澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

香港に際限なく拡大し続ける「The Nothing」(無)

(2021年8月22日)
 香港情勢の報道には胸が痛む。民主的な運動に携わっていた人々が、野蛮な権力に次第に追い詰められている。歴史は、必ずしも進歩するものではなく、正義は必ずしも勝利するものでもない。この理不尽が、現実なのだ。
 
 ドイツの作家ミヒャエル・エンデのファンタジー「はてしない物語」(ネバーエンディング・ストーリー)を思い出す。「The Nothing」(無)の膨張によって崩壊の危機に瀕した異世界の物語り。あの異世界は中国のことであったか、「The Nothing」(無)とは中国共産党のメタファーであったか、今にしてそう思う。

 国家安全維持法施行以来、じわじわと香港での「The Nothing」(無)の膨張は続いている。民主派メデイアの「リンゴ日報」が廃刊になり。最大教員組合の「香港教育専業人員協会」(教協)が解散となり、今度は、「民陣」への弾圧。そして、弁護士協会も危ない。

 以下は、赤旗【北京=小林拓也】の報道である。見出しは、「香港民主派団体「民陣」が解散」「大規模デモ主催 弾圧で運営不能に」「主要幹部相次ぎ逮捕 『市民に感謝』と声明」

 香港で大規模デモを主催してきた民主派団体「民間人権陣線(民陣)」が15日、解散を宣言しました。昨年6月末の国家安全維持法(国安法)施行後、主要メンバーが次々逮捕され、事務局の機能が維持できなくなったのが理由。民陣は解散を宣言した声明で「香港人がんばれ。人がいれば希望はある」と呼び掛けました。

 民陣は2002年、民主派政党や団体によって創設。毎年7月1日の香港返還記念日デモなどの大規模デモを主催。「平和、理性、非暴力」を掲げ、デモによる市民の政治的意見表明を主導してきました。03年7月には50万人デモで「国家安全条例」案を撤回に追い込みました。19年6月には「逃亡犯条例」改定案に反対するデモを呼び掛け、最大で200万人が参加。その後の反政府行動でも重要な役割を果たしました。

 国安法が施行された直後の昨年7月1日にもデモを呼び掛けました。しかし同法による弾圧が強まる中、今年の7月1日は創設以降初めてデモを行いませんでした。昨年来、民陣の元代表4人が逮捕され、実刑判決を受けた人もいます。弾圧により事務局の運営が不可能になったとして、13日の会議で解散を決めました。

 香港警察は、民陣やそのメンバーが国安法などに違反していないか全力で追及すると表明。中国政府で香港政策を所管する国務院香港マカオ事務弁公室と出先機関の中央駐香港連絡弁公室は、民陣について「反中国で、香港を混乱させた」組織だとし、法によって責任追及すべきだと主張しました。

 民陣は15日の声明で、19年間共に歩んできた香港市民に感謝を表明。大規模デモで「世界が香港に注目し、自由や民主の種を人々の心に植え付けた」と強調しました。その上で、「民陣がなくなっても、別の団体が理念を堅持し、市民社会を支援していくと信じている」と訴えました。」

 さらに、弁護士会の自治も危うい。英国流の法制度をもつ香港には、2種類の資格の弁護士があり、《香港大律師公会》(法廷弁護士(バリスター)の弁護士会)と、《香港律師会》(事務弁護士(ソリシター)の弁護士会)の2会がある。その両者とも法の支配や人権、民主主義に親和的だが、《香港大律師公会》の方がより尖鋭だという。香港大律師公会のポール・ハリス会長は、民主派政治家への懲役刑を批判し、中国政府高官から「反中国」政治家と批判されている。

 この弁護士会の姿勢を「政治主義」と攻撃するのが、中国共産党である。党の方針に忠実でなければ、偏向した政治主義なのだ。『人民日報』(中国共産党機関紙)8月14日付は、香港律師会に関する、大要以下の論説を掲載したと報じられている。

 「香港律師会は会員に対して責任を持ち、専業を選び政治を行うべきではない。市民に対して責任を持ち、建設を選び破壊を行うべきでない。香港律師会の重要な役割は香港の法治精神を守ることで、香港法治の盛衰と存亡がその盛衰と存亡に直接の関係がある。」「反中乱港分子と一線を画せば、香港教育専業人員協会(教協)のように特区政府の認可を失うことはない。1国2制度の方針を擁護し、基本法を順守すれば、香港大律師公会のように中国本土との交流・協力を断絶し活路を失うことはない」「8月末(24日)の理事会改選で選出される新たな指導層が建設的役割を発揮するよう求める」

 これは、明らかな権力による恫喝である。民主主義を標榜する国家では到底考えがたい。ここでいう「香港の法治精神を守る」とは、中国共産党の指導に服従するということで、法によって権力の横暴を縛るという立憲主義への理解の片鱗もない。民主制国家では、国民世論がこのような権力の暴言を許さない。敢えてすれば、次の選挙でこのような野蛮な政権は潰えよう。しかし、中国共産党のこのような横暴に歯止めはかからない。

 先には、「香港民主主義の父」といわれた弁護士・李柱銘氏が、民主化集会開催をめぐり有罪判決を受けて、弁護士資格を剥奪されることになった、という報道もあった。「The Nothing」(無)の拡大は止まるところを知らぬように見える。果たして、本当に「人がいれば希望はある」だろうか。
  

Comments are closed.

澤藤統一郎の憲法日記 © 2021. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.