(2023年3月17日)
昨日の東京新聞朝刊トップに、「日本はLGBTQ法整備を」「2月に首相宛促す書簡 差別禁止訴え」「先進6カ国+EU駐日大使」という大見出し。
東京新聞のネット版では、「日本除いた『G6』からLGBTQの人権守る法整備を促す書簡」「首相宛てに駐日大使連名 サミット議長国へ厳しい目」という見出しになっている。いずれにしても、日本は「G7」の中で、たった一国の人権後進国扱いなのだ。G6とEUからの「議長国なんだろう。恥ずかしくないのか。この際何とかしろよ」という苛立ちが伝わってくる。
日本の政府は、この申入に「内政干渉だ」と条件反射してはならない。それでは中国政府並みの政権の実態が見透かされてしまうのだから。「我が国の醇風美俗を害する申入れ」と無視してはならない。それでは、文明国の仲間に入れてもらえないのだから。「うつくしい日本を壊そうとする陰謀だ」などと反発して見せる必要はない。「うつくしい日本を取り戻そう」と目を光らせている人は既に世にないののだから。そして、「同性婚を認めても、LGBTQ差別禁止法を認めても、けっして社会が変わることはない」のだから。
記事の概要は、以下のとおりである。
「先進7カ国(G7)のうち日本を除く6カ国と欧州連合(EU)の駐日大使が連名で、性的少数者(LGBTQ)の人権を守る法整備を促す岸田文雄首相宛ての書簡を取りまとめていたことが、分かった。元首相秘書官の荒井勝喜氏の差別発言をきっかけに、エマニュエル米大使が主導した。G7で唯一、差別禁止を定めた法律がなく、同性婚も認めていない日本政府に対し、今年5月の首脳会議(広島サミット)で首相が議長を務めることも踏まえ、対応を迫る内容だ。」
「日本でLGBTQの権利を守る法整備が遅れていることを念頭に『議長国の日本は全ての人に平等な権利をもたらすまたとない機会に恵まれている』と指摘し、国際社会の動きに足並みをそろえることができると求めた。」
「『差別から当事者を守ることは経済成長や安全保障、家族の結束にも寄与する』と強調。ジェンダー平等を巡り『全ての人が差別や暴力から守られるべきだ』と明記した昨年のG7サミットの最終成果文書に日本が署名したことにも触れ、『日本とともに人々が性的指向や性自認にかかわらず差別から解放されることを確かなものにしたい』と訴えた。」
「大使らは当初、公式な声明を出すことを検討したが、内政干渉と受け取られることを懸念し、非公式に各国の意向を示すことにした。書簡のとりまとめに先立ち、エマニュエル氏は2月15日に日本記者クラブで会見し『(LGBTQの)理解増進だけでなく、差別に対して明確に、必要な措置を講じる』ことを首相や国会に注文した。」
さて、「日本はG7で唯一、婚姻の平等を認めていない。LGBTQの差別禁止法も持たない」ことが、あらためて浮かび上がっている。これまで、「人権や民主主義という共通の価値観」を基盤に、自由主義陣営や民主主義同盟が形作られてきた。いま日本は、その一員であるという資格が問われている。
同日の東京新聞2面の「核心」欄に、「同性愛者を公表している日系のマーク・タカノ米下院議員は首相秘書官(荒井勝喜)の発言に反応し『日米は同盟を動機づける共通の価値観を忘れてはならない。LGBTQの権利に敵対的なのは専制主義者だ』とツイッターに書き込んだ」とある。
選択性夫婦別姓さえ認めないのが自民党の保守派である。さあ、岸田文雄よ。ここがロードスだ、跳べ。ここがルビコンだ、渡れ。自民党保守派総帥の亡霊と決別して、独自の路線に踏み切らねば、政権に明日はない。いや、日本に明日はないのだから。
(2023年3月16日)
三好達が亡くなった。3月6日のことという。95歳だった。元最高裁長官であり、元日本会議会長であった人。最高裁と日本会議、両組織の相性の良さを身をもって証明した人物である。
最高裁とは、本来は政治勢力から独立した憲法の砦であり人権の番人なのだが、その現実は長期保守政権の番犬と言われる存在。日本会議とは、日本の右翼勢力の総元締め。保守政権を支える岩盤支持層の実働部隊である。この両者、それぞれが保守政権を支えることに、協力し合っている。だから、元最高裁長官が日本会議会長とは、少しも意外なことではない。日本会議と最高裁との関係の緊密さを物語っているだけのこと。
三好は、東京都出身、東京高裁長官などを経て1992年3月から最高裁判事。95年11月に第13代長官となって、97年10月に定年退官した。その後、2001年から15年までの長きにわたって、日本会議の会長を務めた。さらに、退任後は亡くなるまで名誉会長に就いていた。
三好の会長時代に、日本会議は活発に動いた。その「成果」の筆頭は、教育基本法改悪(2006年)と言われる。安倍第一次内閣の時代。三好は、安倍晋三ともすこぶる相性が良かったわけだ。
そのほかにも、改憲推進運動、夫婦別姓反対運動、靖国に代わる国立追悼施設反対運動、自衛隊イラク派遣激励活動、人権擁護法案反対運動、靖国神社20万参拝運動、女系天皇・女性宮家創設反対運動、天皇即位20年奉祝行事、外国人参政権反対運動などを行ってきた。
彼はその著書『国民の覚醒を希う』(明成社、2017年)でこう言っているという。「私が日本会議会長となってまず直面したのが「夫婦別姓」問題でした」(初出:『正論』2007年11月号)。「この法律が成立し、施行された場合、夫婦の一体感が喪失され、ひいては家庭の破壊を招き、家庭の最も大切な役目であります子女の育成機能まで低下させる」「多くの国民は、『私は別姓にしたいとは思わない、しかし、この法律が出来て、別姓にしたい人がそうするというのなら、その人の自由にさせたら、いいのじゃないの』というような考え、つまり「私には関わりのないことだけど」といった気持ちの方が多いように見受けられるのです」(以上、塚田穂高・上越教育大学大学院准教授による)
こういう人物が、最高裁長官だった。最高裁やその判例を盲信してはならない。こういう人物が司法のトップにいることを許すこの社会の力関係を見抜かなければならない。
なお、よく似た先輩がいる。5代目の最高裁長官、それも「ミスター最高裁長官」と言われた石田和外である。戦前は思想判事、生涯を通じての天皇主義者だったから知性には欠ける人物だった。長官時代に裁判所の中の青年法律家協会への弾圧で名を上げた。その際には「裁判官には現実に中立・公正であるだけでなく、公正らしさが必要だ」と言いながら、退職後には「英霊にこたえる会」の初代会長となって、世人に最高裁の体質をアピールした。「最高裁というのは、そんなものであり、その程度のもの」なのだ。三好達や石田和外がそう教えている。
