澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

高須克弥よ、大村知事リコール運動代表としての責任をどう考えているのか。

(2021年5月20日)
 人の性はけっして悪ではないが、善ともいいがたい。医師の善なるものは仁術に徹し、善ならざる者は算術に徹する。多くの医師は、仁を理想としつつも余儀なくされた算との妥協に揺れている。が、中には少数ながら、算術に徹して恥じない医師もいる。 

 仁に徹した医師の典型が中村哲であり、その対極にあって臆面もなく算術としての医に徹した典型が高須克弥であろう。中村の生き方は多くの人の範として尊敬され、高須の身過ぎの在り方は尊敬とは対極にあって、心ある人々からは眉をひそめられる存在となっている。

 医師としての尊敬とは無縁な高須が「愛知100万人リコールの会」の会長になって、田中孝博、河村たかしらとともに、愛知県知事大村秀章のリコール署名運動を主導した。今、その運動自体が持つ大きな問題性は措いて、高須の社会的な責任についてだけ問題としたい。

 周知のとおり、このリコール運動は惨めな失敗に終わった。のみならず、運動内部から前代未聞の大量の署名偽造という犯罪を発生させて逮捕者まで出すに至った。この犯罪によって傷付けられた法益は「民主主義」であり、「地方自治」である。この運動に関わった人々の罪は深い。そして、その責任との向き合い方において、各自の人間性があぶり出されてもいる。その性の善ならざるところを見せつけられる思いである。

 この署名偽造問題がメディアに報道されて以来、高須は、「報道が事実であれば最終的な責任は会長である僕にあります」「僕は逃げも隠れもしません」「僕が責任をとります」と繰り返しコメントしてきた。高須のいう責任とはいったい何に対するどのようなものなのか。そして、具体的にどのように責任をとろうというのか。そもそも、責任をとることが可能なのか、それを問い質したい。

 学生時代にこんな経験をしたことがある。何の案件であったか、自治会と学部ととの間での交渉が不調に終わったとき、自治会の委員長がこう言い放った。「この件は、自治会の言い分を通させていただく。責任は、委員長の自分がとる」。

 そのとき、早野雅三さんであったか西村秀夫さんであったか、学生部長がこうたしなめた。正確な言葉は再現できないが、「いったい、君はどのように責任をとろうというのか。この件について、学生である君に責任をとる能力はない」。

 「とれもしない責任をとる」などと軽々に無責任なことを言うものではない、との言葉になるほどと頷いた記憶がある。高須の「僕が全責任をとります」という軽薄な態度もまったく同じこと。民主主義が毀損された犯罪に、いったい彼がどのように償えるのか。どのように「責任をとる」つもりなのか。

 安倍晋三が典型であったが、「責任」という言葉が木の葉のごとく軽いのだ。口先だけ形式だけのことで、具体的にどう責任をとるのか考えてもいない、責任の重みに耐える覚悟もない。
 
 今、高須は事件への直接の関与を全面否定し、署名の偽造について自分は知らなかった、知らされていなかった、と言う。果たしてそうであろうか。

 あの署名簿は一見して署名の偽造ないしその疑惑が明白な態様のものばかりである。高須が、ほんの少しでも署名簿の束に目を通せば、とうていマスコミにも見せられず、真正なものとして選管に提出できる代物ではないことは瞭然だったはず。果たして、リコールの会の会長である高須がまったく署名簿に目を通していなかったというのだろうか。

 各選管への署名簿提出の直前まで、「正々堂々、署名簿の整理はメディアに公開する」と言っていた高須だった。20年11月2日には、「明日、11月3日、大村愛知県知事リコールの公開開票を行います。すでに各メディアに連絡済みです。正々堂々と勝利を目指します。トランプより早く勝利宣言できますよう🤲なう。午後1:43 ? 2020年11月2日」というツイートを確認することも出来る。しかし、その、「正々堂々」の実行はなかった。

 替わって高須が強調するようになったのは、「リコールの会が仮提出した署名簿は、封印したまま僕の目の前で溶解液に入れて破棄する方針だ。万が一、リコールの会が集めた署名簿の情報が漏洩した場合、すべて責任は取ります」という言辞。「署名簿溶解」とは穏やかではない。公開するといっていた方針からの極端な変更である。

 地方自治法上、必要数以上の署名が集まると、署名簿は「縦覧」に供される。つまり、一定の範囲の有権者に、一定期間公開される仕組みとなっている(法74条の2)。高須の姿勢は、これを極端に恐れたように映るのだ。署名簿を見られたくない事情を認識したと推認されてもやむを得まい。

 さて高須は、事務局長ら4名の逮捕者を出した深刻な事態に、リコールの会会長として無為無策を続けるのだろうか。この運動の代表者として、具体的に自分のどこをどう反省し、具体的にどのような仕方で責任を取ろうとするのだろうか。あるいは、口先だけの「僕に全責任」の姿勢を続けるのだろうか。

 本日の報道では、高須の秘書も署名の偽造に直接関わっていることが判明している。高須は、「秘書を叱っておきました」ですませるつもりだろうか。それが、全責任をとると言うことなのだろうか。お詫びの仕方で、その人の誠実さが量られる。こういうときにこそ、人間性が顕れる。

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DHCとの取引中止を求めるネット署名ご協力のお願い

 Change.orgが、「DHC商品のコンビニからの撤去、および同社との取引中止を求めます」というネット署名キャンペーンを始めている。下記のURLでアクセスして、ご協力をお願いしたい。また、このURLの拡散をお願いしたい。

https://t.co/1XBu4Rb95q?amp=1

キャンペーンの趣旨は、以下のとおりである。

 人権侵害として言論の自由の許容範囲を超える、このDHC社と吉田会長による行為に対して、あらゆる行政や企業等は、責任をもって対処する必要があります。
 つきまして、本署名において、コンビニエンスストア各社に対して、DHCの商品の取り扱いの中止と、DHCとのあらゆる取引を中止するよう求めます。
 本署名は、大手コンビニエンスストア各社に対し、直接提出したうえで、各社の反応についてレポートし、各社がどのような対応をするかを広く周知したいと考えております。

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