犬になれなかった裁判官
IWJというインターネットメディアによる「自民党憲法改正案についての鼎談」が本日第10回目となった。岩上安身さんが司会して、私と梓澤和幸君とがしゃべる企画だが、岩上さん自身の発言も長く、確かに鼎談になっている。
日本国憲法と自民党憲法改正草案との対比を逐条で論じようとの企画だが、ときどきの憲法問題への論及に時間を割かれてなかなか進行しない。11回目で終わろうという予定だが心もとない。前回は喋りすぎた。今回は私だけでも寡黙を通そう。
ところで、話題は「橋下・慰安婦必要だった発言」「石原・侵略戦争否定発言」、そして96条先行改憲論のぽしゃり。朝日の5月1日世論調査で96条改憲反対54%、本日の毎日の世論調査でも反対52%と出た。なんとなく、がんばった甲斐があると嬉しくなる。
安倍の思惑は多分こうだったはず。
96条先行改憲は、「確固たる改憲派」だけでなく、「ともかく改憲派」や「なんとなく改憲派」まで含めて、改憲部分を特定しない「改憲統一選線」を意味する。改憲箇所を特定すれば国民の過半数をとれなくても、改憲箇所の特定を要しない96条改憲なら、過半数をとれるだろう。
しかし、この方針は裏目に出た。改憲目的を明確にしない、改憲のための改憲に世論が猛反発した。それだけではない。96条問題を通して、立憲主義や硬性憲法の重要性を多くの国民が学んだ。96条先行改正の、その先にあるもののイメージを把握した。このいくさ、緒戦は順調。幸先がよい。
本日の逐条解説は、日本国憲法の第6章「司法」。76条から82条まで。
ここでは裁判官の独立に関連して、「犬になれなかった裁判官―司法官僚統制に抗して36年」を著した安倍晴彦さんのことを語った。
安倍さんは、憲法と良心に忠実になろうと決意を固めた裁判官だった。出世や上司の見る目を少しも気にすることなく、ヒラメにも犬にもならずに、裁判官として人間の尊厳を守り抜いた。
しかし、そのために最高裁から徹底して冷遇された。36年の裁判官人生の大半を裁判官の出世街道からはずされ、昇給や任地の差別を受けた。ご自身が一番辛かったこととして、「若い後輩裁判官との接触の機会を断たれたこと」と言っておられる。
公職選挙法の個別訪問禁止規定の違憲無罪判決、じん肺訴訟における損害賠償請求権の時効起算点は弁護団からの説明あった日という判断など、人権の実現に素晴らしい役割を果たした。裁判官としての良心を貫くことの満足感と、冷遇への不満との両者の葛藤が常にあったろう。自分の生き方の師としたいと思う。
しかし、これが最高裁の司法官僚制の実態なのだ。体制に与し、多数派に迎合し、上司にへつらう判決を書いている限りは、波風は起きない。敢えて波風を起こせば、差別と冷遇が待っている。こうして、人事の統制を通じて、判決の統制がはかられる。だから、裁判官一人ひとりの独立が大事なのだ。裁判所が真に憲法の番人、人権の砦であるために。