澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

中国政府は、国連人権弁務官のウイグル調査を無条件に認めよ。

(2021年5月18日)
 いかなる一地域の人権状況も、世界の関心事でなくてはならない。今、ウィグルで何が起こっているのか、とうてい無関心ではおられない。予てから漢民族のウィグル族に対する人権侵害の報道は少なくなかった。アメリカは、中国政府の行為をジェノサイドと呼んで非難するまでになっている。これを裏付ける国外に逃れた人々の恐るべき被害の証言も積み重ねられてはいる。

 報じられているのは、強制労働や不妊手術の強制、子供に対する同化教育、そして、治安対策としてウイグル人らへの監視や取り締まり、「再教育施設」への強制収容、100万人以上が中国国内で強制収容されているとの見方もある。

 まさかそれほどでもあるまいと思う気持ちが強かったが、理不尽な香港での事態の報道に接して以来、見方は変わった。外部の目の届かないチベットやウィグルで、中国政府当局の大規模な人権侵害はありえよう。これまで信じがたいとしてきたウィグル族弾圧報道が真実味を帯びてきている。

 しかも最近の報道は、国際的に定評のある信頼すべきメディアのものだ。とりわけ、世界中に大きな衝撃を与えたものが、2月2日の英BBCの報道だった。新疆ウイグル自治区の「再教育」施設で組織的レイプや性的虐待、拷問が行われてきたとする証言を、被害者の顔と名前つきで放送した。

 中国政府の反応は素早く、中国外務省の汪文斌副報道局長は2月3日の記者会見でBBCの報道は「事実無根」だとした上で、「そもそも『再教育施設』なるものは存在しない。過去の報道で取材を受けた人の中には、誤情報を拡散する「役者」だと判明した人もいる」とした。

真実を求めて多くのジャーナリストがウィグルでの取材を試みたが、厳しい情報統制のため、外部からの実態把握は難しい。当局の妨害を受けたという記事を発信している。

 この事態に国連が腰をあげ、バチェレ人権高等弁務官が現地を訪問しての調査を申し出た。この人、ベロニカ・ミチェル・バチェレ・ヘリア(1951年9月29日生)は、女性初のチリ大統領を2期務めた政治家だが、外科医であり小児科医でもあるという。

 中国政府も、さすがに「NO」とは言えない。しかし、何をどのように調査するのか、調査の条件にこだわって調査は実現していない。

 そのようななか、5月5日には日本を含む主要7カ国(G7)が国連人権高等弁務官による現地調査の受け入れを中国に求めた。英国で開かれたG7外相会合の共同声明は、現地の少数民族ウイグル族らを対象に「再教育のための大規模な収容所が存在し、強制労働や強制不妊が報告されている」として、深い懸念を示している。

 また、5月12日には米英独の国連代表部などは、新疆ウイグル自治区の人権状況を議論するオンラインの会義を開いた。主催側によると、47か国が参加。少数民族ウイグル族らへの抑圧を非難し、国連のバチェレ人権高等弁務官による無条件での現地調査を即時受け入れるよう求める声が相次いだ。中国はこれにも、強く反発したと報道されている。

 トーマスグリーンフィールド米国連大使は「中国がウイグル族らへの(民族根絶を図る)ジェノサイドや人道に対する罪をやめるまで声を上げ続ける」と強調。ドイツのホイスゲン国連大使は「隠すことがないなら、なぜ人権高等弁務官の制限なき訪問を承諾しないのか」と中国を批判した。

 この日はバチェレ氏は欠席したが、国連側からフェルナンド・ドバレンヌ特別報告者(少数派問題担当)が登壇。「ことの重大さを考えれば、国連が中国政府に対し(調査への)協力をもっと強く要求しないのは、臆病だと言わざるをえない」と語ったという。(以上の事実関係は、ほぼ毎日新聞の報道に基づく)

 また、この席で、ウイグル族の権利擁護を訴え、中国に投獄されている研究者、イリハム・トフティ氏の娘のジュハールさんが参加し「私の父の運命は国際社会にかかっています。人道危機を止めるために結束して行動する必要があります」と訴えたという。事態は深刻なのだ。

 これに対して中国側は、会合に参加しないよう各国に呼びかけたほか、中国の国連代表部は12日、報道官の声明で「うそにあふれ、中国をたたくための政治的なたくらみだ」とアメリカを非難した。(NHK)

 現地での検証が不可欠であり、中国は速やかに調査を受け入れるべきが当然なのだ。しかし、こうまで中国が居丈高なのは、国連人権理事会の構成は、中国支持派が多数で、機能不全に陥っているからなのだという。なんということだ。

 国際連盟の時代、柳条湖事件勃発後のリットン調査団を、当時の日本でさえ受け容れたではないか。中国も、まずはバチェレ調査を受け容れるべきだ。そうでなければ、国連人権理事会の賛否がどうであれ、中国の言い分に耳を貸そうという人を確実に減らすことになろう。 

DHC吉田嘉明のヘイトコメント批判 その1 ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第185弾

(2021年5月17日)
 デマとヘイトとステマとスラップの常習企業、その異常な体質の株式会社がDHCである。この4拍子を揃えた稀有な企業のオーナーが吉田嘉明。DHCの、デマもヘイトもステマもスラップも、吉田嘉明の稀有な性格によるものである。吉田嘉明の性格を反映して、DHCは、コンプライアンスとも、企業倫理とも、CRSとも無縁なのだ。

 その吉田嘉明が、DHCの公式サイトに、ヘイト根性丸出しのコメントを掲載している。以前にも、同種のコメント掲載があったが、世論に叩かれて引っ込めた。ところが、今度は引っ込めない。世間の良識に敢えて逆らい挑戦する姿勢が見える。そのことで、吉田嘉明の本性と、DHCというヘイト企業の実態がよく見えている。

https://top.dhc.co.jp/contents/other/kuji_about/

 上記URLがDHC公式サイトの貴重なヘイトコメントだが、これはプリントアウトもコピーも出来ない。下記は、一部ではあるが、心ある人の骨折りによるOCR版である。ヘイト批判の見地から、大いに利用すべきである。

https://anond.hatelabo.jp/20201216121017

 掲載されている吉田嘉明のヘイトコメントは3件。まず最初に、「ヤケクソくじの由来」と表題するコメントが掲載された。2020年11月の日付がある。その内容が露骨なヘイトであるとして、多くの人やメディアからの批判を受けた。特筆すべきは、NHKがその番組で批判したのだ。NHKの経営陣には大いに不満があるが、番組制作現場の見識には敬意を表せざるを得ない。

