NHK受信料の支払いは強制できるのか
本日の東京新聞に、「NHK、脱原発論に難色 『都知事選中はやめて』」と見出しを付けた下記の記事がある。
「NHKラジオ第一放送で30日朝に放送する番組で、中北徹東洋大教授(62)が『経済学の視点からリスクをゼロにできるのは原発を止めること』などとコメントする予定だったことにNHK側が難色を示し、中北教授が出演を拒否したことが29日、分かった。NHK側は中北教授に『東京都知事選の最中は、原発問題はやめてほしい』と求めたという。」
「中北教授の予定原稿はNHK側に29日午後に提出。原稿では『安全確保の対策や保険の費用など、原発再稼働コストの世界的上昇や損害が巨額になること、事前に積み上げるべき廃炉費用が、電力会社の貸借対照表に計上されていないこと』を指摘。『廃炉費用が将来の国民が負担する、見えない大きな費用になる可能性がある』として、『即時脱原発か穏やかに原発依存を減らしていくのか』との費用の選択になると総括している。」
「中北教授によると、NHKの担当ディレクターは『絶対にやめてほしい』と言い、中北教授は『趣旨を変えることはできない』などと拒否したという。」
「中北教授は『特定の立場に立っていない内容だ。NHKの対応が誠実でなく、問題意識が感じられない』として、約二十年間出演してきた『ビジネス展望』をこの日から降板することを明らかにした。」
東京新聞は、「公平公正 裏切る行為」と題する解説を書いている。
「NHKが、再稼働を進める安倍晋三政権の意向をくんで放送内容を変えようとした可能性は否定できない。」「選挙期間中であっても、報道の自由は保障されている。」「NHK側が問題視した中北教授の原稿は、都知事選で特定の候補者を支援する内容でもないし、特定の立場を擁護してもいない。」「原発再稼働を強く打ち出している安倍政権の意向を忖度し、中北教授のコメントは不適切だと判断したとも推測できる。」としたうえ、「原発政策の是非にかかわらず受信料を払って、政府広報ではない公平公正な報道や番組を期待している国民・視聴者の信頼を裏切る行為と言えるのではないか」と結んでいる。常識で考えれば、この解説のとおりだ。
オリンピックは、都知事選の焦点のひとつのテーマだ。「最高のオリンピックを成功させよう」という政権に近い候補者もいれば、「オリンピックは中止」「東京五輪返上」という候補者もいる。「オリンピックに金をかけるのは止めよう」という公約もある。NHKが都知事選の公平に配慮して、オリンピックの話題に関しては放送を遠慮しているとは聞かない。明らかに、原発問題だから、政権側の候補者に不利になるから、発言を規制しているのだ。新会長のもとでの、「忖度効果」が早くも現実化していると指摘せざるを得ない。
会長も会長なら、ディレクターもディレクター。現場で真摯な努力を積み上げている人もいるのだろうが、「原発再稼働を強く打ち出している安倍政権の意向を忖度し」て、出演依頼者のコメント内容に介入しているのがNHKの実態なのだ。
多くの視聴者が、「受信料を払って、政府広報ではない公平公正な報道や番組を期待しているのに、信頼を裏切られた」と思うに違いない。信頼を裏切られたと思う人のうちの一定数が、受信料を支払いたくないと考えることは自然の成り行きで、支払い率の低下は免れない。安倍政権が任命した籾井新会長と、新しいアベトモの経営委員、そして『ビジネス展望』担当デイレクターの功績である。
現在の所帯数あたりの受信料支払率は、最高が秋田県の94.6%,最低は沖縄県の42.0%と幅が広い。全国平均は72.5%。この数値の低下が、国民のNHK批判のメルクマールとなる。
放送法第32条1項(受信契約及び受信料)は、不思議な規定だ。噛み砕いて表現すると次のとおり。
「NHKの放送を受信することのできるテレビを設置した者は、NHKと放送の受信についての契約をしなければならない」
NHKチャンネルのないテレビを売り出せば、えらく売れるだろうと思うのだが、今、巷にそのような商品はない。新品でも中古でも、テレビを備え付けると、「オレは、NHKの番組は嫌いだ。絶対に見ていない」と言っても通らない。「受信契約の締結」を強制されることになっている。契約自由が大原則なのに、どうして、契約の締結が強制できるのか、よくは分からないが、契約の締結と受信料支払いが強制されることになっている。しかし、それはNHKが、放送法に則ったまともな組織であって、まともな放送業務を行っている限りでのことではないか。
