澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

これが、日本学術会議推薦会員候補者6名の任命拒否に関する情報開示請求の内容である。

(2021年4月30日)
 菅首相による、日本学術会議推薦会員候補者6名に対する任命拒否問題。批判の世論喚起だけでなく、具体的な法的手続が始まった。その手はじめが、4月26日提出の行政文書開示請求である。

 二つのアクションが同時に行われた。その一つは、任命を拒否された当事者6名の研究者による《個人情報開示請求》であり、もう一つがこれをバックアップする法律家(法学者と弁護士)1162名による《行政文書開示請求》である。

 いずれの請求も、その狙いは、政権による「任命拒否」の真の理由をあぶり出すことにある。これだけのことをしておいて、政権は一切理由を語ろうとしない。説明責任拒否なのだ。ならば、菅義偉の口に替えて、保管されている公文書をして理由を語らせようということである。

 学術会議は、ほぼ1年をかけて、次期会員としての候補者105名を選任して、内閣総理大臣に推薦した。具体的には、内閣府に属する学術会議(事務局)から内閣府(大臣官房)に105名の推薦者名簿が提出され、これが官邸(内閣官房)にまわっている。いつの時点でか105の名簿が99名のものとなって、官邸の内閣官房副長官杉田和博から菅義偉に渡され、これに基づいて決裁されている。
 
 文書開示請求は、この経緯に関与した各部署の文書保管責任者宛に、その保有する関連文書の開示を求めるものである。整理すれば、下記のとおり。

★開示請求先
(1) 内閣官房(官邸)
  a 内閣総務官
  b 内閣官房副長官補(内政担当)
(2) 内閣府本府
  c 内閣府大臣官房長
  d 内閣府日本学術会議事務局長
の4部署

★任命拒否当事者6名による個人情報開示請求対象の文書
 2020年の日本学術会議の任命にかかる自己に関して保有している一切の文書
 (上記a~dの4先に同様の請求。4通/1人×6人で24通の請求書を提出)

★法律家1162名による開示請求対象の行政文書
①下記各文書
1 杉田和博官房副長官ないし内閣官房職員と内閣府との間におけるやりとりを記録した文書
2 2020年12月10日開催の参議院予算委員会理事懇談会において提出された文書
3 日本学術会議が推薦した会員候補者105名の任命に関して内閣総理大臣が受領ないし確認した文書(あるいは、内閣総理大臣に提出ないし発出した文書)
4 その他一切の文書

② 2020年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち一部の者を任命しなかった根拠ないし理由がわかる一切の文書

③ 2020年に日本学術会議が推薦した会員候補者のうち、内閣総理大臣が任命しなかった者がわかる一切の文書

(上記a~dの4先に、①②③各別の請求。4×3で12通の請求書を提出)

その返答を待ちたい。

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 なお、日本学術会議の推薦会員任命拒否の問題は、看過することのできない大問題である。民主主義の土台を崩す暴挙と言って過言ではない。こんなあからさまな違法を放置しておいてはならない。

 戦後の保守政権は戦前の専制復活を夢み続けてきたが、日本国憲法と戦後民主主義を支持する世論に阻まれてきた。それでも、彼らは日本国憲法に敵意を剥き出しにし、「自主憲法制定は党是」と言い続け、いまだに民主主義を突き崩そうとしている。

 憲法改正までは実現できなかったが、日本国憲法と一体としてある教育基本法に手を付けたのが安倍晋三の第1期政権だった。次いで安倍第2期では、それまで政府自らが違憲としていた集団的自衛権行使を可能とする法制度を作った。自民党ばかりか公明党までがこれを支えた。日本の保守の正体が顕れたといってよい。
 
 そして、菅義偉政権が強引に日本学術会議の人事に介入した。端的に言えば、政権に対する批判勢力を切ったのだ。狙いは大きくは二つあったろう。一つは、恫喝である。政権に対する批判を許さないとする居丈高な姿勢の表明である。そして、もう一つは政府機構に埋め込まれた学術専門家集団のチェック機能の放逐である。予て夢みていた専制支配復活への一歩にほかならない。民主主義を大切に思う者にとって、けっして傍観も、座視も許されない。

 以下に、当日発表された「情報公開請求よびかけ人共同代表」のアピールを紹介する。

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日本学術会議会員の任命拒否に対する行政文書開示請求に当たって

 本日、私たち法律家1162名(法学者322名、弁護士840名)は、連名で、内開府等に対し、昨年10月1日に内閣総理大臣が日本学術会議が推薦した会員候補者6名の任命を拒否した問題に関し、行政機関の保有する情報の公開に閣する法律に基づき、行政文書の開示請求を行いました。ちょうど日本学術会議が、4月22日の総会で6名の即時任命を求める声明を発した時期と重なりました。
 この文書開示請求は、日本学術会議の要請や広汎な世論にも背を向けて、その任命を拒否し続け、しかもその理由を全く説明しようとしない政府、内閣総理大臣に対し、任命拒否の経過等を記載した行政機関保有の文書を開示させることにより、そのプロセス、理由、責任の所在を明らかにさせることを目的とするものです。
 その趣旨及び意義は、この請求への協力を呼びかけた添付のよびかけ文に記載されているとおりですが、本件任命拒否は、総理大臣の任命権は形式的なものだとしてきた過去の国会答弁に反するばかりか、日本学術会議は「優れた研究又は業績がある科学者」の同会議による選考、推薦に基づいて任命された210人の会員で組織すべきことを規定している日本学術会議法に違反し、同法で「独立して職務を行う」とされている日本学術会議の独立性を脅かし、ひいては憲法23条の学問の自由と自律その他の憲法上の権利をも脅かしかねないものです。このように、政府みずからが法律に違反して科学の独立を脅かしながらその説明責任を果たさないというがごとき専横を許すならば、それはこの国の民主主義のあり方をも根底から揺るがすものになりかねません。
 私たちは、法律家として、単に日本学術会議だけの問題に止まらないこのような法的正義に反する重大な事態を座視することはできないと考え、主権者である国民に対する政府の説明責任が全うされるとともに、行政が公正かつ民主的に運営されることを期し、本件任命拒否に関する行政文書の開示請求を行いました。
 またこの度同時に、任命を拒否された6名の科学者全員が、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律に基づき、自己情報の開示請求を行いました。これは画期的なことであり、任命拒否の理由を明らかにさせて任命を実現するため、ともに力を尽くしたいと思います。
 私たちは、今回提起した行政文書開示請求に、多くの法律家の方々が共感し、声を挙げて下さったことに、大きな喜びと責任を感じています。この開示請求を必ずや本件任命拒否問題を打開する大きな力とし、任命拒否の既成事実化を許さず、所期の目的を実現するため、今後の取組を強めていく決意を、ここに表明するものです。
 2021年4月26日
   情報公開請求よびかけ人共同代表
    浅倉むつ子  右崎 正博  小森田秋夫  中下 裕子
    長谷部恭男  福田  護  三成 美保  三宅  弘
 