(2023年3月15日)
対象弁護士(被懲戒請求人)代理人の東京弁護士会の澤藤と申します。23期です。1971年4月に弁護士となって以来、司法はどうあるべきか、司法の一翼を担う弁護士は、あるいは弁護士会は如何にあるべきかを考え続けてきました。その立場から本件綱紀委員会の議決を拝読して、どうしても一言したいと思い立ち、その機会を得ましたので、意見を陳述いたします。
まず申しあげたいことは、弁護士の社会的発言に対して、とるべき弁護士会の基本姿勢についてです。弁護士会が、弁護士の品位保持の名のもとに、軽々に弁護士の表現の自由を規制してはならないということです。
弁護士の言論に対して、権力的な、あるいは社会的な圧力があった場合に、断固として当該弁護士を擁護すべきが弁護士会本来の責務です。綱紀委員会の議決には、その基本姿勢が欠落していると指摘せざるを得ません。
今の状況を大局的に見れば、対象弁護士がツィッターで少数者の人権を擁護する立場からの社会的発言をし、これを快しとしない社会の多数派を代表する形で、懲戒請求人がその表現の規制を求めて弁護士会に懲戒請求をしている、という構図です。
本件綱紀委員会議決の理由にも意識されていますが、一般の「表現の自由保障範囲」と、弁護士がその使命である基本的人権擁護のためにする「表現の自由の保障範囲」とは自ずから異ならざるを得ません。弁護士が弁護士であることを前提に社会的な発言を行うに際しては、それに対する異論があることは当然として、その表現の自由はより広く保障されなければなりません。「弁護士の表現の自由は制約されてしかるべき」などと、弁護士会が言ってはなりません。
いま本件において貴弁護士会がなすべきことは、少数者の人権擁護を趣旨とする対象弁護士の当該発言の自由を保障する立場を貫くとともに、懲戒請求者と社会に対して、その理由の説明を尽くすべきことと考えます。
弁護士法1条1項に定める弁護士の使命としての「基本的人権の擁護」は、けっして法廷活動のみにおいてなされるものではありません。弁護士は、多面的な社会的活動に携わります。その中で最も貴重なものは、埋もれている新たな人権を見つけ、育て、確立して行く活動です。対象弁護士がいま携わっているのは、まさしくそのような活動です。
少数者の人権は、権力や社会的な多数者の圧力と抗う中で、育まれて確立に至ります。今、生成中の新たな人権の芽を、弁護士会が摘むことに加担してはなりません。
弁護士法1条1項は、『弁護士の使命』として「人権の擁護」を掲げています。56条によって弁護士に求められる「品位」という要請は、人権の擁護という大原則の遂行に附随して求められるものです。本来、弁護士の使命である人権擁護の姿勢に徹することを以て、弁護士の品位評価の基準となると考えるベではありませんか。
「人権の擁護」と「品位の保持」。この両者を統一的に理解すべきではありますが、しからざるものとしても、両者の重みの違いを十分に認識しなければならないところです。弁護士の活動の根幹と枝葉とを混同することのないよう、お願いする次第です。
人権擁護活動の一端である対象弁護士の行為を、極めて曖昧で分かりにくい「品位に欠ける」との評価で、懲戒処分を科するようなことをしてはなりません。
(2023年3月14日)
本日の朝刊各紙に、大江健三郎さんの死去が報じられています。亡くなられたのは3月3日のこと、享年88でした。「戦後文学の旗手」「反戦平和を訴え続けた生涯」などと紹介されています。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。
彼は、2004年6月、日本国憲法を守る「九条の会」の結成に参画しています。加藤周一や井上ひさし、奥平康弘、鶴見俊輔らとともに、その活動の中心メンバーとして活動しました。東日本大震災以後は反原発の運動にも参加しています。
九条の会は、上命下服とは無縁の市民運動です。行動の統一方針などはありません。まったくの自発性に支えられて、平和・日本国憲法・第九条を大切に思う人々が寄り合って名乗りさえすればよいのです。全国の地域に、職場に、業界に、学園に、学界に、7500もの「九条の会」が、それぞれのスタイルで結成され、活動を続けています。
私たち「本郷・湯島9条の会」も10年前の春に、そのようにして結成され、細々ながらも、途切れなく活動してまいりました。
2004年に9人の呼びかけで始まった「九条の会」運動。呼びかけ人9人の内、存命なのは澤地久枝さん、お一人となりました。淋しいことではあります。しかし、各地の「九条の会」は、呼びかけ人9人から「指令」も「指導」も受けていたわけではありません。呼びかけの理念に共鳴して、平和・憲法・九条を擁護する自発的な運動を続けていたのですから、大江さんが亡くなっても、九条の会運動がなくなることも、衰退することもありません。
「本郷・湯島9条の会」も、今後とも、自発的な運動を継続してまいります。ご支援をよろしくお願いいたします。
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なお、「九条の会」呼びかけ人・9人のプロフィールは下記のとおり。
井上ひさし 1934?2010年
劇作、小説の両方で大活躍。日本ペンクラブ第14代会長。
梅原猛 1925?2019年
古代史や万葉集の研究から築いた「梅原日本学」で著名。
大江健三郎 1935?2023年
核時代や民衆の歴史を想像力を駆使して小説で描いてきた。ノーベル文学賞受賞。
奥平康弘 1929?2015年。
「表現の自由」研究の第一人者。東京大学名誉教授。
小田実 1932?2007年。
ベトナム反戦などで活躍。地元・兵庫で震災被災者の個人補償求め運動。
加藤周一 1919?2008年。
東西文化に通じた旺盛な評論活動を展開。医師でもあった。
澤地久枝 1930年生まれ。
戦争による女性の悲劇を次々発掘。エッセーも。
鶴見俊輔 1922?2015年
『思想の科学』を主導。日常性に依拠した柔軟な思想を展開。
三木睦子 1917?2012年。
