スノーデンと朱建栄氏
西にスノーデンあれば、東に朱建栄あり。国家秘密に関わることとなると、まことに陰湿で嫌な事件が起こる。おそらくは、われわれの耳目をかすめることのない無数の類似事件があるのだろう。
「サンデー毎日」2013年10月20日号によると、東洋学園大学(文京区)朱建栄教授は、今年7月に上海で消息を絶った。その後、2か月近くたった9月11日に、中国外務省の洪磊副報道局長が定例記者会見で「朱建栄は中国(籍)の公民だ。中国は法治国家であり、公民は国の法規を遵守しなければならない」と述べ、国家安全省が情報漏洩の疑いで身柄を拘束している事実を認めた、という。
公安関係者の解説として、「国家安全省は、防諜と呼ばれるスパイ活動の監視や摘発を主任務とする情報機関です。朱氏は中国の情報を日本側に提供したと見られたのでしょう‥」。とは言うものの、記事は「諸説紛々だが、今も真相は藪の中だ」としている。
たまたま本日、久しぶりにスノーデンのコメントが報道されている。内部告発サイト「ウィキリークス」が、10月11日にネット上に掲載し公開されたものだとか。「時事」の報道は、「スノーデン容疑者は、『必要ないときまで、底引き網のように情報をあさり、全人類を監視下に置こうとする。社会を安全にするどころか、意見を表明し、考え、生きることを規制している』と、米国家安全保障局(NSA)の監視活動を批判した」と言っている。
朱氏の身に何が起こったかはよく分からない。分からないながらも、国家秘密漏洩に関わって同氏の身柄が当局に拘束されていることが高い確度で推察される。ことがらの性質上、公的に拘束の理由が明示されることはない。「何が逮捕勾留の理由か、それはヒミツ」だからだ。中国の秘密保護法制については詳らかにしないが、日本がお手本にすべきものでないことだけは確かである。
中国外務省報道官の「朱建栄は中国(籍)の公民だ。中国は法治国家であり、公民は国の法規を遵守しなければならない」とは、恐るべき宣言である。ここでは、「法治主義」という言葉は、疑いもなく「国家が国民に向かって、規範の遵守を要求する」スローガンとされている。言葉の本来の意味である「権力の行使は法の制約に服さなければならない」という観念はまったくないようなのだ。「法によって縛られるものはなによりも国家である」ことが法治主義。「法によって国民を縛る」のは、秦・漢の法家以来の伝統で、近代の思想ではない。
もし、特定秘密保護法が成立したら‥、我が国にも無数の朱建栄氏やスノーデンの事件が起こるだろう。意図せぬのに秘密を漏洩したと弾圧され、しかもその弾圧の内容すら秘密にされる事件。そして、正義感から、政府の違法行為の実態を広く社会に通報しようとして徹底的に弾圧される事件。
いずれの類型の事件においても国民の知る権利が侵される。その結果は民主々義の衰退をもたらす。教訓とすべきではないか。
************************************************************************
「声を出し続けるマララさん」
ノーベル平和賞は、シリアの化学兵器廃棄で注目された「化学兵器禁止機構」が受賞した。化学兵器問題に光が当てられ、シリアと世界の平和の前進が図られる一歩となることを喜びたい。
その平和賞の有力候補者であったマララ・ユスフザイさんは、受賞を逸したが、ますます元気なようだ。この小さな16歳の少女マララさんには、心引かれるものがあり、後援したいという気持ちを起こさせる魅力がある。
11日にはアメリカのオバマ大統領夫妻に面会した。オバマ大統領は、パキスタンの女子教育推進のマララさんの活動に「感謝」の気持ちを伝えたという。その会談のなかで、マララさんは「アメリカ軍がパキスタンで行っている無人機の攻撃で、民間人が傷ついて、かえってテロを助長している」と話したと伝えられる。
2004年以来の無人機攻撃で、3000人以上の人が殺された。そのうち1000人近くが民間人である。さらに痛ましいことに、民間人の死者のうち200人弱はパキスタンの子どもなのだ(概数。正確な数は把握できていない)。
報道写真によると、オバマ大統領との会談には、マララさんと同じ年頃のオバマ大統領の長女も同席し和やかな雰囲気ですすめられたようだ。マララさんが帰ったあと、オバマの家族は何を語り合っただろうか。長女は何を感じ、大統領は自分が命じた「戦闘と殺戮」について、長女と妻にどう釈明しただろうか。「ともかく、先日のシリアの爆撃を回避できてよかったよ」とでも語ったのだろうか。
以前、マララさんはアメリカのABC放送のインタビューで、「銃撃を予想していたので、そのときがきたら、何と言ってやろうかといつも考えていました。タリバンの子どもや娘たちにも教育を受けさせてくださいと言おうと思っていました」と目をクリクリさせて答えていた。きっと、マララさんは今回も、「オバマ大統領に会ったら何と言ってやろうかしら」と考えていたに違いない。
タリバンは今も、マララさんの命を狙うと脅迫し続けている。しかし、「無人機の攻撃をやめてください」と要求するということは、「タリバンの命も助けてください」と言っていることでもある。マララさんは国連での演説のなかでも、「私を銃撃したタリバンの人たちを憎みません」と述べている。タリバンは、たった独りのマララさんに、道義的にも負けてはいないか。
地元パキスタンでは「マララさんが撃たれて注目を浴びるようになってから、ここはよりいっそう危険になった」「マララは欧米かぶれだ」「自分は安全なところにいて」と批判の声の方が圧倒しているらしい。しかし、声を出せるところにいる人までが声を出さなくなったら、敗北を認めたことになる。とにかく、声を出し続けるマララさんはやっぱり立派だ。
(2013年10月13日)