堪へ難きを堪へ忍び難きを忍び 東京オリンピックを返上せむ

(2021年4月29日)
 「昭和の日」。天皇制がもたらした戦争の惨禍を反芻し、天皇(裕仁)の戦争責任を熟慮すべき日。そのことを通じての平和希求の日である。

 もっとも、天皇(裕仁)の戦争責任についての考え方は一様ではない。おそらくは、コロナ対策に四苦八苦の菅義偉の目から見ると、昭和天皇(裕仁)の戦争責任の取り方こそは、政治リーダーにおける理想形と映ることであろう。何しろ、戦争を開始した責任も、戦争終結を遅らせて内外に多くの犠牲者を出した責任も全てを他人に押し付けて、最後の終戦の「聖断」だけを自分の手柄にしたのだから。あれで、戦後は「国民の命を救った」「平和をもたらした」英邁な君主だとされたのだから、羨ましくてならないだろう。

 あれを見習って、いま菅義偉がなすべきは、東京五輪返上の宣言である。今や、衆目の一致するところ、オリンピックこそがコロナ対策の最大の妨害物である。政権の東京五輪強行の姿勢が民衆の批判に晒され始めている。
 
 今ここで、東京五輪返上宣言をすれば、コロナ禍を招き寄せた責任も、これに対処できなかった医療脆弱の責任も、東京五輪にこだわってコロナ対応を遅らせた責任も、政治の無為・無策・無能の責任も、なんとなくうやむやに回避することができそうではないか。昭和天皇(裕仁)と同様に。

 その昭和天皇(裕仁)に倣って、以下のような五輪返上宣言を出してみてはどうだろうか。昭和天皇(裕仁)ほどには、エラそうにすることなく。

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 予、深く世界の大勢と我国の現状とに鑑み、非常の措置を以て政局を挽回せむと欲し、ここに温順なる汝ら選挙民に告ぐ。
 予は、東京都知事ならびに東京五輪組織委員会の同意を得て、予の政府担当大臣をして、国際オリンピック委員会に対し、東京五輪開催を返上する旨通告せしめたり。
 そもそも我国と我国民の安寧を図り、万邦万民と共栄共存せんとするは、内閣総理大臣たる予の神聖なる責務とするところ。予の前任者安倍晋三が「フクシマをアンダーコントロール」と大嘘を吐いてまで東京五輪を招致したる所以もまた、必ずしも利権への均霑を目的とするのみにあらず。
 政治の要諦は、人民にパンのみならずサーカスをも提供すべきにあるところ、オリンピックこそは、現代最大のサーカスにして、最高の経済効果をもつイベントであり、それ故にその成功は最強の政権支持浮揚策となる。
 かかる見地から、保守政治体制と財界の総力を挙げての東京五輪準備に邁進してきたところ、予期せぬ新型コロナ蔓延の事態に遭遇。これまで、既に1年有余のコロナとの交戦を経て、医療従事者の勇戦、官僚の精励、更に一億庶民各々最善を尽せる協力あるも、戦況の劣勢必すしも好転せず。
 世界の大勢もまた我に利あらず。しかのみならず、新に幾種類もに変異する新型コロナウィルスは跳梁やむことなく、感染者の増大と重篤化は防止困難な深刻な事態に至る。
 これに対応すべき医療の体制は脆弱にして、もし東京五輪の実施にこだわるとせば、さらに無辜の罹患者・重症者・病死者を輩出し惨害の及ぶ所、真に測るべからさるに至らん。今や、東京五輪がコロナ対策妨害者として認識されつつあり、ついには、オリンピックに対する怨嗟の声が、国民全体の政権批判の声に転化することは火を見るより明らかとなりぬ。
 とすれば、座して政権批判世論の勃興を見るよりは、ここに敢えて予自ら東京五輪中止を宣言して、政権の総力をコロナ対策に集中すること以外に、危殆に瀕している政権浮揚の策はない。
 予は、これまで東京五輪準備に邁進された諸氏に感謝の意を表する。また、オリンピック出場を目指していた選手諸君に想いを致せば、五臓が千切れる思いでもある。惟うに今後我国の受くべき苦難は固より尋常にあらず。汝ら人民の無念も、予よくこれを知る。然れども、政権の安泰と、保守政治の安定継続のためには、堪へ難きを堪へ忍び難きを忍び、東京オリンピックを返上すること以外にはなく、これをもって万世の為に自民党政治の展望を見出さんとするものである。
 汝ら人民、宜しく予の意を体して、東京五輪はコロリと忘れてコロナ対策に専念せよ。
 ギョメイ ギョジ

4月28日に思い起こす沖縄県民の「屈辱」とは?

(2021年4月28日)
 1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効によって、日本の本土は連合軍の占領から「独立」した。しかし、沖縄・奄美・小笠原は切り離されて、引き続いての米国の占領下に置かれた。以来本日は、本土では祝うべき「主権回復の日」であり、沖縄では祝うべからざる「屈辱の日」である。

 下記の、2013年3月29日付沖縄県議会「抗議決議」は、本土が4月28日を「主権回復の日」と位置づけて祝賀式典を企画したことに対して、沖縄は「屈辱の日」を祝うことはできないとの抗議の意思の表明である。沖縄の人々の心情をよく表している。

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4・28「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」に対する抗議決議

 3月7日の衆議院予算委員会において、安倍晋三首相はサンフランシスコ講和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」と位置づけ、政府主催の式典を開催する考えを表明し、3月12日の閣議で決定した。
 日本は1951年9月8日にアメリカ合衆国を初めとする連合国諸国との間でサンフランシスコ講和条約に調印し、翌年4月28日に発効した同条約第3条によって北緯29度以南の奄美・沖縄・小笠原は日本から分離され、米国の施政権下に置かれた。
 安倍首相は国会でサンフランシスコ講和条約の発効で我が国の主権は完全に回復したと述べているが、その日をもって日本から切り離された沖縄はその主権下になかった。
 ゆえに4月28日は、沖縄の人々にとって「屈辱の日」にほかならないのである。
 沖縄は、去る大戦で本土防衛の捨て石とされ、二十数万人余のとうとい命が奪われた。
 戦後も新たな米軍基地建設のため、銃剣とブルドーザーによる強制接収で米軍基地は拡大され、1972年の本土復帰後も米軍基地は存在し続けている。県民は今日なお、米軍基地から派生する騒音問題や米軍人・軍属等による事件・事故等により、日常的に苦しめられ、さらには県民総意の反対を押し切る形でオスプレイ配備、辺野古基地建設に向けた手続が進められている。
 政府がまず行うべきことは、沖縄における米軍基地の差別的な過重負担を改めて国民に知らしめ、その負担を解消することではないか。
 沖縄が切り捨てられた「屈辱の日」に、「主権回復の日」としての政府式典を開催することは、沖縄県民の心を踏みにじり、2度目の沖縄切り捨てを行うものであり、到底許されるものではない。
 よって、本県議会は、今回の政府の式典開催に反対し、強く抗議する。
 上記のとおり決議する。

平成25年3月29日

沖 縄 県 議 会

内 閣 総 理 大 臣
内 閣 官 房 長 宛


 

