地球化学者・猿橋勝子と第五福竜丸
(2021年12月6日)
作日(12月5日)、第五福竜丸平和協会理事会の席上でNHK番組の予告編を観せていただいた。12月16日放送予定のコズミックフロント「地球科学者の先駆け 猿橋勝子」(NHK/BSプレミアム午後10:00?10:59、再放送12月22日午後11:45?午前0:44)というタイトル。女優でモデルの水原希子が、女性科学者「猿橋勝子」を演じるという。
猿橋勝子(1920―2007)は、女性科学者のパイオニアとして知られる人。女性初の日本学術会議会員でもある。専門は地球化学で、中央気象台(現・気象庁)に勤務し、1954年に行われたビキニ環礁での水爆実験で被曝した第五福竜丸の汚染調査や大気・海洋汚染を研究し、国際的な評価を得た。57年には理学博士(東京大学)の学位を得ている。
NHKの番組宣伝文句では、「地球温暖化や核実験による放射能汚染など、深刻な環境問題に取り組んだ女性科学者・猿橋を特集。再現ドラマでは、数々の困難に直面しながらも研究に突き進む猿橋を水原が熱演。」となっている。
女性が、自らの進路を選ぶことが困難であった時代に、猿橋は科学者を志し、初志を貫徹して研究者として身を立てる。そして分析化学者として米の水爆実験に関わることになる。
1954年3月1日、米国が太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験は、160?離れた海域で操業中のマグロ漁船・第五福竜丸に白い灰を降らせた。乗組員の多くが体調不良に襲われ、帰国後急性放射線障害と診断される。
このとき国は白い灰の分析を試みるが、白羽の矢を立てたのが気象研究所の研究官・猿橋勝子。当時34歳であった。猿橋は、地球化学者三宅泰雄のもとで大気や海水の化学分析に携わり、自ら極微量拡散分析装置まで開発して「微量分析の達人」と評されていたという。
猿橋は期待に応え、白い灰の正体がサンゴの粉末で、炭酸カルシウムの変性を定性的にも定量的にも特定する。さらに、日本近海における放射性物質の測定や、水産庁が派遣した調査船・俊鶻丸によるビキニ海域の汚染データも踏まえ、海流によって日本近海が米国沿岸より数十倍も汚染されていることを明らかにした。水爆によって環境に排出された核種の析出にまで成功したという。
ところが米国はこれを否定した。「分析技術が未熟。日本のデータは誤り」との批判。このことがきっかけとなって、日米化学者がその分析能力の優劣を競争することになる。1962年4月、猿橋は自ら開発した分析機器や試薬を携えて単身渡米し、カリフォルニア大学の海洋研究所で、アメリカの化学者チームと対決した。
日米それぞれの測定法で海水中の放射性物質セシウム134を濃縮・回収し、ガンマ線の線量を測定して含有量を測定する競争が行われた結果、圧倒的に猿橋の精度の高さが確認されたという。
これを機に、猿橋は被爆国の女性科学者として、核廃絶と国際平和の重要性を訴える活動にも取り組むことになる。
猿橋は、1980年に退官するが、自身の退職金や、退官記念パーティーに集まった人たちからの拠金を基に、自然科学分野の研究に従事する女性科学者の奨励と、その地位向上を目指して「女性科学者に明るい未来をの会」を創設した。後に同会を母体として「女性自然科学者研究支援基金」が設立され、猿橋賞受賞者に賞金を贈呈している。「猿橋賞」は50歳未満の優れた女性科学者を顕彰するもので、様々な分野の女性科学者を勇気づけ、受賞者の多くが自然科学の第一線で活躍している。
また、猿橋は1981年1月、日本学術会議第12期会員(?1984年)となっている。当時、学術会議会員は有権者登録をした22万人科学者の郵便投票によって選出する仕組みであった。設立から30年余の間、女性が立候補したことは一度もなかった。猿橋が女性第1号、1025票を得て第6位で当選し、初の女性会員となった。
猿橋さんは、第五福竜丸平和協会設立以来、協会の運営に深く関わった。私が監事として役員に加わった頃は、既に高齢ではあったがとても元気だった。遠慮なく、ものをいう人という印象で、ちょっと恐かった。妥協なく、厳しい人生を生き抜いてこられた人だからであろうか。
そんな人をNHKの科学番組が再現ドラマで紹介することになる。願わくは、この放映を機に核廃絶運動への理解者が拡がり、3・1ビキニ水爆実験と第五福竜丸被爆事件の恐怖を国民が思い起こして、第五福竜丸展示館の来館者が増えんことを。