澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

人間を愛する人たちへの贈り物ー「原爆の図」と「原爆詩集」

一昨日(9月18日)、東松山の丸木美術館を訪れた。常設展の『原爆の図』連作と、画家・四國五郎の企画展を見るために。

高名な『原爆の図』は圧倒的な迫力をもつものだった。これは、第1部から第15部までの連作である。丸木位里・俊夫妻が、1950年から1982年までの32年間をかけて書き上げたという大作。悲惨で残酷なテーマではあるが、目を背けさせるものではない。むしろ、悲惨な被害者も「美しく」描かれて、この惨状を見つめなければならないことを訴えている。

連作は、次のように標題がつけられている。
 第1部 幽霊
 第2部 火
 第3部 水
 第4部 虹
 第5部 少年少女
 第6部 原子野
 第7部 竹やぶ
 第8部 救出
 第9部 焼津
 第10部 署名
 第11部 母子像
 第12部 とうろう流し
 第13部 米兵捕虜の死
 第14部 からす
 第15部 長崎
(長崎原爆資料館所蔵)

この連作の作成について、館は次のように説明している。
「広島は位里のふるさとです。親、兄弟、親戚が多く住んでいました。
 当時東京に住んでいた位里が知ったのは『広島に新型爆弾が落とされた』ということだけでした。いったい広島はどうなってしまったのか。
 位里は原爆投下から3日後に広島に行き、何もない焼け野原が広がるばかりの光景を見ました。俊は後を追うように1週間後に広島に入り、ふたりで救援活動を手伝いました。
 それから5年後、『原爆の図 第1部 幽霊』が発表されます。数年間描きあぐねた「原爆」を、水墨画家の位里と油彩画家の俊の共同制作で、やっとかたちにすることができたのです。
 はじめは1作だけ、その後は3部作にと考えていた「原爆の図」は、とうとう15部を数えました。最後に〈長崎〉が描かれた1982年までの32年間、夫妻は「原爆」を描き続けたのです。」
その一貫した揺るぎない姿勢には脱帽するしかない。

「第9部焼津」「第10部署名」は、第五福竜丸被曝後の原水爆禁止運動の高まりを描いたもの。さらに丸木夫妻は原爆だけでなく、「南京大虐殺」、「アウシュビッツ」の大作を描いている。そして「水俣・原発・三里塚」に及ぶ。

最初は被害の実相を描き、やがて被害加害を超えた戦争の悲惨と悲惨をもたらしたものへの民衆の怒りを描き、さらに戦後の公害や権力の横暴を、民衆を不幸にする憎むべきものとする立場から描いたのだろう。原水爆だけではなく、反原発の立場を明確にした先見性には敬意を表せざるを得ない。

なお、館内の展示はけっして悲惨な呻きに満ちているわけではない。祈りのような雰囲気、そして明るい未来を展望する絵、ホッとする穏やかな絵も。

ミュージアムショップに峠三吉の「原爆詩集」(初版)の復刻版があったので買い求めた。
B6サイズ横長ガリ版刷りの74頁。「著者 峠三吉」「装幀 四国五郎」「頒価80円」、発行が1951年9月20日となっている。65年前の今日である。

同年6月1日付となっている長い「あとがき」の次の一節が胸を打つ。
「私はうす暗い広島療養所の一室でこの稿をまとめた。まとめてみながら、此の事に対する詩をつくる者としての六年間の怠慢と、この詩集があまりに貧しく、此の出来事の実感を傅えこの事実の実体をすべての人の胸に打ちひろげて歴史の進展における各個人の、民族の、祖国の、人類の、過去から未来えの単なる記憶でない意味と重量をもたせることに役立つべくあまりに力よわいことを恥じた。」

あとがきの最後は、次のように締めくくられている。
「尚つけ加えておきたいことは、私が唯このように平和えのねがいを詩にうたっているというだけの事で、いかに人間としての基本的な自由をまで奪われねばならぬ如く時代が逆行しつつあるかということである。私はこのような文学活動によって生活の機会を殆んど無くされている事は勿論、有形無形の圧迫を絶えず加えられており、それはますます増大しつつある状態である。この事は日本の政治的現状が、いかに人民の意思を無視して再び戦争えと曳きずられつつあるかということの何よりの証明にほかならない。
 又私はいつておきたい。こうした私に対する圧迫を推進しつつある人々は全く人間そのものに敵対する行動をとっているものだということを。
 此の詩集はすべての人間を愛する人たちへの贈り物であると共に、そうした人々えの警告の書でもある。」

共産党員として活動した峠三吉の面目躍如たる宣言ではないか。
私も、人間を愛する人たちの一人として、「此の詩集」を峠からの贈り物として受けとりたい。受けとった記念に20編の詩のまえにおかれた「序」を記そう。

 ちちをかえせ ははをかえせ
 としよりをかえせ
 こどもをかえせ

 わたしをかえせ わたしにつながる
 にんげんをかえせ

 にんげんの にんげんのよのあるかぎり
 くずれぬへいわを
 へいわをかえせ

「原爆の図」を見、「原爆詩集」を読んだ以上は、私も「にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ」と叫び続けよう。あらためてそう思う。
(2016年9月20日)

「戦争法廃止!」 雨にも負けず歳にも負けずの国会前行動

本降りの雨中国会前集会となった。あの日からちょうど1年にあたる今日、国会前に2万3000人が抗議の声を上げた。「戦争法廃止!国会正門前行動」である。

たまたま、今日は敬老の日。若者の遠慮の故か、あるいは高齢化社会を反映してのことか、圧倒的に高齢者の集会となった。ご近所誘い合わせての参加者も、敬老会並み。恐るべし、冷雨の中の熟年パワー。

4野党の代表、そして学者、弁護士、旧シールズ、ママの会、元自衛官、沖縄、などなどからのスピーチが続いた。アベ政権の理不尽に抗議するとともに、野党の共闘に期待する声が高い。シュプレヒコールも「野党は共闘、市民と野党は共闘を」と繰り返された。

戦争法施行でさしあたり明確に変わることは、南スーダンへの派遣自衛隊の任務に駆けつけ警護が加わることだ。確実に「殺し殺される事態」が現実のものとなるだろう。多くの人がそう語った。そのとき、日本の世論はどうなるのだろう。ボルテージが高まることは当然として、だから「海外派兵には反対」の方向に向かうのだろうか、むしろ「もっと強い武力の整備を」ということになりはしないか。

この集会参加者には、明らかに危機感が共有されていた。戦争法成立一週年の今日、戦争法廃止という目標の達成はなく、そのメドも立っていない。違憲の法律が運用されようとしていることは、平和が脅かされようとしていることなのだ。平和だけでなく、人権も民主々義も形骸化されようとしている。それどころか、国会は両院ともに、改憲勢力が3分の2を占めるに至っている。違憲な法律の横行というだけでなく、憲法そのものが変えられかねない。このような憲法の危機、平和の危機の時代に、アベ政権の支持率が下がらないということが、危機感に拍車をかけている。

集会のスピーチでも繰り返されたが、個々の具体的な政策ではアベ政権が民意をつかんでいるわけではない。アベノミクスでも、税制でも、TPPでも、核廃絶政策でも原発再稼働でも、農政でも、震災復興でも、雇用政策でも、あるいは福祉、介護、教育でも、そして沖縄問題でも、けっしてアベ政権が国民の信頼を得てはいない。だから、平和を願う勢力がけっして勝てないはずはない。これまで野党が分裂状態で、小選挙区制のマジックが与党に高い下駄を履かせた国会議席分布をつくってきたが、事態は一刻の猶予も許さない。唯一の打開策が、「野党は共闘、市民と共闘」なのだ。

今や切所にさしかかっている。グスグズしてはおられないのだ。改憲阻止のためには野党共闘しか手段はない。具体的には、改憲阻止・戦争法廃止・立憲主義回復に向けた選挙共闘を形づくって選挙に勝つ以外に選択肢はない。参院選でも、全一人区で4野党共闘が成立した。具体的な事情に応じてのさまざま形で成立した各選挙区の野党共闘は、与党勢力と拮抗する力量を見せつけた。その再現と進展が今必要だ。

