澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

政教分離とは、天皇を再び神とすることを防ぐための歯止めの装置である。

11月になった。
「戦争の8月」、「差別の9月」、「新天皇就任儀式の10月」を経て、「大嘗祭の11月」である。また、今年の8月から10月までは、「あいちトリエンナーレ」での、わが国の「表現の不自由」を見せつけられた3か月でもあった。

いうまでもなく、最高にして最大の戦争責任は天皇(裕仁)にある。国民主権下の戦後日本は、その天皇の責任を断罪し得ていない。いや、追及すらしていない。戦争の8月」において戦争の加害・被害両面の悲惨を語るとき、天皇と天皇制の果たした決定的な負の役割から目を背けるのは欺瞞も甚だしい。意識的にせよ無意識的にせよ、天皇の責任から目をそらすことは、ワイツゼッカーが言う「過去に目を閉ざす者」となることで、「現在にも将来にも盲目」の姿勢である。

「差別の9月」は私の造語であり、私の思いである。1923年9月、関東大震災後の日本人は、在日の朝鮮人・中国人を残酷に虐殺した。軍や警察だけでなく、自警団という名の一般人が、逃げる人を追いかけ追い詰め縛り、撲殺や刺殺をしたのだ。この歴史的事実は重い。この事実の重みを真摯に受けとめることなくして、近隣諸国との真の友好関係を築くことは難しい。

この国の国民の奥底にある対朝鮮・韓国差別意識は、対外侵略を国是とした天皇制権力が意図的に作りあげてきたものである。ここにも、天皇制が絡んでいる。なによりも、天皇制の存在こそが差別の根源である。人に貴賤の別などあるはずがない。天皇を貴と認めるから、その対極に賎が生じる。天皇を尊崇しあるいは容認する者は、必然的に人間の平等を認めない差別容認主義者である。

そして、天皇交替儀式の10月。主権者国民の「代表」が、国民の総意に基づいて存在するとされる天皇を下から仰ぎ見て、テンノーヘイカバンザイ」をやったのだ。今どきに信じがたい愚行。今なお天皇制のしがらみから解放されないわが国の現状を嘆かざるを得ない。

そして「大嘗祭の11月」。大嘗祭が行われる月。これから、その報道が溢れることになる。これは、天皇を現人神にする信仰上の皇室儀式。国が関わってはならない。大いに、政教分離の本質を語り合わなければならない。

ところで、ネット上に、政教分離の理解に関するこんな記事が目に留まった。この記事の掲載者は「小林よしのり」氏。一部の引用では不正確になりかねないので、全文を引用する。

  憲法20条の政教分離がおかしいのではないか 
神道を宗教とするから即位礼正殿の儀にも大嘗祭にも「政教分離」の問題が出てくる。これが本当にウザイ。
例え津地鎮祭判決(目的が宗教的意義を持たないなら許される)があっても、神道が宗教なら宗教的意義があるに決まってるだろと思ってしまう。
憲法20条に政教分離原則がある限り、最高裁も解釈で言い逃れをしているように感じる。だからこそ秋篠宮さまは「宗教色が強い儀式を国費で賄うことが適当か」と疑問を投げかけたのだろうし、昭和天皇も皇室の内廷費を節約して積み立ててはどうかと仰ったのではないだろうか?
権力は天皇を儀式的に仰ぎ見て高御座の下で、万歳三唱をするのだけれど、いつも儀式的に仰ぎ見ているだけで、天皇の言葉に耳を貸さないし、天皇の望みは一切聞かない。
天皇は「憲法」を守る存在で、あくまでも「立憲君主」に徹しようと努力なさる。
ならばわしはいっそのこと憲法20条を変えてしまった方がいいのではないかと思える。
解釈改憲に対して、わしは警戒感が強いのだ。

文意明晰とは言い難いが、このような漠然とした政教分離に対する疑問を多くの人が持っているのではなかろうか。気になるので、コメントしておきたい。

まず、タイトルはとうてい容認できない。
「憲法20条の政教分離がおかしいのではないか」は、「わが国の憲法原則として、政教分離は不要」「いっそのこと憲法20条を変えてしまった方がいい」という趣旨だが、政教分離は憲法原則の要の一つである。おそらくは憲法改正できない。この原則をなくせば、日本国憲法は,もはや日本国憲法ではなくなる。軽々に「なくせ」と言うべき対象ではない。

ただ、小林氏が言う「政教分離(という憲法原則)がおかしいのではないか」という根拠は、「本当にウザイ」という程度のもので、確信に裏付けられた見解ではなさそう。同氏には、ぜひとも、津地鎮祭訴訟の最高裁判決の全文をお読みいただきたい。よく知られているとおり、この著名な最高裁大法廷判決は、原審名古屋高裁の立派な違憲判断の判決を、10対5の評決で合憲判断にひっくり返した評判のよくない判決である。それでも、政教分離の本来の趣旨を、極めて微温的にではあるが書き込んでいる。その部分を,抜き書きして最後に引用しておく。