故三木武夫元首相夫人。アジア婦人友好会会長を務めるなど国際交流活動で活躍。
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以下は、「九条の会」発足時に採択されたアピール。
「九条の会」アピール
日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。
ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、五千万を越える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。
侵略戦争をしつづけることで、この戦争に多大な責任を負った日本は、戦争放棄と戦力を持たないことを規定した九条を含む憲法を制定し、こうした世界の市民の意思を実現しようと決心しました。
しかるに憲法制定から半世紀以上を経たいま、九条を中心に日本国憲法を「改正」しようとする動きが、かつてない規模と強さで台頭しています。その意図は、日本を、アメリカに従って「戦争をする国」に変えるところにあります。そのために、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派兵と武力の行使など、憲法上の拘束を実際上破ってきています。また、非核三原則や武器輸出の禁止などの重要施策を無きものにしようとしています。そして、子どもたちを「戦争をする国」を担う者にするために、教育基本法をも変えようとしています。これは、日本国憲法が実現しようとしてきた、武力によらない紛争解決をめざす国の在り方を根本的に転換し、軍事優先の国家へ向かう道を歩むものです。私たちは、この転換を許すことはできません。
アメリカのイラク攻撃と占領の泥沼状態は、紛争の武力による解決が、いかに非現実的であるかを、日々明らかにしています。なにより武力の行使は、その国と地域の民衆の生活と幸福を奪うことでしかありません。1990年代以降の地域紛争への大国による軍事介入も、紛争の有効な解決にはつながりませんでした。だからこそ、東南アジアやヨーロッパ等では、紛争を、外交と話し合いによって解決するための、地域的枠組みを作る努力が強められています。
20世紀の教訓をふまえ、21世紀の進路が問われているいま、あらためて憲法九条を外交の基本にすえることの大切さがはっきりしてきています。相手国が歓迎しない自衛隊の派兵を「国際貢献」などと言うのは、思い上がりでしかありません。
憲法九条に基づき、アジアをはじめとする諸国民との友好と協力関係を発展させ、アメリカとの軍事同盟だけを優先する外交を転換し、世界の歴史の流れに、自主性を発揮して現実的にかかわっていくことが求められています。憲法九条をもつこの国だからこそ、相手国の立場を尊重した、平和的外交と、経済、文化、科学技術などの面からの協力ができるのです。
私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考えます。そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、九条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です。それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。
2004年6月10日
井上 ひさし(作家) 梅原 猛(哲学者) 大江 健三郎(作家)
奥平 康弘(憲法研究者) 小田 実(作家) 加藤 周一(評論家)
澤地 久枝(作家) 鶴見 俊輔(哲学者) 三木 睦子(国連婦人会)
(2023年3月13日)
人の世の悲劇の形はさまざまだが、冤罪ほどの悲惨は稀であろう。ましてや、冤罪による死刑宣告の確定は悲劇の極みである。その悲嘆、絶望、恐怖、神への呪い、社会への憎悪、近親への慮り…、いかばかりであろうか。
人権とは、権力との関係において語られるべきもの。人間としての尊厳を権力に蹂躙されてはならないのだ。死刑冤罪とは、権力が無辜の人の命を奪うことである。これに過ぎる人権侵害はない。
本日、東京高裁は「無実の死刑囚・袴田巌さん」の再審開始を決定した。検察は、これを受容して再審に応じ無罪の論告を行うべきである。それが、公益を代表する検察のあるべき姿といわねばならない。
本日の決定で注目すべきは、決定理由中に、「捜査機関が証拠を捏造した可能性が極めて高い」と踏み込んだことにある。
決定は、犯行時の犯人の着衣とされる5点の衣類について「事件から相当期間を経過した後に捜査機関がみそタンク内に隠した可能性が極めて高い」と指摘し、静岡地裁の再審開始決定に続いて捜査機関による証拠捏造の可能性を認めた。
この事件は、1966年6月に静岡県清水市(当時)で一家4人が殺害・放火され、現金20万円などが奪われたもの。県警は、同年8月、元プロボクサーでこの会社の従業員だった袴田さんを逮捕した。袴田さんは捜査段階で自白したとされたが、静岡地裁で裁判が始まると否認に転じた。
否認事件として審理進行中の67年8月、別の従業員が会社のみそタンクの底から、血痕のついたTシャツやズボンなど5点の衣類を発見した。検察はこれが袴田さんの犯行時の着衣だったと主張。地裁は、衣類に袴田さんと同じ血液型の血がついていたことなどから「衣類は袴田さんのもので、犯行時の着衣」と認め、68年に死刑を言い渡した。死刑判決は80年に最高裁で確定した。
2008年に申し立てられた第2次再審請求審で、静岡地裁は14年に再審開始を決定した。「血痕は袴田さんとは別人のもの」としたDNA型鑑定結果の信用性を認めたほか、「衣類を約1年間みそに漬けると血痕は黒褐色になるのに、発見時の衣類に赤みが残っているのは不自然」という、再現実験に基づく弁護側の主張を認めた。
確定判決は5点の衣類の血痕の色は「赤みがある」ことを前提にしていたが、弁護側は独自にみそ漬け実験を行い「みそ漬けされた血痕は黒褐色に変わる」と矛盾する結果を得た。静岡地裁はみそ漬け実験の信用性を認めて再審開始決定の根拠の一つとした。また、衣類については「発見直前に捜査機関が投入した捏造証拠の疑いがある」とも述べ、袴田さんの死刑の執行停止と釈放も決めた。