さあ、これから衆議院議員の補欠選挙が行われる。10月23日に投開票予定の、福岡6区と東京10区。いずれも、野党の選挙共闘が不成立なら到底勝ち目がない。市民は、野党に強く共闘を呼びかけている。この2選挙区補選での共闘を跳躍台に、全小選挙区での野党共闘に踏み出していただきたい。

もし、野党の中で共闘に背を向ける政党があるとすれば、自らの首を絞めるに等しい愚挙というほかはない。冷たい雨の中、2時間近くも立ち尽くした高齢者の怒りをまともに受けることになる。これは、恐いぞ。
(2016年9月19日)

「弁護士バカ」事件で勇名を馳せたイナダ防衛大臣の夫は防衛産業株を保有。

イナダは、その存在自体が平和憲法と相容れない。この点で、けっしてアベにも引けをとらない。その人物が、よりによって安倍内閣の防衛大臣である。安倍内閣の近隣諸国に対する挑発的姿勢をよく表している。

この人物の防衛大臣不適格理由がもう一つ明らかになった。一昨日(9月16日)の第3次安倍再改造内閣の閣僚資産公開によって、夫が防衛産業関連銘柄の株式保有者であることが判明した。

イナダの夫は、稲田龍示という。これも弁護士で、大阪弁護士会に所属。巷間言われているところでは、ノンポリだったイナダを感化して右翼にした男。そして、「弁護士バカ」事件で一躍有名になった人物でもある。

「弁護士バカ」事件の顛末は、朝日と共同とウイキペディアの記事を総合すれば次のとおりである。
「自民党の稲田朋美政調会長への取材対応をめぐり、週刊新潮に『弁護士バカ』などと書かれて名誉を傷つけられたとして、稲田氏の夫の龍示氏が発行元の新潮社と同誌編集・発行人に慰謝料500万円の支払いと同誌への確定判決の掲載を求め、大阪地裁に提訴した。提訴は2015年5月29日付。」
「同誌は15年4月9日号に「『選挙民に日本酒贈呈』をない事にした『稲田朋美』政調会長」との見出しの記事を掲載。その中で龍示氏が同誌の取材に対し、『記事を掲載すれば法的な対抗手段をとる』と文書で通告してきたことを暴露した。そのうえで、『記事も見ないで“裁判!裁判!”の弁護士バカ』『恫喝だと気づかないのなら、世間を知らない弁護士バカ以外の何ものでもない』と書いた。龍示氏は『掲載を強行しようとする場合に、訴訟などの手段を予告して事態の重大性を認識してもらおうと試みるのは正当な弁護活動』と主張。週刊新潮編集部は『論評には相応の理由と根拠がある』と反論している。」
「2016年4月19日に判決言い渡しがあり、大阪地裁は『論評の域を出ない』として請求を棄却した。増森珠美裁判長は判決理由で、『記事は社会的評価を低下させるが、稲田政調会長の公選法違反疑惑を報じた内容で公益目的があった』と認定。『「弁護士バカ」との表現も論評の域を逸脱しない』とした。」

この人、週刊新潮に「(公職選挙法違反の)記事を掲載すれば民事訴訟や刑事告訴に踏み切ると文書を送った」というのだから、相当なお人柄。週刊新潮から「弁護士バカ以外の何ものでもない」と挑発されて訴訟を起こし、敗訴して人に知られるところとなった。

その人が、イナダの入閣以来、閣僚の配偶者として資産公開の対象となっている。その資産公開で明らかとなった持ち株の銘柄が問題なのだ。

閣議決定で、「国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範」というものが定められている。「政治家であって国務大臣等の公職にある者としての清廉さを保持し、政治と行政への国民の信頼を確保するとともに、国家公務員の政治的中立性を確保し、副大臣等の役割分担を明確化するため、下記のとおり国務大臣、副大臣及び大臣政務官に関する規範を定める。」という制定の趣旨が明記されており、その一項目に、次のとおり株式の保有に関するものがある。

「(3)株式等の取引の自粛及び保有株式等の信託
国務大臣等としての在任期間中は、株式等の有価証券、不動産、ゴルフ会員権等の取引を自粛することとする。
なお、就任時に保有する株式、転換社債等の有価証券)については、信託銀行等に信託することとし、在任期間中に契約の解約及び変更を行ってはならない。」

ある種の企業の株式は、政治や政策に敏感に反応する。大臣が株式を保有し、その売買をしていたのでは、国民のための政治よりは自己の利益のための政治となってしまうのではないかとの疑念をもたれかねない。政治家はなかんずく閣僚は、本来株なんぞ持つべきではないのだ。

ところが、報じられているのは次のとおりである。
「稲田氏は、夫が複数の防衛関連企業の株式を所有。行政改革相を退任した14年9月以降の約2年間で、新たに取得した9銘柄のうち5銘柄が、防衛省との契約金額上位20社(15年度)に含まれていた。
新たに取得していた5銘柄は、川崎重工6千株、三菱重工3千株、IHI8千株、三菱電機2千株、日立製作所3千株。稲田氏の事務所は『日米防衛相会談で本人が訪米中のため、コメントできない』としている。」(朝日)

「8月の内閣改造に伴う新任閣僚らの資産公開で、稲田朋美防衛相(衆院福井1区)が、夫名義で防衛装備品を受注する重工大手3社の株を持っていることも目を引く。内訳は、▽三菱重工業3000株▽川崎重工業6000株▽IHI8000株。
装備品を調達する防衛装備庁によると、2014年度の企業別契約金額は▽三菱重工業が2632億円で1位▽川崎重工業は1913億円で2位▽IHIは619億円で6位。稲田氏が行政改革担当相を退いた14年9月時点の資産公開で3社の株はなく、それ以降に購入したとみられる。政府は同年4月に新たな防衛装備移転三原則を設け、それまで禁じていた武器輸出を事実上解禁した。稲田氏の事務所は取材に、防衛省トップが親族名義で防衛産業株を保有する是非について『答えられない』、購入の経緯は『配偶者のことなので承知せず、すぐには確認できない』と回答した。」(毎日)

防衛大臣が「夫名義で防衛産業株」をもっているのだ。近隣諸国との軍事的緊張が高まれば防衛予算が増額となる。そうすれば、三菱重工業・川崎重工業・IHIなどの持ち株の株価が上がる。イナダ夫妻は儲かることになる。これは、「風が吹けば桶屋が儲かる」の類の迂遠な話ではない。「雨が降れば傘屋が儲かる」ほどに必然性のある分かり易い話。防衛大臣イナダは、軍事緊張をつくり出すことで儲けることができる立場にあるのだ。

反対に、近隣諸国との緊張が解けて平和な環境構築が進めば、防衛予算は削られ、防衛関連株の株価下落は避けられない。防衛大臣夫妻は、軍事緊張なくなれば損をすることになるのだ。到底「国務大臣等の公職にある者としての清廉さを保持し、政治と行政への国民の信頼を確保する」ことはできようもない。

イナダさん、防衛大臣おやめなさい。あなたほど、そのポストにふさわしからぬ人物はいないのだから。
(2016年9月18日)

「こんな裁判所なら不要」ではなく、「こんな判決は有害」というべきだ。

沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、石井啓一国土交通相が沖縄県の翁長雄志知事を訴えた「辺野古違法確認訴訟」で福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)は(9月)16日、国側の請求を認め、県側敗訴の判決を言い渡した。(朝日から引用)

沖縄タイムスが、法廷での裁判長の発言を、「裁判長『ほっとした ありがとう』異例の感謝」「憤る傍聴席」の見出しで、次のように報じている。

「ほっとしたところであります。どうもありがとうございました」。16日午後2時、多見谷寿郎裁判長は、約4分間の国側勝訴の判決言い渡しを安堵の表情で締めくくり、県側代理人に一礼した。
 翁長雄志知事が敗訴した場合に『確定判決には従う』考えを明言したことへの異例の“感謝”に、県側代理人は硬い表情を崩さなかった。傍聴席からは『出来レースとしか思えない』と憤りの声が上がった。」

