澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

4月26日(木)13時30分、415号法廷の傍聴を― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第128弾

DHCと吉田嘉明が、私に6000万円を請求したスラップ訴訟。私がブログで吉田嘉明を批判したのが面白くなかったようだ。人を見くびって、高額の訴訟を提起すれば萎縮して批判を差し控えるだろうと思い込んだのだ。そこで、「黙れ」という恫喝が、6000万円のスラップ提起となった。

私は黙らない。スラップ訴訟の勝訴が確定したあと、今度は私が反訴原告となり、DHCと吉田嘉明を反訴被告として、反撃の訴訟を提起している。スラップの提起自体が違法で損害賠償の対象となるのだ。係属は、東京地裁民事第1部。その次回口頭弁論期日が4月26日(木)13時30分、415号法廷である。是非、傍聴をお願いしたい。

閉廷後に、控え室で弁護団と傍聴参加者とで、いつものように、資料を配付してのご説明と意見交換を行いたい。

今回は、当方(反訴原告・澤藤)からの準備書面提出である。前回、DHC・吉田嘉明側は、裁判所の勧告を受けて、10件の同種スラップの訴状や判決を提出した。これを読み込んで、DHC・吉田嘉明がスラップの常習者で、自分の権利救済を目的とするのではなく、批判の言論に対する萎縮を狙った提訴を行っていることを明らかにすることが主眼である。

1件だけの提訴を見るだけでは分からないことが、同種の10件の提訴全体を通覧すれば、はじめて見えてくるものがある。そのことを明確にして、DHC・吉田嘉明の私に対する6000万円請求提訴それ自身が、裁判を受ける権利を濫用した不法行為に当たる、という主張となる。

ところで、今回の準備書面で引用する書証として、興味深いもの2点をご紹介しておきたい。

いずれも、スラップ訴訟として典型の『武富士の闇』訴訟一審判決に関わるものである。
一つは、経済誌「エコノミスト」の2005年4月26日号の記事。
標題が、「武富士名誉毀損訴訟判決の波紋 『言論封じの訴訟乱用』に歯止め」というもの。「批判的言論を抑圧するために裁判を起こすのは許されない――。武富士が起こした名誉毀損訴訟で、東京地裁が出した判決は、報道の自由に大きな意味を持っている。」というもの。

当時、スラップ訴訟という用語の流布がなかった。しかし、武富士が起こした消費者弁護士たちに対する名誉毀損訴訟は、まさしくスラップ訴訟。これに反撃した消費者弁護士や出版社の問題意識は、金ある者の高額損害賠償請求訴訟を武器とする言論萎縮のたくらみを許さないというもの。田島泰彦教授のコメント引用も適切で、しっかりした記事になっている。「いきなり訴えるのは、『批判的言論の抑圧』」と見出しのある部分の記事は、本件にも使えそう。

さらに、興味深いことは、その記事の中にDHCの労働組合へのスラップが、不当な同種(スラップ)訴訟として取り上げられていること。そして、私(澤藤)のコメントも掲載されている。

『武富士の闇を暴く』訴訟(被告側)弁護団長の澤藤統一郎弁護士は、「どんなに根拠のない訴えでも裁判に応じる負担はたいへんで、面倒に巻き込まれたくないという萎縮効果が働く。それを見越して、気に入らない出版や弁護士業務、労働運動の妨害のための高額訴訟が横行しているが、今回の判決はそれに対する歯止めとなるものだ」と“藤山判決”を高く評価する。

当時は私が、被告(そして反訴原告)弁護団の代表だった。まさか、10年後に、自分自身の問題となろうとは…。

もうひとつは、当時の私のブログである。当時も、毎日ブログを書いていたのだ。日本民主法律家協会のホームページの一角に、「事務局長日記」を。判決のあった同年3月30日の「日記」記事を転載する。両記事とも、なかなかに面白い。武富士をDHCに、武富士のオーナーだった武井保雄を、吉田嘉明に置き換えてお読みいただくと分かり易い。

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「エコノミスト」武富士の闇判決報道(05・4・26)

