岩手三陸「浜の一揆」第3次申請報告
昔、一揆に起ち上がった農民を「立百姓」と呼んだ。起てない者が「寝百姓」だ。前者には畏敬の念が込められており、後者にはやや軽侮のニュアンスがある。しかし、現実に自分の問題となったときに、起つことの決意はなまなかなものではない。
だからこそ、理不尽を見て見ぬふりをすることなく、すっくと起つ百姓が尊敬された。理不尽をなす者は、領主だったり、代官だったり、その手下の者であった。また、権力と結託する豪商でもあった。今も昔も、権力と経済力が理不尽権化であり、闘わざるを得ない敵対者なのだ。
岩手沿岸の浜の一揆は本日第3次申請となり、参加者数は113名となった。100人を超える漁民が、困難な中で「起ち上がった」ことに敬意を表したい。
第3次の申請に至って、私自身にようやく問題が見えてきた。その申請書の冒頭部分「申請の趣旨」と「申請の概要と理念」を掲載するのでお読み願いたい。そして、地方行政が、一般住民のためではなく、実は地元のボス支配と癒着し、地元のボスの利益を擁護するためのものになっていること、その変革の闘いが必要であることをご理解いただきたい。
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漁業許可申請書
2015年1月30日
岩手県知事 達増拓也殿
別紙申請人目録記載12名代理人
弁 護 士 澤 藤 統 一 郎
第1 申請の趣旨
1 各申請人について、別紙申請人目録に記載の各「申請する漁業許可の内容」のとおりの許可を求める。
2 なお、本件各申請はいずれも「さけ漁」の許可を求めるものであるが、求める許可の内容について、自主的に漁獲量の制限を設け、年間漁獲量の上限を10トンとする許可を求めるものである。
3 また、本許可申請は、2014年9月30日付でなされた38名の同内容の申請を第1次申請とし、同年11月4日付でなされた63名による第2次申請に続く第3次申請にあたるものである。
累計113名が、求める許可の内容(固定式刺し網によるさけ漁の許可)とその理由を同じくするもので、行政においてもこれを一体のものとして取り扱われたい。
第2 本件申請の概要と理念
1 岩手県三陸沿岸の漁業においては、秋から冬を盛漁期とする「さけ」を基幹魚種とする。ところが、一般漁民には基幹魚種であるさけを採捕することが禁じられている。信じがたいことだが、一般漁民の不満を押さえつけての非民主的で不合理極まる水産行政が行われてきた。
岩手県沿岸のさけ漁は、もっぱら大規模な定置網漁の事業者に独占されており、零細な一般漁民は刑罰をもってさけ漁を禁止されている。事実上、大規模定置網事業者保護のための水産行政であり、浜の有力者の利益を確保するために刑罰による威嚇が用意されているのである。一方に大規模なさけの定置網漁で巨額の利益を得る者がある反面、零細漁民は漁業での生計を維持しがたく、後継者も確保しがたい深刻な現実がある。
宮城県においても青森県においても、当然のこととして一般漁民が小規模な固定式刺し網によるさけ漁の許可を得て漁業を営んでいる。県境を越えて岩手県に入った途端、突然に「さけ漁禁止」「違反は処罰」となるのである。
本件申請は、このような不合理な水産行政に反旗を翻す「浜の一揆」の心意気をもっての権利主張である。
2 定置網漁業を営む大規模事業者は2種類ある。そのひとつは漁業協同組合であり、他のひとつは漁業界の有力者の単独経営体である。
漁業協同組合における民主的運営は必ずしも徹底されておらず、漁協の利益が組合員の利益に還元されない憾みを遺す現実がある。こと、「さけ漁」に関しては、一部の漁協と漁民の利益は鋭く相反している。
また、漁協以外の定置網事業者は例外なく業界の有力者であって、その不当な利益をむさぼる制度として定着し、行政がこの不合理を是正することなく、むしろ業界の有力者と癒着し庇護する体制を確立して今日に至っている。
申請人らは、いずれも岩手県三陸沿岸において小型漁船を使用して小規模漁業に従事する者であって、予てから岩手県三陸沿岸海域においては一般漁民に「さけ」の採捕が禁止されていることを不合理とし、岩手県の水産行政に不信と不満の念を募らせてきたが、「さけ漁禁止」の不合理は、3・11震災・津波の被害からの復興が遅々として進まない現在、いよいよ耐えがたいものとなって、本件申請に至った。
本来は、岩手県の水産行政や、県政が、漁業の振興と漁村集落の維持を図るため大規模定置網事業者のさけ採捕独占を問題としなければならない。具体的には大規模事業者によるさけ漁の上限を画して、小型漁船漁業を営む一般漁民の生計がなり立つようにな水産行政を積極的に展開しなければならない。県にその姿勢がないばかりに、申請人らは、県行政や県政と闘って、自らの権利を実現することを余儀なくされているのである。