 このNHK報道の直後(4月10日)に、2件目の吉田のヘイトコメントが掲出された。「NHKは日本の敵です。不要です。つぶしましょう。」という、身も蓋もない言葉で結ばれているもの。NHKに差別用語をぶつける異様な文章である。当然のこととして、これに対しても批判の言論が押し寄せた。すると、5月13日に突然3件目のコメント掲載となった。なんのための文章か焦点が定まらないが、DHCの社内から見れば、「殿ご乱心」としか見て取れないであろう代物。今度は、毎日新聞を標的にしている。

 以下、3件の吉田嘉明コメントを、順次批判しておきたい。ヘイトのみならず、牽強付会の自己礼賛の姿勢についても。本日はその第1回。以下、赤字が吉田嘉明のヘイトコメントである。

 浅薄な学識をもって「ヤケクソとはいかにも汚らわしい」と短絡的に思う人は多いようです。やけくそは「焼け糞」ではなく「自棄くそ」であり、「下手くそ」というように自暴自棄を強めて言うと「やけくそ」になるのです。

 この冒頭の一文に表れている吉田嘉明自身の「学識の浅薄ぶり」は、さしたる問題ではない。彼の、「浅薄な学識」を省みない独善、断定が問題であり害悪なのだ。彼の言う、DHC商品の性能や効能などは、すべてこの種、この程度の、独善、断定と疑わねばならない。

 化粧品や食品・サプリを扱うイメージ産業の経営者自らによる、「ヤケクソくじ」というおぞましいネーミング。とうてい正気の沙汰とも思えない。これを意識してか、吉田嘉明は「ヤケクソとはいかにも汚らわしい」と思い込むのは「浅薄な学識」という。イメージは、学識の問題ではない。学識の深浅にかかわらず、「ヤケクソとはいかにも汚らわしい」のは当然のこと。学識深ければヤケクソも汚らわしからず、とは笑止千万。

 「やけくそ」も、「下手くそ」も、くそは漢字で表記すれば「糞」である。卑しめ、罵り、強調の「くそ」は「糞」に由来する。こんなことは、手許の辞書を調べて見ればすぐに分かること。また、「自棄」の語源が「焼け」である。もともと「焼け」に「思うようにならないため自暴自棄の行為をする」(広辞苑)という意味があり、後に「自棄」の字を当てるようになったとされる。

浅薄な思い込みを得々と述べること自体は罪でも違法でもない。しかし、こんな人物の宣伝を鵜呑みにして、貴重なカネを無駄にしてはならない。

売上金額ではDHCはサントリーに負けていることになっています。しかし、どれだけ消費者に愛用されているかの調査ではDHCはダントツNO.1の結果を残しています。経済産業省で「利用している(利用したい)メーカー名どこか」と消費者にアンケート調査を実施していますが、DHCはサントリーの3倍強の支持率を獲得しています(別表)。…DHCでなら500円で売れるものを5,000円近くで販売しているわけですから、売上金額の集計では、多くなるのは当たり前です。消費者の一部は、はっきり言ってバカですから、値段が高ければそれだけ中身もいいのではないかと思ってせっせと買っているようです。

サントリーのCMに起用されているタレントはどういうわけかほぼ全員がコリアン系の日本人です。そのためネットではチョントリーと揶揄されているようです。DHCは起用タレントをはじめ、すべてが純粋な日本企業です。まもなく創業50年を迎えようとしている老舗の会社です。
2020年11月
株式会社ディーエイチシー代表取締役会長・CEO吉田嘉明

DHCは、業界No.1のサントリーが気になるご様子。「DHCでなら500円で売れるものを、サントリーは5,000円近くで販売している」というのは、商品総体について言っていることなのか、特定の商品についてのものなのか。具体的に両社の製品のどれとどれを比較してのことと特定しなければ、真偽の判断すら出来ない。

「サントリーはチョントリー」「CMタレントはほぼ全員がコリアン系」と言い、「これに対してDHCはすべて純粋な日本人」と強調する。ことさらに民族の差別を言い立て、何の根拠もない優越意識を誇示する。これを差別と言い侮蔑という。このコメントは、吉田嘉明の心根の中枢にある差別観の噴出にほかならない。

伏石事件と弁護士若林三郎 ー 天皇制司法の理不尽と悲劇

(2021年5月16日)

 日弁連の機関紙「自由と正義」の5月号が届いた。いつも巻頭に、「司法の源流を訪ねて」とする各地の写真記事が掲載される。今号は、その第51回で、「ため池ほとりの伏石事件碑」が取りあげられている。筆者は、香川県弁護士会所属の弁護士。

 「伏石事件とは、小作争議事件であり、1922年、伏石地区で小作農を営んでいた約150名が、その地主たちへ小作料の減額を要求したことから、地主側との紛争になりました。
 1924年、地主側が、田に生えている稲に対する動産仮差押えを行い、一方、小作側は、弁護士に相談の上、事務管理及び留置権を根拠として、稲を刈り取り、保管しました。
 この小作側が行った稲の刈り取りに対し、地主側は告訴を行い、小作人及びその代理人をしていた弁護士も含めた20名余りが身柄拘束されました。
 1925年、高松地方裁判所で、1名を除いて、窃盗罪等により有罪判決が下され、うち弁護士も含め3名が実刑判決となり、上訴も全て棄却されました。この伏石事件は、当時、外国の新聞にも掲載されたそうです。
 香川県民は、気候のとおり、温和な県民性とされていますが、このような熱き心を抱かれた先人たちがいたことを知り、大変興味深いところでした。」

