澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

官房長官のぼやき

FIFAの評判ががた落ちだ。それにかこつけて、オウンゴールだの、レッドカードだのという当てこすりがかまびすしい。例の「集団的自衛権行使は憲法違反」という憲法学者3人の発言だ。安全保障特別委員会ではなく衆議院憲法審査会での発言だが、与党推薦の専門家までが明確に「違憲」と断じたのだから始末に悪い。自ら招いた学者の発言による大きな失点だから、オウンゴールというのは言い得て妙だ。これで法案だけでなく政権にもレッドカードと言いたいのだろう。野党は鬼の首を取ったような騒ぎだ。安倍政権をFIFAになぞらえたいという悪意が芬々、これは品位に欠けたやり方ではないかね。

野党はまだ許せる。マスコミまでが騒ぐのは許せん。今日の朝日も、東京新聞も、このことが一面トップだ。朝日の「憲法解釈変更 再び焦点」「安保法制『違憲』、攻める野党」は怪しからん。東京は「立憲主義に反する解釈変更」「国民納得せぬ『違憲立法』」だ。朝日の第2面には、追い打ちをかけるように「安保法制問われる根幹」「『撤回を』勢いづく野党」「政権、世論へ影響警戒」の見出し。ますます、怪しからん。面白くない。

朝日・毎日・東京がこの件を取り上げて社説を書いている。
  「違憲」法制―崩れゆく論議の土台(朝日)
  安保転換を問う 「違憲法案」見解(毎日)
  安保法制審議 違憲でも押し通すのか(東京)
そして読売もだ。
  集団的自衛権 限定容認は憲法違反ではない(読売)
朝・毎・東はかわいげがない。読売だけがものごとの理をよく弁えている。政権と折れ合うことでの利がいかほどのものか、衝突をして失うものの大きさがどれほどか。大人の智恵があるのは読売だけではないか。

こんなときに動揺してはいかん。ムキになって反論するのは愚策で、「たいしたことはないさ」と装って、さらりと受け流すのが上策。一昨日(6月4日)の記者会見では、そんなつもりで、「憲法解釈として法的安定性や論理的整合性が確保されている」「まったく違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と述べてみた。ところがこの評判がよくない。「憲法解釈として法的安定性が保たれているか」「論理的整合性が確保されているか」をあらためての争点として浮上させてしまった。元々自覚しての弱点を糊塗する意図の発言なのだから、本気で突っ込まれれば都合が悪い。新聞記者たる者、武士の情けを知らねばならんだろう。

昨日(6月5日)は、「まったく違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」に関連して、性格の悪いいやな記者から「違憲でないという著名な憲法学者の名前を挙げていただきたい」という意地の悪い質問があった。このことを東京新聞がイヤミたっぷりに記事にしている。

「菅義偉官房長官は5日の記者会見で、集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法案を合憲とする憲法学者が『たくさんいる』と発言したことに関し、具体的な学者名を記者団に問われ、挙げなかった」「菅氏は、行使容認を提言した安倍晋三首相の私的諮問機関『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』(安保法制懇)に言及して『有識者の中で憲法学者がいる。その報告を受け(集団的自衛権の行使容認を)決定した』と説明。安保法制懇に憲法学者が1人しかいないことを指摘されると『憲法学者全員が今回のことに見解を発表することはない。憲法の番人である最高裁が判断することだ』と述べた」

まるで私がデタラメを言って、追求されると逃げ口上と言わんばかりの書きぶり。本当のことだから文句を言えないのが悔しい。しばらくは「最高裁が判断することだ」で逃げておくしかなかろう。どうせ最高裁の判断は滅多に出るものではないのだから。

それだけでない。「民主党の岡田克也代表は記者会見で『今の政府の説明で合憲だという憲法学者を、ぜひ衆院憲法審査会に参考人として出してほしい』と述べた」ことが記事にされている。さらに朝日は、「学識者186人『廃案』に賛同」と目立つ記事を載せている。そんなにも、安倍政権にダメージを与えたいのか。

とは言うものの、こちらの旗色が悪い。やっぱり無理なことを始めてしまったのではないだろうか。今さら、法案を引っ込めるわけにもいかないが、このままでは安倍政権の致命傷にもなりかねない。

私が言うのもなんだが、安倍政権というのは不思議な存在だ。常々思っているんだが、この政権がなぜここまでもっているんだか、なぜ世論調査の支持率が高いのか、実は私にもよくわからない。

誰でも知ってのとおり、安倍が有能なわけはない。せめて人格が人並みであってくれればと思うのだが、あの答弁中の「総理のヤジ」はチンピラなみといわれても反論のしょうがない。私もたしなめてはいるのだが、そのときは神妙にしていても、すぐにメッキがはがれて地金が出てしまう。こればっかりはしょうがない。だから党内に人望があるわけがない。第1次政権を放り出したときのみっもなさといったらなかった。あれはみんな覚えていることだ。

それだけではない。この政権の重要政策は、ことごとく評判が悪い。特定秘密保護法、NSC法、辺野古基地建設強行、新ガイドライン、労働法制、福祉や消費者立法まで、個別的な政策課題では、あらゆる世論調査で不支持が支持を上回っている。普通ならこれでアウトだ。ところが、なんとなく支持率は高いのだ。

アベノミクスが唯一安倍政権を支えている、というのが通り相場だが、これとて「アベノミクスの恩恵を感じていない」という国民が圧倒的多数だ。株価が実体経済の反映ではなく、これを押し上げている要因がGPIF資金の証券市場への大量注ぎ込みと、円安進行による外国投資家の資金流入にあることも常識だから、いつまでももつわけがない。これがいつ崩れるか、私だって冷や汗ものだ。「株価の落ち目が政権の落ち目」になることは確実。それまでの勝負だとは思っている。

それにしても、株価下落の将来ではなく、なぜ、いままでもってきているのだろうか。安倍政権の醸しだす雰囲気が時代にフィットしているのではないのかね。個々の政策テーマを詰められると、とても国民の支持は得られないのだが、感性のレベルで安倍的なものを受け入れる素地があるのではないだろうか。

安倍晋三といえば、歴史修正主義派政治家の旗手だ。保守というよりは右翼のイメージ、日の丸よりは「我が軍の」旭日旗がよく似合う。だからこそ、今の時代の風にフイットしているんじゃなかろうか。戦後民主主義期にも、高度成長期にも、安倍的な政治家の出る幕はなかった。バブルが崩壊して、失われた20年の後に、自信を失いつつある国民が空虚な威勢に寄りかかりたいと思っているのではないか。そんな役回りに、安倍はピッタリなのだろう。

とは言え、理詰めで攻められたら、集団的自衛権行使や海外派兵が違憲だということは大方の認識になりつつある。丁寧に説明すればするほど、法案のボロが出る。安倍政権はボロの出る法案とあまりに深く結びついてしまった。

ここは思案のしどころだ。審議の長期化に展望のないことは火を見るよりも明らかなのだからジリ貧を避けるために早期決戦の強行突破で乗り切るべきか。はたまた、安倍政権を見限って、別の保守本流の穏健路線で新規まき直しをはかるかだ。そのときは、総理・総裁の首のすげ替えが必要だが、そろそろ潮時ではないだろうかね。法案の審議状況を見ているとそんな気がしてくる。
(2015年6月6日)

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