澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

甘利不起訴?そりゃアマリにひどい。法はザルか、底の抜けたバケツか。

天網恢々疎にして漏らさず(『老子』では「失わず」)、とは情けない諺。普通の理解は、「悪を捕らえる天の法網は、一見網の目が粗くて諸悪がすり抜けられそうなのだが、実は逃しはしないのだ。国法が目こぼししても、やがては天の網に捕らえられる」というくらいの含意。しかし、天の網の目を密と言わずに、疎といっている。なんとも微妙な言い回しではないか。

庶民はみんな知っている。政治家を縛る諸法はすべてザルであることを。権力には、巨悪を眠らせずにおくものか、という気迫のないことも。昔から、庶民は、「国法が見逃しても、きっと天の網が、奴らを捕らえてくれるはずさ」と、自らを慰めてきた。学のある者が、そのような民衆の気分を上手に文章にまとめたのが、「天網恢々」だ。いつかはきっと、あいつに天罰が下る。だから、怪しからんと憤ったり、ワーワー騒がなくてもよいのだ、と。

この法諺は、「天皇に道義的政治的責任はあっても、法的責任はない」「だから、東京裁判の起訴は免れた」「しかし、天網恢々…、その戦争責任をいつかは必ず天の網が裁くはず」と使われた。でもまた、誰もが知っている。結局のところはこれも願望に過ぎないことを。実際に、天皇はその後40年余も永らえて、天の網に捕らえられて裁かれたか…、誰も知らない。

「法は蜘蛛の巣だ。チョウはつかまり、カブトムシは破る」このリアリティを糊塗するための、天網恢々のたわごと。そんなことを考えざるをえないのは、今朝の朝刊に「甘利不起訴の方向」の記事を見てのこと。検察からのメディアのリークとして、根拠のない記事ではないと思っていたら、午後には「東京地検 甘利を不起訴に」の報道。

今朝の毎日の記事は、こうだ。
<甘利氏>不起訴へ 東京地検、任意で聴取 現金授受問題
「甘利明前経済再生担当相(66)=1月辞任=を巡る現金授受問題で、東京地検特捜部が甘利氏本人から任意で事情を聴いたことが分かった。甘利氏は都市再生機構(UR)が建設会社「薩摩興業」(千葉県白井市)に約2億2000万円を支払った交渉への関与などを否定したとみられる。甘利氏と元秘書2人については、あっせん利得処罰法違反などの疑いで告発状が出されているが、刑事責任を問うことは難しいとの見方が強く、特捜部は近く3人を不起訴処分とする方向で調整している。…UR関係者は『13年度中に契約を結ぶために交渉を急いでいた』と話し、甘利氏や元秘書が交渉に与えた影響を否定した。」
「同法違反での立件には、国会議員としての『権限に基づく影響力の行使』があったことを立証する必要があるが、捜査ではそうした証拠は得られなかったとみられる。」

この事件は、あっせんを請託した者が、自らの刑事訴追を覚悟して、甘利のあっせん利得処罰法違反を世間に暴露したものだ。稀有の事例と言ってよい。これで、立件できないとすれば、法はザルだ。密なる網でもなければ、疎なるザルですらない。底の抜けたバケツというべきではないか。必要性あって、せっかく作った「あっせん利得処罰法」が発動されることは今後一切あるまい。この運用で、「あっせん利得処罰法」は名前を変えざるを得ないだろう。「あっせん利得容認法」、あるいは「あっせん利得奨励法」だ。だから、政治家稼業は辞められない。

もう一度、あっせん利得処罰法の条文をよく見よう。
同法第1条(公職者あっせん利得)の構成要件は以下のとおりである。
(犯罪主体) 衆議院議員、参議院議員又は地方公共団体の議会の議員若しくは長(以下「公職にある者」という。)が、
(犯罪行為) 国若しくは地方公共団体(URを含む)が締結する売買、貸借、請負その他の契約又は特定の者に対する行政庁の処分に関し、
請託を受けて、
その権限に基づく影響力を行使して公務員(UR職員を含む)にその職務上の行為をさせるように、又はさせないようにあっせんをすること又はしたことにつき、
その報酬として財産上の利益を収受したときは、
(刑罰)三年以下の懲役に処する。

問題は、「その権限に基づく影響力を行使して」の立証の困難ということのようだ。「その権限に基づく影響力」とは、「甘利が国会議員として有している広範な権限の影響力」である。UR側が甘利事務所の口利きを無視し得ず、交渉を重ねざるを得なかったこと、甘利事務所が口利きをした保証金交渉で譲歩したのは、「その権限に基づく影響力の行使」ゆえではないか。立件し、裁判所の判断を仰ぐべきが筋であろう。

到底、天網に委ねて済む問題ではない。告発事件が不起訴の通知があれば、検察審査会への審査申し出とならざるを得ない。
(2016年5月31日)

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