「NHKの親安倍政権的偏向は、放送法が予定する『不偏不党』、『公正中立』の姿勢から著しく逸脱している。だから、受信料を支払わない」という、視聴者側の理屈が通らねばおかしい。NHKは自らは放送法の精神を投げ捨て、法が要求する政権から独立した放送をなすべき義務を怠っておきながら、一方的に視聴者からは受信料徴収を強制できるとすることには納得しがたい。受信料を原資とする籾井会長の年間報酬額が3000万円を越すと聞けば、なおさらのことである。
憲法の次元でものを考えてみたい。視聴者の一人が、籾井会長が就任記者会見で発言した、政権との一体性や歴史認識の反憲法性に深く憤って、「NHKの現状は自分の思想に照らして到底容認できない」との動機から、受信料の支払いを拒絶できるか、という問題設定が成立する。
自分の金が、自分の意に反して、自分の思想において容認し得ない組織に強制的に徴収されることはない。たとえば、最高裁は南九州税理士会臨時会費強制徴収事件判決(1996年3月19日)において、この問題を憲法19条から考察して、次のとおりに述べている。事案は、政治団体への寄付に充てるための税理士会の臨時会費徴収が許されるか、という問題である。
「税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である。
法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。
特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。
そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。
以上の判断に照らして本件をみると、本件決議は、被上告人が規正法上の政治団体へ金員を寄付するために、上告人を含む会員から特別会費として5000円を徴収する旨の決議であり、税理士会の目的の範囲外の行為を目的とするものとして無効であると解するほかはない。」
これは、NHKの受信料強制徴収を否定する法理として、次のとおり応用可能である。
「NHK受信契約が、すべてのテレビ設置者に強制されており、テレビ設置者には実質的に契約からの脱退の自由が保障されていないことからすると、受信契約における受信料支払い強制の可否を判断するに当たっては、視聴者である国民の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である。
視聴者は、NHKとの間に、放送法と所定の約款にしたがった受信契約の締結を強制される結果、受信料支払いの義務を負う。しかし、法がすべての視聴者を契約強制の対象としている以上、視聴者には様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、NHKが契約と約款に基づいてする活動の在り方にも、そのために視聴者に要請される支払い義務にも、おのずから限界がある。
特に、NHKが、双務契約の履行として歴史観や政治観に関わるテーマに関して番組を作成する基本姿勢において公平・中立、不偏不党であること、並びに会長や経営委員等の人的構成において政権への独立性に疑問を抱かしめるようなことがあってはならない。NHKが放送法の精神を十分に体現しているものとして、その信頼の下に受信料を支払えるに足りるものと判断するか否かは、政治参加の自由と表裏を成すものとして、視聴者各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、NHKの在り方は、戦前の大本営発表に象徴される戦争協力の苦い歴史に対する痛苦の反省から、放送法が規定したもので、法からの逸脱は厳に戒められなければならない。
したがって、NHKが厳格に放送法に準拠した放送業務を実行することこそ、法の予定するところであって、内閣総理大臣の私的な友人や、歴史観を同じくする者を充てる偏頗な人事や、政権与党の選挙に有利になるような番組の編成によって、その権力からの独立性に世人からの疑義を生ぜしめることなどは、法の全く予定していないところである。NHKが、そのような法に背馳する現状を放置しながら、視聴者に対して受信料の請求をすることは、たとい外形的に契約が成立しているとしても、憲法19条の理念に鑑み信義則に反する行為といわざるを得ない。
以上の判断に照らして本件をみると、NHKから各視聴者に対する請求は棄却すべきものと解するほかはない。」
現実に訴訟になった場合に、司法の現状に鑑みて政権寄りの判決になる可能性の高いことは否定し得ないにせよ、上記の法理は基本的に成立しうる。
なお、土屋英雄筑波大学大学院教授に「NHK受信料は拒否できるのかー受信料制度の憲法問題」(2008年明石書店)の著作がある。是非参照されたい。
(2014年1月30日)