政治資金規制法のザルの穴を塞ごう
1月14日、解党して既にない「みんなの党」の元代表・渡辺喜美が不起訴処分となった。昨年(2014年)6月2日付で、同人には学者ら16人が告発状を提出している。私も24人の告発人代理人のひとりだ。
14日午後3時半過ぎ、代理人代表の阪口徳雄弁護士に東京地検特捜部の担当検事から、電話で下記の通知があった。
?本日告発を受理し、本日不起訴処分にした。
?不起訴理由は「嫌疑不十分」。
不起訴理由の具体的内容について説明はされなかったとのことだ。
報道では「渡辺喜美元代表が化粧品通販大手会長から計8億円を借り入れた問題で、東京地検特捜部は14日、渡辺氏を不起訴処分(嫌疑不十分)とした。渡辺氏は借り入れを政治資金収支報告書に記載しなかったなどとして政治資金規正法違反などの疑いで告発されていたが、特捜部は『法律違反を犯したといえる証拠がなかった』と説明した」という。
また同日、自分の選挙区の祭りで「ウチワ」を配ったとして告発されていた松島前みどり前法務大臣も「嫌疑不十分で不起訴」となった。
公職選挙法は、政治家が選挙区内の人に「金銭や財産上の価値のある物品」の寄付を禁止している。問題のウチワは財産上の価値のある物品にあたり、これを選挙区内の人に配布したことまでは確認されたが、「配布の主体は松島本人ではなく、松島が代表を務める自民党の支部だとしたうえで、罰則の条件である選挙に関係した寄付とまでは認められないとして嫌疑不十分で不起訴とした」と報じられている。
どちらの事件も、「嫌疑不十分」だが、疑惑を徹底追求した結果とは到底考えがたい。これだけ世間を騒がせた問題について検察が甘いのではないか。東京地検特捜部の存在感が薄い。
さっそく次のような句が詠まれることになる。
みそぎ終えうちわ片手に観劇へ(稲留洋征・16日「毎日」万能川柳)
さて、渡辺喜美告発に対する不起訴処分には、告発人らが検察審査会への審査申し立てを検討することになる。その成り行きは別として、今回の経緯から政治資金規正法の大きな抜け穴が明らかとなり、意識的にこの抜け穴を利用した者たちの汚さが明らかとなってきた。まずは世論による指弾が必要であり、次いで法改正による抜け穴塞ぎが必要なことを訴えたい。
渡辺告発状は、DHC吉田嘉明会長から2010年と12年とに交付を受けた計8億円の金員について、これを政治資金収支報告書か選挙運動資金収支報告書のどちらかには記載すべきであったのに、どちらにもこれを記載していなかったことを告発事由とするものである。前者であれば政治資金規正法違反、後者であれば公職選挙法違反である。
関係条文だけを掲記しておこう。
※政治資金規正法関係
☆借入政治資金の会計帳簿不記載
第9条(会計帳簿の備付け及び記載)
1項 政治団体の会計責任者は、会計帳簿を備え、これに当該政治団体に係る次に掲げる事項を記載しなければならない。
一号 すべての収入及びこれに関する次に掲げる事項
チ 借入金については、その借入先、当該借入先ごとの金額及び借入年月日
(違反には24条1項1号により 3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金)
☆借入政治資金の報告書不記載
第12条(報告書の提出)
1項 政治団体の会計責任者は、毎年十二月三十一日現在で、当該政治団体に係るその年における収入、支出その他の事項で次に掲げるものを記載した報告書を、その日の翌日から三月以内に、都道府県の選挙管理委員会又は総務大臣に提出しなければならない。
一号 すべての収入について、その総額及び総務省令で定める項目別の金額並びに次に掲げる事項
リ 借入金については、その借入先、当該借入先ごとの金額及び借入年月日
(違反には25条1項2号により 5年以下の禁錮又は100万円以下の罰金)
※公職選挙法関係
☆選挙運動に関する収入及び支出の会計帳簿の備付及び記載
第185条 出納責任者は、会計帳簿を備え、左の各号に掲げる事項を記載しなければならない。
一 選挙運動に関するすべての寄附及びその他の収入(公職の候補者のために公職の候補者又は出納責任者と意思を通じてなされた寄附を含む。)
二 前号の寄附をした者の氏名、住所及び職業並びに寄附の金額(金銭以外の財産上の利益については時価に見積つた金額。以下同じ。)及び年月日
(違反には246条1項2号により 3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金)
☆選挙運動に関する収入及び支出の報告書の提出