裁判長の言い渡しとこれに続く発言は以下のとおりとのこと。

それでは、いま読み上げました事件(平成28年(行ケ)第3号地方自地法251条の7第1項の規定に基づく不作為の違法確認請求事件)の判決を致します。
主文
1、原告が被告に対して平成28年3月16日付「公有水面埋立法に基づく埋立承認の取り消し処分の取り消しについて(指示)」によってした、地方自治法245条の7第1項に基づく是正の指示に基づいて、被告が公水法42条1項に基づく埋立承認を取り消した処分を取り消さないことが違法であることを確認する
2、訴訟費用は被告の負担とする。
請求認容です。理由については、判決の骨子と要旨を作成している。ご覧ください。

なお、この場で2点だけ説明致します。
まず1点目は、協議と判決との関係。協議は政治家同士の交渉ごとでまさに政治の話。訴訟は法律解釈の話。両者は対象とする問題点は同じでも、アプローチがまったく違うもので同時並行は差し支えないと、考えた。
2点目。裁判所が被告に敗訴判決に従うかを確認した理由に関係する。国は敗訴しても変わらない。国は何もできないことが続くだけ。
これは弁護士の方はよくご存じだと思うが、平成24年の地方自治法改正を検討する際に問題になった。

不作為の違法を確認する判決が出ても、地方公共団体は従わないのではないか。そうなれば判決をした裁判所の信頼権威を失墜させ、日本の国全体に大きなダメージを与える恐れがあるということが問題になった。
そういう強制力のない制度でも、その裁判の中で、被告が是正指示の違法性を争えるということにすれば、地方公共団体も判決に従ってくれるだろうということで、そういうリスクのある制度ができた。
それで、その事件がこの裁判にきたということになる。そういうことで、そのリスクがあるかを裁判所としてはぜひ確認したいと考えた。もしそのリスクがあれば、原告へ取り下げ勧告を含めて、裁判所として日本の国全体に大きなダメージを与えるようなリスクを避ける必要があると考えた。もちろん代執行訴訟では、被告は「不作為の違法確認訴訟がある。そこで敗訴すれば、従う。だから、最後の手段である代執行はできない」と主張されまして、それを前提に和解が成立しました。
ですから当然のこととは思いましたけれども、今申し上げたように理解があるということでしたので、念のため確認したものの、なかなかお答えいただけなくて心配していたんですけども、さすがに、最後の決断について知事に明言していただいて、ほっとしたところであります。どうもありがとうございました。判決は以上です。じゃあ終わります。

裁判所が作成した判決骨子というものは以下のとおり。これだけ読めば、裁判所の考え方が、あらかた解る。

判決骨子
1 事案の概要
 本件は,原告が,被告に対し,普天間飛行場代替施設を辺野古沿岸域に建設するために受けていた公有水面埋立ての承認の取消しを敢り消すよう求めた是正の指示に従わないのは違法であるとして,その不作為の違法の確認を求めた事案である。
2 当裁判所の判断
(1) 知事が公有水面埋立承認処分を取り消すには,承認処分に裁量権の逸脱・濫用による違法があることを要し,その違法性の判断について知事に裁量は存しないので,取消処分の違法性を判断するに当たっては,承認処分の上記違法性の有無が審理対象となる。
(2) 公有水面埋立法(以下,「法」という。)4条1項1号要件の審査対象に国防・外交上の事項は含まれるが,これらは地方自治法等に照らしても、国の本来的任務に属する事項であるから,国の判断に不合理な点がない限り尊重されるぺきである。
(3) 普天間飛行場の被害を除去するには本件埋立てを行うしかないこと,これにより県全体としては基地負担が軽減されることからすると,本件埋立てに伴う不利益や基地の整理縮小を求める沖縄の民意を考慮したとしても,法4条1項1号要件を欠くと認めるには至らない。
(4) 承認時点では,十分な予測や対策を決定することが困難な場合は引き続き専門家の助言の下に対策を講じることも許されるなどの点に照らすと法4条1項2号要件を欠くと認めるには至らない。
(5) よって,承認処分における要件審査に裁量権の逸脱・濫用があるとは言えず,承認処分は違法であるとは言えない。仮に,承認処分の裁量権の範囲内であってもその要件を充足していないという不当があれば取り消せると解したとしても,承認処分に不当があると認めるには至らないし,仮に不当があるとしても,知事の裁量の範囲内で埋立ての必要を埋立てによる不利益が上回ったに過ぎず,承認を取り消すべき公益上の必要がそれを取り消すことによる不利益に比べて明らかに優越しているとはいえないなど,承認処分を取り消すことは許されない。よって,被告の取消処分は違法である。
(6)その他,被告がする是正の指示が違法であるとの主張は,その前提とする地方自治法の解釈が失当である。
(7)遅くとも本件訴え提起時には,是正の指示による措置を講じるのに相当の期間は経過しており。被告の不作為は違法となった。また,地方自治法の趣旨及び前件和解の趣旨から,被告は自ら是正の指示の取消訴訟を提起するべきであった。

もっとも、めったにない形式の訴訟。経過を追っていないと、何が争われているかが分かりにくい。読者に分かっていただけるように解説したい。

国(沖縄防衛局)は、沖縄県名護市辺野古の大浦湾を埋め立てて、広大な米軍新基地を建設しようとしている。この埋め立てには公有水面埋立法に基づく県知事の承認が必要となっている。国といえども例外ではない。そこで、国が県に対して埋立の承認を求めた。問題となった法の条項は、公有水面埋立法4条1項の1号と2号である。

第四条 都道府県知事ハ埋立ノ免許ノ出願左ノ各号ニ適合スト認ムル場合ヲ除クノ外埋立ノ免許ヲ為スコトヲ得ズ
一 国土利用上適正且合理的ナルコト
二 其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト

国の公有水面埋立承認申請に対して、
(1)13年12月27日、仲井眞前知事が承認した。(これを「仲井眞承認」と言うことにする)
(2)15年10月13日、翁長現知事が、「仲井眞前知事がした承認」を取り消した。(これを「翁長取消」とする)
(3)16年3月16日、国(国土交通大臣)が県に対して、『翁長知事が、「仲井眞前知事がした承認」を取り消した」のは違法だから、この取消を取り消すよう』是正の指示をした。
(4)県が是正の指示に従わないから、国(国交大臣)は県を被告として「是正の指示に従わない不作為が違法であることの確認を求める」という訴訟を起こした。

つまり、国は県に対して、「翁長取消を取り消せ」と是正指示をしている。翁長取消が取り消されれば仲井眞承認が復活して、現在中断している埋立工事を再開して続行できるとになるわけだ。

国にいわせれば、(1)法に照らして「仲井眞承認」が正しく、(2)「翁長取消」が違法。だから、(3)国の是正の指示にしたがって、県は「翁長取消を取り消す」べきだがこれをしないから、(4)県の不作為(国の指示に従わないこと)の違法確認を求める、という訴訟を提起したのだ。

これに対して、県の側からは、(1)「仲井眞承認」はいい加減な審査でなされた違法な承認で、(2)翁長現知事の「承認取消」は環境保全問題を精査して出された適法な取り消し。だから、(3)国の県に対する是正の指示は不適法なものとして、従う必要はない。したがって、(4) 裁判では、違法確認請求の棄却を求める、ということになる。

判決は、国の完勝、県の完敗である。判決言渡し後の報告集会で、被告県側の弁護団長は「考えられる中では最も悪い判決」と言い切ったと報道されている。まったく、そのとおりだろう。判決書は全文180頁を越す大部なもので、全文は手許にないが、目次や沖縄タイムスが報道している下記の「詳細要旨」で十分に中身が分かる。裁判所が整理した、争点(1)~争点?のいずれについても、裁判所はなんの悩みもなく国側の肩をもっている。

 http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/62573

まず、判決理由は、「仲井眞承認は広範な裁量権にもとづくもので、これを取り消すには,承認処分に裁量権の逸脱・濫用による違法があることを要する」とし、一方「翁長取消の判断に、仲井眞承認の違法性判断に裁量はない」と言いきる。これで、事実上勝負あったということになる。