 付加して多少のコメントが必要である。伏石事件を語るときには、弁護士若林三郎の名を落としてはならない。彼は、1921年に設立された自由法曹団の若き活動家だった。小作人組合の顧問として、大阪から現地伏石に渡り、この闘争の法的部門での指導者となった。

 当時、小作争議は、労働争議と並ぶ激しい階級闘争であった。伏石事件は、西日本における小作農階級と地主階級の総力戦ともいうべき象徴的闘いであった。

 若林は法的戦術を練り先頭に立って闘ったが、結局多くの農民を巻き込む犠牲を出して敗北する。彼自身も窃盗教唆で起訴され、実刑が確定する。

 伏石事件の刑事弾圧を語ることは、当時の「天皇の裁判所」の果たした役割を語ることであり、これと果敢に闘った群像の悲劇を語ることでもある。

 この事件での取調べは苛烈を極め、自白の強要や拷問ともいうべき行為が連日長時間にわたり続けられたとされる。小作農からも精神に異常をきたす者、仮釈放後に自殺した者が出ている。

 1922年に発足した自由法曹団は総力をあげて支援し、全国的な抗議行動も広まったが、抗議の演説を行った弁護士らが各地で拘束されている。

 伏石事件で起訴された者は23名。1924年7月に高松地裁で公判が開かれ、9月には判決言い渡しとなった。有罪22名(うち19名に執行猶予)・無罪1名であった。1927年に上告が棄却され、刑が確定している。

 この厳しい闘争の結果、小作料については10?15%の減額となったというが、若林三郎は窃盗教唆の首謀者と認定されて実刑を受け下獄した。10か月の服役を終えた彼の傷心は癒えることなく、出所直後に2歳の娘を道連れに自殺している。1928年のことである。

 伏石事件の弾圧が1924年、その翌年に治安維持法が成立し、若林の死の1928年には3・15の大弾圧が起こっている。天皇の裁判所が、野蛮な弾圧機関として、遺憾なく猛威を振るった時代であった。若林の死後20年たらずで、日本国憲法が制定され、「天皇の裁判官」はパージを受けることなく、そのまま「国民主権国家の裁判官」に移行した。

 歴史を記憶し、ことあるごとに歴史の教訓を反芻しておきたい。天皇の裁判が横暴を極めていた時代の悲劇を繰り返してはならない。

危険を冒して取材するジャーナリストに敬意を表する。

(2021年5月15日)
 我々一般人は、ジャーナリストの目と耳と筆を通じて、世の中の出来事を認識している。これなくして意見の交換も議論も成立しない。ジャーナリストとは、民主主義にとって掛け替えのない大切な人々なのだ。とりわけ、危険な最前線で貴重な情報を発信する国際記者には敬意を表するしかない。ミャンマーで逮捕され、帰国させられた北角裕樹さんの会見ビデオを視聴して改めてそう思う。

 だから、民主主義に敵対し人権を蹂躙する勢力は、ジャーナリストを嫌う。取材の自由も、発表の自由も認めたくない。今、ミャンマーの国軍がそのような典型的事態にある。

 昨日(5月14日)、国連の報道官は記者会見で、ミャンマーでは84人のジャーナリストが逮捕され、このうち少なくとも48人は現在も拘束されていると発表した。その上で、軍による報道機関への締めつけに深刻な懸念を表明した。そのうえで「表現の自由と報道は市民の自由を下支えする人間の基本的な権利であり、守られなければならない」と述べて、軍に対してすべてのジャーナリストを解放するよう要請したという。 

 現在も拘束されているという48人の国籍は明らかではないが、その人たちの安否が気遣われる。このような勇気ある大切な人々を世界の世論が守り抜かねばならない。拘禁されていた北角さんが釈放されて無事に帰国したことには、ひとまず胸をなで下ろす思いであるが、視点を変えれば、国軍側はうるさいジャーナリスト1人の排除に成功したのだ。なんとも複雑な気持ではある。

 昨日(5月14日)午後10時過ぎ到着直後の成田での北角さんの記者会見は、落ちついた好感の持てるものだった。この人の発信する記事には信用がおけると思わせる印象だった。

 最初に、自分を救出する運動に礼を述べ、大要「自分は記者だから、ヤンゴンで起こっていることを伝えたいという気持ちがあった」「しかし、帰国せざるを得なくなり、悔しい」「ミャンマーの人々から世界に伝えてくれと言われたことがたくさんあるので、多くの国の人たちに伝えていきたい」「これから、ミャンマーで起こっていたことを知ってもらう活動に取り組みたい」と述べている。

 会見の最後に、英語でミャンマーの人たちに語りかけた。「勇敢に抗議を続ける、ミャンマーのあなた方は未来に向けた希望だ」と締めくくった。衒いのない、自然な語り口だった。
 
 現地で自分は暴力を受けることはなく、取り調べの最中に机をたたかれ、「お前のことを刑務所に入れることができる」と脅しの言葉を掛けられた程度だったという。レンガ造りの長屋のような独房に入れられ、食事を楽しみにし、運動をするように心がけた。ペンを持つことを禁止され、「どうやって克明に記憶しようかと、何回もあったことを反すうした」と振り返った。ジャーナリストとしての使命感に溢れたものだった。幸い、彼に対する右翼からのバッシングはないようだ。

 以下に、「ミャンマーで拘束されているジャーナリスト北角裕樹さんの釈放を求める有志の会」によるコメント(抜粋)を引用させていただく。全面的に賛意を表したい。

4月18日の不当な拘束以来、一刻も早い解放を求める署名が3万6千人以上も寄せられていました。解放を後押しした国内外の多くの皆さんのアクションに感謝し、ミャンマー市民と日本や世界をつなぐ「架け橋」を担ってきた北角さんが無事に帰国する喜びを分かち合いたいと思います。