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 鉄の嵐と形容された凄惨な沖縄地上戦は、1945年の4月から6月にかけてのこと。この戦いは、沖縄が本土の「捨て石」にされた時間かせぎ作戦であった。その7年後沖縄は、再び本土から切り離され捨てられた。またもや沖縄を日本の「捨て石」として切り離したのは、戦後なお、新憲法下で越権の政治介入を試みた天皇(裕仁)の意思が働いていた。
 本日の琉球新報社説は、そのことに触れている。


4・28「屈辱の日」 自己決定権を誓う日に

 4月28日を迎えた。サンフランシスコ講和条約の発効(1952年)によって日本の独立と引き換えに、沖縄は日本から切り離された。米国統治が始まった日である。沖縄はこの日を「屈辱の日」と呼んできた。

 米国統治によって沖縄は人権より軍事が最優先される「軍事植民地」のような状態に置かれた。講和条約調印(51年9月)から70年たった今も、米軍は駐留し続け、事件事故、環境汚染などで県民の人権と安全が脅かされている。
 日本は自国の安全を米軍の抑止力に頼り、基地負担を沖縄に押し付けている。沖縄には自らの将来を自ら決める権利がある。今年の「4・28」は「屈辱の日」を返上し、自己決定権の確立を誓う日としたい。
 「屈辱の日」の源流に二つの提案がある。サンフランシスコ講和条約が締結される4年前、昭和天皇は沖縄を「25年ないし50年、あるいはそれ以上」米軍に提供したいと提案した。「ソ連の脅威」に対抗するためだ。沖縄を日本から切り捨てることに等しい。

 講和条約第3条によって、米国は他国から干渉されず、沖縄基地を自由使用する権利を手に入れた。日本政府も同意している。
 1972年の施政権返還の際もこの構図は繰り返される。米国は日本に沖縄の施政権を返したが、日本政府の同意の下で基地の自由使用権は手放さなかった。
 沖縄返還から半世紀。この間、米軍は沖縄から海兵隊の撤退を検討した時期もあったが、日本政府に慰留されとどまっている。
 その結果「一つのかご(沖縄)に、あまりにも多くの卵(米軍基地)を入れている」(カート・キャンベル元国防次官補代理)現状がある。
 基地の整理縮小の目玉として日米は、米軍普天間飛行場の移設を合意した。ところがふたを開けると、名護市辺野古への新基地建設であり基地機能の強化だった。
 かつて昭和天皇が理由とした「ソ連の脅威」は、今や「中国の脅威」に取って代わり、日本政府は米軍が駐留する理由を正当化している。沖縄に米軍が駐留する必要性は変わらず、むしろ大きくなっているという言説が広がる。
 日本復帰から半世紀。日米に利用されてきた立場に終止符を打つ時期が来ているのではないか。


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 沖縄の味わった「屈辱」の実体とはなんであったろうか。「日本民族から切り離されて異民族による支配下に留め置かれた」というナショナリズム的心性ではないように思われる。何よりも、「軍事植民地支配」における自治権のないことであったろう。琉球新報社説の言葉を借りれば、「自己決定権」を剥奪された状態が「屈辱」なのだ。

 本土は、日本国憲法が保障する民主主義と自由の国になった。「自己決定権」を取り戻したのである。沖縄を犠牲にして。犠牲にされた沖縄は、本来もっているはずの「自らの将来を自ら決める権利」を認められなかった。本土との対比によって、沖縄の「自己決定権」の喪失は際立つことになった。これが、「屈辱」の実体ではないか。そして、その「屈辱」は今に至るも影を落としているという。

 香港の市民も、ウイグルの回教徒も、内モンゴルのモンゴル族も、そして軍政下のミャンマー国民も、「自己決定権」を剥奪された「屈辱」の状態にある。全ての人々に、「自らの将来を自ら決める権利」が認められなければならない。

菅義偉による「学術会議被推薦会員任命拒否」の暴挙を正す法的な闘いが始まった。

(2021年4月27日)
 昨日(4月26日)、学術会議から次期会員として推薦を受けながら、菅義偉によって任命を拒否された6名の研究者が、内閣府と内閣官房に対して、個人情報保護法に基づく自己情報開示の請求書を提出した。
 また併せて、法学者や弁護士計1162名が任命拒否の根拠や理由を示す文書の開示を求めて情報公開請求に及んだ。私も、その1162名の一人である。さあ、いよいよ本格的な法的レベルでの闘いが始まる。

 菅義偉という男が首相になっての初仕事が、日本学術会議の会員候補6名の任命拒否であった。権力による、アカデミズムへの乱暴極まりない不当介入である。憲法も法律も、学の独立も、非文明人である彼の目には入らない。あの中曽根康弘という超国家主義者でさえ、首相の日本学術会議会員任命権は形式的なものに過ぎないとして、学術会議自身の推薦を尊重した。菅の任命拒否は、違法というだけでは足りない。民主主義のなんたるかを弁えない蛮行であり暴挙であると評するしかない。

 自己情報開示請求は〈行政機関個人情報保護法〉に基づくもの。自己情報をコントロールする権利を行使して、行政機関に対して、学術会議会員の任命に関しての「自己に関して行政機関が保有している文書」の開示を求めるもの。

 法学者・弁護士計1162名の情報開示請求は、〈行政機関情報公開法〉にもとづくもの。開示請求の対象は、『任命拒否の経過や、根拠・理由が分かる行政文書』。当然のことながら、公開を拒否された場合には、行政事件訴訟法に基づく訴訟の提起までを想定している。

 昨日、自己情報開示請求書を持参して内閣府に直接提出したのは、岡田正則・早稲田大教授と小沢隆一・東京慈恵会医科大教授。二人は、記者会見でこう語っている。


岡田正則・早稲田大教授(行政法学)

 日本の民主主義と法治主義が試されている。日本学術会議法は、(首相は被推薦者を)任命しなければならないと定めている。政府も繰り返し学術会議からの推薦によって任命すると国会で約束してきた。にもかかわらず、今回突然、総理大臣がそれに縛られないで任命拒否できるとした。

 これは違法と言わざるをえない。政府がそれについて何も説明しないというのは、議会制民主主義を破壊する行為だ。法律家の責任として、このまま見過ごすことはできない。

 首相が、学術会議の推薦を否定したわけです。菅首相は「人事に関することだから説明できない」と言うが、拒否した6人の名前も業績も知らないという。それでも、「人事に関すること」と言えるのか。学術会議が推薦した者を拒否した基準はあるのか、あるならば明らかにしていただきたいということだ。

小沢隆一・東京慈恵会医科大教授(憲法学)

 この件は、重要な問題を含んでいる。今回の任命拒否について菅首相は、「学問の自由とは関係ない」「学術会議の独立を侵していない」と国会で答弁している。しかし、学術会議が私たちの研究業績にもとづいて選考・推薦したものを拒否するのであれば、特段の理由を明らかにしなければならない。

 政治的な立場から政府が介入したのではないかという疑念を国民は抱いている。今回は私たち自身が請求しているので、人事やプライバシーといった問題はクリアされている。今回の請求が、市民社会と政府と学術の関係を正していくものになるようにしたい。

総選挙前哨戦の「野党勝利」と「共闘に弾み」に祝杯!

