澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

東京新聞の「九条の会」討論集会報道

昨日(3月15日)、「九条の会」が都内で全国討論集会を開いた。さすがに、よいタイミングでの企画。集団的自衛権行使容認の「閣議決定」を法律レベルで具体化する安保法制整備の阻止が焦眉の急の課題。法案の大綱は、現在進行中の与党協議の結論として、今月末までに明らかになる。自・公が真剣に議論しているのか、それとも出来レースで議論しているふりをしているのかも。

「九条の会」のこの集会の呼びかけは、1月29日に公表された。以下のような内容。

「安倍政権は、通常国会で、憲法9条の破壊につながる戦争関連法制の改定案や自衛隊海外派兵恒久法案などを提出しようとしています。私たちは、先般の集団的自衛権の政府解釈見直しの不当な閣議決定に沿ったこれらの憲法違反の諸法制を断じて容認できません。これを許せば、日本はまさに『戦争する国』になります。安倍政権のこの危険な企てに対して、九条の会はどのように活動するべきかを語り合うため、『全国討論集会』を開催します。全国からの参加を期待します。声をかけあってご参加ください。

単位「九条の会」は、全国の地域や職域や学園に7500も結成されているという。昨日はその内の280の「九条の会」から452人が参加し、34人が発言したと報じられている。

今朝の赤旗が、この集会を一面トップと、社会面の中段で記事にしている。これは驚くに当たらない。驚いたのは、東京新聞である。1面の左肩で扱っただけでなく、社会面の半分以上の紙幅を割いての、発言内容にまで立ち入った本格的な報道。

しかも、その姿勢が真っ直ぐだ。見出しが、「改憲反対に若い力を」「『九条の会』世論盛り上げ」「いま9条守る」というもの。その報道姿勢が、まことに新鮮な印象。
これまで、大手メディアは、護憲派の運動を報じることに臆病ではなかったか。改憲派の報道と抱き合わせでなくては、護憲派の集会はなかなか記事にならなかったのではないか。今朝の東京新聞の記事は、吹っ切れたという感じがある。同紙が原発報道において脱原発派に正当な地位を認めたように、憲法をめぐるせめぎ合いにおいても護憲派の運動に同様の対応をすることを決意したように見える。

東京新聞は、1面では「憲法九条を守る活動をしている市民団体『九条の会』は15日、全国の会員による討論集会を東京都内で開き、若者へのPRや地域に根差した活動で改憲に反対する世論を盛り上げていく方針を確認した。創設時の呼び掛け人の作家沢地久枝さん(84)と、同じく作家の大江健三郎さん(80)も登壇し『歴史を繰り返さないために』と訴えた」と公式的な報道内容だが、社会面では無名の5人の発言を写真入りで報じている。暖かい報道姿勢だ。

同紙がつけたこの5人の発言のタイトルがよい。
「改憲派にも言葉届けよう」「平和へ保守とも協力を」「東アジアの草の根で連帯」「改憲阻止へ大きなうねり」「障害者こそ平和が必要」というもの。この発言の選択とタイトルの付け方が、記者の共感を物語っている。

「運動の対象を改憲派にも拡げて、改憲派とも語り合おう」「革新・リベラル派だけの内向き運動だけでは勝てない。平和を希求する保守陣営とも協力して憲法を守ろう」「国内だけではなく、東アジアの草の民衆とも連帯しよう」「そして、8月15日には100万人大集会を成功させて改憲阻止へ大きなうねりを作っていこう」という、運動の拡がりを提案する発言が主流となったようだ。そして、「戦争の時代には弱い立場の人権が真っ先に切り捨てられる。障害者自身が弱者にこそ平和が必要だと訴えていきたい」という平和の尊さについての言及。まさしく、草の根の護憲運動が発言している。

なお、毎日もスペースは大きくないが、きちんと報道はしている。共同通信の配信で北海道新聞などの地方紙も報道をしている様子。朝日には関連記事がみあたらない。読売については言わずもがな。産経については「ことさらに『九条の会』を批判する記事」の掲載はないようだとだけ言っておこう。

各紙の報道での私の印象。
当然ではあるが、まずは、護憲派の危機感がとても強いということ。一歩一歩積み重ねられてきた、「戦争のできる国作り」が、いよいよ瀬戸際まで来ているという危機感である。これまでの運動の壁を乗り越えて、あらたな質と規模の護憲を求める国民的大運動を、という声が強い。

その危機感は、とりわけ戦前と戦争を知る世代に強い。「今が戦前に似ている」と語る高齢世代からの緊張感が伝わってくる。その高齢世代の危機感が、若い世代への運動継承の必要の強調となっている。

そして、これまで結束の対象としていた革新リベラルの域を超えて、その外の多くの人々に、改憲阻止の運動に参加を呼びかけようと訴えられている。共闘とは、無理に意見を一致させることではない。一致点での共同行動が第一歩である。

とりあえずは、専守防衛容認派も、瓶のフタとしての安保条約容認論者も、アベノカイケンだけには反対という論者も、閣議決定で実質改憲を許してはならないという一点護憲派も、「いまの安倍政権による改憲には反対」という一致点での共闘は可能であり、それこそが多数を味方に結集して大きな国民的運動を起こせるし、起こさねばならないのだ。

私も、自分の考え方は大切にしながらも、改憲阻止の大きな国民運動のうねりを作るためにはどうすればよいかを意識しつつ、当ブログを書き続けていきたい。
(2015年3月16日)

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