しかし、地裁の再審決定を不服として、検察官が申し立てた抗告審での東京高裁決定は、弁護側「みそ漬け実験」の信用性を否定して地裁決定を取り消した。これに対して、特別抗告審における最高裁決定は血痕の色調の変化に関する審理が足りないとして、高裁に差し戻した。
こうして、差し戻し審の争点は「5点の衣類」に付着した血痕の色調の評価となった。弁護側、検察側の双方が新たに「みそ漬け実験」を実施。弁護側は「短期間で血痕は黒褐色に変わる」、検察側は「条件によっては血痕に赤みが残る」とそれぞれ主張していた。
本日の決定は、「みそ漬け」された「犯行時の着衣」の血痕の色調について、弁護側の実験の信用性を認めて「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」と判断した。
本日の決定は朗報である。多くの人の労苦の賜物である。だが、無辜の人物の逮捕からここまで57年の年月を要している。袴田さんと、その近親者の人生はこの間奪われたに等しい。失われたものはあまりに大きい。
のみならず、冤罪を晴らすことは難しい。再審は「開かずの扉」と言われ続けた。この扉をこじ開けて、ラクダが針の穴を通るほどに困難とされる死刑囚の再審無罪を勝ち取った先例は4件。袴田事件がようやく5件目となる。日弁連のホームページから、なにゆえに誤った死刑判決が確定したのか、抜粋しておきたい。冤罪は、けっして過去のものではない。
1 免田事件 (1948年12月に熊本県人吉市で発生した一家4人が殺傷された強盗殺人事件。51年3月死刑確定。第6次再審請求で、83年7月無罪確定)
捜査機関は、極端な見込み捜査により、別件で免田さんを逮捕し、暴行、脅迫、誘導、睡眠を取らせない等の方法により、免田さんに自白を強要しました。免田さんは当初からアリバイを主張しており、移動証明書や配給手帳等により裏付けられていましたが、全て無視されました。
裁判所も、自白を偏重して全面的にこれを信用し、免田さんのアリバイを無視して、有罪判決を言い渡し、再審請求を棄却し続けました。
2 財田川事件(1950年2月、香川県三豊群財田村(当時)で発生した強盗殺人事件。57年1月死刑確定。84年3月再審無罪確定)
捜査機関は、地元の風評以外に何の根拠もないのに、谷口さんを犯人と確信し、別件逮捕を繰り返して、極めて長期間、代用監獄に谷口さんの身体を拘束して、食事を増減したり、暴行を加えたりして、谷口さんに自白を強要しました。
また、裁判所も自白を偏重し、当時法医学の権威とされた古畑種基・東京大学教授の鑑定を安易に信用するという誤りを犯しました。再審開始決定において、古畑鑑定は、検査対象とされた血痕は事件後に付着した疑いがある等から、信用できないものとされました。
3 松山事件(1955年10月、宮城県志田郡松山町(当時)で殺人・放火事件。84年7月再審無罪確定)
捜査機関は、斉藤さんを別件逮捕したうえ、斉藤さんの同房者である前科5犯の男性をスパイとして利用し、自白するように唆すという謀略的な取調べを行っています。
また、「掛布団襟当の血痕」が自白を補強するものとされましたが、再審では、血痕の付着状況が不自然であり、捜査機関によって押収された後に付着したと推測できる余地を残しているとされました。
4 島田事件(1954年3月10日、静岡県島田市内の幼児強姦殺人事件。1960年12月死刑確定。89年1月再審無罪確定)
捜査機関は、見込み捜査により、別件で赤堀さんを逮捕し、暴行、脅迫等により、赤堀さんに自白を強要しました。赤堀さんは、事件当時には東京にいたというアリバイを主張していましたが、全て無視されました。
また、自白によると凶器は石とされ、当時法医学の権威とされた古畑種基・東京大学教授の鑑定がこれを裏付けているとされていました。しかし、再審で、被害者の傷痕が石では生じないことが明らかになりました。
更に、この事件では、捜査機関は約200名にのぼる前科者、放浪者等を取り調べており、警察の強引な取調べのため、赤堀さん以外にも自白した者がいます。
(2023年3月12日)
安倍晋三という重しがとれて、安倍政権時代の負のレガシーの覆いが少しずつ剥がれつつある。「放送法解釈変更問題」の行政文書流出はその典型だろう。官邸の理不尽な圧力に切歯扼腕していた人物が、ようやくにして外部に訴える決断をしたものと推察される。安倍晋三、なおこの世にあればこの決断はできなかったのではないか。
この文書を一読すれば、官邸の圧力は至るところに無数にあって、この文書はその氷山の一角に過ぎないことがよく分かる。例えば、この文書は2015年5月12日、参院総務委員会での高市早苗による『放送法4条解釈変更答弁』で終わっているが、続編があったに違いない。翌16年2月8日衆院予算委員会での「停波言及答弁」についても、これに至るやり取りがあったはずである。おそらくはその議論は、より熾烈なものであったと推察される。
総務省に限らず、官邸からの圧力を苦々しく思っていた良心的官僚諸氏による内部通報が続いて、アベ政治の負のレガシーの清算が行われることを期待したい。
本日、朝日・毎日両紙の社説が、この安倍政権時代の放送法解釈変更問題を取りあげた。切り口はそれぞれのもので、問題把握の視点が異なる。
朝日はストレートに「(社説)放送法の解釈 不当な変更、見直しを」という表題。朝日の見識を示すものとなっている。
この社説の基本は、放送法4条不要論である。「政治的公平であること」や「報道は事実をまげないですること」などを求めている同条が、政治権力の放送番組作成への介入の口実を与えている、という認識。少なくも、安倍政権時代に高市がその手先となって変更した《放送法4条の政権寄りの骨抜き解釈》を元へ戻せ、と言っている。
「2015年、当時の高市早苗総務相は、放送番組が政治的に公平かどうか、ひとつの番組だけで判断する場合があると国会で明言した。これは、その局が放送する番組全体で判断するという長年の原則を実質的に大きく転換する内容だった。放送法の根本理念である番組編集の自由を奪い、事実上の検閲につながりかねない。民主主義にとって極めて危険な考え方だ」「本来は国会などでの開かれた議論なしには行うべきでない方針転換が、密室で強行された疑いも持たざるをえない」「こうした経緯が明らかになった以上、高市氏の答弁自体も撤回し、法解釈もまずはそれ以前の状態に戻すべきだろう。制作現場の萎縮を招き、表現の自由を掘り崩す法解釈を放置することを許すわけにはいかない」