(2021年4月26日)
 選挙翌日の新聞は、時に読む目に痛く身体に毒となる。しかし、本日の朝刊は精神安定によく効くクスリとなった。まことに気分がよい。

 毎日が一面トップに白抜きの横見出し。「衆参3選挙 自民全敗」としている。縦の見出しは、「菅政権に大打撃」。東京新聞も、横見出しで、「衆参3選挙 自民全敗」と打ち、一面の解説記事で「信頼失った政権に警鐘」と目立つ小見出し。そして、朝日は、縦の4段白抜きで、「衆参3選挙 自民が全敗」「総選挙控え 政権に打撃」。

 そして、赤旗。一面にぶち抜きの横見出しで、「3国政選 市民と野党全勝」。まるで、政権を取ったような扱い。これに「菅政権に痛打」という、縦の見出し。

 3選挙は、昨年(2020年)9月の菅政権発足後初めての国政選挙。各党とも、今年秋までにある衆院選の前哨戦と位置づけていた。その選挙の結果が、3対0である。各紙の見出しの付け方は、けっして大袈裟ではない。この選挙結果のインパクトが理解できる。これは、菅政権を揺さぶる大ニュースなのだ。なぜ大ニュースなのか。一般紙は、「自民全敗」だからであり、赤旗は「市民・野党が全勝」だからだという。これは、同じことであるようで、必ずしもそうではない。「市民・野党の勝利」は、野党共闘に弾みがついて、次の局面を切り拓く展望を語っている。

 いずれにせよ、「自民全敗」「野党全勝」は、民主主義が正常に機能している証左である。金にまみれ、国民の命をないがしろにしている政権に対する制裁となった選挙結果なのだから。来たるべき総選挙で、「自民全敗」「野党全勝」ともなれば、それこそ民主主義の偉大な勝利である。

 以下は、東京新聞の解説記事の一部である。

 菅政権で初の国政選挙となった衆参3選挙で、自民党が不戦敗も含めて全敗を喫した。この結果は、「国民のために働く内閣」を掲げながら失政を重ね、新型コロナウイルス対策でも感染を拡大させ3度目の緊急事態宣言まで出し、信頼を失った菅義偉首相に対する国民からの警鐘だ。「政治とカネ」を巡る自民党の金権体質にも、国民が厳しい審判を下した。

解説は菅が国民からの信頼を失うに至った根拠を、次のように整理している。
◆遅れるコロナ対応
 「Go To トラベル」やオリンピックを重視して種々の判断が遅れた。ワクチンも遅れて、全国民がいつまでに接種できるのかも見通せない。国民に不要不急の外出自粛を求めながら、与党議員が都内の高級クラブを訪れ、首相も高級ステーキ店での多人数の会食が批判を受けた。
◆繰り返される「政治とカネ」問題
 「政治とカネ」を巡っては、自民党の二階俊博幹事長が、参院広島選挙区再選挙のきっかけとなった河井案里前参院議員と夫の克行元法相による多額買収事件を「他山の石」と人ごとのように説明。総務省接待問題では、首相は長男正剛氏を当初、「別人格」として逃げ切ろうとした。首相側近の菅原一秀前経済産業相が選挙区内の行事で現金を配った疑いまで浮上した。

 この手際のよいまとめのとおりであろう。これからの政局、大いに野党に自信をもってもらいたい。とはいうものの、幾つかの懸念もある。各選挙とも投票率がいかにも低調。有権者の関心が低いのだ。
 これは、民主主義にとっての痛手にほかならない。
  衆院北海道2区補選 30.46% (前回比26.66%減)
  参院長野選挙区補選 44.40% (前回比 9.89%減)
  参院広島選挙区再選 33.61% (前回比11.06%減)

 そして、野党共闘がもひとつスッキリしないこと。赤旗は、「広範な市民と野党は、三つの選挙区すべてで安保法制廃止・立憲主義回復を基本とする政策協定を結び、幅広い勢力を結集してたたかいました」という。結構なことだが、一般紙での報道では、北海道2区でも参院広島でも、共産党は候補者の「推薦」政党にも、「支持」政党にもなっていない。スッキリした共闘に障害のあることは理解するが、どうしてもモヤモヤは晴れない。

司法の現状を改革する「希望への道筋」はどうしたら見えてくるのか。

(2021年4月25日)
 昨日の「司法はこれでいいのか」の集会。テーマの一つが「希望への道筋」であった。司法の現状を「これでいいはずはない」との認識を前提に、いったいいかにすれば司法を真っ当な存在に糺すことが可能なのか。

 今さら言うまでもなく、日本国憲法は人権保障の体系である。この憲法が妥当する域内において人権が侵害されるとき、被害者は司法に救済を求めることができる。司法は、侵害された人権を救済する実効性をもたなければならない。

 とりわけ、人権侵害の被害が強大な国家権力によるものであった場合にも、民主主義的基礎をもつ議会によるものであった場合にも、司法は躊躇することなく、人権を回復してその使命をまっとうしなければならない。しかし、50年前石田和外(5代目長官)の時代から、あるいは田中耕太郎(3代目長官)の時代から、司法は憲法が想定する存在ではない。

 大日本帝国憲法57条は、「司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ」と定めていた。戦前の司法は、天皇制の秩序を擁護することがその基本的任務であったと言ってよい。戦後の司法は、この体質を引き継ぎ、清算し切れていない。司法官僚制がこの体質を再生産して今日に至っているのだ。

 そのような現状においても、個別の訴訟における原告や代理人弁護士、あるいは支援団体の工夫や努力によって担当裁判官の共感を得て、勝訴を勝ち取る。その積み重ねによって「希望への道筋」を見出すことができるのではないか。これが、一つの立場である。

 この立場においては、人権擁護を目指す弁護士たる者、石にかじりついても個別事件に勝訴する工夫と努力をしなければならない。他の訴訟からそのノウハウを学ばねばならない。そのことによって、裁判官の心情を変え、その積み重ねで司法全体を変えていく展望も開ける、と考える。

 昨日の集会のディスカッションの中で、ある弁護士からこんな意見が出た。
 「裁判官を説得するとは、裁判官の共感を得ること。その共感とは、原告の立場を理解するとか、同情するとか、たいへんだなと思ってもらう程度では足りない。裁判官としての自分がこの境遇から原告を救済しなければならない、と決意させることでなくてはならない。」

 このように発言できる弁護士は立派だと思う。心からの敬意を表せざるを得ない。できれば自分もそのような熱意と力量を身につけたいものとは思う。しかし、この意見には、賛否があってしかるべきだろう。弁護士の多くに、このような水準の法廷活動を求めることは非現実的ではないか。むしろ、平均的な能力の弁護士による平均的な時間と労力を使っての法廷活動で、なぜ裁判官の説得ができないのかが問われねばならない。

 また、工夫と努力次第で本当に裁判所を説得できるものだろうか。厚いバリヤーがあるのではないか。天井のガラスは堅固なのではないだろうか。

 また、弁護士が、専門家としての職業倫理として、個別訴訟において人権擁護の努力を傾注すべきことは当然としても、そのことによって「希望への道筋」が開けると短絡してはならないのではないか。個別の訴訟の努力と成果が、そのまま司法制度の改善につながるとすることは楽観に過ぎるというべきで、司法の制度やその運用における問題点を改善する課題を忘れてはならないと思う。

