澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「法廷で裁かれる日本の戦争責任」を薦める

「法廷で裁かれる日本の戦争責任ー日本とアジア・和解と恒久平和のために」(高文研)を読んでいる。600ページを超す浩瀚な書。日本の戦争責任を追及する訴訟に携わった弁護士が執筆した50本の論文集である。とても全部は読み通せない。結局は拾い読みだが、どれを読んでも、熱意に溢れ、しかも事件と書き手の個性が多彩でおもしろい。

各論文は、宇都宮軍縮研究室発行の月刊「軍縮問題資料」の2006年から2010年まで連載特集「法廷で裁かれる日本の戦争責任」として掲載されたものを主としている。これに加筆し、書き下ろしの論文を加えて、沖縄出身の端慶山茂君が責任編集をしたもの。同君は私と修習が同期、親しい間柄。

日本国憲法は歴史認識の所産と言ってよい。憲法自身が、前文において「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、この憲法を確定する」と言っている。明治維新以来の国策となった富国強兵の行き着くところが侵略戦争と植民地主義であり、その破綻であった。その歴史への真摯な反省が、国民主権・平和・人権の理念に貫かれた憲法を創出した。また、侵略と植民地支配への反省こそが、大戦後の国際社会への日本の復帰の条件でもあった。ところが、今政権は、「戦後レジームから脱却」し「日本を取り戻す」と呼号している。日本の責任と反省を忘れ去ろうとしているごとくである。その今、日本の戦争責任を確認することには大きな意義がある。

「法廷で裁かれる日本の戦争責任」は、政治的・道義的な戦争責任ではなく、法的責任を追及しこれを明確にしようとする提訴の試みの集成である。15年戦争と植民地支配における「戦争の惨禍」の直接の被害者が、侵害された人間性の回復を求めて、日本国を被告として日本の裁判所に提訴したもの。

そのような戦争被害者が日本の戦争責任を追及した訴訟の数は多い。本書の巻末に、「戦争・戦後補償裁判一覧表」が90件を特定している。この表には日本人のみを原告とした訴訟の掲載は省かれている。原爆、空襲、沖縄地上戦やシベリア抑留の被害など、本書では10本の論文に紙幅か割かれている「日本人の戦争被害」の各訴訟を加えれば、優に100件を超すことになる。

本書は、そのすべてを網羅するものではなく、50本の論文が必ずしも1件の訴訟の紹介という体裁でもない。どの論文も独立した読み物となっており、どこからでも読むことができる。全体を「従軍慰安婦」「強制連行」「日本軍による住民虐殺、空爆、細菌・遺棄兵器」「韓国・朝鮮人BC級訴訟」「日本人の戦争被害」などに分類されている。各訴訟が、それぞれに創意と工夫を凝らしての懸命の法廷であったことが良く分かる。困難な訴訟に果敢に取り組んだ弁護士たちの熱意に頭が下がる。本書は日本の弁護士の良心の証でもある。このような献身的な働きが、各国の民衆間の信頼を形作り、平和の基礎を築くことになるだろう。今政権は、「戦後レジームから脱却」し「日本を取り戻す」と呼号して、日本の責任と反省を忘れ去ろうとしている。本書は、その禍根の歴史を忘れてはならないとする警告の書として読まれなければならない。

なお、本書の発刊が本年3月であるが、その後半年を経て、思いがけなくも本書は新たな発刊の意義を見出す事態となった。朝日新聞の吉田清次証言記事取り消しと、これに勢いづいた右翼メディアや靖国派政治家の、朝日や河野談話への執拗な攻撃である。あたかも「日本軍慰安婦」の存在そのものがなかったかのごとき言論が横行している。本書は、この無責任言論への有力な反論の武器となっている。悲惨な性奴隷としての実態のみならず、軍の関与も強制性も判決が事実認定しているのだ。時効・除斥期間、国家無答責、国家間の請求権放棄合意等々の厚い壁に阻まれて、勝訴には至らなくても、証拠に基づく裁判所の認定事実には重みがある。

1993年8月の「河野談話」の末行は次のとおりに結ばれている。
「なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。」
「慰安婦」問題について本邦において提起された訴訟とは、1991年から93年にかけて提訴された「アジア太平洋戦争 韓国人犠牲者補償請求訴訟」「在日・宋神道訴訟」「関釜朝鮮人『従軍慰安婦』謝罪訴訟」の3件である。被害者らの勇気ある名乗り出と提訴が、河野談話を引き出したのだ。そして、韓国・朝鮮人「慰安婦」提訴の後には、中国・台湾・フィリピン・オランダ人などの訴えが続いた。訴訟が明らかにしたこと、訴訟が世に訴えたことは大きい。

本書の「まえがき」のタイトルが、「和解と恒久平和のために」となっている。そして、まえがきを要約した袴の惹句が、次のとおりである。

「日本の裁判所が日本の戦争責任について審理している裁判例50件を、主に訴訟担当弁護士が解説。戦争の惨禍の加害と被害の実相を明らかにし、日本とアジア諸国とのゆるぎない和解を成立させ、恒久平和実現への願いを込める!」

本書は、禍根の戦争の歴史を忘れてはならないとする警告の書である。来年は戦後70年となるが、情勢はますます、本書の警告を必要としている。図書館などに備えていただき、多くの人に目を通していただきたいと思う。
(2014年10月13日)

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Published in 月曜日, 10月 13th, 2014, at 19:01, and filed under ナショナリズム, 戦争と平和, 歴史認識.

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