同社説は、最後にこう力説している。「解釈変更は、政府与党が放送局への圧力を強めるなかで起きた。文書からは、安倍氏が礒崎氏の提案を強く後押ししていた様子もうかがえる。責任は高市氏や礒崎氏だけではなく、政府与党全体にあると考えるべきだろう。放送法ができた1950年の国会で、政府は『放送番組に対する検閲、監督等は一切行わない』と述べている。近年のゆゆしき流れを断ち切り、立法の理念に立ち返るべきときだ。」
毎日は、アベ政治の危険性や報道の自由の問題ではなく、行政文書の重要性を強調して、これをないがしろにする高市早苗批判に徹している。表題が、「高市氏の『捏造』発言 耳を疑う責任転嫁の強弁」というもの。要旨は以下のとおり。
「放送法の『政治的公平』を巡る第2次安倍晋三政権内部のやりとりを記した総務省の文書について、当時の総務相だった高市早苗・経済安全保障担当相が『捏造だ』と繰り返している」「行政文書は、公務員が業務で作成し、組織内で共有、保管される公文書だ。政策の決定過程が分かるやりとりを残すことは、法律で義務付けられている。総務省幹部は『一般論として行政文書の中に捏造があるとは考えにくい』と国会で答弁した」
「ありもしない事実を公文書に記したのなら、犯罪的行為である。疑惑を掛けられた総務省は徹底調査すべきだ。高市氏は立証責任は小西氏にあると言うが、事実解明の責任を負うのは本人である。高市氏は発言者に確認を取っていないことを理由に「正確性が確認されていない文書」だと強調する。だが、それだけで当時の部下が作成した文書を「捏造」だと決めつける強弁は耳を疑う」
「公文書は政策決定の公正さを検証するために不可欠な国民の共有財産だ。自らの発言でその信頼性を損なわせた高市氏である。閣僚としての適格性が問われている。」
この毎日社説の趣旨に異議はない。が、結論が甘いのではないか。「閣僚としての適格性が問われている」だけではない。この人、議員の職も賭けたのだ。議員も辞めてもらわなければならない。もちろん、社会人としても失格である。
アベ政治に厚遇を得て、ぬくぬくとしていた一群の人たち。いま批判の矢面に立たせねばならない。民主主義擁護の名において。
(2023年3月11日)
すでに、「名のみの春」ではない。マンサクも、ボケも、アンズもツバキも、モクレンも満開となった。チンチョウゲやミツマタの香りが鼻をつく。道行く人々の動きも伸びやかである。
しかし、毎年この頃は気が重い。昨日3月10日は東京大空襲の日、本日3月11日は、東日本大震災の日である。戦争の被害と自然災害による被害。その警告を正確に受けとめなければならない。戦争被害は避けることができたはずのものであり、津波の被害ももっと小さくできたかも知れない。何よりも、津波にともなう最悪の原発事故の教訓を学び、生かさねばならない。
災害の被害の規模は、死者数で表現される。「東京大空襲では、一晩で10万人の死者を出した」「東日本大震災での死者・行方不明はほぼ2万、そしていまだに避難を余儀なくされている人が3万人」と。一人ひとりの、一つひとつの悲劇が積み上げられての膨大な数なのだが、数の大きさに圧倒されて具体的な悲劇の内容を見過ごしてしまいかねない。数だけからは、人の痛みも、熱さも、苦しさも、恐怖も伝わりにくい。どのように被害が生じたのか、生存者の記憶を語り継がねばならない。
昨日そして今日、多くのメデイアが、1945年3月10日における数々の悲劇と、2011年3月11日の生々しい被災者の記憶を伝えている。そして、「忘れてはならない」「風化させてはならない」「記憶と記録の集積を」と声を上げている。日本のジャーナリズム、健在というべきであろう。
私は生来気が弱い。具体的な悲劇を掘り起こす報道に胸が痛む。涙も滲む。それでも、目を通さねばならない。
昨日の赤旗「潮流」が、公開中のドキュメンタリー映画「ペーパーシティ」を紹介している。その一部を引用しておきたい。
「78年前のきょう、一夜にして10万人もの命を奪った無差別爆撃。おびただしい市民が犠牲となりました。…しかし政府は空襲被害者の調査も謝罪も救済もしていません。元軍人や軍属には補償があるのに▼老いてなお国の責任を問う被害者たち。命あるかぎりの運動には、二度と戦争を起こさせないという固い誓いがあります▼過ちの忘却とのたたかい。江東区の戦災資料センターでは今年も犠牲者の名を読み上げる集いが開かれ、東京大空襲の体験記をまとめた『戦災誌』刊行50周年の企画展も行われています▼都民が編んだ惨禍の記録集。それを支援した当時の美濃部亮吉都知事は一文を寄せました。『底知れぬ戦争への憎しみとおかしたあやまちを頬冠(かぶ)りしようとするものへの憤りにみちた告発は、そのまま、日本戦後の初心そのものである』
そして、本日の沖縄タイムスの社説が、「東日本大震災12年 経験の継承で風化防げ」という表題。原発事故の教訓をテーマとしたもの。これも、抜粋して引用しておきたい。
「世界最悪レベルの福島第1原発事故によって周辺住民の多くが今も避難生活を余儀なくされている。復興庁が発表した2月現在の全国の避難者数は3万884人。原発事故は今も被災地を翻弄(ほんろう)している。
ところが岸田政権は原発依存をやめようとしない。12年前、制御困難の原発事故の恐怖と直面した私たちはエネルギー政策の転換を迫られた。政府は2012年、「原発に依存しない社会」という理念を掲げ、30年代に「原発ゼロ」とする目標を国民に示したはずである。ところが岸田政権はそれとは逆の方向に進んでいる。この目標を放棄すべきではない。
岸田政権はロシアのウクライナ侵攻を背景とした「エネルギー危機」を理由に、原発の運転期間を「原則40年、最長60年」とする現行の規制制度を改め、「60年超運転」を可能とする方針を決めたのである。現在ある原発を最大限活用する方針への転換を図ったのだ。
「原発回帰」へと突き進む岸田政権に対する国民の目は厳しい。多くの国民は岸田政権のエネルギー政策転換を拒否している。私たちは大震災で得た教訓から巨大地震や大津波に耐えうるまちづくりとともに、原発に代わるエネルギーの確保を追求したのだ。政府はその教訓を忘れたのか。目指すべきは「原発回帰」ではなく「原発ゼロ」である。