続いて、判決は仲井眞承認の適法性を積極的に述べている。公有水面埋立法4条1項の1号と2号の各要件を充足しているというのだ。この判断には、問題が大きい。とりわけ、「国土利用上適正且合理的ナルコト」に関して、国の防衛政策上の適正・合理性の主張に過剰にコミットしている点が問題となろう。事実上、日米安保を基軸とする国の防衛政策を過度に重要視して、これに反する自治体の判断を許さないものとなっており、地方自治をないがしろにするものと言わざるを得ない。(3) 普天間飛行場の被害を除去するには本件埋立てを行うしかないこと,これにより県全体としては基地負担が軽減されることからすると,本件埋立てに伴う不利益や基地の整理縮小を求める沖縄の民意を考慮したとしても,法4条1項1号要件を欠くと認めるには至らない。また、埋立承認の条件としての環境保全の必要性については、その重要性が没却されている。

「普天間飛行場の被害を除去するには本件埋め立てを行うしかない」などと国の主張に積極的な賛意を表するその筆致は、公正性を疑わせるに十分である。

なお、争点6の「国が行える是正の指示の範囲について」の判示が引っかかる。

「本件指示は国土交通大臣の権限を逸脱する」という、知事側の見解を一蹴して、判決はこう言っている。
「是正の指示の要件は、『各大臣は、その所管する法律、またはこれに基づく政令に係る都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反していると認めるとき』(同法245条の7第1項)と定めている。これは、法定受託事務に関する是正の指示については、都道府県が処理する法定受託事務に係る法令を所管する大臣であることだけが要件とされている。自らの担任する事務に関わるか否かに関係なく、法定受託事務の処理が違法であれば、是正の指示の発動が許される趣旨と解される。よって、この点において知事の主張に理由がないことは明らかだ。」

この見解だと、仮に仲井眞承認の先行なく、翁長知事が国(防衛局)の埋立申請を不承認とした場合でも、国(国交相)は承認するように是正の指示が出せることになる。これでは、国と自治体との対等性はまったく否定されてしまうではないか。

多見谷コートに関しては、沖縄現地の報道は、非常にネガティブなものだった。「15年10月に多見谷裁判官が福岡高裁那覇支部長に異動したのは、国寄りの判決を書いてきた姿勢を見込まれて、辺野古訴訟対策に送り込まれたのではないか」「国側代理人は法務省の定塚訟務局長だが、定塚氏は高裁支部の多見谷裁判長と連絡をとっていた」など。判決は、危惧されたとおりのものとなった。

裁判とは紛争解決の役割を持つ制度だが、どのような判決でも、ともかくどちらかの主張に軍配を挙げること自体に意味があるというものではない。公正な立場から法的正義を実現しているとの国民からの信頼を得ることによって、社会の秩序形成に資することになる。しかし、これだけ露骨な政府摺り寄りの判決となっては、沖縄県民だけでなく、沖縄の問題に関心を寄せるあらゆる人に、説得力を持ち得ないものとなった。

「こんな裁判所なら不要」のレベルではない。「こんな判決は有害」というべきだろう。これでは国と沖縄県との紛争解決に益するものとはなりようがない。
(2016年9月17日)

驕れる慎太郎は久しからずー無間の底に落ちたまふべし

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる慎太郎も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂には亡びぬ、ひとへに風の前の豊洲の塵に同じ。

近く歴代都知事をとぶらへば、先代舛添要一、先々代猪瀬直樹、これらは皆、心ある人びとの諫めをも思ひ入れず、都政の乱れんことを悟らず、民間の愁ふるところを知らずして、あるいは都下の病院経営者から5000万円もの現金の提供を受け、あるいは私事に公費の混同目に余りしかば、久しからずして、都民に見捨てられて亡じにし者どもなり。しかれども、奢れる慎太郎にくらぶればその罪さしたることなしというべきならん。

舛添、猪瀬の両名に先だつて、13年もの長きにわたって都庁を伏魔殿とし、その魔物巣窟の主として君臨せし石原慎太郎と申しし人の、おごれる心たけきことのありさま、伝え承るこそ、心も言葉も及ばれね。

この慎太郎、人を人とも思わぬ傍若無人の振る舞いで知られてければ、部下にも記者にも、敬して遠ざけられておりしは、軽い御輿のありさまとぞ覚えけり。またこの人、常に手柄は我が物として記者会見では得意満面となりつれど、不祥事の責任はすべて部下になすりつける卑劣漢として音に聞こえけり。

しかれども、この慎太郎の強面、強引、恫喝の数々を、いかんせん愚昧なる都民が許せしかば、ますます増長して、都政と都民の重ね重ねの不幸のみなもととなりにけり。

しかるに、今ようやく天網恢々疎にして漏らさず、応報因果は我が身にめぐるのたとへのとおり、ここに慎太郎の命運も尽きんとするこそ、あはれなれ。

慎太郎こそ、当時の知事として、豊洲新市場移転問題のすべての責めを負うべきが、その土壌汚染対策瑕疵の責めを問われるや、まずは「僕はだまされたんですね。結局、してない仕事をしたことにして予算を出したわけですから。その金、どこ行ったんですかね?」と、平然当時の部下に責任を押しつけにけり。卑怯未練の本領発揮というべきなるらん。

しかるに、かつての都知事時代の定例記者会見の記録で、新事実が浮上せり。
豊洲の土壌汚染対策について、慎太郎は得意げにかく語ってあり。「担当の局長にも言ったんですがね。もっと違う発想でものを考えたらどうだと。どこかに土を全部持っていって(略)、3メートル、2メートル、1メートルとか、そういうコンクリートの箱を埋め込むことで、その上に市場としてのインフラを支える。その方がずっと安くて早く終わるんじゃないか」「(盛り土案より)もっと費用のかからない、しかし効果の高い技術を模索したい」「担当の局長に言ったんですがね。もっと違う発想でものを考えたらどうだと」。

こうして慎太郎。「私はだまされた」の被害者面をしてみせたものの、なんじょう被害者などであるべきか。一転、盛り土案潰しの『真犯人』に擬せらるに至れり。

さすれば慎太郎は一計案じて前言翻して、「シタ(=部下)から箱をつくると上げてきたので、それを会見で報告しただけ」「私は建築のイロハを知らないので、そんな工法思いつくはずがない。素人だから他人任せにしてきた」と居丈高に開き直り、最後は「東京都は伏魔殿だ」と捨てぜりふ。この伏魔殿の主の言に、聞く人一同笑いさざめけるは、既に慎太郎がかつての勢いなきしるしなり。

かつて勢い盛んなるときなれば、誰もが慎太郎の暴言には目をつぶれり。しかれど、今は昔の彼ならず、シタ(=部下)も黙ってはおられない。黙っていれば悪役ともならんずらん。

比留間英人なる人は、当時の都中央卸売市場長なりけるとぞ。メディアに向かって申し開きをこころみにけり。「『こんな案があるから検討してみてくれ』と知事から指示を受けました」と。慎太郎こそはウソをのたまひけれ。「下から上への地下室案」ではなく、「上から下への提案」とのことなりき。

ウソ付きは閻魔の劫火に焼けてあれ。慎太郎の夢に見給ひけるこそおそろしけれ。田園調布の某所に、猛火おびたたしく燃えたる車を、門のうちへやり入れたりて、牛の面のようなる者、馬の面のようなる者の言うよう。「閻魔より、慎太郎殿の御迎へに参りて候」と申す。「さて、なんの迎えぞ」と問はせ給へば、「南閻浮提、都民の善男善女をたぶらかし、都政を混乱させ給へる罪によって、無間の底に落ち給ふべきよし、閻魔の庁に御さだめ候ふなり」とぞ申しける。夢さめてのち、これを人に語り給へば、聞く者、身の毛もよだちけり。
(2016年9月16日)

プライドあればできることではないー「産経記者の行政への資料提供」と「DHCの情報収集行為」。

1週間ほど前のこと、次の記事が目を惹いた。
「産経記者、大津市に録音記録提供 市を提訴の住民側取材」(朝日)、「大津・行政訴訟 産経記者が原告会見録音を被告の市に提供 産経新聞社 取材受けて、原告側に謝罪」(毎日)、「産経新聞記者 原告側資料を無断提供 被告の大津市に」(NHK)、「提訴会見の録音データを渡す 被告の大津市に、本紙記者」(産経)

