これはもう、安倍政権の末期症状だ
「法的安定性は問題ない」と放言した礒崎陽輔はいったいなんのために参院特別委員会に参考人として招致されたのか。彼は、謝罪のために招かれたと心得ていたのではないか。謝罪の言葉を準備し、準備していた謝罪の言葉を述べて、これで一件落着とでも思っているのではなかろうか。ひととき頭を下げていれば、そのうち風はおさまるだろう。思い違いも甚だしい。
もちろん、加害者の真摯な謝罪が被害者の感情を癒すのに有効で有益なことはありうる。加害者の真摯な謝罪が、事態の混乱を収めて再発防止の出発点になることもしばしば経験するところではある。しかし、礒崎の確信犯的放言と口先だけの謝罪は、そんな類のものではない。
礒崎が参考人として招致されたことの目的は2点を明らかにするためであったろう。
第1点は、彼が首相補佐官として憲法法案の審議を担当する適性を欠いていることについての確認である。
2点目は、適性を欠いた補佐官を選任して用い続けてきた内閣の責任の確認である。
本日の委員会で、礒崎は「私の軽率な発言により審議に多大な迷惑をかけた。発言を取り消すとともに心よりおわび申し上げる」と陳謝したという。また、「法的安定性は確保されている。安全保障環境の変化を述べる際に、大きな誤解を与えた」と説明したともいう。発言を撤回して陳謝することによって彼の適性欠如が治癒されただろうか。そんな馬鹿げたことはけっしてあり得ない。
「軽率」とは、うっかりホンネを漏らしてしまったということ、適性の欠如を隠し通せなかったというだけのこと。その「軽率」によって審議を急いでいる内閣に「多大な迷惑」をかけてしまったというのである。「おわび」は審議を遅らせたことについてのものに過ぎない。彼は、「今後人前でホンネはもらさじ」との教訓を噛みしめているに違いない。
「法的安定性など無関係。重視すべきでない」というのは、この上ない非立憲の姿勢。違憲と問題視されている法案の審議を担当する資格はない。国民の側からは、礒崎の口先だけの謝罪など不要だ。必要なことは補佐官の辞任である。適性欠如が明らかになったのだから、即刻辞任すべきが当然だなのだ。
礒崎は「職務に専念することで責任を果たしたい」とも言ったそうだが、とんでもない。「今後は、憲法問題を取り扱う適性を欠いていることを上手に隠し通して、再びボロを出すようなヘマはしないから、職務を続けさせてくれ」と言っているのだ。こんなことが通じるはずはない。本人が自ら辞任するのでなければ、首相の責任が前面に出て来ざるを得ない。
参議院の礒崎に続いて、衆議院にもトンデモナイ議員が現れた。武藤貴也という若手が、礒崎に負けじとばかりに俄然話題の人になってきた。選挙区は滋賀4区。1979年の生まれだそうだが、この度初めてこの人物の発言を知ることになって驚愕した。そして考え込まざるをえない。単なる「滋賀の恥」というレベルの問題ではない。戦後教育の衰退が、こんな人物を育ててしまったのだ。こんな小さなモンスターの卵みたいなものが議会に巣くっていたのだ。背筋が寒くなる。
きっかけは、今や著名この上ない彼の「炎上ツィッター」だ。
「SEALDsという学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしてるが、彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ。」
「戦争に行きたくない」という当然で切実な若者の声を、「自分中心、極端な利己的考え」とし、「利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせい」と憂いてみせる。
この男の頭の構造は、国民の権利の要求は、すべて「戦後教育がもたらした自分中心、極端な利己的考え」として斥けられることになるのだろう。労働組合活動を通じて労働条件の向上を求める労働者の要求も、生存権を保障せよという主張も、男女の実質的平等を求める運動も、思想良心や表現の自由に関わる要求も…、である。
これだけで驚くに十分だが、実は彼の普段の発言はこんな程度ではない。
彼は、「わが国は自主核武装するしかない」と公言する、核武装論者なのだ。
「いざとなったら、アメリカは日本を守らないと思っています。たとえ小規模な局地戦争でも一度戦端が開かれれば、戦争はエスカレートしていく可能性があります。大規模な戦争になれば、最後は核の使用にまで発展してしまうかもしれません。だから核武装国家同士は、戦争できないのです。」
だから、「戦争を回避し平和を維持するために核武装をせよ」というのだ。「積極的平和主義=武力による平和論」の行き着く先が核武装であることをなんとも軽くさらりと言っちゃうのだ。
それだけではない。日本国憲法全面否定論者である。安倍晋三のホンネを語る立場にあると言って良かろう。たとえば、次の如し。
そもそも「民主主義とは、人間に理性を使わせないシステム」である。民主主義が具体化された選挙の「投票行動」そのものが「教養」「理性」「配慮」「熟慮」などといったものに全く支えられていないからである。第一次世界大戦前は、民主主義はすぐに衆愚政治に陥る可能性のある「いかがわしいもの」であり、フランス革命時には「恐怖政治」を意味した。民衆が「パンとサーカス」を求めて国王・王妃を処刑してしまったからである。戦前の日本では「元老院制度」や「御前会議」などが衆愚政治に陥らない為のシステムとして存在していた。しかし戦後の日本は、ただただ「民意」を「至高の法」としてしまった。
私は「基本的人権の尊重」が日本精神を破壊した「主犯」だと考えているが、この「基本的人権」は、戦前は制限されて当たり前だと考えられていた。全ての国民は、国家があり、地域があり、家族があり、その中で生きている。国家が滅ぼされてしまったら、当然その国の国民も滅びてしまう。従って、国家や地域を守るためには基本的人権は、例え「生存権」であっても制限されるものだというのがいわば「常識」であった。もちろんその根底には「滅私奉公」という「日本精神」があったことは言うまでも無い。しかし、戦後憲法によってもたらされたこの「基本的人権の尊重」という思想によって「滅私奉公」の概念は破壊されてしまった。
この武藤貴也とは、百田尚樹を呼んで沖縄2紙を潰そうと盛りあがった「文化芸術懇話会」の中心人物のひとりである。類は友を呼ぶというのだろうか。礒崎といい、武藤といい、安倍のお友だちとしてピッタリである。このようなアベトモたちのホンネさらけ出しは、もはや安倍政権の末期症状といって差し支えなかろう。
(2015年8月3日)