看過できない岸田政権の方針は他にもある。増額する防衛費の財源として大震災の復興特別所得税の一部を転用するというのである。被災地は今も復興への重い足取りを続けている。それを支えるのが政府の責務ではないのか。復興費を防衛費に回すなど、もってのほかである。ただちに撤回すべきだ。」
戦争も津波も原発事故も、その被害の悲惨さ深刻さを、リアルに語り継がなければ、なにもかにも風化してしまいかねない。意識的に「過ちの忘却とのたたかい」を継続しなければならない。そうしなければ、またまた「御国を護るために戦いの準備が必要」とか、「豊かな暮らしのためのベースロード電源として原発が必要」などとなりかねない。今、国民の記憶力が試されているのだ。
(2023年3月10日)
「西暦表記を求める会」です。国民の社会生活に西暦表記を普及させたい。とりわけ官公庁による国民への事実上の強制があってはならないという立場での市民運動団体です。
この度は、取材いただきありがとうございます。当然のことながら、会員の考えは多様です。以下は、私の意見としてご理解ください。
私たちは、日常生活や職業生活において、頻繁に時の特定をしなければなりません。時の特定は、年月日での表示となります。今日がいつであるか、いつまでに何をしなければならないか。あの事件が起きたのはいつか。我が子が成人するのはいつになるか。その年月日の特定における「年」を表記するには、西暦と元号という、まったく異質の2種類の方法があり、これが社会に混在して、何とも煩瑣で面倒なことになっています。
戦前は元号絶対優勢の世の中でした。「臣民」の多くが明治政府発明の「一世一元」を受け入れ、明治・大正・昭和という元号を用いた表記に馴染みました。自分の生年月日を明治・大正・昭和で覚え、日記も手紙も元号で書くことを習慣とし、世の中の出来事も、来し方の想い出も、借金返済の期日も借家契約の終期も、みんな元号で表記しました。戸籍も登記簿も元号で作られ、官報も元号表記であることに何の違和感もなかったのです。
戦後のしばらくは、この事態が続きました。しかし、戦後はもはや天皇絶対の時代ではありません。惰性だけで続いていた元号使用派の優位は次第に崩れてきました。日本社会の国際化が進展し、ビジネスが複雑化するに連れて、この事態は明らかになってきました。今や社会生活に西暦使用派が圧倒的な優勢となっています。
新聞・雑誌も単行本も、カレンダーも、多くの広報も、社内報も、請求書も、領収書も、定期券も切符も、今や西暦表記が圧倒しています。西暦表記の方が、合理的で簡便で、使いやすいからです。また、元号には、年の表記方法としていくつもの欠陥があるからです。
元号が国内にしか通用しないということは、実は重要なことです。「2020年東京オリンピック」「TOKYO 2020」などという表記は世界に通じるから成り立ち得ます。「令和2年 東京オリンピック」では世界に通じません。
それもさることながら、元号の使用期間が有限であること、しかもいつまで継続するのか分からないこと、次の元号がどうなるのか、いつから数え始めることになるのかがまったく分からないこと。つまりは、将来の時を表記できないのです。これは、致命的な欠陥というしかありません。
とりわけ、合理性を要求されるビジネスに元号を使用することは、愚行の極みというほかはありません。「借地期間を、令和5年1月1日から令和64年12月末日までの60年間とする」という契約書を作ったとしましょう。現在の天皇(徳仁)が令和64年12月末日まで生存したとすれば110歳を越えることになりますから、現実には「令和64年」として表記される年は現実にはあり得ません。そのときの元号がどう変わって何年目であるか、今知る由もありません。天皇の存在とともに元号などまったくない世になっている可能性も高いと言わねばなりません。
令和が明日にも終わる可能性も否定できません。全ての人の生命は有限です。天皇とて同じこと。いつ尽きるやも知れぬ天皇の寿命の終わりが令和という元号の終わり。予め次の元号が準備されていない以上、元号では将来の時を表すことはできません。
今や、多くの人が西暦を使っています。その理由はいくつもありますが、西暦の使用が便利であり元号には致命的な欠陥があるからです。元号は年の表記法としては欠陥品なのです。現在の元号がいつまで続くのか、まったく予測ができません。将来の日付を表記することができないのです。一貫性のある西暦使用が、簡便で確実なことは明らかです。
時を表記する道具として西暦が断然優れ、元号には致命的な欠陥がある以上、元号が自然淘汰され、この世から姿を消す運命にあることは自明というべきでしょう。ところが、現実にはなかなかそうはなっていません。これは、政府や自治体が元号使用を事実上強制しているからです。私たちは、この「強制」に強く反対します。公権力による元号強制は、憲法19条の「思想良心の自由の保障」に違反することになると思われます。
今、「不便で非合理で国際的に通用しない元号」の使用にこだわる理由とはいったい何でしょうか。ぼんやりした言葉で表せばナショナリズム、もうすこし明確に言えば天皇制擁護というべきでしょう。あるいは、「日本固有の伝統的文化の尊重」でしょうか。いずれも陋習というべきで、国民に不便を強いる根拠になるとは到底考えられません。
ここで言う、伝統・文化・ナショナリズムは、結局天皇制を中核とするものと言えるでしょう。しかし、それこそが克服されなければならない、「憲法上の反価値」でしかありません。
かつてなぜ天皇制が生まれたか、今なお象徴天皇制が生き残っているのか。それは、為政者にとっての有用な統治の道具だからです。天皇の権威を拵えあげ、これを国民に刷り込むことで、権威に服従する統治しやすい国民性を作りあげようということなのです。今なお、もったいぶった天皇の権威の演出は、個人の自律性を阻害するための、そして統治しやすい国民性を涵養するために有用と考えられています。
元号だけでなく、「日の丸・君が代」も、祝日の定めも、天皇制のもつ権威主義の効果を維持するための小道具です。そのような小道具群のなかで日常生活に接する機会が最多のものと言えば、断然に元号ということになりましょう。
ですから、元号使用は単に不便というものではなく、国民に天皇制尊重の意識の刷り込みを狙った、民主主義に反するという意味で邪悪な思惑に満ちたものというしかありません。
(2023年3月9日)