ヤンゴンに在住する北角さんは、2月1日にミャンマー国軍が権力を握った直後から、クーデターに抗議するミャンマー市民のデモの様子などを取材。一時拘束などの国軍側の圧力に屈することなく、「ミャンマーで起きていることを知って、ぜひ国際社会から圧力をかけてほしい」と願うミャンマーの人たちの思いを代弁し、SNSや独自のネットワークを駆使して発信してきました。国軍側は「虚偽ニュースを拡散させた」という不当なレッテルを貼って拘束しましたが、北角さんが伝えてきたのはミャンマーで起きている真実であり、ミャンマー市民の切なる願いです。

日本ではかつて、紛争地域などの取材中に拘束されたジャーナリストや家族などに対して、「反日」や「自己責任」という言葉が浴びせられるという事件が起きました。また、日本政府が帰国後のジャーナリストのパスポート発給を拒否するという事態も続いています。このような私たちの目と耳をふさぐような行為は、民主主義社会として恥ずべき行為です。今回、解放された北角さんに対しても、今後の発信や取材・渡航活動に制約をかけるようなことはあってはならないことを日本政府に強く求めます。

北角さんは拘束の数日前のビデオメッセージのなかで、「ミャンマーの人にとって『デモクラシー(民主主義)』というのは『未来』と等しい言葉です。自分たちの国が民主化して発展していくことで、自分たちの暮らしがよくなるという夢が、2月1日のクーデターで閉ざされた」と語っていました。いまなお、ミャンマーでは「未来」を奪う軍事政権による市民やジャーナリストなどへの弾圧が続いています。ミャンマー国軍に対して、国内外の皆さんと連帯し、いまも拘束されている市民やジャーナリストなどの早期解放を求めるとともに、いちはやく民主主義のプロセスに復帰し、ミャンマー市民が「未来」を実感できる状況を取り戻すことを呼びかけます。

あなた何様? わたくし、IOC様ですよ。

(2021年5月14日)
 私が、IOC広報担当責任者 マーク・アダムズです。一昨日(5月12日)のIOC理事会のあとにバッハ会長に代わって記者会見を行った、あのアダムズです。

 記者会見では私の思いが日本の皆さんに十分には伝わらなかったようですので、少し補充して、東京オリパラを目前にしている日本の皆様にコメントします。なおここだけの話しですが、バッハ会長には感情的でイレギュラーな発言が多く組織としてはハラハラせざるを得ません。その点は、お宅の国の前首相だった安倍晋三さん、全組織委員長だった森喜朗さんとよく似ています。みんな、とてもトップの器ではないのです。バッハさんの話よりは、私の発言をIOCの意思とお考えください。

 私があの会見ではっきりさせたかったことは、日本国内の事情がどうであれ、「東京オリパラ2020」は必ず開催するということです。私たちは、けっして言われているほど愚かでも無鉄砲でもありません。世界と日本のパンデミックの状況も、日本の世論もよく知っています。その上で、IOCの利益のために必ず開催と言っているのです。

 もう少し付け加えるなら、私たちIOCは、日本の皆様の国民性についてもよく研究し、知り尽くしているつもりです。第2次大戦時の米国が、日本人の精神構造をよく研究して、天皇制を残しつつ戦後処理に成功したようにです。

 日本の皆様が、これまでのオリンピックとは異なる高いハードルを乗り越えねばならないことはもとより承知です。場合によっては感染再拡大のリスクあることも反対論者の言うとおりでしょう。それでも、東京オリパラは必ずやるのです。仮に、そのオリパラでパンデミックが再燃したとしても、それは現地の責任で、IOCが引き受ける問題ではありません。

 なぜそこまでしてもオリパラをやるのか。理由は三つ。三つしかありません。「カネ、カネ、そしてカネ」です。ニューヨークタイムズに寄稿されたジュールズ・ボイコフ教授の仰るとおりです。

 もっとも同教授は、「カネ、カネ、そしてカネ」を、なにか不純で不潔なものというイメージで描こうとしていますが、私どもはけっしてそうは考えません。今の世の中、お金は大切です。お金は神聖で美しい。オリンピック競技の勝者には、「金」「銀」が与えられるではありませんか。あれは、「金貨メダル」「銀貨メダル」という意味なのです。これを拝金主義というのであれば甘受するまです。

 今われわれの前には二つの道があります。東京オリパラを中止することなく、何とかやり遂げれば、「カネ、カネ、そしてカネ」が手に入ります。しかし、これを中止すれば、「損、損、そして大損」が押し寄せてきます。その場合の金銭的損害や負債の処理は考えるだに恐ろしい。開催実行は当然ではありませんか。

 パンデミックのコントロールが困難なこともよく分かっています。フクシマの事態をアンダーコントロールすることと同様の難事ですが、やめる理由にはなりません。あなたの国も困難承知で東京オリパラを招致したではありませんか。

 選手団派遣をボイコットする国が出てくることはやむを得ません。が、IOCとしては、当該国の感染蔓延の事態にはさしたる関心はありません。隔離されたアスリートのワクチン接種が実行されていればよいだけの話で、幸いにファイザー社にはだぶついてきたワクチンがあります。これを特別枠として提供してもらえるのですから、多くの国に選手を派遣していただけるものと考えています。

 日本の世論が、コロナ禍への恐怖と、オリンピック準備がコロナ対策への障害になるのではという疑念から、「東京オリパラ開催反対」に固まりつつあることは承知をしていますが、実はこの点は大した心配をしていません。

 一昨日の記者会見で、「世論には浮き沈みがある。我々は耳を傾けるが、世論に動かされることはない」「トーキョー開催が決まった8年前には、世論が支持していた」「開催されれば世論が大会を強く支持すると確信しています」と申し上げたとおりです。

 あの8年前のブェノスアイレスをお忘れか。あなた方の国のトップは、あんなにもはしゃいで、東京オリパラ招致の成功を喜んで見せたではありませんか。今は、コロナの恐怖で表面的にはオリンピック歓迎のムードに陰りがありますが、なに、開催すれば、世論なんてコロリと変わります。日本国民が、簡単に感動と誇りに思うオリパラになるものと確信していますよ。日本の世論なんて、その程度のものでしょう。