 法教育、学部教育、法律家養成制度、裁判官の人事や処遇、裁判官統制の撤廃等々の課題が山積している。中でも、政権与党や、行政権から、真に独立した司法を作らねばならない。

 人事権をもつ司法官僚に睨まれる判決を書くには覚悟が必要だという。その司法官僚の背後には、政権や保守陣営や財界などの現行秩序を形作っている諸勢力が控えている。この現在の司法の在り方を強く批判することも、人権を擁護しようという市民や法律家の責務にほかならない。

「司法はこれでいいのか」と問い続けた50年

(2021年4月24日)
 本日は、下記のとおりの「司法はこれでいいのか」(現代書館)出版記念集会。望外の多くの人々にご参加いただいた。改めて50年前のことを思い出し、あのときの怒りを抱きつつ過ごした50年であったと思う。司法を憲法が想定するものに糺す課題は以前と変わらない。改めて、「司法はこれでいいのか」と問い続けなければならない。

 「司法はこれでいいのか ― 裁判官任官拒否・修習生罷免から50年」出版記念集会

日時 2020年4月24日(土) 13時30分~17時 
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)・6階「霧島」
主催:23期弁護士ネットワーク
共催:青年法律家協会 弁護士学者合同部会
協賛:日本民主法律家協会

        プログラムと担当                

☆総合司会・開会挨拶 ・澤藤統一郎
☆出版と集会の趣旨説明・村山 晃
☆挨拶         ・阪口徳雄
☆メッセージ(代読)  ・宮本康昭氏(13期再任拒否当事者)

第1部 パネルディスカッション(司法の現状把握と希望への道筋)
☆司会 梓澤和幸
☆パネラー冒頭発言
 ・西川伸一氏 司法の現状:制度と運用の実態をどう把握するか
 ・岡田正則氏 司法の現状:司法はあるべき職責を果たしているか
 ・伊藤 真氏 司法の希望への道筋をどう見い出すか。
☆各パネラーへの質疑と意見交換

第2部 具体的事件を通じて司法の希望を語る
☆司会 北村栄 豊川義明
 1 東海第二原発運転差止訴訟弁護団 丸山幸司弁護士
 2 生活保護基準引下げ違憲大阪訴訟 小久保哲郎弁護士
 3 同性婚人権救済弁護団・札幌訴訟 皆川洋美弁護士
 4 建設アスベスト京都1陣訴訟弁護団 谷文彰弁護士
 5 東京大空襲訴訟弁護団 杉浦ひとみ弁護士
☆フリーディスカッション
 ※冒頭発言 森野俊彦(23期・元裁判官)
 ※23期オンライン発言者 山田万里子
 ※どうすれば、裁判官の共感を獲得できるか。
 ※個別事件での獲得課題と司法を変えていく課題とはどう結びつくか。
 ※司法の独立・民主化に向けて今何が課題なのか など。
☆議論のまとめ 「司法の希望を切り開くために」 豊川義明

☆青法協弁学合同部会議長 挨拶   上野 格
☆閉会あいさつ           梓澤和幸

集会のコンセプトは以下のとおり。
 ※飽くまでも「司法はこれでいいのか」を問う集会。
 ※「司法」を語り、「これでいいのか」という批判の視点が基調となる。
 ※もちろん、批判を批判のまま終わらせず、司法の希望を見い出したい。
 ※結論はともかく、そのような問題意識を次の世代に伝える集会としたい。


開会のご挨拶  澤 藤 統一郎

 今から50年前、1971年の4月5日。その日は司法修習23期生の修習修了式でした。修習を終えた500人が全国に散って、弁護士・裁判官・検察官としてそれぞれの職業生活を始める希望の門出の日。

 ところが、この500人の中に、どうしても納得できない無念の思いを胸に秘めた7人がいたのです。彼らは、裁判官を希望しながら、採用を拒否されました。
 その直前には13期の宮本康昭裁判官に対する再任拒否もあり、私たちはこの任官拒否は不当な思想差別であり、裁判官全体に対する思想統制が狙いだと考えました。
 憲法の砦たるべき最高裁が、自ら思想差別を行い、裁判官の独立をないがしろにしている。法律家になろうとする私たちが、身近に起こっているこの違憲違法な事態を看過してよいはずはない。せめて、終了式の場で任官を拒否された彼らに、一言でもその思いの一端を発言する機会を与えてもらおうではないか。これが同期の総意でした。誰かが式の冒頭で、研修所長に同期の総意を伝えなければならない。その役割を担ったのが、クラス連絡会の委員長だった阪口徳雄君でした。

 彼、阪口徳雄君は、この修習修了式の冒頭、式辞を述べようとした所長に対して発言しました。このときの彼の態度は、けっして無作法なものではありません。所長は明らかに黙認しており、制止をしていません。この点は、「司法はこれでいいのか―裁判官任官拒否・修習生罷免から50年」の第1章に手際よくまとめられています。また、巻末の資料「阪口司法修習生罷免処分実態調査報告書」(東京弁護士会)にも詳細に記述されています。是非お読みください。

 所長からの許しを得たと思った阪口君が、マイクを取って「任官不採用者の話を聞いていただきたい」と話し始めた途端に、「終了式は終了いたしまーす」と宣告されました。開会から式の終了まで、わずか1分15秒でした。
 けっして、式場が混乱したわけではありません。阪口君が制止を振り切って発言したわけでもありません。何よりも、この事態を招いたことには、最高裁にこそ大きな責任があるではありませんか。
 それでも、最高裁はその日の内に阪口君を罷免処分としました。私たちは、権力というものの本質に触れ、怒りで震えました。
 それから50年です。あの怒りを原体験として私たちは法律家として人生を送ってきました。そして「司法はこれでいいのか」と思い続けてきました。

 阪口君は、2年後に法曹資格を回復します。最高裁を批判する市民運動の高揚があればこその成果でした。阪口君を中心に、あらためて50年前を思い起こし、この50年を振り返って、私たちは一冊の書物を作りました。本日はその出版記念集会です。飽くまでも、「司法はこれでよいのか」との問いかけで貫かれた集会になるはずです。ぜひ、ご一緒に、司法の在り方をお考えください。


出版と集会、その目的と思い(抜粋) 弁護士 村 山 晃

 問答無用で罷免された阪口氏だが、2年後には法曹資格を回復し、弁護士としてめざましい活躍をすることとなった。罷免処分は、未来永劫資格を奪う究極の処分である。最高裁が取った資格回復の措置は、事実上の処分撤回であり、それをわずか2年間でやりとげた力とは一体何だったのか。
 そのことについて、きちんとした整理がされていなかった。
 阪口氏が罷免処分のあと、全国で巻き起こった司法反動を許さないとする大きな運動は、前にも後にも例をみないものとなった。その力が2年間で資格を回復させた最大のものだったと思われる。
 そして運動は、2年で終わらない。弁護士や市民は、こうした運動のなかから行動力を強め、反動化を進める裁判所と対峙して、これを食い止め、権利を守る判決を出させることを通して、自由と人権、平和と民主主義を守るために戦線を拡大していくこととなった。司法反動を許さず、司法の民主的変革をめざして闘い続けてきた50年であった。
 先ごろ検察庁法の改正問題をめぐって、多くの市民が批判の声をあげ、ついには廃案に追い込んだ。信頼できる司法であって欲しいという市民の願いは強い。
その力について、私たちは確信を深めるとともに、今こそ、司法を変えるためのより大きな運動を作り上げていくために、私たちが何をなすべきかをともに考えたい。

