,平成20年の停職6月の懲戒処分がされた後は,本件トレーナー着用行為のような行為はしていないこと等によれば,都教委の判断は,具体的に行われた非違行為の内容や影響の程度等に鑑み,社会通念上,行為と処分との均衡を著しく失していて妥当性を欠き,裁量権の、合理的範囲を逸脱してされたものといわざるを得ず,違法なものというべきである。したがって,控訴人根津の本件根津懲戒処分の取消請求は理由がある。
問題は、「積極的な式典の妨害行為」か、「国歌斉唱時に起立しなかったという消極的行為」かの分類にある。判決の認定するところでは、「平成17年5月の懲戒処分の後に実施された再発防止研修において,日の丸,君が代強制反対と書かれたゼッケンの着用を巡る抗議等を行ったこと」「平成19年3月の停職6月の懲戒処分を受けた後には、勤務時間中に『強制反対日の丸君が代』等と印刷されたトレーナー着用」などが「積極的な式典の妨害行為」にあたる。
一審は、この過去の「積極的式典妨害行為」を今につながる重大事と見たが、控訴審は「本件は、単に起立しなかったという消極的行為。過去の行為は既に相当な処分を受けており、本件で斟酌すべきではない」と判断した。これだけの判断を獲得するために、多大な努力が必要だったのだ。
なお、君が代不起立は、基本権としての思想・良心・信仰を防衛するためには最低限必要不可欠な受動的行為である。「式典を妨害しない単なる不起立という消極的行為」であれば、何度繰り返しても戒告どまりで、減給以上の懲戒処分とはならない。これが、強権的な都教委と、思想・良心を擁護しようという教員集団とのせめぎ合いの膠着線。
都教委は、累積加重の懲戒処分を重ねることによって教員の転向をたくらみ、非転向の教員を追い払おうとしたが、失敗した。徒然に現状に不服である。教員の側は、戒告とは言え懲戒処分を容認しえない。本来、戒告処分も違憲違法のはずと不満を募らせての、膠着状態である。
この判決が現状の打開をもたらすものとは考えにくいが、闘いを継続する姿勢を学びたいと思う。
(2020年3月27日)