岩手県の水産行政は三陸沿岸漁民全体の利益のためにこそある。大規模定置網漁事業者にさけ漁の利益独占を保障するための行政であってはならない。
3 本来、海域の水産資源は誰にも独占の権利はない。わけても沿岸海域における漁場の水産資源は沿岸漁民全ての共有財産である。
漁業法の理念からも、漁は合理的な制約には服するものの原則は自由である。制約の合理性の内容は「民主化」「実質的な公平」でなくてはならない。しかし、三陸沿岸の漁民は生活に困窮しながら、目の前の漁場において一尾のさけも獲ってはならないとされているのである。しかも、他方では巻き網漁船や底引き網漁で混穫されたさけは、雑魚扱いされて事実上黙認されているなど、強者に甘く弱者にはこの上なく厳しい事態の不合理は、誰の目にも明らかというべきである。
都道府県の水産行政には、漁業法にもとづいて負託された漁業許可の権限があるものとされている。しかし、漁民の許可申請に対しては、飽くまで許可をなすべきことが原則であって、不許可は格別の事情ある場合の例外に限られる。
申請人らは、3・11震災・津波被災後の生活苦の中で、さけ漁禁止行政の継続は、生業の維持と生活再建を破壊するものとの認識のもと、小規模漁民において可能な固定式刺し網による「さけ」漁の許可を求めるものである。
4 申請人らの本件許可申請を拒否する合理的理由はおよそ考えがたい。
(1) 仮に不許可処分がありうるとすれば、岩手県漁業調整規則23条1項3号に該当して、本件申請の許可が「漁業調整」あるいは「水産資源の保護培養」に抵触して、不許可がやむを得ないというものとなろうが、いずれもその失当が明らかである。
(2) 「漁業調整」とは、必ずしも明確な概念ではないが、「広義には、漁場を総合的に利用し、漁業生産力の民主的発展を図るとの漁業法の目的を表す。狭義には、漁場の使用に関する紛争の防止又は解決を図ること」と説かれる。いずれにせよ、「漁業調整」それ自身は無内容であって、行政がその無内容を恣意的に不許可理由として援用することは許されない。
もっとも、有限な水産資源利用における漁業者間の利益配分の合理的な調整が必要であることは当然である。本件申請に許可を与えることが、漁業者間の利益配分の合理的な調整に著しく反するとなれば「漁業調整の必要からの不許可」はあり得るであろう。
しかし、本件においてかような事情はあり得ない。漁業者間の利益配分の合理的な調整とは、「漁業の民主化を図ることを目的とする」という漁業法1条の目的規定に則って考察しなければならない。「公平」が一般的な行政の理念であるが、「漁業の民主化を図る」ことを目的として掲げる漁業行政の理念は「実質的公平」でなくてはならない。強者と弱者との形式的平等が実質的な公平に反することが往々にして問題となる。実質的な公平とは、強者の利益を抑えても弱者の生存を確保するということにほかならない。ところが、岩手県のさけ漁に関しては現状はまったく逆である。経済的強者の利益を確保するために、弱者を切り捨てているのだ。大規模定置網事業者の利益を擁護するために零細な一般漁民のさけ漁を禁止するごときが「漁業調整」の名において許されてはならない。
今申請人らが求めているものは、経済的弱者の側からの、形式的平等にもおよばないささやかな要求なのである。
(3) 「水産資源の保護培養」の必要性は、概念としては分かり易い。乱獲によって水産資源が枯渇するような事態は避けなければならない。漁業者だけでなく広く消費者の不利益ともなるからである。仮に本件許可申請が三陸沿岸におけるさけという魚種の乱獲を招き、資源の枯渇に至る恐れがあるとすれば、不許可も考えられないではない。
しかし、本件申請への許可がそのような資源の枯渇をもたらす恐れはなく、漁業の持続性確保への不安を考える余地はない。本件は零細漁民の固定式刺し網漁の許可を求めるもので、その漁業規模が極めて小さいことと、網を設置している時間が短いことから、回遊魚であるさけの回帰への影響が極めて小さい。大規模にさけの回遊路を遮断し、常時網を設置したままにしておく定置網漁とは到底比較にならない。
しかも、本件各申請は漁獲高の上限を自主的に設定して許可を求めるものである。各漁業者に漁獲量を割当て、各人の漁獲量の上限を設けるべき(IQ制)ことについては、これまで申請人らが組織的に県に提言してきたところである。
申請人らは、自らに漁獲量の制限を設けることによって、本申請をIQ制導入の契機としたいと願うものである。いずれは定置網漁における漁獲量制限が実現して、真正な意味での「行政主導による漁業調整」が実現することを期待し、まず自らからに漁獲量の制限を課すものである。
県の水産行政が一般漁民の言に耳を傾け、真に持続的で公平な、漁民のための水産行政に転じるよう願ってやまない。…以下略
(2015年1月30日)