 弁護士・裁判官として歩んだ50年
 法曹人生50年を超えた23期の弁護士たちが、阪口罷免や大量任官拒否と闘いつつ、この50年間、どんな活動を積み重ねてきたか、そこにも光をあてたいと考え多くの弁護士が執筆し、インタビューを受けた。本書に登場した人たちの名前は、表紙を飾っている。
 それぞれが、多様な分野で様々な取り組みを積み重ねてきている。まさにそれこそが司法を変え、民主主義を実現する力である。
 裁判官として最後まで頑張り、弁護士となったあとは、23期の弁護士ネットワークにも参加してきた森野元裁判官も執筆し、インタビューを受けている。裁判所の中で、裁判官はどんな苦闘を続けたか、その大変さは、容易に推し量れない

 集会をへて新たな闘いへ
 書籍では、50年前の出来事やこの50年を振り返りつつ、若い人たちへのメッセージも意識した記述になっている。今日の集会では、このメッセージを受け止めてもらい、司法の現状を明らかにしながら、困難な状況をどのように切り拓いていくのかを明らかにしていってほしいと思っている。
 困難と思われた裁判で勝利できた要因はどこにあったのか、司法を変えていく力はどこにあり、どのように闘っていけばよいのか。もとより正解がすぐそこにあるわけではない。しかし、希望を見いだし、エネルギーが出る集会になれば、それに勝る喜びはない。そして、語りつくせなければ、改めて機会を作ることも難しくはない。むしろ今後につながる集会であってほしいと強く願っている


 50年前に何があったか、当事者としての感想と挨拶(抜粋)

                           弁護士 阪 口 徳 雄

1 50年前の4月に法律家の常識では想定できない事態が発生した。
 10年目の再任期を迎えた宮本康昭さんが再任拒否され、23期の7名の裁判官の採用が拒否された。卒業式で発言した私は弁明の機会も与えられることなく法曹界からの「永久追放」というべき罷免処分となった。露骨な権力むき出しの処分は法律家の常識では想定外であった。なお、23期の任官拒否については「裁判所はこれで良いのか」の18頁以下に、私の罷免当日の行動などは25頁以下に詳細に記載しているのでお読み下さい。
 当時の事件について佐藤栄作総理は4月6日の日記で「1名を再採用しない事と、もう一つは青法協の為に資格を与えぬこととした例の研修終了を認めない事」としたことが記載されていると西川先生の論文(338頁)で指摘されている。この日記の文言から見て石田和外か、その意向を受けた再任、罷免処分の権限者が佐藤栄作に報告したのであろう。当時の石田長官一派らが政権とここまで癒着していたかの事実を証明する日記である。

2 当時の裁判所を巡る状況と司法への期待
当時の司法状況は、戦前の司法官僚達は戦争責任が追及されないまま戦後の司法に
無反省のままで居座った。他方では戦後の民主化運動の中で啓発された年輩の裁判官達や、憲法下の教育を受けた若き裁判官たちとの間で、双方のせめぎ合いの状態が続いていた。戦後の民主主義教育の中で育った者は司法に期待をもって司法試験を受験した者が多かった。私などは、戦後、政権交代がなく、立法の改正などは簡単ではないが、公務員の政治活動を認めた都教組事件、公務員のスト権を認めた全逓中郵事件などにおいて判例を通じて立法の改正をなすことが出来るという淡い期待を抱いた。
 法律家の役割が大きく、それへの期待を抱いた時期であった。
裁判官になった私の先輩は鳥取地裁に初任地を命じられたが、鳥取に最高裁鳥取支部を作るという気概もって赴任して行ったと聞いた。ある意味、法律家はどこにいても憲法を守ることで「生きがい」を見出そうとしていた時期であったと言える。

3 自民党政権の危機感と青法協への攻撃
自民党政権はこのような司法の方向に「危機感」を抱き、右翼雑誌を通じて、この背景には青法協=アカというレッテルを貼り、攻撃を開始した。石田和外をトップとする最高裁事務総局の官僚達はこれに反対、抗議するのではなく、これに屈服し、迎合し、同じように青法協攻撃を開始した。
西川先生の論文の334頁に、1970年1月に最高裁事務総局の局付判事補に対する脱会勧告を行なった。この延長戦上に同年4月に22期の3名の任官拒否が強行され、翌年4月の宮本再任拒否があり、任官拒否があり、罷免へと続いた。西川先生の寄稿論文を読ませて貰うと石田こそ、自民党以上に司法に危機感をもっていたのかも知れないと教えられた。彼こそ極端な「超国家主義者」であったので、彼から見れば殆どの裁判官たちは「アカ」であり「共産主義者」と映ったのであろう。石田の攻撃の「異常」な思想的背景がここにあった。

4 最高裁判事がタカ派に牛耳られ判決統制への道を開いた。
 石田は1969年1月最高裁長官に就任したが、その4月に都教組大法廷判決で9対5の多数意見で原審の判決が取り消され逆転無罪になった。1966年10月全逓中郵最高裁大法廷判決に続き公務員のスト権解放への道が司法上定着するかに見えた。
 石田はこの反対意見の4名に入っていたが,これらのスト権容認判決の流れに危機感を抱き、露骨に最高裁判事をリベラル判事の退任の都度、保守派に入れ変えた。石田長官は在任中11名の入れ替えがあったが、当初はリベラル7名、保守派4名であったが最後は2対9に逆転させたという。(西川338頁)この結果、1973年4月全農林警職法事件で8対7でスト権を認めない大法廷判決で自民党の認める方向に舵を切った。(以下略)


23期へのメッセージ(抜粋)    宮 本 康 昭

 ちょうど50年前、13期の再任拒否、23期の大量新任拒否と阪口さんの罷免、青法協会員裁判官をおよそ半分にまで激減させた脱会工作、と一連の出来事は、わが国戦後司法の転換点でした。
 その転換点を23期の皆さんと共有した、という気持が私にはあり、23期に生じたできごとを自分のことと一体のものとして感じて来ました。
あれから数年にわたる、さらに現在に至る、23期の同期の連帯を維持した活動に今日まで変わらぬ敬意を抱いています。

 いま、50年の節目に、私たちはどういう場面に際会しているのでしょうか。「司法の危機」の再来はあり得る、と私はあちこちで言っております。政治権力の強さは、50年前の比ではなくなっており、それに比して司法の分野の強権的体質は顕著でなくなっているのですが、それ故にむしろ政治権力のいうままに流れる危うさを抱えこんでしまっています。最高裁の、政治的事件での判決姿勢や、最高裁判事選任過程での政治従属ぶりにもそれを見て取れます。
 司法の危機再来のときに局面を左右するのは国民の力です。「50年経ってこれだけのものなのか」という思いはたしかにありますが、もう一度力を振りしぼって国民の運動の下支えになっていくことを決意しようと思います、23期のみなさんと共に。

