澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「でんでんアベ君」 私も国民も恥ずかしい。

アベ君。私は恥ずかしい。
キミに国語を教えた云々は、以前にも申しあげた。いつ、どこで師弟関係にあったか云々は野暮の骨頂。「昔々あるところ」云々で十分なことだ。その昔々以来、キミの言語能力に進歩はない。むしろ、退歩云々が取り沙汰されるばかり。キミの言語能力不足云々には私にも責任がある。なんともお恥ずかしい限りだ。

君の父君・安倍晋太郎は、政治家になる前は毎日新聞の記者だった。それなりに学識も民主的感覚もあったのだろう。その毎日新聞が、本日(1月30日)の「週刊漢字」欄に、「読めますか」と3個の熟語を掲載している。出題の意図を「首相発言で連想した語です」と明記した3語。その筆頭が「 ①云々」だ。

回答欄には、①「うんぬん」。…「安倍晋三首相は24日、国会で『訂正でんでんという指摘はまったくあたりません』と答弁した。『云々』を読み間違えたといわれている」とある。

アベ君、この漢字は「うんぬん」と読むんだ。「でんでん」では何のことだか分からない。君は大きな声で、自信ありげに分からない言葉を使っているのだ。

私は国語教師としてにわかに信じがたい。現代日本人の国語の能力がここまで落ちてしまっていることが。とりわけ政治家の、とりわけ首相の言語能力の劣化にはこちらが赤面させられる。未曾有の「みぞうゆう」云々の事件で唖然とさせられたものだが、あれが例外ということではなかった。アベ君、やっぱり君もお仲間だったか。

私の「恥ずかしい」という気持のよってきたる所以を分かっていただけるだろうか。君の常識や言語能力の欠如云々だけのことではないのだ。はからずも、今回の「でんでん事件」云々で明瞭になったのは、君は国会で自分の言葉で語っているのではないということだ。官僚の作文を、あたかも自分の言葉である如くに読み上げているだけのこと。しかも、自分でもよく分からないことを、いかにもわかった風に読み上げている。今回、はしなくもそのことを天下に示したのだ。言わば、何にも分かってはいない、君の化けの皮が剥がれたということだ。

私は口を酸っぱくしてキミに教えたはずだ。最も大切なのは国語の知識や技術ではなく、自分の意見や心情を相手に正確に伝えようという発信の熱意であり、相手の意見や心情を正確に読み取ろうという真摯な受信の姿勢なのだと。キミにはその両者がともに決定的に欠落しているのだ。

言葉が社会的存在であることもよく教えたはずだ。自分勝手な言葉の使い方は傲慢な性格の表れであって、言葉の受け手を困惑させるだけでなく、言葉の使い手の信用を落とすことにもなるのだと。君には、言葉を通じて国民の信頼を得る熱意も資質もない。そんなキミを教えた私が恥ずかしい。そんな君を首相にまでしてしまったことが、日本国民として恥ずかしくてたまらない。

実はこの「恥ずかしい」は、わが国だけのことではない。韓国・朴槿恵大統領疑惑の追及云々に大きな役割を果たしたのが、保守系の朝鮮日報。その朝鮮日報の昨年10月の社説が、大統領疑惑について「韓国民であることが恥ずかしい」云々と書いて話題となった。1987年の民主化によって政権は軍の手を離れて国民のものとなったはずなのに、未だにわが国(韓国)の民主主義の程度はこんなものであったか、という残念な気持を「恥ずかしい」と表現して共感を呼んだのだという。

米国のトランプ現象云々も同様だ。あの、慎みのなさ。他への思いやりの欠如。真実への謙虚さも人権への配慮もない、あのようなならず者同然の人物が超大国の大統領だというのだ。このことを良識ある国民が「恥ずかしい」というのは当然のことだろう。

しばらくは、良識ある人々が「恥ずかしい」思いをいだかねばならない、奇妙な時代なのかも知れない。しかし、カナダの首相も、フランスの大統領も、そしてドイツのメルケル首相も、トランプに言うべきことをきちんと言っている。

アベ君、君は何とも言わんのかね。野党には、居丈高に「でんでん」云々と声を張り上げても、手強そうなならず者には、ダンマリなのか。アメリカに駆けつけてトランプに擦り寄ったイギリスのメイ首相は、自国民から大きな『NO!』を突きつけられているぞ。

国語とは、あるいは言語とは、今のような言うべきときに、適切な表現を可能とする基礎学力なのだ。君は、自らの「でんでん」程度の能力を自覚して、どうせ相手に通じるような話をすることが無理だと考えてしまっているのだろうか。

君は、いろんな国に行って、いろんな相手に「価値観を同じくする」と言っているようだ。しかし、具体的にはいったいどんな価値観を同じくすると言っているのだろうか。抽象的に「法の支配」を意味する云々ということはできない。「法」は多面性を持っている。権力を制約する側面もあれば、権力を実行するプログラムとしての側面もある。法の内容もいろいろなのだ。

オバマとトランプ、明らかに価値観を同じくしていない。両人の言う「法の支配」の内実もまったく異なる。君は、両者に価値観を同じくするとは言えないのだ。

韓国も、アメリカも、そして日本も、こんな程度の人物を権力の座に据えてしまっていること、つまりはこんな程度の民主主義しか築いてこなかったことを「恥ずかしい」云々と言っているのだ。

だから安倍君、そろそろ政治から身を引いてはどうかね。君も私も、そして国民全体も、恥の上塗りをしないで済むことになる。その上であらためて、もう一度国語の勉強をしなおすことをお勧めする。そのときは、私も責任上、付き合うことにしたい。
(2017年1月30日)

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