 だいたい、一昨日の理事会では、東京大会のプレゼンテーションが行われたのですよ。組織委員会の橋本聖子会長からも武藤事務総長からも、中止に関する議論はまったく出ませんでした。日本の委員の発言をみる限り、大会開催に影響するほどの反オリパラ世論があるとは思いもよりませんね。

 ローマの昔以来、市民はサーカスがお好きなのです。江戸・東京の市民も見世物が大好きだったではありませんか。オリンピックこそは、これ以上ない最大のサーカスであり見世物なのですから。

 それに日本の皆さんは権威に弱い。お宅の国には、まだ天皇制というものがあるそうではないですか。IOCは権威ですよ。現代の貴族です。オリンピックは、日本の国民性と相性がよいのです。しかも、皆さん、いったん決めたことをやめようと言い出すことができない国民性。失礼ながら、この辺に付け込んで、IOCから日本の皆様に、「支援と理解を伝え、連帯を示したい」と思います。

 誤解のないように繰り返しますが、IOCは東京オリパラがコロナ拡大の舞台となってよいと言っているわけではありません。でも、開催国の首相も主催都市の首長も、「しっかりと、安全安心な大会を開催する」と言っておられるのですから、その言を信頼すると言うことなのです。それが出来なければその人たちの責任で、IOCには関心のないことなのです。ですから、いかなる事態になったとしても、IOCの責任を問題にするがごとき不埒なことを言わないよう予め釘を刺しておきたいのです。

コンビニ各社よ、ヘイト企業DHCとの取引を見直せ ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第184弾

(2021年5月13日)
 この世の不当な差別はなくさねばならない。差別をこととする政治家は選挙で落とさなければならないし、名誉毀損や侮辱に当たる差別的言動は取り締まらねばならない。DHCのごときヘイト体質の企業には、消費者の主体的な選択によって市場から駆逐する制裁を加え、ヘイトの言論を封じなければならない。

 DHCの主要な販路の一つとしてコンビニがある。DHC製品を扱っているコンビニには、DHCの差別言論を支えている責任がある。コンビニは、間接的にもせよ差別に加担している責任の自覚はあるだろうか。

 セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンをコンビニ大手3社というようだ。この3社ともDHC製品を取り扱っているが、直ちにDHCとの取引停止という意思はないようだ。メディアの取材に対して、おしなべて「現在のところ取扱いの中止などは検討しておりませんが、今後はお客様のご意見などを参考に判断してまいります」という回答だという。はたして、それでよいのだろうか。

 「よいのだろうか」とは、企業倫理や経営者の良心に照らしての問いかけであるとともに、経営の合理性から見てもこのようなヘイト企業とは縁を切った方が得策ではないのかという含意がある。

 スープストックトーキョーが、やんわりと差別反対の姿勢を示してDHCビールの販売をやめて話題となった。このことで、スープストックトーキョーの好感度はアップし、知名度は爆発的に高くなった。企業倫理としてだけでなく、宣伝効果を考えれば経営戦略としても正しい判断であったろう。

 共同通信は、「差別発言を巡り、大阪の人権団体がDHCの取引先へ対応要請」と以下の記事を報じている。

 「化粧品会社ディーエイチシー(DHC)のウェブサイトで、吉田嘉明会長名で在日コリアンを差別する文章が掲載されている問題を巡り、大阪市の人権団体が(4月)30日、同社と取引する銀行やコンビニ、ドラッグストアなど30社に対し、DHCに謝罪を要請し取引を停止するよう求める要望書を送ったと発表した。」「NPO法人『多民族共生人権教育センター』や部落解放同盟大阪府連合会などが連名で(4月)29日に送付した。」

 DHCだけではなく、DHCと取引する業者もその姿勢を問われる時代なのだ。問題意識なく漫然とヘイト企業と取引していると、DHCの同類と見なされる。そして、その姿勢は最終的に消費者によって審判を受けることになるだろう。

 2011年3月国連人権理事会が採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」に次の注目すべき条項がある。

13.人権を尊重する責任は、企業に次の行為を求める。
?自らの活動を通じて人権に負の影響を引き起こしたり、助長することを回避し、そのような影響が生じた場合にはこれに対処する。
?たとえその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める。

 つまり、?でDHCに「ヘイトの言論を戒める」だけではなく、?では大手コンビニなどDHCの取引先にも、「取引関係によってつながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める」ことを要求しているのである。強制力はないものの、これが国際的な良識のスタンダードなのだ。「取引先であるコンビニ大手にも、問題の是正に向けた責任」を自覚してもらいたい。

 とりわけローソンは、企業倫理やコンプライアンスに意識が高いという好印象がある。その「倫理綱領」の中に、次の一節がある。

2-2 高い倫理観に基づいた誠実な行動
私たちは、目先の利益だけを追求するのではなく、結果として当社の利益につながるよう、社会規範や国際ルールを守り、社会が求める倫理に従って行動します。
また、私たちは相手の立場を尊重し、十分に相手の意見を聞き、誤解を与えたり中傷したりしないよう、誠実な行動をとります。

2-4 人権の尊重
私たちは、あらゆる場面で接する人々の人権を尊重し、その人の人種・国籍・出身地・性別・年齢・障害・宗教・信条・経歴などで差別しません。

また、ファミリーマートが公開している人権方針の中では、「人種や国籍などによる偏見や差別の禁止」を明記しており、「ビジネスパートナーおよびその関係者の皆さまにも本方針を理解し、支持していただくことを期待すると共に、コミュニケーションや情報共有を深めるなど、協働して人権尊重を推進するよう継続的に働きかけていきます」としている。

また、セブン&アイ・ホールディングスも「お取引先行動指針」の中で「人権の尊重と保護」を掲げ、取引先に対し「直接、間接を問わず人権侵害に加担しないでください」などと求めている。

それぞれ、高邁な倫理綱領をもっているコンビニ各社である。悪名高きDHCと取引ができるものだろうか。

各企業の倫理意識にも期待したいが、最終的には消費者の意識と行動が、趨勢を決める。「#差別企業DHCの商品は買いません」というフレーズを社会の隅々に行き渡らせよう。

