改めて問う 「秘密のまま裁判、困難」
特定秘密保護法の問題点は無数にある。そのひとつとして、同法違反の刑事被告事件において被告人の防御権を保障できるのかという難問がある。185臨時国会では、政府はこの問題にフタして強引に押し切ったが、本日の「毎日」が、「秘密のまま裁判、困難」「法案検討時 警察庁など懸念」と、同紙が情報公開請求で入手した資料をもとに、改めてこの問題を提示している。今通常国会では、同法の廃止法案が論戦の舞台に上る。毎日の姿勢を大いに評価したい。
周知のとおり、特定秘密保護法の原型を形つくったのは、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」である。同会議のメンバーは以下のとおり。ことあるごとに記して記憶を新たにしておかねばならない。
縣公一郎(早稲田大学)
櫻井敬子(学習院大学)
長谷部恭男(東京大学)
藤原静雄(中央大学)
安富潔(慶應大学)
同会議は、2011年1月から6月にかけて、6回の会合を開き、同年8月8日に「秘密保全のための法制の在り方について」と題する報告書をまとめた。秘密保全法制検討の会議にふさわしく、会議の経過はヒ・ミ・ツ。議事録の作成はなかったという。
その報告書の23?24ページに、「第7 立法府及び司法府」という節がある。国会議員や裁判官に、「特別秘密」(これが法制定時には「特定秘密」となる)の守秘義務をどう課するべきか、罰則の適用をどうするかが、以下のとおり検討されている。
「立法府及び司法府がそれぞれの業務上の必要性から特別秘密の伝達を受け、国会議員や裁判官等がそれを知得することが想定し得るため、然るべき保全措置が取られることが本来適当である」
この業界語を日本語に翻訳すれば、以下の如くである。
「国会議員や裁判官には、特定秘密を触らせたくはない。だから、できるだけ議員や裁判官には特定秘密を明かすことなく仕事をしてもらう。しかし、国会や裁判所の業務の必要から、やむなく特別秘密を明かさねばならないこともあるだろう。そのときのために、国会議員や裁判官にも罰則を設けてそれ以上は秘密が漏れないようにしなければならない」
これを前提として、
「司法府については、裁判官には罰則を伴う守秘義務が設けられていない一方、弾劾裁判及び分限裁判の手続が設けられている。特別秘密に係る裁判官の守秘義務の在り方を検討するためには、上記のことも踏まえ、司法府における秘密保全の在り方全般と特別秘密の保全の在り方との関係を整理する必要があると考えられる。しかし、このような検討は、行政府とは独立の地位を有する司法府の在り方に多大な影響を及ぼし得るため、司法制度全体への影響を踏まえて別途検討されることが適当と考えられる。」
ここには、秘密の保護に性急なあまり、司法本来の役割への配慮を見ることができない。裁判官は、うっかり特定秘密に触れると、その漏えいが厳罰の対象となってしまう。それなら、公判で特定秘密を明らかにするような訴訟指揮は、できるだけしたくはないということになるだろう。その結果、国民は、特定秘密保護法違反に関しては、被疑事実をヒ・ミ・ツとされたまま、逮捕され、捜索差押えされ、勾留され、そして刑事公判においてもヒミツを明らかにされないまま有罪判決を受ける虞を払拭できないこととなる。
極論すれば、「被告人を懲役10年に処する。その理由はヒミツ」という判決が危惧されるのだ。このようなことがあってはならないとして、憲法37条は「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」とされ、さらに82条1項は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」、同条2項は「裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない」としている。公開とは、当然のこととして実質的な意味での公開であるのだから、傍聴者やメディアを含めた誰にも、被告人がどのような罪で訴追されているかが分からなければならない。公訴事実秘密のままで国民の基本権に関わる裁判をすることは許されないのだ。
このことは、特定秘密保護法の法案提出以前から問題点として意識されていた。
日本弁護士連合会2013年(平成25年)9月12日「『特定秘密の保護に関する法律案の概要』に対する意見書」では、次のように指摘されている(22ページ)。
「国家秘密を秘匿したままの裁判では,被告人がどのような事実で処罰されるのか分からない状態で裁判を受けることとなり,実質的な防御権・弁護権を奪われるおそれがある。弁護人は,弁護活動のため秘匿された国家秘密にできるだけ接近しようとするであろうが,関係者への事情聴取等の調査活動,資料の収集活動も教唆,共謀等に問われるのだとすれば,弁護活動も著しく制約されることになる。これは弁護人選任権,公正な裁判の否定である。
基本的人権侵害の最後の救済が裁判を受ける権利であるが,これはあくまで事後的救済であり,犯罪として捜査,起訴されただけでも回復不可能な重大な人権侵害となる。その上さらに,特定秘密の保護に関する法律に違反した犯罪では,裁判を受ける権利が否定されかねず,事後的救済すら不十分なものとなる」
この点について、国会審議では、森雅子担当大臣は、くり返し「外形立証」で足りることを口にした。たとえば、次のように。
「森雅子国務大臣 先ほどから申し上げている通りですね、刑事訴訟法上のですね、秘密の立証というのは外形立証で足りるとされております。例えばですね、その秘密文書のですね、立案、作成過程、秘密指定を相当とする具体的理由等々を明らかにすることにより、実質秘性を立証する方法が取られております。」
こんな答弁で納得できようはずもない。被告人の権利はどうなる。弁護権はどうなる。裁判の公開の原則はどうなってしまうのか。この人にかかると、すべてのことがあまりに軽くなってしまう。憲法上の重大な原則を、こんなに軽んじられてはたまらない。
今日の「毎日」の調査報道は、警察庁が開示した文書によるもの。「法案検討時に、警察庁や法務省が、特定秘密保護法違反の刑事裁判について、『秘密の内容を明らかにせずに有罪を立証をすることは困難』と指摘していたことが分かった」という趣旨。「憲法が定める裁判公開原則との整合性についても結論が先送りされており、同法が司法制度との間に矛盾を抱えたまま成立した実態が浮かび上がった」としている。
興味深いのは、「法務省刑事局が『弁護人の争い方や裁判所の考え方次第では、外形立証では対応しきれず、特別秘密(現特定秘密)の内容が法廷で明らかになる可能性がある』などとする意見書を、法案を作成した内閣情報調査室(内調)に提出していた」というのだ。
「内調の橋場健参事官は取材に「従来も外形立証は行われており、特定秘密の漏えいも外形立証で証明可能と考えている」と説明。また、法務省刑事局は外形立証への見解に関し「警察庁の文書について回答する立場にない」、警察庁警備企画課は「公判手続きに関わる事柄なので答える立場にない」と回答した」とのこと。
まだ特定秘密保護法施行前の今だから、情報公開請求でこれだけの事実が浮かびあがってくる。記者の取材も可能だ。特定秘密保護法施行後には、こんなことも「特定秘密」に指定されることにならないだろうか。
いずれにしても、この日下部聡記者の署名記事。よく切り込んでいるではないか。記者冥利に尽きる記事と言えよう。
(2014年1月27日)