「武富士名誉毀損訴訟判決の波紋 『言論封じの訴訟乱用』に歯止め」

判決が出たのは、消費者金融大手の武富士が、『武富士の闇を暴く』という告発本で名誉を毀損されたとして、5500万円の賠償と出版差し止めを求め、著者の新里宏二、今際美、宮田尚典弁護士と出版元の同時代社を訴えた裁判だ。被告の新里弁護士らが、「武富士による提訴は、カネの力で批判を封殺する言論弾圧であり、提訴を指示したのは武井氏だ」として、武富士と当時の武井保雄会長(盗聴で逮捕後退任)を武富士の提訴が不法として訴え返したため、法廷は、『闇を暴く』が告発した武富士商法の問題点だけでなく、言論の自由と名誉毀損訴訟のあり方を問う場となった。

  いきなり訴えるのは「批判的言論の抑圧」

この日の判決で藤山裁判長は、武富士が借金を債務者だけでなく、支払い義務のない家族などから取り立てる第三者請求を「社会通念上、十分非難に値する行為」と批判するなど、同社の貸金業務の不当性を細かく指摘し、武富士の名誉毀損との主張を退けた。その上で「(武富士による)提訴は、請求が認容される余地のないことを知悉しながら、あえて、批判的言論を抑圧する目的で行われたものであり、違法な訴訟である」と断定。武井前会長の責任も認め、会社と連帯し総額480万円を新里弁護士らに賠償するよう命じた。武富士を追及してきた新里弁護士らの完全勝訴といってよい(武富士側は東京高裁に控訴)。

注目されるのは、名誉毀損で言論を訴える際の注意義務についての判断だ。藤山裁判長は判決で、大企業が告発本などを訴えると「批判的言論の抑圧」とみられかねないため、「提訴にあたっては、社内において関係者から事情を一通り聴取するのみならず、存在している客観的証拠とも照合し、場合によっては、相手方がどのような根拠に基づき記事を執筆したのかについても、ある程度は検討すべき」とした。いきなり訴えるのではなく、事実関係はもとより、相手方がどんな根拠で批判したのかまで検討すべきというのである。

大企業や政治家による「批判封じ」とみられる名誉毀損訴訟は後を絶たない。
今年1月、通信販売大手DHC(吉田嘉明社長)が、同社が解雇した従業員が加盟した労働組合ネットワークユニオン東京を名誉毀損で訴えた。解雇が不当と訴えるホームベージがDHCの名誉を損なったというのだ。     

ネットワークユニオンの古山享書記長は、「ビラであれホームページであれ、解雇撤回を求めたり会社の実情を従業員に伝えることは組合の基本的な活動。それが封じられたら、働く者の権利はどうやって守れるのか」と、怒りを露わにする。DHCは「係争中なので一切コメントできない」(広報部)とし裁判では双方の主張が続くが、解雇問題を解決する努力を尽くす前に、いきなり従業員や組合を訴えるのは穏当ではない。

名誉毀損訴訟が批判封じに乱発さるようになった背景には、近年の賠償額高額化の流れがある。旧来名誉毀損の賠償額は100万円以下で、報道被害者から安すぎるとの批判が出ていたのは事実だ。だが、名誉毀損訴訟の賠償額の標準が500万円前後、つまり5倍以上に上がったのは、自民党検討会の報告や公明党議員の国会質問など、「政治の力」抜きには考えられない。与党が求めた賠償額高額化に応えるかのように、エリート裁判官が、報道を交通事故と同一視して「賠償額を5倍に引き上げろ」という論文を発表、判決が認める賠償額は高騰の一途をたどる。民事裁判を使った批判封じは、こうして個人情報保護法や人権擁護法案と並ぶメディア規制、表現規制の手段となった。

上智大学の田島泰彦教授(メディア法)は、「日本の賠償額は外国に比べて低すぎると言われる。確かに米国には懲罰的賠償で巨額賠償が命じられることがあるが、公人や公的人物についての報道の自由は日本よりはるかに広く認められている。このままでは日本は、報道の自由は狭く賠償は高い、不自由な国になりかねない」と警鐘を鳴らす。