お願いだからバッハさん、東京に来ないでください。あなただけは来ちゃいけない。

(2021年4月23日)
 今東京は、新型コロナ蔓延の第4波。非常にきつい最中なんですよ。あなたが来ると、確実にこの波は高く大きくなるばかり。重症者も死者も増える。あなたは、東京のコロナ対策に邪魔なんです。言わば疫病神。ですから東京にだけは来ないで。あなただけは来ないで。

 東京ではね、連日前週の同じ曜日を上回る新規感染者を出しているんです。知らないフリをしないで。変異株「N501Y」が蔓延しているし、若年層の感染拡大も重症化も深刻な状態。遊んでいる暇はないってこと、お分かりでしょう。

 オリンピックって所詮は運動会。今の東京には運動会の準備に手間暇かけている余裕なんてまったくないの。それどころではない、都民の命を守ることに精一杯。それくらいのことは、いくらあなただってお分かりですよね。

 えっ? オリンピックは運動会とは違う、ですって? それはそうかもね。めちゃくちゃにお金がかかるし、税金も注ぎ込んでいる。なんてったって金儲けのチャンスだものね。だから、運動会とは違って汚いカネが動くんだ。賄賂やら接待やら、汚いカネカネカネ…。それが、つましく明るく楽しい運動会とは、大違い。

 えっ? そうではない? 運動会では国威発揚もできないし、政治家の顔や名前を売る舞台にはならないだろうって。それはそうかもね。うまく行けば…ね。失敗したら目も当てられない。無理に東京五輪を強行して、巨大なクラスターを発生させて、世界中に変異株のコロナ再感染をばらまけば、東京は世界の恥晒し。政権ももたないし、都知事の座も吹っ飛ぶ。

 外国からの観客は来ないことになった。無観客のオリンピックならできそうだという感染症学者もいる。それでも、「無競技者五輪」というわけには行かないでしょ。世界中から選手が来る。大会関係者や役員も来る。報道機関も政治家だって来るでしょう。その多くの人たちの感染症対策に、医療従事者を割かねばならないけど、今の東京にそんな余裕があるはずもない。ワクチン接種にさえ人手が足りないのが現実なの。

 東京には、明後日(4月25日)から、3度目の緊急事態宣言。一応、5月の11日までとなっているけど、そこで宣言解除となる保証はない。むしろ、何種類かの変異株の不気味な跳梁をみんな気にしている。必死になって、感染拡大を防ぐ努力をしなけりゃならないこのときに、バッハさん、あんた何しに東京まで来ようとというの。東京にだけは来ないで。あなただけは来ないで。

 知事も首相も、東京五輪はやりたくってしょうがない。みんな目立ちたがり屋で、目立てば次の選挙にも有利だと思い込んでいるんだ。でも、ちゃんとした都民や国民なら、あんな人たちを信用できるわけがない。知事や首相が揉み手で、「お越しください」と言っても、もう一度言いますよ。「東京に来ないで」「バッハさん、あんたは来ちゃいけない」

 いつもは不人気の二階俊博幹事長だって、珍しく「これ以上とても無理だということだったらこれはもうスパッとやめなきゃいけない」と述べたじゃない。聖火リレーだってまともにやれていないし、被災地をダシにした「復興五輪」の悪評は深刻。もう、「これ以上とても無理」だとみんなが考えている。

 こういう事態での、あんたの傲慢な発言が東京都民を怒らせている。あんた、緊急事態宣言について、「日本のゴールデンウィークに感染拡大を防ぐための措置と認識している。五輪とは関係ない」と言ったそうじゃない。なんでわざわざ、「五輪とは関係ない」なんて言ったんだ。

 3か月先に迫った東京五輪と、コロナ禍の東京緊急事態。誰が考えても密接な関係があるだろう。あんたが、「関係ない」と言うと、「いかにコロナが蔓延しようと、緊急事態が宣言されようと、東京五輪開催は既定の方針なのだから関係がない」「東京の人々がコロナ感染の危険に晒されようと患者が増えようと、五輪は断乎やる方針なのだから五輪開催には関係ない」と聞こえる。

 なんにも問題が見えないうちは、オリンピックの理念は素晴らしく、IOCの会長と言えば立派なもんだとも思われていたが、今はもうそんな時代じゃない。誰もあんたを尊敬も信頼もしていない。だから、バッハさん。日本のコロナ対策の邪魔だけはやめていただきたい。だから、あなただけは東京に来ないでください。絶対に来ないでね。

「夫婦別姓確認訴訟」判決が、「婚姻届出のない(別姓)婚」成立を認めたインパクト

(2021年4月22日)
 注目されていた東京地裁「夫婦別姓確認訴訟」。想田和弘さんと柏木規与子さんの夫妻が原告になって、被告国に対して、「両原告が夫婦であることの確認」を求めた訴えに、昨日(4月21日)判決が出た。報道の限りでのことだが、形式的には敗訴でも、その理由中の判断では「実質勝訴」と評価してよいだろう。「実質」における判決勝敗の基準は、夫婦同姓強制の不都合をあぶり出し、制度改正のインパクトを持つかどうかという点にある。

 判決報道は難しい。速報は「敗訴」というだけのものであった。一夜明けて今朝の毎日新聞朝刊社会面(第22面)の片隅に、「別姓、戸籍認めず 東京地裁判決 米婚姻の夫婦に」という見出しでの小さな記事。この位置、この字数、この見出しでは、読む気にもならないという体の扱い。

 だが、記事の末尾には、想田さんの「実質的な勝訴だと思っている」というコメント。そのコメントを読み直して判決の印象を変えた。

 ネットで検索すると、この毎日の記事がヒットする。ところが、その見出しが、「想田和弘さん『実質勝訴』 別姓婚訴訟棄却 判決文で『婚姻成立』」となっている。記事の内容は、まったく変わらないのに、である。

 「別姓、戸籍認めず」と、「実質勝訴 判決文で婚姻成立」とでは、天と地ほどの印象の差ではないか。当初は記者が主文だけの印象で「戸籍認めず」と見出しを打ち、その後の取材で、「実質勝訴」に書き換えたのだろうと思ったのだが、あに図らんやその反対。「実質勝訴」が 2021/4/21 21:24の送稿と先で、「戸籍認めず」が2021/4/22 02:06とあとの記事なのだ。記事を書く記者と見出しを付ける編集者とで判決内容の理解に齟齬があったのではないか。この判決の評価はそれほど単純ではなさそうなのだ。以下は、その毎日記事。

 米ニューヨーク州法に基づき別姓で婚姻し、同州で暮らしていた映画監督の想田(そうだ)和弘さん(50)と妻の柏木規与子さんが、日本でも別姓のまま婚姻関係にあることの確認などを国に求めた訴訟の判決で、東京地裁(市原義孝裁判長)は21日、別姓で戸籍に婚姻関係を記載することは認めず、請求を棄却した。

 2人は1997年、別姓婚が認められるニューヨーク州で婚姻し、2018年6月に東京都千代田区に別姓のまま婚姻届を出したが、夫婦同姓を定めた民法の規定に従い受理されなかった。海外で別姓で婚姻した日本人夫婦について、婚姻関係を戸籍に記載できる規定のない戸籍法には不備があるなどと訴えていた。

