澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「台湾に国際法の保護は及ぶ」 ? 伊藤一頼論文紹介

(2022年2月19日)
 50年前、1972年9月29日に日中共同声明が発出されて日中間の国交が回復した。そのとき、私は無条件にこれを歓迎した。「一つの中国」論にもとづき、台湾が中国の一部であることを当然と考えた。声明に盛られた「平和五原則」や「国連憲章の原則」の確認、「覇権主義に対する反対」等々は、東アジアに明るい未来を開くものとまぶしささえ感じた。帝国主義国アメリカの干渉さえなければ、中国の統治は即刻台湾に及ぶことになろう。中国の台湾統治は疑う余地もなく望ましいことだった。

 当時、人民が主人公となった革命中国と、蒋介石が君臨する反動台湾という対比のイメージ。それが、両者ともに少しずつ変わってくる。とりわけ、中国側の天安門事件が衝撃だった。さらに、チベット・ウィグル、内モンゴル、そして香港における民主主義圧殺の信じがたい事態である。一方、台湾の民主化は進んだ。今や、民主・台湾と、専制・中国との対峙の構図。ささやかれる台湾有事とは、民主主義の一角が独裁体制に飲み込まれる危機のこととなった。

 中国は、台湾併合の方針を「核心的利益」に関するものとして、絶対に譲ろうとしない。そして振りかざすのが、「中国は一つであり、台湾併合は内政問題。国連憲章にも明記されているとおり、内政干渉は違法だ。台湾併合への干渉は誰であっても許さない」という国際法上の『論理』。

 はたして、台湾に居住する2300万の人々は、圧倒的な実力による中国の併合圧力に対抗する国際法上の権利はないのだろうか。この素朴な疑問に対する良質の回答として、「台湾に国際法の保護は及ぶか」(伊藤一頼)という「法律時報」(22年2月号)の論文の存在を教えられた。伊藤一頼は、東大の国際法教授である。その概要を紹介したい。

 「台湾に国際法の保護は及ぶか」? その問いに対する答は、疑いもなく「イエス」である。その根拠として挙げられているのが、台湾を「事実上の統治体」という概念で捉え得ること。そして、もう1つとして「自決権」があるという。それゆえ「台湾が受けうる国際法上の保護が通常の国家に比べ大きく見劣りすることは(理論上は)ないはずである」という結論。

 論文は、「台湾は国家ではないのか」から説き起こす。台湾は、客観的には国家の要件を満たしているが、「台湾自身がみずからを(台湾という領域のみを領土とする)国家であると主張していないことから、多くの論者は台湾の国家性を認めていない」という。

 しかし、「国際法上、完全な主権国家には当たらないものの、何らかの(中間的な?)法主体性を観念することはできる」という。それが、「事実上の統治体(de facto regime)」の概念だという。「現実に一定の領域を統治している主体に国際法上の地位を全く認めないことは様々な不都合を生む。そこで、国際社会で正式に国家として扱われていない主体にも『部分的な国際法主体性』を認め、状況に応じて必要な権利義務を付与しようとするのが事実上の統治体の概念である」と説明されている。

 国連の「友好関係原則宣言」(国連総会決議2625)や、「侵略の定義に関する決議」(国連総会決議3314)でも、武力行使禁止原則の対象になりうることが示唆されており、「仮に台湾が完全な国家としての地位を持たないとしても、それにより武力行使からの保護が全く受けられないわけではなく、事実上の統治体として国家と同等の保護の下に置かれると考えてよいだろう」とされている。

 また、自衛権を定めた国連憲章51条では、国連加盟国が権利主体となっているが、自衛権は慣習国際法においても存在する権利であって、「事実上の統治体」も政治的独立を守るため自衛権を行使しうると考えられている。とすれば、台湾からの要請を受けて他国が集団的自衛権を行使することも可能になるだろう、という。

 台湾が主張しうるもう1つの国際法上の権利として「自決権」がある。自決権は、一般的な「人権」としての性格を認められるようになった。もし台湾の人々が自決権を持つとすれば、その自己決定・自己統治の機会を奪うような行為は禁止されることになり、これは台湾の安全保障にとっても大きな意味を持つ。

 「自決権の法的基盤は、国連憲章1条2項に規定された「人民の同権及び自決の原則」であり、そこでの権利主体は「人民(people)」である。仮に台湾が国家の地位を持たなくとも、その住民が人民に該当すれば自決権の主体となることができる。

 台湾の社会は、植民地支配、一党独裁、民主化、自由主義改革といった形で、本土とは全く異質の政治経済的発展を遂げてきた。何よりも、台湾は共産党政府の支配を一度も受けることなく自律的に統治されてきたのであり、この経験が台湾の人々に、自己の政治的将来をみずから決定する「人民」としての地位を与えることになろう。

 人民から自決権・自由・独立を奪ういかなる強制的な行為をとることも禁じており、台湾は武力行使禁止原則による保護を、事実上の統治体としてのみならず、自決権の主体という形でも受けることができる。また、ここでいう強制的な行為(forcible action)には、武力行使だけでなく、自決権行使を困難にする他の強圧的措置も含まれると考えられ、様々な形態の非軍事的圧力に対して抗議するための根拠となりうる。」

 この短い論文は大きな影響をもつことになるだろう。そして、大国となった中国に、その地位にふさわしい、真摯な国際法遵守の姿勢を期待したい。

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