日野市は「消された理念」を復活せよ
ある日目が覚めて、なにもかにもが茶色の世界だったとしたら…。茶色新聞や茶色放送が、「ペットはすべて茶色でなければならない」「不適切な犬あるいは猫の飼育は国家侮辱罪である」と言いたて、茶色の制服を着た男たちが乱暴に取り締まる…。そんな朝は、金輪際ご免だ。
寓話ではなく、こちらは現実の話。ある日役所から通知が来る。公用封筒に印字された「日本国憲法の理念を守ろう」という12文字が、フェルトペンでわざわざ黒く塗りつぶされている。これにはギョッとせざるを得ない。昨日までは「日本国憲法の理念を守ろう」が当たり前の世の中だった。しかし、今日からは違うのだ。それを思い知らせるための墨塗り、文字消しなのだ。いったんは、そう考えざるを得ない。
安倍政権が、日本国憲法大嫌い内閣であることは天下周知の事実だ。しかも安倍政権は、政権に迎合しない名護市には交付金をストップしたまま、久辺3区にはつかみ金をばらまこうという露骨な利益誘導型政権。大学の自治すら金の力で蹂躙できると信じている反知性・金権体質。さては、日本中の自治体が、金のほしさに政権に擦り寄って、「日本国憲法の理念を守ろう」に墨を塗り始めたのか。そう勘ぐってもおかしくはない時代状況なのだ。こうして迎える朝は、茶色を通り越した、黒い朝だ。
昨日(10月31日)の東京新聞社会面トップの記事が詳しい。見出しが、「憲法順守 消された理念」「日野市封筒黒塗り」となっている。
「東京都日野市が、公用封筒に印字された『日本国憲法の理念を守ろう』という文言を黒く塗りつぶし、市民らに七百?八百枚を発送していたことが分かった。市側は『封筒は古いデザインで、現行型に合わせるため』と釈明しているが、市民から抗議の声が寄せられ、大坪冬彦市長が市のホームページ(HP)で『誤った事務処理で市民の皆さまに誤解を与えた』と対応のまずさを認めた。」(東京新聞)
その記事には日野市役所庁舎の写真が掲載されている。皮肉なことに、「核兵器廃絶・平和都市宣言」の大きな標柱が玄関前に建っている。「核兵器廃絶・平和都市宣言」はまさしく、日本国憲法の具体的理念。いつまで、この標柱の文字が生き抜けるのだろうか。心配せざるを得ない。
東京新聞の報道は、日野市側の弁明を詳しく紹介している。
「問題となったのは、長形3号の縦長の郵便用茶封筒で、大きな『日野市』の文字の左下に『憲法の理念を守ろう』の文言が印字されている。2010年度のモデルで、4月1日からの1年間、全庁的に使われた。」「憲法の文言が何年度から採用されたかは分からないが、長い間、印字されてきたという。」「この文言は10年度モデルを最後に消えたが、その理由について市は『把握できない』としている。」
「黒塗りを命じた課長は、「当時は見た目のことばかり考えてしまい、短絡的だった。憲法の文言をあえて消す必要はなく、メッセージ性を持った行動と受け取られても仕方ない」と話し、手元に残った黒塗り封筒五百枚は、全て処分する方針を示した。」
この課長のコメントも不可解だが、日野市のホームページに掲載された市長のコメントもよく分からない。
「このたび誤った事務処理により、市民の皆様に誤解を与えてしまったことについて遺憾に思います。憲法をはじめとする法令を遵守することは、市政の基本であり、これまでも、そして今後も、憲法をはじめとする法令を遵守して市政を運営することに、いささかも揺るぎがないことを改めて表明します。
日野市長 大坪冬彦」
朝日の記事では、「市は『憲法を軽んじる意図はない。何か圧力があったわけでもない』と説明。多くの人は『それなら良かった』と納得するという。」となっている。
「多くの人」とは誰のことか分からぬが、少なくとも私は納得しない。何よりも、かつてあった『憲法の理念を守ろう』の封筒に印字された文言がなぜ消えたのか、その理由を聞きたい。
市長の言い分は、明らかに論点のすり替えである。「憲法をはじめとする法令を遵守して市政を運営する」べきことは理の当然である。いまは、そんなことが問題になっているのではない。安倍政権やヘイトスピーチグループなどから憲法が痛めつけられている受難の時代である。「消された理念」を消しっぱなしにしていたのでは、日野市は客観的に改憲勢力に与したことになる。改憲に与するものでないとすれば、立憲主義・人権尊重・民主主義・平和主義という「憲法の理念」を守ろうと、声を上げなければならない。
市長よ、「市民の皆様に誤解を与えてしまったことが遺憾」「憲法遵守に、いささかも揺るぎがない」のであれば、「消された理念」12文字を復活せよ。改めて、「日本国憲法の理念を守ろう」の標語を入れた封筒を作成して使用を継続していただきたい。それあってこそ初めて、市民は「誤解」を解き、市の「憲法遵守の姿勢」に信を措くことになるだろう。それ以外に、「誤解」を解く方法はない。
(2015年11月1日・連続第945回)