フランスの「年金デモ」が、その規模の大きさで話題となっている。「内務省によると3月7日の抗議デモに全国で128万人が参加」だが、「主催者発表によると全国300カ所で、合計参加者は350万人」だという。7日のパリのデモは70万人の規模、デパートや高級ブティックが並ぶパリ中心部の通りを市民のデモ隊が埋め尽くした。注目すべきは、デモの参加者の多くが、ストライキを決行して職場から街頭に出ているということだ。
このデモの要求は、政府の年金制度改革案に反対で、スローガンは「受給年齢引き上げに反対」「64歳の年金受給にノン」「フランスを停止させる」というもの。主要8労組が呼びかけたもので、1月以来今回が6回目。パリ市内ではストの影響で7日朝から鉄道の運行数が大幅に減少。全国の小中学校では3割以上の教員がストに参加した。一部の労働組合は改革案の廃止まで無期限のストを呼びかけており、市民生活の混乱が続く可能性があると報じられている。
政府は1月、年金の受給開始年齢を62歳から段階的に引き上げ、2030年に64歳にする方針を発表。これが、労働者の逆鱗に触れた。フランスでは年金制度が充実している。「一刻も早くリタイヤして、優雅な年金生活を夢みて来たのだ。2年も余計に働かせようとは、何たる理不尽」というわけだ。
もちろん、政府の言い分は財政の逼迫にある。この制度改革なしには、年金財政の赤字が累積し年金制度の維持ができない、と言う。これに対する議会内の野党連合「環境と社会の新人民連合(NUPES)」やスト参加者の主張は、「国民の負担ではなく、大企業・富裕層への応分の負担で賄うべきだ」というもの。具体的には、大企業の社会保障負担の引き上げや、超過利潤への課税強化、富裕税などを提案しているという。
政府は強行採決をほのめかしているが、そうなれば、社会の混乱は必定である。ストの主力は、交通や電力などの基幹産業の労働組合なのだから。主催8労組は、次回の11日をはじめ、今後10回の全国行動の日程を決定している。
フランスだけではない。イギリス全土でも「大規模ストライキ」「大規模デモンストレーション」が続いている。
こちらは深刻なインフレーションに対する政府の無策に抗議し、物価の高騰に見合う賃上げの要求である。
英国では昨年後半からインフレ率が10%を超え、国民生活を圧迫し、賃上げを求める公共部門のストは拡大の一途をたどっている。交通や医療などの公共部門のストライキから始まって、教師や公務員の組合が加わり、大学教員、医者、ナース、救急隊員、郵便局員、そして消防士までストに参加したという。ピーク時には、小中高校の85%の授業に支障が生じたという。
イギリスでの、ストとデモのスローガンは、「政府の提示額はインフレ率に見合わない」「スナクは給料を上げろ! われわれは10%を要求する」というもの。
ストは、国民生活に影響が大きいが、世論のストに対する支持は厚い。社会全体に「ストライキは労働者の当然の権利」という意識が浸透しているという。ストやデモは、健全な民主主義の証である。議会を通じての代議制民主主義とならぶ、人民の政治参加であり、意思表示の有効な手段なのだ。
我が国でも、政治的な要求のデモはときおり起こる。だが、大規模なデモは、ほとんどが土曜か日曜、あるいは休日である。ストは平日にする。企業や官庁の機能を一時的に停めるのだ。職場を離脱した人々が、集会場に、あるいは路上に隊列を組む。ここしばらく、そのようなストを組めなくなっている現状を淋しいと思う。
フランスやイギリスの若々しいエネルギーを羨ましいと思う。社会を変える力の中核は、本来組織労働者にあるのだから。
(2023年3月8日)
3月2日夕刻、立憲民主党の小西洋之参院議員が記者会見で公表した《放送法の「政治的公平」に関する文書》、7日の午前までは「小西文書」だったが、同日の午後には総務省の「行政文書」という折り紙が付いた。
公文書管理法や情報公開法で定義されている「行政文書」とは、「行政機関の職員が職務上作成し又は取得した文書で、組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」と言ってよい。堂々たる「公文書」である。捏造文書でも、怪文書でもない。
公文書の内容が全て正確であるかといえば、当然のことながら、必ずしもそうではない。しかし、公務員が職務上作成した文書である。その偽造や変造には処罰も用意されている。特段の事情がない限りは、正確なものと取り扱うべきが常識的なあり方である。
内容虚偽だの一部変造だのという異議は、異議申立ての側に挙証責任が課せられる。ましてや、高市早苗は総務大臣であり、この文書を管轄する責任者であった。しかるべき理由なくして、「捏造」などと穏当ならざる言葉を投げつけるのは醜態極まる。単に、不都合な内容を認めたくないだけの難癖なのだ。
この文書、総務省のホームページに公開された。下記のURLで、誰でも読める。これを一読したうえでなお、捏造論に与する者がいるとは思えない。
https://www.soumu.go.jp/main_content/000866745.pdf
全体を通読すれば、真面目な総務官僚が、放送法の理念(とりもなおさず、「表現の自由」「報道の自律性」)を擁護しようと、理不尽な官邸からの圧力に抵抗して、必ずしも本意でない結果を招いたとするストーリーが見えてくる。せめて、その経過を正確に残しておきたいという気持が滲み出ている。捏造や改ざんの動機は、まったく窺うことができない。
この文書は、A4用紙で78枚のまとまったもの。《「政治的公平」に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)》と表題が付いている。この文書中での、悪役は礒崎陽輔(首相補佐官)である。もちろん安倍晋三が究極の黒幕だが、その威を借りて、民主主義の仇役を演じているのが礒崎。高市は自主性に欠けた脇役という役どころ。際だった悪役を演じているわけではない。官邸からの圧力に呼応して、その支持に従っただけのことなのだ。ところが、「怪文書」「捏造文書」「首を懸ける」と騒いだために、自らの存在をクローズアップして墓穴を掘った感がある。こうなれば、潔く議員辞職するしかないだろう。頼りの安倍晋三は既に亡いのだ。