地方自治体たるもの、ヘイト企業DHCとの連携を恥とせよ ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第183弾

(2021年5月12日)
 デマとヘイトとステマとスラップで天下に著名なDHC。悪名高いその企業が、全国の幾つかの自治体と「連携協定」を結んでいる。これは見過ごせない。

 DHCのホームページには、こうある。

 DHCは健康づくりの推進や健康寿命の延伸をめざし、全国各地の自治体と連携協定を結んでいます。互いに協力関係を築くことで健康格差を縮小、さらには地域経済の活性化等をめざしています。

21年4月現在、DHCは下記の21自治体と連携協定を結んでいると公表した。

北海道 長沼町
岩手県 二戸市
宮城県 石巻市
茨城県 守谷市 境町 行方市 下妻市
千葉県 横芝光町 
神奈川県 松田町
静岡県 御殿場市 伊東市 小山町
高知県 宿毛市 南国市
佐賀県 唐津市 みゆき町
熊本県 合志市 長洲町
鹿児島県 南九州市 鹿屋市 長島町

 言うまでもなく、地方自治体は憲法が直接適用となる公法人である。その自治体が、憲法の理念に著しく反する企業と特別に親密な契約関係にあることは、好ましいことではない。また、地方自治は民主主義の学校と言われる。民主主義の学校に、ヘイトもデマもステマもスラップも、まことにふさわしくない。DHCとの連携協定を締結する自治体の見識が厳しく問われなければならない。

 上記の21自治体、おそらくはDHCのなんたるか、また吉田嘉明のなんたるかを知らないままに、連携協定を結んだのであろう。しかし、DHC・吉田嘉明のヘイト体質は、今や国内の隅々に知られるところとなった。この点についてのNHK4月9日放送の功績はまことに大きい。DHCは今やNHKを名指しし、「NHKは幹部・アナウンサー・社員のほとんどがコリアン系である」「NHKは日本の敵です。不要です。つぶしましょう」などと言っている。

 DHCのヘイト体質が知られるに至った今、このままDHCとの協定を締結し続けていては、ヘイト企業に親和性の高い自治体として、住民にとって恥ずべき事態とならざるを得ない。

 幾つかの賢明な自治体が連携協定の解消に動き出している。おそらくは、水面下での動きはもっと活発なのであろう。

 この点について、ハフポストなどが丁寧な記事を発信している。
 https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_60938618e4b04620270fe635  
 https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_607f7aace4b017537f0c5016

https://news.livedoor.com/article/detail/20164191/

 南国市では、3月の市議会で中山研心議員(立憲)から疑問が提起され、平山耕三市長が「協定解消も考える」と答弁。その後、市はDHC社に対し公式サイトに掲載されている文章を削除するように電話とメールで問い合わせたという。しかし、DHCは「文章を変更するなどの対応はとらない」と回答があったため、4月23日に連携協定の解約を申し入れた。

 市の担当者は解約の理由について、「差別を助長する発言を一般の方がアクセスできる公式サイトに掲載しているというところ」と説明。当然のことだろう。

 熊本県合志市は、「市の考えと異なる」として連携協定を凍結することを決めたという。もっとも、同市の担当者によると、2017年8月に協定を結んだものの、これまでにイベント協賛など具体的な取り組みは特にしていなかったそうだ。

 この担当者はハフポストの取材に対し、「市として人権啓発にも取り組んでいる。発言が市の考えと異なるということもあり、凍結を申し入れました」と話している。

 高知県宿毛市は、5月6日会社の担当者に文章についての説明や削除を求める問い合わせをしている。回答しだいでは協定を見直すという。

 さて、問題は残る18自治体である。このままでよいはずはない。首長も議会もこの問題を放置してよいはずはない。心ある議員の議会での問題提起があってしかるべきだろう。このままDHCと協定を締結したままでは、「ヘイト企業」との腐れ縁を清算できない「親ヘイト自治体」として、住民が肩身の狭い思いをせざるを得ないではないか。

 なお、この問題は、幾つかの自治体の「ヘイトスピーチ防止条例」違反として、審査申立がなされている。いずれ、それぞれの自治体が結論を出して話題となるだろう。全ての自治体が、ヘイト企業にはきっぱりとした姿勢を示さなければならない。

「さざ波発言」がもたらした、官邸への大波。

(2021年5月11日)
 本日も、茅渟の海が波立っている。「大阪、死亡者過去最多55人」「大阪の新規感染者数974人」という速報。波立っているのは大阪湾ばかりではない。全国津々浦々の波が高い。コロナ死者数は1万人を超えた。失業者も、倒産件数も、自殺者も夥しい数に及んでいる。人々の不安も並大抵なものではない。「医療崩壊」「ワクチン敗戦」などという言葉に背筋が寒くなる。明らかに、日本の社会全体が大波に曝されている。

 この深刻な事態を「この程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」とツイッターに投稿した信じがたい人物がいる。コロナ禍を話題にして、「笑笑」という言葉を発する神経が理解しがたい。ところが、政権におもねって、この発言の肩を持つ一群の人々がいるという。人の痛みの分からない、心のない人々というほかはない。

 心ない人の存在は社会に絶えない。世の中に無数にある心ない発言の全てに対応することはできない。しかし、このツィートを発した人物が内閣官房参与となれば、看過することができない。しかも、首相の側近にあって、「経済・財政政策」を担当しているというのだから、なおさらのこと。

 こんな心ない、こんな理解し難い神経の持ち主が、政府の「経済・財政政策」に関与する立場にあるのだ。いや、こんな人物が政策立案に関わっているからこその、国民に冷たい心ない政府の政策ではないのか。

 この男、?橋洋一。そのツィートの内容には、いくつもの問題がある。まず、その姿勢の不真面目さである。コロナ禍に苦しむ多くの人々の心の痛みに思いを致すことのできない、決定的な人間性の欠陥を指摘せざるを得ない。言うまでもないが、政治や行政に携わる資格はない。