第189条 出納責任者は、公職の候補者の選挙運動に関しなされた寄附及びその他の収入並びに支出について、第185条第1項各号に掲げる事項を記載した報告書を、前条第1項の領収書その他の支出を証すべき書面の写しを添付して、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に提出しなければならない。
(違反には246条1項5の2号により 3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金)
渡辺喜美側は8億円について「個人的借り入れで、収支報告書への記載義務はない」と弁明していた。「個人的借り入れ」とは、「私生活上の支出に充てるための金員の借り入れであって政治活動や選挙活動とは無関係のもの」という趣旨であろう。
いかに巨額の金額でも、「個人的な借入」と弁明が通るのであれば、恐るべき事態が惹起する。すべての政治資金の動きを暗闇に隠すことが可能となるではないか。会計帳簿不記載も、収支報告も不要ということになってしまう。それでよいのか。
今回の8億円授受の経過は、スポンサーと政治家との間の内紛によって、偶然に表面化した。それなければ闇のカネとして、吉田と渡辺の持ちつ持たれつの関係は継続していたことになる。
「特捜部は規正法に違反すると認定できるだけの証拠はないと判断した」と報道されている。たまたま、資金交付者が手記を発表して、巨額の資金交付とその経緯がこれだけ明確になった本件で、「嫌疑不十分」「証拠がない」ということであれば、およそ「貸金の形態をとった政治資金の調達については、告発あっても立件不可能」と宣告したに等しい。
あらためて、政治資金規正法の目的と理念を読み直してみよう。
第一条(目的)この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。
第二条(基本理念)
1項 この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。
2項 政治団体は、その責任を自覚し、その政治資金の収受に当たつては、いやしくも国民の疑惑を招くことのないように、この法律に基づいて公明正大に行わなければならない。
公職選挙法の目的規定は次のとおりである。
第1条(目的)この法律は、日本国憲法の精神に則り、議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。
この理念に照らして、8億円授受が法の趣旨を脱法するものであることは明らかである。これでも検察が立件できないというのであれば、脱法を防止する法改正が喫緊の課題となっている。
朝日の1月16日社説が、同じ思いを述べている。抜粋したい。
「(東京地検特捜は)8億円は渡辺氏の個人的な借金だった可能性が否定できず、政治資金規正法に基づき収支報告書に記載しなかった刑事責任を問うのは困難、と判断した。
貸し手の化粧品大手ディーエイチシー(DHC)会長が明かした密接な関係や借金の額は常識からかけ離れている。それでも、カネが政治団体としてでなく、あくまでも個人としての借り入れの範囲とみなされれば、処罰は難しいという現行法の限界を今回の処分は示している。
リクルート事件などの政治腐敗への反省から、90年代以降、政治団体の収支や政治家の資産を公開する流れが進んだ。その理念は、政治資金をたえず国民のチェックや批判にさらさせるところにあった。
政治家個人への寄付も原則禁止されている。だが、個人の借金には規制の穴がある。政治家には資産を報告する義務があり、借入金の記載欄もある。だが、だれから借りたか、利息、担保などの借り入れ条件を明らかにする必要はない。
借金があるのに記載しなかったとしても罰則がない。のちに虚偽記載が表面化しても、訂正すれば、それですんでしまう。それでも通常の借り入れなら、所有する不動産などが抵当に入り、カネの動きはある程度、把握される。しかし、スポンサーが担保を求めず貸し付けたら、チェックの目は届かず、カネの移動は闇にとどまる。
政治団体の収支だけでなく、資産報告書の政治家個人の貸し借りやその目的も外からチェックできる仕組みを作らなければ、政治資金をガラスばりにする理念は果たせそうにない。
たとえ支援者からの申し出だとしても、政治家がひとの目に触れない形で多額の借り入れをすることは、便宜供与のリスクと背中合わせの行為である。抜け道をふさぐ手立てを国会で真剣に議論するときだ。」
まったくそのとおりだ。今回の「8億円事件」は政治資金規正法の美しい理念に、大きな黒い穴があることを見せつけた。この穴をくぐり抜けようという策動を再び許さないために、早急に法改正が必要との声を上げよう。
(2015年1月18日)