産経記者が何をしたか、おおよそは察しがつくが、朝日の記事を引用しておこう。
「産経新聞社は(9月)8日、大津支局の記者が、大津市を提訴した住民団体の記者会見の録音記録や、会見で配布された訴状などの訴訟資料を市職員に渡していたことを明らかにした。
 地元の住民団体が5日、大津市に競走馬育成施設を建設する民間企業の計画の市の認可取り消しを求めて提訴した。産経新聞社によると、大津支局の記者は、住民団体の会見で録音したICレコーダーや、会見で配布された資料を渡した。別の記者が市の担当者から『取材でコメントを求められており、提訴の詳細を知りたい』と依頼されたという。一方、市の担当者は朝日新聞の取材に『記者にコメントを求められ、内容を尋ねたら、渡しましょうかと言われた』と話している。
 産経新聞社広報部は『取材過程において、記者の取材データの取り扱いに軽率な行動があったことは遺憾です。厳正に対処するとともに、改めて記者教育を徹底します』とするコメントを出した。」

毎日が、次の識者のコメントを載せている。
「大石泰彦・青山学院大教授(メディア倫理)は『取材で得た音声データなどの資料を報道目的以外で使用しないのは記者なら誰でも知っているルールのはず。また、メディアは公的機関とは一線を画するべきだが、今回の件は権力との癒着すら疑わせる行為だ。基本的な倫理教育を受けていない記者がいることは驚きで、残念でならない』と話した。」

さて、コメンテーター氏は、本当に「驚いた」のだろうか。「驚いた」と言って見せただけではないだろうか。産経が「権力との癒着」を疑われて当然の基本姿勢であることに、いまさら驚くこともない。あるいは、個々の記者のモラルは社の方針とは別として、その「権力との癒着すら疑わせる行為」に心底驚いたというのだろうか。しかし、これとて、市に恩を売っておけばなにかと便宜をはかってもらえるという、情報提供者に対する擦り寄りは、大いにあり得ることではないか。そのことが、結局は権力に手厳しい記事は書けなくなることにつながる。社の権力に対する基本姿勢に確固たるものなくして、個別記者のジャーナリズム精神も育たないことになるだろう。

とはいえ、記者会見から産経を排除することは非現実的であるだけでなく、排除すべきとする立場もいかがかと思われる。記者会見をすれば、その内容や資料が権力や相手方に筒抜けになることは常に覚悟してなければならない。記者会見ばかりではない。身内の集会でも同じことだ。運動を意識する訴訟においては、法廷が終了したあとには、報告集会が行われる。支援者だけではなく、記者も参加する。見たこともない人物もはいってくる。一々、身元のチックなどできるはずはないし、すべきでもない。

だから、集会にはスパイがはいりこむ。何をもってスパイと蔑称するかは微妙だが、たとえば、DHCスラップ訴訟での原告側の集会に意識的に送り込まれ紛れ込んでの情報収集活動があれば、卑劣なスパイ行為と言って差し支えなかろう。

DHCスラップ訴訟の一審終盤から、被告DHC側の準備書面に、原告側の報告集会の模様が出てくるようになった。たとえば、DHCの一審「原告準備書面3」4頁には次のような記載がある。

「心ある者から原告が開示された被告(私・澤藤のことである)が作成したと思われる2014年9月16日付『DHCスラップ訴訟』ご報告」と題する全13頁からなるチラシには、《応訴の運動を「劇場」と「教室」に》まずは、楽しい劇場に。誰もがその観客であり、また誰もがアクターとなる 刺激的な劇場」などとも書かれ、さらには、原告会社についても「一言で言えば『元祖ブラック企業』!」などとも書かれ、原告らの悪口が相当に書かれており、これを公然配布しているようである」

これは、明らかにDHCの手の者が、9月17日の公判の後に開かれた「DHCスラップ訴訟を許さない報告集会」に参加して「全13頁からなるチラシ」を入手したことを物語っている。DHCの書面に表れた「心ある者」とは、実は心ないスパイ行為をした者なのだ。

また、DHCの控訴理由書には次のような記載がある。
「被控訴人(私・澤藤のことである)は,第一審継続中,控訴人会社(DHCのこと)について『元祖ブラック企業』と記載したチラシを配布していた。『ブラック企業』とは,一般的に,『労働条件や就業環境が劣悪で,従業員に過重な負担を強いる企業』などのことを指すが,これが本件とは全く無関係であることは明らかである。披控訴人はブログ記事の中で『政治とカネ』という大義名分を並べてはいるものの,結局,経済的強者=悪という個人的な信念ないしは偏見のもと,大企業である控訴人会社(DHC)及びその代表取締役会長である控訴人吉田(嘉明)を悪人に仕立て上げたいというのが,ブログ記事掲載の隠れた動機であろう。また,上記のとおり,披控訴人は,控訴人会社の商品の有用性や安全性についても言及しているが,これも8億円の貸付とは全く別次元の話である。準備書面(6)で自認しているとおり,被控訴人は健康食品やサプリメントの安全性に強い猜疑心を抱いているものであるから,本件に便乗して控訴人会社の商品の安全性に対する一般消費者の不安を煽り,その信用を貶めることも隠れた動機として有していたと考えられる。
 このように,ブログ記事の内容などの外形に現れていない実質的な関係を含めて検討した場合,その執筆態度に真摯性がなく,公益性の否定につながる隠れた目的も存したのであるから,本件記述について,専ら公益を図る目的に出たものと判断した原判決の判断は誤りである。」

こんなレベルの書面しか書けないのだからDHCの敗訴は当然であることは別として、これは誰かがスパイとして、毎回の法廷終了後に開催された報告集会に送り込まれ、これをDHCに報告して、さらに伝言ゲームのように受任弁護士にまで収集した情報が伝えられ、これを情報源とした訴訟上の主張が行われたものと考えざるをえない。

私が名誉毀損とされたブログ記事を書いたころには、DHCについても吉田嘉明についても、具体的なイメージを持っていなかった。そんな会社は知らなかったのだ。ただ、企業一般、規制緩和一般、政治とカネの問題一般に照らして、吉田嘉明の「巨額のカネで政治を壟断するごとき行為を許してはならない」と考えたのだ。DHCがどんな会社か、吉田嘉明がどんな人物かは、おいおいと分かってきた。法廷後の集会は貴重な情報を得る場となった。『元祖ブラック企業』という情報もその一つにしか過ぎない。

記者会見資料を市に提供して結果的に市側のスパイになってしまった産経記者。そして、集会にもぐり込まされて、『元祖ブラック企業』情報の収集をさせられたDHCのスパイ。いずれも、プライドを持った人物にはできないことだ。

もし、DHCがこの役割を社員にさせていたとすれば、自ずから「元祖」はともかく、「ブラック企業」と称されるに、資格は十分であろう。
(2016年9月15日)

「金額白地の領収書は、領収書ではない」ー反省せよイナダ防衛大臣

「白馬は馬にあらず」とは詭弁である。しかし、「金額白地の領収書は、領収書ではない」は法的に正しい。これを「金額欄空欄でも白地でも、領収書は領収書」との詭弁は成り立たない。

富山市議会議員政務活動費の不正受給問題で、本日(9月14日)新たに民進系の2人の議員が辞職願を提出した。これで、辞職議員は、自民3人民進系2人の5人となった。今のところ、定数40のうちの5人だが、報道では疑惑の議員はさらに多いという。さて、これは富山市だけの特殊事情だろうか。

顕れている問題は多岐にわたるが、私の関心は、もっぱら金額欄白紙の領収書に市議自らが金額を記入する収支報告の手口。あの防衛大臣イナダが同様の悪質な手口の常連だからだ。