 さらにこのツィートの、政権による失政糊塗の意図を見なければならない。つとに指摘されてきた、医療を市場原理に放置した失敗、PCR検査態勢の遅れ、ワクチン敗戦の責任、非科学的な経済優先策。その結果として医療崩壊を招いた安倍・菅政権の失政に全く無反省であるだけでなく、失政による国民の被害を過小評価して、「笑笑」でごまかそうという意図が透けて見える。

 いま、急速に東京オリパラの開催中止を求める世論が大きくなりつつある。高橋はこれにブレーキを掛けたかったのだ。しかし、結果は反対になった。政権のコロナ対策に対する真剣さの不足の原因が、「これで五輪中止とか笑笑」という本音にあることが明瞭になったのだから。やっぱり、五輪こそがコロナ対策のガンなのだ。

 菅が、またしても「高橋洋一は私とは別人格」と言っても通用しない。こんな人物を見込んで、官邸の「経済・財政政策」担当参与においているのだ。菅は果たして「コロナはさざ波程度」「五輪中止とは笑笑」と言った人物を用い続けるつもりだろうか。

 高橋のツィートは、英・米・独・仏・伊・カナダ・インドと日本の新規感染者数の推移のグラフを示してのものだった。そのツイートの内容は真実と言えるものだろうか。新規感染者数の推移だけを見ることに合理性があるだろうか。また、その見方は正確だろうか。コロナ禍の被害実態を世界に比較して、本当に「日本はこの程度の『さざ波』」と評しうるだろうか。

 いまや反対論が優勢である。5月9日のTBS「サンデーモーニング」で、ある医師がこう語っている。「大阪では毎日1000人以上の感染者が出て、40?50人の方が亡くなり、入院・治療を受けられる方はわずか10%なんですね。残りの人たちは検査も治療もろくに受けられないような状況で放置されているような状況が続いていて、その状況が全国に広がろうとしている」「諸外国と比べて、大阪だけの死亡者は場合によってはインド、アメリカ、イギリス、ヨーロッパよりも多いような状況なんです。非常に深刻で悲惨な状況です

 高橋は、本日(11日)ツイッター上で釈明した。「世界の中で日本の状況を客観的に分析するのがモットーなので、それに支障が出るような価値観を含む用語は使わないようにします」。主観的な表現のあったことは認めたわけだが、問題のツィートを撤回せず、謝罪もしていない。

 このような人物を経済政策の助言者として任命した菅義偉の責任を問わねばならないが、このような発言後もなお高橋を罷免せずに任用し続ける責任は、さらに厳しく問われなければならない。

 菅内閣の支持率は着実に減り続けている。この高橋の「さざ波発言」は、さらに支持率を下げる恰好の材料となった。このさざ波、大波となって内閣に大きな被害をもたらすに違いない。

「改憲手続き法・改正法案」は、小手先の修正を施してもなお欠陥法案である。

(2021年5月10日)
 今国会は、徹頭徹尾コロナ対策国会に終始するものと思っていたら、コロナ騒ぎのドサクサに紛れて、火事場泥棒さながらに改憲手続法案が動き出し暴走している。これが採決強行ではなく、「与野党合意」で成立しかねない情勢なのだから情けない。
 本日改憲問題対策法律家6団体連絡会が、「『日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案』の衆議院憲法審査会における採決に強く抗議し廃案を求める」声明を発表した。
 https://jdla.jp/shiryou/seimei/210510.html

 この内容は従前の主張に齟齬もブレもないもの。何がどのように問題となっているのか、少し噛み砕いて説明して、ご理解をいただきたい。

☆現在審議の対象となっているのは、「日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法案」である。この原法の略称をメディアは「国民投票法」と呼ぶことが多いが、「改憲手続き法」と呼称することが自然でもあり、内容を正確に表してもいる。

☆その「改憲手続き法」は2007年に衆法(衆議院議員提出法律案)として成立しており、今問題となっているのはその改正法案である。

☆なぜ与党議員が改正法案を提出したのか。2016年に公職選挙法が改正され、その改正公選法との対比で、「改憲手続き法」の欠陥があまりに際だったものになって、07年法のままでは国民投票は実行できないという認識が一般化したからである。

☆そこで与党議員から、「公選法並び」に揃えるための下記7項目の改正提案がなされた。これが、従前審議対象となってきた「7項目改正案」である。
 ?名簿の閲覧
 ?在外名簿の登録
 ?期日前投票
 ?共通投票所
 ?洋上投票
 ?繰延投票
 ?投票所への同伴

☆この「7項目改正案」は、2018年6月通常国会に、自・公・維の議員提案で国会提出されたもの。が、以後8国会に渡って審議がストップしたままとなってきた。その最大の要因は、「安倍晋三が総理にいるうちの改憲には絶対反対」という野党の結束であった。
 
☆その安倍晋三という障害物が退任して、これまで審議の進行に飽くまで反対で足並みを揃えていた野党の一部が妥協して、「7項目改正案」に「付則」を付加する「修正案」を提案した。「付則」の内容は、「改正法施行後3年を目途に、広告規制、資金規制、インターネット規制などの検討と措置を講ずる」というもの。

☆こうして、与野党で対立していた「7項目改正案」への対案として、立憲民主党からの「修正案」が提案され、これに自・公が賛成した。維新は「7項目改正案」に固執して「修正案」を拒否している。

☆「修正案」は、5月6日衆議院憲法審査会において賛成多数で可決。明日(5月11日)衆院本会議で採決される予定と報じられている。

 改憲問題対策法律家6団体連絡会は、これまで7項目改正案に対して重大な問題点があると指摘して採決に反対してきたが、審査会で可決された修正案もまた、欠陥法案であると指摘し、明文改憲への途を開くだけの修正案の廃案を求めている。

その主たる理由は以下のとおりである。

(1) 憲法改正国民投票(憲法96条)は、主権者国民の憲法改正権の具体的行使であり、最高法規としての憲法の正当性を確保する重要な手続であることから、「修正案」にも通底する、公選法「並び」でよいとする乱暴な議論は憲法上許されない。

