澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

明日「DHCスラップ訴訟」第1号判決の言い渡し ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第33弾

明日(1月15日)午後1時10分、東京地裁611号法廷で、民事第30部(合議係)が「DHCスラップ訴訟」での第1号判決を言い渡す。

DHCはサプリメントや化粧品の製造販売を主たる業とする非上場株式会社。吉田嘉明はそのオーナー会長である。昨年の3月末、自ら週刊誌(「週刊新潮」4月3日号)に手記を発表して、みんなの党・渡辺喜美への政治資金8億円拠出の事実とその経過を曝露した。多くのメディアが、渡辺喜美バッシングに走ったが、吉田自身の責任を追及する声もあがった。吉田はそのうちの少なくとも10件の記事を名誉毀損として、東京地裁に謝罪要求や損害賠償請求の訴訟を提起した。それだけでなく、件数はよくわからないが、民事訴訟提起をちらつかせて少なからぬ数のネット記事の抹消請求をして回ってもいる。

東京地裁への10件の提訴は、明らかに自己の行為への批判の言論を嫌忌してこれを封殺しようとするものである。この種の訴訟を「スラップ訴訟」という。民事訴訟の提起は国民としての権利の行使だという反論はあろう。しかし、経済的強者が、訴訟にかかる経費などは度外視して、自分を批判する記事の執筆者に巨額の金銭請求をするのだ。賠償請求額は最も低額なもので2000万円、最高額は2億円である。パリでは言論の自由が銃弾で攻撃された。ここ日本では、スラップ訴訟が銃弾に代わる役割を果たそうとしている。私は2000万円で提訴され、ブログで提訴自体の批判を続けたために、今では6000万円の請求を受けるに至っている。このような面倒な事態を避けるために、批判の筆を抑えようと考えてはならない。多くの人々が、「DHCや吉田に対する批判は避けた方が賢明だ」と考えるようになったら、それこそ彼らの思う壺なのだから。

この10件のスラップのうち、1件は取り下げで終了している。残る9件のうちの第1号判決が明日言い渡しとなる。被告は横浜弁護士会所属の弁護士である。私同様、ブログで「DHC8億円事件」について、吉田の責任に関わる意見を表明して、これを名誉毀損とされたものである。

名誉毀損とされたのは、同弁護士の2014年3月29日付のブログ。「渡辺喜美が受け取った8億円の意味」と標題がつけられているもの。かなり長文だが、要点を抜粋してみる。これで全体を判断することに危険は残るが、十分に大意を掴めるとは思う。

「みんなの党の渡辺喜美が、DHCの会長から、総額8億円を受け取っていたというニュースが流れた。このお金は、3億円と5億円に分かれていて、両方とも選挙の前に渡辺喜美の側の要請に基づいて渡されたという。しかし、渡辺喜美の収支報告書には、このDHCの会長からのお金は載っていないのだ。

徳洲会にしろ、DHCの会長にしろ、そんな多額のお金を政治家に渡すのは、何のためなのか?…ただ単に政治家個人を応援する目的で多額の金を渡すということは考えにくい…。

(渡辺)本人は、あくまで、個人的な貸し借りだとするが、これは、そういうことでないと政治資金規正法や公職選挙法との関係でアウトになってしまうわけで、金額からしても、嘘臭いというほかないだろう。だが、DHCの会長側は「選挙のための資金」との認識を示しており、金が渡されたタイミングからしても、「個人的な」「貸し借り」という説明は筋が通らないように見える。

DHCの会長が渡したとする5億円については、借用証はないという。…収支報告書にも載らない、借用証もない、そんなお金が、本当に「貸し借り」なのだろうか?この点、渡した方、受け取った方の両者が口を揃えて、「貸し借り」だと言っているのだが、安易に鵜呑みにしてはいけないところだ。なぜならば、仮に、政治活動のための寄付ということであれば、資金管理団体を通していないから、渡した側にも微妙な問題が生じることになるからだ。

うがった見方をすれば、当時党勢が上げ潮だったみんなの党が選挙で躍進してキャスティングボードを握れば、政権与党と連立し、厚生労働省関係のポストを射止めて、薬事法関係の規制緩和をしてもらう、とまあ、その辺りを期待しての献金だった可能性だってないとはいえないだろう。

断定的なことはいえないが、実際、大企業の企業献金も含めて、かなりのものが、何らかの見返りを求めてのものであり、そういった見返りを求めての献金は、実質的には「賄賂」だと思うのだ。しかし、これが、刑法上の贈収賄にならないどころか、おおっぴらに横行してしまっているのが、今の日本の実情だ。」