「自民党会派の議員が、白紙の領収書に自分でうその金額を記入するなどして、政務活動費を不正に受け取っていた」「その手口の多くは白紙領収書を使うというものだ。たとえば自民党会派の市議の場合、ストックしておいた白紙の領収書に自ら金額を記入していた。5年間で95回の市政報告会を開き、その全てで白紙領収書を使用、不正受給の総額は約469万円にのぼる」「民政クラブ(民進系会派)と取引があった富山市内の印刷会社が14日、取引の詳細を語った。『頼まれて5、6年ほど前から白紙の領収書を渡していた』『会派控室に集金に行くと、たびたび、「白紙の領収書、もう何枚かもらえんかね」と求められた』『会派の事務処理に必要だとの説明を受けた』という。」「実際の印刷費は1回あたり5万円台だったが、同会派の13~15年の領収書では、金額欄に約90万円と記入して政活費を取得していた。」

領収書の偽造や変造の違法性は明らかだ。多くは詐欺の手段とされる。では、政治家が白紙の領収証の交付を受けて、受領者の政治家側で「うそではない金額」を記入するという行為の違法性はどうだろうか。違法だろうか、可罰性はあるだろうか。政治家側で金額欄の白地を補充した領収証を、政治資金収支報告書に添付していたとして、処罰が可能だろうか。私は、処罰可能であり、当然に立件すべきだと思う。

普通、そのような事態を想定しがたい。金額欄白地の領収証に、「うそではない金額」を補充するなどということが現実にあるのだろうか。いぶかしむのが通常人の感覚だろう。イナダの事務所では、これありと言っている。「宛名と金額欄白地の領収書に事務所側で補充した」「ウソではない『宛名』と『金額』を書き込んでいる」という趣旨。そのような領収書がゾロゾロとある。イナダの政治資金収支報告書に添付された受領後金額書き込みの領収書が、確認された限りで260枚。520万円にも及ぶ。

このイナダの白紙領収書問題、最初の報道が8月14日付の赤旗日曜版だった。日刊ゲンダイやリテラ、フラッシュ、フライデーなどが、充実した続報を書いている。もちろん日刊赤旗も続いている。

法的にはこうなるだろう。
政治資金規正法第11条(会計責任者等が支出をする場合の手続)は、「政治団体の会計責任者は…当該支出の目的、金額及び年月日を記載した領収書その他の支出を証すべき書面(以下「領収書等」という。)を徴さなければならない。」とする。

また、同法第12条(報告書の提出)1項は、政治団体の会計責任者に政治資金収支報告の義務を課し、その2号で、「すべての支出について、その支出を受けた者の氏名及び住所並びに当該支出の目的、金額及び年月日」の報告義務を明記したうえ、同条2項はその報告に照応する領収書の写を添付するよう義務づけている。

法の記載は、「5万円以上の支出」となっているが、国会議員関係政治団体については、収支報告書に明細を記載すべき支出の範囲が拡大されており、人件費以外の経費のうち一件当たり1万円を超えるものについて、収支報告書に記載するとともに、領収書等の写しを併せて提出しなければならない。また、領収書の徴収義務はすべての支出に係ることとされている。

念のためだが、総務省の有権解釈は次のとおり、明快である。
「法における『領収書等』とは、『当該支出の目的、金額及び年月日を記載した領収書その他の支出を証すべき書面』のことです。」

【よくあるご質問】領収書関係
Q1 法における「領収書等」は、当該支出の「目的」、「金額」、「年月日」を記載した領収書その他の支出を証すべき書面とのことですが、これらの記載すべき事項が記載されていない場合は、「領収書等」に該当しないのですか。
A1 法における「領収書等」は、当該支出の「目的」、「金額」、「年月日」の三事項が記載されていなければなりませんので、1つでも欠ければ、法の「領収書等」に該当しません。(「国会議員関係政治団体の収支報告の手引」)

明らかに、金額も宛名も完成した領収書の徴収が義務づけられている。あとで、正しい金額を補充したという言い訳は通用しないのだ。まさしく、富山の市議諸君が見本を示したとおり、詐欺などの実質犯を誘発する法益侵害の危険を防止するために、「白紙領収証は領収証ではない」のだ。違反には、「3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金」が定められている。白紙領収証の発行者も、身分のない共同正犯と言わねばならない。

もう一度、イナダ(事務所)が何をしたのか、確認しておこう。
「しんぶん赤旗日曜版」(8月14日号)の報道によると、稲田大臣が代表を務める資金管理団体「ともみ組」の収支報告書(2012~14年分)に添付された領収書のうち、政治資金パーティーに「会費」として支出した計260枚、約520万円分の領収書の「宛名」「金額」が同じ筆跡なのだ。稲田事務所の職員が、白紙の領収書に手書きで記していたのだという。

日刊ゲンダイも領収書を入手し精査したところ、同じ筆跡で記された領収書がぞろぞろ出てきた。12年10月11日付の領収書には、丸川珠代五輪相が主催する政治資金パーティーに、13年12月19日付の領収書には高市早苗総務相のパーティー、14年10月2日付の領収書には加藤勝信1億相のパーティーにそれぞれ「¥20000」支出したことが記されている。筆跡は素人目に見ても同じ。特に、宛名に記された「ともみ組」の「と」の字、金額欄に記された「¥」マークは、どれも同じ人物が書いたものとしか見えない。
 稲田事務所は赤旗に「金額は稲田事務所の事務担当者が(白紙の領収書に)書き入れている」と、シレッと認めていたからフザケている。

日刊ゲンダイが過去に、資金管理団体「ともみ組」の1件1万円以下の支出に関わる「少額領収書」の問題を調べたら、缶ビールやアイス、カップラーメンなどを政治資金で購入していたことが分かった。こんなフザケたカネの使い方や白紙の領収書が、一般企業で認められるとはとても思えない。

富山の市議諸君とイナダ防衛大臣。ちょっと似てるが、バッシングの受け方が大きく違う。この点について、リテラが次のような指摘を紹介している。

「稲田さんの件なんて取り上げられるわけがないじゃないですか。今のテレビでは、稲田さんにかぎらず内閣の閣僚や自民党幹部の不正を取り上げようとしても、絶対に上に潰されますよ。各局とも、国会で大々的に追及されるか、本人が認めない限り報道しない、というのが不文律になっていますから。ただ、知事や地方議会になると、このハードルがかなり下がるので、思い切った厳しい追及ができる。というか、舛添前知事のときもそうでしたが、安倍政権のことをやれないぶん、そのうっぷんを地方政治家にぶつけている、という構造はあるでしょうね」

もちろんイナダ自身にも、会計責任者選任監督上の刑事責任があり得る。富山の市議諸君は反省の弁頻りだが、イナダはいまだに反省も謝罪をもしていない。犯状悪質というしかないではないか。刑事事件として立件して黒白をつけてもらいたい。
(2016年9月14日)

「しのばず通信」に見る、それぞれの「私の戦争」「私の8月15日」。

「根津・千駄木憲法問題学習会」の機関紙「しのばず通信(9月8日号)」が届いた。毎月、切手のない封筒に入れての戸別配達。わが事務所の郵便受けにぽとり。

A4・1枚両面印刷の手作りだが、通算129号。毎月1回の例会を欠かさず、10年以上の継続となっている。その息の長い活動に頭が下がる。ここに集まるような人々が、憲法を支えているのだ。

月刊だから、9月号は「〔特集〕私の8月15日」となって、3人の寄稿が掲載されている。敗戦時、中学2年の男性、女学校1年の女性、そして当時13歳の女性。それぞれの「私の8月15日」が興味深い。1億通りの8月15日があったことをあらためて想起させられる。

「当時中学2年の男性」とは、少年事件問題の家裁調査官として著書も多数ある浅川道雄さん。「私の戦争体験」を次のように綴っておられる。

「私が生まれた昭和6年に「満州事変」が始まり小4の冬「大東亜戦争に突入ということで、私が物心付いた時に戦争は日常のことになっていました。戦争末期に体験した東京大空襲」は「死の瀬戸際」を感じるほどの強烈な体験でした。
 1945年5月25日に目黒の自宅を焼かれ、寄留先の八王子でも、8月1日にまた焼かれ、命からがら目黒に戻り、疎開先に留守番を兼ねて仮住居しているとき、敗戦を迎えました。
 中学2年の私は、5月の空襲でも、八王子の後も、生きている限り「小国民の義務」として三鷹の軍需工場へ通い続けました。「米軍が上陸してきたら、皇居と首都を守って玉砕するのだ」と配属将校に言われ、自分の心にも、そう言い聞かせていました。「どうしたら立派に死ねるか」が私の最大の関心事でした。そんな思いをけっして子どもたちに味合わせたくないと、固く思います。」