《「政治的公平」に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)》では、ジュゲムジュゲムだ。「安倍官邸の放送法解釈介入圧力記録文書」が正確なところだが、これも長い。「放送法解釈介入記録」くらいで良しとしよう。その記録の冒頭2頁が経過の要録となっている。年号を西暦に直して、ここだけを抜粋しておきたい。
この一連のストーリーの発端は、放送事業を監督する立場の総務省に対して、官邸側(礒崎)から「放送法における「政治的公平」解釈」についての「整理」をすべきという要求。官邸が納得するような回答が得られるまで、総務省から礒崎へのレクチャーが繰り返された。ようやく官邸の圧力で放送を萎縮させるに足りる解釈が得られると、総務委員会で自民党の議員にデキレースの質問をさせて、予定どおりの高市大臣答弁となる。これが、2014年11月26日から、翌15年5 月12日までの半年間のこと。
そして、この文書には出てこないが、翌16年2月8日衆院予算委員会での「政治的公平が疑われる放送が行われたと判断した場合、その放送局に対して放送法4条違反を理由に電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性を否定しない」という、高市の「停波処分もあり得る」という、恫喝発言につながる。この段階では、高市は脇役から主役に躍り出ている。おそらくは、これについても、官邸からの介入の裏面史があったのだろう。
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「政治的公平」に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)
2014年11月26日(水)
磯崎総理補佐官付から放送政策課に電話で連絡。内容は以下の通り。
・ 放送法に規定する「政治的公平」について局長からレクしてほしい。
・ コメンテーター全員が同じ主張の番組(TBS サンデーモーニング)
は偏っているのではないかという問題意識を補佐官はお持ちで、「政治的公平」の解釈や運用、違反事例を説明してほしい。
28 日(金):磯崎補佐官レク
磯崎補佐官から、「政治的公平」のこれまで積み上げてきた解釈をおかしいというものではないが、?番組を全体で見るときの基準が不明確ではないか、?1つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか、という点について検討するよう指示。
12 月 18 日(木)、25 日(木):磯崎補佐官レク
さらに前向きに検討するよう指示。(補佐官は年明けに総理に説明したうえで、国会で質問したいとのこと。)
2015年
1 月 9 日(金):磯崎補佐官レク
総務省からの説明を踏まえた資料を補佐官側で作成するので、本資料に関する協議を事務的に進めるよう指示。
16 日(金)、22 日(木):磯崎補佐官レク
総務省からの補佐官資料に対する意見は先祖帰りであり、前向きに検討するよう指示。
29 日(木):磯崎補佐官レク
補佐官了解。今後の段取り(国会質問等)について認識合わせ。
2 月 13 日(金):高市大臣レク(状況説明)
17 日(火):磯崎補佐官レク(高市大臣レク結果の報告)
24 日(火):磯崎補佐官レク(官房長官レクの必要性について相談)
3 月 2 日(月):山田総理秘書官レク(状況説明)
厳重取扱注意
3 月 5 日(木):磯崎補佐官から安倍総理に説明(今井・山田総理秘書官同席)
※3/5 山田総理秘書官から、3/6 磯崎補佐官から、総理への説明模様を報告。
9 日(月):平川参事官から安藤局長に連絡(高市大臣と安倍総理の電話会談結果)
13 日(金): 山田総理秘書官から安藤局長に連絡(高市大臣と安倍総理の電話会談結果)
4 月 1 日(水)?4 月 7 日(火):答弁案の調整
※山口補佐官付と放送政策課・西潟補佐の間でやりとり。
5 月 12 日(火):参・総務委員会
(自)藤川政人議員からの「政治的公平」に関する質問に対し、磯崎補佐官と調整したものに基づいて、高市大臣が答弁。
以上の5月12日総務委員会での高市答弁までに、関係者間にどんな発言があったか。朝日新聞の熱のはいった報道の中で、次のようなものが指摘されている。
総務省の行政文書に記された主なやりとり(肩書はいずれも当時)
●礒崎陽輔首相補佐官「『全体でみる』『総合的に見る』というのが総務省の答弁となっているが、これは逃げるための理屈になっているのではないか」(2014年11月28日)
●礒崎陽輔首相補佐官「政治的公平に係る放送法の解釈について、年明けに総理にご説明しようと考えている」(2014年12月18日)
●高市早苗総務相「そもそもテレビ朝日に公平な番組なんてある?」「官邸には『総務大臣は準備をしておきます』と伝えてください。(中略)総理も思いがあるでしょうから、ゴーサインが出るのではないかと思う」(2015年2月13日)
●山田真貴子首相秘書官「今回の話は変なヤクザに絡まれたって話ではないか」「どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」「結果的に官邸に『ブーメラン』として返ってくる話であり、官邸にとってマイナスな話」「総務省も恥をかくことになるのではないか」(2015年2月18日)
●礒崎陽輔首相補佐官「これは高度に政治的な話。官房長官に話すかどうかは俺が決める話。局長ごときが言う話では無い。この件は俺と総理が二人で決める話」「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」(2015年2月24日)
●安倍晋三首相「政治的公平という観点からみて、現在の放送番組にはおかしいものもあり、こうした現状は正すべき」「(NHKの)『JAPANデビュー』は明らかにおかしい」(2015年3月5日)
●礒崎陽輔首相補佐官「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう。そうしないと総務省が政治的に不信感を持たれることになる」(2015年3月6日)
これは民主主義の根幹に関わる大事件である。安倍晋三とその取り巻きによる、報道の自由への介入という重大事であって、高市のクビや、礒崎の尊大さなど、実は傍論でしかない。