政教分離とは、形式的には「政治権力」と「宗教一般」の分離のように読めるが、実はその神髄は、政治権力」と「神道」との分離にある。戦前、神社神道が天皇制国家と結び付き、国家神道となって、神なる天皇に対する尊崇を全国民に強要した。全国の学校で、軍隊で、天皇の神性が国民に叩き込まれた。それでも、神なる天皇を受容しない者には、大逆罪・不敬罪・治安維持法というムチが用意されていた。

敗戦時には、天皇制廃絶の可能性もあった。が、GHQと支配層とは何とか天皇制を存続することに成功した。もちろん大日本帝国憲法時代の天皇制ではなく、国民主権や、平和主義・人権尊重と矛盾しない形に変えての「天皇」制としてのことである。

そのために新憲法制定上留意された主要なものは、天皇という三層の構造に相応した3点であった。大日本帝国憲法において、天皇とは主権者(=統治権の総覧者)であった。その地位は、統帥権の主体として軍事力に支えられていた。のみならず、「天皇は神聖にして侵すべからず」(旧憲法3条)とされた宗教的権威の体現者でもあった。

この天皇の3層構造を、日本国憲法はすべて否定することで、かろうじて象徴天皇制を維持し得たのだ。日本国憲法の国民主権原理が天皇の主権を奪い、憲法9条が天皇の軍事大権を無用のものとし、そして、政教分離原則が、国家神道を否定して天皇の宗教的権威の復活を許さないのだ。

だから、日本国憲法の政教分離原則とは、比喩的に言えば、「神から人になった天皇を、再び神にしてはならない」という歯止めの装置なのだ。国家神道とは、天皇を神とする「天皇教」のこと。政治権力の天皇教利用も、神道の政治権力利用もけっして許さないための、国家(自治体)と神道との完全分離が本来の姿。

だから、小林氏が言うように「神道を宗教とするから即位礼正殿の儀にも大嘗祭にも『政教分離』の問題が出てくる」のではない。神道こそが,憲法上政権と分離を要求される『宗教』なのだから、新天皇の即位式からは、厳格に神道色を排除しなければならない。」「大嘗祭は、新天皇を現人神にする皇室の宗教行事の最たるもので、これは皇室の家内行事として、『身の丈』の範囲でひっそりと行うしかない」のだ。

大嘗祭をめぐっては、今後も当ブロクで、何度も取りあげたい。
(2019年11月2日)
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http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/189/054189_hanrei.pdf
(津地鎮祭訴訟の最高裁判決からの抜粋)
一般に、政教分離原則とは、およそ宗教や信仰の問題は、もともと政治的次元を超えた個人の内心にかかわることがらであるから、世俗的権力である国家(地方公共団体を含む。以下同じ。)は、これを公権力の彼方におき、宗教そのものに干渉すべきではないとする、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を意味するものとされている。
もとより、国家と宗教との関係には、それぞれの国の歴史的・社会的条件によつて異なるものがある。わが国では、過去において、大日本帝国憲法(以下「旧憲法」という。)に信教の自由を保障する規定(二八条)を設けていたものの、その保障は「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」という同条自体の制限を伴つていたばかりでなく、国家神道に対し事実上国教的な地位が与えられ、ときとして、それに対する信仰が要請され、あるいは一部の宗教団体に対しきびしい迫害が加えられた等のこともあつて、旧憲法のもとにおける信教の自由の保障は不完全なものであることを免れなかつた。
しかしながら、このような事態は、第二次大戦の終了とともに一変し、昭和二〇年一二月一五日、連合国最高司令官総司令部から政府にあてて、いわゆる神道指令(「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」)が発せられ、これにより神社神道は一宗教として他のすべての宗教と全く同一の法的基礎に立つものとされると同時に、神道を含む一切の宗教を国家から分離するための具体的措置が明示された。
昭和二一年一一月三日公布された憲法は、明治維新以降国家と神道とが密接に結びつき前記のような種々の弊害を生じたことにかんがみ、新たに信教の自由を無条件に保障することとし、更にその保障を一層確実なものとするため、政教分離規定を設けるに至つたのである。元来、わが国においては、キリスト教諸国や回教諸国等と異なり、各種の宗教が多元的、重層的に発達、併存してきているのであつて、このような宗教事情のもとで信教の自由を確実に実現するためには、単に信教の自由を無条件に保障するのみでは足りず、国家といかなる宗教との結びつきをも排除するため、政教分離規定を設ける必要性が大であつた。
これらの諸点にかんがみると、憲法は、政教分離規定を設けるにあたり、国家と宗教との完全な分離を理想とし、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしたもの、と解すべきである。(以下略)

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