スポーツの日に思い起こす、1964東京オリンピックの頃。
(2022年10月10日)
天候は忖度しない。爽やかな秋空がひろがる今日ではなく、雨模様のどんよりした、「体育の日」改め「スポーツの日」。この祝日の起源は、1964年の東京オリンピック。当時私は大学2年生でアルバイトに明け暮れていた。オリンピック当日に雨が降ろうと雪が降ろうと、何の関心もなかった。
私は典型的な苦学生だった。高校卒業以後、親から仕送りを受けたことはない。奨学金と学費免除制度と学寮があったから進学を決意し、生活費は全てアルバイトで稼いだ。贅沢とは無縁の生活。私の貧乏性は、当時の暮らしで身についたもの。
若さとは大したもの。その当時に、辛いとも苦しいとも惨めとも思ったことはない。が、啄木の、「わが抱く思想はすべて金なきに因するごとし 秋の風吹く」という思いはまさしく、私のものでもある。
本日、たまたま久しぶりの同窓会幹事会で当時の大学に足を運んだ。駒場寮のなくなったことはさびしい限りだが、キャンパス全体の風景はさして昔と変わらない。往時を思い出させるに十分である。
あの東京オリンピック前には、土木工事のアルバイトに恵まれた。技術のない学生の日当も結構高かった。駒場構内の作業もあったことを記憶している。級友と一緒に、酒癖の悪い土方の親方の指示で働いたことなどを懐かしく思い出す。家庭教師と土方仕事。そして不定期な雑誌原稿のリライト。私にとっての割のよいアルバイトだった。
今の学生の生活はどのようなものだろうか。親の経済力にかかわりなく、教育を受けることができるよう制度は進展しているのだろうか。機能しているのだろうか。
ところで、長く10月10日は、「体育の日」だった。「国民の祝日に関する法律」では、その意義を「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」としていた。「東京オリンピック2020」以来、「体育の日」は「スポーツの日」となった。その意義も、若干変わった。「スポーツを楽しみ、他者を尊重する精神を培うとともに、健康で活力ある社会の実現を願う。」というのだ。なんとなく、そらぞらしい。
「体育」には、軍国教育の臭いがつきまとう。「スポーツ」には商業主義と勝利至上主義が。社会に、スホーツ文化の成熟は未だしなのだ。だれもが、学びつつ、働きつつ、また老後にも、余裕をもって自分なりにスポーツを楽しむことができる文化の定着を願う。
もう、私の人生には間に合いそうもないのだが。