澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

香港議会でも火事場泥棒的な「国歌条例案」審議強行

アベ政権の検察庁法改悪案審議強行は火事場泥棒という最大級の非難を受けているが、コロナ禍のドサクサは日本だけのものではない。大きな抗議行動が困難なこの時期だからこそ今がチャンスという火事場泥棒はアベだけではない。香港の事態がまことにアベ政権並みなのだ。

逃亡犯条例案の香港議会への提案は、香港市民を中国の刑事司法のイケニエにするものとして猛反発を受け撤回を余儀なくされた。しかし、問題はこれだけではない。中国の対香港支配実効性を強化しようというもう一つの法案、中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例案」の審議が強行されつつある。火事場泥棒との非難を甘受せざるを得ない点において、アベ政権と習近平政権、まことに相い似て、相い親しいのだ。

世界の関心がコロナ禍に集中している。香港でも市民が路上に出にくい。しかも、中国のコロナ禍は小康を得ている。今がチャンス、このドサクサに紛れて、市民の反対運動が大きくならないうちに急いで法案を通してしまえ、と考えたのだ。まさしくアベ政権の発想である。

「国歌条例」の国歌とは、言うまでもなく中華人民共和国国歌のこと。抗日戦争のさなかに作られた聖なる民族独立の歌、である。「チライ!(起来=立ち上がれ)」で始まる勇壮な「義勇軍行進曲」。暴虐な帝国日本による侵略の困苦の中にある中国人民に、「奴隷となるな人々よ」「砲火に負けず、勇敢に闘おう」と呼びかける歌詞。学生時代、この歌に文句なく感動した。今もその思いは消えていない。

その感動は、傲慢な侵略者から人間の尊厳を守るために、団結して立ち向かおうという中国人民の精神と行動の崇高さに対する敬意であった。その憎むべき侵略者とは帝国日本にほかならない。

しかし、今、この歌の神聖性の尊重を香港市民に強制しようというの中国の姿勢は、まことに皮肉というほかはない。この歌の精神はいま香港市民の側にある。抵抗する香港市民を制圧しようというのが、習近平体制の中華人民共和国にほかならないのだから。

中国は2017年9月1日に「中華人民共和国国歌法」を制定、同年10月1日の国慶節を施行日とした。この法には、「国歌を演奏・歌唱する時は、その場にいる者は起立しなければならず、国歌を尊重しない行為をしてはならない。」「公共の場で故意に国歌の歌詞や曲を改ざんして国歌の演奏・歌唱を歪曲、毀損した、あるいはその他の形で国歌を侮辱した場合は、公安機関による警告あるいは15日以下の拘留とする」などの刑事罰をともなう強制条項がある。

予てから香港では、中国に反発する若者らがサッカーの国際試合などで中国国歌の斉唱を促されるとブーイングで抗議する行為が相次いでいた。これに対して、中国からの指示で、中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例案」が、立法会(議会)に上程されている。違反行為には、最高刑は禁錮3年という信じがたい法案。

報道によれば、「中国政府 香港マカオ事務弁公室」⇒香港政府⇒親中派政党・「民主建港協進聯盟(民建聯)」という指示ルートによるようである。日本では、自公が議会内では圧倒的な勢力を占めて、火事場泥棒の手先となっている。いびつな選挙制度で民意を反映しない香港の議会(定数70)も同じこと。世論の支持のない「親中派」(40議席)が、数の上では多数派で「民主派」(26議席)を圧倒している。

日本で、検察庁法改正案の審議が野党議員欠席のまま強行された5月8日、香港議会でも、親中派の審議強行に民主派が抵抗して大荒れとなった。

時事の伝えるところでは、「親中派議員による議事進行に民主派議員が激しく反発し、議場で両派がもみ合うなど大荒れとなった。中国国歌への侮辱行為を禁じる「国歌条例」成立へ向け、親中派が審議を加速させようとしており、対立が深まっている。」「条例案を検討する内務委員会が開かれたが、民主派議員が委員長席に詰め寄ってプラカードを掲げるなどして議事を妨害。複数の議員が強制退場させられ、衝突で転倒する議員も出た。」という。これによって、香港では再び中国や政府に対する市民の抗議活動が盛んとなる模様なのだ。

国民に愛国心を強制しなければならない国家とは、国民から見て魅力に乏しいまことにみじめな国家である。国民からの信頼が乏しく、国家としての存在が脆弱なのだ。中国は愛国心の強要という姑息なことをやめ、大国の風格を示すがよろしかろう。

なお、香港議会での次の「国歌条例」審議日程は、5月27日(水)だという。
(2020年5月16日)

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