 判決は、海外では別姓での婚姻が認められていることから、日本で同姓の婚姻届が受理される前の状態でも「2人の婚姻自体は有効に成立している」と述べた。一方で、別姓での婚姻が戸籍上認められないことで各種手続きで不利益が生じるとした原告側の主張は「抽象的な危険にとどまる」と退けた。戸籍法の不備に関する主張も「規定を設けないことが不合理とは言えない」と棄却した。

 判決後にオンラインで記者会見した想田さんは「請求は退けられたが、判決文の中で夫婦だと明確に述べてくれている。実質的な勝訴だと思っている」と述べた。柏木さんは「選択的夫婦別姓に向けた大きな一歩だと思う」と評価した。

 「週刊金曜日」編集委員の一人である想田さんは自らの「夫婦別姓確認訴訟」を同誌4月2日号の冒頭「風速計」欄の記事にしている。その記事で、私は、初めて「法の適用に関する通則法24条2項」という規定の存在を知った。外国で現地の法律に基づいて結婚した夫婦は、国内で改めて婚姻届を提出しなくても、婚姻が成立しているとみなされるという内容。

相田さんはこう訴えた。「海外で結婚する場合、現地の法律に基づいて婚姻が行われれば、国内でも適法に婚姻が成立する」のだから、「別姓で現地の法律に基づいて婚姻が行われれば、国内でも適法に別姓のまま婚姻が成立する」。従って、国は別姓のまま夫婦として認めよ。別姓のまま婚姻届を受理せよ。この想田さんの要求は、至極もっともなものではないか。

 国はどう争ったか。「海外で結婚する場合、現地の法律に基づいて婚姻が行われれば、国内でも婚姻が成立する」ことはそのとおりだが、別姓婚の場合は別だ。国内で別姓婚が認められていない以上は、外国で受理された別姓婚は、国内では認められない。「原告らが『夫婦が称する氏』を定めていない以上は、日本国内においては婚姻が成立していない」と主張したのだ。

 これに対して、判決は前述のとおり、「日本で同姓の婚姻届が受理される前の状態でも、2人の婚姻自体は有効に成立している」と認めた。別姓の婚姻届が受理されるべきだとは言わない。しかし、「婚姻届けなくとも婚姻自体は有効に成立している」ことを認めた。これを、当事者は「形式敗訴・実質勝訴」と評価した。

 法律婚は、婚姻届によって成立する。この常識が覆された。「婚姻届けがなくとも婚姻自体は有効に成立している」ことが確認されたインパクトは限りなく大きい。

 判決は、外国が別姓婚を採用している場合も「当然に想定される」として、通則法24条2項により婚姻自体は成立していると原告側の訴えを認めた、と報じられている。であれば、外国が同性婚を採用している場合も「当然に想定される」のではないか。

 本件判決の「形式敗訴・実質勝訴」のネジレは、立法によって解決されなければなない。ネジレ解消の方向は形式論理としては2方向ある。しかし、原告から見ての「形式敗訴・実質敗訴」の方向は、世界の趨勢からも日本の社会意識の動向からもおよそ考えられるところではない。ネジレ解消の立法解決は、「形式勝訴・実質勝訴」の方向でしかあり得ない。本判決は、そのことを意識させたことにおいて、意義あるものと言えよう。

香港に引き続く悲劇 ー 弾圧者に対する忠誠宣誓の強制

(2021年4月21日)
 香港の公務員が、中華人民共和国への忠誠宣誓を強制されているというニュースに胸が痛む。深刻な葛藤を経て、やむなく従う人もあろうし、どうしても拒否せざるを得ないという人もあろう。どちらの結論も、この上ない悲劇なのだ。

 江戸幕府は、16世紀初頭の宗教弾圧に踏み絵という偉大な手法を発明した。聖なる絵を踏むよう強制されたクリスチャンは、保身のために自らの信仰を裏切るか、あるいは信仰に殉じて生命をも投げ打つかの選択を迫られた。どちらも悲劇の極みである。

 中国共産党は、香港の公務員に中華人民共和国への忠誠を求めて、その旨の宣誓を強制した。保身のために自らの信念を裏切るか、あるいは信念に殉じて職をも投げ打つかの選択が迫られたのだ。この点、中国共産党のやり口は、江戸幕府の宗教弾圧と構図を同じくする。宣誓を強制される者には悲劇の極みである

 民主主義では、治者と被治者の自同性が擬制される。なぜか「自同性」という、日本語としてはこなれない言葉が使われるが、一体性といっても、同一性と言っても差し支えない。「治者」と「被治者」とが、別なものではなく重なり合うものとして存在するのが民主主義である。「治者」と「被治者」とは、「国家」と「国民」に置き換えてよい。

 タテマエにせよ、日本は民主主義国家である。その公務員は、全国民への奉仕者であって、政権や一部の権力者への奉仕者ではない。日本国の公務員の憲法尊重擁護義務遵守の宣誓は、次のようなものである。

 私は、ここに主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し、且つ、擁護することを固く誓います。

 日本国憲法が、公務員を含む国民に精神の自由を認めているのだから、この宣誓文言に違和感はない。

 しかし、非民主主義国家においては、国民と国家との自同性がない。国家は、国民に他者として対峙し、国民に不寛容となる。まさしく、専制国家中国の、自律権を奪われた香港市民に対する関係が、その典型である。

 《香港で公務員の「忠誠宣誓式」 拒否者には解雇の可能性も》という報道は、昨年(2020年)暮れころから目につくようになった。強制される「忠誠」の対象は、香港の民主主義を蹂躙し、民主主義を擁護しようという人々を弾圧した、中華人民共和国という権力機構である。

 香港の市民社会への忠誠、香港の法秩序擁護の宣誓ではなく、香港の民衆に敵対し香港の自由や人権を蹂躙した弾圧者に対する忠誠の強制である。屈辱以外の何ものでもなかろう。

 報道では、昨年12月16日に、「公務員が政府への忠誠を改めて宣誓する式典が初めて開かれた」という。非公開で行われたこの式典では、上級公務員らが香港およびその政府に対する「忠誠心を守る」ことを、林鄭長官の前で宣誓したという。公務員事務局長は、忠誠宣誓や類似の宣言への署名を拒否した者は、解雇の可能性もあると警告しているとも報じられた。

 そして本日(4月21日)各紙に、「香港で公務員129人『忠誠』拒む 辞職や停職」と報道されている。

【香港時事】4月20日付の香港各紙によると、昨年施行された国家安全維持法(国安法)にのっとり、香港政府が約18万人の公務員に義務付けた「中華人民共和国香港特別行政区に忠誠を尽くす」との宣誓をめぐり、129人が署名を拒んだ。このうち25人は辞職、大部分は停職となった。停職中の公務員は今後、辞職を勧告される可能性がある。

 この中華人民共和国への忠誠強制の被害者は、踏み絵を拒否した《18万分の129》だけではない。自分の自尊心を宥めて面従腹背に甘んじ、敢えて踏み絵を踏んだ、その余の全てにとっても、この上ない悲劇なのだ。 

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