以上のブログの指摘は極めて常識的で真っ当なものではないか。これをしも違法ということになれば、ものが言えない社会の到来といわざるを得ない。

この弁護士ブロガーは、吉田の行為は実質的に違法との認識を示しながらも、現状では法的責任の追求がなかなかに困難な実情を語っている。

実は、ある雑誌の編集部から吉田に対して昨年4月21日付けの文書による問合せがなされている。そのなかに「吉田会長は政治資金に使われると分かりながら資金提供をされましたが、その資金提供が原因で渡辺氏は本人の意思で党代表を辞任しました。資金提供をされた側として道義的責任をどうお考えでしょうか」という質問事項がある。

問われているのは、巨額のカネで政治がうごかされることを防止しようとする政治資金規正法の趣旨僣脱に関する道義的責任である。当然のことながら、一握りの金持ちの資金によっ政治が左右されてはならない。だから政治献金額には明確な上限規制があり歯止めがかけられている。それが、いかに巨額でも貸金なら問題はないと思うのか、道義的責任を感じないのか、という問合せである。渡辺だけに責任をとらせて、自分の道義的責任についてはどう考えるのか、と問われてもいる。

これに対する吉田の回答が次のとおりである。
「政治資金に使われるとわかりながら資金提供したから道義的責任は感じないのかと、あなたはおっしゃっています。献金なら限度額が法で定められておりますが、貸金に関してはそういう類の法規制はまったくありません。」
彼のアタマには、法的責任だけがあって、道義的責任の言葉はなきがごとくである。法をかいくぐりさえすれば、道義などには関心がない、と言っているのだ。

その彼が回答書の最後を、次のように締めくくっている。
「返済されないかも知れない浄財を、ただ国家のためだけを思い、8億円も投げ出す勇気と大義をあなたはお持ちでしょうか」
おや、貸し借りのはずではなかったの? 私の論評はこれ以上は敢えて差し控えよう。諸賢はこの吉田の言をどう読むだろうか。

以上のやり取りは、10件の訴訟のうち取り下げとなった1件の訴訟で、被告側が提出した書証の一部である。

さて、私が把握している限りだが、「DHCスラップ訴訟」10件は以下のとおりである。すべて、原告は吉田嘉明とDHC。そして、代理人弁護士は、今村憲、山田昭、木村祐太の3名である。

(1)提訴日 2014年4月14日 被告 ジャーナリスト
  請求金額 6000万円
  訴えられた記事の媒体はウェブサイト
(2)提訴日 2014年4月16日 被告 経済評論家
  請求金額 2000万円
  訴えられた記事の媒体はインターネット上のツィッター
(3)提訴日 2014年4月16日 被告 弁護士(澤藤)
  請求金額 当初2000万円 後に6000万円に増額
  訴えられた記事の媒体はブログ。
(4)提訴日 2014年4月16日 被告 業界新聞社
  請求金額 当初2000万円 後に1億円に増額
  訴えられた記事の媒体はウェブサイトと業界紙
(5)提訴日 2014年4月16日 被告 弁護士
 (2015年1月15日一審判決予定)
  請求金額 2000万円 
  訴えられた記事の媒体はブログ
(6) 提訴日 2014年4月25日  被告 出版社
  請求金額 2億円
  訴えられた記事の媒体は雑誌
(7) 提訴日 2014年5月8日  被告 出版社
  (2014年8月18日 訴の取下げ)
  請求金額 6000万円
  訴えられた記事の媒体は雑誌
(8) 提訴日 2014年6月16日  被告 出版社
  請求金額 2億円
  訴えられた記事の媒体は雑誌
(9) 提訴日 2014年6月16日  被告 ジャーナリスト
  請求金額 2000万円
  訴えられた記事の媒体は雑誌(寄稿記事)
(10) 提訴日 2014年6月16日  被告 ジャーナリスト
  請求金額 4000万円
  訴えられた記事の媒体は雑誌(寄稿記事)

常軌を逸した、恐るべき濫訴と評せざるを得ない。
名誉毀損とされている各記事の内容は大同小異。「見返りへの期待なしに大金を出すことは常識では考えられない」「8億円の政治資金拠出ないし貸付は、厚生労働行政の規制緩和を期待してのことであろう」「政治資金規正法を僣脱するかたちでの金銭授受には問題がある」としたうえ、「DHC・吉田の行為は、金の力で民主主義的政治過程を歪めるもの」との批判を中心としたもの。典型的な政治的言論なのである。

しかも、いずれも原告が自ら公開した週刊誌の手記の記載に基づいて、誰もが考える常識的な推論を述べているに過ぎない。一部に政治的な言論の範疇にない吉田やDHCの素行についての論及も散見されるが、目くじら立てるほどのものではない。

さて、明日の判決。訴訟進行の経過から見て、請求棄却の判決となることは間違いがない。そして、こんな訴訟を提起したDHCと吉田嘉明やこれを補佐した者たちの責任も追及されなければならない。
判決の内容は明日のブログでご報告したい。
(2015年1月14日)

Comments are closed.

澤藤統一郎の憲法日記 © 2015. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.