批判を免れる強者

昨年には、名誉毀損訴訟で1980万円の賠償を新潮社側に命じる判決が最高裁で確定した。いずれ、名誉毀損訴訟のために倒産する出版社も出かねない。「訴えてくる強者は判せず、叩き放題の弱者ばかりいじめる報道が横行しはじめている」(週刊誌編集者)という指摘もある。

報道被害救済には大切な名誉毀損訴訟だが、乱用の弊害も目立つのだ。そうしたなかで得た勝訴に、『武富士の闇を暴く』訴訟(被告側)弁護団長の澤藤統一郎弁護士は、「どんなに根拠のない訴えでも裁判に応じる負担はたいへんで、面倒に巻き込まれたくないという萎縮効果が働く。それを見越して、気に入らない出版や弁護士業務、労働運動の妨害のための高額訴訟が横行しているが、今回の判決はそれに対する歯止めとなるものだ」と『藤山判決』を高く評価する。

真実を知り、ものを言う権利が奪われれば、企業のコンプライアンス(法令遵守)も市場経済の発展もありえない。表現の自由を広げる方向での司法の判断は、報道が果たすべき役割の重さを改めて問うている。

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「事務局長日記」2005年03月30日(水)

「武富士の闇を暴く」事件勝訴記者会見

冒頭、弁護団を代表して澤藤から、報告いたします。
本日午前11時50分、東京地方裁判所709号法廷で、「武富士の闇を暴く」訴訟について民事第34部の判決言い渡しがあり、我々消費者弁護士側が勝訴しました。完全勝訴と言ってもよい。画期的な判決と考えます。

この事件は、武富士が3人の消費者弁護士と同時代社という出版社を被告としておこした5500万円の損害賠償請求訴訟です。武富士対策弁護団に結集した弁護士が執筆・編集した「武富士の闇を暴く」という書物の出版が、武富士の名誉・信用を毀損するものというのが請求の根拠となっています。

本日の判決は、この武富士の請求を棄却しました。武富士が名誉毀損と指摘しているこの書籍の31か所の記載は、ほとんどが真実であり、残る少数個所も真実の証明があったとまでは言えずとも、武富士の名誉を傷つけるものではなく、著者が真実と信ずるについて相当な事情があったといえる、との認定です。ここまでは、当然のこと。取り立てて、記者会見をするほどのこともない。

判決は、さらに武富士の本件提訴自体を違法な行為として、被告とされた4人に対する不法行為責任を認めました。勝訴の見込みないことは容易に分かったはず、敢えて提訴に至ったのは、「批判的言論を抑圧する目的を持って」したものと推認するのが相当、と認めました。それだけでなく、武富士のオーナーである武井保雄氏の個人責任も明確に認めました。この点が画期的という所以です。

本件は、ダーティーな業務を行う大企業が、自社に批判的な言論を封殺する目的をもってした提訴です。金に飽かせての提訴が目論んだものは、消費者事件に携わる弁護士の業務を妨害すること、批判の内容をもつ出版を妨害すること、そのことを通じての批判活動の萎縮効果です。考えてもみてください。5500万円もの支払いを請求されれば、小出版社やジャーナリスト・弁護士がどんな気持ちになるか。少なからずびびりますよ。仮に、勝訴できたとしても、被告としての応訴活動の負担はたいへんなものです。面倒なことには巻き込まれたくないという心理が働く。それが武富士の狙いです。金に飽かして提訴できる大企業と、資金力や時間的余裕に欠ける小出版社・ジャーナリスト・弁護士たちとの力量格差を十分にご認識いただきたい。

本日の判決は、私たちの言い分に真摯に耳を傾けた優れた判決だと思います。高額請求提訴の濫発という形での出版への妨害、弁護士業務への妨害のパターン蔓延に一定の歯止めを掛けるものとなりました。その点において、本日の判決の意義は高いものと評価します。

もっとも、武富士の違法提訴による損害賠償の認容金額が、反訴原告一人あたり120万円で合計480万円というのは低額に過ぎるとは思います。が、その高額化は今後の課題。現時点の水準では、すばらしい判決であることを報告いたします。

(2018年4月11日)

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Published in 水曜日, 4月 11th, 2018, at 20:47, and filed under DHCスラップ訴訟.

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