「当時女学校1年の女性」は、「戦争はいや! 私たちは戦争の語り部に!」と題して、「やがて戦争が終わったことを知ると、今夜から明るい電燈の下で暮らせ、空襲の恐ろしさもないのだという安心感に満たされた。」「でも、あれから71年経った現在、…民主々義の自由の風も、人びとが気付かぬうちに、じわじわと戦争前の時代のような匂いがしてきた」と警告している。

そして、「当時13歳の女性」の「私の8月15日」が、貴重な体験を次のように語っている。
「3月10日の東京大空襲で母はじめ5人の兄弟を失った私。更に土浦空襲でも予科練生だった兄を失って父と2人だけになってしまった私。
 あの日は父の部下だった方の所、千葉へ買い出しに行くとの事で父と一緒に列車に乗った。途中、天皇陛下の重大放送があるという事で全員、列車から降ろされて線路に並ばされた。正午、一段高い所に置かれたラジオにみんな頭を下げて陛下の玉音放送なるものを聴いた。が、ただガアガアと云っているだけで、何も聞き取れなかった。空が真っ青に澄んでいて暑い日だった。
 その日、父の部下だった方の家に2、3人の村人がやって来て日本は戦争に負けたのだと云った。そしてこれからはアメリカ軍がやってきて、女性はみんな陵辱され、男共と子どもはみんな殺される。だからみんな山に逃げなければいけないと云った。私は父が殺されて又一人になったらどうしよう。そして大人でも子どもでもないチビの私はどうなってしまうのかとたいへんな不安におののいた、私13歳の日本敗戦日でした。」

**************************************************************************
8月15日の感想は一色ではない。おそらくは、「戦争が終わって、今夜から明るい電燈の下で暮らせる。空襲の恐ろしさもなくなった」という安堵感で終戦を迎えた人が多数であったろう。しかし、「日本は戦争に負けた。これからアメリカ軍がやってきて、女性はみんな陵辱され、男共と子どもはみんな殺される。」と敗戦の悲劇を恐怖した少なからぬ人もいた。これは、根も葉もない流言飛語の類だったのだろうか。

ずいぶん以前のことになったが、沖縄の戦跡をめぐったことがある。いくつもの、「ガマの悲劇」を聞かされた。現地で見て、想像していたよりもガマが広く大きいのに驚いた。数十人単位の避難民がそれぞれのガマで運命をともにしたという。

ガマの外から、米軍が日本語で投降を呼びかける。ガマの中の避難民に抵抗の術はなく逃走も不可能。投降するか確実な死か。極限の選択が迫られた。

あるガマでの現地平和運動活動家からの説明が印象的だった。
「このガマには二つのグループが避難していましたが、一つのグループは投降して全員が助かり、もう一つのグループは投降を拒否して自決か砲撃でほぼ全員が死亡しました。
 投降を受諾したグループのリーダーは、元はアメリカに出稼ぎ経験のある高齢男性でした。彼の気持の中でのアメリカは、「敵ではあっても、デモクラシーの国」であって、「鬼畜米英」という観念はなかったのです。みんなを説得して投降し、命を救ったのです。
 一方、投降を拒否したグループのリーダーは従軍看護婦の経歴を持つ女性でした。中国戦線での体験から、投降した中国人捕虜が皇軍によっていかに残虐に扱かわれていたかを知る立場にいた方です。この方は、みんなを説得して投降を拒否したのだと言いつたえられています。
二つのグループはガマの中で行動をともにしていましたが、最後の決断で分かれ、運命も分かれたのです。」

あのガマの闇が、歴史の闇に重なる思いだった。重苦しく合掌するのみ。
(2016年9月13日)

「法学セミナー」に、特集「スラップ訴訟」-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第79弾

本日(9月12日)発売の「法学セミナー」(日本評論社)10月号が、「スラップ訴訟」を特集している。弁護士・学者・ジャーナリストが執筆した、計9本の論文から成っている。

私が、総論として「スラップ訴訟とは何か」を書き、以下各論が充実している。事例紹介、言論への萎縮効果、アメリカでの反スラップ法の紹介、名誉毀損訴訟の理論的検討、スラップ提起を不法行為とする判例枠組みの再検討、そしてスラップ抑止・救済のあり方、立法論の検討まで、充実した特集となっている。

執筆者の一人、紀藤正樹さんは、「ついにいろいろな方々の協力を得て、ここまでこぎつけました。今月号の法学セミナーの『スラップ訴訟』特集。是非お読みください。現時点の日本での最高峰の議論はできていると思います。」と宣伝に努めている。

言論の自由を大切に思う方、民事訴訟制度のあり方に関心をお持ちの方に、是非ご購読いただきたい。定価は税込1512円(本体価格 1400円)、お申し込みは下記URLから。
  https://www.nippyo.co.jp/shop/magazines/latest/2.html

特集の冒頭に、編集部の次のリードがある。
「日本においてようやく認知され始めたスラップの定義、実態、弊害を整理して紹介し、アメリカの反スラップ法を参考に日本における抑止・救済策を整理し、今後の議論を展望する。」

内容は以下のとおり。
Ⅰ スラップ訴訟とは何か……澤藤統一郎

Ⅱ 事例紹介
  1 武富士事件スラップ訴訟……新里宏二
  2 伊那太陽光発電スラップ訴訟……木嶋日出夫

Ⅲ 恫喝訴訟と言論萎縮効果……三宅勝久
  ──高額損害賠償請求の「恫喝訴訟」による企業批判のタブー化

Ⅳ スラップ訴訟、名誉毀損損害賠償請求訴訟の現状・問題点とそのあるべき対策(立法論)……瀬木比呂志

Ⅴ アメリカにおける反スラップ法の構造……藤田尚則

Ⅵ 昭和63年判例(最三小判昭63・1・26)の再検討……小園恵介
  ──抑止・救済のための法的課題の検討1

Ⅶ 日本の名誉毀損法理とスラップ訴訟……佃 克彦
   ──抑止・救済のための法的課題の検討2

Ⅷ スラップ訴訟の外縁から見る抑止・救済の法的課題の検討……紀藤正樹
   ──抑止・救済のための法的課題の検討3

上記の各タイトルの内、「Ⅵ 昭和63年判例の再検討」だけが、やや呑み込みにくい。これは、スラップ提起への対抗策として、提訴自体を不法行為とする損害賠償請求反訴(または別訴)の認容要件についての再検討である。この「昭和63年判例」は、「訴えの提起が不法行為にあたる場合」のリーディングケースとなっているが、事案は言論の自由に関わるものではなく、不動産取引に関する提訴である。この判例の判断枠組みを、言論の自由を意識的に攻撃するスラップ訴訟に、そのまま当てはめることの不当と、再検討の必要を論じたのがこの論文。

法律雑誌にこのような特集が組まれることは、スラップの横行が社会悪として看過し得ない事態に至っていることを示している。スラップ被害回復とスラップ阻止、そしてスラップ廃絶への大きな一歩というべきだろう。スラップ常連企業には、こころしていただきたい。

各論文は雑誌をお読みいただくとして、ご購読の意欲喚起のために、私の論文の「結びに」の一部を抜粋してご紹介しておきたい。
「かつては、社会にも訴訟関係者にも不当訴訟の提起を許さない雰囲気があった。真っ当な弁護士なら、民事訴訟をこのような不当な手段には使わないという黙契があった。いま、企業も政治家もスラップ提起に躊躇なく、またスラップ訴訟提起を受任して恥と思わない弁護士が増えてきている。」
「スラップ訴訟は敗訴を重ねているが、その威嚇効果の有効性を否定し得ない。立法措置を展望しつつ、法廷では個別の案件でスラップに成功体験をさせない努力の積み重ねが必要だが、それだけではない。スラップという用語と概念を世に知らしめ、スラップ提起を薄汚いこととする常識を定着させなければならない。スラップ提起者のイメージに傷がつき、ブランドイメージや商品イメージが低下して、到底こんなことはできないという社会の空気を醸成することが重要だと思う。法制度の設計も運用も、社会の常識と離れてはあり得ないのだから。
(2016年9月12日)