(2) 7項目の中には、国民投票環境の後退を招く項目があり、さらに、このままでは国民投票ができない国民が出るなど、違憲の疑いのある欠陥法であって、「修正案」によっても是正されていない。

(3) そもそも改憲手続法は、2007年5月第1次安倍政権当時の強行採決による成立当時から数多くの未解決問題を先送りとされたまま10数年を経たものである。とりわけ国民投票運動の運動資金の規制がなく、CM規制が不十分で、最低投票率の定めがないなど、国民投票の結果の公正を担保しないという致命的な問題点がある。
 「修正案」も、けっしてこれらの「国民投票を金で買う」などの根本的欠陥を解決するものではない。この欠陥法案を急ぎ成立させる必要性も正当性も存在しない。

これ以上の東京オリパラ「ぼったくり」被害はごめんだ。政府は、直ちに「損切り」せよ。

(2021年5月9日)
 ワシントンポストが、東京オリンピック中止を促す記事を掲載したとして、話題になっている。執筆したのはサリー・ジェンキンスという、その道では著名なスポーツジャーナリストだという。世間が注目したのは、IOC会長トーマス・バッハを「ぼったくり男爵」と揶揄し、主権国家日本が恐れ入る必要はないとしたその姿勢にある。

何より「ぼったくり男爵」という訳語のインパクトが強烈で素晴らしい。なるほど、確かにあの連中は「国際ぼったくり一味」である。それだけではなく、国内にもこれに与しての「おこぼれ・ぼったくりグループ」が存在し、国際・国内のぼったくり屋たちから二重にぼったくられる国民の怒りに火を付けたのだ。

 その話題の記事の全訳を、クーリエ・ジャポン (COURRiER Japon・講談社発行のオンライン誌)が掲載している。やや長文だが、面白いし説得力がある。ぜひご一読を。
 https://courrier.jp/news/archives/244435/

ワシントンポスト記事のタイトルは、「日本政府は損切りし、IOCには『略奪するつもりならよそでやれ』と言うべきだ」というもの。日本政府に「損切り」(ロスカット・loss cut)を勧めている。これは面白い。

 「損切り」(ロスカット)は相場用語である。損の拡大を防ぐために、手仕舞いして現状の損を確定させることをいう。損を取りもどさねばと、損切りの機を失すると大損をすることになる。相場の格言では「見切り千両」と言い、また、「損切り万両」とも言う。

ワシントンポスト記事は、これまでのオリパラ準備のための資金投入を「投資」に見立て、「利益の回収」にこだわってこのままオリパラを継続すれば際限なく出費が嵩んで、結局は「大損」することになる。それよりは、オリパラ中止という「損切り」を断行して現状の損を固定し、以後の出費を抑える方が結局は大きな得になると忠告をしているのだ。

 しかし、損切りは心理的になかなか難しい。博打打ちは、「もう一勝負、次ぎこそ挽回」とのめり込んで身を滅ぼす。博打打ち同様、太平洋戦争の責任者だった昭和天皇(裕仁)も、敗戦必至の事態となりながら国体の護持にこだわって、「もう一度戦果を挙げてから」と固執して傷口を広げ、この誤りによって国を破滅寸前にまで追い込み、国民に塗炭の苦しみを余儀なくさせた。

 以下は1945年2月14日、いわゆる「近衛上奏文」提示時のやり取りである。早期戦争終結を縷々上奏する近衛と、裕仁の最後の会話。
(裕仁)もう一度戦果を挙げてからでないと中々話は難しいと思ふ。
(近衛)そう云う戦果が挙がれば誠に結構と思はれますが、そう云う時期が御座いませうか。之も近き将来ならざるべからず。半年、一年先では役に立つまいと思ひます。

 相場を張っている張本人は裕仁である。近衛は、事態を客観的に見れば挽回不可能なのだから損切りせよと勧めているのだ。しかし、博打を打っている本人が、話を聞こうとしない。「もう一勝負をして挽回してからでないと」と結局耳を貸さなかった。このあと、全国の主要都市が焼夷弾に焼かれ、沖縄の凄惨な地上戦での犠牲を出し、あまつさえ広島・長崎の悲劇をもたらした。この誤った指導者の判断による犠牲はあまりにも大きい。

ワシントンポスト記事の「損切り」に関わる部分は下記のとおりである。

日本の指導者たちがすべきなのは損切り、しかもいますぐの損切りである。

 残り11週間のいま、この取引の残りの部分からきっぱり手を引くべきなのだ。オリンピックの費用は非合理的に膨れ上がるのが常だ。

 世界的なパンデミックの最中に国際的メガイベントを開催するのは非合理的な決定なのである。損を取り戻そうとして損の上塗りをするのも同じくらい非合理的である。

 いまのこの段階で夏季五輪の決行を考える人がいるとしたら、その主要な動機は「お金」である。たしかに日本は五輪開催のためにすでに約250億ドルを投じてきた。だが、国外から来る1万5000人をバブル方式で外部との接触を遮断するとしたら、その追加費用はどれくらいになるのだろうか。

加えて毎日の検査実施などの一連の規程もある。警備も実施しなければならず、輸送や大会運営に関連する巨額費用も出てくる。大きな災害が発生してしまったときのコストはどうするのか。」

「国際オリンピック委員会(IOC)のフォン・ボッタクリ男爵と金ぴかイカサマ師たち」によるボッタクリの被害者は、私たち日本国民である。このまま座して事態の推移を看過すれば、損失は膨らむばかり。早急の損切りが是非とも必要なのだ。ふくらむ損失とは経済的なものばかりではない。医療の崩壊がもたらす国民の生命と健康の損失が必至ではないか。

 記者サリー・ジェンキンスはこう言っている。「中止はつらい。だが、それが弊風を正すことにもなるのである。」 

損切りをもっての東京オリパラ中止に躊躇してはならない。痛恨の裕仁よる終戦遅延の罪や、原発再稼働の過ちを繰り返してはならない。そして果敢に辺野古新基地建設の中止もしなければならない。これをにに「損切り」して、国家プロジェクトの撤回ができる日本となれば素晴らしいことではないか。

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