澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

桜散る 水に落ちたる 犬の背に

来年(2020年)4月の「桜を見る会」は、中止になったという。これは、明らかに急速に盛り上がった「安倍晋三の行政私物化糾弾」世論の成果である。と同時に、一定の譲歩をもって、これ以上の世論の追及を交わそうという戦術でもある。

今安倍政権は窮地にある。2大臣更迭、萩生田「身の丈」発言、大学受験業者癒着問題を抱えた上での、「桜」問題である。閣僚が起こした問題ではない。今度は、自分自身の落ち度。これで、安倍は「水に落ちた犬」状態だが、手を緩めてはならない。今こそ「安倍打つべし」である。

本日(11月13日)午後、官房長官が記者会見で唐突にその旨の発表をした。安倍晋三は、午後7時前、官邸を出る際に記者団に対し、「私の判断で中止することにした」と述べたという。「私の判断で中止」って、何をエラそうな口の利きかた。

なぜ中止なのか。いかなる違法を認めたのか。自分の責任をどう感じているのか。国民への謝罪の言葉はないのか。11月8日参院予算委員会での質疑に対する傲慢な答弁はいったい何だったのか。「来年度中止」でことの幕引きがはかれると思っているのか。

安倍晋三は、実は悩んだに違いない。劣勢に追い込まれた今、徹底抗戦して切り抜けるか。それとも、陣を退いて立て直すか。徹底抗戦は、どうにも勝ち目がなさそう。その闘いで負った疵は致命傷になりかねない。ここは、いったん退かざるを得ない。しかし、退くのも難しい。退けば、野党の連中は嵩にかかって追撃してくるに違いない。どこかで、踏みとどまることができるだろうか。

一面は、しおらしく非を認め、そして一面は「慣行だった」「民主党政権時代も同じだった」と交わしながら陣を退いて立て直すことにしよう。もっとも、安倍政権になってから、招待客も費用も増加してきたと突かれるのは辛いところ。それにしても、「キョーサントー」の質問からだ。面白くもない。

この事態で、各メディアが、一斉に「桜を見る会」の実態について取材し報道している。もう、遠慮の必要はないのだ。後援会やその周辺の人びとが、様々に勧誘されて申し込んで参加しているという。各界代表でもない人が、功績の有無など関係なく。そもそも、多くの人が、安倍晋三の後援会が開催する行事だと思いこんでいたのだともいう。「桜を見る会」の会場では酒やつまみなどの軽食が無料でふるまわれたほか、土産ものも配られたという。今回の報道で公的な行事であることを初めて知ったとも。

この件については、野党のまとまりがよかった。野党側は安倍晋三から説明を聞く必要があるとして、予算委員会の集中審議を求めていく方針だが、与党側は「桜を見る会」の実施手続に問題はなく、集中審議の必要はない、としていた。事態が一転した今、与党は、「来年は中止になったのだから、集中審議の必要もなくなった」とでもいうのだろうか。しかし、野党がこれで戈を収めてよいはずはない。

違法な行為の法的責任は事後的になくなることはない。民事でも刑事でも同様だ。政治的、道義的責任も同じこと。公私混交甚だしい、安倍晋三の責任を徹底して追及しなければならない。

朝日が、こう報じている。

「安倍晋三首相が開いた「桜を見る会」に参加した政治家たちが、当時のブログなどを次々に削除している。朝日新聞が、ウェブ上に保管されているデータから内容を確認すると、自身の後援会関係者らと「見る会」を満喫する光景が浮かぶ。
 藤井律子・周南市長は、参院予算委員会で「桜を見る会」が取り上げられた8日の夜、2014年と18年のブログを消した。
 18年の「桜を見る会」は4月21日にあり、後日こう書いた。「片山さつき先生とも久しぶりの再会を果たしました。『今日は、山口県からたくさんの人が来てくださっているわね~。10メートル歩いたら、山口県の人に出会うわよ!』と、いつものように元気よくお声をかけていただきました」

プレジデントオンラインがこう書いており、なるほどと思わせる。

「菅原氏や河井氏は有権者に「自腹」で金品を配った。一方、安倍政権の幹部たちは「桜を見る会」において、地元後援会の人間を堂々と税金を使って接待している。
「政治家が自分のお金でやったら明らかに公職選挙法違反。(今回の件では)税金を利用している。モラルハザードを安倍政権が起こしている」という田村氏の指摘は多くの国民が共感しているのではないか。」
「桜を見る会」の問題は、菅原、河井の両氏が辞任したスキャンダルよりも悪質ではないか。そういう疑念が広がりつつある。

(2019年11月13日)

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