天皇制の呪縛「権威への依存性」を断ち切れ

天皇制を論じる出発点は丸山眞男(「超国家主義の論理と心理」)なのであろうが、私の世代感覚からは、丸山の論じるところはあまりに常識的に過ぎてインパクトは薄い。丸山は天皇制の呪縛と闘ってかろうじて逃れ得た人、という程度のイメージ。

丸山自身の次のような言は、丸山自身には重い意味を持っているのだろう。

「『國體』という名でよばれた非宗数的宗教がどのように魔術的な力をふるったかという痛切な感覚は、純粋な戦後の世代にはもはやないし、またその『魔術』にすっぽりはまってその中で「思想の自由」を享受していた古い世代にももともとない。しかしその魔術はけっして『思想問題』という象徴的な名称が日本の朝野を震撼した昭和以後に、いわんや日本ファシズムが狂暴化して以後に、突如として地下から呼び出されたのではなかった。日本のリベラリズムあるいは『大正デモクラシー』の波が思想界に最高潮に達した時代においても、それは『限界状況』において直ちにおそるべき呪縛力を露わしたのである。」(「日本の思想」岩波新書)

私は、この一節がいう「純粋な戦後世代」に属する。もちろん、『國體』という観念の「魔術的な力」についての痛切な感覚とは一切無縁である。天皇制の呪縛とは、「天皇教」のマインドコントロールということにほかならない。その「魔術」や「おそるべき呪縛力」に絡めとられてしまった学問にいったいどんな意味があるというのだ。そんな「知性」はニセモノに過ぎないのではないか。そう、突き放すのみ。

しかし、丸山の「日本のリベラリズムあるいは『大正デモクラシー』の波が思想界に最高潮に達した時代においても、それは『限界状況』において直ちにおそるべき呪縛力を露わしたのである」という指摘は、過去のものではなく今耳を傾けなければならない。現天皇の生前退位表明以来の象徴天皇制に関する諸議論を、「天皇制の呪縛との関わり」という視点で吟味が必要なのだ。

戦前の天皇は、統治権を総覧する主体(旧憲法第1条)であるだけでなく、「神聖ニシテ侵スヘカラ」ざる存在とされた(旧憲法第3条)。3条は、『國體』という名でよばれた非宗数的宗教が条文化されたものと読むことができる。1条の政治権力は、3条の神聖性や文化的道徳的権威の基盤のうえに構築されたものなのだ。

旧天皇制は、「権力的契機」と「権威的契機」とからできていた。丸山の前掲書を我流に引用するなら、
「伊藤(博文)が構想した明治憲法体制は、『国家秩序の中核自体を同時に精神的機軸とする』ものであった。新しい国家体制には、『将来如何なる事変に遭遇するも…上(天皇)元首の位を保ち、決して主権の民衆に移らざる』ための政治的保障に加えて、ヨーロッパ文化千年にわたる『機軸』をなして来たキリスト教の精神的代用品をも兼ねるという巨大な使命が託されたわけである。」

「國體」とは、急ごしらえではあっても、「ヨーロッパ文化千年にわたる『機軸』をなして来たキリスト教」に相当するものとして構想され、この擬似宗教による権威が天皇の政治権力正当化の役割を担った。

敗戦と日本国憲法制定によって、旧天皇制の「権力的契機」は払拭された。このことによって、直接的な政治的支配の道具としての天皇の有用性はほぼ解消された。しかし、「権威的契機」は象徴天皇制として生き残った。この残滓としての象徴天皇制が、社会的統合機能を司る。その統合が、「権威への依存性」を涵養する役割を果たす。

刈部直の「丸山眞男-リベラリストの肖像」(岩波新書)は丸山眞男が論じたところを、的確にそしてコンパクトに紹介する。直接に丸山を読むより、刈部を読む方が、丸山がよく分かるのではないだろうか。

刈部の書から、天皇制に関する核心部分を引用してみる。キーワードは、「権威への依存性」である。

「南原(繁)にせよ、津田(左右吉)にせよ、丸山がその後も尊敬してやまなかった学者である。彼らに見える皇室に対する敬愛を、明治人と大正人との程度の違いはあれ、みずからもこれまで抱いてきた。しかし、戦時中に軍隊で経験し、再び戦犯裁判で見せつけられることになった、「権威への依存性」は、リベラルな知識人の天皇への親近感のなかにも、しっかりと根をはっているのではないか。それを放置したままで、個人が「自主的な精神」を確立することなどできるのか。―そうした問いが、丸山の中をかけめぐる。そして、「三日か四日」で一気に論文(「超国家主義の論理と心理」)を書きあげた。のち、昭和天皇の崩御に際しての回想で、執筆時の気持ちを生々しく語っている。」

以下は、刈部が引用する丸山の言。
「敗戦後、半年も思い悩んだ揚句、私は天皇制が日本人の自由な人格形成-自らの良心に従って判断し行動し、その結果にたいして自ら責任を負う人間、つまり「甘え」に依存するのと反対の行動様式をもった人間類型の形成-にとって致命的な障害をなしている、という帰結にようやく到達したのである。あの論文を原稿紙に書きつけながら、私は「これは学問的論文だ。したがって天皇および皇室に触れる文字にも敬語を用いる必要はないのだ」ということをいくたびも自分の心にいいきかせた。のちの人の目には私の「思想」の当然の発露と映じるかもしれない論文の一行一行が、私にとってはつい昨日までの自分にたいする必死の説得だったのである。」

こうして丸山は、「天皇制」について、「これを倒さなければ絶対に日本人の道徳的自立は完成しないと確信する」立場に至った、というのだ。いうまでもなく、「これを倒さなければならないとする天皇制」とは象徴天皇制のことである。

しかしなんとまあ、大仰に悩んだ挙げ句の天皇制の呪縛からの脱出劇。必死に自分を説得しての天皇制への訣別宣言。これが、インテリゆえの苦闘なのだろうか。あるいは、旧体制の上層の位置にどっぷり浸っていた精神構造のゆえなのだろうか。

同世代の日本人が、天皇制からの精神的自立のためにこんなにも悩んだとは思えない。少なくも、食糧メーデーに参集した庶民の側は、「朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね ギョメイギョジ」というフレーズに共感する健康な精神をもっていたのではないか。

もっとも、丸山の「権威への依存性」は、リベラルな知識人の天皇への親近感のなかにも、しっかりと根をはっているのではないか。それを放置したままで、個人が「自主的な精神」を確立することなどできるのか、という問には共感する。この場合の「権威」は天皇制に限らない。あらゆる分野に、「権威」が満ち満ちているではないか。この依存性を断ちきって、自分が誰かに従属する「臣民根性」から脱却しなければならないと思う。

天皇・天皇制は、本来民主主義と相容れない。それは、君主に権力が集中する恐れあるからという理由よりはむしろ、権威の象徴としての天皇を認めることが、丸山のいう国民の精神における「権威への依存性」を容認することだからである。まさしくそれを放置したままでは、個人の「自主的な精神」「主権者意識」は育たないからなのだ。

確かに、現行日本国憲法は象徴天皇制を認めている。しかし、それは歴史的な旧憲法体制の残滓であって、憲法の基本構造からみれば夾雑物に過ぎない。将来は憲法を改正して制度を廃絶すべきが当然である。そして、現行憲法が天皇制を廃絶するまでの間は、この夾雑物が、人権尊重・民主主義・平和主義に矛盾せぬよう、可能な限りその存在を極小化する努力を継続すべきなのだ。

その立場からは、国事行為以外の天皇の公的行為を認めてはならない。国会開会式での天皇の「(お)ことば」は不要である。国民体育大会にも植樹祭にも出席は無用だ。天皇に過剰な敬語は要らない。皇室予算は可及的に削減すべきである。そして、何よりも、主権者の一人ひとりが「権威への依存性」を意識的に断ち切る努力をしなければならない。
(2016年9月10日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2016. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.